第九章 黄金城


第一章から前章(第八章)までのあらすじ


 摩周湖でのふしぎな出来事で完成第十二コロニーに移動した瞬示と真美は男と女の戦闘に巻き込まれたが、その後移動した先は永久の世界の摩周湖から少し離れた海辺の民宿だった。老婆が仕組んだ毒物で真美が苦しみだすと黄色い光の塊がふたりを包む。そのまま自分たちの家の近くの御陵に移動するが、その世界も永久の世界だった。


 その御陵から現れた巨大土偶がふたりの攻撃で消滅した跡にできた穴に吸いこまれて移動した鍾乳洞でふたりが復活すると時震を体験する。その洞窟が御陵に通じていると思って中に入るとマユのようなものに包まれた無数の胎児に出会う。巨大土偶の胎内を通過して体外に出るとそこは西暦の世界の御陵だった。真美は御陵の下にいる巨大土偶から黙示的な信号を受ける。


 真美が自分の家の玄関でもうひとりの真美に出会うと突然消える。家から出てきた真美は瞬示に北海道へ行くと告げて駅に向かう。瞬示は新聞受けの朝刊の日付を見て驚く。


 瞬示は御陵から摩周湖に向かって瞬間移動を繰り返して時間島で真美と再会する。眼下の摩周湖でふたりの過去が再現されて巨大時間島となった球体が摩周湖を押しつけて摩周クレーターを形造る。ふたりは以前ここから完成第十二コロニーへ移動したことを思い出す。


【時】永久紀元前400年(戦国時代前章より約410年前)


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【空】大坂城
【人】瞬示 真美 光秀 忍者


***

「何だ?あれは!」


 甲冑を身にまとった大柄な男が叫ぶ。


「何だ?なんだ!」


 その声にやはり甲冑姿の男たちが天空を仰ぎながら集結する。


 ここは大坂城の最上階だ。下の階でもその下の階からも、そして地上からも割れんばかりの恐怖に似たざわめきが嵐のように城を包む。


「御屋形様に報告を!」


「儂はここにおる」


「御屋形様!」


 別格の豪華な甲冑に身を包んだ御屋形様と呼ばれる男が通路を譲るほかの男たちを乱暴に押しのけて楼閣の外廊下に出る。大きな屋根が視界を狭めるが、それでも真上に巨大な黄色い


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球体が浮かんでいることはわかる。


時間島だ。


「……」


 御屋形様は左手を太刀の束に右手を腰に当てて上空を見つめる。


「御屋形様!」


 まわりの男たちが次々と叫ぶ。しかし、その後は沈黙だけが残る。


 しかし、彼らがいる場所以外では、前にも増して声とも音とも区別できないうねりのようなもので埋めつくされる。


 上空の時間島の影響か、壁も天井も地上も遠くに見える山々もすべてが、黄色、黄昏色あるいは黄金色に染まる。時間島の輪郭が見づらくなるほどすべてが黄色一色に支配される。


「真上か?」


「陽は?」


 これも黄色に染まった太陽が西に広がる大坂湾に迫る山並みの少し上でうっすらと輝く。よく見ないと見落としてしまいそうなほど黄色い空に同化した黄色い太陽だ。


「大凧を持てい!」


 御屋形様が叫ぶと階段に向かうと一気に駆けおりる。


「大凧?!」


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 御屋形様を追いかけながら数人の男たちが尋ねる。


「そうだ」


「どうされまする?」


「あの黄色い大雲に向けて大凧を揚げよ!」


「合点!」


 ひとりの男が階段を下りるのをやめて、外に向かって拳ほどの丸い玉を投げる。城の外でポンという音と同時に赤い煙があがる。「大凧を準備せよ」との合図だ。


***

 驚くほどこの城は大きい。高々と積みあげられた無数の巨石を基礎に屋根が十層もある巨大な城だ。すべての瓦に金箔が施されている。黄色一色の世界にあっても異様な金色の輝きを放っている。人々はいつのころからか、この城のことを黄金城と呼ぶようになった。


 城だけでも高さは百メートルもある。石垣というより巨大な岩石の基礎を含めると優に百三十メートルを超える高さだ。その天守閣から百メートルほど上空で直径千メートルぐらいの時間島が浮かんでいる。


 しばらくすると大凧がふたつ、風向きを計算したのか、城の南側の広場に現れる。人間が九人張りつくことができる深紅の大凧だが、強烈な黄色一色の世界ではオレンジ色に見える。


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 城の中層からロープが放たれる。数人の足軽がそのロープの先をつかむと大凧に向かう。直径十センチもある鉄線入りの太いロープだ。足軽は大凧に近づこうとするがロープの重さでヨタヨタして、なかなかたどり着けない。


「急げ!」


 ようやく大凧の四隅から伸びた細いロープと連結される。


 一方、ロープが放たれた階層の外壁が取り払われて巨大な円筒形の装置、例えれば大型の糸巻取機のような装置が現れる。太いロープはそこから大凧につながっている。


 いつの間にかその装置の二層下の外廊下から一番下の外廊下まで大きな扇風機が各階横に三台ずつ、合計十二台並んでいる。その扇風機の後ろには屈強たくましい男たちが上半身裸でたむろしている。


 御屋形様は城から出て大凧に向かう途中で、初めて巨大な時間島の全容を目の当たりにして立ちすくむ。時間島はまったく動かない。


 大凧を見慣れているのか、誰もがじーっと上空を見つめたまま微動だりしない。


「忍びの者が集まりました」


 ふと我に返った御屋形様の額には晩秋の冷たい風のなか、玉のような汗が噴き出している。準備の合図をしてからすでに一時間近くたった。


 御屋形様は両手をぐっと握りしめて努めて冷静さを装うように大凧のまわりを大股で歩く。


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この大凧を使った奇想天外な戦法で幾多の勝利を手中に収めてきた。


 御屋形様は集まった十八人の黒装束の忍者に近づく。大柄な忍者はひとりもいない。なかには少しきゃしゃな者もいる。「くノ一」、女の忍者だ。装束からは男女の区別はつかない。


 御屋形様の命令に対して忍者からも意見が出される。なかなか作戦がまとまらない。前代未聞の時間島に向かうのだから当然だろう。


「散れ!」


 十八人の忍者が無言でうなずくと御屋形様の前から立ち去る。風のように大凧のそばに集まる。そのうちの九人が一組となって太いロープにつながれた方の大凧に張りつく。縦横三人ずつという配列だ。男と女がどのような配列かまではわからない。二十人ほどの体格のいい男がその大凧を御輿のように担ぎあげる。


 ドーンという太鼓の音とともに黄金城の中腹に備え付けられた大きな糸巻取機の円筒部分が回りだすと、大凧につながられたロープがピーンと伸びて大凧を引っぱる。


 大凧は石垣の手前で上へ引っぱりあげられ、一番下の外廊下に差しかかる。すると大型の扇風機がすぐさまゴーという大きな音とともに回転してすさまじい風を起こす。大凧はその風を受けて城の外の方へと押しやられながら、さらに上昇する。


 二層目の大型の扇風機がこれまたゴーという音を発しながら強い風を大凧目がけてはきだす。大凧は城から離れながら高度を上げる。


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 ロープがちぎれんばかりに張る。先ほどまでロープを巻きあげていた装置が今度は逆回転してはきだす。三層目、そして四層目の大型扇風機からの風を受けて、見事大凧は舞い上がって天守閣よりも高く昇っていく。


 大凧がさらに高度を上げる。イヤイヤをするように左右に揺れながらゆっくりと時間島に近づく。地上の誰もが固唾をのんで大凧の行方を見守る。


 九人の忍者は大凧の縦横にかけられている縄に、身体を精一杯伸ばして張りつく。


 ちょうど天守閣と時間島の中間点ぐらいに到達したところで、大凧の四隅に位置する忍者が身体を支える縄から片手を離して短剣でロープを切断する。すると大凧の四隅に連結していたロープがすべて滑るようにまるでのたうつ大蛇のように地上に落下する。


 その後大凧は左右に揺れることもなく、計算つくされたように一直線に時間島の真下から、背中を真上にして昇る。というより時間島に吸いこまれていく。自力で昇るというような状態ではない。すぐに時間島に突入する。


 しかし、池に石を投げたような波紋が残るわけでもなく、大凧は時間島に吸収される。忍者の黒い装束も真っ赤な大凧も見えなくなる。


 しばらくしてから誰かが御屋形様に進言する。


「次の大凧を飛ばしますか?」


 大凧が消えたあたりの時間島を見つめたまま御屋形様は身じろぎもしない。時間島も何もな


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かったように微動だりしない。


「今度は」


 絞りだすような声で御屋形様がつぶやいたあと破裂したような声をあげる。


「あの大雲にのみこまれる前に大筒(携帯できる小型の大砲のこと)を撃ちこめい!」


 すでにふたつ目の大凧の準備が完了している。残りの九人の忍者が大凧に張りつく。中央に張りついた忍者に黒光りした大筒が手渡される。


「揚げよ!」


 大声で叫んだ御屋形様の顔面は蒼白で汗まみれだ。


***

「十分、近づいてから、撃てい!」


 大凧中央の忍者は地上からの御屋形様の怒鳴るような命令に小さくうなずくだけで右肩に大筒を載せたまま動かない。


 ロープが切られる。大凧がグーンと上昇速度を上げる。グングンと時間島に近づく。時間島の真下から、器用に反転して今度は背中を下に時間島に向かう。


「撃て!撃てい!」


 御屋形様があらん限りの大声を上空に向かってあげる。


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 大筒が光を放った瞬間、大凧は時間島にのみこまれると少し遅れて地上にドーンという発射音が届く。しかし、時間島に変化はない。


 誰も身動きしない。何も変わらない。城は相変わらず黄金色に輝いたままだ。その城の上層階から悲痛な声がする。


「オヤカタサマ!」


「陽が落ちませんぞう!」


「な、なにい!」


 御屋形様が城へ一目散に走りだす。入城すると一気に駆けあがる。上から降りてくる者とぶつかりそうになったところで止まる。


「ここからでも、わかりまする」


 御屋形様は二階の西側の外廊下に出る。太陽は大凧の準備を合図したときとまったく同じ位置でボーッと輝いている。


「西洋時計によりますると、まもなく戌の刻(午後八時)でござりまする」


「何と!」


 御屋形様は時間がたつのをすっかり忘れていた。しかし、陽は沈むどころかまったく動かない。


 今、必死に駆け登ってきたが、ふしぎなことに御屋形様の息はひとつも乱れていないし汗も


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かいていない。先ほどまでの蒼白な顔色ではなく、ただ黄色いだけだ。


 晩秋の夜なのに寒くはない。声を出す者はいない。ある者は御屋形様を、ある者は遠くの陽をボンヤリと眺める。


 空気が止まったような静けさのなか、御屋形様の後ろの空間から、突然、瞬示と真美が現れる。


「何者だ!」


 その声に御屋形様が振り返る。


 紺色のジーンズ姿の瞬示と真美に太刀に手を掛けて御屋形様が一歩踏みだす。


「御陵をあばくのはやめてください」


 瞬示が御屋形様を見すえる。


「何!」


「神聖なところです」


 毅然とした態度で真美が声をかける。


「たかが、墓」


 御屋形様のまわりで呆然としていた武士のひとりが刀を抜く。


「くせ者だ!切り落とせ」


 ほかの武士も伝染病に感染したように次々と刀を抜く。金属の摩擦音が響くと、またたくま


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に抜刀した武士がふたりを取り囲む。


「待て!」


 御屋形様が大きな声で制する。


「やめるつもりはないのですね」


 瞬示が真美の後ろに回りこんで背中合わせの体制をとる。


「そうだとしたら」


 御屋形様の言葉に真美が半歩前に出る。背中を合わせていた瞬示が支えを失ってよろめく。


「やめさせます」


 御屋形様が大声で笑いながら低い声を出す。


「この儂に指図しようというのか」


【この世界が消えてしまってもいいのですか】


 真美の鋭い信号が直接御屋形様の頭の中にたたきこまれる。


「!」


 御屋形様は目をつりあげて驚く。


――この者はあの黄色い大雲と関係があるのか?


 御屋形様が声に出さずに言葉をかみしめる。


「そのとおりです」


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 真美が御屋形様の心を見抜いて再び信号を送る。


【わたしの力がよくわかったでしょ】


「わけを言え」


何とか御屋形様が言葉を吐く。


「いいでしょう」


 真美が肉声に変える。


――この女があの大雲の主なのか?


 御屋形様の表情がガチガチに固まる。


「そうです、わたしが主です」


 心の中をすべて読まれていると御屋形様は半ばあきらめたように力を抜いて肩を落とす。


「あの御陵の中には神聖な魂が入っています」


「何だと」


 御屋形様の横の武士が叫ぶ。


「あばいたり荒らしてはなりません」


 御屋形様は黙ったままだ。


「ふざけるな」


 先ほどの武士が刀の先を真美のノド元に向ける。


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「あなたより上にいる忍者の方が怖いわ」


 瞬示は天板の一部を外して下をうかがう忍者に手の甲からピンクの光を放つ。天井からドサッという音を残して忍者が床に倒れる。


「気を失っただけ」


【マミ!】
【どうしたの?瞬ちゃん】
【この忍者、気を失っているんじゃなくて死んでいる】
【どっちでもいいわ。瞬ちゃん、邪魔をしないで】


 真美が表情を引きしめると御屋形様をにらみかえす。


「返事は?」


「儂を明智光秀と知ってのことか」


「そうです、光秀様」


 真美の言葉が続く。


「あなたには黄金城を中心にこの世界を守り、発展させていく任務があります」


 真美が目を閉じる。


「もしその任務がなければ、とっくの昔に秀吉に殺されていたでしょう」


【マミ、いつの間にそんなことを知ったんだ?】


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【瞬ちゃん、黙ってて!今、肝心なところなんだから】


 まわりの武士が驚いて顔を見合わす。


「ここは儂ひとりでいい」


 どうやら御屋形様、いや明智光秀は腹をくくったらしく、まわりをぐるっと見渡すと大きな声をあげる。


「立ち去れい!」


 光秀は太刀を腰から抜いて床に投げだして座りこむ。そしてまわりを取り囲んでいる武士に再度命令する。


「立ち去れい!」


 真美が深く頭を下げる。刀を下げて武士たちが後ずさりしながら部屋をあとにする。光秀ひとりを残して武士全員が立ち去るまでにかなりの時間がかかった。


 やっと光秀ひとりになったとき、真美が表情をゆるめてうわごとのように信号を発する。


【この時代の御陵の巨大土偶はまだ復元中だわ】


 真美といっしょに光秀を眺める瞬示が驚いて真美に信号を送る。


【復元中?なぜそんなことが分かるんだ】


 そのとき光秀の肩越しのはるか遠くで真美の信号を受けとるもうひとつの意志がある。遠く南の方で空に向かってひときわ明るい黄色い光が昇る。そして強い信号が真美と瞬示に届く。


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【子供が生まれる前に死んでいく】
【何万、何億、何兆と死んでいく】
【永遠に生きるために死んでいく】
【子供のいない永遠の世界】
【男女のいない永遠の世界】


 ふたりは御陵の巨大土偶の信号だと確信する。


 真美がひとりになった光秀の前に正座すると信号を送る。


【豊臣秀吉が天下を取れば必ず御陵をあばくでしょう。光秀様ならそんなことはなさらない。なぜなら、御陵は光秀様の守護神だからです】


 光秀はまるで催眠術にかかったようなうつろな眼差しとなり、何度も何度も真美にうなずいてみせる。


【御陵の堀を二重、三重にして、絶えず盗掘から守りなさい。そうすれば明智一族は末永く繁栄するでしょう】


 最後に一度だけ大きくうなずくと、光秀は伏せるように倒れる。同時に真美と瞬示が消える。


 いつの間にか黄金城は暗闇に包まれている。そして冬の冷たい風が黄金城の中に流れこむ。光秀がその冷気を全身で吸収すると急に我に返って立ち上がる。


「皆の者ども!関ヶ原に向かうぞ!」


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 光秀の響くような声に武士が上から下から光秀のもとに集合する。


「あの者どもは?」


「気にするな」


「しかし……」


 ざわめく周囲に光秀が一喝する。


「黙れ!儂の言葉をよく聞け!」


 光秀がカッと目を見開いてまわりを見渡す。


「よいか、豊臣を倒し戦に終止符を打つ!」


 光秀はまわりの武士の反応に手応えを感じながら右手の拳を振りあげる。


「御陵の神が儂に勝利の力を授けられたのじゃ!」


 黄金城から大きな鬨の声が上がる。


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