第八章  国連実務総長の誕生


「各国連大使に告ぐ。備蓄した石油が底をつくと、すべての活動が停止する」


 産油国であろうと消費国であろうと自国民の生活を制限しなければならない最悪の事態に陥ったことを各国大使はもちろん本国の首脳も認めざるを得ない。


「生活を緊縮してあらゆる節約をする以外に対処方法はない」


「船籍や契約内容にこだわらず、洋上のタンカーはすべて国連の指揮下に置く」


「LPGについても同様の現象が起こるかもしれない。LPGの産出国は細心の注意を払って欲しい」


「石炭に海水が混じることはないが、石油を代替するほどの柔軟性がない。しかし、貴重なエネルギー源であることに変わりはない」


「ウランはもちろんのこと、すべてのエネルギー資源を国連が管理する」


「具体的な方法は?」


「検討中だ」


「ここに集まっている各国大使が意思を共有しても、それぞれの国民を納得させて冷静に行動させるのは至難の業だ」


「悲観的な状況ばかりではない。なぜか砂漠が湖になって急速にその周辺が緑化している。食


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料の確保はなんとかなるかもしれない」


「事務総長、あなたの意見に従います。安保理常任理事国の意見は」


「残念ながら、混乱している」


「なんと言うことだ。日頃あれほど威張っていたのに」


「権力を持った大国は恐竜のようなものだ。大きな身体を右往左往させるだけで、肝心の一歩を踏み出せない」


 そのとき、事務総長に一番近いドアが開くと中国の国連大使を先頭にアメリカ、ロシア、イギリス、フランスの国連大使が現れる。中国の大使が事務総長の横に立って言葉を交わすとマイクに向かう。


「安保理五カ国は事務総長にすべての権限を委譲するとともに拒否権を放棄する」


 議場の全大使が驚いて立ち上がると一瞬の静寂を経て大きな拍手を送る。しばらくして事務総長が着席を促すとやっと拍手が止む。再び中国の大使が発言する。


「今回の異常な出来事について、日本が関係している」


 ほとんどの国の大使が日本の大使を探す。日本の大使は戸惑いながら身を縮めて着席する。


「日本は少し前に首相を初めすべての大臣が辞任した」


「こんな大事なときに!」


「官僚も上層部が我先に退職した」


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「今は各省の中堅幹部と若い政治家が走り回っている。よく言えば年寄りから若者に権限が委譲された。別の言い方をすれば無血革命が起こった」


「ある意味、羨ましいな」


 いくつかの国の大使がため息をつくとある国の大使が発言する。


「我々の国では何十万人という命が奪われて、なんとか革命に成功した」


「もう一年ごとの首相の交代のルールが消滅した。いや、交代要員がいなくなった」


 日本の政変に話題が集中して会議が進まない。


「証拠はないが、日本の潜水艦がメキシコ湾の異常事態に関与した可能性が高い」


 アメリカの大使が挙手して意見を述べる。


「我がアメリカ空軍から奇妙な報告があった。初めは冗談だと思ってその報告者を更迭した。しかし、中国やイスラエルからの情報で、ある潜水艦が関わっていることを知った。繰り返しになるが、アメリカ空軍はメキシコ湾上空で潜水艦に遭遇してミサイルを発射した。しかし、命中せずに潜水艦は消え去った」


「その潜水艦と同じかは不明だが、タクラマカン湖に潜水艦が現れた」


「湖を潜水艦が潜航していたのか」


 事務総長が思わず中国大使に迫る。


「いや、湖岸にいた」


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「湖岸ならどこの国の潜水艦か判明したのでは」


「それが、見えないのだ」


「どういうことだ」


「無色透明で見えない」


「透明潜水艦!?」


「乗組員は中国人ではなく日本人だった」


 ここで日本の大使が挙手する。


「そのようなことは本国から何も聞かされていない。初耳だ」


「日本の海上自衛隊の然るべき地位の者から我が中国海軍の幹部が聞いた話を安保理で明らかにした。そしてアメリカとフランスからの情報で確信した。何も責めているのではない。日本が何らかの鍵を握っている。日本国籍を持っているのかどうかは別としてある日本人が関与していることは間違いない」


「日本の協力が必要だ」

 

* 東京*

「サブマリン八〇八と榊司郎のことを徹底的に調べてくれ」


 東京に戻った鈴木がすぐさま指示する。タクラマカンに行っていた間に彼は全自衛隊の総司令官に内定していた。鈴木は辞令や認証式を無視して、すぐにやらなければならないことを整


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理体系化して聞く耳を持つ者に次々と指示する。鈴木の言葉を受けた者はすべて命令と解してすぐさま実行する。


「安保理の常任理事国が全権を事務総長に委譲しました」


「まさか」


「事務総長が鈴木総司令と中国のチェン将軍に国連に出頭するよう要請しています」


「出頭?チェン将軍?総司令?」


「そのチェン将軍から電話が入っています」


「繋げ!」


「鈴木」


「チェン」


「もう、携帯電話で会話することはできなくなった」


「お互い、国を預かる身になったということか」


「鈴木、そうではない。地球を預かる身になったということだ」


「中国は自国の利益を捨てたのか」


「少なくとも、私はその理念でこれから先を考えて行動する」


「チェン、君は素晴らしい人間だ。今までどおり付き合ってくれないか」


「もちろんだ。鈴木と一緒に地球のために行動するのは非常に楽しいことだ」


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「それは以前私が言ったことだ。いずれにしても妻にも言ったことがないセリフだ」


「浮気がバレないように用心しなければ」


「用件は?」


「もう終わった」


「?」


「事前に打ち合わせすべきかどうか、相談しようと思ったのだが……」


 鈴木がチェンの言葉を遮る。


「必要ない。すぐ国連に向かう」


「どちらが先に着くか、ディナーを賭けよう」


「悪いな、チェン。ごちそうになる」

 

* サブマリン八〇八*

「石油はダメでも、食物は大豊作になる」


「そうかな」


「もう、オアシスというレベルではない。湖の周りだけじゃないぞ。すごい速さで緑地が拡大している」


「トリプル・テンがモード②の態勢を取っているのだ」


「艦長、モード②とは」


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「生物の成長に適した環境を整えるトリプル・テンの機能だと思ってくれ」


「しかし、石油が手に入らなくなると人間は生きていけない」


「そんなことはない。植物さえあれば、なんとかなる。服は造れるし、家も建築できる。薬だって造れる。考えても見ろ。石油や石炭の元は植物じゃないか」


「石油や石炭や、ましてやウランなどなくても、人類はずーと生活してきた。石油を必要としたのはここ百数十年のことだ。ましてやウランなどは……」


「艦長、ノロ。感覚的にトリプル・テンのことを理解していますが、体系的に教えていただきたい」


「艦長、そろそろ本当の目的を話してもいいんじゃ」


 ノロに促されて艦長は一歩踏み出す。


「もっともだ。期待に沿えるか分からないが、それにノロの受け売りだが、私から説明しよう」


「全乗務員に告ぐ。トリプル・テンについて艦長からの説明がある。各持ち場で聞くように」


「硬度はダイヤモンドより硬い一〇以上。比重は金の一〇倍の二百。聞き慣れない用語だが流動性比率が水の一〇倍。このみっつの一〇という性質からこの物体をトリプル・テンと呼んでいる。通常硬度が高い、つまり固い物質ほど流動性比率は低いはずなのに、トリプル・テンはこの法則から大きく乖離している。硬いのに流動性比率が高いから、柔らかい性質を持つ。金


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の硬度は二・五で爪と同じでむしろ柔らかい部類に入るが比重は鉄の二・五倍で非常に重い。しかし、薄く伸ばすことができる。金箔のことは知ってのとおりだ。ダイヤモンドが薄く伸びて本艦に貼り付いているようなもんだ」


「透明性については?」


「やはり、金を思い浮かべてくれ。黄金色だと言われるが、眩いばかりではっきりとその色は確認できない。次に流動性比率の高い物質の代表である水はどうだ。説明するまでもなく無色透明だ」


「ダイヤモンドと金と水の性質を同時に備えた物質だと言うことか」


「それだけではない」


 いつの間にかノロもマイクを握って艦長に近づく。


「流動性比率が高いのに比重も高い。これは体積が増えても比重が変わらないということ、つまり膨張するとエネルギーが増加することを意味している」


「そんなバカな!学校で教えられた物理学がすべて間違いになる」


「そうではない。物理学は既知の物質のみに通用する学問で、想定外の物質については通用しない。しかし、この宇宙には我々が目にできる物質以外にダークマター(暗黒物質ともいう)が全体の四分の一ほど占めている。正確に言うとダークマターの持つ質量エネルギーが宇宙にあるべきエネルギー総量の二十三パーセント占めている」

 


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「ダークマター?」


「我々がこの宇宙で目にすることが出来る物質のエネルギーを全部足しても、この宇宙にあるべきはずのエネルギーの三パーセントしかない。それを埋めるモノとしてダークマターの存在が明らかになった」


「見えないのに明らかになったとはどういうことだ」


 艦長がノロの真上から疑問を落とす。


「それにまだ四分の三ほど足りないと言いたいんだろ」


「うーん、そこまでは……」


「残りの四分の三はダークエネルギー(暗黒エネギーともいう)が占めていることになっている。まあ、こんなことはどうでもいい。俺が言いたいのは、トリプル・テンはダークマターの世界の物質か、ダークエネルギーを持つ物質じゃないかということだ。色からしてトリプル・テンの持つエネルギーは暗黒エネルギーという名にふさわしいと思わんか。特に先ほど説明したように膨張してもそのエネルギーは増えることはあっても減ることはないことから、俺は確信したのだ。分かるか?」


「分かった。いや分かったことにする。ところでトリプル・テンはどこからメキシコ湾の底にやって来たのですか」


「どこの惑星、どこの恒星、どこの銀河と言うことではない。今言ったようにトリプル・テン


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はダークマターの世界の物質の一例ではないかと思う」


「ダークマターのことはもういい。今度は、なぜサブマリン八〇八は空を自由に航行できるか、詳しく説明してくれ」


「トリプル・テンは生命体ではないが、意思を持った振る舞いをするようだ」


 ますます訳のわからない説明をするノロに艦長以下不信感を募らせる。


「独自の見解でも何でも言いから、もっとわかりやすく説明してくれ」


「メキシコ湾で海上に跳ねあがったとき、俺たちは無意識のうちに『このまま空を飛べたら』と願った。その希望と共に空中に投げ出されたサブマリン八〇八の状態を瞬時にトリプル・テンが把握して、それから空中を航行できるようになった。これも俺の勝手な推測だ」


「まさか!でも重いトリプル・テンがなぜ空中に浮かぶんだ」


「トリプル・テン自体が空を自由に移動するのではない。強い意志を持った信号をキャッチしてその意志を体現する力を授ける。敢えて言えばこういうことだ」


 長老が興奮する。


「神だ。トリプル・テンは神なのだ」


 しかし、ノロは頷かずに言葉を続ける。


「トリプル・テンは様々に変化する」


「モードのことね」


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 乗組員や長老の興奮を気にかけることなくイリが静かに念を押す。


「モードがいくつあるのかは分からない。艦長がトリプル・テンの機能を適宜、分類するために付けた番号なんだ。これについては艦長の方が詳しい」


 艦長は驚くこともなくノロの言葉を引き継ごうとすると航海士が艦長を睨む。


「艦長!あなたはいったい何者なのですか」


「それはいずれ話そう。今はノロの説明を引き継ぐことにする。だが詳しいといっても大したことはない」

 

* 国連*

「サブマリン八〇八は第二次大戦が終結する直前に完成した当時としては最新鋭の潜水艦でした。アメリカ軍に接収されたが、その後、建造される潜水艦の原型になるほどの優秀な潜水艦でした。それはさておき朝鮮戦争にも参戦したらしい。そのあとグレーデッドとのイースター海戦でも実戦に配備された。そのときの艦長も榊司郎でした。経歴は全く不明です。その後廃艦となったときに、第二次世界大戦で活躍した飛行機や戦車などを集めるアメリカの大富豪がいました。サブマリン八〇八はその大富豪に払い下げされて、太平洋のある島に動体保存されました」


「スミス・キンバリーだな。彼はアンティークな兵器コレクターだ」


「そうです。ご存知のとおり彼は戦闘機を中心に戦車や銃の収集が多かったのですが、船では


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サブマリン八〇八だけです」


「それは知らなかった。船は大きすぎるからか?」


「サブマリン八〇八は今では驚異的な深さまで潜航できる潜水艦に変身しました。その潜水深度はなんと四千メートルを超えます。恐らくスミスはその潜航深度に興味を持ったのでしょう」


「鈴木、続けてくれ」


「その前に榊艦長もそうですが、スミスも不思議な人物です。彼はほとんど人前に姿を見せませんが、かなりの高齢なはず。しかも彼の道楽を継ぐ子はいません。そんな彼に近づいた者がいます。ノロという男です。スミスはノロのどこを気に入ったのか、日本から払下げを受けたサブマリン八〇八を引き渡しました。そしてサブマリン八〇八の大改造に惜しげもなく資金供与しました。どのようにして集めたのか日本人の志願水兵まで手当てしました。そしてどこの海かは分かりませんが、サブマリン八〇八はスミスを乗せて深海に潜りました。そのときの艦長も榊司郎でした。今思えば、その海はメキシコ湾だったのではと推測されます」


「なぜ、スミスを連れて潜ったのだ?」


「メキシコ湾は隕石の衝突でできた巨大なクレーターだと言われています」


「そんなことは百も承知だ」


「本当にそうなのでしょうか」


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「何を言いたい」


「衝突でできたことは確かだとしても、隕石ではなかったのではと」


「隕石ではない?」


「隕石なら、わざわざ深海まで出向いて確認する必要はありません。もし隕石でないほかの物体が衝突したとしたら……」


「もし、そうなら、私だって潜りたい。ダイヤモンドでも衝突したのか」


「さすが、事務総長!」


「いったい何が衝突したのだ」


「トリプル・テンではないかと。そしてトリプル・テンはダイヤモンド以上に価値ある物質なのでしょう」


「ダイヤモンドを遙かに上回る貴重な物体?」


「話を進めてもいいでしょうか」


 事務総長はこれまでとは違って鈴木を尊敬の眼差しで見つめる。


「その物体を確かめるために、あるいはすでにトリプル・テンの正体を知っていたノロはスミスにその物体の回収を要請するために、サブマリン八〇八でスミスをメキシコ湾に案内したのかもしれません。あくまでも想像です」


「ちょっと待ってくれ。今もスミスは生きているのか?そうだとすれば何歳だ!」


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「スミス財団は健在です。本人は姿を見せませんが、スミスが死んだという情報はありません」


「だから何歳だ!」


「百五十歳は下りません」


 先ほどまでの眼差しを放棄して事務総長は鈴木を睨み付ける。


「不思議な物体とは不老不死の薬なのか?」


「同感です。これで私の説明を終わります。引き続きチェンの報告を聞いてください」

 

* サブマリン八〇八*

 アラビア湖の状況を確認しながら、艦長がそれまでの説明を総括する。


「生命を誕生させてあらゆる生物に成長を促す宇宙の根源を支配する物質、それがトリプル・テンだ。生命を誕生させるときはモード①を取る。成長を促すときはモード②の態勢を取る。誤解のないように重ねて言うが、不老不死の薬ではない」


「もし、火星にトリプル・テンが衝突していたら、火星人が誕生していたのか」


 操舵士が興味深く艦長を見つめる。


「それこそ、太陽系は金星人や木星人や土星人で賑やかになっていたのかもしれないわね」


 イリが楽しそうに会話に加わる。


「土星人がいたら、帽子のデザインを依頼するわ。きっと素晴らしい帽子を作ってくれると思


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うの」


「その帽子はきっと姉さんに似合うはずだ」


 イリがうれしそうにノロを見つめるが、急に語調を強める。


「トリプル・テンの色々なモードをどう活用するの」


 ノロが一瞬たじろぐ。


「まだ、帽子を作るどころか、デザインすら描けていない。何しろ相手はダークマターから生まれた謎の物質だ。どのようにしてモードを切りかえるのかすら、分かっていない」


「地中海が復活する」


「あれを見ろ。鯨が河を下っていく」


「俺たちも河に沿って地中海に出て大西洋に向かおう。そしてメキシコ湾へ行ってトリプル・テンがあったところの様子を確認する」


 サブマリン八〇八はアラビア湖から地中海に注ぐ大河で潮を吹きながら悠々と泳ぐ鯨の群れを追い越して西に向かう。

 

* 国連*

「ノロ。あらゆる科学に精通した天才か」


 事務総長が放心したような表情をチェンに向ける。


「サブマリン八〇八やノロの探索も大事ですが、それより全世界の混乱の収拾の方が緊急かつ


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重大です」


「確かに。狭い海でひしめき合っている船の乗組員と積載している原油や貨物をなんとかしなければ。それに現状の海岸に新しい港湾を建設してマヒした物流を正常化しなければ餓死者が続出する」


「早急に手を打つべきです。すでに中国と韓国と日本は協力態勢に入りました」


「その話は驚きを持って聞いた」


「悪いことばかりではありません。主だった大砂漠がすべて湖になってその付近が大穀倉地帯に変容しました。それに魚が一杯います。鯨までいるのです」


「承知している。消えた海水が砂漠で噴き出しているという。信じられん」


「一方では原油に海水が混ざって産油国はパニックに陥っている」


「原油より産油国は穀物が採れるようになったことに気が付いていないのですか」


「農業の経験がない彼らには宝の山が見えないのだろう」


「産油国は穀物の輸出国に変身するかもしれない」


「ひょっとしたら、食料という新しい資源を持つかもしれない」


「もっと大きな変化が起こります。日本の国土は世界一になるかもしれません。そして世界で有数の産油国になり、最大のレアメタルの埋蔵量を誇るかもしれません」


「だから、急に中国は日本に接近したのか」


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「安心してください。日本はそんなことに気付くどころか、メキシコ湾に穴を開けて海水がなくなったことが日本人の榊司郎やノロが仕掛けたと思って、世界中から責められるのを嫌って首相はもちろん大臣や高級官僚も雲隠れしてしまった。むしろ中国の方が日本の現実をよく把握している」


「鈴木の言うとおりです。各国はなんとかしようと努力している。むしろ日本に『しっかりしてくれ』という危惧を抱いている。そういう意味で鈴木は真摯に現実を受け入れてこの地球をなんとかしようと奔走している。だから、私は中国の指導者を説得して鈴木と二人三脚でこの困難を打開しようと命を投げ出した」


「世界最大の人口を持つ中国と世界最大の国土を持つかもしれない、つまり世界最大の資源国になるかもしれない日本が手を組めば、それは強力なペアになる」


「事務総長!誤解しないでください。我々は覇権を狙っているのではないし、これをビジネスチャンスというようなレベルで手を握ったのではありません」


「もう一国のエゴやひとつの宗教の教えだけで世界が左右される時代ではないのです」

 

* サブマリン八〇八*

「こんなに大きくなっているとは」


「予想していたより遙かに大きい」


「食料はどれぐらいある?」


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「二〇日分あります」


 ノロが艦長を促す。


「どうしても行くのか」


「ああ。この目で確かめたい」


「分かった」


「どうした?艦長。気が進まないのか」


「いや、そんなことはない。確かに初めは気乗りしなかったが、今は違う。トリプル・テンが塞いでいたメキシコ湾の地下の世界を探検できるとは!非常に感慨深い」


「そんな感傷なんて吹っ飛んでしまうほどの大事件にぶち当たるかも。それに艦長が感傷的になってもらっては困るな」


「すまん。この先は暗黒の世界だ。カメラを暗視モードに切りかえろ」


 ノロがそれぞれの担当者に近づいて肩を叩く。


「あの穴に入るぞ!高度を下げろ。全員不測の事態に備えろ」

 

* 国連*

「肩書きは不要。自薦、他薦は問わない。不測の事態に陥った地球のために英知と不屈の精神を持った者は国連に集結してくれ。国籍を捨て信教を棚上げして、全人類に命を捧げる者を募集する。今こそ、人類は一丸となってこの危機に立ち向かわなければならない」


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 事務総長が放った言葉が、国連の議場を飛び出して全世界に発信される。しかし、アメリカとロシアの対応が緩慢としている。意外にも中国は積極的に事務総長を指示する。イギリスとフランスも一歩踏み出す。一方、ローマ法王は全面的に事務総長を支持する。イスラム教を信奉する国々の若い国民は賛同の意思を抑え込もうとする指導者に反旗を翻すと、以前のように武力で鎮圧することはなく、指導者たちは隠れるように姿を消す。時代が変わろうとするニオイを若者が機敏に嗅ぎ分けたのを見て、若者の体臭に恐れを抱いたのだ。


「問題は純粋な意志を持った者にどのように指示しながら統一的に行動させるかだ」


 事務総長はチェンと鈴木を見つめる。


「ここまでの仕事は私の専権事項だ。これからのことは、とてもじゃないが私には荷が重すぎる。いや、能力不足だ。君たちふたりが実務総長として仕切ってくれないか」


「私達はそんな器ではありません」


 ふたりの言葉が重なる。


「馬鹿者!」


 事務総長が一喝する。


「初めから器を持っている者などいない。各国大使の顔を見ろ!そして全会一致の意思を全身で受けろ!」


 議場にいるすべての者が総立ちになって大きな拍手を送る。ふたりは驚きながらも顔を見あ


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わせてから事務総長を睨む。


「全会一致というものが、こんなにも恐ろしいものだとは知りませんでした」


 チェンがやっと笑顔を作ると振り返って総立ちの各国大使に着席を訴える。


「承知しました」


 チェンが鈴木の小脇を突いて囁く。

 

「引き受けないと生きてここから出ることはできない」


 鈴木が微笑むと大使たちに深く頭を下げる。


「最大の敵は犠牲との戦いです。我々の努力が間に合わない事件が数々と起こるはずです」


 そのとき議場内に大きなアナウンスが流れる。


「地中海の水位が回復しつつあります」


「現状を見定めて港湾設備を建設しても水位が上がれば水没してしまう」


「浮かせればいいんだ。浮体工法で海上空港を建設したことがある」


「なるほど。日本の物作りはまだ健在なんだ」


「すぐ手配する」


「各国大使の方々。鈴木が『浮体港湾設備』について説明する」

 

 波が引いたように議場が静まる。鈴木の丁寧な説明に熱心にメモを取りながら各国大使が聞き入る。


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「すぐ本国に打診して協議してください。一国で浮体港湾設備の建設が無理であればこの場で隣国と協議してください」

 


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