03 首都



地球連邦政府で緊急会合が開かれる。もちろん宇宙飛行士たちから詳しい報告を聞くためだ。


「トリプル・テンは?」


「今のところ見つかっていません」


「いったい何があった?」


「落ち着いてください。まずはこれを見てください」


 チェンが制すると天井に浮遊透過スクリーンが現れる。宇宙飛行士が撮影した動画が映し出される。チェンに代わって宇宙船の船長が解説を始める。


「これは秘密基地を上空から撮影したものです。肉眼でドームは見えないので透明感のあるブルーに着色しています。見てのとおりドームは二重化されています」


「まるで砂漠に大きな建物がいくつもある。これは本当に月で撮影されたものか?」


 船長は大きくうなずくと説明を続ける。


「高くはないですが、それでも二十数メートルはあります。棟数は一二です。一棟当たりの平均建築面積は三ヘクタールです」


「まるで飛行機の製造工場並みだな」


[31]

 


「よくも短期間にこんな大きな建物を建築したものだ」


 しばらくすると誰もがスクリーンに釘付けになって驚きのため息しか出せなくなる。

 休憩を求める者はいない。各国首脳は船長や宇宙飛行士の解説を聞きながらスクリーンを注視する。もちろん見逃しても映像データは配布されるのだが、目を皿のようにして見続ける。


 最後にウサギが登場してスクリーンが消えると大きなため息が漏れる。


「病院まであるなんて」


「一部の国が戦いを挑んだが、バカげたことだった」


「おまえの国だってバカげたことを……」


 再びチェンが割って入る。


「今後の方針を検討するために集まって頂いたことを忘れないように。中傷するような発言をすれば退席していただきます」


 一瞬、会場が沈黙に包まれる。


「いったいノロはどこへ行ったんだ」


「宇宙に飛び出したらしい」


「まさか」


「地球に潜伏して盗みを働いているのでは」


[32]

 


「おにぎりを盗んで何になるんだ」


「正直に言おう。我が国では精密機械など製造装置が大量に盗まれた」


「こちらではレアメタルだ」


「私どもの国では資材が……」


「彼らはよく正論を語っていたが、もしもこれらの盗みがノロの仕業だったら許せない」


「おまえこそ何を言ってるんだ。おまえたちが真っ先にグレーデッドの秘密基地を攻撃してトリプル・テンを盗もうとしたじゃないか」


「何を!」


 チェンが立ち上がると叫ぶ。


「両国とも退場!」

「おにぎりやケーキ、一方で製造装置や資材やレアメタルを大量に盗まれるという事件から重大な事実が読み取れる」


 チェンがおもむろに切りだすとすぐに反論する者が現れる。


「バカな!ケーキとレアメタルとどんな関係があるんだ」


「まずは大統領の話を聞こう」


 チェンは苦笑しながら言葉を続ける。


[33]

 


「おにぎりを盗むと言うことは腹が減っていると言うこと。つまり食糧事情が非常に悪い」


「当たり前だ!宇宙で簡単に食糧を手に入れるなんて不可能だ」


「それでは製造装置や資材が盗まれる理由は何だ!」


「こう考えることができるのでは……」


 チェンが一呼吸置く。


「すでに彼らは地球型の惑星を発見したのではないかと」


 チェンが再び間を置く。


「大統領!気でも狂ったのか。生命がいる惑星など簡単に見つかるはずがない」


「そんな惑星を探索し続けているのなら、おにぎりはともかく、なぜ製造装置や資材やレアメタルを必要とするのですか?」


 急にヤジを含め発言する者がいなくなるが、少し間を置いて会場の一角から冷静な声がチェンに向かう。
「その前に聞きたいことがある」


「お答えできるかどうかは自信がないが……どうぞ」


「いちいち地球に戻って盗みを働くのなら、なぜ宇宙に打って出たのだ?」


「彼らは想像できないほど超高速な移動手段を持っている。これについて異存は?」


「どれほど高速かは別として我々から見れば魔法のように見える」


[34]

 


「そのとおり。その見解はごく自然なものでしょう。つまりいつでも地球に戻れるし、もっと遠い宇宙を目指すことも可能だとすれば、彼らはすでに理想の惑星を発見したのかもしれない」


 チェンの説明に頷く者が増える。


「大統領の言いたいことが分かってきたぞ。発見したものが原始地球だとすれば食糧事情がいいはずはない。だからおにぎりを輸入する必要があった」


「盗みじゃなく輸入か!」


 ヤジが飛ぶ。


「おまえの国も輸入ばかりしているじゃないか」


「大統領!レッドカードを」


 にらみ合う代表者の一方が陳謝する。


「発言を撤回する。申し訳なかった」


 もう一方の代表者は席を立って床に額を付けるとチェンが思わず笑い出す。


「反省しているのにレッドカードは少しきついかも」


 この代表者が立ち上がって意外にも横道に逸れた議論を元に戻す。


「第二の地球に永住しようとするのなら、機材や資材が必要になる」


 ここでそれまで一言も発言していない日本の代表者として参加していた鈴木首相が挙手する。


[35]

 


「彼らにその機材や資材を贈与すればどうだろう。こそこそ盗まないで差し上げようと」


チェンが大きく頷く。すると誰かが大声をあげる。


「そうだ!欲しいものを与えて、その代わりにトリプル・テンをもらえばいい!」


チェンは頷いた頭を激しく横に振る。


「姑息なやり方は私が許さない!」


すぐさま鈴木も反論する。


「そんな条件を出せばノロは拒否するだろう。こんなことが、なぜ分からないのか?」


先ほどの代表者はもちろん、同調しようとした他の代表者たちがひるむとチェンが追い打ちを掛ける。


「彼らは応じることなく盗みを続けるだろう。だから黙って盗んでいるのだ」


「まるで海賊だ」


その発言者にチェンが視線を移す。


「違う。高度な知識を持った宇宙海賊だ」

「よく考えればノロやグレーデッドは原発の廃炉やマイクロウエーブを提供してくれたり、地球のために誠心誠意力を貸してくれた」


「そうだ」


[36]

 

 

「しかし、グレーデッドは国連を占拠して全世界を恐怖に陥れた」


「確かに。それがトラウマになったことは否定できない」


「マイクロウエーブはともかく、原発の廃炉作業はかなり強引だった」


 議論が落ち着きを取り戻すとチェンが口を挟む。


「過去はさておき、ノロに率いられたグレーデッドはこの地球を何とかしようと努力してくれた。しかし、トリプル・テンに目がくらんだ国や組織がグレーデッドを攻撃した」


「とても勝負にならなかった」


 惚けた声を上げる者を睨み付けるとチェンが続ける。


「我々はこの地球を守る義務がある。マイクロウエーブで電力事情が好転すると贅沢な生活を求めだした。温暖化は防げたがゴミだらけになって生態系も乱れている。絶滅する動植物が急増している」


「それはたいしたことではないのでは?」


「我々は微妙な生態系の上に成り立っている。ある意味、ひ弱な生命体だということを忘れないように。海面下降の影響もあるが、生態系の乱れから感染症が増えている。人類は生命の頂点にいると言うのはそれは単なるおごりだ。生態系を侮ると大変なことになる」


 チェンの迫力ある言葉に会場がシーンとなる。


「ピラミッドをご覧になったことはありますか?」


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 頷く者が多い。チェンの後ろのモニターにピラミッドが映しだされる。


「あれだけの頑丈な建築物でも頂上から崩れていくのです」


 頂上がズームアップされる。よく見ると長年の強風で頂上付近が丸くなっている。


「人類は消滅して地球は動物や植物だけの生命体の星になるかもしれない」


 沈黙が続いたあと誰かが発言する。


「大統領。我々はこれからどうすればいいのですか?大統領はどうするつもりなのですか」


 この言葉に全員我に返ったようにチェンを見つめる。


「お答えします。特定の国の最高責任者に特殊な任務をお願いすれば異論が続出しますが、今回は日本の鈴木にある任務をお願いする」


 急に指名された鈴木が尋ねる。


「その内容は?」


「ノロとの接触だ。彼の真意を探って欲しい」


「望むところ」

 鈴木に算段があるわけでもない。とりあえず月基地の資料を取り寄せて首相公務室で自ら分析した。幸いなことに日本の政情は安定しているので、鈴木は分析に集中することができた。しかし、ノロと連絡を取るための方法はもちろんのことヒントすら得られなかった。


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「ウサギか……」


 鈴木がため息をつく。立ち上がると通信方法が気になるのか、公務室の窓際に設置された緊急無線装置を見つめる。そしてその横の無線LANのルーターに視線を移す。窓ガラスはすべて純度の高い特殊な銅線が埋めこまれている。無線LANからのデータが外部に漏洩しないようにするためだ。鈴木はそのルーターに近づく。


「ウサギ?」


 無線ルーターにはアンテナがふたつある。まるでウサギの耳のように見える。鈴木は机に戻って地球連邦政府へのホットラインの回線を開く。


「日本の首相、鈴木です。チェン大統領に繋いでいただきたい」


 しばらくするとチェンの声が聞こえる。


「先だってはお世話になった」


「それはこちらの方だ。ところで月にいたウサギは今どこに?」


「連邦政府で大切に飼育している」


「そうか!生きてるんだな」


「元気に跳ね回っている」


「今からそちらに行く。構わないか」


「まさか、ウサギに会いに来るんじゃないだろうな?」


[39]

 

 

「そのとおり!このことは極秘だ。それにウサギに護衛を付けてくれ」


「ウサギに護衛?」


「すぐ行く」


 回線を切ると鈴木は首相専用高速ジェット機を手配する。

 ここは地球連邦政府職員のための健康管理室だ。篭に入れられたまま高性能のスキャン装置で例のウサギの検査結果がモニターに映しだされると鈴木が叫ぶ。


「やっぱり!」


「説明してくれ」


 チェンが鈴木の腕を取る。


「耳にアンテナが埋めこまれている。我々の技術を遙かに超える超高性能なアンテナだ」


「アンテナ?何のために?誰が?」


「ノロだ。これでノロと連絡が取れるはずだ」


「まさか」


「チェンはノロの気質を知らない。これはノロのジョークであり、そしてプレゼントだ」

「ノロ。聞こえるか?鈴木だ」


[40]

 


 篭に入ったウサギの横で鈴木が通信機のマイクを握りしめる。


「だめだ」


 もう何十回も試しているが応答はない。


「地上では無理なのか……」


 残念がる鈴木にチェンが提案する。


「月なら?」


「あっ、そうか!」


「冗談だ」


 チェンが否定するが鈴木は本気だ。


「月へ行く。宇宙船を用立てしてくれないか?」


 真剣な眼差しの鈴木にチェンは一歩引く。


「鈴木、少し頭を冷やしたらどうだ」


「冷静だ」


 チェンは鈴木の気迫に頷く。


「確かにアンテナが埋めこまれている。しかも特殊なアンテナだと言うことも理解した」


 チェンが鈴木の手を握る。


「やってみる価値はあるな」


[41]

 


 鈴木がチェンの手を握り直す。


「ありがとう!」

 各国の批判をかわすためにチェンは様々な理由をつけて鈴木とウサギと限られた職員を連れて月に向かう。
 そしてついにノロとの交信に成功する。


「こちらはのろまな亀のノロ。ウサギが寝ている間にアンテナを埋めこんだ」


 ノロの第一声に鈴木は素直に笑いながらジョークに近い質問をぶつける。


「新しい星の居心地はどうだ?」


「地震や台風や火山の噴火が多いが、慣れれば天国だ」


「それじゃ地球と同じじゃないか」


「でも人口が少ないから、災害になることはない」


 これは冗談ではなかった。地球に対する批判、あるいはイヤミだった。


「地球からではこのウサギを使っても通信できなかった」


「当たり前だ。ウサギは月を住みかにしているのだ。でも今は一羽しかいない」


「何を言いたい?」


「地球連邦政府を月に移すんだ」


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「茶化さずに応えてくれ」


 必死に鈴木がすがり付く。


「茶化してはいない。連邦政府が地球にあることが問題なんだ。月を地球の首都にするんだ。各国首脳が首都である月に集まって地球を見つめながら議論すれば色々なアイディアが出るはずだ」


 この発言に鈴木は言葉を失う。身体は小さいがノロの発想は地球の人間が束になってもかなわないと脱帽する。


「でもなぜウサギなんだ?」


「アンテナを増やすんだ」


「どういう意味だ。教えてくれ」


「意思疎通を円滑にするためだ」


「待ってくれ!」


「月に地球の首都を移したら、また連絡してくれ」


「ノロ!」


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[44]