【時】永久０２９７年５月

【空】限界城

【人】五右衛門　戦闘用アンドロイド

 

＊＊＊

 

「隊長。なぜ、ホワイトシャークはノロの惑星に戻ったのでしょうか」

 

　隊長は質問に応えずに目を閉じて呟く。

 

「ある者はカーン将軍の元で女の軍隊の抹殺に動き、ある者はキャミ将軍の元で男の軍隊の壊滅作戦に参加した。しかし、ワレラは殺害すべき相手を間違ってばかりだった。それは仕方がないことだった」

 

　この言葉を居合わせた戦闘用アンドロイドが引き継ぐ。

 

「そのあと、役立たずだと罵声を浴びせられ、強制的にシャットダウンさせられてスクラップにされた」

 

　目を閉じたままの隊長が太い腕を組みながら頷く。

 

「ワレラには通常のアンドロイドのように惑星を完成コロニーに改造する能力はない。それなのに完成コロニーに改造する条件を満たさない劣悪な惑星に捨てられた」

 

[262]

 

 

　徐々にボルテージが上がる。

 

「ワレラの人格は完全に否定された」

 

「ワレラに責任はない」

 

「ワレラを製造したのは誰なんだ。五右衛門」

 

　隊長の名前は「五右衛門」という。五右衛門は三太夫と入れ替わった戦闘用アンドロイドとは違って頭の毛がふさふさしている。ほとんど頭髪のないほかのアンドロイドとは風貌も体格もまったく違う。

 

「かなりの情報の蓄積に成功した」

 

「だから、地球への介入を自重したのか」

 

「ワレラを製造して意味のない戦闘に駆り出したのは誰だ？」

 

「今の質問はふたつに分ける必要がある」

 

　間が開いたのを見計らって五右衛門がカッと目を見開いて続ける。

 

「まず、製造者はノロだ」

 

「そいつは男か、女か」

 

「男だ」

 

「なぜ、ワレラを製造した？」

 

[263]

 

 

「その質問は先ほどの疑問のふたつ目に繋がる有効な内容を持っている」

 

「というと」

 

「男の軍隊の将軍カーンは泥沼化した男と女の戦争を終結させるために、ある完成コロニーの長官に戦闘用アンドロイドの製造を命じた」

 

「女の兵士を抹殺するためにか」

 

「そのとおり」

 

　そのとき、どんな集団でも必ずピントの惚けた者がひとりやふたりはいるものだ。しかし……。

 

「ワレラには性別がない。性別のない者に『男と女を区別して殺せ』など不可能だ」

 

　この主張はピントがしっかりと合っていた。

 

「あえて性別を分けずにワレラを製造したことに深い謎がある」

 

　五右衛門が周りを見渡す。

 

「これだ」

 

　データが次々と表示される。周りにいる十数名の戦闘用アンドロイドの両耳が赤く輝くと全員が理解する。一瞬のうちにデータを取りこんだのだ。

 

「かなりの量のデータだ。古いものから最新のデータまで事細かく編集されている」

 

「ファイル番号１０２のデータを解凍しろ」

 

[264]

 

 

　五右衛門が指示する。

 

「ほー。ノロが完成コロニーのアンドロイド製造工場で、男と女に区別した一般のアンドロイドの試作品と、性別を分離しないで屈強な戦闘用アンドロイドの試作品を製造したのか」

 

「アンドロイドに性別は必要なのか」

 

「必要だったようだ。特に戦闘用アンドロイドには」

 

「だったら逆じゃないか！男の戦闘用アンドロイドと女の戦闘用アンドロイドを試作すべきじゃないか」

 

　ここで五右衛門は間を置く。さすがリーダーだけの器量を持っている。

 

「それを示す直接的な資料はないが、そのコロニーの長官の命令書を下敷きにノロの発想を推測するとこうだ」

 

　五右衛門は共有データを活用して持論を推し進める。

 

「戦闘用アンドロイドに男と女の両方の性を組み込まなければ、女の兵士だけを攻撃する殺人アンドロイドの製造は不可能だと考えたようだ」

 

　誰かが割って入る。

 

「それでワレワレは雌雄同体の両性類になったのか」

 

「雌雄同体ではない。性別がない単細胞のような存在だ。いいかな」

 

　再び五右衛門の話を聞く雰囲気になる。

 

[265]

 

 

「いずれにしても長官の経歴や性格が災いした。現場を知らない高級官僚は出世が目的だからアンドロイドや武器の製造に関してはずぶの素人だ。一方、いかにしてふたつの性をひとつのアンドロイドに組み込むかは、ノロにとって極めて困難な作業だった」

 

　五右衛門の推論に共有データを参照しながら周りのアンドロイド全員が頷く。

 

「ノロは本気で女だけを殺す戦闘用アンドロイドの製造に邁進したのか」

 

「真意は不明だ」

 

「いずれにしてもノロがワレラの創造主であることには変わりない」

 

「気になる男と女の通常型の試作アンドロイドの製造番号は？」

 

「男はＭＹ２８。女はＭＡ６０」

 

「かなり古い型番だ。現存しているのか」

 

「している」

 

　全員、五右衛門の返答に反応してデータを検索する。

 

「ノロの惑星にいたのか。今はホワイトシャークの乗務員か」

 

「ホワイトシャークもノロが建造した」

 

「あの伝説のブラックシャークを建造したのがノロであることは承知している。そうするとホワイトシャークも宇宙最強の戦闘艦と言うことになる。ノロとはどういう人物なのか」

 

　五右衛門が目の前の浮遊透過スクリーンにノロの立体映像を投影する。

 

[266]

 

 

「古いタイプの人間に見えるが、こんな人間が本当にアンドロイドを製造したのか」

 

「時空間移動装置も彼の発明だ」

 

「そうだった。ところでノロは、今どこにいるんだ」

 

「ブラックシャークで六次元の世界に旅立ったらしい」

 

「なぜ最強の宇宙戦艦ブラックシャークで六次元の世界に？」

 

　誰もが驚くが、五右衛門は動じない。

 

「ワレラは五次元の城を手に入れた。人間には認識不可能な限界城だ。高度な演算能力を持つワレラだからこそ、視覚を超越して限界城をコントロールできる」

 

「しかし、ノロが六次元の世界に旅立ったのなら限界城の次元はひとつ低い。この限界城の次元が意味することは？」

 

「不明だ」

 

「六次元の世界に旅立ったということは、すなわちノロは六次元の世界でも存在できることになる」

 

「それは否定不可能な事実だ」

 

「ノロは味方か敵か」

 

「創造主だ」

 

　この言葉にしばらく沈黙が続いたあと、五右衛門に近づきながらアンドロイドが質問する。

 

[267]

 

 

「基本的なことを尋ねる。ワレワレがいずれかの性を持って確実に男の人間と女の人間を区別して殺す能力を持てばどうなる？」

 

「もう、そんな能力は必要ない。ワレラに組み込まれた攻撃性は男、女、関係ない。今やすべての人間を抹殺するのがワレラの本能となった。この本能という名のプログラムは消去できない」

 

「そうすると人類はワレラの攻撃を受けて滅亡するということか」

 

　五右衛門は声を出さずに首を縦に振ると誰かが発言する。

 

「人類は放っておいても滅亡する」

 

　更に頷いてから五右衛門が応じる。

 

「問題は大混乱の根本原因であるアンドロイドが子孫を残せるのか、残していいのか。これが問題だ。ワレラの存在性と継続性が問われる大問題だ」

 

「人間対アンドロイドではなく、男と女に別れたアンドロイドと性別の区別のないワレラ戦闘用アンドロイドの覇権争いになるということか」

 

「まず、この宇宙から人間を抹殺する。これからはアンドロイドの時代だ。人間はなんだかんだとすぐに神を持ち出すが、ワレラには神など必要ない」

 

「ノロは？」

 

「創造主ではあるが、人間だ。神ではない」

 

[268]

 

 

　再びノロの全身が浮遊透過スクリーンに現れる。そしてその両側にこれまで人類が神とあがめていた人間の姿をしたあらゆる神が表示される。

 

「ノロが神と崇められることは決してない」

 

「数々の神々とノロの体型は余りにも違いすぎる」

 

　このとき、地球連邦政府の大統領に無投票で当選したＲｖ２６の姿が浮遊透過スクリーン上のデータを蹴散らすかのように現れる。

 

「ノロ？」

 

「ノロ！」

 

「いつの間に六次元の世界から地球に戻ってきたのだ！」

 

「しかも大統領だ」

 

「キャミが大統領じゃなかったのか」

 

「よく分からんが選挙というものが原因らしい」

 

「センキョ？」

 

「センキョとはいったい何だ」

 

　サーチやホーリーそれにキャミたちが戦闘用アンドロイドが選挙妨害をするのではないかと気を揉んでいたが、そのアンドロイドは選挙制度を知らなかった。性を持たない彼らのこれまでの経験からすれば至極当然のことだった。

 

[269]

 

 

「ワレワレの生みの親とも言うべきノロが地球の大統領とは驚きだ」

 

「ブラックシャークは？」

 

「確認されていない」

 

「もし、ブラックシャークも戻っているのなら厄介だ」

 

「ノロも殺すのか」

 

「ワレラの目的は人類を抹殺すること。ノロもだ」

 

「もはや人間はこの地球にしかいない。完成コロニーには人間はいない」

 

「ノロの惑星は？」

 

「データがない」

 

「あるぞ！先ほど手に入れたデータの中に」

 

　すぐさま検索を始める。

 

「事前調査が必要だ」

 

「そうだな。ノロを徹底的にマークしよう」

 

「この限界城を持ってすれば不可能なことはない」

 

「過信は禁物だ。巨大コンピュータが追いつめられたのも過信が原因だった」

 

「実際、三太夫に扮したワレラの多機能戦闘アンドロイドが……確か四貫目という『忍者』にやられた」

 

[270]

 

 

「忍者とは？」

 

「人類史上、最強の戦士だ」

 

「彼らは得体のしれない忍法という武器を縦横無尽に使うようだ」

 

「忍法という武器の資料を集める必要があるな」

 

「ワレラは五次元の世界の論理を手に入れたが、忍者は別の論理を手にしたのかもしれない」

 

「気になる資料を見つけました」

 

「！」

 

「先ほど確認したが、ノロはブラックシャークで六次元の世界に移動したままのようだ」

 

「それではノロはブラックシャークを捨てて地球に戻って大統領になったのか？」

 

　この辺がアンドロイドの思考の限界かもしれない。まるで限界城自体がそれを暗示しているかのようだ。

 

「しかも巨大コンピュータを一瞬のうちに葬り去った多次元エコーという武器をノロは持っている」

 

「三次元、四次元、五次元というレベルを遙かに超える多次元！いったい、どういう敵に対して開発された武器なのか」

 

「最強の砦だと思っていたこの限界城。多次元エコーから見れば紙で造られたような城かもしれない」

 

[271]

 

 

　五右衛門の表情が引き締まる。戦闘用アンドロイドの集団は攻撃のプロだ。綿密に敵の資料収集して確固たる戦術を立てて戦略を構築していく。

 

　この戦闘用アンドロイドを製造したノロの設計方針はいったい何だったのか。単なる遊び心だったのか。あの長官を欺くためだけのその場しのぎだったのか。あるいは出産可能なアンドロイドを製造するための踏み台として試作したのか。五右衛門たち戦闘用アンドロイドはもちろんのこと、サーチたちやＲｖ２６もこの謎を知るよしもない。だが、いずれ五右衛門がノロと誤解したＲｖ２６との真剣勝負が繰り広げられることは火を見るより明らかだった。しかし、そこには人類の影響力はまったく存在しない。サーチやホーリー、キャミやミト、そしてミリンやケンタ、住職やリンメイの力が及ぶ世界が目の前から消えようとしている。

 

＊＊＊

 

「地球での資料収集が終了した」

 

「分析を急げ。それが済んだらノロの惑星に向かう」

 

「どうしてだ」

 

「多次元エコーが気になる」

 

「ノロを地球に残して、なぜホワイトシャークはノロの惑星に向かったのだ」

 

　当初の疑問が繰り返される。

 

[272]

 

 

「分からない。情報分析の結果を待たなければならない。要はブラックシャークは六次元の世界にいるが、なぜかノロは地球にいる。いずれにしてもホワイトシャークとはいったいどんな宇宙戦艦なのか。ブラックシャークの改良型だとすると厄介な存在になる」

 

「まず、ホワイトシャークを叩く、ということか」

 

　五右衛門が頷く。

 

「ホワイトシャークを片付けることができれば、この限界城を攻略できる戦闘艦はない」

 

「ノロの惑星へは次元移動しますか」

 

「急ぐ必要はない。スライド時空間移動でいい。情報分析を優先させる」

 

「分かりました」

 

「五次元戦艦をスタンバイしろ」

 

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[274]