第八十八章 禁断の多次元エコー


【時】永久0297年5月

【空】地球(大統領府)

【人】ホーリー サーチ Rv26 ミリン ケンタ 住職 リンメイ 四貫目 MY28

 

***

 

 大統領府前の大きな噴水がある公園でRv26の極めて長い就任演説が終了すると数万人の聴衆が割れんばかりの拍手を送る。Rv26が止まらない拍手を制止するジェスチャーを何度も繰り返すが、手拍子に変わった拍手を止めることはできない。この中継放送をホワイトシャークの艦橋の浮遊透過スクリーンで見つめるサーチ以下乗務員は誇らしげなRv26にエールを送る。いつしか艦橋に戻ったミリンが思わず声をあげる。

 

「巨大土偶のミニチュアみたい」

 

「まあ、本人がいないから、いいか」

 

 ホーリーが特別許可を出すとサーチがミリンに応じる。

 

「確かに感じが巨大土偶に似ているわ。それより声はもちろんのこと、しゃべり方までノロに似てきたわ」

 

[226]

 

 

「しかし、集まった人間もアンドロイドもあんな長い演説を感心して聞いていたな」

 

「心配していた戦闘用アンドロイドの妨害はなかったわね」

 

ミリンがケンタに笑顔を強要する。サーチはそんなミリンから四貫目に視線を向ける。

 

「四貫目にやられたから用心しているのかしら」

 

 四貫目がサーチに近づく。

 

「勝負はついておりませぬ」

 

「?」

 

「三太夫に変装した戦闘用アンドロイドは首から下を失いましたが、頭は無事でした」

 

 ホーリーが四貫目に反論する。

 

「アンドロイドのCPUは胸に埋め込まれている。四貫目が戦った戦闘用アンドロイドの頭部は両目、つまり連装レーザー銃を装備しただけの単なる武器じゃないか」

 

「いえ、違います」

 

 MY28が席を立って議論の輪に入る。

 

「ホーリーのアンドロイドに対するCPUの認識は我々、つまり通常のアンドロイドには通用しますが、戦闘用アンドロイドには通用しません」

 

「えっ!戦闘用アンドロイドは違うのか。なぜ無防備な頭部にCPUを埋め込んだんだ?」

 

「ホーリーの質問は『戦闘用に特別に製造されたアンドロイドの頭部になぜCPUをあえて埋め込んだのか』ということですね」

 

[227]

 

 

 ホーリーとMY28のやり取りに全員が注目する。

 

「我々にはCPUがひとつだけ胸に埋め込まれています」

 

 大統領府前の公園の映像が消えた浮遊透過スクリーンにアンドロイドの身体の模式図が現れて胸のところで赤いハートマークが点滅する。

 

「これが我々のCPUの位置です。戦闘用アンドロイドはこうです」

 

 スクリーンは戦闘用アンドロイドの模式図に変わる。胸だけではなく頭部、両肩の付け根、両太ももの付け根に青いハートマークが点滅する。

 

「六個のCPUが埋め込まれています」

 

「知らなかった」

 

 ホーリーが脱帽する。しかし、サーチは驚かない。

 

「そう言えば、瞬示や真美の身体を調べたとき、それこそ全身の関節という関節に脳が分散していたわ(第二編第三十七章「ふたりの身体」)」

 

 すぐさまリンメイが肯定するとホーリーが尋ねる。

 

「ノロがそのように設計したのか」

 

 返事がないのでホーリーが続ける。

 

「やはり戦闘用アンドロイドのCPUの配置はノロ独自の設計か」

 

[228]

 

 

「ノロ以外の誰が戦闘用アンドロイドを製造できるのですか。手を抜くといってもそれなりのものを造るのがノロの本能です」

 

「本能!」

 

 ホーリーが叫ぶとサーチが声に出さずに呟く。

 

――本能……。それは生命の根本原理

 

 サーチはホーリーにゆがんだ苦笑とも受け取れる微笑みを向けたあと、若干大きめの声を出す。

 

「これまで分かっていたこと。その分かっていたことに対して疑問を持たなかったこと。そのすべてが、どうも疑わしいわ。私たちの知識をリセットして一から検討する必要があるわ」

 

「そのとおりじゃ」

 

 住職が床に座ると真新しい数珠を握る。

 

「ノロがいない今、ふりだしに戻って考え直されなければならん。そうしないとノロの考えを曲げて理解してしまう危険性があるぞ」

 

「当面の問題として、戦闘用アンドロイドに対してどう戦うのか。しかし、アンドロイドに有効な最強の兵器、多次元エコーがホワイトシャークには装備されていない」

 

「なぜ、ノロは多次元エコーをホワイトシャークに装備しなかったのかしら」

 

 前々から思っていた全員の共通した疑問が中央コンピュータに向かう。

 

[229]

 

 

「その前に重要なことを申しあげます。多次元エコーはこの宇宙にひとつだけしか存在が許されない代物なのです」

 

「何だって!」

 

 誰もが中央コンピュータの次の説明に耳を集中する。

 

「この宇宙は三次元ではありません。言い換えれば三次元の世界だけが存在するのではなく、あらゆる次元の世界が集合する時空間なのです」

 

 黒色の浮遊透過スクリーンを背景に白色の複雑な算式が流れる。

 

「このモノクロの世界を三次元の世界だとします。つまり我々には色を認識する能力がないとします」

 

 まるで黒板に白いチョークで意味不明な数えきれないほどの算式が書かれたような浮遊透過スクリーンの、その算式のひとつが赤色に変わる。

 

「この赤い算式を認識できる生命体がいるとしましょう。その生命体を『四次元の生命体』と呼ぶことにします」

 

 艦橋にはため息すら漏れない。誰もが息を止めているような沈黙が続く。

 

「我々にはその算式は白いままです。この算式を赤いと感じることはできません」

 

 少し離れた算式が黄色に変化する。

 

「先ほどの四次元の生命体には黄色は感知されません。しかし、五次元の生命体は認識します。

 

[230]

 

 

白と赤と黄色を区別する能力があります」

 

 赤の算式からかなり離れたところにある算式が白から緑に変わる。

 

「この変化に気付くのは六次元の生命体です」

 

 ここで初めてホーリーが指を折りながら声を上げる。

 

「次は青だろ。そして……白と七色すべてを見分けられるのは一〇次元の生物だ」

 

 ホーリーのリクエストに応えるように一部の算式の色が青に変わる。

 

「もう、お分かりでしょう。この宇宙には次元が異なる世界が同居しているのです。これが我々のいる宇宙なのです」

 

 沈黙が消えて動揺が広がる。中央コンピュータが問いかける。

 

「少し前に六次元の世界に行ったブラックシャークと通信できたこと、覚えていますか」

 

「忘れるものか」

 

 ホーリーが叫ぶとサーチが低い声を出す。

 

「まったく異なる宇宙にブラックシャークが行ったと思っていたけれど、違うのね」

 

「そうです。同じ宇宙にいます」

 

 サーチよりも早くホーリーが頷く。

 

「ひょっとして多次元エコーは、元々同じ宇宙にある他次元を見るための装置だったんじゃ!」

 

[231]

 

 

「さすがホーリーですね。ワタシも同じ考えです。ノロはこの宇宙に四次元以上の世界が同居していると確信していたのでしょう。でもワタシたちはこの宇宙全体を三次元の世界だと思い込んでいた。しかし、他次元の物質が潜むこの宇宙の本当の姿を知ろうとノロが造り出した多次元エコー。それが不思議な兵器になりました。高次元の生命体ではなし得ない、つまり三次元の生命体であるからこそ、なし得た偉大な業績です」

 

「今の説明、理解できないわ。なぜ、三次元より高度な四次元や五次元……いえ、なぜ高次元の生命体が多次元エコーを開発しなかったの」

 

「それは明白です。次元が低いほどこの宇宙がはっきりと見えないのです。モノクロの世界の人間が色を求めるのは当然なのです。総天然色カラーの映画を見たい。誰もがそう思った時代がありました。歴史で学びませんでしたか」

 

「なあ、チューちゃん」

 

 ホーリーが場違いの親しみのある声を出す。

 

「俺たち三次元の貧乏生命体は、豊かな高次元の生命体よりハングリー精神が旺盛なんだ。そう思わないか」

 

「その辺は何とも……」

 

 中央コンピュータに否定されたホーリーを押しのけて住職が大声をあげる。

 

 

[232]

 

 

「そのとおりじゃ!わしゃ、悟ったぞ。追いつめられても不屈の精神で逆境をはねつける。みんな思い出してくれ!ホーリーとカーンとRv26の連係プレーで巨大コンピュータとの戦いで勝利したことを(第二編第四十四章「突破」)。こんなことを高次元の生命体ができるか?思い起こせば六次元の生命体である最長や広大の行動はなぜか緩慢じゃった」

 

「確かにそんな感じだった。でも同じ六次元の生命体の瞬示や真美の行動は素速いわ」

 

 失地挽回を狙ってホーリーが割り込む。

 

「あのふたりは普通の六次元の生命体じゃない。ひとりの六次元の生命体が無理矢理三次元の生命体として分割された、極めて特殊な六次元の生命体だ(第三編第七三章「交錯」)」

 

「そうだったわ。でも待って。最長と広大もそうじゃないの」

 

「!」

 

 ホーリーが絶句して一瞬黙るが、逃げるように話をスタート地点に戻す。

 

「いずれにせよ、ホワイトシャークに多次元エコーを搭載することはできないのか」

 

「いえ、搭載は可能です」

 

「どういうことだ!多次元エコーはこの宇宙にひとつしか存在できないと言っていたじゃないか」

 

「多次元エコーを製造することも、そしてホワイトシャークに搭載することもできます」

 

「そう言えば、確かに製造できないとは言っていなかった。ホワイトシャークには装備されていないとだけしか聞いていなかったな」

 

[233]

 

 

「すぐ製造に着手できるという根拠は?」

 

 サーチが鋭く切り込む。

 

「皆さん、多次元エコーの設計図を目の当たりにしているじゃないですか」

 

 全員、浮遊透過スクリーンの算式に注目する。

 

「これは設計図そのものです」

 

「なんと!」

 

 住職が泡を吹くとリンメイが心配そうに寄りそう。

 

「私にはまったく理解できない設計図ね」

 

 サーチも一緒に泡を吹きたくなるが思いとどまって質問する。

 

「チューちゃん。いえ、ごめんなさい。中央コンピュータ。要は複数の多次元エコーから同時に発射は許されないと言うことですね」

 

 サーチが真剣な眼差しで天井を見つめる。

 

「チューちゃんという呼び名、最初はいやでしたが、今は気に入っています。さて、船長の見解のとおりです。ただし、同時だけではありません」

 

 ホーリーが再度割り込む。

 

「たとえばこうか。ライセンスがひとつしかないコンピュータソフトを、複数のコンピュータにインストールしてもそのソフトが使えるのは一台のコンピュータだけだ。そのコンピュータが稼働していなければ、他のコンピュータで使用可能だ。これと同じで多次元エコーを何台製造しても一台しか使えない」

 

[234]

 

 

 

 ホーリーが自信を持って天井を見上げると中央コンピュータの声がする。

 

「ニュアンス的にはそうです。しかし、多次元エコーの場合、かなりの時間を置いてもう一方の多次元エコーを発射するのもはばかります」

 

「かなりの時間?」

 

「多次元エコーはすべての次元に影響力を与えるほど絶大なのです」

 

 もう付いてゆけない。それでも説明が続く。

 

「しかも高次元の世界では時間の流れが複雑です。三次元の世界のように一方通行ではないのです。同じ時間といって、何を持って同じ時間かを証明することはできません」

 

 ホーリーがなんとか口を開く。

 

「これまで多次元エコーが使われたのは巨大コンピュータとの戦いのときだった」

 

 ホーリーが少し感傷的に発言する。

 

「もう一回あります」

 

「えー!二回あったのか?」

 

「ノロの惑星の中央コンピュータのライブラリーにそのデータがあります」

 

「それはいつなの?」

 

[235]

 

 

「恐竜時代です(第三編第六〇章「恐竜」)」

 

 浮遊透過スクリーンに年表が表示される。

 

「それはノロがブラックシャークの試運転に出かけた時代で、突然現れた巨大土偶に多次元エコーを浴びせたようです」

 

「えー!試運転で使用したのか」

 

「ノロらしいと言えばそうでしょうが、かなり追いつめられたのでしょう」

 

 現実を考えれば余り意味のない会話と判断したサーチが終止符を打つ。

 

「多次元エコーの製造を急ぎなさい。ただし条件がひとつだけあります」

 

 中央コンピュータの返答を待つまでもなくホーリーが口を挟む。

 

「出力調整を組み込むんだ」

 

 ホーリーがサーチに目配せする。すぐサーチが頷くが中央コンピュータの答えは冷たかった。

 

「出力調整は無意味です。確かに三次元の世界では調整は有効ですが、時間軸を複数持つ高次元の世界では関係ありません。要するに多次元エコーはこの宇宙全体に及びます。強い弱いの問題ではありません」

 

 ホーリーがうなだれながらもサーチに自制を求める。

 

「原子爆弾の比じゃない。原子力の平和利用というようなちゃちな問題でもない。多次元エコーの製造はやめるべきだ」

 

[236]

 

 

 しかし、サーチは譲らない。

 

「使用には細心の注意が必要なことを肝に銘じます。その前に確認したいことがあります」

 

 サーチはホーリーを無視して天井のクリスタルスピーカーを直視する。

 

「限界城の分析は終わりましたか」

 

「いいえ。データ不足です」

 

「直感でいいわ。ホワイトシャークは十分戦えるでしょうか?」

 

「データ不足です。それにワタシには直感力はありません」

 

 ホーリーが天井を見つめるサーチの前に立つ。

 

「それじゃ限界城の脅威を分析してから、多次元エコーの製造を決断すればいい」

 

「そうはいかないわ。ホワイトシャークの力ではどうにもならないと分かってからでは遅すぎるわ」

 

「船長!ちょっと待ってくれ」

 

 ホーリーがサーチを押しとどめる。

 

「中央コンピュータ。キャミの時空間移動装置を回収したときのRv26の攻撃行動データを浮遊透過スクリーンに転送してくれないか」

 

 浮遊透過スクリーンにデータとそのときの状況が映しだされる。

 

「ホーリーの着眼点に関心しました」

 

[237]

 

 

 当のホーリーはデータを見ながら首を傾げるが、中央コンピュータが続ける。

 

「Rv26は主砲を駆使して疑似の多次元エコーを発生させました。つまりホワイトシャークの性能を最大限に引き出して、キャミの時空間移動装置を限界城から三次元の世界に引き戻しました。まるでノロみたいだ!」

 

 この意見に誰もが驚嘆するが、サーチだけは冷静に浮遊透過スクリーンから天井に視線を移して中央コンピュータに命令する。

 

「よく分かりました。多次元エコーの製造を急ぎなさい」

 

「船長!」

 

 ホーリーが叫ぶとサーチが首を横に振って胸に手を当てる。

 

「大事なことを忘れていたわ」

 

 ホーリーは黙ってサーチの言葉を待つ。

 

「ブラックシャークの存在が確認できない今、多次元エコーを搭載すべきです。ブラックシャークが無事なら、ホワイトシャークの多次元エコーを解体すればいいのです」

 

 ホーリーが反応するより早く天井から声がする。

 

「了解。直ちに実行します」

 

「取りあえず、多次元エコーを使用することがないことを祈ります。さて戦闘用アンドロイドの対抗策を徹底的に考えましょう」

 

[238]

 

 

 さっぱりしたのか、ホーリーはわだかまりなしに発言する。

 

「俺たちが思っているより、戦闘用アンドロイドは緻密に素速く行動するかもしれない」

 

「とにかく限界城が問題じゃ。普通、城というものは相手の攻撃を防ぐためのものじゃ。わしには想像できんが、もし、攻めの体勢を取ることができる城があるとしたら、こちらは無防備な攻撃隊になってしまう。つまり盾と矛の両方を持った敵に対してこちらは矛は持つが盾を持たない烏合の衆となってしまうのじゃ」

 

「住職!理解できないわ」

 

 ミリンがクレームを入れる。全体の雰囲気を乱さないようにケンタがミリンの耳元で囁く。うんうんと首を縦に振るミリンの口をケンタが押さえようとするが間に合わない。

 

「そうなの!それで母さんは父さんの意見を無視して多次元エコーの製造に踏み切ったんだ!」

 

 誇らしげに胸を張るミリンの横でケンタが何度も頭を下げる。ミリンとケンタにホーリーが近づく。

 

「ミリン。父さんは副船長だ。でもな、抑止力として多次元エコーを装備しても……」

 

「抑止力って?」

 

 今度はケンタがしっかりとミリンの口をふさぐ。ホーリーはケンタの意図をすぐ理解する。大人が子供に優しく説教するような口調でミリンに説明する。

 

[239]

 

 

「確かに多次元エコーを装備すべきかもしれない。戦闘用アンドロイドが多次元エコーを恐れて降伏すればいいが、もし降伏しないで徹底抗戦、いや、多次元エコーで攻撃できるはずがないと見透かされたら、どう対処したらいいのか。そこが問題なんだ」

 

 サーチが船長席からホーリーに近づく。

 

「そのとおりよ。原子爆弾を投下するようなことはできない。しかも原子爆弾の比じゃないわ。多次元エコーの発射のタイミングを間違えれば……」

 

 サーチはそのあとの説明を中央コンピュータに託す。

 

「この宇宙だけではなくパラレル、いえマルチコスモスすべてが消滅するかもしれません」

 

「何もなくなってしまうのか」

 

「そうです。『無』の世界になります」

 

 住職が驚いて天井を見上げる。

 

「中央コンピュータ!お前は『無』という概念を理解しているのか」

 

「いえ。受け売りです」

 

「ノロか」

 

「そうです」

 

 複雑な表情をしながら住職がうつむく。

 

「いずれにしても、単に製造するんじゃなくて多次元エコーの影響も徹底的に調べる必要があるのは当然としてその方法は?」

 

[240]

 

 

 サーチが天井に向かって質問する。

 

「ノロの家のデータライブラリーを隅の隅まで調べるしかありません」

 

「分かったわ。ノロの惑星へ時空間移動!」

 

 サーチの即断に中央コンピュータが待ったをかける。

 

「意外と船長は性急ですね」

 

「船長だからよ」

 

「今の船長の命題、ノロの惑星の中央コンピュータとノロの家の図書館の管理人に伝えます」

 

「管理人!」

 

 サーチとホーリーが声を揃えて叫ぶ。

 

「えーと誰だっけ。髭を生やした……」

 

 怒鳴ろうとするサーチをホーリーが止める。

 

「このボケは量子コンピュータ独特のクセだ」

 

 ホーリーが思い出しやすいように中央コンピュータに語りかける。

 

「あの地下室には古本が山のように積みあげられて……」

 

「思い出しました。広大です」

 

「広大!最長じゃないのか」

 

[241]

 

 

「最長の兄の広大です」

 

「?!」

 

 なんとか先に声を出したのはホーリーだった。

 

「広大は坊主だぞ!髭なんか生やしていない。それに六次元の生命体だ。なぜ今、ノロの家の地下室の管理人に?」

 

 意外にも中央コンピュータが明確に即答する。

 

「六次元の生命体の出現、移動、消滅は我々の理解を超えています。しかしながら、今回の広大の行動は明確です」

 

「そんなバカな」

 

「ワタシはバカではありません」

 

「すまん。お前のことを言ってるんじゃない」

 

「分かってもらえればいいです。さて広大はどうも自分たち六次元の生命体が三次元の生命体を混乱に陥れたことを深く反省しているようなんです」

 

「反省?」

 

 サーチとホーリーが同時に声を出す。

 

「ノロが広大の弟の最長の誘いで六次元の世界に連れて行かれたことはご存知ですよね」

 

「焦れったいな!俺はなぜ兄の広大がノロの家の地下室の管理人だということを尋ねているんだ!」

 

[242]

 

 

 ホーリーにサーチが強く頷く。

 

「どうすれば、自分たちが起こした混乱を収束することができるか、ノロの地下室にある古本にヒントを求めるために勝手に管理人になったのです」

 

「信じられないわ」

 

「ワタシをですか?それとも広大?」

 

「連絡は取れるの?」

 

 そのサーチに反応する微妙な空気の流れが起こると艦橋に僧衣をまとってはいるが坊主ではなく髭を蓄えた人間が現れる。

 

「お呼びになったのは誰じゃ」

 

「最長!」

 

 まず、ホーリーが叫ぶと住職が近づく。

 

「広大殿か?」

 

「そうじゃ。無精していたので髪の毛が生え、髭がボウボウになってしもうたわ」

 

 広大がからからと笑う。しかし、住職はひるむことなくそのまま広大に近づく。

 

「何故にあの狭苦しい地下室に?」

 

「時空が異なるが、あそこは元々弟の最長が古本屋の店主として収まっていたところじゃ。そのあとノロ殿が引き継いだ由緒ある場所じゃ」

 

[243]

 

 

「由緒?」

 

「我々の先鋭隊である瞬示と真美の報告書が詰まった場所じゃ(第三編第六十一章「古本屋」)」

 

「そうか。広大殿。教えて欲しいことがあるのじゃが」

 

「このぐらいの説明が精一杯だ。すぐ戻らなければ」

 

 広大にサーチが大きな声を上げる。

 

「瞬示と真美は?ノロは?」

 

「さらばじゃ」

 

 広大の姿がフッと消えるのとサーチが叫ぶのが同時だった。

 

「待って!」

 

 しかし、サーチは一瞬落とした肩に力を入れ直して天井に向かって号令する。

 

「ノロの惑星へ!」

 

 この命令に一番反応したのはミリンだった。

 

「ノロが戻っているかも!」

 

 サーチとホーリーは揃って首を横に振る。

 

――いるとすれば……

 

[244]

 

 

***

 

「主がいないことを除けば、この星は以前とまったく同じだわ」

 ドックに収まったホワイトシャークが心地よさそうにすぐさま点検を受ける。そしてサーチは改めて多次元エコーの製造とホワイトシャークへの搭載を命令する。

 

「俺は反対だが、船長の命令に従う」

 

「ありがとう」

 

「ただし条件がある」

 

「条件?」

 

「あの居酒屋で酒を飲もう」

 

「いいアイデアだわ。今でもあの居酒屋はあるの」

 

「上陸前に調べたが、つぶれてはいない」

 

「それはよかったわ」

 

[245]

 

 

[246]