第九十四章 ビートルタンク


【時】永久0297年5月

【空】ノロの惑星

【人】ホーリー サーチ ミリン ケンタ 住職 リンメイ MA60 (ノロ)

 

***

 

 戦車から降りたホーリーやサーチたちがその勇姿に驚く。

 

「まるでカブト虫だ」

 

「確かに大型だが、たった四台しかない」

 

「四台でノロの惑星を防衛するなんて不可能よ」

 

 サーチの心配を無視してホワイトシャークの端末、いや、チューちゃんが解説を始める。

 

「ところでこの四台の戦車には愛称があります」

 

「ニックネームか?」

 

「そうです。ジョン、ポール、ジョージ、リンゴです」

 

「どこかで聞いたような」

 

「愛称はともかく、四台ではなあ」

 

[338]

 

 

 ホーリーがサーチの不安を共有する。

 

「とにかくノロの家の地下室に」

 

 全員、周りを見渡して首を傾げる。

 

「どこにノロの家があるんだ」

 

「ノロの家は攻撃を受ける直前に地下奥深いところに退避しました」

 

「さすがノロの家だな」

 

 誰もが驚くと思っていたチューちゃんは少しがっかりする。

 

「どこからノロの家に入るんだ」

 

 チューちゃんが移動すると腰を屈める。そして土を払うといかにも頑丈そうな扉が現れる。

 

「地下深いところに退避した割には地表に入口があるとは」

 

「この扉、見覚えがあるわ」

 

 全員、首を縦に振る。

 

「これは本が一杯詰まった地下室に通じる扉と同じだ」

 

 この反応にチューちゃんの方が驚く。

 

「知っていたのですか」

 

「大昔、ここで瞬示と真美と出会った」

 

 ホーリーが赤茶けた鉄の輪っかを力強く引っぱると、ギーという音をたてて扉が開く。

 

[339]

 

 

ためらいもなくチューちゃんはハシゴを降りながら目をサーチライトのように輝かせる。すると部屋の様子がおぼろげながら浮かびあがる。チューちゃんがトンと床に足を着けるとホーリーが、そしてサーチが続く。

 

「あのときと同じだわ」

 

 本が山積みされている。最後にケンタが扉を閉めて床に降りると、チューちゃんの目の輝きだけが唯一の明かりとなる。その明かりも届かない隅で蛍のような淡い緑の光が輝く。

 

「きれい」

 

 ミリンがフラフラと光に向かうと何かにつまずいて前のめりになる。積まれた本の山に手を突くとバタバタと本が崩れる。

 

「ミリン!」

 

 ケンタが素速く腕を掴もうとするが間に合わない。身体を支えるものを失ったミリンは何百冊の本とともに床に倒れる。

 

「大丈夫?」

 

 近づくサーチにミリンは床に顔を付けたまま呟く。

 

「この下に何かあるわ」

 

 黄色の光を受けたミリンの横に赤い輪っかがある。ミリンは立ち上がると引っぱろうとする。その輪っかが付いている扉は先ほどこの部屋に入ってきた地表の扉とまったく同じだ。

 

[340]

 

 

 ミリンに替わってケンタが引っぱる。すると音まで同じでギーという音をたてて扉が開く。

 

「ノロ得意の冗談なのかしら」

 

 サーチライトがわりのチューちゃんを先頭にハシゴを降りる。やはり先ほどと同じ部屋で本が山積みされている。

 

「チューちゃん。さっきから何もしゃべらないけど、これはどういうこと?」

 

 サーチがチューちゃんの肩を叩く。

 

「うーん」

 

 チューちゃんは唸ったまま周りを照らすように首を回す。今度はリンメイが薄い緑色の輝きを見つける。

 

「本の山を倒せば下から黄色い光が現れるはずよ」

 

 ミリンが楽しそうに応えると意外にもリンメイが本の山を次々と蹴りとばす。

 

「リンメイ!はしたない!」

 

 リンメイは構わず住職の手を取って叫ぶ。

 

「ストレス解消よ。あなたもどう?」

 

「本を蹴り倒すなど本末転倒じゃ」

 

 ところが踏みだした足が本の山を崩してしまう。すると住職はリンメイを押しのけて次々と本の山を蹴りとばす。その姿を見たミリンがクスクス笑うと住職の足元から黄色い光が漏れてくる。

 

[341]

 

 

そしてその光の中に、またあの赤い輪っかが現れる。住職は屈むとその輪っかを握る。

 

「ちょっと待った」

 

 ホーリーが住職の肩に手を当てるとチューちゃんを睨む。

 

「ゲームとしてはおもしろいが、何回同じことをすればゴールにたどり着けるんだ」

 

 チューちゃんの目の輝きが薄くなる。

 

「それが分からないのです」

 

 汗をかくはずがない、しかも顔色も変わるはずがないのにチューちゃんの顔は黄色い光が差しこんでいるのに青白い。

 

「ここはみっつ目のフロアーですね。ということはここは地下三階」

 

「何を言いたい」

 

「時間の次元がドンドン加算されています」

 

「どういう意味だ」

 

「びっくりするほど時間が進んでいるとか、戻っているとかということではありません。我々がいる空間の時間の方向が前進だけの時間から、後退の時間、そして左右に動く時間、もっと下の階に行けば上下に動く時空間に身を置くような気がします」

 

「ということはこれ以上輪っかを握って扉を開けるなと言うことか」

 

「いえ。もう一回は許されるでしょう。最長が言う広い地下室があるはずです。恐らく次の階だと思います」

 

[342]

 

 

「分かった」

 

 ホーリーがそう言うと急にある本の山が黄色に輝き出す。そしてその山を崩そうと腕を払うが、崩れるどころか腕を引っ込める。

 

「イテ」

 

 よく見ると一メートルはある分厚い十冊ほどの大判の本が寄りそうように置かれている。そして黄色い光を発している。

 

「蹴るしかないな」

 

「待って」

 

 足を上げるホーリーをサーチが止める。

 

「やっぱり本を蹴るなんて抵抗感があるわ。それにいったいなんの本か、確認した方がいいわ」

 

「そうだな」

 

「ところでこの部屋には明かりがないの」

 

「あっ!あります。忘れていました」

 

 チューちゃんはハシゴに戻って数段上ると扉横の天井を探ってスイッチを入れる。チューちゃんの目の輝きが消えて天井中央の裸電球が目も眩むような強い光を発する。暗い環境に慣れた全員がたまらず目を閉じる。

 

[343]

 

 

 やがて目が慣れてホーリーから順番に本の題名を読み上げる。

 

「ブラックシャークのヘルプ」

 

「多次元エコーの使い方と注意事項」

 

「中央コンピュータとうまく付き合う方法」

 

「『時空間移動装置は実はアンドロイドの赤ちゃんだった』という意見に関する論文。なんだ?この本は」

 

「シャチを宇宙戦艦に改造する方法」

 

「カブト虫を戦車に変身させる手術」

 

「宇宙戦闘機クワガタの秘密」

 

 ここでホーリーが大声をあげる。

 

「なんだ!なんだ!著者は全部ノロだ!」

 

「宇宙大学卒業論文『アンドロイドに細胞はあるのか』」

 

「宇宙大学博士論文『アンドロイドはオナラをするか』」

 

 たまらずホーリーが表紙を開けて数ページめくる。

 

「序論に代えての前書」

 

 そう言ったままホーリーは黙読する。そして大声を出して笑い出す。

 

[344]

 

 

「この論文は宇宙ノーベル賞を受賞することを意識して執筆したもので……」

 

 つられてサーチもミリンもそして誰もが笑い出す。しかし、すぐにサーチが真顔になるとホーリーの横に立ってその本の表紙を閉じようとする。

 

「興味ある本ばかり。でも読む時間はないわ。とにかくこの分厚い本を移動させましょう」

 

「そうだな。永遠の命のまま、無人惑星に漂流しても死ぬまで読み切れないほどの本がある」

 

 ミリンが笑顔でホーリーに同調する。

 

「ここの本、全部持って無人惑星に星流しの刑に処せられるのなら、私、喜んで刑に服すわ」

 

「何を言ってるの。それより本をどこに移動させようか」

 

 サーチがミリンとホーリーを促す。

 

「ケンタ、手伝ってくれ」

 

「わしも手伝う」

 

 若い住職も応じる。

 

「仏教のどの経典よりも分厚いのう」

 

「チューちゃんによれば次の部屋が最後になるらしいわ」

 

 このサーチの言葉に全員の興味が目の前の本から床に向かう。本がなくなると今までと違って錆び付いていない金色に輝く丸い取っ手が現れる。頷くチューちゃんにホーリーとケンタがその取っ手を握る。少し開いた時点で眩しい光が視線を突く。

 

[345]

 

 

***

 

 MA60がまるで卵を抱えるように毛布にくるまった赤ん坊を抱えたまま天井を見上げる。床からハシゴがその一角に伸びている。周りの海賊がライフルレーザーを一斉に照準を合わせる。その一角がギーという音をたてて全開する。誰かが降りてくる。

 

「誰だ!」

 

 その誰かが途中で眼下を確認するように首を傾げる。

 

「ホーリー!」

 

 歓迎の声が広い部屋にこだまする。ホーリーが一気に飛び下りる。

 

「サーチ!ミリン!みんな!安心して降りてこい。慌てるな!ゆっくりでいい」

 

 歓声の中、次々と降りてくる。

 

「無事だったのね」

 

 サーチがMA60に近づく。リンメイがアンドロイド工場長に抱きつく。ミリンはMA60の胸の中で毛布にくるまれた赤ん坊を覗く。丸い身体が少し膨らむとすぐに少し縮む。

 

「呼吸している」

 

「人間にはそう見えるのね」

 

 MA60が赤ん坊とミリンを交互に見つめる。そのとき「ドサッ」という音が聞こえる。チューちゃんがハシゴから床に落ちた音だ。

 

[346]

 

 

手には分厚い本が握られている。ケンタがチューちゃんの元に駆けよる。

 

「扉を閉めてください」

 

 ケンタがハシゴを駆け上り扉を閉めると軽やかに床に飛び下りる。天井からミシミシという不気味な音が聞こえてくる。歓声は消えて誰もが天井に向かって耳を澄ます。

 

「安心してください。この部屋と上の部屋では時間の次元が違います。この空間には誰も侵入できません」

 

「そうか。……でもお前、何を持っているんだ」

 

 慌ててチューちゃんは隠そうとするが、分厚い本など隠せる訳がない。

 

「なんだ」

 

 ホーリーが本の表題を読み上げる。

 

「中央コンピュータとうまく付き合う方法」

 

 チューちゃんがうなだれる。

 

「自分がどう思われているか、知りたかった?」

 

 チューちゃんが赤面する。

 

「チューちゃんっていったい何者なの」

 

 ミリンが初めてノロそのものチューちゃんにこれまでと違った感情を持つ。

 

[347]

 

 

「今は単なる端末ではありません。中央コンピュータが世を忍ぶ仮の姿です」

 

「それじゃ、ヤドカリみたいなもんか」

 

 ホーリーがしみじみとチューちゃんを見つめる。

 

「いい住みかがあったら教えてください」

 

「いい住みかってコンピュータのこと?」

 

「そうですね。量子コンピュータもいいですが、今度は光コンピュータを希望します」

 

「そう言えば、今まで中央コンピュータと端末を意識して区別したことはなかったわ」

 

「どちらも『チューちゃん』と呼んでいた」

 

「コンピュータを造ったのは人間なのに本体と端末の区別もできない。でもヤドカリコンピュータなんて聞いたことないわ」

 

***

 

 コバルト色の明るい海はなく、どこまでが海でどこからが空か分からない光景が広がる。単にどんよりと曇っているのではない。甲羅を覆う文様のようなに空一面が五角形の物体で覆われているのだ。しかもその文様のひとつひとつが拡大したり縮小したり、隣の文様を呑みこんだり、重なったりしながら……眺め続けると船酔いして吐き気を催すような不快感がする。しかもその色は紫を基調としたねっとりとしたグレーで誰もが目を背ける。今にも雨が落ちてきそうな鉛色の空の方がどれだけマシなことか。

 

[348]

 

 

 足元には更に不気味さを増したねっとりとした歪な反射光を放つ大小様々なヒトデで埋まっている。「シューシュー」という音をたてながら砂浜から内陸部へ移動する。海面には多数の魚の死体が所狭しと浮いている。そのせいか悪臭が満ちている。同じ悪臭が海辺からかなり離れたところまで侵入したヒトデの周りでもする。そうするとこの悪臭の元はヒトデに違いない。このヒトデの大群が居住区に侵入すれば、悪臭だけで人間は死ぬかもしれないがすでに地球に脱出していた。もしスカンクがノロの惑星に生息していたら、すぐシッポを白旗に変更して左右に振るだろう。

 

 こんなヒトデの大群に造船所はおろかホワイトシャークまでが覆い尽くされる。ホワイトシャークの外壁は特殊な物質、トリプル・テンに覆われているので頑丈だが、内部はヒトデの攻撃には無力だった。船長のサーチやホーリーたちが居酒屋で泥酔している間に起こったヒトデの侵入にホワイトシャークののんきな中央コンピュータは対策を講じなかった。無策と言うより、誰がヒトデの大群に占領されると考えようか。ましてやそのヒトデが鋼鉄を食いつぶすなんてことは想像を絶することだった。

 

 しかし、現実は現実だ。ヒトデの大群の一部が造船所からノロの家に向かったとき、あの不気味な紫がかったぬめりのあるグレーの空から同じ色のペンキのような大粒の雨、というより野球ボール大の大粒の液体が降ってきた。並木に当たると葉っぱや枝はもちろんのこと幹にも粘り着いて全体を覆う。

 

[349]

 

 

そしてそのまま固まって不気味な姿となる。あの美しいノロの惑星は見る影もなくうっすらと紫色に輝くグレーの世界に豹変する。草木はともかく金属性の物質はすぐ赤い粉を吹きだす。街路灯やエアカーは紫グレーからくすんだ赤いサビをまとったような塊と化す。建物の屋根や壁に筋のような赤茶けた線が現れると徐々に延びていく。

 

 ノロの家はこの奇妙な雨が降る前にまるで生き物のように地面に沈んだので難を逃れた。残った広大な正方形の敷地がすぐに紫グレーのペンキのような雨に覆い尽くされると、その四隅が陥没する。その陥没したところから先が二股に分かれた黒光りした長い棒のようなものが現れる。よく見るとオスのカブト虫の角のように見える。すぐその角の根元から丸みを持ったやはり黒光りした本体が現れる。強力な粘着力を持つ大粒の紫がかったグレーの雨をものともせず、やがて全身を地上に露出させる。それは想像を絶する真っ黒な四台の戦車だった。その砲塔はまるでカブト虫の頭に見える。そして四台の戦車が揃って砲塔をまっすぐに空に向けると真っ黒な光線、いや光線と言うより黒い柱のようなものを放つ。かなり上空でその四本の黒い柱が合体すると光の塊に急変して四方に広がる。ペンキのような大粒の雨が急に止む。雨で見えなかった不気味な大小様々なグレーの五角形の物体で占有されていた空に驚くべき変化が現れる。

 

 五角形の模様が次々と一辺あるいはひとつの角を失って四角形に変化する。正方形や長方形や台形や菱形や様々な四角形が膨らんだり縮んだりする。更に一辺あるいは一角を失って四角形は様々な三角形に変化する。

 

[350]

 

 

 この様子を地下室でモニターを見つめていたホーリーたちはまったく理解できずに興奮する。

 

「空の色が紫がかったグレーから紫色に、そして紺色に変わった」

 

「見て!あれは」

 

「宇宙戦艦だ」

 

 ホーリーが断定する。三角形の模様をした雲の合間にヒトデのような形をした物体が数えきれないほど見える。

 

「えー?あれが宇宙戦艦だなんて」

 

 サーチの反論にホーリーが自信を持って答える。

 

「よく見ろ」

 

 サーチはホーリーが指し示すヒトデ型の物体の五本の足に突起した無数の触手に注目する。

 

「レーザー砲だ」

 

「あんなにたくさんのレーザー砲を装備しているなんて」

 

「我々の宇宙戦艦が束になってかかったとしても一撃で全滅するだろう」

 

「ホワイトシャークなら?」

 

「その質問は『ブラックシャークなら』だろ」

 

「多次元エコーのことね。要は多次元エコーなら対処できるのかしら」

 

[351]

 

 

「分からない」

 

「なぜ?多次元エコーは無敵だわ」

 

「それは相手が無機質の物体の場合だ」

 

「そうだったわ。生物にはなんの影響もない不思議な兵器……」

 

 ホーリーが頷くとサーチが弱々しく言葉を続ける。

 

「でもホワイトシャークに多次元エコーを搭載していない」

 

「ホワイトシャークに多次元エコーを搭載しなかった理由は、中央コンピュータの説明によれば多次元エコーの乱用を防止することだった。つまり、使い方を誤ると多次元エコーの影響で宇宙そのものが崩壊してしまうからだ」

 

「ホーリーの説明で多次元エコーを再認識したわ。実現しなかったけれど多次元エコーを製造してホワイトシャークに搭載できなかったのは、それはそれでよかったのかも」

 

「だと思う。しかし、ノロはなぜ最強の兵器、多次元エコーを造ったのか?一回限りではないにしろ、恐らく数回しか使用できない禁断の兵器をなぜ製造したんだ?」

 

「大昔、人間は原子爆弾を製造したことがあったわね。実際、その爆弾を使用したのは二回だけだった。三回目は人類の、いえ地球の終末になるのではとの危機感から回避された」

 

「それは複数の国が原子爆弾を保有していたからだ。多次元エコーはノロだけが所持する武器だ」

 

[352]

 

 

「ノロでよかった。独裁者が持っていたら、この宇宙は消滅していたかも」

 

「俺はノロがなぜ多次元エコーのような使い勝手の悪い武器を造ったのか?これが問題だ……と思う」

 

「なぜ奥歯にものを挟むの?」

 

「むしろノロは武器以外の素晴らしいものを造ってきた。エアカー、時空間移動装置、アンドロイド、そしてノロの惑星。武器は多次元エコーだけ」

 

「まだ奥歯にものが挟まっているわ」

 

「ここまで言えば分かるだろ」

 

 サーチがキョトンとするとミリンが割って入る。

 

「夫婦間の会話に割り込むのは非常識だと思う。でも娘だから許して。お父さんは多次元エコーを補う武器をノロが造った可能性が高いと言いたいのよ」

 

「さすが、俺の娘だ」

 

 サーチが機嫌を損なうが、まだ理解できていない。

 

「多次元エコーを補う武器?」

 

 ミリンが説明する。

 

「多次元エコーは強力な武器だわ。人畜無害だと言われているけれど、あらゆる次元に影響を与える膨大なエネルギーを発する最終兵器」

 

[353]

 

 

 ホーリーは口を挟まずに、そしてサーチも不満顔を改めて真剣にミリンの説明を聞く。

 

「そんな兵器を乱発する訳にはいかない。低次元の世界のことはよく分からないけれど……」

 

 意外な説明にホーリーが表情を引き締める。サーチは驚きを通りこして瞬きもせずにミリンの言葉に集中する。

 

「……三次元以上の世界に多次元エコーが強烈な影響を与えるなら、その影響を受ける高次元の世界の次元を下げればいいと考えたはずだわ」

 

「ミリン!そのとおりだ。ビートルタンクがヒントだ」

 

 ホーリーの言葉を仕舞いこむとミリンは目を閉じて思い出すように言葉を探す(第三編第六十五章わがままな人質事件)。

 

「ノロがこんな話をしていたわ」

 

***

 

 ブラックシャークの艦橋の隅でノロとミリンが談笑している。

 

「ブラックシャークで恐竜時代に時空間移動したとき、無数の巨大土偶に攻撃された。俺は思わず初めて多次元エコーを発射した」

 

「どうしてそんな話を私にするの」

 

 ミリンは気軽な会話を望んでいたのに、いつの間にかノロの話がむずかしい科学的な内容になったことに異議を唱える。しかし、ノロはお構いなしに続ける。

 

[354]

 

 

「巨大土偶は土でできていたから、多次元エコーの攻撃で粉々になってすべて分子レベルまで破壊された。でも有機物の恐竜は耳を押さえてはいたが、ピンピンしていた」

 

「本当に耳を押さえていたの?」

 

「もちろんだ。多次元エコーの『キーン』という強烈な音には誰も耐えられない」

 

「分かりました。要は巨大土偶は粉々になったけれど、恐竜は耳以外ピンピンしてたのね」

 

「ミリンはのみ込みが早いな。多次元エコーの秘密を話するのが楽しくなる」

 

 ノロは両手両足をバタバタさせると大きな口をニーッと広げる。

 

「そのときまったく気付かなかったが、巨大土偶は六次元の世界のアンドロイドだったのだ。宇宙大学で論文にしたんだが、この宇宙は三次元の世界ではない。様々な次元の世界が同居している世界だ。でも誰も認めてくれなかった。俺の論文は俺をキチガイ扱いする証拠になってしまった」

 

 鉄砲玉のようにしゃべるノロに一瞬悲しみの表情が横切る。

 

「そりゃそうだ。俺たちには高次元の、たとえば六次元の世界は見えない。いや、三次元部分が見えるだけで、仮に六次元の物体が目の前に置かれていてもその三次元部分を見ているだけなんだ」

 

 勇気を出してミリンが尋ねる。

 

[355]

 

 

「目の前に石があっても三次元の物体とは断定できない。その石は六次元の物体の三次元部分で私たちは勝手に三次元の石と思っているだけって言うこと?」

 

 ノロが大声を出す。

 

「そのとおり!宇宙大学の教授連中の誰ひとり理解できなかったのに、ミリンが理解してくれたなんて!俺は幸せ者だ!」

 

 ノロの口が裂ける。いくらノロが大好きなミリンでも身を引く。

 

「そこで考えた。目の前の石が三次元の物体なのか六次元の物体なのか。次元を間引く装置を造れないかと毎日考えた。次元の圧力を抜けば六次元の物体は五次元の物体に、五次元の物体は四次元に……」

 

 ノロの目が輝くがミリンはただ頷くだけ。

 

「三次元まで次元を降下させれば、多次元エコーは有機物には作用することなく無機物にだけ作用して分子レベルまで分解できる。残った有機物には通常の武器でも攻撃が可能になる。つまり、高次元の生命体からの攻撃を防ぐことができる。分かるか?」

 

「分からないわ。でもそんな武器はできたの」

 

「もちろん。でも実験したことがない。試作品を俺の家の敷地に埋め込んだままだ」

 

「なぜ敷地に」

 

「いつでも実験できるように」

 

[356]

 

 

「実験したの」

 

「いや、忘れていた」

 

「試作品っていったい何なの」

 

「戦車だ」

 

「戦車?」

 

「とってもかっこいい戦車だ」

 

 そのときイリがノロに近づいてふたりの会話が中断する。

 

***

 

 ミリンの思い出話が終わるとサーチに笑顔が戻る。

 

「その戦車がビートルタンクなのね」

 

 ここでチューちゃんの咳払いが地下室にこだまする。

 

「ゴホン」

 

「遠慮せずに発言しなさい」

 

 サーチが促す。

 

「お言葉に甘えて、ミリンの思い出話の解説をします。その前に……どうやら戦闘用アンドロイドはどこかで巨大コンピュータの演算能力とデータを活用して五次元の世界を理解したようです」

 

[357]

 

 

「想像ね」

 

「推定です」

 

「どちらでもいいわ。それで」

 

「大量の戦闘用アンドロイドが我々を攻撃しても多次元エコーで排除するのは簡単です」

 

「でも多次元エコーはホワイトシャークに搭載されていないし、製造する前にヒトデにやられたわ」

 

「そのとおりです。ところでそのヒトデについてですが、生命体ですから多次元エコーは無力です」

 

「それは承知したわ」

 

「サーチ。黙ってチューちゃんの話を聞こう」

 

「復習になりますが、あの巨大コンピュータにも多次元エコーは無力でした」

 

「そら、そうだ。巨大コンピュータの正体は脳だった。脳は生命体そのものだ」

 

「ホーリー!黙って聞くと言ったのは誰なの」

 

「発言は自由です。適当な合いの手がある方がしゃべりやすいので大歓迎です。しかし、多次元エコーの攻撃で巨大コンピュータはその機能を停止して死にました」

 

「それは巨大な脳へエネルギーを供給できなくなったからじゃ」

 

[358]

 

 

 今度は住職が割り込む。

 

「そのとおりです。巨大な脳にエネルギーを供給していた火炎土器をすべて多次元エコーが破壊したからです(第二編第五十一章多次元エコー)」

 

「壮烈な戦いだった」

 

 全員、巨大コンピュータとの激戦を思い出してため息をつく。

 

「今回の戦闘用アンドロイドの攻撃に対して、仮に多次元エコーで対抗しても無機物の彼らを葬ることはできません」

 

 ホーリーが疑問を投げかける。

 

「なぜだ!ヒトデは生命体だからどうしようもないが、戦闘用アンドロイドはすべてチリになるはずだ」

 

「恐らく五次元の生命体で構成された戦艦に乗り込んでいるからです。限界城も同じで五次元の生命体で構成されていると考えられます」

 

 サーチが反論する。

 

「金の入れ歯をした人間を多次元エコーで攻撃すれば人間は何ともないけれど、金歯は消滅するはずよ」

 

「確かに。しかし、どう経過をたどったかは分かりませんが、戦闘用アンドロイドは巨大コンピュータから多次元エコーの弱点を学び取ったようです」

 

[359]

 

 

 誰もが驚いて口を紡ぐ。

 

「でも、ノロがそういう欠点を知らないはずはありません」

 

「!」

 

 ここでチューちゃんが大きな口を精一杯開く。よく見ると口の中は金歯で一杯だ。

 

「オール入れ歯か」

 

「そうです。ワタシはブラックシャークのアル中のチューちゃんとは違って下戸です」

 

「?」

 

「ワタシの好物はチョコレートです」

 

「ちょっと待て」

 

 ホーリーが両手を広げてからその手で顔面を叩く。

 

「そうだったな。ノロはコンピュータにもアンドロイドにも人間味を持たせることが趣味というか、クセだった」

 

「そんなことどうでもいい。ぜんぜん話が進まないわ。なぜ金歯の話が重要なの」

 

「要はチョコレートを食べすぎて虫歯になったのですべて金の入れ歯にしたのですが、人間の場合、きっちり口を閉めれば多次元エコーを浴びても金歯は無事です」

 

「きっちり閉めればか」

 

「戦闘用アンドロイドはヒトデという生命体、しかも五次元の生命体の中にいれば多次元エコーの攻撃から身を守ることができるのです」

 

[360]

 

 

「ふーん」

 

***

 

「仮に多次元エコーで戦闘用アンドロイドと戦っても勝ち目はないということじゃな」

 

 住職が諦めたような結論を口にする。

 

「多分。ヒトデ戦艦や限界城に穴を開けることができれば多次元エコーで戦闘用アンドロイドを全滅させることはできます」

 

 チューちゃんの言葉にヒントを得たホーリーがアイデアを出す。

 

「と言うことは、ビートルタンクの砲塔をドリルに変えればいいのか」

 

「さすが、ホーリーですね」

 

 全員が色めく。

 

「ビートルタンクの砲塔は取替自由です。助けは要りますが、ビートルタンクは宇宙空間でも活動可能な戦車です」

 

「そうか。限界城やヒトデ戦艦に穴を開けて多次元エコーで攻撃するんだ」

 

「ちょっと待って」

 

 サーチが横槍を入れる。

 

[361]

 

 

「限界城は巨大よ。それにヒトデ戦艦は数えきれないほどの大群だわ。たった四台のビートルタンクでは……」

 

 チューちゃんがサーチを支持する。

 

「サーチの言うとおり、まず無理でしょう。それに多次元エコーを製造したとしてもそれを搭載する宇宙海賊船がありません」

 

 ホワイトシャークがヒトデの餌になってしまったことを思い出すとホーリーが落胆する。

 

「俺たちには四台の戦車しかないのか」

 

 ここでチューちゃんが軽く咳払いをするとニーッと口を広げる。

 

「この四台で十分なのです。この四台が結束するとすごい力を発揮するのです。もちろん単独でもすごい武器を持っていますが」

 

 ホーリーがヒザを乗り出す。

 

「多次元エコーか!」

 

「残念ながら多次元エコーは装備していません。多次元エコーを発射するには巨大なエネルギーが必要です。もっとも太陽エネルギーと比べると微々たるものですが」

 

「じゃあ、どんな武器なんだ」

 

「二次元エコー」

 

「えー!二次元エコー?なんだか頼りないな」

 

[362]

 

 

「ふふふっ」

 

 チューちゃんが口を閉じたまま薄気味悪い笑い声をあげる。

 

「場合によっては次元を更に下げて一次元エコーを発射できます」

 

 チューちゃんの表情が真顔に戻るとホーリーが怒鳴る。

 

「分かるように説明しろ」

 

「二次元エコーは、たとえば三次元の物質に向かうとその物質の一次元部分だけを残して二次元部分を消去します。えーと、何ページだっけ」

 

「何をぶつぶつ言っているんだ」

 

 チューちゃんが部屋の隅の机に向かう。そこには何冊もの分厚い本が山積みされている。

 

「なんだ。その本は?」

 

「すべてノロが書いた本です。本にせずにデータで保存してくれれば探すのが楽なのに。ブツブツブツ……」

 

「あの部屋にあった本だ。いつの間にここへ」

 

 次々と分厚い本を手にするとぼやきが大きくなる。

 

「これでもない。えーとこれでもない」

 

「なんの本を探しているんだ」

 

「えーと、えーと」

 

[363]

 

 

 そのとき部屋の床の中央部から大きな咳払いが聞こえる。

 

「ゴホン!」

 

「誰だ!」

 

「ノロ!」

 

「あーあーよく寝た」

 

 急に床全体が虹のように輝く。そしてその中央部が盛り上がる。

 

「ノロ!やっぱりノロだわ」

 

 ミリンが床に現れた人影に突進する。

 

「わー!止めてくれ」

 

 ミリンが抱きしめる。まさしくノロそのものが悲鳴を上げる。

 

「ワタシはノロの惑星の中央コンピュータの端末です」

 

「えー!」

 

「ノロそっくりの端末はいったい何台あるんだ」

 

「失礼な!何人いるかだろ!」

 

[364]