第百十三章 アンドロイドだけの地球


【時】永遠二十九世紀

【空】地球

【人】Rv26 ホーリー サーチ ミリン ケンタ 住職 リンメイ

   四貫目 お松 ノロタン ミト

 

***

 

 戦闘の中心が市街地周辺に移動する。すでに市街地はアンドロイドが制圧していた。市街地周辺の公園や川沿いには桜の木が結構ある。平和な時代には人間もアンドロイドも仲良く花見をしたものだ。しかし、今は人間とアンドロイドの最後の戦場だ。すでに体力が弱い女や子供は紫花粉症で死に絶えていた。幸いにも紫花粉に感染していない大人の男も戦意を喪失していた。それはもう子孫を残すための女がいないからかもしれない。それでもアンドロイドの投降勧告に応じる者はいなかった。

 

 桜の花も散って花粉の量が少なくなったころ、最後の戦闘が始まる。ビートルタンクとクワガタ戦闘機の羽ばたきが紫花粉の飛散を助長する。やがてビートルタンクは地上に降りて戦車として無限軌道を稼働させる。上空ではクワガタ戦闘機が羽ばたきながらヘリコプターのように静止して地上を睨む。

 

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 攻撃しなくてもこの状態が続けば人間は紫花粉に感染して全員死亡するだろう。そのとき不思議なことが起こる。どこからかカブト虫とクワガタ虫の大群が現れたのだ。

 

「何事だ」

 

 しばらくすると大群が空を埋め尽くして周りを暗くする。

 

「すごい数だ」

 

 クワガタ戦闘機の強烈な羽ばたきの風に流されながらも、やがてこの虫たちが桜の木にたむろし始める。

 

「あっ!」

 

 拡大されたモニターを見ていたビートルタンクの操縦士が叫ぶ。

 

「花粉を食べている」

 

「密と間違えているのか」

 

「間違いないか」

 

「確かに花粉をなめています」

 

「夜行性で森を住みかにしているカブト虫やクワガタ虫がなぜだ!」

 

 原因は不明だが、どうやらビートルタンクやクワガタ戦闘機の羽ばたきの独特の周波数に反応したようだ。これに気付いたビートルタンクのチーフがRv26に連絡を取ると興味を示す返事が届く。

 

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「もしそうなら、ありがたい。すぐそちらに行く」

 

***

 

「Rv26がやって来る。人間の動向に注意しろ」

 

「その心配はありません」

 

 クワガタ戦闘機隊のチーフから連絡が入る。

 

「人間の生体反応が消えました。この付近で生体反応があるのはあの虫たちだけです」

 

 時空間移動装置が現れるとRv26が降りてくる。ビートルタンクのチーフがRv26を出迎える。

 

「紫花粉は?」

 

「消えました」

 

 Rv26がカブト虫やクワガタ虫で黒く見える桜の木を観察する。

 

「この現象を詳細に分析しろ」

 

 すぐさまチーフが肩から伸びるマイクに向かってビートルタンクの乗務員に指示する。

 

「もしカブト虫やクワガタ虫が紫花粉を処理してくれるなら、大助かりだ」

 

 Rv26がチーフに微笑みかけるが、すぐに表情を元に戻す。

 

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「人間は?」

 

「もはやこの地球に人類は存在しません」

 

「遅かったか」

 

 地球は完全にアンドロイドのものになった。

 

 急にRv26が時空間移動装置に向かって走り出す。

 

「どうしたのですか」

 

「ノロの惑星に行く」

 

「待ってください。あなたはこの地球の最高責任者です。この出来事をミトやホーリーに報告するつもりなら私が行きます」

 

「勝手に最高責任者にするな」

 

 Rv26はそう言い残すと時空間移動装置のドアを閉める。すぐに回転が始まると時空間移動装置が消える。

 

***

 

 ノロの惑星の地下深い会議室で完全消毒を済ませたRv26の報告が始まる。参加者は宇宙戦艦とフリゲートの艦長、ホーリー、サーチ、ミリン、ケンタ、ミト、住職、リンメイ、四貫目、お松、それにノロタンだ。詳細な報告が終了する。

 

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「さて今後どうするかだ」

 

 ミトが各艦長に告げる。ミトと同じ宇宙戦艦に乗船する艦長が口を開く。

 

「我々人間が乗艦している地球連合艦隊の隊員は約五千人いる。男女の比率はおおよそ三対二。年齢構成は十八歳から六十歳。平均年齢は約三十五歳。紫花粉には感染していない。果たして地球に戻るべきかどうか」

 

 ここで言葉を止める。別の宇宙戦艦の女性の艦長が立ち上がって発言する。

 

「私は三番艦の艦長ヨーコと申します。艦長としてではなく個人的な意見として受け取ってください。私は地球に戻るつもりはありません」

 

 これが意外な発言かどうかは分からない。なぜなら賛成の声も反対の声も上がらなかったからだ。一旦着席したこの艦長は発言を続ける義務があると感じたのか、再び立ち上がる。

 

「私たちは今や少数民族のような存在です。しかも原爆を投下したから、ある意味、野蛮な少数民族です」

 

 沈黙が続く。しかし、頷く者が現れる。

 

「かといって、このノロの惑星に住み着くことはどう見たって不可能だわ」

 

 今度は全員頷く。

 

「昔々、完成コロニーという人間が住める惑星があったと聞いたことがあります。伝説ですか?」

 

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 ノロタンが応じると思っていたが頷くだけなので、やむを得ずRv26が答える。

 

「確かにあった。しかし、約千年前に放棄された」

 

「もう利用できないのですか」

 

「男と女の戦争でどの完成コロニーも破壊し尽くされた」

 

「戦争が原因ですか……しかも人間の男と女の戦争ですか……修復はできないのですか」

 

 一旦うつむいたヨーコがRv26を見つめる。

 

「修復には十万人単位の人手……いやアンドロイドの協力が欠かせない。それに重機や資材が必要だ。ノロの惑星もなんとか元に戻そうとしたが、見てのとおりだ」

 

 Rv26がノロタンに視線を移す。

 

「Rv26の言うとおり。五次元の生命体の攻撃でこの惑星は壊滅的な被害を受けた。人口も数千人になってしまった。人間とアンドロイドの仲が良好だと言っても、どうしようもない。

 

たとえば新しい宇宙海賊船を建造するのに百年もかかった」

 

 ヨーコが崩れるように着席すると男の艦長が発言を求める。

 

「私は……」

 

「自己紹介はいい」

 

 Rv26が急かす。地球が気がかりなのだ。もちろんノロの惑星、というよりホーリーやノロタンのことも気がかりだが、とりあえず報告を済ませた。今はそれ以上に地球の今後の展開を気にする。

 

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それを察したノロタンが席を立ってRv26に近づきながら発言を求めた男の艦長を制する。

 

「申し訳ないが、発言はちょっと待ってくれ」

 

 そしてRv26の手を握る。

 

「貴重な報告、ありがとう。俺たちは俺たちでなんとかする」

 

「すまない」

 

 頭を下げるRv26に今度はホーリーが近づく。

 

「謝ることなんかない!謝らなければならないのは人間の方だ。人間が汚した地球を掃除してきれいな星にしてくれ」

 

 他意のないこのホーリーの言葉が決定打になった。地球連合艦隊の各艦長は地球を離れる決心を固める。

 

 ホーリーがRv26に近づいて手を握る。

 

「すぐに地球に戻れ。見送りはできないが」

 

「十分だ。また会おう!」

 

 Rv26が力一杯握り返す。

 

「約束してくれ。ホーリー」

 

「するする。するから手を離してくれ」

 

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 この光景を見た会議室の全員から笑いと拍手が起こる。

 

***

 

 今後のことについて再び会議が始まる。まず先ほど発言が中断された男の艦長が尋ねる。

 

「ノロの惑星もダメ。完成コロニーもダメ。どうするのですか」

 

「あてはない。『決断と実行のその日暮し』ということになる。もし行動を共にしてくれるなら拒否はしないどころか、大歓迎だ」

 

 ホーリーの回答にため息が流れる。ここで男の艦長がアンドロイドと一緒に行動することを前提に発言する。

 

「しかし、我々の寿命はしれている。最高齢の六十歳の隊員はよく生きて四十年だろう」

 

「永遠生命保持手術を受ければ大丈夫だ」

 

 ホーリーの言葉にヨーコが割って入る。

 

「本当にそんな手術が可能なのですか」

 

 サーチが応える。

 

「今は不可能です」

 

「えっ!」

 

「でも大丈夫。私たちは永遠生命保持手術をするにふさわしい設備を持っていないだけなの。幸い月に設備があるわ」

 

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「そうですか!」

 

「ただし、子供を産むことができなくなります」

 

「不老不死を望んでいないと言えばウソになるけれど、やむを得ないと思います。五,六千人で地球のような星を見つけたり、あるいは廃墟になった完成コロニーを復旧するには何十年、何百年かかるか分からないわ」

 

「そのとおりよ。でも忘れないでください。生命永遠保持手術ができても、元の身体に戻す手術方法は持っていないの」

 

「一方通行ですか」

 

 サーチがヨーコの肩を叩くと視線をノロタンに移す。

 

「ノロタン。ノロの惑星の中央コンピュータをパンダに積む作業は完了しているんでしょうね」

 

「もちろん。でも、なぜそんなことを知っているんだ」

 

「わしが教えたのじゃ」

 

 住職が立ち上がる。

 

「ノロタンは地球連合艦隊が結束しなければ地球の危機を回避できないと考えたのじゃ。しかも宇宙海賊船パンダに不可欠な中央コンピュータを開発する時間や機材がなかった」

 

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 ノロタンが各艦長に深々と頭を下げる。

 

「結束させる余裕はなかった。やむを得ず、乱暴な攻撃の仕方で人間とアンドロイドが乗艦する宇宙戦艦を一隻ずつ破壊した。申し訳なかった」

 

「それで目が覚めたのじゃ。しかもミトがいたから、そのあと地球連合艦隊は和解して結束できたのじゃ」

 

「一撃だけしてすぐにノロの惑星に戻って中央コンピュータのパンダへの移設作業に取り組んだ。中央コンピュータがいないパンダはただの時空間移動船に過ぎない。地球の混乱を収拾するには強力な宇宙海賊船としてのパンダが必要なのだ」

 

「それであんな狂ったような行動を起こしたのか」

 

 真相を知らなかったホーリーが感心してノロタンの戦術に納得する。もちろん犠牲になった人間やアンドロイドに複雑な気持ちを持つと目を閉じる。

 

「ほかに方法がなかったかどうか、今思えば拙速な作戦だったかもしれない」

 

 ノロタンが再び各艦長に頭を下げる。

 

「犠牲になった乗務員も平和を望んでいた。やむを得ない」

 

「しかし、地球の人間はすべて死んでしまった。人間とアンドロイドの共存共栄は実現しなかった」

 

 ここでミリンが叫ぶ。

 

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「紫花粉症のせいだわ。ノロタンの責任じゃない!」

 

「そうじゃ」

 

 住職の言葉にホーリーが大きな声で音頭を取る。

 

「さあ、未来のノロの惑星探査に出発だ!」

 

 拍手が起こる。なかなか鳴り止まない。そのとき地球に着いたRv26から通信が入る。

 

「Rv26!」

 

「健闘を祈る。ホーリー、また会おう!」

 

「当たり前だ!必ず戻ってくる」

 

 ホーリーは涙を隠すために振り返ってノロタンに向かって叫ぶ。

 

「ノロの本もパンダに積んだのか」

 

「当然だ!」

 

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