第百二十八章 輝く巻物


第百二十五章から前章( 第百二十七章) までのあらすじ


 ノロの惑星の居酒屋で最長の報告を受けたノロに妙案はなかったが一応新型の時空間移動装置を完成させていた。具体的な作戦は立てられなかったが、五次元、七次元連合軍の攻撃目標は次々と突拍子もないモノを造るノロ自身であることが判明した。


 六次元の世界では危機管理センター長を中心に連合軍の攻撃を凌いでいたがついに副首星が陥落した。


【次元】 六次元 三次元
【空】  ノロの惑星 オルカ 副首星
【人】  ノロ イリ ホーリー サーチ フォルダー ファイル 住職 リンメイ
     四貫目 お松 三太夫 Rv26
     瞬示・真美 広大・最長 危機管理センター長 副首星担当大臣


* * *


 ノロの惑星に退避したオルカの艦橋は安堵の空気に包まれている。


「こんなに真っ青なお前を見たことがない」

 

[362]

 

 

 ノロに落ち着きが戻ったのを確認するとフォルダーが雰囲気を和ませようとする。


「そんなことはない。怖い目に遭ったことは何度もある」


「そんなノロを想像できない」


「怖いと思ったら逃げるに限る」


 イリがノロに近づくと抱き締める。ノロは抵抗することなくイリの胸の中に顔を埋める。


「母さんの匂いがする」


「このまま眠ってもいいわよ。ノロの家に行く? 」


 そのとき瞬示と真美が現れる。


「無事だったか! 広大・最長は? 」


「無事です。何とか危機管理センター長を救出して首星に待避させました。ただ… … 」


 瞬示が肩を落とすと真美が続ける。


「副首星担当大臣を救出することができなかった。大臣は最後まで副首星に留まる道を」


「センター長も最後まで残るつもりでしたが、大臣が… … 」


* * *


「大臣は首星に待避してください。私が残ります」


 危機管理センター長が副首星担当大臣を説得する。

 

[363]

 

 

「大臣の代わりなど何人でもいる。センター長は矢面に立って様々な状況に対処してきた。センター長こそ首星に戻って対策を練ってくれ。これは命令だ」


 大臣が広大・最長に目配せするとセンター長が黄色に染まる。時間島に包まれ圧縮されたセンター長が気を失うと広大・最長とともに大臣と瞬示・真美の前から消える。すると瞬示・真美がすぐさま大臣に近づく。


「私には通用しない。リベンジを頼む! 」


 大臣がそう言い残すと自ら時間島で消える。次の瞬間周りから光が消えて大きな振動が発生する。何とか瞬示・真美も時間島で副首星から脱出する。


「副首星が! 」


 巨大な時間島に包まれていた副首星がねじれるように… … まるで黄色いタオルが絞り上げられるようにその端が一番近いブラックホールに吸い込まれると細長く変形してそのまま吸収されてしまう。


 瞬示・真美の時間島も黄色から徐々に色を失いながらねじれるが、時間島を圧縮してはじけるようにこの空間から消える。辛うじてブラックホールを振り切った。


「大臣は大丈夫だろうか」


 ふたりの自問自答が始まる。


「副首星大臣は私たちのように時間島を器用に操縦できない」

 

[364]

 

 

「首星に戻る」


「いや。ノロの惑星へ。ノロしか相談できる相手がいない」


* * *


「そうだったの」


 イリがため息をつくとノロが顔を上げる。


「ブラックホール。すべての事象の終着駅であり、通過駅であり、始発駅」


「何を訳の分からないことを言ってるの」


「トリプル・テンをかき集めても対抗できない。ダークマターなら? 」


 ノロが離れるとフォルダーがイリに囁く。


「そっとしておけ」


 ノロがフラフラと艦橋から出て行く。すると瞬示と真美がまるで引きつけられるように後を追う。


「瞬示、真美」


 フォルダーが呼び止めるが、ふたりとも艦橋の出入り口に消える。


 ノロが向かったのは造船所だった。そしてオルカを見上げて呟く。


「ブラックホールに対抗できるのはニューブラックシャークしかない。でもここではオレが目指すニューブラックシャークを建造することはできない」

 

[365]

 


 ノロは振り返ると瞬示と真美に尋ねる。


「オルカは素晴らしい。よくぞ建造してくれたものだ。感謝している」


 ふたりは返答できない。


「しかし、オルカでは力不足だ」


「これからどうすればいい? 」


「六次元化して気付いたことがある。できるできないを無視して説明する」


 ふたりは希望を抱きながら次の言葉を待つ。


「トリプル・テン一〇〇パーセントのニューブラックシャークを建造したい」


「それならオルカをベースにすれば? 」


「オルカには別の使命がある」


「? 」


「オルカにはニューブラックシャークがブラックホールに戦いを挑むとき消耗するトリプル・テンを補給する任務がある」


 ふたりは何とか理解するが、疑問の泡が生まれては破裂する。真美が瞬示より先にノロの考えを吸収した。


「こういうことかしら。トリプル・テンそのもののニューブラックシャークでもブラックホールが相手ではどうにもならない。

 

[366]

 

 

でもオルカの白い部分がダークマターを吸い上げてトリプル・テンを抽出して黒い部分から吐き出してブラックシャークに補充すればなんとかなる。オルカはトリプル・テンの補給艦としてブラックシャークを支える… … 」


 真美は完全にノロの心の中を読んでいた。


「さすが本物の六次元の生命体だな。このシナリオを全うするには一次元や二次元の構成要素を利用しなければならない」


「それは無理では」


 瞬示が否定すると真美も同調する。


「元々時間という概念がない一次元や二次元の構成要素に時間を埋め込むのは不可能だわ」


「オレ達は六次元化された。ならば一次元や二次元の構成要素も高次元化が可能じゃ? 」


「ノロ… … ! 」


 瞬示も真美もノロの発想に度肝をぬかれる。体勢を立て直した瞬示がノロの言いたいことを継ぐ。


「一次元や二次元の構成要素を高次元化させて活動させるとカミソリのような生命体になるかも知れない」


「よくぞ理解してくれた! もしそうなればこの宇宙はすごく面白くなる」


「そんな… … ノロはできると思っているの? 」

 

[367]

 

 

 ノロが首を横に振る。


「この発想はブラックマターの正体に迫るヒントなんだ」


 今度は全く理解できないという表情を揃える。


「無理もない。オレもまだアイディアのカケラも持っていない。感覚としてブラックマターが平面に時間軸を付加、つまり生命の息吹を吹き込んで三次元の生命を誕生させたんじゃないかと…… 思っているけれど… … 」


 瞬示と真美はもはや驚くだけだ。辛うじて瞬示が声を出す。


「六次元の生命体はその半分の三次元の生命体を六次元化するノウハウは持っているが、一次元や二次元の構成要素を高次元化するノウハウはない。でも提督に提案してみる」


「『無』から『有』に変化させるには何が必要なんだろう」


 ノロは造船所からノロの家に向かう。


* * *


「大丈夫かな」


 瞬示が真美に囁く。それを聞いたイリがふたりに近づく。


「いつものことよ。ことが起こってから考える。今もそうでしょ? 」


「でもすごく真剣な顔つきだったわ」

 

[368]

 

 

 真美が反論する。


「心配したって何にもならないわ」


 イリが笑顔でふたりを見つめる。


「それよりニューブラックシャークの建造を急がなければ」


「すっかり忘れていた。マミ、行くぞ」


「ええ」


 ふたりの身体が重なると薄いピンク色に輝く。サーチが懐かしそうに見つめるとその輝きがフッと消える。ホーリーも感心してその空間を見つめながら急に手を打つ。


「R v 2 6 に相談しよう! 」


「迷惑じゃあ? 」


「でもR v 2 6 は五次元の生命体と戦った勇者だ」


「そうね。ここにいてもやること、ないわね」


 イリが悲しそうに割り込む。


「勇者は何人でも必要だわ。私が勇者だったらノロを支えられるのに… … 」


「あなたも立派な勇者だわ」


「いえ。六次元化で一心同体になって初めて彼の偉大さが分かったの。あの自由奔放な発想にはとてもついて行けないわ。支えるなんてとても… … 」

 

[369]

 

 

 気丈夫なイリの目から涙が落ちる。ファイルがフォルダーに近づきながらイリの気持ちを代弁する。


「私もフォルダーと一心同体になったわ」


 ファイルが笑いながらフォルダーに身をゆだねる。


「あなた… … 」


 ファイルが鼻から声を出すように色めく。


「六次元化して一心同体になると言うことは… … 」


 いつものフォルダーからは想像できない言葉が発せられる。


「恋人同士が初めてキスをして全身にけいれんが走ったかと思うと、気が付けば何十年経っても愛し合っているような世界に一瞬にして移動したような気分だった」


 フォルダーがファイルを強く抱き締めるとホーリーもサーチを強く抱き締める。


「違うわ! 」


 目が覚めたようにフォルダー、ファイル、ホーリー、サーチがイリを見つめる。


「ノロはドンドン先に走っていくの。追いかけても追いかけても追いつけない。いえ、離れていくの! 」


 イリの声よりも数段上回る音量でファイルが叫ぶ。


「でもノロはあなたと六次元化したわ! 」

 

[370]

 

 

* * *


 イリが恐る恐るノロの家の地下室のドアを開ける。ノロはだらしなく机の上でヨダレを垂らして眠っている。


「もう少し感動的な場面に遭遇できると思っていたのに」


 イリは遠慮なくの肩を揺さぶるとパッと目を開けたノロがズレたメガネ越しにイリを見つめて叫ぶ。


「R v 2 6 ! 」


― ― R v 2 6 と見間違うなんて!


 しかし、イリはズレたメガネを優しく掛け直す。


「夢を見てたのか」


 イリがほっとする。


「こういう場合、R v 2 6 ならどうするんだろ? 」


「ノロらしくないわね。他人に頼ろうとするなんて」


「R v 2 6 は人ではない。アンドロイドだ。しかも人間より素晴らしい。あいつにはオレよりすごい想像力があるのだ」


「そうかも… … あっ! 」

 

[371]

 

 

 ここでイリが大きく手を叩く。ノロが不思議そうにイリを見つめる。


「ニューブラックシャークを建造するって言ったわね」


「うん」


「別にニューR v 2 6 を造れとは言わないけれど、今まであなたが製造したモノすべてを見直して総動員すれば! 多次元エコーや二次元エコーはもちろんのこと生殖機能を持ったアンドロイド、時空間移動装置に時空間移動船… … 数えたらきりがないわ」


 小さな目が丸くしてノロがイリに近づくと胸に顔を埋める。


「オレ、母さんのこと全く知らない。でもこの匂いだけは覚えている」


 そう言えばイリはノロの生まれや幼少期のことを全く知らない。


「いつもひとりぼっちだった。でも夢だけは失うことがなかった。想像が創造を生むから寂しいなんて思ったことはなかった。どんなことでも解決できると夢ばかり見ていた。想像し続けた。バカにされても気にせず創造した」


「ノロ… … 」


 イリは優しくノロを抱き締める。


「ホーリーを呼んでくれ」


「ここにいる」


「地球が落ち着いているのならR v 2 6 は暇を持て余しているはずだ」

 

[372]

 

 

 ホーリーがノロに近づく。


「暇なのは俺も同じだ」


 今度はノロが首を傾げる。


「『地球に行ってR v 2 6 を連れてこようか』とサーチと冗談を飛ばしていたところだ」


「そうか! この際R v 2 6 だけじゃなくて… … そうだ? キャミは? ミトは? 」


「キャミは死んだ」


 ノロはホーリーの手を振りほどくとフォルダーに近づく。


「オルカの船長としてホーリーたちを地球へ」


「お前、いつでも性急だな」


「いやなのか」


「いやもくそもない。お前を守るのが俺の勤めだ」


「ふん。オレの命令を聞かないのか」


「命令? お前に命令されるなんて初めてだ! 」


 ノロとフォルダーの視線がぶつかる。すぐさまイリとファイルが間に入る。


「古い親友なんでしょ! なぜ喧嘩するの? 」


 フォルダーが否定する。


「喧嘩じゃない! ノロに万が一のことがあったら、この宇宙は消えるかもしれないんだぞ」

 

[373]

 

 

「アホか。宇宙が簡単に消滅するわけない」


「アホとは何だ! 」


「もういい加減にしなさい! 男って意固地ね」


 イリが怒鳴ってもノロとフォルダーは引く気配を見せない。ここでホーリーが仲裁に入る。


「俺を信用していないことになるな」


 ノロとフォルダーがホーリーを見つめる。


「地球へ行ってここに戻るくらい俺にとってなんと言うことはない。現にパンダで密輸をしたし今回の帰路はR v 2 6 も乗船する。俺はどっちでもいいが、フォルダーに付き添ってもらうかジャンケンで決めたら? 」


「分かった! 勝負だ! 」


 女たちは呆れて声も出さない


― ― ジャンケン? こんなことを?


 そんな気持ちに気付くことなくフォルダーが作戦を練る。


― ― あいつは力がないからパーを出す。強く握ったり複雑なチョキを出すはずがない


「ノロ! 勝負だ」


 ジャンケンが始まる。なんとノロは強く握りしめたままグーを出す。フォルダーはチョキだった。

 

[374]

 

 

「がっはっは。オレの勝ち」


 フォルダーがうなだれる。


* * *


「よく考えれば俺は副船長なら力が出るが、船長では荷が重い」


 オルカの艦橋でホーリーの告白を聞いたフォルダーが頷くとファイルが囁く。


「ノロはあなたの、そしてホーリーの性格を見抜いているわ」


「そうかなあ。出任せのような気がする。あいつは先を読んで行動するヤツではない」


「なぜなの」


「長年付き合ってきた結論だ」


 ホーリーも同調する。


「行き当たりばったり。ノロは実行と決断のその日暮らし人間だ」


 急にフォルダーが笑う。


「あいつと将棋をして負けたことはなかった」


「そうそう。オレもだ。先を読むなんて全くしないから、数分たったら王手だ」


「その後将棋盤をひっくり返してよくわめいたな」


 ホーリーも笑い出すとフォルダーが明るい声を出す。

 

[375]

 

 

「じゃあ、地球へ」


* * *


「以前より青い輝きが強く見えるわ」


 サーチが感慨深げに浮遊透過スクリーンを見上げるとホーリーが指示する。


「R v 2 6 に連絡を」


 浮遊透過スクリーンにR v 2 6 の上半身が映し出される。


「ホーリー。また酒とマグロですか」


「商談に来たのではない。相談に来た。いつものように貿易センターに行けばいいのか」


「そういうことなら地球迎賓館にお越しください。空間座標を送信します」


「迎賓館? 大げさだな」


「質素なところです。ざっくばらんな話がしやすい場所です」


「ところで地球は平和か」


「退屈です」


「いいことじゃないか」


* * *

 

[376]

 

 

 迎賓館の庭に到着したオルカからフォルダーを残してホーリーたちはうっそうとした森の中にポツンと建つ質素な建物に向かうと玄関にR v 2 6 が現れる。


「ここはどこだ」


「大昔、御陵があったところ」


「えっ! 」


 リンメイが驚く。


「残念ながら御陵はもちろん近くにあった生命永遠保持機構もありません」


 R v 2 6 が手を差し出す。ホーリーががっちりと握る。そして抱き合う。


「抱き方がうまくなったな。前はあばら骨が折れそうなぐらい痛かった」


「はははっ」


 R v 2 6 が顔をくしゃくしゃにして笑うとくるりと背を向けて迎賓館に入る。玄関では四貫目とお松がひざまずいている。


「この地球での唯一の人間です。無理矢理伊賀の里から呼び出しました。このふたりの力が、場合によっては必要になるかと」


 R v 2 6 の表情が厳しくなる。


「いったい何が起こったのですか」

 

[377]

 

 

* * *


 木の素材を生かしたテーブルにつくと質素な器に注がれた香り豊かなお茶が配られる。全員フッと息を吹きかけてから口にする。


「うまい! 」


「美味しいわ」


 R v 2 6 が満足そうに微笑む。


「さてご用件は? 」


 浮遊透過スクリーンが天井に現れるとR v 2 6 がホーリーにコントロールパネルを手渡す。ホーリーはポケットからカードを取り出すとコントロールパネルに差し込む。R v 2 6 が耳を赤く点滅させながらホーリーを制する。


「よく分かりました。でも四貫目には映像でないと理解はできないでしょうね」


 R v 2 6 に随行していた地球防衛軍のアンドロイドの耳も一瞬赤く点滅したが今は消えている。一方四貫目とお松はじっと浮遊透過スクリーンを見つめる。そして映像が切れると四貫目がホーリーに謝意を示す。しかし、ホーリーたちはこの場に敢えて四貫目とお松を同席させたR v 2 6 の真意をまだ理解できない。


「四貫目はどう思う」


「七次元の生命体たちはこんなことまでして何が目的なのでしょうか? 」

 

[378]

 

 

 素直な疑問にホーリーは頷く。


「俺もそう思った。五次元や七次元の生命体が六次元の世界を征服したとしてもその後いったい何がしたいのだろうかと」


「舞台装置が大げさすぎます。それに観客がいない」


 R v 2 6 の表現にホーリーが驚く。


「まるで人間だ」


「もうアンドロイドは人間と同じですよ」


 R v 2 6 を除く周りにいる世話役がアンドロイドとは思えないほど人間そのものに見える。


「もう何千年もの歳月が流れました」


「お前だけが古い衣装をまとっているのか」


「そうです。ワタシは生きたアンドロイドの化石です」


「永遠の命を持ったアンドロイドだな」


「元々アンドロイドは半永久的に生きます。上手に修繕改造すればワタシのように生きながらえます」


「まるで神だ」


「永遠イコール神ではありません。神は存在するかも知れませんが、永遠というものは存在しません」

 

[379]

 

 

 ホーリーはもちろんサーチもひっくり返るほど驚く。住職が同じことを言っても驚かないだろうが… … 。その住職がもっと驚いてR v 2 6 を見つめる。しかし、さすがに冷静さを失うことはない。


「ならば『永遠とは』何じゃ? 」


 R v 2 6 が即答する。


「『永遠とは』少しでも今の状態を続けようとする努力に支えられた幻の世界です」


 住職が泡を吹いて倒れる。


* * *


 住職が気絶していた間に物事がほぼ決まっていたが、そんな決まり事に関心はなくR v 2 6との会話を望む。


「彼はどんな修行をしたのじゃ? 」


「あなた。R v 2 6 はとても忙しいのよ」


 リンメイが軽くいさめる。


「それはそうじゃが… … ところでここはどこじゃ? 」


「オルカの診療室よ」


「ノロの惑星に戻るのか」

 

[380]

 

 

「一応ね」


 天井から警告が流れる。


「最大級の防御態勢に入ります。隔壁閉鎖。発進! 」


 リンメイが住職をおいて艦橋に向かう。


「リンメイ! 」


 リンメイの背中が診療室から消える。


「薄情な! 」


 勝手に住職は自分が重傷者だと思っていたが、怪我をしているわけではない。ベッドから降りるとリンメイを追いかける。


「原因解明! 伊賀地方に五次元の次元移動物体が出現! 」


 廊下の天井のスピーカーから中央コンピュータの緊迫した声が響く。リンメイを追い越した住職が艦橋に到着する。船長席ではフォルダーが真剣な表情で命令を下している。


「R v 2 6 からの通信です」


「盗聴されてもいい! 流せ! 」


「伊賀の里に四貫目が戻ったとたん、どこから現れたのか一隻のヒトデ型戦闘機が伊賀の里に向かって… … いえ、到達しました」


「四貫目には? 」

 

[381]

 

 

「人間との通信手段はありません」


 フォルダーがすぐさま無言通信を四貫目に発する。


{ 四貫目! ヒトデ型… … }
{ 心得ております。ご安心を}
{ そちらに行く}
{ 無用でございまする}


 無言通信が切れる。すぐさまR v 2 6 に事の詳細を伝える。


「大丈夫です。四貫目に任せましょう」


「俺たちも伊賀に向かう」


「その必要はありません」


「どういうことだ! 」


「四貫目はワタシの師です。キチンと処理するはずです」


「師? 」


 フォルダーはおろか艦橋にいる全員がR v 2 6 の意を理解できない。


「自重してください」


 R v 2 6 からフォルダーに命令に近い指示が届く。

 

[382]

 

 

* * *


 何千年も経た伊賀の里は今も昔のままだ。


 四貫目は地球を離れる決心を報告するために屋敷で神棚に向かって正座していた。神棚には七色の鈍い光を発する巻物が鎮座している。四貫目は目を閉じると掌を合わせて一拍する。そして頭を深々と下げて指を絡めて独特の紋を切る。四貫目の目が開くと巻物がコトリと床に落ちる。紋を解くと素早くそばに置いていた忍剣を握る。


「何者! 」


 気配があるが姿はない。神棚の蝋燭の炎は全く揺れずに明かりを放っている。背後に生ぬるい風が流れる。今の四貫目の構えでは背後から襲われれば防御のしようがない。正面を向いたまま四貫目は神経を集中して背後の影を確認する。


― ― 蝋燭の数より多い


 四貫目は自身の影を確認してから足元の影を確認する。


「とう! 」


 素早く飛び上がると全体重を掛けてその影を忍剣で突く。影が消えると蝋燭の炎が揺れる。揺れた方向からカブトワリが飛んでくる。瞬間的に忍剣の柄ではね除ける。複数のカブトワリなら四貫目といえども防げなかっただろう。しかし、至近距離だったので正体不明の相手が放ったカブトワリはひとつだけだった。

 

[383]

 

 

「頭領? 」


 四貫目は冷静に神棚を見つめる。その神棚が青白い炎に包まれる。


「冷たい火では燃えぬぞ」


 やがて青白い炎が広がると人の形になる。


「やはり頭領か」


「なぜ驚かぬ」


「驚いて何になる」


 三太夫の輪郭がはっきりする。すでに四貫目はその手にカブトワリがないことを確認していた。


「戦うためにここに来たのではない」


「ならば素直に現れればよいものを」


「わしを上回っていることを確かめたのじゃ」


「なぜ? 」


「お前の術が衰えているのならその電磁忍剣でわしを一差しにしたはず。そうはせずに余裕を持って対処したではないか」


 しかし、本当は四貫目に余裕はなかった。三太夫はゆっくりとあぐらを組む。


「よくよく考えればわしは翻弄されていた」

 

[384]

 

 

 四貫目も忍剣を鞘に収めると正座する。


「いにしえの命を欲した故にこの身を五次元の生命体に売り渡した」


 四貫目はじっと三太夫の話を聞く。想像を絶する内容もあったが、総じて認識の誤差の範囲内だった。アンドロイド化されたうえ五次元化された三太夫と生命永遠保持手術で永遠の命を持った四貫目とでは忍者としての術の質が全く違った。四貫目は術に磨きをかけたが三太夫は新しい身体の驚異的な力に頼ることになった。それが仇となって本来の忍術の水準を維持できないどころか落とした。


「影身の術もこのとおり、簡単に見破られた。アンドロイド化した我が身には厳しい術だ」


「いや、そうでもない」


「それはお前からは五次元化しているわしが見えぬからだ。だが、お前は次元を超えた忍術を身につけたようだ」


 ここで四貫目は三太夫にひれ伏す。三太夫がその気になれば四貫目の首を切り落とすことができる。しかし、三太夫は動かない。ひれ伏したまま四貫目は床に落ちていた巻物を手にする。


「お前はいつでもこの巻物を自分のものにできるのに… … 」


「この巻物は… … 伊賀の魂です。まだまだその魂を受け入れるだけの器量がありませぬ」


「そうか」


 三太夫は巻物を手渡そうとする四貫目に押し戻す。

 

[385]

 

 

「この伊賀の魂を引き継ぐ者は四貫目、お前だけだ! 」


「解せませぬ。何をお考えか」


「今や、素直な心を手に入れた。わしの死に場所を用意してくれぬか」


* * *


 命をかけて戦ったこともあったが元は師弟の間柄だ。


「五次元の生命体の支配を断ち切って永らえたとは! さすが頭領」


「お前こそ」


 お互い心の底から語り合う。


「木造の屋敷がこんなに持つものかと感心しましたが、裏で頭領が維持されていた… … 合点いたしました」


「もう頭領ではない。わしは人間ではないのだ」


「意図するところ承知いたしました」


「昔わしらはこの地球が丸いことも知らなかったが、今やこの宇宙が途方もなく巨大で様々な次元の世界から成り立っていることを承知している」


 四貫目は口からではなく独特の段差のある三太夫の前頭部から声が聞こえるような錯覚を覚える。

 

[386]

 

 

「信長も光秀も秀吉も家康も小さな茶器の中で喧嘩をしていただけだった」


「狭いが故にその戦は凄まじかった」


「コップの中の嵐」


「我らもその中でもがいていました」


「しかし、次元間戦争と言っても茶器よりは大きいとは言え花瓶の中で戦争しているに等しい」


「かなり大きな花瓶ですが、仰せのとおり所詮はちっぽけなものかも知れませぬ」


「四貫目! 」


 三太夫の前頭部が輝く。


「この巻物には様々な情報が刻まれておる」


「偶然ほどけたとき一部を垣間見ましたが、それがしのごとくの下忍には全く理解できず元に戻しました」


 ここで三太夫がカラカラと笑う。それまで見せたことのない表情だ。


「これから後はこの巻物の中にわしがいると心得よ」


 そう言い残すと三太夫の姿がフッと消える。しかし、声だけが残る。


「最後にひとつだけ伝えたいことがある」


 四貫目は狼狽えることなく巻物を見つめる。


「ノロは… … 」

 

[387]

 

 

 三太夫の声が小さくなる。そして直接四貫目の脳に響く。


「ノロは百地家の子孫じゃ」


 さすがの四貫目も取り乱す。巻物を手にするが震えると辛うじて低い声で応える。


「心得ましてございまする」


* * *


 四貫目は確かなものを手に入れたように先を見つめる。そしてゆっくりと屋敷を出る。時空間移動装置に向かうと背後で大きな音がする。屋敷が崩れ落ちたのだ。四貫目にしては珍しく振り返ると数歩屋敷の方に歩き出す。すると急に屋敷が復元される。


 未練を断ち切って再び時空間移動装置に向かう。背中から大きな音が聞こえてくるが、振り返らずに時空間移動装置に乗り込む。その懐には巻物がしかと存在する。


「どういうことか」


 コントロールパネルが現れるとオルカの時空間座標を検索する。横目で隣のモニターを確認する。屋敷のあったはずの場所から濛々とした煙が出ていて何も見えない。


「屋敷そのものが三太夫なのか」


 四貫目が悟る。


「そうなら三太夫の体内にいたことになる」

 

[388]

 

 

 身震いしたとたん時空間移動装置がかすかに揺れる。慌ててシートベルトを締めると苦笑する。懐の中で巻物がかすかに輝くが四貫目は気付かない。

 

* * *


 時空間移動装置の扉が跳ね上がるとホーリーとお松が待ち構えている。四貫目が胸を押さえながら出てくると心配そうに尋ねる。


「大丈夫か? 」


 ホーリーが四貫目に肩を貸そうとする。四貫目はホーリーのずれた視線が気になって振り返る。黒い時空間移動装置の表面が傷だらけだった。再びホーリーに視線を向けると消化器を持って身構える数人の姿に気付く。異常がないことを確認したホーリーが四貫目の輝く胸元を指さす。


「それは何だ! 」


「三太夫から預かった」


 四貫目が巻物を取り出すとうっすらと緑色に輝いている。


「まさか! 」


 ホーリーが驚くとサーチが引き継ぐ。


「本当に三太夫から… … 」

 

[389]

 

 

 四貫目が大きく頷いた後、うなだれる。


「まだまだ修行が足りぬ」


 怪我はしていないが四貫目の目線に力強さは全くない。お松が心配の余り近づくと四貫目は片膝を突いてうつむいたままポツリと吐く。


「ノロは今いずこに? 」

 

[390]