第百十一章 パンダ


【時】永遠二十九世紀

【空】地球ノロの惑星

【人】Rv26 ホーリー サーチ ミリン ケンタ 住職 リンメイ ノロタン

 

***

 

 まず地球連邦軍も真っぷたつに割れる。武器を持つ者はどうしても性急になる。もちろん良識を持って冷静に対応する者もいるが、事態が事態だけにすぐ集団的なヒステリックに陥ってしまう。

 

「もはや大統領に就任する者は誰もいない」

 

 大統領執務室で人間とアンドロイドの大統領補佐官が辛うじて結束した。

 

「このままでは人間とアンドロイドは全面戦争に突入する」

 

「なんとか手立てはできないものか」

 

「悪い事態の予想は可能だが、明るい未来は想像することさえできない」

 

「あの紫花粉は『三太夫の怨念だ』と信じて桜の木に放火する事件が続発している」

 

「犯人はアンドロイドだ」

 

[668]

 

 

 人間の補佐官が断定する。すぐさまアンドロイドの補佐官が残念そうに応える。

 

「折角、子供を産んで育てる喜びを手に入れたのに」

 

「燃やしても解決にはならない。それどころか熱で舞い上がって世界中に花粉が蔓延するだけだ」

 

「そうなれば人間は死滅する」

 

 浮遊透過スクリーンには酸素タンクを背負った防護服に防毒マスクをした人間がアンドロイドを次々と捕虜にする映像が現れる。アンドロイドの補佐官が叫ぶ。

 

「紫花粉に感染して生殖機能を失ったアンドロイドの身体を確保しようとしてる!」

 

 手錠をかけられるアンドロイドが防毒マスクをもぎ取ろうと抵抗する。中には酸素タンクに手をかけて管を引きちぎろうとするアンドロイドもいる。そして酸素の供給が途絶えて花粉を吸いこんだ人間はすぐ顔が紫に変色してもがき苦しみながら倒れる。

 

「こんなことをしても何にもならない。協力して紫花粉の離散を押さえて治療方法を考えなければならないのに」

 

「そんな悠長な時間はない」

 

 花粉が離散すれば人間は死ぬ。しかし、この危機が過ぎればアンドロイドは生きのびることができる。逆になんとか紫花粉に感染しなければ人間は感染したアンドロイドの身体に潜り込んで生きのびることが、いや、半永久的に生きることができる。ただし、潜り込む前に感染する可能性が高いから現状は人間にとって非常に不利だった。

 

[669]

 

 

「培った友情が音をたてて崩れ落ちる。残念だ」

 

「その友情だけは忘れずに近い将来是非再会したい。ただし無事地球から脱出できればの話だが」

 

 人間とアンドロイドの補佐官が抱き合うとドアに向かう。そのとき窓が割れる音がする。その窓から大柄なアンドロイドが部屋に飛びこんでくる。

 

「誰だ!」

 

「大統領はどこにいる!」

 

「Rv26!」

 

「大統領は?」

 

「暗殺されました」

 

「何!」

 

 すぐに気を取り直すと指示する。

 

「地球連邦艦隊に指示して紫花粉に感染していない寒い地方にいる人間を収容するんだ」

 

「残念ながら地球連邦軍は崩壊しました。命令の出しようがありません」

 

「事態は急変しました」

 

「手の施しようがありません」

 

[670]

 

 

「あきらめるな!」

 

 と言ったもののRv26は黙ってしまう。かつて大統領だったRv26は執務室の床に埋め込まれた非常回線に肩から延ばしたコードを接続する。直接地球の中央コンピュータにコンタクトを取ると最新のデータを吸収する。余りにも悲しい莫大なデータにRv26の両耳が輝くと頭全体が赤く燃え上がる。補佐官たちはなすすべもなく頭を真っ赤にして仁王立ちするRv26を震えながらただ見つめるだけだった。

 

***

 

「!」

 

 地球上空に時空間移動してきた宇宙海賊船パンダの艦橋では青と白の美しいコントラストの地球ではなく紫とグレーが混ざり合う地球に当惑する。

 

「確かに地球に移動したのか」

 

 船長のノロタンがパンダの中央コンピュータに念を押す。

 

「間違いなく、あれは地球です」

 

「Rv26と連絡を取れ!」

 

「反応がありません」

 

 ホーリーもサーチもそして誰もが緊張するが、ノロタンは平然としている。

 

[671]

 

 

「忙しいんだろ。暇になったら連絡しろと留守電を打っておけ」

 

 まるでノロが指示しているような雰囲気に艦橋が冷静さを取り戻す。そしてどんなことがあってもノロタンにすべてを託する覚悟を固める。

 

「いつでも出動できるよう準備をする」

 

「どこへ行くんだ」

 

 ノロタンがホーリーを呼び止める。

 

「ビートルタンク格納室だ」

 

「全員に命令する。それぞれ自分がすべきことを考え、準備してくれ。今からこのパンダが実行する作戦は白紙だ。各自、存分に暴れ回ってくれ」

 

「おう!」

 

「おう!」

 

 勇ましい歓声に艦橋が包まれる。そのとき中央コンピュータから驚くべき報告が入る。

 

「地球連合艦隊の宇宙戦艦がふたつに分かれて戦闘しています。フリゲートを含めると総数五十隻は下りません」

 

 艦橋を出ようとしたホーリーは振り返って天井のスピーカーを見つめた後、浮遊透過スクリーンの映像に驚く。

 

「バカなことを」

 

[672]

 

 

 しかし、ノロタンが不気味な笑い声をあげる。

 

「ふふふ」

 

 ホーリー、サーチ、ミリン、ケンタ、住職、リンメイそして宇宙海賊の青ざめた顔を無視して続ける。

 

「おもしろくなってきた」

 

 そのとき天井のクリスタルスピーカーが白黒の点滅を始める。

 

「Rv26からの通信です」

 

「直結しろ」

 

 ノロタンの身体がパンダのような白黒の模様に変わる。

 

「どこでサボっていたんだ」

 

「サボってはいない。膨大な宿題を抱えてしまった」

 

「難問か。俺が解く。すぐ送れ!」

 

「分かった」

 

 次の瞬間ノロタンの身体が虹色のパンダに変身すると倒れて大の字になる。しばらくすると蒸気を上げながら立ち上がる。

 

「地球の中央コンピュータが中立を保っているのが唯一の救いか」

 

 真剣な表情に戻ったノロタンが腕を組む。

 

[673]

 

 

「まず、紫花粉に感染した人間を隔離しなければ」

 

 すぐRv26の反論が天井から流れる。

 

「感染していない者を隔離する方が早い」

 

「見分け方は?」

 

「残念ながら……」

 

 Rv26の声が一瞬途切れる。

 

「方法はないのか」

 

「……感染すれば、数分で死亡する」

 

「なんだと!それじゃ有効な治療方法が開発されても意味がない」

 

「しかもアンドロイドの場合は男と女の区別がなくなる。もちろん外見ではなく態度にだが」

 

「酸素に対しては」

 

「さすが、ノロタン。だが、そこまで調べていない」

 

 ここでRv26の通信が切れる。艦橋に不安の空気が流れだす。

 

「Rv26は必死になって調べているんだ。何をボーッとしている!持ち場で仕事をしろ」

 

 立ち上がって天井やノロタンを見つめていた者が着席する。そしてホーリーたちが艦橋を出る。それを見届けてからノロタンが住職に耳打ちする。

 

「なんじゃと!」

 

[674]

 

 

 急に住職の顔がゆがむ。ノロタンは無視して命令を下す。

 

「宇宙戦艦を攻撃する!戦闘態勢に入れ!」

 

「えーっ!」

 

 誰もが驚いて視線をノロタンに向ける。

 

「宇宙海賊の恐ろしさを見せてやるんだ」

 

 ビートルタンク格納室で待機するホーリーから絶叫に近い声が艦橋天井のスピーカーから漏れる。

 

「ノロタン!狂ったのか!」

 

***

 

 ちょうど地球と月の中間地点で戦闘を繰り広げる地球連合艦隊の宇宙戦艦が対峙するど真ん中にシャチを連想させる宇宙海賊戦闘艦パンダが空間移動してくる。

 

「なんだ」

 

「なんだ」

 

 戦闘中の人間とアンドロイドの双方の宇宙戦艦の艦長が驚くというより首をひねる。

 

「メタボな鮫みたいだ」

 

「黒と白の斑模様。ふざけた塗装だ」

 

[675]

 

 

「艦橋がバカでかい!」

 

「船体自体もかなり大きいぞ」

 

 そのとき戦闘中の宇宙戦艦や宇宙フリゲートの艦長にノロタンの声が届く。

 

「両軍のバカ艦長どもに告ぐ。バカな戦闘を中止しなければすべての宇宙戦艦を破壊する」

 

 すぐさま人間の艦長が応答する。

 

「この戦闘には人類の存亡がかかっている」

 

「何を言う!俺たちの身体を狙う盗人が!」

 

 アンドロイドの艦長が反論する。その反論したアンドロイド軍の宇宙戦艦がパンダの強力な主砲の攻撃を受けると跡形もなく吹っ飛ぶ。

 

 凄まじい攻撃に声を上げる艦長がいなくなる。

 

「この戦いは意味がない」

 

 ノロタンの冷たい声が切れると先ほどの人間軍の宇宙戦艦にパンダから白い光線に黒い光線が絡んだらせん状の太いレーザー光線が向かう。

 

「退避!」

 

 この艦長の声が最後でその宇宙戦艦も消え失せる。

 

「花粉症で死ぬよりアッサリして良いだろ」

 

 ノロタンのどすの利いた低い声が続く。

 

[676]

 

 

「俺たちは宇宙海賊だ。容赦はない。我が惑星、ノロの惑星は死の惑星と化した。お前たちを皆殺しにして地球をいただく」

 

 ノロタンが浮遊透過スクリーンを見つめながら宇宙戦艦の艦長や乗組員を脅迫する。その艦橋にホーリーたちが戻ってくる。

 

「やめろ!」

 

 ノロタンのマイクを取りあげて床に投げつけると踏みつける。

 

「ホーリーを逮捕しろ」

 

 ノロタンが命令すると数人の海賊がホーリーを囲む。

 

「船長に逆らうヤツは死刑だ」

 

「やめて!」

 

 ホーリーの後ろでオロオロしていたサーチが何とか叫ぶ。

 

「サーチも逮捕しろ」

 

「ノロタン!」

 

 ミリンがノロタンに近づく。

 

「説明して。どうして宇宙戦艦を攻撃するの」

 

 ノロタンが一瞬戸惑う。いや、しいて表情を緩める。そしてミリンの後ろに控えるケンタを意識しながらミリンに近づく。

 

[677]

 

 

「味方を騙さなければこの作戦は成功しない」

 

 間隙を突いてケンタがミリンの横から素速くノロタンに近づくと羽交い締めにしてその喉に電磁ナイフを突きつける。

 

「ホーリーやサーチを解放しろ!」

 

 ケンタが電磁ナイフを握る手に力を込める。そのとき住職が近づく。

 

「ケンタ、そのナイフをよこせ」

 

 ケンタが首を横に振る。

 

「ワシがノロタンを人質、いやアンドロイド質、いや、なんと言えば良いのか端末質に取るから、パンダから脱出するのじゃ」

 

 住職がケンタから無理矢理電磁ナイフを取りあげるとノロタンののど元に突きつける。

 

「船長を人質にすれば貼り付け獄門だ!」

 

 首根っこを押さえられたノロタンが短い脚をバタバタさせて抵抗する。

 

「早く行け!」

 

 住職が叫ぶとホーリーやサーチが艦橋から走って出ようとする。

 

「ミリン!」

 

「父さん、母さん!早く!」

 

 ホーリーたちに姿が消えたことを確認したミリンがノロタンに哀願しながらリンメイを見つめる。

 

[678]

 

 

「住職を貼り付け獄門にしないで!」

 

「ダメだ。海賊の掟に反する」

 

 ノロタンの強い言葉にミリンが涙を流す。一方リンメイは厳しい表情を変えることなく住職に寄りそう。

 

「ミリン、行くぞ」

 

 ケンタがミリンの手を引く。最初の一歩はふらつくが、まっしぐらに艦橋の出口に向かう。

 

「ホーリーたちが脱出したら、パンダをノロの惑星に戻すのじゃ」

 

 住職がノロタンに指示する。

 

「イヤだ」

 

「身体から頭を離したいのか」

 

「それもイヤだ」

 

 背中で住職とノロタンのやり取りを聞きながらケンタとミリンも艦橋から消える。

 

***

 

 ホーリーたちはビートルタンクで宇宙海賊船パンダから休戦状態になった空間に移動する。

 

「今から言うことをよく聞け」

 

[679]

 

 

 まばらではあるが了解した旨の返事がホーリーに届く。

 

 ホーリーの説明が始まったとき、パンダが忽然と姿を消す。人間の、そしてアンドロイドの艦長から安堵のため息が漏れる。そしてホーリーの言葉に集中する。長い説明のあとホーリーは各宇宙戦艦の艦長に意見を求める。

 

「了解した」

 

 まずアンドロイドの艦長から返事が来る。アンドロイドの艦長は全員ホーリーの意見に賛成した。しかし、人間の艦長は不安を訴える。

 

「アンドロイドが紫花粉に感染していたら、人間は死ぬ。一緒に行動することはできない」

 

 すぐさまアンドロイドの艦長から反論が届く。

 

「その言葉をそのまま返させていただく」

 

 言葉がていねいになっているのを感じながらホーリーが発言する。

 

「分かった。そのとおりだ。感染しているかどうか正直に報告してくれ。ここで戦っていた方の宇宙戦艦やフリゲートの艦内にひとりでも紫花粉に感染した者がいれば今後一緒に行動できない」

 

 この時間の間を利用してホーリーは住職に無言通信を送る。

 

***

 

[680]

 

 

「これでよかったか、ノロタン」

 

 住職がノロタンの首に絡めた腕を解くと電磁ナイフを床に落とす。

 

「俺たちの演技はアカデミー賞ものだ」

 

「あっ、ホーリーから無言通信が入った」

 

 住職がノロタンを見つめる。

 

「まだ演技は終了していない。住職、頼むぞ」

 

 住職が頷きながらホーリーに無言通信を送る。

 

{大丈夫だ。海賊もわしに賛成してくれて、わしが船長代理となってパンダを預かることになった}

{そうか!安心した}

{船長って結構忙しいもんじゃな。落ち着いたらまた連絡する}

{分かりました。なんとか地球連合艦体の人間とアンドロイドの責任者を説得して結束させます。地球連合艦隊を掌握すれば道が開くかもしれません}

{いつノロタンが船長に返り咲いて地球占領作戦を再開するかもしれん。地球の未来はホーリーたち次第じゃ}

{とにかく安心した。住職、頑張ります}

{健闘を祈る}

 

[681]

 

 

 無言通信が終わる。そしてノロタンが住職から報告を受けると飛びあがって住職の肩を叩く。

 

「さすが、住職だ」

 

「じゃが、これからどうするのじゃ」

 

「まず、時空間移動装置で住職とリンメイに地球へ行ってもらう」

 

「はて」

 

「そして紫花粉を採取してもらう」

 

 リンメイがすぐさま納得する。

 

「ワクチンを開発するのね。それに治療方法も」

 

「行ってくれるか」

 

「喜んで」

 

「しかし……」

 

 住職がリンメイを制する。

 

「……永遠生命保持手術を受けた身体でも紫花粉に感染しないとは言えないのでは」

 

「もちろんそうよ」

 

「危険を承知の上での決断か」

 

「さあ、行きましょ」

 

 リンメイが住職の腕を引っぱる。

 

[682]

 

 

「待て。ピクニックに行くのじゃないぞ」

 

「医務室に行って装備品を準備しましょう」

 

「リンメイ」

 

 ノロタンが残念そうに告げる。

 

「完全な体勢でパンダはノロの惑星からここへ出航したのではない」

 

 リンメイがけげんな表情をする。

 

「この宇宙海賊船パンダはもちろんのこと、ノロの惑星にも満足な薬や医療機器はない。このパンダの医務室にはベッドがあるだけだ」

 

「!」

 

「そんな!だったらホーリーたちは紫花粉に感染した人間に接触したとたん感染するかもしれないわ」

 

「だから無茶苦茶な作戦を実行したのじゃ」

 

 ノロタンが頷く。

 

「ノロの惑星は廃墟そのもの。あるのはノロが残した膨大な本だけだ」

 

「そうだったの。生命永遠保持手術を受けた私たちが紫花粉に抵抗力を持っていなければ、すべてが終わるのね」

 

「そうだ。しかも回復剤の在庫も底をついている」

 

[683]

 

 

「地球には存在していなかった紫花粉。果たして私たちの身体は耐えうるのかしら」

 

 リンメイがうなだれると住職が抱き寄せる。

 

「行くぞ」

 

 涙で濡れたリンメイの瞳が開く。

 

「行かねばならんのじゃ。ホーリーたちを支えるためにも。いや人類の存亡がかかっているのじゃ」

 

「あなたと一緒なら何も怖いものはありません」

 

 そのとき周りにいた海賊たちが懐から回復剤の瓶を取り出すと住職とリンメイに差しだす。

 

「これを持っていってください」

 

「俺のも」

 

「私のも」

 

 急に住職が大声をあげて笑い出す。

 

「こんなにたくさんの回復剤を飲んだら酔いつぶれてしまう」

 

 キョトンとする海賊たちを尻目に住職が辞退する。

 

「ふたつぐらい、もらってもバチは当たらんかのう?なあ、リンメイ」

 

「そうね!」

 

 リンメイも住職に負けないぐらい大きな笑い声をあげると艦橋に笑いの大合唱が起こる。

 

[684]

 

 

しばらくしてから住職とリンメイが艦橋の出入口に手を携えて向かう。ノロタン以下全員が敬礼してふたりを送り出す。急にひとりの海賊がふたりを追いかけて近づく。

 

「俺が時空間移動装置の操縦をしよう」

 

 住職がその海賊を抱きしめて耳元で囁くと言うより怒鳴る。

 

「死ぬかもしれんぞ」

 

「その前に鼓膜が破れるかもしれない」

 

「すまん、すまん」

 

 再び艦橋に笑いの渦が発生する。その中でリンメイだけがキリッとした表情で無言通信を送る。

 

{サーチ!}

{リンメイ!無事?}

{ええ。一言だけ伝えたいことがあるの。今いいかしら?}

{言って……}

 

[685]

 

 

[686]