第百二十二章 トリプル・テンの気持ち


【次元】三次元
【空】オルカ
【人】ノロ イリ ホーリー サーチ 住職 リンメイ ミリン ケンタ
   フォルダー ファイル


* * *


「さて第二のノロの惑星にふさわしい地球型惑星の探索の旅に出よう」


 ノロの提案にホーリーが疑問を呈する。


「甘くはないぞ」


「六次元の生命体の協力があれば困難なことではない」


「えー? 」


 瞬示が驚く。


「時間島だ」


「時間島! 」


 即座にサーチが反応する。


「でも時間島に入れば永遠の命を失うわ」


 驚いたような表情でホーリーがサーチに尋ねる。

 

[200]

 

 

「永遠の命を失いたくないのか? 」


「未練はないわ。ノロといるとビックリするような事件に遭遇して面白いけれど、最近余り感動しなくなったような気がするの」


「そうだな。でも生命永遠保持手術で永遠の命を得たときの興奮を今でも覚えている」


「そのとおりじゃ。わしは最後の最後まで手術を拒否したが、確かに素晴らしい経験をしたことは否定できんのう」


 リンメイが住職の腕を突きながら皮肉っぽく言う。


「回りくどいわね」


「僧侶としての意地じゃ」


「今も僧侶なの? 」


「もちろんじゃ! 」


「まあまあ」


 サーチが割って入ると話を戻す。


「時間島で地球型の惑星を探すという話を進めましょ」


 ノロは不思議そうにホーリーやサーチや住職を順番に見つめてから口を開く。


「時間島に入ると永遠の命を失うなんて初めて聞いた」


「俺もだ」

 

[201]

 

 

 フォルダーに続いて海賊たちも同調する。


「オレやイリ、それに宇宙海賊は時間島に入っても永遠の命を失うことはない」


 イリが尋ねる。


「六次元化したからでしょ」


「違う。その前からだ」


「あっそうか。六次元化する前から永遠の命を保持していたわ。と言うことは… … 」


「トリプル・テン」


「トリプル・テンに触れると永遠の命が手に入るの? 」


「トリプル・テンに接したからと言って永遠の命が手に入るのではない」


「じゃあ、どういうこと? 」


「サブマリン八〇八のこと覚えているか? 」( 拙著「トリプル・テンⅠ 」を参照)


「忘れもしないわ。空飛ぶ透明潜水艦! 」


「大昔、サブマリン八〇八で大冒険したな。グレーデッドと壮烈な戦いをした」


「グレーデッドの総統は手強かったわ」


「その後ブラックシャークを建造したが、仲間になったグレーデッドの残党が宇宙海賊として乗組員になった」


 頷くイリにノロが話を戻す。

 

[202]

 

 

「サブマリン八〇八もそうだがブラックシャークにもトリプル・テンが使われている。オレ達はそんなサブマリン八〇八やブラックシャークの中でどれだけの時間を過ごしたことか」


 イリの表情が戻ると首を横に振る。


「想像もできないわ」


「待ってくれ。俺やサーチ、それに住職たちは確かに生命永遠保持手術で永遠の命を得た。でもブラックシャークの兄弟船のホワイトシャークに長く滞在していた」


「だったら私たちもトリプル・テンの影響で永遠の命を得たことにならないのかしら」


「ということは時間島の中に入っても永遠の命を失わないことになるのう」


 ノロが大きく首を横に振る。


「残念ながら、そうではない」


「どうして。おかしいわ」


 ミリンがくってかかる。


「理由は単純。ブラックシャークの兄弟船だといってホワイトシャークの駆体にもトリプル・テンが使われているという保証はない。ポイントはブラックではなくホワイトだ」


「と言うことはホワイトシャークにはトリプル・テンは使われなかった? 」


 質問するホーリーにノロが尋ねる。


「ホワイトシャークを建造したときトリプル・テンを使ったか? 」

 

[203]

 

 

「俺が建造できるはずない。ノロの惑星の中央コンピュータが建造してくれた。ということは…… 」


ノロが頷くとリンメイが漏らす。


「生命永遠保持機構理事長の徳川はトリプル・テンに拘わったけれど」


「トリプル・テンを身体に塗っても有限の身が永遠の身に変わるわけではない」


ホーリーが話を戻す。


「そうすると俺たちは時間島に入ると有限の身に戻ることになる」


サーチがホーリーの頬を軽く叩く。


「あなたらしくないわね。有限の身になったからこそミリンが生まれたのよ」


「一旦俺たちは有限の身に戻った。のうのうと生きるより残された時間を有効活用する方が充実した人生を送れると思ったからだ」


サーチがホーリーを抱き締める。するとミリンがケンタの腹を小突く。


「私、赤ちゃんが欲しい。ねえ! 」


「えっ? ああ、そうだな」


そんなふたりを見つめながらイリがノロに問う。


「私もノロの子供が欲しい」


「はー? 」

 

[204]

 

 

 ノロが首を傾げる。


「オレって男前だし、結構赤ちゃんのように可愛い存在だと思うんだけど」


 イリがゲラゲラと笑い出す。つられて他の者も笑い出す。


「その笑い方、下品な感じがする」


「どうして? 」


「腹の底から笑っているだろ? 」


「そうよ。上辺で笑える話じゃないわ」


「屈辱感を覚える」


 ノロの小さな目が鋭い光を発する。


「へー、ノロでも怒ることがあるんだ」


「もう我慢… … 」


 イリがノロを遮る。


「『有限の身の方が充実した人生を送れる』ということ、どう思う? 」


「それは真実のひとつ。でも永遠の命を得てのうのうと生きるんじゃなくて、精一杯生きようとすれば充実どころか疲れ果てるぐらいの毎日になる」


 フォルダーが同調する。


「永遠の命を持っても、のほほんと時間潰しをするような生き方では何も得るものはない。それにいつ事故で命を落とすかもしれない。つまり神のように超越な命を持っているわけではない」

 

[205]

 

 

「いいこと言うな。やっぱりフォルダーだ」


「茶々を入れるな」


 フォルダーがノロを睨みながら続ける。


「当然休息は必要だ。永遠の命を持っても睡眠は必要だし、ボーとすることもある。それでいい。しかし、真摯に生きることは非常に大変なのに、ノロは苦にすることなく一所懸命生きる。だからノロについて行く」


 ノロがフォルダーを見上げる。


「でもアンドロイドが半永久的な命を放り出して子供を造りたいと願ったとき、つまり命を繋いで生きる方向に転換したとき、有限の身の重要性を認識したことがあったけれど、余り深く考えたことはなかったなあ」


「ところで時間島にホーリーやサーチが入っても永遠の命を失わない方法があるの? 」


「方法なんてない。六次元化したから時間島に身を預けても影響を受けない」


「あっ、そうか! 」


「なーんだ」


 安堵のため息が艦橋に充満する。

 

[206]

 

 

「しかしじゃ」


 納得しながらも住職が異議を唱える。


「時間島の件は分かった。それに永遠の命を持っても事故で死ぬこともあるが、死を恐れることなく大冒険できることも確かじゃ! 」


 今度はホーリーが食い込む。


「ちょっと待った! それは有限の身であっても同じじゃないか」


「そうだ! 永遠の命は絶対ではない」


 サーチがノロに反論する。


「でも永遠の命を持てば命を繋ぐことができないわ」


「そんなことはない。発情期の間隔が気の遠くなるくらい長いだけだ」


 この言葉に女たちが驚くと真っ先にミリンが尋ねる。


「その間隔はどれぐらいなの」


 女たちが身を乗り出す。


「数万年から数十万年ぐらいかな」


「ちょっと待って」


 ミリンが興奮しながら追加質問する。


「それって女の場合? それとも男の場合? 」

 

[207]

 

 

「男も女もだ」

 

「なぜ! 」


「大冒険の連続で発情する暇がないんだ」


「そんなことないわ。私はケンタに抱かれるとうっとりして落ち着くわ! 」


「ケンタは? 」


 ノロが目尻を下げて上目遣いでケンタを見つめる。


「うーん」


 ミリンの視線にケンタが躊躇する。ノロがそんなケンタに不用意な発言をする。


「正直に言えばいい。オレなんかイリに抱かれても何とも思わない」


 次の瞬間ノロのメガネが吹っ飛ぶ。すぐさまサーチがイリとノロの間に割って入る。


「浮気しているわけじゃないんだから… … 」


 サーチのカバーをはね除けてイリがホーリーに詰問する。


「あなたはどうなの? 」


 ホーリーが即答する。


「サーチを抱くと気が落ち着く」


「ウソばっかり! 」


 ノロをかばっていたサーチが叫ぶと今度はミリンがサーチを制する。しかし、発言したのはケンタだ。

 

[208]

 

 

「命を繋ぐことが俺にできるのだろうか」


 メガネを探しながらノロが呟く。


「できる。でもオレ達の寿命が永遠に近いから、発情期はなかなかやってこない」


「そんなことないわ。生命永遠保持手術を受けても男の性欲は強かった。どういうことなのかしら」


「恐らくこういうことじゃろう」


 住職は男の立場から慎重に言葉を選ぶ。


「生命永遠保持手術によって永遠の命を手に入れると女にはその効果がすぐ現れた。つまり子孫を残す必要がなくなったことにすぐさま身体が反応したのじゃ。ところが男はそうではなかったのではと思うのじゃが」


 やっとメガネを手に入れたノロが叫ぶ。


「住職の言うとおり! いわゆる惰性だ。しばらくすれば収まっただろう」


 すぐさまイリが反発する。


「でも子孫を残すことは生命体の最重要課題だわ」


「もちろん。忘れてはならない課題だ。でも、子孫を残そうとする行為はある意味戦争そのものだ」

 

[209]

 

 

「戦争? 大げさだわ」


 フォルダーが締めくくる。


「大げさじゃない。生存競争は戦争だ」


* * *


「でもオレは余り好戦的ではないだろ? 」


「そうかしら」


 イリが軽く反論する。


「自分だけいい子ぶってもダメよ。多次元エコーや二次元エコーみたいな強力な破壊兵器を造っておいてよく言うわ」


 ホーリーもイリに賛同する。


「五次元の生命体を二次元エコーで撃退した。巨大コンピュータとの戦いでは多次元エコーで勝利した。どの辺が好戦的でないと言えるんだ? 」


「それは防衛だ」


「防衛なんて言い訳よ。防御と攻撃は区別できないわ」


 サーチもノロの味方をしない。


「そういう意味じゃない! 」

 

[210]

 

 

 ノロが憤慨して手足をばたつかせるとイリの攻撃が激しさを増す。


「何を言いたいの? いつもはぐらかして、まともに応えない。それにどこまで本当でどこからウソなのか… … ノロは信用できないわ」


「オレはウソを言ったことはない。分からないことは分からないと言ってきたし、それに文句を言いながらも付いてきたじゃないか。今さら信用できないなんて」


「ごめん。少し言い過ぎたわ。信用している。でも… … これから私たちはどうなるの? 」


「分からん。オレは神ではない。鍵を握っているのはトリプル・テンだ。トリプル・テンがこの宇宙の真理を握っている」


 涙でくしゃくしゃの顔を笑顔に変えてイリがノロを抱き締める。


「初めからそう言ってくれたらいいのに」


「何度も言っているじゃないか! それにトリプル・テンとは友達だ」


「へー! トリプル・テンって生き物なの? 」


「だから友達になれる」


「あんな黒くて重たいモノが生き物なんて信じられないわ」


「黒ではい。本来、目に見えないモノだ」


「分かったわ。ところで友達関係ってどんなもの? 」


「先生と生徒のような関係だ」

 

[211]

 

 

「先生はトリプル・テン? 」


「オレが先生だ」


 全員ひっくり返るなか、イリがへなへなと床に横になる。


* * *


「ノロはどこに行った? 」


 中央コンピュータが応える。


「船長室にこもって内側から鍵を掛けています」


「船長室はフォルダーの部屋だよな」


 ホーリーが確認するとフォルダーが頷く。


「だったら鍵を持っているんだろ」


「敢えて閉じこもっているノロを連れ出せというのか? 」


「いや… … そこまでは」


「イリが回復したら鍵を渡す。俺の部屋だが開けるのはイリだ」


「そうだな。でもノロがトリプル・テンの先生というのは全く想定外だった」


 フォルダーは頷きながらも苦笑いする。


「同感だが、よくよく考えれば、もう何百年、いや何千年も付き合っているが、親友というよりはノロは俺の先生だ」

 

[212]

 

 

「もちろん俺にとってもそうだが、俺たちとトリプル・テンとでは比較の対象が違いすぎる」


「そう思う」


 フォルダーは口先ではホーリーの意見を肯定するが、目元は否定している。


「だがな。ノロにとって人間もトリプル・テンも同列なんだ」


「ノロにとってダークマターの構成要素のトリプル・テンと人間とは、猿と人間の関係みたいなものだとでも? 」


「そう理解すべきだ」


「確かに人間は猿の先生だ」


 フォルダーが大きく首を振る。


「まだ分かってないようだ」


「まさか、猿が先生で人間が生徒だとも? 」


「そうだ」


「猿が先に生まれたから先生なのか」


 ここで住職が大きく手を打つ。


「そうだったのか。フォルダーはこのことにいつ気付いたんじゃ」


「つい、さっき」

 

[213]

 

 

「わしも先ほどのフォルダーの言葉で悟ったのじゃ」


 ホーリーはフォルダーとの会話を住職に譲る。というよりは離脱する。


「こういうことじゃな」


 フォルダーの視線が住職に固定される。


「トリプル・テンはこの宇宙ができたときからある物質じゃ。先に存在したから、そういう意味では先輩じゃ。つまり先生じゃ」


 フォルダーは余裕を持って次の言葉を待つ。


「じゃが、トリプル・テンが意思を持ったのはノロがトリプル・テンを発見してからじゃ! 」


「同感です」


「ふー」


 住職が大きなため息を漏らす。


「知的生命体が見つめると無機質の物質も意思を持つことになるのじゃ。どうじゃ? 」


「そうじゃないと思う」


「なんと! 」


 住職が今にも倒れそうに興奮する


「本人に聞かなければ分からないが、ノロのようなたぐいまれな才能がトリプル・テンに使命を確認させた。大昔黒い板状のトリプル・テンが人間に知恵を与えたというS F 映画があったようだが、そうじゃなくて知的生命体は単純な生命が進化して誕生したもので、決してトリプル・テンが猿に上等な知恵を与えたものではない」

 

[214]

 

 

 珍しくフォルダーが理性を放棄して続ける。


「ストーンヘンジに現れたトリプル・テンが人間を攻撃した。まさしくトリプル・テンが意思を持って攻撃した! 」( 拙著「トリプル・テンⅢ 」の「1 2 暴走」を参照)


 興奮の余りフォルダーが片膝をつくとファイルも膝をついてフォルダーを支えようとする。


「大丈夫だ。イリは? イリを呼べ」


フォルダーがファイルに鍵を手渡す。


* * *


「駄々っ子みたいにいつまでも閉じこもっている場合じゃないわ」


 イリがインターホンで船長室内のノロをなだめる。


「いやだ」


「いったい何をふくれているの? 」


「だってオレのことバカにしたじゃないか」


「えっ? とにかく開けてちょうだい」


「いやだ」

 

[215]

 

 

「だったら入る」


 ドアが横にスライドする。ノロはベッドの上で大の字姿勢で目を閉じている。


「誰もバカになんかしていないわ。驚いただけよ」


「イリのことを言っているんだ」


「私のこと? 」


「そうだ」


 ノロが上体を起こしてあぐらを組む。


「トリプル・テンの先生だと言ったら頭から否定したじゃないか」


「ビックリしただけよ。余りにも説明が突拍子もなかったから」


「あんな説明でビックリするなんて。やっぱりオレのことを信用していない! 」


「全員ひっくり返ったわ」


「他の者がひっくり返ろうと泡を吹こうとどうでもいい。オレは思いきって言ったんだ。イリだけは驚かずに『そうね』と言ってくれると思ってたのに! 」


 やっとイリはノロがふて腐れた原因を理解すると喜びを覚える。そしてベッドに近づくといきなりノロを抱き締める。


「わあ! やめてくれ」


「愛情表現よ」

 

[216]

 

 

 イリの唇がノロの言葉を遮る。


「うーうー」


 ノロがもがけばもがくほどイリの両腕に力が入る。必死になって頭を左右に激しく振る。


「うー死ぬう! 」


 ノロはイリをはね除けて何とかベッドから降りる。


「こんな愛情表現はいやだ」


 イリが涙ぐむ。ノロはお構いなしに船長室から出ようとする。廊下に出たとたんサーチとミリンに両脇を抱えられる。


「婦女暴行で逮捕します」


「えー! 暴行を受けたのはオレだぞ! 」


* * *


「これがトリプル・テン」


 イリがガラスビンに入った直径数ミリの黒くて丸いものを指さす。


「まるでイリの鼻くそを丸めたみたいだ」


「婦女暴行で死刑になるところを助けてあげたのに、よくもそんなことが言えるわね。一発お見舞いしようかしら」

 

[217]

 

 

「そっちこそ静かに説明を聞くと言っていたのに約束違反だ」


 サーチが仲裁に入る。


「要はこのガラスビンの中のトリプル・テンが生徒でノロが先生だと言うことが何を意味するのか教えて欲しいのよ」


「みんな偏見を持ってモノを見るから、真実を理解できないのだ。この黒くて丸いモノを『かわいい鼻くそちゃん』と思えばすべてが分かる」


 さしものフォルダーもクレームを発する。


「いい加減にしろ」


「そうかな。オレにはミリンよりこの鼻くそが可愛く見える」


「えー! 私より! 」


 驚くミリンをよそにホーリーが自信を持って発言する。


「ノロの美的感覚は… … 」


 ホーリーは慎重に次の言葉を探す。


「うーん… … 自分が男前の頂点にいるということだ」


 ノロの口が一気に広がる。


「そのとおりだ。躊躇せずに言えばいいものを何か引っかかるものがあるな」


 ノロがホーリーに近づいて下から睨み付ける。

 

[218]

 

 

「いや、素直に言ったまでだ」


「怪しいな。みんな、グルになっている! 」


「そんなこと、ないわ! 」


 イリがノロを抱き締めようとする。


「オレ、船長室に戻る! 」


 ノロはガラスビンを手にすると駆け出す。


「押さえろ! 」


 フォルダーが叫ぶとホーリーがノロをタックルする。その瞬間ビンのふたが外れてトリプル・テンが床に落ちる。そしてバウンドすると一瞬のうちに薄い膜となってまるでノロをかばうように包み込む。フッとノロの姿が消える。


「ノロ! 」


「どこにいる! 」


 フォルダーが走り出すとホーリーが叫ぶ。


「どこへ行くんだ? 」


「オレの部屋だ! 」


「あっそうか。船長室に戻るとわめいていたな」


 ホーリーがフォルダーの背中を追う。

 

[219]

 

 

「先回りするのは俺ひとりで十分だ」


* * *


「おかしい」


 フォルダーが船長室の入口で待ち構えるが、物音ひとつしないし、人の気配がしない。


「必死に走れば息切れするはずだ。どうも、ここに来るつもりはなかったようだ」


 艦橋で待機するイリの張り裂けんばかりの声が船内にとどろく。それはすぐさま次の手を打とうとするフォルダーの考えと同じだった。


「中央コンピュータ! ノロを探しなさい! 」


 すぐさま中央コンピュータが応じる。


「時空間移動装置格納室に異常な生体反応が! 」


「異常? 」


「生体反応があるのに姿を確認できません」


「ノロだ! 」


 フォルダーは船長室から時空間移動装置格納室に向かって全速力で走り出す。


「あっ! 最新鋭の時空間移動装置が勝手にスタンバイ状態になりました! 」


 船内に響き渡る中央コンピュータの報告にイリの声が重なる。

 

[220]

 

 

「時空間移動するつもりだわ! 」


 ほぼ同時にフォルダーの声が響く。


「阻止しろ! 」


「了解! 船内の時間をロックします」


「待て! 時間ロックは危険すぎる」


「ワタシはどうすればいいのですか」


* * *


 霞んだように見える時空間移動装置にフォルダーがまっしぐらに突進する。ところがその時空間移動装置が全く見えなくなる。


「回転もしていないのに消えた? 時空間移動装置まで透明化したのか」


 フォルダーが賭に出る。何もない目の前に向かってジャンプすると右肩が何かにぶつかる。


「イテ! 」


「ノロ! ノロだな」


 外からは全く見えなかったがフォルダーは自分がいる場所を悟る。真っ暗だがそこは確かに時空間移動装置の中だった。


「どこにいる? 」

 

[221]

 

 

 フォルダーが両手を振り回すとグシャグシャしたモノに当たる。


「痛い! 」


 その声と左腕が捉えた感触を頼りにノロを抱え込む。


「放せ! 」


 フォルダーが抱えたのはノロの頭だった。


「何も見えない」


 メガネが外れたようだ。


「これで互角になったな」


 そのときパッと明るくなる。そしてコントロールパネルのスピーカーから鮮明な音声が漏れる。


「時空間移動開始まで十秒。シートベルトの確認! 8 、7 、6 … … 」


 フォルダーがノロを解放してコントロールパネルの前に立つ。


「なんだ? 今までの時空間移動装置とは全く違う」


 フォルダーは操作を断念する。大きく振動するとシートベルトをしていないので身体があちこちにぶつかる。ノロも同じだ。しかし、お互いにぶつかるだけでなく得体の知れない様々なモノがフォルダーやノロにぶつかる。


「お前、何を積み込んだ? 」

 

[222]

 

 

「勝手に想像しろ。どうせガラクタだと決めつけるんだろ! 」


 フォルダーは側壁の何かに捕まりながら叫ぶ。


「どこへ行くつもりだ! 」


「知らん。トリプル・テンに聞いてくれ」


 モニターに文字が、そして音声が流れる。


「時空間移動に成功しました」


* * *


「おい! いつか同じような経験をしたことがあったな」


「? … … 思い出した! ある星からノロの惑星に時空間移動装置で脱出した時のことだな」


「そうだ! 」


 ノロは、ある完成コロニーの工場で女だけを殺害する戦闘アンドロイドの開発を強要されて軟禁状態だったが、ある日フォルダーと一緒にノロの惑星へ脱出した。しかし、たどり着いたものの、なかなか外に出ることができなかった。( 第三編第五十三章「脱走」を参照)


「同じことが… … 」


 フォルダーがノロを肩に載せてそろりとドアに向かう。


「すまん、ノロ」

 

[223]

 

 

 時空間移動装置からノロを担いだままフォルダーが転げるように出てくる。


「やっぱり砂漠だ」


「うーん」


「大丈夫か? 」


「メガネ、メガネ… … 」


 フォルダーにメガネを掛けてもらうとノロは周りを見渡す。


「ここはどこだ? 」


「それはオレの質問だ」


「地球やノロの惑星でないことだけは確かだ」


「そんなこと、オレにも分る」


 フォルダーがムッとする。


「お前が移動先の時空間座標を入力したのか? 」


「そんな暇はない」


「えっ! 」


 フォルダーは目の前の半透明の時空間移動装置を見つめる。


「思い出した! 首星の病院で六次元か手術を受けた後、三次元村に向かうために乗った正多面立方体移動装置とよく似ている。確かお前が造ったとか… … なあ、すべてを教えてくれないか」

 

[224]

 

 

「どうせバカにするだけだ」


「親友じゃないか。教えてくれ」


「親友は他にもいる」


「俺のように長年付き合っていたヤツか? 」


「もちろん」


「俺より長い付き合いがあるヤツとは? 」


 ノロは答えないが、なにか奇妙な気配をフォルダーが感じ取る。用心深く周りを見つめると急に黒い板のようなモノが現れる。フォルダーは身構えるがノロは平然としている。


「トリプル・テン? 」


 フォルダーは目の前の黒い板を見つめながらあらゆる記憶を検索する。その板は幅一メートル足らずで高さがその倍程度で厚みはほとんどないように見えるが重量感がある。しかも不思議なことに宙に浮いている。


 フォルダーが手を打つ。


「昔イギリスのストーンヘンジという遺跡にこれと同じようなモノが現れて… … 」


 フォルダーが糸のような記憶をたぐる。そのとき目の前の黒い板からフォルダーに閃光が走る。


「思い出した。というよりこんな奇妙な現象があるものかと、ある報告書を読んだ。確か徳川という野心家だ」

 

[225]

 

 

「お前、結構、読書家なんだな」


「そんなことどうでもいい。ところでトリプル・テンの意思でここへ来たと言いたいのか? 」


「うん」


 ノロが頷くとフォルダーを注視する。


「俺は信じる。でも何故ここへ? 」


「それはこの特殊な時空間移動装置に乗り合わせてここへ来たからだ」


 トリプル・テンが意思を持っていて、しかも地球そっくりの惑星に到着したからこそ、フォルダーはノロを信用した。まずトリプル・テンに意思があるといっても誰も信用するはずがない。ましてやノロがトリプル・テンの先生だなんて誰が真に受けようか。ノロそのものを理解したからこそトリプル・テンがこの惑星へノロを移動させたのだ。


「時空間移動装置を発明したのはオレだが、ヒントはトリプル・テンからもらった」


「それじゃトリプル・テンが先生でノロが生徒じゃないか」


「違う。発明家という者は様々な現象を仲間に、つまり生徒に調べさせたり、モノを造らせたり、実験させたりしてあっと驚くような原理原則を発見するもんだ。ひとりでいろんなモノを造り出したりはできない。でも生徒の力を借りて存分に発明力を高めながらビックリするようなモノを一杯造る。傍目には天才に見えるかもしれないが、実際はこんな感じだ」

 

[226]

 

 

「今の説明しっくりこないな。なんとなく… … 」


「やっぱり信用していないな」


「そ、そんなことはない! 」


 ノロが上目遣いでフォルダーを見上げる。


「ごまかしたって、すぐ分かる」


「誤解だ」


「もういい」


 ノロが口を大きく広げてニタッとする。


「フォルダーの言うとおりだ」


「俺、何も言っていないぞ」


「顔に書いてある」


「えー? 」


「やっぱりオレが生徒でトリプル・テンが先生と言いたいんだろ! 」


「いや、そんなことはない」


「実はオレもそう思っているんだ」


「えーっ! 」


「でもトリプル・テンが先生になるとトリプル・テンは神様になってしまう」

 

[227]

 

 

「さっぱり分からん」


「トリプル・テンは単なるこの宇宙の最大勢力であるダークマターの構成要素だ。もしトリプル・テンが神様なら、この宇宙は神様だらけになる」


「まあ、そういうことになるな… … ちょっと待ってくれ」


「いいよ」


「そうすると先生であるお前が神か? 」


「違う。オレは人間だ」


「いつものジョークはやめてわかりやすく説明してくれ」


「もう何度も言っているじゃないか」


「こういうことか? なぜこの宇宙が生命体を育んだのか、いや必要としたのか。それなのに一番進化した生命体は戦争ばかりして自ら破滅の道を選択しようとするのか。この疑問を追求するために進化の過程に潜む問題点を見つけようとノロの惑星を造って壮大な実験をする」


「一応理解しているな」


「俺が聞きたいのはトリプル・テンの役割だ。ノロはトリプル・テンが意思を持っていると言ったが、トリプル・テンは生命体なのか」


 ノロは答えを避ける。


「生命体はどんなに下等であってもそれなりの意思を持っている」

 

[228]

 

 

「高等な生命体だけではないのか」


「進化自体が意思の発現だ。だからどんな生命体も意思を持っていると言うことになる」


 フォルダーは理解する。進化を望む望まないにかかわらず、進化するという意思がどんな生命体にも存在しているということを。


「昔、住職から聞いたことがある。仏教では虫はもちろんのこと草木や、そして小石や岩にも心が宿っていると」


 ノロが黙って頷くとフォルダーが青ざめる。


「まさか。ノロは意思というのは生命体以外の物質にも存在してると… … そう言いたいのか! 」


「そうだ」


「それは勝手に人間が思っているだけのことじゃないのか」


「犬が『クーン』とお前に近づいてきたらどう思う」


「腹が減っているんじゃないか… … いや、犬はかなりの高等生命体だ。人間が思う思わないに関係なく意思を伝えようとする」


「じゃあ、声を出すことはできない大腸菌がお前に近づいてきたら? 」


「大腸菌の気持ちなんか分かるわけがない」


「そうかな。結構色々な芸をするんだぞ。大腸菌は」


 ノロが口を広げて笑う。

 

[229]

 

 

「ノロとの付き合いは長いが、茶化すノロにはうんざりだ」


「茶化してない。例え話が下手なだけだ。じゃ、こんな例えはどうだ? 」


 フォルダーが身構える。大腸菌よりもっとひどいモノに話題が移ることを心配する。恐らくイリだったら大きな声を出して怒り出すぐらいの。


「桜の花はどうだ」


 緊張していたフォルダーの表情が例えようもないぐらいに歪む。


「サクラ? 桜か? 」


「そうだ。小さいが美しい。でもすぐ散る。その散り際の姿は『あわれ』だと感じないか? 」


「サクラか… … 少なくとも千年以上見たことがないなあ」


「どうだ? 想像するだけでも様々な思い出がこみ上げてくるだろ? 」


「そうか! サクラにも意思がある… … なんてことは言わないぞ。人間が勝手にそう思っているだけだ」


「でも桜は生命体だ。花を咲かせるし、散らす。それは桜の意思だ」


 フォルダーは反論せずに渋々でもないが頷くとノロが続ける。


「それじゃ、次は… … 『石』だ」


「道ばたの『石』か? 『石』にも『意思』があるとでも」


「ダジャレか。石にしようと思ったがやめる。化石にする。恐竜の化石だ」

 

[230]

 

 

「石じゃなく化石か」


「ある地層から恐竜の化石が発見されたとする。その恐竜の目のあたりを観察する。化石のくせに哀れさを訴えようとしているように見える」


「それはノロが感じたことで化石が訴えているのではない」


「そうだろうか」


「坂の上の岩が下を通る人間を殺してやろうと転げることはない。意思はどうやって現れると思う? 」


「意識するから意思が生まれる」


「そうだ。言い換えれば反応だ」


「待て。化石の恐竜に思いを寄せて想像を膨らませるのは人間だ。人間に反応して死んだ恐竜が意思を持つのは不可能だ」


「死んだ人間ならどうだ」


「何かを訴えて死んだ親友といえども、そいつの意思が俺を動かすことは… … あり得ないとは言えないな」


 フォルダーの言葉尻が弱くなるが腑に落ちない。


「オレは生命体でなくても意思を持つモノがあるとは断言していない」


「え! また茶化すのか」

 

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「そうじゃない。生命体の意思は明確だが、生命体以外の特に未知の物質には、つまりダークマターのようなこの宇宙の大半を占める物質にはその集団としての意思が存在しているように思えるんだ」


「もうついて行けない」


「徳川がストーンヘンジでトリプル・テンに翻弄されたのは何故だと思う」


「あの板状のトリプル・テンは確かに意思を持っていたように見える」


「オレはサブマリン八〇八でトリプル・テンを手に入れてからずーっと付き合っている。フォルダーより付き合いが長い。独り言のようにトリプル・テンに語りかけると反応があった」


「お前が反応したんじゃなくて… … か」


「そうだ。もちろん理解できない不思議な反応だが、やっと最近になってあることに気付いた」


 フォルダーが膝を乗り出すが、口は出さない。


「オレが先生になって色々なことを語りかけると、生徒であるトリプル・テンが反応することが分かった」


「まさか! 」


「でも生徒の反応というものは意外とよく分からないものだ。仕方がないので教えると言うよりはオレの気持ちを伝えることにした。そして生徒に好きなようにさせることにした」


「ムム… … 」

 

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 フォルダーが驚きをしまい込む。


「つまりトリプル・テンに任せることにした」


「こころ… … をか? 」


「どうやらオレはトリプル・テンの心を掴んだようだ」


 ノロはこの星の空気を胸一杯吸い込む。フォルダーもまばゆい太陽に向かって大きく深呼吸するとここがノロの第二惑星になることを確信するが、透明に近い新型の時空間移動装置について抱いていた疑問を尋ねることを失念する。

 

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