20 永遠の命


 地球に戻ると宣言したスミスにささやかなお別れ会を工場で催すことになった。全員が集合するとスミスは深々と頭を下げて感謝の意を表明する。祝辞と謝意の言葉が終わるとビールで乾杯する。拍手が起こり、しばらくして鳴り止むとノロにしては珍しく未練のこもった言葉をスミスに向ける。


「考え直してくれないか」


「誘惑するな。イリ、加藤、長老、グレーデッドのスタッフ、誰もが魅力ある人間だ。しかも全員が永遠の命を得ている」


 ノロは驚くこともなく応える。


「あなたも」


「ほっほっほっ」


「まだ全員が俺と一緒に宇宙に出るか、確認していないが、トリプル・テンで偶然に永遠の命を得た者が地球に残ることは問題だ」


「私にはスミス博物館を維持する仕事がある」


「それは表向きの理由だろ?」

 

[227]

 

 

  「なぜノロは全員の意見を聞いていないのだ?」


 逆にスミスが尋ねる。


「俺はひとりでも地球を飛びだす。そのための永遠の命だ。永遠と言っても宇宙の時間から見れば大したことはないが」


「地球に残る理由もある」


「今の現状を何とかしようと思っているのなら、それは間違いだ。生命体はその命を繋いで生きていくものだ。できれば明るい未来に向かって生きていく。仮に滅亡への未来であっても、それはそれで仕方がない」


「そうだな。しかし、私は残る」


「そうか。でも永遠の命を持っていることはやがてばれる。いやそんな先のことではなく、俺と関わっていることは周知の事実だ。命がいくつあっても足らないぐらいの危険が待ち受けているぞ」


「それは私の忠告だ」


 ノロが首を激しく横に振る。


「だったら忠告した者がなぜ地球に残るんだ?」


「ほっほっほっ」


 スミスの表情から厳しさが消えてノロを優しく見つめる。

 

[228]

 

 

 「ノロは地球の未来のこと、気にならないのか?」


「それは……」


「誰かが地球に残って報告する者がいてもいいのでは?」


「スミス……」


 ノロが周りを見渡すスミスを見上げる。


「皆さん、これまでのノロとの会話で自分のこれからのことを判断するヒントになっただろう」


 頷く者のため息が工場内に充満するが、そのなかでイリがすぐさま声を上げる。


「私はノロと一緒に行く」


「ダメだ!」


 ノロが叫ぶ。


「どうして!」


 イリがノロを真上から睨む。ノロも負けてはいない。真上を見て怒鳴る。


「真っ先に総統が発言すべき言葉じゃない」


「そんなことどうでもいい。わたし、総統を辞めます!」


「滅茶苦茶だ。総統が勝手なことを言うのは……モガモガ……」


 イリがノロの口をふさぐ。


「自分の未来は自分が決めるのよ!」

 

[229]

 

 

 スミスが横で大きな腹を抱えながら大きな声で笑う。


「ほっ!ほっ!ほっ!」

「意外な結果だ」


 スミスが驚く。イリはもちろん加藤やグレーデッドのスタッフ全員がノロと一緒に行動を共にすることになった。


「永遠の命を得たと言っても隕石にぶつかったら死ぬ。少しだけ恵まれた寿命を持ったに過ぎない」


 加藤の言葉にスミスが同調する。


「さすが、原発の事故で命を差しだした人間しか言えないセリフだ」


「そうじゃない。ノロと一緒にいる方がおもしろい」


「そうじゃ!」


 唯一賛否を保留していた長老が大声を出すとイリが驚く。


「長老も宇宙に飛びだすの?」


「当たり前じゃ」


 イリがガッカリする。


「長老はイリ村に戻って村を守ってください」

 

[230]

 

 

 「ダメじゃわしはイリの後見人だから」


「そんな」


 すかさずノロがスミスに提案する。


「スミスも俺の後見人として一緒に行こう」


「そうだな。イリよりもノロに後見人が必要だが……」


 スミスの言葉を遮ってイリが叫ぶ。


「そうでしょ。私には後見人はいらないわ」


「ほっほっほっ」


 スミスは腹を抱えて笑うとおもむろに応える。


「ノロには立派な後見人がいるぞ」


「?」


「イリだ」


 イリがはしゃいでノロの腕を取ると今度はノロがガッカリする。そのイリの腕を長老が取る。


「そうするとわしはノロの後見人のイリの後見人ということじゃな」


「ほっほっほっ」

「これが時空間移動装置か」

 

[231]

 

 

  時空間移動装置に乗り込んだスミスが興味深く装置内を見渡す。


「そうだ。宇宙戦艦より機敏に時空間移動できるんだ」


 ノロは得意気に時空間移動装置の説明を始める。同乗するイリ、長老、加藤を無視してスミスはノロの一言一言を聞き漏らすまいと神経を集中させる。しばらくするとスミスがため息混じりの声を出す。


「すごいな」


「気に入ってくれた?」


「当然じゃないか」


 しかし、ノロはスミスに再び同行を求めることはしない。


「ゼロ戦は別便でスミス博物館に送り届ける」


「別便?」


「宇宙戦艦で」


「すまない。プレゼントしようと思っていたが」


「スミスの宝物じゃないか」


「そうだな」


 操縦席に座った加藤が確認する。


「シートベルト!」

 

[232]

 

 

 「今度はしっかりと締める」


 スミスは息を吐きだすと同時に腹を引っ込めてシートベルトを締める。


「苦しい。早く出発してくれ」


「出発!」


 軽い振動がしたあとノロがシートベルトを外して立ち上がる。


「時空間移動完了」


「?」


 スミスがシートベルトを外すと跳ねあがったドアから外を見る。目の前にはスミス自慢の戦闘機のコレクションが並んでいる。先にノロが飛びだすとスミスも降りる。


「なんか味気ないな」


 スミスが降りるとノロに握手を求める。イリはドアから手を振る。


「元気でね」


「じゃあ」


 握手を終えるとノロは時空間移動装置に乗り込む。


「ノロ、おまえの首……じゃない、頭には多額の懸賞金がかけられている。用心しろ」


「うん」


 ノロが深く礼をして中に入ると長老がドアを閉める。スミスが離れたところで回転を始める

 

[233]

 

 

 時空間移動装置を見つめる。


「楽しかったな。また会おう」


 回転が加速して白っぽく輝くと時空間移動装置はフッと消える。

 再びドアが跳ねあがると、そこは湖畔のイリ村だった。事前に連絡していたのか、驚きながらも村中の人々が出迎える。大きな歓声のあと拍手が起こる。イリがゆっくりと降り立つ。


「イリ!」


「イリ」


 イリが手を振りながら笑顔で応える。村長が近づくと横にいる可愛い少女が大きな花束をイリに手渡す。


「ありがとう」


 イリの横にいる長老にその花束を預ける。


「村の会館へ」


「村長。申し訳ないけれど長居はできません」


「えー!」


 一瞬静まりかえるが、すぐ「イリ。イリ」と連呼が始まる。イリは両腕を広げて受けとめるがゆっくりと下げると今度は深々と頭を下げるが連呼が静まるまで上げない。やがて静けさに

 

[234]

 

 

包まれると顔を上げてよくとおる声で諭す。


「皆さん。私は最後のお別れのためにここに来ました」


 礼儀正しい村人は黙ってイリの話を聞く。


「私は弟のノロと一緒に宇宙を旅します。長旅になりますが、もちろん戻ってきます」


 口をポカーンと上げてイリを見つめる者や、涙を流す者もいる。


「ごめんなさい。私を許してください」


 そのとき銃声がする。


「うっ!」


 花びらが散ると頭から血を噴きだして長老が倒れる。


「長老!」


「伏せろ!」


 ノロがイリの手を引っぱると地面に腹這いになる。


「動くな!」


 砂地を踏みしめて移動する音が複数聞こえてくる。


「ノロだな」


 ノロがゆっくりと顔を上げると目出し帽をかぶった迷彩服の男が銃を構えている。


「トリプル・テンをよこせ」

 

[235]

 

 

 「誰だ!」


 そのとき再び銃声がすると村人のひとりが倒れる。


「余計な無駄口をするごとにひとりずつ殺す」


「わ、分かった」


「早くよこせ」


「あの中にある」


 ノロがアゴで時空間移動装置を示す。


「取ってこい」


 ノロが立ち上がるとイリを見つめる。


「妙な真似はするなよ」


 時空間移動装置に向かうノロのあとをその男がついていく。その男の周りにはやはり同じ格好をして自動小銃を構える一〇人程度の者がいる。


 時空間移動装置のドアが跳ねあがるとノロが中に入ろうとする。男はドアの側でノロの背中に銃を向ける。


「さっさとしろ」


 ノロが振り向くと頭を下げる。


「トリプル・テンが非常に重いことは知っているか」

 

[236]

 

 

 「もちろん」


「俺ひとりでは無理だ」


「確かに」


 その男は近くにいるいかにも頑丈そうな男に指示する。


「手伝ってやれ」


 ノロと一緒にその男が時空間移動装置内に入る。するとドアが閉まり時空間移動装置が急速回転して砂塵が舞い上がる。


「!」

 時空間移動装置内では次のような事が起こっていた。


 ドアが閉まると同時に身を潜めていた加藤が男にパンチを見舞う。すかさずノロが操縦席のレバーを引くと時空間移動装置が急回転する。そして着席して加藤を促す。


「シートベルト!」


 加藤がシートベルトを着用したときノロが叫ぶ。


「時空間移動!目的地は月!」


 瞬間的に時空間移動装置が月の秘密基地に到着すると警報が流れる。格納室で誰かが叫んでいる。

 

[237]

 

 

 「ノロの時空間移動装置が帰ってきた!」


 ドアが跳ねあがるとノロと加藤が降り立つ。


「中に俺たちを襲った男がいる。生きていたら意識調査をしろ」


 加藤のパンチを食らった男が運び出される。シートベルトをしていなかったので一瞬とはいえ、装置内であちこちにぶつかって全身を骨折したようだ。


「まず治療を」


 ノロはすぐさま加藤の意見を否定する。


「そんな余裕はない。すぐ徹底的に意識調査をしろ」


「どうするんだ」


「こいつによく似たスタッフを探すんだ。残念ながら今の俺にはこいつと瓜二つのアンドロイドを製造する能力がない」


 加藤にはノロが何を考えているのか、さっぱり分からない。


「言うとおりにする。私は何をすればいい?」


「ハヤブサ戦闘体全機を引きつれてイリ村に向かえ!」


「了解」


 加藤がハヤブサ戦闘機格納室に向かおうとする。


「加藤」

 

[238]

 

 

  加藤が立ち止まる。


「よくぞ時空間移動装置内に留まっていてくれた。一緒に加藤も降りていたら……」


「いやな予感がしただけだ」


「今後の作戦を伝える時間がないかもしれない。頼むぞ」


「できるだけのことはする」


 ノロは加藤の背中を頼もしく見送るとスタッフに告げる。


「榊に伝えろ……」

「!」


 砂塵が晴れると同じ位置に時空間移動装置が存在している。しかもドアは開いている。例の男が目出し帽をかぶったまま目をこする。


「ジョン!」


 思わず仲間の名前を口にしてしまう。時空間移動装置から返事がする。


「隊長!名前を呼ばないでください!」


「無事か?」


 小さい箱を重たそうに持ったジョンと呼ばれた男が大声を出す。


「隊長!トリプル・テンを受け取ってください」

 

[239]

 

 

 「待ってくれ。本隊に連絡する」


 通信が終了すると時空間移動装置に向かって号令する。


「ノロ!聞こえるか?先に出てこい」


 ジョンの後ろからノロがかなり分厚い本を持って出てくる。


「分かった。分かった」


「なんだ?それは」


「トリプル・テンの取扱説明書だ。これがあれば俺は必要ないだろう」


「そうはいかない」


「やっぱりそうか。卑怯だな」


 その「卑怯」という言葉にイリ村の村民が強く反応する。


「たかが数十人の武装集団じゃないか。みんな素手で戦おう!」


「止めなさい!」


 イリが地べたに伏せたままの村民に自制を求める。しかし、それが逆効果になる。


「イリ様をお守りするのだ」


 村長が叫ぶ。そして倒れた長老を見つめる。


「数年前、人民解放軍の攻撃を素手の長老が防いだ」


「そ、村長……止めるんだ」

 

[240]

 

 

  長老が最後の力を振り絞って上体を起こす。


「長老!」


 イリがはうように長老に近づく。


「イリ様。ここは忍耐……」


 そのときジョンが重そうな箱を真下に落とす。地面に達すると破裂して目映い光線を発する。伏せていた村民に大きな影響はなかったが、その村民に銃口を向けていた武装集団は全員、目をやられる。


「今だ!」


 ノロが叫ぶと村民たちは次々と武装集団から武器を奪う。隊長が無線機に向かって叫ぶ。


「やられた!」


 いつの間にかサングラスを掛けたジョンが隊長から無線機を取りあげる。もちろんジョンに変装したグレーデッドのスタッフだ。目出し帽を引っぱると素顔が現れる。


「白人だ」


 村長が驚く。


「目出し帽よりサングラスを掛けていた方がよかったのに。この武装集団は……」


 ノロが説明を始めようとしたときに数十発のロケット弾が飛来する。その隙を突いて隊長が周りの村民を押しのけて逃げようとするがすぐ取り押さえられる。しかし、ロケット弾が落下

 

[241]

 

 

 してくる。

 

 そのときロケット弾より凄まじい轟音が聞こえる。上空にハヤブサ戦闘体が到着したのだ。


「加藤!頼むぞ」


 ノロの声が届いた訳ではないが、ハヤブサが地上すれすれを飛びながらロケット弾を次々とレーザー砲で破壊していく。そして高度を上げると村はずれの方に機首を向ける。機影が消えたとき背後の湖からミサイルが飛んでくる。


「榊!」


 ノロが叫ぶがまっしぐらに近づいてくる。


「伏せろ!」


――榊!何をしている!


「あれは?」


 イリが村の桟橋を指し示す。その近くの湖面が盛り上がりだす。何かが湖面を押し上げているように見える。


「間に合わんぞ!」


 珍しくノロが悲痛な声を上げる。そのときノロの頭上を一機のハヤブサが通過してミサイルに向かうと機首の四十インチレーザー砲を発射する。左右に拡散したレーザー光線がすべてのミサイルを消滅させる。

 

[242]

 

 

 「ふっー」


 一息ついたあとノロは双眼鏡で沖の方を確認する。


「国籍不明の潜水艦が浮上している!」


「イリ村を戦闘に巻きこんで何をしようというの」


 応じたのはイリの横にいる村長だった。


「トリプル・テンとノロを誘拐するためだ。ノロとイリがここに立ち寄ることを知って過激なイスラム原理主義者が待ち伏せしていたのだろう」


「まさか!私がここに寄ることは村長や村人以外誰も知らないはずよ」


 ノロが双眼鏡から視線を上空に移す。


「あとは加藤に任せよう」


 ノロはポケットをまさぐりながら、イリと村長を見つめる。


「彼らはイスラムの過激派集団ではない」

 

「じゃあ、誰なの?」


「イスラム過激派集団の犯行に見せかけようとしているどこかの列強国……中国かもしれないし、ロシアかも……いやアメリカかも……」


「ここは中国よ。中国の可能性が高いわ」


「地球内部の海道で結ばれた元砂漠の湖は公海と同じだ。性能がいい潜水艦ならどこの湖にで

 

[243]

 

 

 も行ける」


 ハヤブサが謎の潜水艦からの攻撃を避けながら急降下する。


「ノロ!」


 村長が銃口をノロに向けると周りの何十人かの村民も銃をノロやイリに向ける。


「村長!」


 イリが叫ぶが村長は動じない。


「ノロ!攻撃を止めさせろ!」

 

「今さら無理だ」


 ノロがポケットの中で何かを握りしめる。そのとたん時空間移動装置が大爆発を起こす。


「イリ!」


 ノロがイリの手を取ると桟橋に向かって駆け出す。何発かの銃声がするが、銃声の代わりに怒濤のようなざわめきが起こる。


「何というヤツだ」


「イリ様に銃口を向けるとは」


 どうやら裏切り者の村長は村民に取り押さえられたようだ。


 一方、ハヤブサのレーザー機関砲攻撃で潜水艦は大爆発を起こす。イリは立ち止まって振り返る。村長や何人かの裏切り者が縄でぐるぐる巻きにされている。

 

[244]

 

 

 「長老の様子を見てくる」


 イリが戻りかけるとノロが制する。


「戻るな。俺には多額の懸賞金がかけられている」


 イリがスミスの別れ際の言葉を思い出してノロに近づく。


「でも攻撃は収まったわ。それにハヤブサ戦闘隊が守ってくれている」


「俺がここにいることが分かった以上、俺を捕獲しようと狙う組織や人間が集結するはずだ。


ハヤブサが守ってくれるだろうが、ここに留まる訳にいかない」


「でも長老のことが心配だわ」


「適切な治療をすれば大丈夫だ。長老は永遠の命を持っている」


「でも頭を撃ちぬかれたのよ」


「でもイリに助言したじゃないか。心配するな。長老は蘇る。それより救出に来るはずのサブマリン八八八が来ない」


 ノロが湖を見つめる。

 

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