第八十二章 限界城


【時】永久紀元前400年頃
【空】伊賀
【人】四貫目 サーチ ホーリー ミリン ケンタ 三太夫 MY28 MA60


***


 サーチの許可を得て四貫目はひとりホワイトシャークから伊賀の里の百地三太夫の屋敷の庭へ時空間移動する。時空間移動装置の回転が止まって四貫目が現れると三太夫が驚く。


「!」


「キャミとミトを迎えに参りました。驚かれるのも無理のないこと」


「違う!たった今、あのふたりは同じ黒い大玉に乗り込むと消えてしまった。すぐ戻ると言ったので得心しそうになったが、なんと戻ってきたのはお前じゃ。どういうことだ!」


「そうでしたか。それがしは三日後の今ここに来ました。しかし、この世界では一刻も経っていない時間を目指して戻りました。敢えて申しあげれば時間は平等に流れるものではございません」


「あのふたりも同じことを申しておった」

 

[132]

 

 

 三太夫が両手を一度だけ打つ。そのとき三太夫の耳がほんの一瞬赤く輝くが四貫目は見逃さない。


――これはアンドロイドの反応!なぜだ


 四貫目はゆっくりと三太夫に近づく。


「お前たちの話は理不尽を通りこして不可解この上ない」


 四貫目は三太夫の先ほどの驚き方に疑問を感じながら耳元を注意深く見すえて頷く。そして悟られないように周りの気配を用心深く伺う。しかし、三太夫の厳しい声が四貫目を貫く。


「四貫目!先ほどのこと、答えよ」


 四貫目は慌てず低い声で応じる。


「その前にあのふたり、それに、それがし以外に誰かがここに来たようですな。心当たりはございませぬか」


「なぜ、分かる!」


――やはり


 四貫目が三太夫を睨む。


***


{ホーリー!}

 

[133]

 

 

 四貫目の叫び声だけの無言通信が途切れる。


 四貫目との時間の同期を取りながら御陵から伊賀の里へ時空間移動してきたホワイトシャークの艦橋が大混乱に陥る。


「中央コンピュータ!」


 ホーリーの叫び声がとどろいたあと、メイン浮遊透過スクリーンに様々な色のヒトデのような奇妙な物体が映しだされる。それはぶつぶつとしたグレーの泡が破裂しながら七色の原色を蹴散らすような見るに堪えないものだ。


「まるで黒板を引っ掻いた音のような不愉快な色だわ」


 サーチが適切な表現をする。


「ヒトデを肥満体にしたような歪な五角形の物体」


 ホーリーがなんとかサーチの聴覚的な表現を視覚的に置き換える。


「これは!」


 中央コンピュータが叫ぶ。


「説明しろ」


「これは時空間を閉じ込めるために作為的に造られた多次元ホールです。いったい誰がこんなものを造ったんだ」


「?」

 

[134]

 

 

 誰もが理解できずに次の言葉を待つ。


「まさか、ノロが。いや、そんなことはあり得ない」


 中央コンピュータの見解にホーリーが反論する。


「ノロがどうかしたのか!」


「ノロのことはともかくとして、これはブラックホールより質が悪い不愉快色の多次元ホール。このホールはすべての夢と希望を消滅させてから機械的な感情を植え付けて心の中にブラックホールを発生させます」


***


「どこを見ても五角形、あるいは星形の立体が見えます。大きさや色は様々です。まるで五面を鏡で覆われた万華鏡の中にいるような感じです」


 そのときミトからホーリーに無言通信が届く。


{ホーリー!}
{ミト!どこにいる?大統領府に戻ったんじゃないのか!}
{大統領府に戻ったのは確かだ。それからカーン・ツーが手配してくれた時空間移動装置で月に向かったまでは覚えているだが、今どこにいるのか分からない}

{ここは紀元前四百年前の伊賀の里だ}

 

[135]

 

 

{そうか。しかし時空間移動装置内の雰囲気が妙だ。何か無性に寂しくて悲しい気持ちになる。時空間移動装置をコントロールするのが精一杯だ。気が滅入る前にこちらの空間座標を送信する}
{分かった。受信したら無言通信を送る}


 すぐさま天井から中央コンピュータの声がする。


「ただ今、空間座標のデータを受信しました」


 全員天井のクリスタルスピーカーに注目する。MY28が入念にデータを確認してから報告する。


「船長。キャミやミトの時空間移動装置との通常通信も可能です。試してみます」


 MY28がキーボード上で輝くキーの動きを追いかける。


「ダメです。返信がありません。どうして!」


 サーチがキャミに無言通信を送る。


{キャミ。空間座標のデータを受け取りました。今返信しました。通信回線がオープンになっているか確認してください}
{サーチ。先ほどからオープンです}


「問題なく無言通信ができるのに、通常通信ができない」


 サーチががっかりしてMY28を見つめる。

 

[136]

 

 

「妨害電波は探知されません」


「分かりました。取りあえず受信した空間座標に空間移動します」


「待て!サーチ。いや、船長!何か、おかしい」


 ホーリーがサーチに自制を促す。


「命令取消!。時間がかかってもいいから通常航法で移動します」


「了解」


「到達時間は」


「六分ほどです。正確には五分四十三秒です」


「全員、非常事態に備えよ!」


 サーチは命令を終えるとホーリーに説明を求める。


「無言通信ができて通常通信ができないと言うことは?」


 しかし、ホーリーの説明を待つことなくサーチが叫ぶ。


「まさか!」


 ホーリーがサーチを睨んでから首を縦に振る。


「俺たちの現実時間の永久297年ならあり得る妨害だが、この時代でこんな不可解な現象が起こるはずない。結局この時空間にアンドロイドが来ていると考えざるを得ない。とにかくアンドロイドが一枚咬んでいる」

 

[137]

 

 

 すぐさまRv26が反応する。


「同感です。時間がない。今すぐ後部主砲へのエネルギー経路を切断してすべてのエネルギーを前部主砲に流すんだ」


「なぜ?」


 サーチの質問を無視してRv26は耳を赤く点滅させて中央コンピュータに直接指示する。Rv26をまるでノロそのものと感じたのはサーチひとりではなかった。Rv26の点滅が消えると肉声に変えて指示する。


「前部主砲一門ずつの照準をすべてバラバラにしろ。どれひとつ同じ照準にしないように」


「えー?」


「中央コンピュータ!Rv26の言うとおりにしろ」


 ホーリーが叫ぶとサーチが追従する。


「以後、ノロ、いえ、Rv26の指示は私の命令です」


「了解!前部主砲のポジション変更完了」


 Rv26の指示が飛ぶ。


「キャミの時空間移動装置の空間座標に向かって主砲の照準をオートフォーカスに」


「何だって!各主砲をバラバラにしておいて、どうやって照準を合わすんだ?」


 中央コンピュータが疑問を悲鳴にする。

 

[138]

 

 

「ワタシの言うとおりにしろ!マルチフォーカスだ!」


 迫力ある声が艦橋の天井に向かったとき明らかに矛盾した指示を出すRv26にホーリーが近づく。それを見たサーチが叫ぶ。


「ホーリー!邪魔しないように!」


「マルチフォーカス完了しました」


「フォーカス、オートロック!」


「ロックしました」


「全エネルギーを前部主砲に注入!」


「注入開始」


「発射準備!」


 Rv26の声が艦橋にとどろくと発射を知らせる警報音が鳴り響く。Rv26はMY28が座る操縦席に近づく。


「攻撃用コントロールパネルに移動してワタシをヒザの上に」


 先ほどからRv28の迫力に圧倒されっぱなしのMY28が攻撃用コントロールパネルに移動するとRv26をヒザに持ち上げる。浮遊キーボードが浮かびあがると姿勢を調整しながらRv26は主砲のコントロールパネルを操作する。


「中央コンピュータ!わたしのやることを模倣しろ!」

 

[139]

 

 

 Rv26がそう叫んだあと浮遊キーボード上の一番から九番までのボタンを撫ぜる。キーボード下のコントロールパネルに赤いテン・キーが現れるとRv26が順番に押していく。艦橋から見える三連装九門の主砲が次々と火を吹く。太いレーザー光線は自由奔放に進むように見えるが、やがてかなり遠方で集結して七色に変化してから消滅する。


「時空間移動格納室!時空間移動装置が一基到着するはずだ。受け入れ準備をしろ」


 Rv26がMY28のヒザから降りると艦橋の出入口に向かう。つられてMY28がその跡を追うと感染したようにホーリー、ミリン、ケンタも跡を追う。まだ主砲とその遙か彼方を見つめる住職が叫ぶ。


「あれは!」


 遙か彼方で透明感に満ちた緑色のオーロラのような壁が発生して大きくな波打つようなに揺れながら近づいてくる。しかし、Rv26は振り向くことなく殺気だった言葉を発する。


「時空間移動装置の現れ方は尋常じゃない!覚悟しなければ」


 すくい上げるようにMY28がRv26を抱えあげると肩車の体勢で時空間移動格納室に向かう。


「ありがたい」


 Rv26はMY28の頭の上で拳を振り上げる。


「急げ!」

 

[140]

 

 

 そのときホワイトシャークに激震が走る。通路天井から中央コンピュータの声が流れる。


「時空間移動格納室で火災発生!あっ、時空間移動装置が炎上しています」


「緊急冷却開始!対処方法を誤るとホワイトシャークが吹っ飛ぶぞ」


 時空間移動格納室に到着したRv26は振り返るとホーリーに怒鳴る。


「キャミとミトがいるはずだ。無言通信で『ロックを解除して外へ出ろ』と伝えろ!」


{ミト!}
{ホーリー}
{ここはホワイトシャークの時空間移動格納室だ。外は火の海だが構わず降りろ!}


 海賊やケンタが瞬間冷凍カプセルを持って待機する。


「まともに冷凍カプセルを投げつけるな」


 ホーリーが叫ぶと時空間移動装置のドアが開く。


***


――本物の三太夫は?


 屋敷の広い庭で百地三太夫を四貫目が不思議そうに見つめる。狼狽えることはないが言葉にまったく感情が備わっていない。もちろん頭領の三太夫は寡黙で感情をあらわにすることは滅多にないが。そのとき口ではなく目に変化が現れる。急に三太夫の瞳がぎらぎらと輝く。

 

[141]

 

 

まるで誰かに操られるようにすーと立ち上がると直立不動の体勢をとる。そして黒い装束のあちらこちらからメラメラと炎が発生すると周りは強烈な熱気に包まれる。思わず四貫目が引き下がると炎の中からはち切れんばかりに盛り上がった筋肉質の裸体が現れる。四貫目は電磁忍剣を抜くとまっすぐに構える。


「ワシニ楯突クノカ」


 あれほど電磁忍剣の威力に驚いた三太夫なのに今回はまったく動ずる気配がない。言葉はますます抑揚を失って何を言っているのか分からなくなる。しかし、四貫目は動揺しない「我らが頭領のキャミ殿をお守りする。ただ、それだけのこと」


 よく見ると三太夫の筋肉は鋼鉄のようで本来筋肉が備えているはずのしなやかさがない。


「オマエノ頭領ハワシダ」


「とう!」


 四貫目が一瞬の隙を突く。レーザー忍剣が三太夫の右手首を切断したあと腹部を切り裂く。


「オノレ。オマエヲ育テタ父親同然ノワシニ刃向カウノカ」


 四貫目はその言葉に珍しく動揺するが、それよりも三太夫の右手首から赤い血ではなく青い血が流れだしているような錯覚を覚える。すぐさま正気を取り戻して分析する。四貫目には三太夫の手首からむき出しになった金色の配線上に発生する青いスパークが青い血に見えたのだ。


――人間じゃないことは確かだ。アンドロイドか

 

[142]

 

 

 不用意に間を置いた四貫目に三太夫の口が大きく開いて言葉ではなく黄色い光線が発射する。想定外の反撃に四貫目は忍剣を回転させて光線を蹴散らすと、秋を迎えていた庭の木々の枯葉舞い上がる。すかさず四貫目はその枯葉を寄せ集めて姿を消す。木の葉隠れの術だ。しかし、三太夫の耳から銀色の突起物がにゅーと現れると首から下は微動だりせずに首を三百六十度回転させて周りを探索する。しかも切り落とされた右手を拾うと手首に接合する。すぐにまるで何事もなかったように右手を動かす。しかし、裂けた腹部からは青白いスパーク光が漏れている。遠くからその様子に驚きながら四貫目は三太夫の行動を分析する。


――三太夫なら木の葉隠れの術などすぐ見抜く。あやつは三太夫に似せたアンドロイドに違いない


 珍しく四貫目がしきりに首を傾げる。そのとき三太夫の背後が大きく揺れる。屋敷が崩れると目映い光をあらゆる方向に発する。光は分裂して無数の光点となる。その光点がすべて五角形に輝く。思わず四貫目は地面に視線を移すが何も見えない。


――目をやられた


 身を伏せて嗅覚と聴覚を研ぎ澄ます。ザクザクという音が近づいてくる。四貫目は嗅覚だけに絞って水の臭いを探す。地を這うように移動しながら近くの池に飛びこむ。すぐさまその飛びこんだところに重々しい光の塊が突っ込む。


 必死になって池の底に向かう。恐らく地上では蒸発した水が霧のように周りを包んでいるに違いない。

 

[143]

 

 

四貫目はそう考えた。現に周りの水は温かくなっていた。底にたどり着いた四貫目は防御方法を模索する。


――もし、三太夫に変装したアンドロイドなら、それに切断された手首の青い光がスパークなら水中には来れまい。しかし、復元したようだ。それにしてもあの五角形の物体は……咄嗟に潜ったため四貫目の息が限界に近づく。視力が回復すると四貫目は生ぬるい水面にゆっくりと近づいて忍剣を抜いてから鞘の先端を水面に露出させて、つまり鞘を筒代わりにして大きく息を吸いこむと再び池の底に潜る。


――思い出した。伊賀の里に危機来たらば、屋敷は限界城という名の城に変化する。そして立てこもって敵を迎え撃つと聞いた。その形は五角で星の光を集めて敵を蹴散らすともいわれていた。あの話、まことだったのか


 四貫目の力量からするとまだ水中に留まることが可能なのに、くるっと身体を反転させると池の底の岩を力強く蹴って水面を目指す。水面に達すると勢いよく身体を池の上に跳躍させてあえて大きな声をあげる。


「ハー!」


大きく空気を吸いこむと派手な音をたてて池の中に潜る。一分、二分、三分…短いが苦しい時間が流れる。十分、十一分、十二分…四貫目は水草に付いた小さな泡を巧みに集めてまるで蝶が花の蜜を吸うように酸素を補給すると池の底の大きな岩を蹴って勢いよく水面に向かう。

 

[144]

 

 

――これしかない


 意を決して電磁忍剣を抜くと水面から鳥のように宙を舞う。


 池の畔にいた三太夫の両目と口から光線が四貫目めがけて発射される。器用にその光線を避けて素速く近づくと腹部でスパークする青白い光に向かってずぶ濡れの四貫目が三太夫を抱え込む。


 次の瞬間、三太夫の上半身のあちらこちらからブスブスという音がすると青白い光が全身を包み込む。四貫目は三太夫の頭を蹴って池に飛びこむと顔の上半分だけを水面上に浮かべて様子を伺う。青白い光に包まれた三太夫は正視できないほどに輝き出す。四貫目は大きく息を吸いこむと底を目指す。しばらくして池の底にいても聞こえるほどの大音響が届く。


 四貫目は数分間じっと待機したあと用心深く浮上する。三太夫がいたはずの池の周りの木々はなぎ倒されて炎をあげて激しく燃えている。


――やはり……しかし……


 四貫目は池の畔に立つと三太夫の残がいを探すが見つからない。それほど壮烈な爆発をともなって三太夫の身体が木っ端微塵に消滅したのかもしれない。四貫目は背中から忍剣を引き抜くと周りを用心深く探索する。やっとアンドロイドの逆折れした左脚を発見する。その関節当たりで輝く小さな物に気付く。よく見ると直径数ミリのガラス玉のように見える。つまむと真っ黒になる。四貫目は驚きながらも冷静に観察する。意外に重くて落としてしまう。もう一度持ち上げる。重い。それでいて弾力性がある。

 

[145]

 

 

「これは……」


 四貫目が小さな竹筒にこの不思議な物を入れると栓をする。そのとき四貫目の一瞬の隙を突くかのように空の一角が強烈に輝く。


「おおー!」


 四貫目は上空からの光線を辛うじて避けると竹筒を懐にしまう。そして跳躍しながら同じ懐からジェット手裏剣を空に向かって投げつける。推進機を備えた手裏剣が空高く舞い上がる。


「三太夫!」


 その方向には巨大な三太夫の顔が浮かんでいた。そして首からジェット噴煙を吐き出している。手裏剣を避けるとそのまま稜線上に浮かぶ歪な巨大な五角形の浮遊物に吸いこまれる。


「あれは!限界城?」


 四貫目がヒザから崩れる。


「三太夫は人間ではない。まさか、戦闘用アンドロイドでは!もしそうなら進化したのか?!」


 四貫目は懐から血糊がべったりと付いた瓶を取り出すとフタを食いちぎって一気に回復剤を飲みほす。


「しかし、なぜこの伊賀の里に!急いでキャミ殿に報告しなければ」

 

[146]

 

 

***


 ホワイトシャークの時空間移動装置格納室に突然時空間移動装置が現れる。


「なんだ!」


 キャミとミトが乗っていた時空間移動装置を検分したのちホーリーはためらいもなくドアを開けると中に入る。座席でぐったりとした上半身裸の四貫目を見つけるとシートベルトを外して担ぎ上げる。


「かたじけない」


「しゃべるな」


 ホーリーが四貫目をそーと床に横たわらせると天井に向かって叫ぶ。


「担架の用意を!」


「すでに手配済みです」


 そのとき、恐らく艦橋から全力で走って来たのだろう、乱れた呼吸のミトと少し遅れてキャミが時空間移動装置格納室に現れる。


「四貫目!」


「大丈夫か?」


「ご無事でしたか」

 

[147]

 

 

「何が起こったの」


「心配無用」


 四貫目のサラシが赤い血で染まっている。


「回復剤は?」


「服用しました」


 ホーリーが担架を持って到着した救護班に指示してからキャミとミトを制する。


「これぐらいのことで死ぬような男じゃない」


 しかし、担架で移動し始めた四貫目がキャミを直視する。


「キャ、キャミ殿」


「しゃべるなと言っただろ」


 ミトがたしなめる。


「至急、お伝えしたいことが」


「ここはホワイトシャークだ。まず、治療だ」


 キャミは四貫目の手首を握ると脈を取る。


「ミトの言うとおりよ。緊急を要するの?」


 四貫目は目を閉じて軽く顔を縦に振る。逆にキャミが顔を横に振る。


「まず緊急措置をします」

 

[148]

 

 

 MA60が現れると四貫目の胸に手を当てる。


「すごい快復力だわ。その分、体力が低下している。用心に越したことはないわ。医務室!四貫目の容態のデータを送信します。対処方法を構築しなさい」


 キャミが四貫目に念を押す。


「返事は無用よ。ここはMA60に任せましょう」


***


 医務室に居続けていたキャミ、お松はもちろんのこと、合流したサーチ、ホーリー、ミリン、ケンタ、そしてRv26が四貫目のベッドの周りに集結する。四貫目の回復は思ったより早く、ベッドであぐらを組む四貫目が一気に三太夫との戦いをつぶさに報告する。ミト、サーチ、ホーリー、Rv26がまさかという表情を四貫目に向けたあとキャミの反応を伺う。キャミが大きく頷くと代表して発言しようとするが、言葉に詰まる。


「戦闘用アンドロイド……」


 ミトが首を横に振る。


「かなり高性能化している」


「いつの間にか三太夫と入れ替わって伊賀の里を支配していた。まったく気が付かないほど三太夫そのものだった」

 

[149]

 

 

「ほかの伊賀者は?」


 ミトがあらだげた声をあげる。


「分かりませんが用心すべき」


 四貫目の気持ちを理解したキャミが虚ろな声をあげる。


「女、男の区別なく殺害する戦闘用アンドロイドがなぜ伊賀にいるの?ずいぶん前に製造中止になったはずよ」


「大統領、昔の戦闘用アンドロイドとは余りにも性能がかけ離れています。変装して人間に紛れ込んで、しかも指導者として存在していたのです」


「目的は?いつ入れ替わったの?」


「それに限界城とは?」


「分かりませぬ。若いとき頭領から聞いた限界城のイメージとは形、規模が違うし、しかも空中に浮いていた」


 ミトはキャミとともに一旦限界城に幽閉されたのかもしれないと推測するが、もしそうだとすれば、どのようにして逃れたのかまったく覚えていない。


「四貫目、ご苦労でした。治療に専念しなさい」


 キャミは医務室での会話に終止符を打つ。そしてミトに耳打ちする。


「四貫目はかなり無理をしたようだわ」

 

[150]

 

 

 医務室から廊下に出ると、まず、サーチが発言する。


「MA60の医者としての力量には感服するわ」


 サーチと同じく元医師だったキャミがサーチの背中に頷く。それを察知したのかサーチが振り向いてキャミに首を横に振る。


「私が言いたいのはMA60も初めは単純作業しかできなかったアンドロイドだったということ」


 キャミだけではなく、ミトやホーリーも立ち止まる。


「分かってくれたようね」


 サーチの言葉に頷いた後、キャミがミトに尋ねる。


「戦闘用アンドロイドの製造は中止されたが、それまで製造された戦闘用アンドロイドはどうなったの?」


「不明です。私たちは戦闘用アンドロイドの行く末をまったく知らない」


 ホーリーが目をむいてミトを見つめるが、ミトの言葉を引き継いだのはサーチだった。


「もし、放置された戦闘用アンドロイドが自ら進化して地球の戦争に加わったり、あるいはなんかの事情で地球に来て進化したとしたら……」


「MA60やMY28、そしてRv26が仲間だからいいが、彼らの進化と同じことが戦闘用アンドロイドに起こったら……いや起こったんだ!」

 

[151]

 

 

 ホーリーがサーチの言葉を引き継いだあとミトが唸るような声を出す。


「戦闘のプロにまで進化したアンドロイドを撃退したというなら四貫目は大した男だ」


 そのとき艦橋に男の声がする。


「言い残したことがあった。申し訳ない。興奮していたのかもしれない」


「四貫目!」


 いつの間にか忍者装束の四貫目がひれ伏している。


「体調は?」


「心配無用」


 そしてそのあとMY28に視線を移す。


「MY28殿。教えてくだされ」


 MY28が立ち上がると躊躇することなく四貫目に近づく。


「話せば長い話になります」


「ご存知なのですか」


「先ほど知りました。戦闘用アンドロイドといい、限界城といい、立ち向かうべき大きな課題が発生しました」


 MY28は四貫目ではなく、まずサーチを見つめ、ホーリー、そしてキャミ、ミト、最後に天井を見つめる。

 

[152]

 

 

「それにしても今日は来客が多いな」


 ホーリーが独り言のような声を出すとRv26が現れるが、誰も気が付かない。


「ゴホン」


「どこにいたんだ。こんな大事件が起きたのに」


「中央コンピュータ室だ。状況は把握した」


 そしてMY28に近づく。


「ワタシは戦闘用アンドロイドの過去についてあえて話さない。説明は中央コンピュータに託した。大事件の予兆を詳しく分析しなければ」


「分かりました。私ごときアンドロイドが下手な見解を四貫目に伝えて予断を与えては今後の展開に禍根を残すことになりかねない」


 Rv26がMy28の手を握る。


「MY28は上手に説明できるのは分かっている。それはアンドロイドだからだ。でも今は中央コンピュータに説明させる方がいいのだ」


「Rv26の意図を理解しました」


 MY28が握り返す。


「ワタシは少し眠ることにする。この身体が休息を求めている」

 

[153]

 

 

[154]