第八十章  金環日食


第七十五章から前章までのあらすじ
 キャミとミトは四貫目の計らいで永久紀元前400年頃の伊賀の里の三太夫に匿ってもらう。サーチが船長に就任したホワイトシャークに気心の知れた仲間が合流すると地球の混乱に驚く。その混乱に立ち向かうRv26の改造の秘話が中央コンピュータから披露される。一方、キャミの身に危険が忍び寄る。


【時】永久紀元前400年頃
【空】伊賀
【人】キャミ ミト 三太夫


***


 決して親近感を持てる相手ではないものの、キャミとミトはレーザー銃と時空間移動装置のリモコンを肌身離さずていねいに百地三太夫の質問に答える。時空間移動装置から始まって数々の質問に言葉だけではなく紙と筆を使いながら説明する。もちろん完全に理解させようなどとは思わない。まずそれは不可能だった。

 

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 しかし、三太夫の方と言えば、たとえ百の内ひとつでも理解できることがあれば、それはそれで大きな収穫だと割り切っていた。そのときミトの腕時計がかすかに震える。


「ちょっと席を外してもいいか」


 ミトが三太夫に許しを乞う。結果的にはキャミに対する許可願いでもある。三太夫が無言で頷くとミトは屋敷を出る。もちろん一緒に三太夫も広い庭に向かう。通常絶対あり得ない三太夫の独り言がミトに背中に伝わる。


「消えたはずの黒玉が……」


――さすが四貫目。すぐに用立てしてくれた


 しかし、よく見るとその時空間移動装置の表面には無数の傷がある。ミトは不安を覚えるが、この時空まで時空間移動してきたのだから問題はないと発想をポジティブに変更する。


――四貫目はかなり無理をしてこの時空間移動装置を手に入れたに違いない ミトは感傷的な気持ちを否定してから三太夫に声をかける。


「三太夫殿。一緒に入ってみてはどうかな」


 キャミが屋敷内に留まっていることを確認すると三太夫は誘いを受けようと考える。しかし、ミトは返事を待つことなく時空間移動装置に入るとタブレット・パソコンを手にして三太夫の前に戻る。


「これはコンピュータという平たい巻物のようなもの」

 

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 キャミのいる部屋に戻るとミトはパソコン上で指先を踊らせる。すると透過キーボードが浮きあがって暗い部屋の中で目映い光を発する。三太夫の頭がその光を反射してキャミの顔の堀の深さを強調する。そのあとミトの感情を抑えた言葉が響く。


「意外だ」


 タブレットの画面には数字が並んでいる。その画面からミトが顔をあげて部屋の外に視線を移す。


「サンバイザーを取ってくる」


 ミトが立ち上がると、すかさず三太夫の大きな手がミトの肩を握る。


「一緒にあの球体の中に入る気はあるか?」


 三太夫が頷くとふたりは再び時空間移動装置に向かう。


「妙な真似はしないから安心してくれ。少し変わったメガネを取りに行くだけだ」


 時空間移動装置に入るとミトは戦闘用サンバイザーをみっつ手にする。初めて時空間移動装置に入った三太夫は数々の小さな光を放つ内部に言葉も出ない。


「この世界での滞在が長くなれば、そのうちこの不思議な光の説明を理解できるときが来る。


今はこの帽子のようなメガネが必要なんだ」


 ミトが時空間移動装置から降りると三太夫も追従する。そこには心配そうな表情をしたキャミが立っている。

 

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「キャミ」


 ミトがキャミにサンバイザーを渡す。


「もうすぐ金環日食が始まります」


「こんなところで金環日食が見られるなんて」


 キャミがサンバイザーを被るとミトが三太夫を促す。すでに周りは薄暗い。庭にいた忍者が大空を見上げて騒ぎ出す。


「落ち着くように指示してくれ」


「何が起こるのだ!」


 ついに三太夫が声を上げる。


「少しの間だが、太陽が欠けて消える」


「タイヨウ?」


「陽だ」


「おー」


「直接見るな!目がつぶれるぞ」


 しばらくすると周りが更に暗くなる。キャミとミトはサンバイザーを通して太陽を見つめる。


「金環日食だ」


 キャミとミトの真似をするように三太夫が太陽を見つめる。

 

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「おー!」


「直接見るな!これを!」


 ミトが目を閉じた三太夫にサンバイザーを被らせる。もう一度ミトが忍者たちに注意を促すと大きな木に近づく。そしてしゃがんで地面に映った丸い輪っかの影を指差す。


「月が陽の前を通過しているだけだ。すぐに元へ戻るから心配するな」


***


 三太夫はミトに畏敬の念を抱く。しかし、ミトは匿ってもらっているという立場を忘れることはない。あえて三太夫を敵に回す理由がないからだ。もちろんキャミも承知している。


 しかし、三太夫の威信が凋落していることまで気が回らない。子飼いの忍者の視線は三太夫からミトに移っていた。そのことが三太夫の態度に変化をもたらす。


三太夫はミトからもっと色々なことを知りたかった。知りたいと思えば思うほど統率力が衰える。


 やがて堂々と三太夫を批判する下忍が現れる。彼は四貫目を呼び寄せてキャミたちの世界に活路を見出そうと三太夫に進言するとミトにせがむ。


「我らを四貫目がいる世界に連れて行ってくれまいか」


「聞けば、厳しい戦が繰り広げられているという。我らが役に立つかも知れぬ」

 

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「待ってくれ。私たちの世界はあなたたちから見れば想像を絶する世界だ。四貫目ですら慣れるのに数年を要したと聞いている」


「逆に四貫目にあらかたを聞けばなんとかなる」


 三太夫が意見を挟もうとするが、まったく無視されて発言する機会さえ与えられない。さすがにミトは忍者たちを制して三太夫に近づく。


「三太夫殿」


「なんじゃ」


「匿ってもらっているのに無礼だが、少しだけ時間をいただけないか」


「時間を?四貫目やミト殿はこの黒い玉に入って自由に時の流れに乗るのか」


 しばらく前から三太夫はミトを「ミト殿」と呼ぶようになっていた。


「時間の流れは複雑だ。荒々しい海に船を漕ぎ出す方が優しいぐらいだ」


「それがしが伺いたいのはここから去ったあと、再びここへ戻ってくるのかと言うこと」


 さすが三太夫だけのことはある。一瞬にして忍者たちの視線が三太夫に集まる。しかし、ミトは動ずることなく即答する。


「当然だ」


 しかし、三太夫は方便だと受け取る。間一髪おかずにミトが言葉を繋ぐ。


「場合によっては四貫目を連れてくる」

 

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 このミトの言葉に忍者の間から整った息が吐き出されると三太夫の表情も緩む。


「自分の世界に一旦戻る。そこで何年過ごすか分からないが、その後この場所に来ることになる。三太夫殿の目にはすぐ戻ってきたように見えるはずだ」


「はて?」


「この説明は非常に重要だ。一旦自分の世界に戻って一年過ごそうとも、数秒後のこの庭に私たちは戻ってくる。理屈抜きでそう理解していただきたい」


***


 操縦席に着くとミトがフーッと息を吐き出す。


「金環日食が起こったお陰で主導権を握れた」


 キャミがドアを閉めると計器の輝きが鮮やかになる。


「それほど驚くに足らない現象だけど、この時代の人間にとっては一大事だわ」


「同じように私たちにとって不思議な現象でも、未来の人間にはたいしたことではないのかもしれない」


「今はこうして時空間を自由に移動しているけれど、少し前までは夢の夢だったわ」


 キャミがシートベルトを着用する。


「大事なことは不思議なことから逃げないことだ。そうしなければ前に進めない」

 

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 ミトがすべてのチェックマークを解除すると操縦桿を引く。


「四貫目に感謝しよう。今のところ正常に作動している」


「それにこんな便利なものを発明してくれたノロにも感謝しなければ」


 ミトはモニターを確認するとマイクに向かって大きな声を出す。


「三太夫殿。危険だから離れてください」


 三太夫や忍者たちが離れると急に回転を上げた時空間移動装置が忽然と消える。


「おおっ!」


 しばらくすると上空から稲妻のような大音響が地上に届く。今度は驚きの言葉を発することなく忍者たちが耳に手を当ててひれ伏す。

 

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