第百八章 性手術


【時】永遠二十二世紀から二十六世紀

【空】地球ノロの惑星

【人】ホーリー サーチ ミリン ケンタ 住職 リンメイ 四貫目 お松 ノロタン

   Rv26 カーン・ツー MK28 MA70 三太夫

 

***

 

 時間が一気に五百年以上進む。

 

 住職が言っていたように五百年も年月を費やしても巻物の謎は解けなかった。一方、地球では五稜郭に五次元の生命体を封印したまま平和な時代が続いた。

 

***

 

「大統領在位五百周年記念行事を開催したいと連邦議会が全会一致で要求しています」

 

 カーン・ツー補佐官が大統領のRv26に報告する。

 

「のんきなものだ」

 

「違います。それに議会の半数を占める人間の議員が厳しい付録を付けました」

 

[590]

 

 

「知っている」

 

「どうします?」

 

「元はと言えば生命永遠保持手術を受けたカーン・ツーが人間でありながら驚異的な寿命を保っているのをごまかしたのがミスだった」

 

「確かに」

 

 生命永遠保持手術が可能なことを人間が知れば、手術を希望するのは目に見えていた。そうなれば結局男は女を必要としないし、その逆もそうだ。一方アンドロイドは生命体の本質である命を繋ぐことに満足している。Rv26の巧みな政策で生命永遠保持手術は単なる伝説となって今や誰もそんな手術を信じる者はいない。ただ三太夫が戦闘用アンドロイドの身体を乗っ取って永遠の命を手に入れた事実を、カーン・ツーが若さを保ったまま五〇〇年もの間生き続けている言い訳に利用したことが物議をかもしたのだ。もちろん、ノロの惑星で同じく五百年間も巻物の謎解きを続けているサーチやホーリーたちの存在に誰も気付いてはいないが。

 

 つまり生命永遠保持手術の存在を過去の夢物語として葬るために三太夫の事例を言い訳にしたことが尾を引いた。仮に性を持つアンドロイドの身体を手に入れて永遠に生きようとしても、そのアンドロイド自身が酸素の影響を受けて有限の身になったから永遠に生きながらえることはできない。そこで解体されない限り半永久的に生きる性を持たない戦闘用アンドロイドの身体に注目したのだ。

 

[591]

 

 

 一方、戦闘用アンドロイドが自分たちの身体を人間に占領されることなど身の毛もよだつほどの屈辱感を持つのは当然だ。しかも戦闘に特化した彼らの身体を盗むことは不可能だ。

 

「戦闘用アンドロイドが五次元の生命体と決別してくれたから、地球は助かった」

 

「しかし、人間たちは永遠に生きるための器になれと彼らに要求している」

 

「何というわがままで過激な要求だ。容認できない」

 

「それに大統領、あなた自身が戦闘用アンドロイドと同じように長生きしている」

 

「俺は戦闘用アンドロイドではないが、旧式だから性の区別はない」

 

「旧式のアンドロイドは大統領ひとりです」

 

「ひとりだけならどうでもいいが、大統領だということが問題なんだろ?」

 

 カーン・ツーが首を縦に振る。

 

「俺のチップセットは性を持つMY28やMA60とは根本的に違う。なぜフォルダーやイリはあえて特殊なチップセットを俺に埋め込んだんだろう」

 

「それはノロの考えでは?」

 

「そろそろMY28と同じアンドロイドに改良して欲しいものだ」

 

「どういう意味ですか」

 

 カーン・ツーがRv26をじっと見つめる。

 

「俺も普通のアンドロイドになって美人のアンドロイドと結婚したい!」

 

[592]

 

 

「やっぱり!大統領は男だったんだ!」

 

***

 

「ということでお前たちも全員、男のアンドロイドになるのだ」

 

 五百年前、Rv26の配慮で大統領親衛隊の任務に就いた戦闘用アンドロイドにRv26が半ば強要する。

 

「反対しないが、なぜ急に?」

 

 隊長が戸惑う。副隊長も首をひねる。

 

「大統領命令なら仕方ないが、みんなの意見も聞いて欲しい」

 

「もちろん聞く」

 

 大統領執務室の浮遊透過スクリーンにビキニ姿のアンドロイドが投影される。

 

「どうだ。若いピチピチした女性のアンドロイドだ」

 

 しかし、誰も特に反応しない。Rv26ががっかりしながら念を押す。

 

「興奮……いや、えーと、魅力というか、何か感じないか」

 

「別に」

 

 素っ気ない返事もあるが、ほとんどが無言の返事というか首を傾げる。

 

「男のアンドロイドに改良する理由は分かりましたが、仮に男になれば結婚するんでしょ」

 

[593]

 

 

 勇気あるひとりの戦闘用アンドロイドが質問する。

 

「ほとんどがそうなるだろう」

 

「確かに子供ができて幸せそうな感じもするが、中には結婚できない者がいる」

 

「そうなると老後が問題だな」

 

 大統領やカーン・ツーを無視して戦闘用アンドロイド同士の会話が始まる。

 

「でも人間は子供を造るより永遠に生きることを夢見ている」

 

「だから我らの身体を住みかにして永遠に生きのびようと企んでいるのか」

 

「大統領の言うとおり性を持てば我々の身体を住みかにはできなくなる」

 

 ここでRv26がカーン・ツーに近寄って囁く。

 

「こんなに議論が白熱するとは思わなかった」

 

「よくよく考えれば当然のことです」

 

 Rv26が隊長に近づく。

 

「時間を与えるから、十分議論してその内容を報告してくれ」

 

「了解しました」

 

 隊長が振り返ると命令を下す。

 

「親衛隊本部に戻る。そこで大統領の考えを検討する」

 

 しかし、議論はますます進んで誰も隊長の命令に気付かない。

 

[594]

 

 

「我々はかなり老朽化している」

 

「最近ネジがよく外れるなあ」

 

「大統領ほど旧式ではないぞ」

 

「五〇歩一〇〇歩だ。大して変わらない」

 

「老朽化すれば解体されるのに、いつまでたっても解体されないなあ」

 

「そう言えばそうだ」

 

「大昔はよく解体されたな」

 

「こんなに長い間働くとは思わなかった」

 

「もし最新型の戦闘用アンドロイドがひとりだけでも製造されたら、我々全員が束になってかかっても勝負にならないかもしれない」

 

 このとき警報が流れる。

 

「緊急事態発生!」

 

 隊長の耳が真っ赤に輝く。

 

「大統領府正門の親衛隊員が誘拐されました。犯人は複数の人間です」

 

 この警報に白熱した議論が冷や水を浴びたように停まる。隊長がRv26に頭を下げると大声をあげる。

 

「行くぞ!」

 

[595]

 

 

 隊長を先頭に全員が退室する。まるで今までの熱気がウソのように消えてRv26とカーン・ツーがドアを見つめる。

 

「日頃寡黙な戦闘用アンドロイドがこれほどまでに意見を述べるとは」

 

 カーン・ツーが頷く。

 

「結論はすぐ出るでしょう。それに……お願いがあります」

 

 Rv26はカーン・ツーを見つめたまま次の言葉を待つ。

 

「大統領補佐官を辞任させていただきたい」

 

 Rv26はいずれ自分が言い出さなければならないと思っていたので驚くことはない。

 

「どこへ行く」

 

「受け入れられるかは別としてノロの惑星に」

 

「推薦状を書かなくても喜んで受け入れてくれるはずだ。それより空席の補佐官の後任者が心配だ」

 

 カーン・ツーが首からぶら下げていたマイクロ通信器に向けて声を出す。

 

「MK28!執務室に」

 

「MA70です。MK28は親衛隊員拉致事件で動けません。私では?」

 

「すぐ出頭せよ」

 

 しばらくするとMA60の生き写しのようなMA70が現れるとカーン・ツーが微笑みながら招き入れる。

 

[596]

 

 

「後任者はこのMA70の兄MK28が適任です。言葉が悪いかもしれませんが、補佐次官のMK28はこの事件をきっと収めるはずです」

 

「ふたりがMY28とMA60の子孫だということは承知している」

 

「今後、大統領や戦闘用アンドロイドに『性』を施す手術ができるのは母親以上の技術を持ったこのMA70です」

 

「アンドロイドの医者であれば誰でもできる手術ではないのか?」

 

 Rv26は天を仰ぐと気を取り直して希望する。

 

「母親のMA60以上の技術を持っているのなら、俺を元の身体に戻して永遠にメンテナンスして欲しい」

 

「それは無理です。私はいずれ死にます」

 

「だったらあなたの子、MA71に、そしてその子のMA72……というようにメンテナンスを継続して欲しい。そのうち俺は大統領を首になるだろうが、ノロと再開できるまで俺を元の身体のまま生きながらえさせて欲しいのだ。頼む!」

 

 MA70は余りにも唐突な言葉を発して深々と頭を下げる大統領に後ずさりする。

 

***

 

[597]

 

 

 最高権力者になると独裁的な野望を持つのは世の常だが、Rv26の場合、権力に固執することなく、人間とアンドロイドを分け隔てることなく、しかも何回もの選挙で再選されて大統領職にあった。そして親衛隊員の拉致事件がきっかけで戦闘用アンドロイドは性手術を受けて大半が男のアンドロイドになった。少数派ではあったが女になった者もいた。アンドロイドで性を持っていないのはRv26ひとりになった。「英雄色を好む」というがRv26には無縁だった。

 

 選挙が行われてもRv26のほかに立候補者がいなかった。つまりそれほどRv26は大統領として絶対的な信頼を得ていたし、内政はもちろんのこと、五次元の生命体の残党も五稜郭に封じ込まれておとなしくしていたので政権は安定していた。だから九十九回も再選された。それに、この宇宙のほかの生命体はもちろんのこと、他次元の生命体からの攻撃に備えて宇宙戦艦の建造を含め地球防衛軍の整備はぬかりなく実行していた。ただしノロの惑星で生きながらえるサーチやホーリーたちと連携してのことだったが、それだけは秘密にしていた。

 

 最初は非常事態が折り重なったので十年余り務めたのでちょうど在位期間が五百年達して今度はちょうど一〇〇回目の選挙となる。やはり対立候補がいない選挙になりそうなので第一〇〇回記念選挙と銘打って地球連邦議会がRv26にひとつだけ公開質問状を突きつけた。

 

「いつまで性手術を受けないのか。受けるとすればそれはいつか?」

 

 今後五年間の施政方針演説の後、Rv26がこの質問に応える。この地球が平和を取り戻すまでの歴史を簡単に説明してから、ノロの存在について詳しく伝える。そしてノロと再会するまで性手術は受けない旨を明快に披露する。そして発信する。

 

[598]

 

 

 

「いくら何でもこれ以上、俺、いや私が大統領職にいることは百害あって一利なしだ。有能な補佐官がわんさといる。次の百一回目の選挙の前日に退任させて欲しい」

 

 これは一大事だった。人間もアンドロイドも青天のへきれきのRv26の言葉に揺れる。

 

「次の選挙まで五年ある。みんな知恵を絞ってこれからの地球を考えて新しいリーダーを育てて欲しい。もちろん協力は惜しまない」

 

***

 

 大統領選挙の規定によりRv26の任期が一年を切った時点で次の選挙で人間とアンドロイドの数人が大統領選に立候補することを表明した。もちろんRv26は立候補を辞退している。しかも次期大統領を指名することもないし、特定の立候補者を支援することもない。

 

 Rv26が最後の一年間の執務計画案をまとめていたとき、ホーリーからの連絡が入る。年に数回ノロの惑星の状況報告が入る程度で、遅々として復興が進まないこと、巻物の全容の解明がままならないことの報告が何百年も続いていた。毎回同じ内容なのでホーリーの報告を受け流していたが、今回の連絡は違っていた。

 

「なぜ、ノロの惑星が復活しないのか、やっと分かった」

 

[599]

 

 

「五百年以上もたってやっと分かったなんてどういうことだ」

 

「何でもそうだが、荒れた環境でも慣れれば天国だ。ノロの残した膨大な資料を解析するのに驚くほどの年月が経ったが……わああ!」

 

 突然通信が途絶える。

 

「どうした!ホーリー!」

 

 返事がない。そのとき大統領筆頭補佐官が執務室に入ってくる。

 

「この映像を見てください」

 

 執務室の天井に浮遊透過スクリーンが現れると五稜郭が映される。

 

「これは!いつの間に!」

 

 五稜郭自体が巨大なオニヒトデに見える。

 

「つい先ほどです」

 

 視力がいいRv26はその中に数えきれないほどの小さなオニヒトデがたむろしているのを確認する。小さく見えるが大きさは十数メートルもある。

 

「消えては現れている」

 

「五稜郭に外部からの侵入は?」

 

「ありません。逆にあのすべてが地球からノロの惑星に次元移動しています!」

 

 すぐさまRv26が確信する。

 

[600]

 

 

「全宇宙戦艦と戦闘機を使って五稜郭を攻撃しろ!」

 

 地球連邦軍に命令が伝えられる。

 

「この小型オニヒトデの次元移動はいつ始まった?」

 

「まったく気付きませんでした。地球連邦政府中央コンピュータが解析中ですが、何百年前から準備していたのかもしれません」

 

「甘かった!あのとき徹底的に叩いておけばよかった」

 

 Rv26が落胆する。

 

「絶えず五稜郭を戦車隊が警戒していました。大統領に落ち度はありません」

 

「そういうレベルの問題じゃない!時空間移動装置を回せ!」

 

「どうされるのですか。五稜郭の様子はここでも分かります」

 

「ノロの惑星に向かう!」

 

「大統領自ら地球を離れることは危険です。しかも時空間移動装置では……」

 

――こんなときにカーン・ツーがいてくれたら

 

「お前が大統領として指揮を執れ。大統領代行を命ずる」

 

「そんな!」

 

「どうせ俺の任期は残りわずかだ。今から練習しろ。またとないチャンスだ」

 

[601]

 

 

***

 

 時空間移動装置でノロの惑星の上空に来たRv26が驚く。てっきり灰色がかった紫色に被われていると想像していたが、目の前のモニターに映っているのは赤黒い惑星だった。あちらこちらで閃光が現れては消える光景にRv26が思わず声を上げる。

 

「ホーリー!」

 

 無言通信が使えないRv26には通信手段は無線だけだ。仕方ないのでアンドロイド特有の無線を発信する。

 

「誰かいないか?俺はRv26だ!ノロタン!聞こえるか!」

 

「Rv26?」

 

 返事がする。

 

「ノロタンか!」

 

「そうだ」

 

「今、惑星上空にいる。ホーリーは!」

 

「なんとか生きている。これ以上の通信はできない」

 

 一方的に通信が遮断される。

 

――ノロの惑星を攻撃しているオニヒトデ戦闘機のパイロットにアンドロイドがいるのか アンドロイド同士の通信は無言通信と違って多数対多数の通信が可能だ。

 

[602]

 

 

――戦闘用アンドロイドはすべて投降した……まさか五右衛門が……

 

 三太夫が寄生した五右衛門は四貫目に真っぷたつに切り裂かれて息絶えたはずだ。

 

「!」

 

 Rv26が操縦桿を引くと時空間移動装置が回転を始める。その時空間移動装置に強力なレーザー光線が接近する。軽いショックがRv26を襲うが、間一髪ノロの惑星の造船所跡に空間移動する。

 

「大統領」

 

 Rv26を呼ぶ声が届く。しかし、返事はしない。

 

「オレのことを知りたくないか」

 

 Rv26は堪える。

 

――このアンドロイド間の通信はノロの惑星のアンドロイドの海賊やノロタンにも届いているはずだ。気付いてくれ!

 

 Rv26は紙や燃えそうなものを探すと手にする。そして火を点けると時空間移動装置内が白煙に被われる。十分白煙が充満したところでドアを開ける。そのドアに向かって上空からレーザー光線が放たれる。大昔のRv26なら軽やかに飛び下りて攻撃を避けただろうが、ノロと同じ体型になったRv26の運動神経は人間で言えば小学生並みかそれ以下だ。

 

「わああ」

 

[603]

 

 

 なんとか地上に降りたが、残念ながら足からではなく頭からだった。しかし、造船所跡は五次元の生命体の攻撃で砂漠のようになっていたから幸いにも頭が割れるようなことはなかった。両足をバタバタさせてもがくが、なかなか立ち上がることができない。アンドロイドだから窒息死することはないが、尻をレーザー銃で撃たれて死ぬことだけは避けたい。だが通信で助けを呼ぶこともできない。

 

 上空にオニヒトデ戦闘機が現れる。やっと立ち上がったRv26が薄暗い空を見上げる。そしてあえて無線を送る。

 

「降参しても助けてくれないよな」

 

「お前には色々世話になった」

 

「それなら助けてくれ」

 

「傷みのないように片付けてやる」

 

「待ってくれ。お前は五右衛門?いや三太夫か?」

 

「そうだ」

 

「四貫目にやられたと聞いた」

 

「ワシは頭領だ。下忍の四貫目にやられることはない」

 

「ウソだ!四貫目に破れたのは事実だ」

 

 Rv26は自分の空間座標が知られているので遠慮なく通信を続ける。

 

[604]

 

 

***

 

 三太夫ほどの術者でも一生に一度の生死を分ける戦いを思い出して感傷的になることもある。Rv26の遠慮のない言葉に四貫目に敗れた限界城での戦いが脳裏を駆け巡る。

 

***

 

 レフトハンドがレーザー銃を連射するが、床に伏せながら五右衛門、つまり三太夫がカブトワリで反撃する。レフトハンドの鋼鉄の頭部をカブトワリがいとも簡単に貫通する。

 

「しまった!」

 

 アンドロイドの急所は胸だったことを忘れた訳ではなかったが、三太夫は咄嗟のことだったので人間と同じように頭を狙ったのだ。

 

「なぜ人間にこの身体を提供しなければならないのだ!」

 

 近づいたレフトハンドは叫びながら三太夫の胸当たりを踏みつける。逆にその足を取ってレフトハンドを倒してレーザー銃をもぎ取ると直接左胸に発射する。レフトハンドの身体から力が抜けて人形のように動かなくなる。

 

「三太夫に支配された五右衛門に俺たち戦闘用アンドロイドは騙されていた!」

 

 しかし、それは単なる言葉ではなくレフトハンドが渾身の力を振り絞って仲間に発した最後の通信だった。

 

[605]

 

 

四貫目もいなくなって静寂が周りを包んでから、更に時が経つと、息絶えたレフトハンドの身体に四貫目の攻撃で真っぷたつにされた三太夫の左半身の胸の部分が分離してナメクジのように近づく。

 

――この身体はまだ使用可能だ

 

 五右衛門の左半身の胸に寄生していた三太夫の脳からヨダレのような液体がにじみ出るとレフトハンドの左胸に侵入する。

 

「この身体を修復せよ」

 

 この光景に限界城の当主は恐れおののく。この時点で三太夫の精神力が一旦限界城を支配するが、ビートルタンクの攻撃を防ぐことはできなかった。再び当主との地位が逆転するが、三太夫はレフトハンドの身体の中でしぶとく生きのびる。それは四貫目に奪われた巻物を取り返す執念が強かったからだ。

 

――何としてもあの巻物を取り返さなければ

 

***

 

「どうした?返事がない。四貫目に破れたのがショックだった。そうだろ!」

 

 優れたワザというものは健全な肉体に宿るものだ。三太夫は忍者の世界では最高の術者だったが、肉体を失ってヤドカリのようにアンドロイドの身体を渡り歩くうちにそのワザは低下した。

 

[606]

 

 

だから四貫目に破れたのだ。しかし、三太夫にはその自覚はない。

 

「四貫目……」

 

 ここで三太夫はアンドロイド同士の会話がいかにして簡単に盗聴されるかということを完全に失念する。

 

「四貫目は?」

 

「生きている。それよりお前は四貫目にやられたあと、ほかの戦闘用アンドロイドの身体に脳を移して生きながらえたのか?」

 

 もはやRv26と三太夫の会話は筒抜け状態になっている。

 

「そうだ。ワシは不死身だ」

 

「しかし、四貫目は生身の人間でありながら生きている」

 

「血迷うたことを言うな」

 

 アンドロイドの身体を利用して生きながらえる三太夫にとって信じられないことだった。

 

「ワシを愚弄するのか」

 

 砂地のせいか大きさの割には体重が重いRv26が沈んでいく。そして埋もれてしまう。

 

「さらばじゃ。三太夫」

 

 さしものアンドロイドの通信も途絶える。Rv26が消えた辺りに粘りのある紫色の光線が届くと赤い砂が舞い上がる。

 

[607]

 

 

「さらばじゃ。Rv26」

 

 とどめを刺したと思い込む三太夫のオニヒトデ戦闘機が地表に近づく。

 

――四貫目を探しだして殺さなければ。アイツがあの巻物の内容を完全に理解する前に。だが、理解するのは不可能だろうが

 

 やがて砂塵が晴れる。そして何か黒いものが見えてくる。

 

「ビートルタンク?」

 

 オニヒトデ戦闘機が舞い上がると攻撃態勢に入る。しかし、それよりも早くビートルタンクの砲門が火を噴く。五本の翼のような足の一本が破壊されてオニヒトデ戦闘機ははじき飛ばされる。

 

「やられた!救助しろ」

 

 悲痛な三太夫の通信が響く。

 

***

 

「Rv26は無事か!」

 

 ビートルタンク内では乗務員が原形を留めていないRv26を囲んで心配する。

 

「やむ得ん。地下基地に戻るぞ」

 

 きりもみ状態で落下するオニヒトデ戦闘機をモニターで確認するとホーリーが命令を連発する。

 

[608]

 

 

「ケンタ。無言通信でミリンに連絡を!死にかけのアンドロイドの蘇生手術の準備を急げ」

 

 そして操縦席の海賊を押しのける。

 

「俺が操縦する。お前はRv26を固定しろ!」

 

 ビートルタンクが大きく揺れる。

 

――頑張れ、Rv26!俺がなんとかする

 

 その思いが届いたのか雑音のような声がする。

 

「ホ、ホーリー……サ、三太夫が、イ、生きている」

 

「分かっている。しゃべるな。すぐ蘇生するからシャットダウンしろ」

 

「ソ、ソウカ。知っていたのか」

 

 Rv26は安心したのか自らシャットダウンする。

 

「ホーリー、ありがとう……」

 

 大きな衝撃のあとビートルタンクが停止する。

 

「岩盤にぶち当たった。くそー」

 

 まったくハンドルが効かない。

 

「砲撃手!ビートル光線発射!」

 

「待ってください。地中で発射するのは危険です」

 

[609]

 

 

「命令だ!」

 

「分かりました!よーし、やるぞ!」

 

 砲撃手がニタッと笑うと続ける。

 

「シートベルト確認!3、2、1、発射!」

 

 さしものビートルタンクも自爆するようなショックを受ける。ホーリーは構わずアクセルを踏みこむ。ショックは収まり小刻みな揺れに変わる。

 

「もう一発!」

 

「発射!」

 

 今度のショックは弱い。

 

「さすがノロが造っただけのことはある」

 

 ビートルタンクは地中深く潜っていく。

 

「ケンタ!ミリンの返事は!」

 

 ケンタがハッとして我に返る。

 

「準備に取りかかったようです」

 

「重病人が誰か伝えたんだろうな」

 

「いえ」

 

「ちゃんと伝えろ」

 

[610]

 

 

 ホーリーは半ば気を紛らすようにケンタを叱責する。ケンタは気を取り直して冷静に無言通信をミリンに送る。そのときサーチからの無言通信が届く。

 

{ホーリー}

{無言通信はケンタに任せている。俺は忙しい}

 

 サーチが一言だけ返す。

 

{昔のRv26のチップセットを見つけたわ}

 

「昔の……?」

 

***

 

「オニヒトデ戦闘隊の攻撃が収まりました」

 

「油断するな」

 

「クワガタ戦闘隊に帰還命令を出しますか」

 

「半数を帰還させましょう。残りも順次入れ替えて帰還させます」

 

 サーチが命令を終えるとホーリーに近寄る。

 

「あの巻物に書かれていた宇宙戦闘艦の建造準備に取りかかったわ」

 

「ブラックシャークか」

 

「いいえ、ブラックシャークより大きくて戦闘能力の高い宇宙戦闘艦よ」

 

[611]

 

 

「そんな設計図があったのか」

 

「ええ。でも細部については分からないの」

 

「それじゃ、ホワイトシャークのようにブラックシャークの兄弟艦を造った方がいい」

 

「それがね」

 

 サーチがうつむく。

 

「ブラックシャークの設計図が黒く塗りつぶされているの」

 

「えー?」

 

「例のトリプル・テンの細かい粒子が原因なの」

 

「巻物にトリプル・テンが侵入したとでも」

 

「そう。私じゃなくてノロタンの見解なの」

 

「ノロタンか。そのノロタンは新しい宇宙戦闘艦の建造に賛成しているのか?」

 

「賛成どころかノロタンの命令よ」

 

「自信があるんだな」

 

「それがそういう雰囲気じゃないの」

 

 そのときRv26の蘇生手術が終わったことを伝える声が天井からする。ノロの惑星の中央コンピュータが威厳を持ってふたりに告げる。

 

「我々のスタッフに感謝する。Rv26は甦った」

 

 

[612]

 

 

 ホーリーとサーチが手術室に向かう。その足取りは軽やかだ。

 

***

 

 手術室は水蒸気で何も見えない。その水蒸気が部屋の隅の換気口に徐々に吸い上げられて視界が広がる。

 

「まさか!」

 

 鋼鉄製のベッドの上には湯気を上げる大きなアンドロイドが横たわっている。

 

「Rv26?」

 

「そうです。レトロな身体に戻りましたが、中身は最新型です」

 

 遅れて住職やリンメイやミリンやケンタたちが入ってくる。

 

「再起動に少し時間がかかります。最終プログラムのアップデートをしてからシステムの再構築をします」

 

「そうか。目を開くのが楽しみだ」

 

 ホーリーは元の大きな身体に戻ったRv26を眩しそうに見つめる。そんなホーリーの感傷に冷や水をかけるようなサーチの質問が手術スタッフに向う。

 

「性手術は?」

 

「性手術?」

 

[613]

 

 

 スタッフが首を傾げる。そのとき天井からノロタンの声がする。

 

「いずれするとしても今は不要だ」

 

「なぜなの」

 

 サーチが天井を睨む。

 

「オレはどうだ?」

 

「?」

 

「オレは男か女か」

 

「俺って言うんだから男でしょ?」

 

 これまでと違って天井から女の声がする。

 

「ワタシはどう?」

 

 サーチに代わってホーリーが応える。

 

「うーん、女とは言いにくいな」

 

「じゃあ中央コンピュータは?」

 

「コンピュータに性があるのか?」

 

「ないでしょうね」

 

 何か禅問答のような雰囲気に包み込まれる。こうなると当然住職の出番となる。

 

「ノロタンが言いたいことはこうじゃ」

 

[614]

 

 

 いつの間にかノロタンが手術室に現れると自信気に口を開いた住職はもちろんスタッフを含めた全員が倒れそうになるほどの衝撃を受ける。金髪で大きな口に口紅を塗って緑のつけまつげの、そして出っ張った腹より更に突出した大きな胸を揺らしながらミニスカートのノロタンがウインクする。

 

「ワタシ、ノロ子」

 

「気が狂ったのか!」

 

「正気だわん」

 

「悪い冗談は止めてくれ!気が狂う」

 

 しかし、こんな混乱した状態でもすぐ住職が平常心を取り戻す。

 

「この仮装は想定内じゃ。さてコンピュータには性はない。その端末にも」

 

 住職の言葉に落着きを取り戻したホーリーがノロ子と名乗ったノロタンに近づくとそのノロタンが倒れる。そして入口からノロタンの声がする。

 

「それは人形だ。でもオレが女装すると結構美人だろ」

 

「冗談にも……」

 

 ホーリーが拳を上げてノロタンに近づく。もちろん仕返しの冗談だが。

 

「落ち着け」

 

 住職の言葉にざわめきが収れんする。

 

[615]

 

 

「もう一度言う。よく理解してくれ。『コンピュータには性はない』その端末にも」

 

 誰もが頷くのを確認すると住職が続ける。

 

「そうすると、性能が良い悪いは別にして、コンピュータの中枢であるCPUに性はあるのか」

 

「もちろん、あるはずがない」

 

 ホーリーの意見を否定する者はいない。むしろ頷く。

 

「アンドロイドの脳はCPUだ。もちろん頭ではなく胸に埋め込まれているが」

 

 住職はベッドの上のRv26の分厚い胸を指差す。誰もが目を見開く。ホーリーを押さえてサーチが叫ぶ。

 

「性のないCPUがアンドロイドに埋め込まれると性を持ったアンドロイドが誕生した」

 

「ノロだ」

 

「本来、アンドロイドに性はないはずなのに、ノロは性を埋め込んだCPUあるいはチップセットを開発してそれを埋め込んだ」

 

「そんなことできるはずないわ!」

 

 元医師だったサーチとリンメイの声が共鳴する。そして続けて声を合わせる。

 

「でもアンドロイドには性がある」

 

「そう。さて巻物の記述、いやその内容を翻訳した例の本によると、こういう現象を……」

 

[616]

 

 

 サーチが興奮して住職の言葉を遮断する。

 

「どの本?本の番号は?住職がその本を持っているの!」

 

「落ち着きなさい。それよりこの現象は、一言で言えば『変異』じゃ」

 

 サーチを無視してホーリーが住職の正面に立つ。

 

「住職の言いたいことはこうか?例の本によればノロは自然界の『変異』を人工的に起こした。つまりCPUに人間と同じような遺伝子を組み込んで意図的に突然変異を起して性というものを発生させた」

 

 住職は頷くとリンメイが呟く。

 

「意図的に……?」

 

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