第百三章 大統領救出作戦


【時】永久0297年6月

【空】宇宙戦艦限界城大統領府付属病院

【人】ホーリー サーチ ミリン 四貫目 お松 Rv26 カーン・ツー ノロタン

   当主 五右衛門

 

***

 

「あれは!」

 

 ミリンが声を上げる。宇宙戦艦の艦橋の大型浮遊透過スクリーンに映った地球の異変に艦長席にドッカと腰を下ろしていたサーチも立ち上がる。

 

「中央コンピュータ!分析結果は?」

 

「主要都市すべてが炎上しています」

 

「炎上?」

 

 今度はホーリーが怒鳴る。

 

「首都は?」

 

「煙に包まれています」

 

 画面が首都上空からの映像に変わる。

 

[506]

 

 

「地球連邦政府との連絡は?」

 

「何度も試みていますが通信不能です」

 

 ここでミリンが半身で艦長のサーチを見つめる。

 

「カーン・ツーに無言通信を試みましたが、返答はありません」

 

 サーチは頷くと大きな声を出す。

 

「首都に向かいます。最大級の戦闘態勢を維持!」

 

「待ってください」

 

 中央コンピュータが自重を求める。

 

「酸素の濃度が異常です。よく見てください!」

 

「何だ……」

 

「ヒトデ戦艦」

 

「いえ。戦艦ではありません。ヒトデに似た形は同じですが、かなり小型です。それでも直径は二十数メートルもありますが……」

 

「何かを噴き出しているわ」

 

「分析中です」

 

 サーチが焦れる。

 

「分析終了。高濃度の酸素を放出しています」

 

[507]

 

 

 ここで静観していたノロタンが叫ぶ。

 

「どこからか大量の酸素の供給を受けている。火災を発生させてそこに酸素を送りこんでいる!」

 

「えー?何のために」

 

 サーチが戸惑う。

 

「いずれにしても異常事態だ。ビートルタンクの準備を!ホーリー行くぞ」

 

 そのとき異常なものが浮遊透過スクリーンに浮かぶ。数えきれないほどの五角形のパーツからなったどす黒い紫色の塊が現れる。ホーリーに近づいたノロが振り返る。

 

「限界城!限界城に違いない。復活した?」

 

「まさか!次元落ちして紙切れになったじゃないか!」

 

 ホーリーに続いてサーチが天井に向かって大きな声を上げる。

 

「中央コンピュータ!すぐ分析しなさい」

 

「分析するまでもなく、あれは限界城です。あの限界城からヒトデにものすごい量の酸素が絶え間なく供給しています」

 

 見ている者すべてが吐き気を催す。そしてガラスを引っ掻くような不快な音が艦橋に響く。間違いなく限界城だ。

 

「スピーカーを切って!」

 

[508]

 

 

 ミリンが叫ぶと艦橋が静寂に包まれる。気が付くとケンタがいない。艦橋の出入口に視線を移すとホーリーにオンブされたノロタンの背中が見える。

 

***

 

「準備は?」

 

「スタンバイ完了!」

 

 宇宙戦艦の艦底が開くと四台のビートルタンクが地上を目指して降下する。

 

「限界城だとすればどう対処したらいいのだ」

 

 ホーリーの懸念をノロタンは無視する。

 

「今はあのヒトデ型の移動物体を片付けるのが先だ!」

 

 しばらくすると薄黒い羽が広がって目にも留まらぬ速さで羽ばたく。すぐさま正方形の隊形を取ると大統領府を目指す。

 

「無言通信開始!」

 

 ノロタンの指示で操縦士はすべて無言通信ができる宇宙海賊が担当している。一対一の不便な通信だがアンドロイドに盗聴されることはない。正方形の隊形を徐々に広げて大統領府を取り囲むヒトデ型移動物体、つまりヒトデ戦車群を平面的に囲むとそのまま速度を落としてさらに下降する。

 

[509]

 

 

「二次元エコー発射!」

 

 ノロタンの命令をホーリーが残りのビートルタンクの海賊に無言通信で伝える。

 

{二次元エコー発射!}

 

 ビートルタンクの二股に分かれた砲塔が火花を発すると正方形の平面内に無数の直線が縦横に走っては消える。羽ばたきの衝撃波が加わって四台のビートルタンクを頂点とする正方形の平面内に存在するヒトデ戦車は立体性を失って桜の花のような紙切れとなってヒラヒラと空中で乱舞する。ビートルタンクは降下しながら二次元エコーを連続的に発射する。次々とヒトデ戦車が紙切れと化す。

 

「色が淡いピンクだったら桜吹雪に見えるわ」

 

 ミリンの感傷的な言葉を無視してサーチが命令を下す。

 

「クワガタ戦闘機発進!」

 

 再び艦底が開くと勢いよくオオクワガタそっくりの戦闘機がビートルタンクに向かう。

 

***

 

「このままでは同じことを繰り返すだけだ!」

 

 当主が叫ぶと五右衛門がいさめる。

 

「見苦しいぞ」

 

[510]

 

 

「しかし、何という攻撃だ」

 

「あの光線は二次元エコーだ。言うなれば次元落とし攻撃。三次元以上の次元の物質の次元を二次元化する恐ろしい武器だ」

 

「そんなことは百も承知だ」

 

 地上ではあちこちで火災が起きているが、紙のように舞いながら落ちるヒトデ戦車が一瞬のうちに燃え上がり消滅する。

 

「ビートルタンクが酸素攻撃隊に付きあっている間に大統領を拉致する」

 

「分かった。ヒトデ戦艦を使え」

 

「無用だ。時空間移動装置で十分。戦艦を使っても紙切れになるだけだ」

 

「五右衛門に任せる」

 

「当主は地球遙か上空に待機する宇宙戦艦の攻撃をしてくれ」

 

「たった一隻の宇宙戦艦など限界城にかかれば敵ではない」

 

「油断するな」

 

 五右衛門が当主に注意を促すとライトハンドに命令する。

 

「大統領拉致作戦を開始する」

 

「了解!」

 

[511]

 

 

***

 

 四貫目がお松と共に宇宙戦艦の時空間移動装置格納室に現れる。そして一番近い時空間移動装置に乗り込む。

 

{大統領のRv26と補佐官のカーン・ツー救出作戦を敢行します}

 

 通信内容が漏れないように四貫目が無言通信でサーチに確認する。すぐさまサーチから返信が届く。

 

「任せます。ただし無理しないように」

 

 お松が操縦席に座ると四貫目がカーン・ツーに向けて無言通信を送るが返信はない。

 

「通じない」

 

 四貫目の声にお松が不安そうにモニターを見つめる。そのモニターには炎上する大統領府が映っている。

 

「移動先をずらした方が」

 

 お松が四貫目の命令を待つ。

 

{カーン・ツー}

 

 再び四貫目が無言通信を送る。

 

{だ、誰だ。わ、私を呼ぶのは}

{四貫目だ。どこにいる?}

 

[512]

 

 

{大統領府、ふ、付属病院……}

{何!}

 

 急にカーン・ツーの無言通信が明瞭になる。

 

{大統領ともども大やけどで入院中だ}

{今すぐ救出に向かう}

 

 しかし、無言通信は途切れる。四貫目はカーン・ツーが最後の力を使い切ったと推測する。

 

{諦めるな!}

 

「移動先は大統領府付属病院だ」

 

「移動先の空間座標確定!空間移動します!」

 

 お松が力強く操縦桿を引くと格納室から時空間移動装置が消える。

 

***

 

 大統領府付属病院前に時空間移動装置が現れる。

 

「お松は残れ」

 

 ドアが開くと目にも留まらぬ早さで四貫目が病院に向かう。その病院から白衣の医師や看護師たちが四貫目の侵入を妨げるように悲鳴を上げながら出てくる。

 

「どうした!」

 

[513]

 

 

「武装した大柄なアンドロイドが病室を荒らしている」

 

――戦闘用アンドロイドか?まずい

 

 四貫目はひとりの看護師の腕を取る。

 

「大統領と補佐官のカーン・ツーはどこにいる」

 

「大統領は四〇四号室、補佐官は四〇五……」

 

 すでに四貫目の姿はなかった。その看護師が周りをキョロキョロするが思い出したように走り出す。四貫目は病院の外壁をよじ登って四階にたどり着くと窓を割って侵入する。幸いそこは薬品を保管する部屋で誰もいない。

 

 四貫目は天井の片隅をいちべつすると天井裏に通じる小さな真四角のドアを見つける。そして電磁ナイフを握るとそのドアに光線を発射する。ドアは消滅して天井裏に張り巡らされた手術に必要な気体や液体を各病室に送る様々なパイプを発見する。跳躍姿勢に入った四貫目の視線に茶色のガラス瓶のラベルの文字が飛びこんでくる。おもむろに薬品保管庫に近づいてそのガラス瓶を手にする。小さいのにかなり重い。特殊な長い袋にねじ込むとその袋を身体に巻きつけて固定する。そして飛びあがるが重いガラス瓶の影響か、いつもより四貫目の跳躍力が落ちている。

 

{カーン・ツー!}

 

 しかし、返信はない。

 

[514]

 

 

{返事をしろ!}

{し、四貫目か?}

 

 緊張感に満ちた無言通信が返ってくる。

 

{病院の四階の天井裏にいる}

{分かった}

 

 しばらくすると四貫目の横の配管から「カンカン」という小さな音がする。その配管に手を当てると四貫目は器用にその音源に向かって移動する。恐らくベッドに備え付けられた酸素吸入口をカーン・ツーが何かで叩いているのだろう。

 

{私の部屋には三人の戦闘用アンドロイドがいる}

 

 四貫目はてっきりカーン・ツーが瀕死の重傷を負っているものと思っていたが、戦闘用アンドロイドの侵入で無言通信を中止したことが分かって安堵する。

 

{無言通信の自由度は?}

{私の部屋の位置は分かったのか}

 

 カーン・ツーは返事に代えて確認する。

 

{もちろん}

{さすが}

 

 ベッドに寝ている全身包帯だらけのカーン・ツーが病室の戦闘用アンドロイドに声をかける。

 

[515]

 

 

「お前らバカだな。まったく動けない人間ひとりに三人も貼り付くなんて」

 

「バカとは何だ」

 

「バカをバカと呼んで何が悪い」

 

 戦闘用アンドロイドがベッドに近づく。そのとき天井の一角が開くと四貫目が音もたてずに降りる。それを見たカーン・ツーが大きなうめき声をあげて反対側に寝返りを打つとベッドから転げ落ちる。

 

「痛い!」

 

 その瞬間四貫目の電磁忍剣が白く輝いて空を切る。三人のアンドロイドの胸の辺りがずれて床に落ちる。下半身は直立したままだ。

 

「大統領はどちらの隣の部屋にいる?」

 

 カーン・ツーは自力で立ち上がると目線で応える。

 

「大丈夫か」

 

 カーン・ツーは戦闘用アンドロイドが肩にぶら下げていたライフルレーザーを手にするとニヤリと笑う。

 

「死ぬほどの大やけどだったが、私も生命永遠保持手術を受けている」

 

 四貫目は跳躍して天井裏に戻るとカーン・ツーが会話を無言通信に変更する。

 

{私は廊下に出て大統領のいる病室のドアを打ち破る}

 

[516]

 

 

 カーン・ツーは施錠を外してドアをスライドさせると廊下に出る。そして警戒にあたる戦闘用アンドロイドをライフルレーザーで仕留める。そして隣の部屋のドアの取っ手を破壊すると床に伏せてライフルレーザーを発射する。

 

 病室内ではドアに向かう戦闘用アンドロイドの背後から四貫目が電磁忍剣で切り捨てる。Rv26が自力でベッドから降りると床に転がっているライフルレーザーを手にする。

 

「動けるか」

 

「俺の身体はヤワではない」

 

{お松!俺が潜入した四階の窓に時空間移動装置をサイレントモードで横付けしろ}

 

 窓の外で四貫目でさえかすかにしか聞こえないほどの時空間移動装置の回転音がする。窓を電磁忍剣で割ると時空間移動装置の回転が止まって開いたドアに向かって四貫目が飛び移る。ドア越しにRv26の腕を取ると中に引き入れる。地上では異常に気付いた戦闘用アンドロイドが次々とライフルレーザーを時空間移動装置に向けて構える。それより先にカーン・ツーが応戦する。Rv26のライフルレーザーをもぎ取ると四貫目も地上に向けて発射する。

 

{カーン・ツー。飛び乗れ!}

 

 カーン・ツーはライフルレーザーを投げ捨てると飛びあがる。四貫目はライフルレーザーをくるりと背中に回すとカーン・ツーの身体を引きよせて時空間移動装置内に放りこむ。そのとき四貫目の背中に地上からのレーザー光線が命中する。体勢が乱れるが身体を丸めて跳躍してRv26がいた病室に逃げこむ。

 

[517]

 

 

{兄者!}

{ドアを閉めろ。宇宙戦艦に戻れ!}

 

 四貫目は窓から地上に向けてライフルレーザーを乱射する。

 

{何をしている。大統領を宇宙戦艦に!}

 

 時空間移動装置のドアが未練を残して閉まると回転が始まりすぐ消える。

 

[518]