第百六章 限界城の限界


【時】永久0297年6月

【空】地球限界城宇宙戦艦

【人】四貫目 お松 ホーリー サーチ ミリン Rv26 ノロタン

   当主

 

***

 

「縮む!」

 

「なぜだ!」

 

 当主が絶叫する。

 

「得体のしれない物質が限界城を包み込みました」

 

「分析しろ」

 

「分析中です」

 

***

 

「何だ!あの紫色の巨大な雲のようなものは」

 

[560]

 

 

 限界城を捉えたビートルタンク内のホーリーがモニターを見て興奮する。

 

「正五面体を押し潰したような形をしている」

 

「よく見ろ!それそれの頂点から角のような突起物が!」

 

「その先が枝分かれしてヌルヌルしているな感じがする」

 

 一方同じ映像を艦橋の浮遊スクリーンで見ていたサーチがお松に向かって叫ぶ。

 

「四貫目との無言通信は?」

 

 お松が首を横に振ったとき中央コンピュータの緊張感ある声が天井で響く。

 

「本艦近辺に複数の時空間移動装置が到着します」

 

 Rv26が冷静に指示する。

 

「最大の防御態勢を取れ」

 

 お松が叫ぶ。

 

「四貫目から無言通信が入りました!」

 

 そのあとお松は涙を流しながら四貫目の無言通信を受ける。

 

{移動座標軸がずれた。ほかの時空間移動装置には戦闘用アンドロイドが乗っている。今は味方だ}

 

 お松はそのまま報告するとすぐさまRv26が指示する。

 

「まず戦闘用アンドロイドの時空間移動装置の回収を急げ。その間に四貫目に具体的な報告を促せ」

 

[561]

 

 

 最初の言葉に反発しながらもサーチは後半の指示に強く納得する。

 

――こんな対応、私にはできない。私ならきっと四貫目の収容を優先するわ

 

 次々と入る四貫目の情報に中央コンピュータは大忙しで、その分析結果にRv26も耳を赤く輝かせる。

 

***

 

 これとは対照的に限界城の当主は自ら判断するどころか情報の取捨選択もできない。

 

「限界城が五次元の世界に戻ろうとしています」

 

「あり得ん!限界城は五次元空間を持ったまま三次元の世界に限定的に存在することが許された城だ。簡単に五次元の世界に戻ることはできない」

 

「ますます縮んでいます。元の大きさの約半分に縮小しました」

 

 五次元モニターに映る限界城全体の姿に当主が驚きの声を上げる。

 

「おかしい」

 

「黒い」

 

「紫色の輝きがない」

 

「あれは?」

 

[562]

 

 

 黒い限界城の近くに黒光りした飛行体が現れる。全部で四体見える。

 

「アップしろ」

 

「ビートルタンク?」

 

***

 

「攻撃開始!」

 

 限界城を包囲する正方形の隊形を取りながら、すべてのビートルタンクの砲塔から断続的に細かい光が発射される。粉のような光が四枚の五角形の板を形成すると回転しながら限界城に向かう。無数の突起物から粘りがある紫色の光線が発射されて光の板に粘着するが、回転しているため吹き飛ばされてしまう。

 

 以下の記述は二次元エコーのわずか一秒もかからない攻撃の超スローモーション映像を表現したものだ。

 

 厚みが一ナノもない鋭い巨大な手裏剣のように回転する光の円盤が限界城をスライスして通りぬける。四つの光の巨大手裏剣はブーメランのように反転すると再び限界城に向かう。そして再びスライスする。スライスの幅はナノ単位で観測できないほど狭い。この繰返しが一秒間に何兆回と繰り返される。そして限界城は次元落ちして三次元の城と二次元の城に分離される。二次元部分は紙に書かれたような城となって空中をヒラヒラとさまよう。そして周りの熱気で

 

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引火して燃え上がる。

 

「やった!やったぞ」

 

 ホーリーが飛びあがるとすぐサーチに無言通信を送る。

 

***

 

「これが次元落ちか」

 

 当主の姿が初めて三次元化された限界城の中に現れる。その姿は不思議なことに人間に近い。それは長期間近くで戦闘用アンドロイドと接していた影響かもしれない。

 

「これが三次元の生命体として生き続ける姿なのかもしれない」

 

 誰かが当主に食いつく。

 

「こんな身体は耐えられない!五次元の世界から助けは来ないのですか」

 

「可能性は高い。だからここは耐えなければならない」

 

 悠長な会話にほかの誰かが叫ぶ。

 

「次の攻撃でこの三次元化した限界城も消滅します!」

 

「しかし、なぜ五次元の生命体が下等な三次元の生命体に負けたのだ」

 

「落下します」

 

「床に弾力性があるから何とかなる」

 

[564]

 

 

 統率の取れない会話が続くなか限界城が大きなショックと共に激しく揺れる。三次元の身体になった五次元の生命体は一旦浮きあがった後床に強く叩きつけられる。うめき声がする中で先ほどの発言者がなんとか声を上げる。

 

「床がスポンジのようだ」

 

 依然、城内は真っ暗だ。

 

***

 

「真っ黒な五角形の城。まるで五稜郭のような城だわ」

 

 地上に着地した限界城を眺めてサーチがミリンに話しかける。

 

「その昔、西暦の世界の北海道で瞬示と真美の探索作戦中に函館という街でこれと同じような城を見たことがあるわ」

 

「永久の世界の函館には存在しているの?」

 

「今、存在することになったわ。でも堀はないし真っ黒だわ」

 

 横にいた四貫目がサーチとミリンの会話に割って入る。

 

「どうもトリプル・テンという物質が限界城の機能を奪ったようです」

 

 サーチはミリンから首ごと四貫目に視線を移す。言葉を待たずに四貫目が続ける。

 

「大統領付属病院の薬品保管庫に忍び込んだとき、回復剤の瓶によく似たガラス瓶を見つけた。ラベルには『トリプル・テン』と書かれていたがその瓶は非常に重かった。咄嗟に袋に詰め込

んで腹に巻きつけたが人ひとりを抱えているような感じがした」

 

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 そのあと三太夫の攻撃でトリプル・テンが限界城の床に落ちたことを手短く説明する。そして四貫目が巻物をサーチに献上する。

 

「この中にトリプル・テンという不思議な物質の記載を偶然見つけました。余りにも膨大な文字数故、一部しか読んでおりませんが」

 

 サーチが巻物をミリンに手渡すと告げる。

 

「中央コンピュータ室へ行ってこの中身を分析するよう伝えなさい」

 

 Rv26が四貫目を促す。

 

「トリプル・テンとは?」

 

「硬度はダイヤモンドの十倍。それでいて柔らかい。ところが比重は金の十倍で二百。しかも硬いのに流動性比重が十で水のような滑らかさを持つ不思議な物体。このみっつの十というキーワードからトリプル・テンと名付けられた。三次元以上のどの次元の世界にも存在するらしい」

 

「あの巻物にそんなことが書かれていたの?」

 

「そうです」

 

「ご苦労でした。すぐ医務室に行って検診を受けてください」

 

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「ありがとうございます」

 

 お松が寄りそうと四貫目を医務室に連れて行く。

 

「どこで手に入れたのか聞くのを忘れていたわ」

 

 サーチが苦笑いするとRv26が船長席にサーチを招く。

 

「艦長を返上して地球に戻る」

 

「限界城は?」

 

「五次元という名の外堀も内堀も失った限界城は丸裸同然。クワガタ戦闘機で十分だ。投降するかどうか確かめてから攻撃すればいいだろう。ホーリーに帰還命令を!」

 

 Rv26が艦長として最後の指示を出すとサーチが艦長席に座って復帰第一号の命令を下す。

 

「ビートルタンクに帰還命令を。受入体勢を取りなさい。そしてクワガタ戦闘隊に限界城攻撃命令を!まず投降を促すように」

 

 すぐさま艦橋天井スピーカーからホーリーの声がする。

 

「帰還します」

 

 艦橋が歓喜に湧く。誰もが笑顔でサーチを、そしてRv26やノロタンを見つめる。そのRv26がノロタンに近づく。

 

「どう思う?」

 

「多分……」

 

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 そのときミリンの興奮した声がスピーカーから流れる。

 

「今、医務室にいます。四貫目の腹部に奇妙なホクロが!」

 

 サーチが立ち上がるとそのまま医務室に向かう。両足をフル回転させてRv26とノロタンが続く。

 

***

 

「どこ?」

 

 サーチが四貫目の横に立つ。

 

「ここです」

 

 ミリンが指差す四貫目の脇腹をじっと見つめるがサーチにはよく分からない。

 

「針の先ほどの……」

 

「あっ!」

 

 やっとサーチが納得する。

 

「これがホクロ?どこが問題なの?」

 

「全身スキャン検査で引っかかりました。そのときの画像です」

 

 ミリンが説明を始める。

 

「別に異常はないように見えるけど」

 

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「拡大します」

 

「穴が……」

 

「小さい穴ですが……特殊な異物がめり込んでいるという警告が出ました」

 

 ミリンの説明にサーチがけげんな表情をする。

 

「毒物なら早く取り出さなければ」

 

「毒や細菌ではありません。こんなに小さいのに鉄のボールぐらいの重さがあるのです」

 

「傷みは」

 

 四貫目が首を横に振る。

 

「四貫目の身体にめり込んだのはこのホクロひとつなの?」

 

「はい」

 

 取りあえず異物を皮膚の表面まで移動させたもののこれから先の処置について不安を感じてミリンはサーチを呼び出したのだ。Rv26がおもむろに切りだす。

 

「トリプル・テンだ」

 

「貴重なトリプル・テンのサンプルになる」

 

 ノロタンが追従する。すると四貫目が頷く。

 

「これが限界城の床に落ちて薄く広がった。そのあと限界城が縮まった」

 

「そうか。強化ガラス容器と精密ピンセットの準備を」

 

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 ノロタンの指示にミリンが応じる。しばらくすると強化ガラス容器と精密ピンセットを手にしたミリンが作業にかかる。

 

「慎重につまんで容器に入れるんだ」

 

 ミリンがピンセットで直径0・1ミリもない小さな黒い粒を慎重に摘まむ。

 

「重いわ!」

 

 覚悟はしていたが、感覚を上回る重さにミリンの手が震える。なんとかサーチが持つ容器にトリプル・テンを落とすとサーチの手が十センチほど下がる。感覚的にはホコリを容器に入れただけなのにずっしりとした重みを感じる。

 

「この違和感。それが問題なのかもしれない」

 

 ノロタンはこの物質、つまりトリプル・テンの本質を予言する。しっかりとフタをしたサーチが天井に向かって命令する。

 

「これを分析しなさい」

 

「今、巻物を分析中です」

 

「進捗状況は?」

 

「四パーセントです」

 

「まだ、四パーセントなの」

 

「非常に複雑です。しかも中心部には得体のしれないエネルギーが充満しています。最後まで

 

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分析できないかもしれません」

 

「弱音を吐くな!」

 

 ノロタンが怒鳴る。

 

「地球の中央コンピュータに分析させれば?」

 

 Rv26がサーチの意見にすぐ賛同する。

 

「そうしよう。私の目的地へ」

 

 サーチが医務室から直接命令を下す。

 

「大統領府へ!」

 

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