第九十三章 オニヒトデ


【時】永久0297年5月

【空】ノロの星(居酒屋)

【人】ホーリー サーチ ミリン ケンタ 住職 リンメイ MY28 MA60

   マスター(最長) (フォルダー)

 

***

 

 居酒屋のドアを開けるとマスターがいがらっぽい声でホーリーたちを迎える。

 

「い、いらっしゃい」

 

「この間は酔いつぶれて迷惑をかけたな」

 

 にこりともせずマスターがアゴでカウンターの奥を示す。その付近はなぜか薄暗くて大柄な男がひとりでグラスを傾けているのは分かるが、誰だかは分からない。

 

 マスターが全員カウンターに腰かけたのを確認すると注文を伺う。

 

「俺は酒だ」

 

「オレは樽酒」

 

「私はジュース」

 

[312]

 

 

 メニューを見つめるケンタを無視してミリンが追加する。

 

「ジュースはふたつ」

 

「わしは反省して抹茶にする」

 

 するとリンメイが住職を冷やかす。

 

「仏に仕えるものがアル中になったら示しがつかないものね」

 

「これ、リンメイ。からかうのもほどほどに」

 

「私はMA60とMY28とその赤ちゃんを祝してシャンパンにするわ」

 

「ジュース取消!私もシャンパンにする。ふたつね」

 

 マスターの様子がおかしい。いつもなら明るく笑いながら応答するのになぜか黙ったままだ。しかし、手さばきだけは確実で、お猪口、シャンパンとグラスを差しだすと燗酒と抹茶の準備にかかる。

 

 相変わらずカウンターの奥では黙って男がグラスを傾けている。一番近いところに座ったホーリーは背中を向けているのでその男が見えない。

 

「マスターいいかな」

 

 返事がないのでホーリーが続ける。

 

「マグロの刺身を」

 

 やっと返事がする。

 

[313]

 

 

「ありません」

 

「マスター。どうした?今日はやけに暗いな」

 

「海辺でヒトデが異常発生している」

 

「ヒトデ?」

 

「次々と珊瑚を食い荒らしているらしい」

 

「それとマグロと関係があるのか」

 

「マグロだけでなく不漁だそうです。ノロの惑星始まって以来の異変です」

 

「知らなかった」

 

 サーチも首を横に振る。この話はここで中断する。数日前に比べて何か雰囲気がおかしい。めでたいアンドロイドの赤ちゃんの誕生を肴に乾杯しようともくろんだホーリーの試みが頓挫する。それでもミリンがシャンパンの栓をポンと抜くと目の前に並べられたグラスに注ぐ。

 

「MA60とMY28とその赤ちゃんに乾杯!」

 

 ミリンの明るさを持っても場がしらける。そのとき店の奥から声がする。

 

「ノロは?」

 

 その言葉に誰もが視線を移すとホーリーが代表する。

 

「ノロのことを知っているのか」

 

「もちろん」

 

[314]

 

 

「失礼だが……!」

 

 ホーリーは言葉を切って立ち上がると身体を反転させる。男の顔がゆっくりと上がる。

 

「フォルダー!」

 

「待て!ホーリー」

 

 素速くマスターがカウンターから出てふたりの間に割り込む。すぐさま男が立ち上がるとマスターを睨み付けて低い声を出す。

 

「マスター。いや、最長」

 

「!」

 

 今度はマスターに視線が集中する。

 

「なぜ今まで気付かなかった?」

 

「よく似ている」

 

 マスターがにわかに笑い声をあげる。

 

「そういうお前こそ、フォルダーじゃない」

 

 にわかにマスターと男の身体が冷たく燃え上がる。

 

***

 

 フォルダーそっくりの男がマスターを見つめたまま持ったグラスを握りつぶす。素手にもかかわらず出血しない。思わずホーリーが叫ぶ。

 

[315]

 

 

「逃げろ!」

 

 そしてマスターを押しのけて男の胸ぐらを掴む。

 

「誰だ!おまえは!」

 

 次の瞬間、ホーリーはカウンター壁に投げとばされる。

 

「ホーリー!」

 

 サーチがホーリーに駆けよる。

 

「に、逃げろ」

 

 何とか体制を整えたホーリーがサーチに近づく男に立ちはだかって背中で怒鳴る。

 

「ミリン!ホワイトシャークに連絡しろ!」

 

 男の右腕が大きく半回転するとホーリーは床に打ちつけられる。サーチは無意識のうちに腰に手を当てるがレーザー銃はない。武器はすべてホワイトシャークに置いてきた。ノロの惑星にいる限り武器の携行は不要だったからだ。

 

 男がホーリーを踏みつけてサーチに近づく。サーチが背中で叫ぶ。

 

「早くホワイトシャークに」

 

 男の太い腕がサーチの顔面に伸びる。咄嗟にかわして両手をその腕に絡めながら右足で男のヒザを払う。見事、男を倒すが、絡めたままのサーチの両腕が男の両手で締め上げられる。

 

[316]

 

 

「ぎゃー」

 

 サーチの短い悲鳴とともに骨が折れる不気味な音がする。男は顔をあげると両目を大きく見開く。そしてドアに向かうミリン、ケンタ、住職、リンメイの背中に光線を発射する。そのときマスターがいつの間にか手にした焼酎の一升瓶で男の顔面を殴りつける。光線に高純度のアルコールが引火して男が火だるまになる。

 

「逃げろ!」

 

 ホーリーやサーチを助けようと戻りかけたケンタや住職を制してマスターは次々と一升瓶を男に投げつける。男の服が焼け焦げると鋼鉄製の身体が現れる。一升瓶が尽きるとマスターはウイスキー、ブランデーと休むことなく瓶を投げつける。その順番は安い酒から高い酒へと替わるのに疑問が残るが、男の動作が緩慢になる。その間にホーリーはサーチを抱き上げて居酒屋を出る。

 

「ホワイトシャークと連絡が取れない!」

 

 悲痛なミリンの声のあとケンタが絶叫する。

 

「あれは!」

 

 ここに来る前は晴れ渡っていたのにどんよりと曇っている。よく見ると空には灰色の正五角形の巨大な物体が数えきれないほど浮かんでいる。そして背後で大爆発が起こる。振り返ると居酒屋が炎上している。

 

[317]

 

 

***

 

「造船所へ!」

 

 サーチを抱えたホーリーが促す。

 

「マスター、じゃない、最長は大丈夫かしら」

 

 サーチはホーリーの腕の中で炎に包まれた居酒屋を気にする。

 

「最長のことだ。心配するな。それより腕は?」

 

「大丈夫と言いたいけれど……。あの男はフォルダーじゃないの?」

 

「フォルダーじゃない」

 

「いったいどうなっているの。マスターだと思ったら最長だし、フォルダーだと思ったらそうじゃなかった」

 

「無駄口を叩くな」

 

 周りが更に暗くなっている。上空は前にも増して正五角形のねっとりとした巨大な物体が何重にもひしめきあっている。燃え尽きようとする居酒屋付近の光だけが頼りだった。

 

「まるで真夜中みたい」

 

 ミリンが言うとおりお互いの顔どころか、足元さえ見えなくなる。

 

「ホワイトシャーク!応答しろ!」

 

[318]

 

 

 声とその通信器の赤いLEDの輝きで辛うじてケンタのいる場所がなんとか分かるほどの周りが真っ暗になる。居酒屋まで送ってくれたエアカーをドックに戻したことを後悔しても仕方がないのにサーチが悔やみながら震える。

 

「寒いわ」

 

 この辺は砂漠で陽が落ちれば零度以下になることもある。

 

「こんなことになるんだったら、丼鉢で酒を飲んでおくんだった」

 

「つまらない冗談はやめて」

 

 サーチがホーリーをたしなめたとき背後からザクザクという音が聞こえてくる。振り返ると燃え尽きる寸前の居酒屋の残光を背にした大柄な人間が近づいてくる。

 

「最長?」

 

 サーチが呟いたのと同時に目も眩む光線が向かってくる。

 

「伏せろ!」

 

 ホーリーが絶叫する。伏せた身体のほんの数センチ上を光線が通過する。

 

「キャアー」

 

 ミリンの髪の毛から炎が上がると異様な臭いが充満する。ケンタが必死になってミリンの頭を払う。

 

「ミリン!」

 

[319]

 

 

 サーチとホーリーが同時に叫ぶとケンタが応える。

 

「大丈夫!」

 

 そのとき最長の声が直接全員の頭に響く。次元通信だ。

 

【しゃべるな。音声を頼りに攻撃している】

 

 最長に問いたいことがあるが、次元通信は人間には使えない。

 

{無言通信を使え}

 

 ホーリーが個々に無言通信で指示する。

 

{全員の安否を確認しよう}

 

 あくまでもホーリーの冷静な無言通信が、サーチに、ミリンに、ケンタに、住職に、リンメイに次々と届く。

 

 了解した旨の返事が戻ってくるとホーリーはひとまず無言通信を止める。最長に対する通信手段がない以上、この砂の上で腹這いの姿勢を継続する以外なんの手立てもない。要は万事休すなのだ。そのとき、再び最長から全員に次元通信が届く。

 

【MY28が昆虫のような形をした戦車で救出に来る】

 

 続いて懐かしい声がケンタの通信機に届く。MY28だ。

 

「皆さんの位置情報は最長からの連絡で確認済みです。大型戦車でそちらに進行中。今しばらく……」

 

[320]

 

 

 雑音となってMY28の通信が途切れるが、すぐさまホーリーに最長からの次元通信が入る。

 

【MY28の救出隊は地下に潜った。連絡を取ることができない】

 

 しかし、暗闇に慣れた視線を空に向けると明らかに天空が低くなってまるで天井に押し潰されるような圧迫感に声も出ない。しかもザクザクという音が背後から迫る。天空では絡まり合った無数の正五角形の頂点が紫色にグレーの絵の具を混ぜ合わせたような不気味な輝きを放つ。そして天空はその色に支配される。お互いの顔がくすんだ紫色に変色する。ホーリーは地面に這いつくばったまま、ザクザクという大股で近づいてくる足音の方向を見て思わず叫んでしまう。

 

「フォルダー!いや、違う。逃げろ!」

 

 ホーリーに向かって正確に光線が向かう。ホーリーは身をひるがえすとすかさず跳躍して難を逃れるが、砂地に足を取られて転んでしまう。ゼイゼイという息の音を止めるためにホーリーは砂を口に含んで呼吸を止める。

 

――これまでか

 

 もう声を頼りに攻撃しなくてもホーリーたちの姿はフォルダーそっくりの大男に見えているはずだ。ホーリーが頭を上げるとその大男の目が輝いている。

 

――フォルダーじゃないとしたらいったい誰だ

 

 その男とホーリーの距離が詰まったとき、突然背後に巨大土偶が現れるが誰も気付かない。

 

[321]

 

 

一方、大男の視線がグーンと上がる。しかし、狼狽えるどころか耳をつんざくような大きな声を上げる。

 

「お前は何者だ!」

 

 この言葉で初めてホーリーたちが巨大土偶に気付く。

 

――最長の仕業か!

 

 ホーリーの直感どおり最長が苦肉の策として巨大土偶を時空間移動させたのだ。その巨大土偶の視線はまっすぐあの男に向かっている。見降ろす巨大土偶の視線と見上げる男の視線が激しくぶつかる。いくら大柄だといっても身長三百メートルもある巨大土偶から見ればアリのような存在にしか過ぎない。巨大土偶の目が黄色に輝くと男はひるむどころか同じように細い両目を輝かせる。

 

「危険だ!」

 

 ホーリーの直感が言葉になるが対処のしようがない。足元は乾いた砂地で歩くことも困難だ。しかも、こともあろうか、その足元の砂が崩れるように渦を巻くと蟻地獄の穴のようになる。

 

「きゃあ」

 

 ミリンとリンメイが悲鳴を上げる。と同時に巨大土偶の目から、そしてあの男の目から光線が発射される。巨大土偶に比べればアリの目のような小さな目から想像を絶する大量の光線が巨大土偶からの光線を遮断する。ちょうどホーリーたちの頭上で双方の光線がぶつかり合って炸裂する。

 

[322]

 

 

「見るな」

 

 この光の錯綜を見るということは太陽を直接見るようなものだ。しかし、幸いなことに、いや、不幸なことに、ホーリーたちは蟻地獄の中心に向かって滑り落ちて足元こそ気になるが、上方を見る余裕などない。その穴の中心から二股に分かれた黒い槍のようなものが迫ってくる。この穴は巨大な蟻地獄のテリトリーなのかもしれない。その黒い槍の真ん中には蟻地獄の口があって容赦なく全員を呑みこもうとしているのかもしれない。

 

「ホーリー」

 

「サーチ」

 

「ミリン」

 

「ケンター」

 

「リンメイ」

 

「あなた!」

 

 それぞれが死を覚悟して愛する者の名前を呼びあう。その声も消えて地上では巨大なエネルギーが周辺に拡散されて乾いた砂さえ燃え上がる。ホーリーたちは砂地獄に落ちなくてもこの熱で一秒たりとも生きることはできなかった。

 

[323]

 

 

***

 

「身の程知らずが」

 

 最長が巨大土偶の足元で真っ赤に燃え上がる鋼鉄製の球体を見つめる。

 

「それにしても、小さい身体でよくもあんな強力な光線を発射できたものだ」

 

 最長は改めて巨大土偶を見上げる。そして時折赤い炎をチョロチョロとあげる丸い鋼体に背を向けてホーリーたちが消えた穴の辺りを見つめる。

 

――無事救出されたか?

 

 最長が次元通信を試みようとしたとき、先が割れた黒い長いものがその穴の中心から現れる。

 

「この世界には不思議な生物が一杯いる。ノロが地球から方舟でこの星へあらゆる生命体を運ぼうとした気持ち、分からんでもないな」

 

 やがて艶やかな黒い頭部が現れる。

 

「ブラックシャークもそうだが、ノロは地球の動物に似せて物を造るのが得意のようだ」

 

 最長はホーリーたちが無事だと確信して穴から出てくる物体を眺めながら三次元の世界のデータを検索する。

 

「カブト虫というのか」

 

 そのカブト虫のような物体の下には無限軌道のキャタピラが砂地に開いた穴の急斜面を苦もせずに這い上がって全容を現す。そして屈強の一言に尽きる戦車が最長に近づく。頭部のハッチが開くとMY28が顔を出す。

 

[324]

 

 

「ホーリーたちは?」

 

「四台の戦車に分乗しています。かなりの砂を呑みこんでいますが、無理矢理口から回復剤を流し込みました。しばらくすれば気を取り戻すはずです」

 

「それはよかった」

 

 MY28は上半身を最長に向けて深く頭を下げる。

 

「ありがとうございました。ホーリーに代わって礼を申しあげます」

 

「なーに。ノロからの借りのほんの一部を返しただけだ」

 

 MY28は最長のかなり後方で赤黒く輝く球体を見つめる。その視線を追った最長がMY28の疑問の視線に応える。

 

「フォルダーそっくりのアンドロイドだろう。しかし、強力なエネルギーを保有していた。かなり危険な敵だ」

 

「えっ!」

 

 MY28が大きな声でハッチの中に向かって大声をあげる。

 

「前方の球体の温度を計測しろ!それに内部の状態を分析しろ!」

 

 MY28の両耳が激しく点滅する。そして最長に向かって叫ぶ。

 

「離れてください!」

 

[325]

 

 

 そのあとの声は冷静なトーンに戻る。

 

「あの球体に放水しろ」

 

 そのとき、赤から錆びた赤黒い色に変化した球体がMY28の搭乗する戦車に向かって転がってくる。その瞬間カブト虫の角の形をした砲塔から勢いよく水がその球体に向かって放水される。すぐさまMY28はハッチを閉めて戦車内に身を隠す。球体が白い水蒸気に包み込まれると同時にブスブスという音をたてたあとつんざくような大音響を残して爆発する。その周りの砂を取りこんだのか砂塵が舞い上がり、まったく何も見えなくなる。

 

 瞬間的に次元移動して巨大土偶の頭の後ろ側に身を潜めた最長が驚く。

 

「アイツは死んではいなかった!」

 

 ハッチを開けて周りの様子を確認しながらMY28が応える。

 

「そのアイツは戦闘用アンドロイドです。彼は先祖返りして命を永らえたようです。恐るべきアンドロイドです」

 

「先祖返り?」

 

「推測です。アンドロイドは球体で生まれるのです」

 

「何!」

 

「つい先ほどそのことが分かりました」

 

 六次元の生命体の最長も絶句したままだ。

 

[326]

 

 

「ワタシの妻MA60が出産しました。丸い可愛い赤ちゃんでした」

 

 ここで最長が割り込む。

 

「やはり、アンドロイドは子を造る能力があったのか。私の布教に間違いはなかった(第三編第七〇章誘惑の布教)」

 

 砂塵が消えた地表に最長が降り立つとMY28を見上げる。

 

「その話はいつか聞いたことがあります。今データライブラリーを検索する時間はありません」

 

「しかし、自分の子の形を見た経験だけで丸くなった戦闘用アンドロイドの反撃を予想したのなら、人間以上の素晴らしい能力をMY28は持っていることになる。それに比べ……」

 

 最長が巨大土偶を見上げる。

 

「しかし、巨大土偶はあなたを爆風から救ってくれた」

 

「そういうことにしておこう」

 

 最長がぎこちなくMY28に微笑むと、MY28も同じくぎこちなく微笑み返す。初めて六次元の生命体と三次元のアンドロイドの間に友情が生まれた瞬間だった。

 

***

 

「これもノロが造った戦車か」

 

[327]

 

 

「分かりません。造船所に係留されていたホワイトシャークが頭上からの攻撃を受けて大破したとき、少し離れた地面から巨大なカブト虫が……」

 

MY28の説明が続く。

 

***

 

「船長は?」

 

 MY28にホワイトシャークの中央コンピュータから無線が入る。

 

「ワタシの子供が生まれたので祝宴を上げに居酒屋へ行った」

 

「アンドロイドに子供が生まれたというのは大事件だが、それをダシにして酒を飲むなんて……。いや、こんなことを言っている場合じゃない。空を見ろ」

 

 MY28が整備工場から外へ出て空を見上げる。

 

「なんだ!」

 

 淀んだ薄気味の悪い紫色の雲に驚く。よく見ると崩れた五角形の紫色の座布団が重なりあうようにすべての空を覆い尽くしている。ノロの惑星に光を届ける太陽の光までが五角形の絞りを持ったレンズを通して雲の合間からだるい五角形に見える。

 

「こんな空を見たら人間は正常心を保てない」

 

 まさしく黒板を爪で引っ掻いたような音以上の不快感を与える色で大空が覆われている。MY28がホワイトシャークを見つめる。すべての主砲が天空に向う。

 

[328]

 

 

「中央コンピュータ」

 

 MY28が中央コンピュータに信号を送った瞬間、太陽から届く光の隙間に増幅した紫色の光線がホワイトシャークに向かう。同時にホワイトシャークの全主砲が火を吹く。

 

「中央コンピュータ!」

 

 今度は絶叫に近い信号をMY28が発信する。ぴーんと張って鮫そのものの威厳を保っていたホワイトシャークが横倒しになる。そして中央コンピュータからの応答が途絶える。MY28は中央コンピュータとの通信を諦めて整備工場に戻る。出会う海賊に「退避!退避!」と叫びながらMA60と赤ん坊の元に急ぐ。

 

 中央コンピュータとおぼしき悲鳴の信号がMY28に届いたとき、強烈な震動が起こる。さすがのMY28も咄嗟に身を伏せる。

 

「地震か?いや、この震動は地震ではない」

 

 MY28は冷静に分析する。

 

「規則正しい」

 

 MY28の分析をあざ笑うかのように周りの地面が割れて黒光りした鋼鉄のような数えきれない物体が舞い上がる。空からの薄い光で透けて見える黒い羽を激しく震わせて、ホワイトシャークに攻撃を仕掛けた光の隙間に向かって上昇する。地上から出現した瞬間を目撃していればすぐに判断できたのかもしれないが、MY28には後ろ姿だけしか見えなかったので、いったい何が地下から舞い上がったのか分からなかった。

 

[329]

 

 

 

 しかし、ホワイトシャークと比べればとても小さなもので不気味な光線を発するぼやけた五角形の集団に対して余りにも非力に見える。

 

 ところがだ。MY28からは見えないが、この黒い物体の前部には内側にノコギリのような歯を持つ歪曲した二本の角があった。その先端で青いスパークするような目映い輝きが発生するとあの正五角形の物体に強烈な光線を発射する。ノロの惑星を守ろうとしているのか、けなげにも紫色の大空に向かって上昇し続ける。やがて正五角形の集団の中に突入すると二本の角を器用に使って挟み付けては引き裂く。

 

「クワガタ虫?」

 

 MY28が両耳を赤く輝かせて中央コンピュータにアクセスする。

 

「クワガタ戦闘機?これもノロが造ったのか?」

 

「強力なレーザー光線を発射できます。レーザー攻撃がダメなら、どんなものでも食いちぎる力があります」

 

「でも数が多すぎる。かなう相手ではないぞ」

 

 MY28はホーリーを通じて瞬示から聞いた話を思い出して不安な気持ちになる。それは巨大コンピュータに巨大だといっても大きさからするとアリのような無数の巨大土偶が戦いを挑んで全滅した話だった(第二編第五〇章ニューロコンピュータ)。

 

[330]

 

 

***

 

「造船所には戻れません」

 

 MY28が無念そうに報告する。

 

「えー!」

 

 回復剤と驚異的な生命回復機能とが相まって元気になったサーチが叫ぶ。

 

「戦闘用アンドロイドに占拠されました」

 

「MA60と赤ん坊は?」

 

「間一髪、戦車で地下に逃れました」

 

「住民は?」

 

「人間は時空間移動装置で地球に逃れました」

 

「アンドロイドは?」

 

「一部のアンドロイドは人間と一緒に逃げましたが、時空間移動装置で地球に逃れさせようとしたアンドロイド防衛隊は全滅しました」

 

「信じられない」

 

「防護システムが作動する前に造船所を中心としたすべての施設が奇妙な生物にむしばまれました」

 

[331]

 

 

 ここで初めてホーリーが質問する。

 

「奇妙な生物?」

 

「ヒトデです」

 

「ヒトデ?」

 

 操縦席のモニターにあのコバルトブルーのノロの惑星の美しい海ではなくどす黒い紫色の海が映しだされる。大昔公害で海が汚染された光景を思い出させるねっとりとした波が海岸に打ち上げられる。

 

「まさかこれがノロの惑星の海だと言うんじゃ?」

 

 MY28は直接応じることなく、映像を見ながら説明を続ける。

 

「大量の大きなヒトデが上陸して造船所に向かいました」

 

「上陸?本来ヒトデは海でしか生活できないはず」

 

 サーチが口を挟む。

 

「理屈抜きで聞いてください。実際に起こったことしか報告できません」

 

 モニターにはヒトデが上陸したあとの砂浜が映しだされる。幾筋ものフォノグラフのような虹色の筋が残っている。ただし七色の虹色のうち紫色だけが欠けていることにホーリーが気付く。

 

[332]

 

 

「見るに堪えない色をしたヒトデなのに移動したあとに残した痕跡が虹色とは」

 

「まるでナメクジが這った跡みたいだわ」

 

 ふたりの感傷的な言葉を遮ってMY28が解説を続ける。

 

「ヒトデは鋼鉄を好むようです」

 

 画面は造船所に侵入したヒトデの荒々しい行動に替わる。ヒトデが造船所のクレーンをよじ登りながら、内側中央にある口で鉄をかじっている。

 

「鉄を食っている!」

 

 ホワイトシャークもヒトデに包み込まれている。

 

「さすがにヒトデの歯も立たないのか、いや柔らかすぎるのか……」

 

「ホワイトシャークはなんとか持ちこたえている」

 

 サーチとホーリーが感心しながらモニターを見つめる。

 

「ブラックシャークもそうですが、ホワイトシャークもトリプル・テンという特殊な物質で覆われています」

 

「ノロが発見した不思議な物質のことだな」

 

 MY28はホーリーの言葉を無視して続ける。

 

「でも経験したことがない攻撃を受けたホワイトシャークは検査中だったこともあってヒトデの侵入を許してしまいました。すべての隔壁を閉鎖すればなんとかなったかもしれませんが、対応が遅れたため内部にヒトデがあふれました」

 

[333]

 

 

「内部から崩壊したのか」

 

「そうです」

 

「ホワイトシャークの中央コンピュータは?」

 

「彼は軟体動物が苦手です。端末に自分自身をコピーしてから脱出しました」

 

「今、どこにいる?」

 

 ホーリーが鋭く突っ込む。

 

「ご存知のとおり、端末は素速い行動能力を持っていません。しかし、本体の中央コンピュータと違って端末は軟体動物に免疫を持っているようで、しかもトリプル・テンという特殊な物質で身体を覆っていたので脱出できたようです」

 

 そのとき、咳払いとともにホワイトシャークの中央コンピュータ?あるいはその端末からの通信が入る。

 

「二次元エコーを使って反撃する。それが失敗すれば、この星の軌道を変えてヤツラを消滅させる」

 

「具体的には?」

 

「取りあえず、ノロの家に集合!」

 

「ノロの家は造船所からそんなに離れていないぞ。大丈夫か」

 

[334]

 

 

「集合したら地下室へ!」

 

「何を言っているんだ。あの地下室には十人も入れないぞ」

 

 端末が応じる前に最長からの次元通信が入る。

 

【あの地下室は六次元の広さを持つ。三次元の人間が一億人いても全員あの地下室に入ることができる】

 

「確認したいことがある」

 

 ホーリーは肉声を出すと最長がそれをすくい上げる。

 

【なんだ。そのまましゃべり続けてくれ】

 

「次元通信は人間には届くがアンドロイドには?」

 

【残念ながら届かない。しかし、MY28とMA60の間に生まれた赤ん坊には届く】

 

 赤ん坊に次元通信が届いたところでなんの役にも立たないと思いながらホーリーは最長に渾身の力を込めて叫ぶ。

 

「分かった。最長の言葉、MY28に伝える。そうすれば残ったアンドロイド間に周知されるはずだ」

 

【慎重にしろ。アンドロイド間の通信は戦闘用アンドロイドにも漏れるということを肝に銘じておけ。もうひとつ重要なことを伝えよう。ノロの惑星に侵入したのは戦闘用アンドロイドだ。そしてすべてフォルダーと瓜二つの姿をしている】

 

[335]

 

 

「そんな!」

 

 一旦ホーリーは言葉を失うがすぐ気を取り直す。

 

「分かった。重大な情報だ。十分気をつけるよう周知させる」

 

【繰り返す。戦闘用アンドロイドは変装の名人だ。次はホーリーやサーチに変装して攻撃してくるかもしれない。このことを決して忘れるな】

 

「最長、ありがとう。でもなぜそこまで俺たちに……」

 

【ノロに恩を返したい。それだけのこと】

 

***

 

「最長はノロの居所については何も応えてくれなかった」

 

「それより戦闘用アンドロイドの攻撃を防ぐことが先決よ」

 

「しかし、ホワイトシャークはもう動かない」

 

「この非常事態にノロの惑星の中央コンピュータは何をしている?」

 

[336]