第四章 関わり合いの度合い


 行政とはすべての国民にサービスを提供すること、またはそれを行う機関だ。個人企業も含め民間企業が行うサービスは全国民に対するものではないが、きめ細やかで親切だと言われるがそうだろうか。


 民間企業と言っても大雑把に言うと三種類ある。


 一つ目は行政機関から許可や認可を受けないと営業できない許認可企業だ。銀行、証券会社など金融関連会社、鉄道会社や電力会社など公共性の高い会社などがそれだ。元々銀行は国有企業だったし、NTTやJRも電電公社とか国鉄と言って国有企業だった。


 次に届出や登録をしなければ業務ができないケース。届出登録企業と呼ぶ。理容業、貸金業、旅行業、倉庫業など。次の自由企業に比べれば少し参入しにくいが大したことはない。


 最後が制約なく事業展開できるケース。もちろん公序良俗に反することはできないが、自由に事業展開できるので自由企業と呼ぶ。届出登録企業もこの自由企業に含めて話を進める。


 行政機関、許認可企業、自由企業のなかで最も熾烈な競争を繰り広げるのが自由企業だ。「お客様は神様」という信念で安くて良い商品や質の高いサービスを提供しようと日夜戦い続ける。


そうしなければ儲けるどころか倒産するからだ。行政機関は倒産することはないし、許認可企業は潰れにくい。もちろん行政機関だって民営化されれば潰れる可能性はある。

 

[19]

 

 

 少し脇道にそれるが、公務員に失業保険はない。なぜか?国が潰れないから失業することはない。もし国が潰れて失業したとしても失業保険を支払うべき国が存在しなくなるから保険を受け取ることはできない。だから公務員には失業保険がない。


 話を戻す。最も悪いのが行政サービスだと言えば「成程」と誰でも頷くだろう。何故納得するのか。それは行政機関、許認可企業、自由企業の順番にそれを利用する人々との関わり合いの度合いが違うからだ。反論もあろうが一般論として「関わり合い」ということを考えて見る。


***


「自由企業は関わり合い自体が競争だから、歪んだ関わり合いというのは存在しにくいけれど派手な広告には結構嘘が多いと思いませんか?」


「そうじゃのう。サギまがいの勧誘も多い。わしも引っかかってしもうたわい」


「えっ!大家さんでも騙されることがあるんですか」


 大家さんが珍しくはにかむ。


「まあ、こちらにも落ち度があると言えばある。よく考えればそんなモノ買うはずがないのじゃが」


 大家さんはここで言葉を止める。


「これは最高に美味しいと言われて注文したけど、まったく旨くなかった。もう二度とこの店には行かない。こういう感じですね」

 

[20]

 

 

 頷きながら大家さんは許認可企業に話を変える。


「許認可企業に痛い目に遭ったのじゃ」


「まさか。許認可企業がサギを?電車賃を騙されたんですか!」


「何気なく券売機で切符を買うが、運賃のごまかしはない。間違って買うこともあるが、駅員さんに事情を話せば正しい切符に交換してくれて支払いすぎた場合は差額を返してくれる。鉄道会社は親切じゃ」


「そうすると銀行?」


「わしのようにインターネットバンキングを利用できない年寄りは、もちろんATMもキチンと使えない老人は窓口に頼らざるをえんし、待たされることには文句を言いたいが……」

 

「それじゃ、どんな許認可企業に痛い目に遭ったんですか?」


「銀行も取り扱っておるが、証券会社の投資信託じゃ」


「投資信託?株じゃないのですか」


「株は自己責任じゃし、会社の業績は為替にも左右される、つまり世界情勢がその会社にどんな影響を与えるのか分からん。町内会の情勢すら分からんのに世界情勢など分かるはずもないし……」


「ないないづくしですね」

 

[21]

 

 

「だから株はやらん。すると投資信託を勧められた」


 投資信託とは投資のプロがリスクを小さくするために様々な株式や債券を組み合わせた金融商品で少額から投資できるので多数の人から資金を集めることができる。投資から得た利益を分配せずに再投資して長期にわたって運用するのが基本だから若者に向いている。


 しかし、預金と異なり、購入時に手数料が、運用期間中には管理手数料が、そして解約時にも手数料がかかる。解約手数料がかかると言うことは解約をためらわせるとともに運用期間が長期化するので継続的に管理手数料を稼げるというメリットがある。長く運用すればするほど投資家が得をしようと損をしようと運用会社に利益がもたらされる。


 ところが、証券会社はこの商品を資産家の高齢者に勧める。なぜなら小口が基本の投資信託だが、証券マンにとって小口をちまちま集めるより、大口のほうが手間がかからない。


 そのときのセールストークはこうだ。


「長期運用が基本ですが、高齢者には毎月分配型という老後に配慮した投資信託があります」 本来再投資することによってメリットを受けることができるのに真逆のことを勧める。もちろん再投資は義務ではないから利益が出れば分配金として引き出すことはできる。しかも毎月一定額を引き出すことができる。これを通常の分配金と区別して「特別分配金」という。


 決定的なセールストークが大家さんを直撃する。


「この特別分配金は非課税です」

 

[22]

 

 

 通常の分配金は投資による利益なので税金がかかる。しかし、特別分配金と呼んではいるがこれは元本の払戻しにすぎず税金がかかるわけがない。


 やっと投資信託を理解した田中さんを無視して大家さんが続ける。


「投資信託はリスクが低くてほとんど利息の付かない預金に比べて高率の分配金をもらえると言うのじゃ。しかも『特別分配金』だと非課税だと言う」


「でも特別分配金は、貸したお金を返してもらうのと同じようなものでしょ。非課税と言ってセールスするのは一種の詐欺じゃないですか」


「許認可企業というのはそれを許認可する行政機関と関わり合いが深いのだ。だからそのようなセールストークを証券会社がしても見て見んふりをするのじゃ」


「それじゃ行政機関と許認可企業はグルになって国民を騙している。ひどいじゃないですか」


「その通りじゃ」


「マスコミは気付いていないのですか」


「マスコミが気付いたのを見計らってやっと政府は『特別分配金』を『元本払戻金』という名称に変更するように指導したのじゃ」


「はじめから払い戻しだと指導すべきじゃありませんか」


「関わり合いが深いということは、お互いが身内になるということじゃ。これは学校用地払下事件や学部新設許認可事件を見ればよく分かる」

 

[23]

 

 

「成程」

 

[24]