10 九十九パーセント


「核兵器を持つ元列強各国というか旧大国の核管理は意外とずさんだが、逆にグレーデッドはほとんどその保管場所を把握している」


「ほとんどか……」


 ノロが落胆する。


「百パーセントって難しいもんな」


 加藤がハッとしてノロに深々と頭を下げる。


「おっしゃるとおりです。手抜かりでした。至急精度を上げて調べ直します」


「そうじゃないんだ。それに加藤のせいじゃないし、誰も手抜きをしていないはずだ」


「それは分かりますが、初めから百パーセントを諦めては前に進まないどころか、必ず失敗します」


「そのとおりなんだが……」


 加藤は黙ってノロを見つめる。


「母集団に対する分析調査は八割ぐらいでいい。放って置いてもすぐ九十九パーセントまで進む」

 

[99]

 

 

  地震でそして津波で破壊された原子力発電所の現場の最高責任者だった加藤はノロの一字一句を漏らすまいと真剣に聞く。ノロはその真摯さを包みこむように言葉を続ける。


「母集団は母だ。集団だからその集団に子供がいるように見えるが、そうじゃない。子供は子供の世界を造っている」


 加藤が手を打つが言葉を発することはない。自分の考えとノロの解答を付き合わせる準備にかかる。


「説明しなくてもいいみたい」


 そこにシャワーを浴びてすっきりとしたイリが戻ってくる。しかし、表情は厳しい。


「シャワー室で全部聞いたわ。ノロ、キチンと説明しなさい」


「えー!」


 ノロが不満そうにイリを見つめる。


「こちらからはシャワー室を盗視できないのに、イリは俺たちの会話を盗聴していたなんて不、、公平だ!」


 いきなりイリの鉄拳がノロの頭を直撃する。


「総統、いくら何でも……」


 加藤が倒れかけるノロをなんとか受けとめる。


「覗き見は許さない!私は総統よ。変なことをしたら死刑よ」

 

[100]

 

 

  加藤が笑いながら大きく頷く。


「総統。発言していいでしょうか」


「もちろん」


 加藤はイリに一礼すると幹部に向かって叫ぶ。


「まず、ラジオ体操でもしてみるか」


 加藤自ら体操を始める。


「一、二、三、四、五、六、七、八」


 つられて全員立ち上がる・


「背筋を伸ばして……」


 全員が体操するなか、イリがノロに近づく。


「加藤はもちろんグレーデッドに閉塞感が漂っているわ」


「だからラジオ体操してるんだ。ガス抜きだ。加藤という人物、大物だ」

「意外と大国はずさんで核兵器の保管場所は簡単に把握できますが、私には、たとえば北朝鮮など大国でない核兵器の所在を探る方がやさしいと思います」


「そのとおり。持っている核兵器の数は知れているし、その隠し方もちゃちだ」


 加藤が頷くとノロが尋ねる。

 

[101]

 

 

 「グレーデッドの仲間は北朝鮮にいるか?」


「残念ながらいません。というより仮にいたとすれば全員処刑されています」


「アルカイダの組織には?」


「いません」


「アメリカ、ロシヤ、中国はどうだ?」


「数えきれないほどというのは大げさですが、かなりいます」


「その国々の軍の組織にグレーデッドは相当食い込んでいるもんな」


「ご存知かと思いますが、前総統の暴挙はさておいて国連を占拠できたのはその者たちの活躍があったからだと聞いております」


「加藤」


「何でしょうか」


「もっと親しみのある言葉で話をしてくれ。俺はぶっきらぼうなんだ」


「努力します」


「急に変えるのは無理だもんな」


「先ほどの説明、なんとか理解しました」


「だろう?つまり最後の詰めが難しい。特に小国の場合」


 加藤は黙ってノロの言葉を待つ。

 

[102]

 

 

 「旧列強大国は核兵器を持ちすぎているからどうでもいいし、国民の監視もあるし、グレーデッドの仲間もわんさといる。でも独裁国では国民は何も知らないし、もちろん仲間もいない。いたのかもしれないが粛正されたはずだ」


「よく分かりました。私の意見は浅はかでした」


「そんなことはない。加藤の様々な報告からこういう結論にたどり着けたんだ」


 ここでイリが発言する。


「ということは、まず数は少ないけれど、やっかいな小国の核兵器を取りあげるのが先決ね」


「さすが、総統!」


 ノロがイリに向かって叫ぶ。


「でも、先に旧列強大国の核兵器を始末する」


「えー!」


 イリも加藤も驚く。


「しかも旧列強大国以外の核兵器保有国など気にしないという態度で行動する」


「何を企んでいるの?ノロ」


「丸腰になった旧列強大国は、たとえばアメリカは北朝鮮を、ロシヤはイスラエルを、イスラエルはイランを攻撃するかもしれない」


 加藤が首を横に大きく振る。

 

[103]

 

 

 「その前に我々の要求に応じないでしょう」


「いや、旧列強大国は地球連邦政府の重要な構成員だ。つまり大人だ。だからグレーデッドの申し入れを断れないはずだ」


 全面的に加藤は納得しないが、再び聞き手に回る。


「いずれにしても、物事は九十九パーセントまでは何とかうまくいく。でも最後の一パーセントを詰めるのが難しい」


 その言葉に加藤は九十九パーセント、ノロの作戦を信頼することにした。そしてグレーデッドをイリとノロに任せることにして、ノロの作戦を徹底するために総統イリの命令としてグレーデッドの末端組織にまで通知する体制を整えた。


 グレーデッドは完全にノロに支配下に入った。というより望んでノロに従うことになった。

 旧列強大国は保有する原子力潜水艦一隻だけを残して原子力推進機を持つすべての軍艦を地球連邦政府に引き渡した。グレーデッドの指導の下、ノロが開発した特殊な装置でチューインガムのようなトリプル・テンを軍艦に塗布する。


「こんなことで本当に軍艦が太陽に飛び立っていくのだろうか」


「すでにグレーデッドの原子力潜水艦が同じ方法で処分されました。私はその現場に何度も立ち会いました」

 

[104]

 

 

  地球連邦政府の技官が説明するが、ヘルメットをかぶった大統領は首を傾げる。グレーデッドの技術者に案内されてアメリカの原子力潜水艦の司令所に入る。中では潜水艦の所有国の軍の幹部と操舵士、建造した造船所の社員、連邦政府の技官、そしてグレーデッドの技術者と協力して自動操縦装置のプログラムを潜水艦のコンピュータにインストールする。


「進捗状況は?」


 大統領が尋ねると真剣だが余裕のある表情で全員が応じる。


「このプログラムの作成者はマンマシンのインターフェイスの設計のツボを心得た天才的な人物です」


「こんなプログラム、見たこともありません」


「進捗状況を尋ねているのだが」


 大統領が念を押す。


「点検シミュレーションが終わったところです」


 大統領がいらだつ。


「ということは?」


「作業は終了しました」


「作業にかかった時間は?」


 幹部が腕時計を確認する。

 

[105]

 

 

「一時間です」


「そんな短時間で!」


 大統領の驚きを無視してグレーデッドの技術者が次々とスイッチを倒していく。


「大統領!外へ」


 大統領の側近が手を引いて司令所から外へ出て岸壁に戻るとその原子力潜水艦の輪郭がぼやけて見える。黒いはずの潜水艦がグレーに見える。


「トリプル・テンを薄く塗布しているので、まったく透明にはなりませんが、最終的には白っぽくなるはずです」


 岸壁の先端に立つ大統領の腕をグレーデッドの技術者が掴む。


「危険です。離れてください。」


 目の前の海面が波立つ。やがて原子力潜水艦がゆっくりと上昇する。


「!」


 すぐに艦底が見える高度に達する。


「浮きあがった!」


 大統領以外は予想していたことなので冷静に見つめる。しかし、大統領は不覚にも取り乱す。


「このまま垂直に上昇して大気圏外に出るはずです」


 大統領には誰の説明かを理解する余裕はない。原子力潜水艦は加速しながら大空を目指す。

 

[106]

 

 

 側近の特殊携帯通信機が次々と鳴りだす。


「こちらロシア。原子力潜水艦が舞い上がりました」


「中国。原子力潜水艦がゆっくりと上昇中」


「ユニオンジャックをはためかして潜水艦が大空を目指している」


「高度はエッフェル塔を超えた」


 興奮した報告をよそにグレーデッドの技術者が鉛で造られた大きな箱を背負うと次の岸壁に向かう。


「まだ数十隻ある。特に原子力空母の処理が大変だ」

「搭載型の核ミサイルは、原子力潜水艦や空母はもちろんのこと軍艦と一緒に処理できたが、それ以外の核兵器の処理は難しい」


 加藤の心配をノロが否定する。


「想定内だ」


「すでに核兵器を搭載したすべての艦船が太陽に飛びこんだ。この実績を盾に今後の作戦を実行すればいい」


 加藤がノロを頼もしく見つめる。


「作戦実行前にも言ったが、問題は未だ地球連邦政府に加入していない独裁国家の核兵器だ」

 

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 「元列強各国が原子力潜水艦を一隻だけ残したのは独裁国家の出方を恐れてのことだ」


「もちろん」


「グレーデッドの末端組織も独裁国家にはない。つまり支店がない」


「前にも言いましたが、あるにあったが、すべて潰されたようです」


「どちらにしても影響力を持つ旧列強大国さえも手を焼いている」


「どうするの?ノロ」


 イリも加藤と一緒にノロの次の指示を待つ。


「それほど深刻な問題ではない」


 イリは平然としているが加藤は少し困惑気味だ。


「取りあえず九十パーセントぐらい実行できた。酒でも飲むか」


 イリは頷くが加藤が驚く。


「松葉蟹で一杯ってな宴会は?」


「やめて」


「どうして」


「どうせ、私がカニの身を取り出して食べるのはノロでしょ」


「邪魔くさいけどカニはうまいもんな」


 たまらず加藤が割りこむ。

 

[108]

 

 

 「冗談は分かりますが、今後どう対処すればいいのですか」


「加藤はカニを食べたことあるか」


 当惑しながら加藤が応える。


「もちろん」


「どうだった?」


「えー?」


「食べたときどういう感じだった?」


「質問の意味が……」


「トンチ話は止めて」


「カニは好きだが、邪魔くさいからイリに剥いてもらうんだ。あの柔らかい肉。二杯酢で食べると酒がうまい」


「降参するわ。答は?」


「中身が柔らかいから、あんな固い甲羅で身体を守っているんだ」


「分かった!ノロのトンチの意味が」


 加藤が声にして笑うと続ける。


「弱い者ほど強い武器を欲しがる。あるいは頑丈な城を造ろうとする」


 ノロが頷く。

 

[109]

 

 

 「どうやってカニを捕まえるかだ」


「北朝鮮やイスラエルやイランやパキスタンのことね」


「それにインド。この国のカニはかなりでかくてやっかいだ」


「秘策があるの」


「まず関係が深い旧列強各国に説得してもらおう」


「親分に頼むのね」


「説得がうまく行かなければ?」


 真剣な表情に戻った加藤がノロを覗き込む。


「説得には時間がかかる。いや旧列強各国はやる気があるのか無いのかというような感じで説得をのらりくらりと、しかも子分ものらりくらりと受け答えするだろう」


「どうして?」


「権力者は世界の流れや地球のことを考えて行動しない。自らの権力を守るための理屈だけで動く」


 急にノロがうつむく。


「説得がうまく行かなければそれらの国々へのマイクロウエーブを遮断しなければならない。


そうなればその国々の人々は生活できなくなるかも」


「ノロ。いい考えがあるわ」

 

 [110]

 

 

  ノロが顔を上げる。


「独裁国家にはマイクロウエーブはふんだんに与えればいい。そして便利な家電製品をばらまくのよ」


「そんなことをすれば独裁者は自分の手柄にする」


「いえ。贅沢させるのよ。テレビやパソコンが普及するほど生活に余裕ができて、考え方に多様性が生まれるわ。そうすると独裁者に批判的な意見が醸造されることになる」


「太陽と北風か。どうせ時間がかかるんだったら、旧列強各国の説得を待つ間にイリの作戦を実行しよう。どうなるか見物だ。でもなあ……」


「どうしたの?ノロ」


「これまでの議論は核兵器の処分ばかりだった。もちろん核兵器はゴミの王様だ。でも量から見れば産業廃棄物の方が大問題だ」


「そうね。確かにそうだわ。海面下降で陸地になった海底はゴミだらけだったわ。大規模な清掃作業が行われているけれど、処分場が追いつかないからゴミは山積みされている」


「さすが総統。ちゃんと現状を把握している」


 ノロがイリを持ち上げる。


「でも対処方法までは考えていない」


「正直だなあ。総統は」

 

[111]

 

 

「どうすればいいのかアイディアはあるの?」


「当たり前だ」


 ノロが胸を張る。


「核兵器処分作戦が完璧に成功すれば世界はグレーデッドを信用する。そのあとで大型宇宙運搬船を造ってゴミを集めて核兵器と同じように太陽の溶鉱炉へ……」


「ちょっと待って。ゴミを捨てるためにわざわざ宇宙船を建造するの?」


「そうだ」


「宇宙船って高価な物じゃないの」


「廃船になったぼろいタンカーにトリプル・テンを塗りまくれば何とかなるさ」


「あっそうか。という訳で、総統命令を出します」


「なんなりと」


 加藤がイリに敬礼する。

 今や核兵器を搭載する役目を放棄した大型の爆撃機が大量の家電製品やパソコンを次々と北朝鮮などの独裁国に爆弾のように落とす。同時にマイクロウエーブを取り込んで家電製品をすぐ使える電源装置もばらまく。もちろんその国の言葉で書かれた取扱説明書も同梱されている。


「爆撃機が侵入したら迎撃ミサイルで木端微塵にしてやると豪語していたが、ミサイルはおろ

 

[112]

 

 

か迎撃戦闘機も発進しない」


「数が多すぎるからだわ。でも爆撃機が本物の爆弾を落としたら北朝鮮は全滅だわ」


「どういうことなんだろう」


 総統室で大きなモニターを眺めるイリが加藤にため息を向ける。


「地球連邦政府大統領から入電です」


 加藤がテレビテレフォンセットの机にイリを連れて行く。


「何の抵抗もなく無事に家電製品を投下できたが、軍隊が出動して家電製品や電源装置を軍用トラックに積み込んでいる」


 悲痛な大統領の声がすると元気がない顔がモニターに現れる。イリがハッとして応じる。


「大統領。彼らが爆撃機に攻撃を加えなかったのは、落下物の正体を知っていたからだわ」


「そんなはずはない。これは極秘作戦だ。それとも誰かが漏らしたでも?」


「その確率は高いわ」


「誰が?」


「犯人を捜します。もう少し様子を見ましょう」


「分かりました。こちらでも情報漏洩をした者を捜索します」


「それには及びません。すぐ探しだしてみせます」


 モニターが消えるとイリが加藤を見つめる。

 

[113]

 

 

「ノロは?」


「監視衛星制御施設にいます」


「何のために?」


「見たい物があるとだけ言って出かけました」


「その監視衛星……」


「監視衛星制御施設は地上を監視する衛星を管理する総合施設です」


「高性能の望遠鏡を積んだ衛星を管理しているの?」


「そうです」


「それじゃ、ノロは天体観測をしているんじゃないわね」


「望遠鏡は宇宙じゃなくて地球に向けられています」


 加藤が笑うとイリが立ち上がる。


「ほったらかしにすると何をしでかすか分からない。加藤!その施設に案内して」


「はい」

 ノロが望遠鏡の映像を再生するモニターにイリと加藤を連れて行く。


「やっぱりばらまいた家電製品を全部、兵士がトラックに積んでいるわ!」
 イリが興奮すると加藤が続く。

 

 

[114]

 

 

「地球連邦政府の大統領が言ったとおりだ」


 目の前には百台以上の大型モニターが並んでいる。


「よく見ろ」

 

 イリと加藤が視線を動かして順番にモニターを見つめるが、ノロの意図が理解できない。ノロの替りに衛星管理室長が説明を始める。


「兵士の行動がおかしいのです。こっちの画面を見てください」


 戦車隊が家電製品を積み込んだ軍用トラックの周りを取り囲んでいる。


「この戦車部隊は中央政府直属の精鋭部隊です。一方、軍用トラックをよく見てください」


「ボロボロの旧式に見えるわ」


「地方に駐屯する下級兵士で構成された軍隊のトラックです」


「ということは?」


 ノロが口を挟む。


「彼らは梱包された荷物が家電製品であることを知っている。それが欲しいんだ。中央政府もそれを知っている」


「ちょっと待って!なぜ知っているの。これは極秘作戦よ」


 イリがノロに詰めよる。


「秘密。秘密。でも秘密が漏れれば逆に相手は混乱するんだ」

 

[115]

 

 

「ノロ!やっぱりあなたがばらしたのね!」


 イリが剣幕を上げるが、ノロは動じない。


「敵を欺くには、まず味方を騙さなければならない。俺は高等戦術を実行したのだ」


「私の立場がないわ」


「イリの立場なんてどうでもいい。肝心なのは……わああ」


 イリの細い腕がムチのようにしなる。


「総統!」


 加藤がふたりの間に割って入るとイリの腕を押さえる。


「ご無礼をお許しください」


 加藤がイリの腕を放してヒザを突いて謝るとノロが大きな口を真一文字にしてニターと笑う。


「いやー加藤は命の恩人だ」


「さっさと説明しなさい!説明の内容によっては死刑にするわ」


「分かった。分かった」


 ノロは臆することなく両手を広げてからあるモニターを指差す。貧相な集落で戦車に守られたトラックから荷物が降ろされて梱包を解き始める光景が映っている。


「みんな、笑っているだろ。音声も出せ」

 

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 モニターのスピーカーから歓声が聞こえてくる。


 家電製品が次々と粗末な民家に運び込まれる。戦車隊の隊員も手伝っている。いつの間にか陽が落ちて薄暗くなるが、次々と民家が明るく輝く。


「すごい!」


 イリが感動する。誰もがこの光景に驚いて手を叩いたりする。


「ノロ?」


 そばにいるはずのノロがいない。


「トイレにでも行ったのでしょう」


 加藤が微笑む。

 

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