23 スミス博物館


 田中、山本、大家が乗ったジェット機がニューヨーク空港に到着するとそのジェット機に立派な真っ黒なリムジンが近づく。通常の手続きなしで直接三人はいきなりそのリムジンに乗りこむ。ゆったりとした後部座席で、スミスと三人が対面する。通り一遍の自己紹介を兼ねた挨拶が終わると、まずスミスが口を開く。


「お荷物のことは心配しないでください。間違いなく、お手元に届けさせますから」


 そして握手を求めるスミスにそんなことはどうでもいいといわんばかりに大家が質問する。


「もうひとりのわしはどこにいる」


 スミスは腕を引いて軽く横に広げる。


「なぜ同じ人間がふたり存在しているのか。不思議だ」


「そうなんです。意思疎通もないまったくの別人格の人間のように見えますが、指紋はもちろんのことDNAもまったく同じなんです」


「そんなこといつ調べたんだ?」


 田中が山本に食ってかかる。


「そうじゃ!田中さんの言うとおりだ」


「それは秘密」

 

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 山本にはぐらかされて大家が不満をぶちまけるがスミスがにこやかに割って入る。


「こんな摩訶不思議な話をある男にすれば、その男は跳んで跳ねて大喜びするに違いない」


「どういうことですか」


「不可思議な謎に挑戦するのが三度の飯より好きな男がいる」


「それは誰ですか?是非、紹介してください」


 今度は自分がはぐらかされたように山本がスミスを不満げに見つめる。


「いずれな。今は海の底で謎の物体と格闘中だ」


 スミスが大声を出して腹の底から笑う。


「その人とはしばらくお会いできないということですね」


「ミスひろみ。あなたからは様々な情報をいただいた。改めてお礼を申しあげる」


 はじめて田中は山本の名前を知る。


「逆です。ニューヨークの支局勤務時代、スミスさんには取材を通じて情報だけではなく貴重なご意見を頂戴しました。私の方こそお礼を申しあげなければ……」


「しかし、ミスひろみ、あなたは若いままですね」


「スミスさんこそ」


「私は老人だ。一旦老人になればずっと老人だ。」


「私が言いたいのは初老のままだということです」

 

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 向きになる山本にスミスは娘、いや孫娘にさとすようなやさしい口調で話題を変える。


「フロリダ付近の地底湖の話、覚えているかな」


「もちろんですとも。まるでお伽噺のような楽しい物語でしたわ」


「その近くでおもしろいことが起こるはずだ」


「わしや、もうひとりのわしに関係のあることですか」


 スミスは頭を掻いて山本から大家に視線を移す。


「久しぶりに娘に会ったものだから……でも大家さんとまったく無縁な話でもない」


 突然、ドアが開く。リムジンが停車したことすら気が付かない三人が驚いてドア越しに外の景色を見つめる。


「スミス博物館に到着しました」


「すべて案内すると数日では済みません」


「それより、もうひとりのわしが今どこにいるのか教えて欲しいのだが」


「もうひとりの大家さんがここで興味を示した展示物を案内しようと思っているのですが、先に進みましょうか」


 スミスの言う「先」という意味が理解できないまま大家は一歩引く。


「やっぱり見学させてください」

 

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 山本が大家に代わって頼みこむ。


「もうひとりの大家さんがここで一番興味を抱いたのは……」


 スミスは広い部屋に入ると天井の一角を指し示す。その方向にはフロートをはいた単発のプロペラ機が吊り下げられている。


「『彗星』という名の水上機です。イギリスの戦闘機スピットファイアは別格として世界一美しい水上戦闘機だと言っていました。同感だと応えるとうれしそうに私の手を握りました」


 すぐさま大家が応じる。


「水上機にしては運動性能がよいが、フロートを外せばスピットファイアのような無敵の戦闘機になるかといえば、それが不思議なことに、大して速度は上がらない」


 スミスが年甲斐もなく目を丸くして大家を見つめる。


「もうひとりの大家さんもまったく同じことをおっしゃっていました」


 大家が背の高いスミスに近づいて見上げる。


「こんなことも言っていませんでしたか?『フロートをつけて三人乗り込んだときに最高の性能が発揮出来るように設計された水上戦闘機だ』と」


 スミスが大家の手を取る。


「一字一句同じです」


 感極まるふたりをよそに田中が彗星に近づく。

 

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「今にも飛び立ちそうな感じがする」


 スミスが大家から手を話すと田中に応える。


「燃料を給油すればすぐ飛べるように整備されています。それに新兵器も装備しています。もちろん最新鋭のジェット戦闘機と互角に渡り合うことは不可能ですが、結構いい勝負になるかもしれません。ちょうど旧式のサブマリン八〇八が最新鋭のグレーデッドの潜水艦と戦ったように」


「!」


 スミスの話の展開に山本が大きく目を見開く。そんな山本を気にも止めずにスミスは「ほっ、ほっ、ほっ」と笑うと隣の部屋に向かう。


 その後ろ姿に向かって山本が叫ぶ。


「なぜ、サブマリン八〇八のことを話題に出したのですか。ひょっとして今海底で謎の物体と格闘中だという男と何か関連でもあるのですか」


 山本は走りだすとスミスの前に出る。笑顔を消すとスミスは背広のポケットから折りたたみ式のタブレットを取り出す。


「ミスひろみ。急用が出来ました。ここで失礼する。誰かに空港まで遅らせる」


 急迫した事態がスミスに迫っていることは明らかだが、山本にとって初めて見る緊張したスミスに記者としての本能が頭をもたげる。

 

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「私もいっしょに行くわ!」


 腕を取ろうとする山本を払い除けるとスミスは背中を向ける。驚いた山本にスミスは言い訳気味の言葉を送る。


「ミスひろみ。少しだけ時間を下さい。必ず面白い話を携えて会いに行きますから」


 そしてスミスはその場から姿を消す。

 

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