15 ゴミの処分


 新興国の発展は目覚ましかった。元々資源はたっぷりとある。それをただ同然の電力で様々な製品を造るのだから高い経済成長が続くのは当然だった。もちろん必要な資源がすべて自国内にある訳ではないが、自国にない資源はバーター取引で簡単に確保できた。


 もちろん資源を持たない貧しい国もあるが、地球連邦政府の後押しもあって資源の豊かな新興国から無償、あるいは非常に安い価格で資源を手に入れることができたので、新興国の生活水準は急上昇した。


 一方、広大な領土を持つ先進国、つまりアメリカ、カナダ、それに若干資源を手に入れるのにコストがかかるイギリス、日本も好調で世界の経済を引っぱった。


 日本?イギリス?


 元々国土が広いアメリカは海面降下でハワイ州の領土が大幅に増加したが、余り海底資源には興味はないようだ。


 ところでアメリカを含む元メキシコ湾岸国であるメキシコやカリブ海諸国はメキシコ湾湖、つまり湖となってしまった元メキシコ湾の底から湖化した大砂漠に通じる地下海路を利用して貿易によって経済が発展した。海面下降によってそれまでの海上輸送が大幅に縮小したためだ

 

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 った。いくら陸地が増えたといっても元は海の底。すぐに道路ができる訳ではない。


 さて元島国だった日本、そして同じく元島国だったが、衰退したとはいえ未だ数多い島々に領有権を持っていたイギリスの二国の領土が一気に十倍以上も増えた。


 もちろん陸地になったとはいえ元々海底だったから資源を採掘するのにコストはかかるものの、長けた技術力で次々と問題を乗り越えてレアメタルを筆頭に数々の資源を手に入れた。


 イギリスほどではないが、やはりいくつかの島々に領有権を持っていたフランスも何とか自国で資源を確保できた。しかし、ドイツ、イタリアなどのヨーロッパ諸国、韓国などは資源が確保できず経済が行き詰まる。


 ロシア、中国、インドは元々国土が広く資源に困ることはないはずだが、中国とインドは人口が多いので資源は不足気味だった。


 特に中国は武力でアジア各国の資源を確保しようとするが、海面下降で陸続きになったのでやりにくくなった。インドネシアやフィリピンといった島国国家の領土は大幅に広がって中国と陸続きになった。海軍の増強で中国に対抗することは不可能と考えたこれらの国々は中国軍が上陸してきた場合を想定して陸軍を強化していた。海軍ばかりを補強していた中国は自重せざるを得なかった。


 そのなかで日本は一部陸続きになった韓国はもちろんのこと資源を待たない開発途上国に惜しむことなく援助した。

 

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  かつての産油国は、もちろん石油は今でも重要な資源だが、相場の暴落で最貧国となった。


過去の蓄えがあったので暴動が起こることはなかったが、国民の不満は頂点に達していた。


 地球連邦政府大統領チェンは次々と手を打つが、皮肉にも母国中国の反対で政策を進めることができない。一方、日本の首相となった鈴木はチェンを支えるためにあらゆる手段を講じるが、発言力を増す新興国と没落し始める先進国の攻防が表面化する。

「これまで先進国はいい生活を謳歌してきた。これからは我慢の生活をお願いする」


「待ってくれ。急に生活レベルを下げろと言われても」


「最低生活保障はしよう」


 地球連邦政府の予算委員会で白熱した議論が飛び交う。


「今まで我々は新興国に様々な援助をしてきた」


「その前は目にあまるような搾取をしたじゃないか。そうだろ」


「いや、それは……」


 かつて今の新興国を植民地化した先進国は反論できない。


「それに地球連邦税をまったく支払っていない国もある。どの国も平等だから発言権はある。だからといって勝手なことばかり言うのはいかがなものか」


 ここで大統領のチェンが手を上げて演台に向かう。もう一時間以上も同じ論戦が繰り返され

 

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 ている。


「過去のことを議論しているのではありません。もちろん歴史から学ぶことは多いし反省は必要です。しかし、過去のことを清算することより大事なのは未来のことです。このことを忘れないでください」


 総じて新興国の首脳は渋々頷くが、経済力が低下した旧先進国の首脳はうつむいたままだ。


「電力エネルギー問題が完全に解決された今、ますます重要性が増した資源問題そして爆発的に増加する人口問題をいかに解決するかが最重要課題です。地球は有限の星です」


 議場の天井に超大型の浮遊透過スクリーンが現れる。ノロが開発したものだ。


「これは海面降下が始まったころの海に面した国々の海岸の様子です。それまで海水によって見えなかった海底がいかに様々なゴミで汚染されていたか、よく分かります。海はゴミ捨て場だったのです」


 その大量のゴミは海面下降により領土が広がった国々が、たとえば日本は主に太平洋側に広大な領土を持つことになったが、数えきれないほどのゴミ集積場を建設してリサイクルできるゴミとどうにもならないゴミを分別したが、後者のゴミの処分はまったく進まなかった。


「グレーデッドの助けがなかったら、新しい領土の利用はまったくできなかった」


 グレーデッドは各国から廃船になった大型タンカーを集めては次々とにわか宇宙船に改造した。つまりトリプル・テンを塗布して空飛ぶ大型タンカー艦隊を組織したのだ。艦隊といって

 

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 も膨大なゴミを積みきれるはずはない。そこはノロ。サブマリン八〇八で経験したことを応用する。


 トリプル・テンを艦体に塗布したサブマリン八〇八の重量は通常の潜水艦の何百倍も重かった。その重さを利用して地面を押しつけて砂漠に貯まった海水を海に戻すために河を造った。今度は潜水艦など比べものにならない巨大なタンカーに集積所に溜まったゴミを圧縮して数千分の一程度までに小さくしてからタンカーに積み込む作戦をたてた。


 この作戦に真っ先に手を上げたのは鈴木が率いる日本だった。実証プラントを経て見事大量のゴミをすべて宇宙船となったタンカーに積み込んだ。そしてその宇宙船は大気圏外に出ると太陽を目指す。


 ところが今回はグレーデッドの潜水艦がゴミを満載した宇宙船に同行した。それは間違いなく太陽に向かう宇宙船からトリプル・テンを回収するためだった。


 理由はふたつあった。


 ひとつはかなりのトリプル・テンを確保しているとはいっても限りがある。ましてや数十万トンのタンカーにトリプル・テンを塗布する量は潜水艦の比ではない。そこで地球から太陽に向かう宇宙船化したタンカーからトリプル・テンを回収するのだが、その量は中途半端ではなかった。しかし、無重力の宇宙での回収作業は思ったほど困難ではなく、もちろん回収したトリプル・テンを潜水艦内に保管することはできないが、強烈な表面張力性を持つトリプル・テ

 

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ンを球体化して地球に曳航するという前代未聞の方法をノロは考え出した。


 もうひとつの理由はこうだ。


 太陽は巨大だがわずかとは言えトリプル・テンまでゴミと一緒に太陽に処分させるのは、太陽に異変を起こす可能性がある。それほどトリプル・テンは変わった物質なのだ。ノロはこのことを熟知していた。


 いくらトリプル・テンといえども核兵器を積んだ原子力空母や潜水艦の原子炉から出る放射能に汚染される。もちろん放射能を除去する機能をトリプル・テンは持ちあわせているが、放射能を除去するにはかなりの時間が必要となる。そのころには太陽にかなり接近することになるのでトリプル・テンを回収することは不可能となる。


 原子力発電所の廃炉の場合も同じだ。やむを得ず地球中心に原子炉を捨てたが、地球そのものにトリプル・テンは何らかの影響を与えるはずだ。地球内部であれば知恵を絞れば何とかなるかもしれないが、相手が太陽となると取り返しがつかなくなるかもしれない。


 ノロはこう考えて回収を決断したのだ。そこまで考えての作戦だが、このノロの考えを正確に理解した者は、グレーデッドと地球連邦政府の大統領チェンと日本の首相の鈴木ぐらいだった。むしろ、そこまでしてなぜトリプル・テンを回収するのかと考えたいくつかの国の首脳は密かにトリプル・テン入手を企むようになった。


 なんとかゴミを片付けて傷ついた地球を再生しようとするノロやグレーデッドの努力が報わ

 

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 れないようなことを考える人間が増える。


 しかし、グレーデッドは表面的には真面目に元海底から集めたゴミを処分しようと努力した国から順番に救いの手を差し延べた。今日もおんぼろタンカーを差し向けて圧縮したゴミを満載させて宇宙船化したタンカーが次々と太陽に向かう。


 一方、このころより大国は自国の軍が衰退したとは言えトリプル・テンを手に入れようと密かに作戦を立てる。


「受けた恩を仇で返すことは地球連邦政府として容認しない」

 この動きを見越したチェンが張り裂けるような声で各国首脳に警告する。自ら軍を持たない地球連邦政府は無力だ。母国の中国ですら大統領のチェンには冷たかった。

 

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