第百九章 決着


【時】永遠二十二世紀から二十六世紀
【空】地球ノロの惑星
【人】ホーリー サーチ ミリン ケンタ 四貫目 ノロタン 住職
   Rv26 カーン・ツー MK33 三太夫


***


「地球に戻って大統領として残りの任期を全うする」


 元の体型に戻ったRv26が力強く発言する。


「しかし、三太夫がいる。手強い」


「まず、五稜郭を落城させる」


「俺たちも協力する。ビートルタンクを派遣しよう。それにクワガタ戦闘隊も」


 ホーリーがRv26からサーチに視線を移す。


「待って」


 サーチが苦笑する。


「その作戦に賛成よ。でもノロの惑星には宇宙戦艦はないわ」

 

[620]

 

 

 Rv26がサーチに近づく。


「地球連邦軍は二〇隻の宇宙戦艦と四〇隻の宇宙フリゲートを保有している。必要なだけ差し上げます」


「ありがとう。でもそう意味で言ったのじゃないの」


 サーチに視線が集まる。


「ノロの惑星防衛隊の戦力はビートルタンクと約二五〇機のクワガタ戦闘機だけです。この防衛隊の隊長は誰?それにこの星の大統領は誰?」


「うーん。サーチだ」


 ホーリーが無理矢理結論を出す。


「随分前はホワイトシャークの船長だったけれど、今はノロタンがリーダーシップをとってみんなを引っぱっているわ」


 やっとサーチが言いたいことを理解したホーリーが言い放つ。


「この星の人口は数千人だ。しかもほとんどがアンドロイドで人間は海賊と俺たちのわずか一〇〇人ほどだ」


 ここでノロタンが発言する。


「人間のノロが造った星だ。人間がリーダーになればいい。選挙は不要。阿吽の呼吸で全員が結束すればいいのだ」

 

[621]

 

 

「阿吽の呼吸ね……」


 サーチがホーリーを見つめる。


「俺は不器用だ」


 ホーリーが一歩下がる。


「でも地球の大統領はRv26よ。連携が必要でしょ」


 サーチの理詰めの言葉に周りの者が頷く。そしてRv26も器用に笑顔の表情をホーリーに向ける。


「ホーリーと組むのは久しぶりだな」


「おい!待て」


 すぐにRv26の表情が元に戻る。


「でも任期はあとわずか」


「そうだろ!そうだろ!それに一番ふさわしい元補佐官のカーン・ツーがいるじゃないか」


「もちろん、カーン・ツーも候補だわ。でも……」


 怖い表情をしてサーチがホーリーに近づく。


「……Rv26の大統領としての任期が切れるまでホーリーがノロの惑星のリーダーです」


 そして囁くと言うよりはホーリーの耳元にきつい言葉を押しこむ。


「宇宙戦艦とビートルタンクの両方を扱えるのは、あなたしかいない」

 

[622]

 

 

「賛成!」


 大きな声をあげたのはミリンだった。


「お母さんもすごいけれど、やっぱりお父さんが頼りになるわ」


 ホーリーは娘の推薦に照れる。


***


「もう、これぐらいにしてくれよ。ハー、ハクション」


 変装が完了したホーリーが鏡の前でクシャミをする。


「本当のお父さんになったわ」


 ホーリーたちは永遠生命保持手術を受けているから誰もが二十代の身体を維持している。そのまま地球に戻ると人間に混乱を招くかもしれない。


「もう五〇〇年以上経っている。永遠生命保持手術のことなんか知っている者はいないのでは?それに俺たちのこと覚えている者は誰もいない」


「それは分からないわ。孫の孫の孫の、またその孫の……とにかく自分の子孫の振りをしなければならないわ」


「サーチの言うとおりじゃ。念には念を入れた方がいい」


 やはり若い住職がホーリーの肩を叩く。

 

[623]

 

 

「髭がいやなら、わしのように丸坊主はどうじゃ」


「髭でいい」


「結構似合う」


 Rv26がまじまじとホーリーを見つめると、笑顔のサーチが寄りそう。


「貫禄あるわ。見直した」


 そのとき天井から声がする。


「宇宙戦艦が時空間移動してきました」


 すぐさま宇宙戦艦の艦長から連絡が入る。


「オニヒトデ戦闘機は見当たりません。というより地球の五稜郭が不穏な動きを示しています。恐らく五稜郭に戻ったのでしょう。急いで地球へ」


「分かった。ビートルタンクを積み込んで出発しよう」


 ホーリーが応答するとケンタやカーン・ツーらに近づく。


「サーチ、ケンタ、カーン・ツー、四貫目、ビートルタンクのタンク長に任命する。変装を確認しろ。あっそうだ!住職にはカツラを!」


「何!カツラじゃと?」


***

 

[624]

 

 

「まるで仮装行列だ」


 宇宙戦艦の艦橋でお互いの姿を見て大笑いする。艦長席に着くとホーリーが引き締める。


「地球連邦艦隊の司令官を呼び出せ」


 すぐコンタクトが取れる。


「地球連邦艦隊司令官のMK33です」


「えっ、MYではなくMK33?」


「そうです。少し端折りますが、MY28とMA60の子MK28,その子のMJ28の子の……」


「もういい。それより五稜郭の状況は?」


「要塞化しています。難攻不落の城になりました」


 すぐさま映像が送られてくる。浮遊透過スクリーンに眩しいぐらいの淡い紫色の五稜郭が現れる。


「これは?」


 Rv26がMK33に直接通信で尋ねる。このような状況も想定してRv26は補佐官だったMK33を地球連邦艦隊司令官に採用したのかもしれない。


「そうか」


 司令官の説明と映像からRv26が断定する。

 

[625]

 

 

「トリプル・テンを五稜郭全体に薄く塗りつけたに違いない」


 四貫目は忍者装束で顔を隠しているので変装していない。


「それがしが不覚にも落としたトリプル・テンが原因では」


 ホーリーがかばう。


「四貫目のせいではない。金の性質を持っているから金箔のようにいくらでも薄くすることができるのだろう」


「そうすると厄介なことだ」


 Rv26が腕を組む。巻物のトリプル・テンの記述を思い出す。


「トリプル・テンに包まれた物質はすべての光を吸収して見えなくなる」


「淡いがなんとか五稜郭は見えるぞ」


 住職が浮遊透過スクリーンを見つめる。


「幸いなことに四貫目が手に入れたトリプル・テンは小さな瓶に入っていた」


「少量でも効果があるのじゃ」


「だが、透明になっていない」


「今はそうじゃが、やがて……」


 ここでホーリーが何かに気付いて手を打つ。


「MK33!今の五稜郭は昔の五稜郭と同じ大きさか?」

 

[626]

 

 

「約三分の一ぐらいです」


「やっぱり!」


 ホーリーのひらめきに住職が追従する。


「いくら延びると言っても限界があるはずじゃ。しかし、縮めばわずかなトリプル・テンでも全体を包むことができる。大きな顔だと大量の化粧クリームがいるが小顔だったら少しで済むのじゃ」


「小顔になる前に叩かなければ」


 ホーリーが拳を握りしめる。


「直接五稜郭に移動!ビートルタンク出動準備!」


 艦橋を出ようとする四貫目に住職が声をかける。


「四貫目」


 懐から巻物を取り出す。


「これを返すのを忘れておった」


「これは大事なもの。預かってください」


「冒頭に書かれている文字を見たか」


「存じている」


「『肌身離さず』と書かれていた」

 

[627]

 

 

 四貫目が住職から巻物を受け取ると懐にしまう。そしてケンタやカーン・ツーたちと共に艦橋を出るサーチのあとを追う。そのサーチにホーリーが声をかける。


「本来俺が行くべきだが、頼むぞ」


「大昔、私は男の軍隊の壊滅戦闘隊のリーダーだったわ。忘れたの?」


「確かに手強かった」


 艦体が軽く振動する。


「五稜郭上空に到着しました」
***
 五稜郭の中で三太夫が大声をあげる。


「もっともっと小さくしろ」


 トリプル・テンのすべてを理解している訳ではないが、三太夫の直感は何をすべきか的確に把握していた。つまり五稜郭全体を包むほどの量はないが、五稜郭自体を縮めることによって相対的にトリプル・テンの量を確保する作戦に出た。


「不思議な物質だ。この三次元の世界だけに存在する物質なのか」


 三太夫はノロの惑星上空でビートルタンクの攻撃を受けて辛うじて五稜郭に戻ったときのことを思い出す。

 

[628]

 

 

「地球までは救助された宇宙戦闘機で時空間移動して戻ったが、五稜郭までは有視界飛行しなければならなかった。空間座標が分かっていたから五稜郭の近くまで戻れたが……」


 そのとき三太夫が見た五稜郭はまるで陽炎のように淡かった。戦闘機の操縦士が少しでも脇目をすると見失うほど存在感のない五稜郭だった。


「木の葉隠れの術や塗り壁の術など、この透明の術の前では子供だましだ。ステルス戦闘機も所詮視覚を騙せるものではない」


 三太夫が急に大きな声をあげて笑う。


「難攻不落の城だ。無敵の城だ。限界城が復活する。浮上せよ!大空を目指して」


***


「五稜郭が消えた」


 次元レーダーも最後の頼りの視覚も五稜郭を補足できない。


「そんなに遠くに移動していないはずだ。ビートルタンク出動!」


 ビートルタンクに待機していたサーチたちから次々と無言通信が入る。


{了解!}
{発進!}

 

[629]

 

 

 艦底から四台のビートルタンクが飛び立つとミリンがホーリーに意見する。


「宇宙空間に移動されたらビートルタンクはクワガタ戦闘機の助けがなければ行動できないわ」


「承知している」


 強気な言葉を返すが、見えない敵にどう対処するかの算段はない。


「艦長。地球連邦艦隊と合流しますか」


「いや。ビートルタンクに指示を出さなければならない。単独行動する。その旨、地球連邦艦隊司令官に伝えろ」


「了解」


「全砲門を開け」


 限界城が消えた辺りに全主砲が砲塔を向ける。


「ビートルタンク!一辺百キロメートルの正方形体勢を取れ」


 地球連邦艦隊も間隔を開けてお互いの距離を取る。


「どうした?なぜ攻撃してこない?」


 ホーリーが焦って貧乏揺すりを始める。性格上待たされるとイライラするのだ。それを見越したようにミリンがいさめる。


「艦長!落ち着いてください。士気に影響します」

 

[630]

 

 

「えっ!そうだな」


 そのとき浮遊透過スクリーンが真っ白になる。


「空間の一角から強力な光線が!」


 何隻かの地球連邦艦隊の戦艦やフリゲートがまるで溶けるように消滅する。


「光源の位置を捕捉」


「主砲発射!」


 地球連邦艦隊の全宇宙戦艦と宇宙フリゲートからも主砲が発射される。しかし、すべての光跡が大空の彼方へと消えていく。


「主砲発射停止!」


 ホーリーの顔がひきつる。


「ダメだ!」


「弱音を吐かないで」


 ミリンが大声を出す。極度に緊張しているホーリーはミリンの声に耳を貸さずに命令を下す。


「地球連邦艦隊の司令官に伝えろ!地表すれすれまで降下しろと!」


――五稜郭、いや限界城は必ず下から攻撃してくる!


「先に下に潜り込まなければ」


 上空から攻撃すると逸れた主砲の光線が地上に到達する恐れがある。そうなれば地球市民が蒸発してしまう。ホーリーはこう考えた。

 

[631]

 

 

「間もなく地上すれすれの高度に達します」


「降下停止。反転!艦首を上に向けろ」


 艦内が大きく揺れる。


「地球連邦艦隊は?!」


「まだ降下中です」


「早く!急げ!」


 浮遊透過スクリーンを見つめながらホーリーが号令する。


「間に合わないかもしれない。限界城の攻撃が始まったらすぐその攻撃地点を割り出して命令しなくても全主砲を発射しろ」


 ホーリーの命令が終わらないうちに浮遊透過スクリーンが強烈に輝くと過半の地球連邦艦隊の艦船が消滅する。


「擊て!擊て!」


 地球連邦艦隊も応戦しようとするが主砲は火を噴かない。つまり地上に向けて発射できない。ホーリーの予感が悪い方に的中した。


{ビートルタンク!限界城の位置の捕捉は?}
{捕捉完了!ロックしました}

 

[632]

 

 

{正方形の隊形をできるだけ縮めてから二次元エコーを発射!}
{発射!}
{頼むぞ!サーチ、ケンタ}


 艦体が大きく揺れる。


{発射したら退避しろ}


 遅れて大きな爆発音が天井のスピーカーから流れる。


{サーチ!}
{四貫目のビートルタンクが!}
{四貫目!大丈夫か}


 しかし、応答はない。


{四貫目!}


***


 爆発を起こしたのは四貫目の乗ったビートルタンクを護衛していたクワガタ戦闘機だった。その衝撃でビートルタンクはきりもみ状態で落下する。四貫目が操縦桿を握りしめて体勢を立て直そうとする。ホーリーの無言通信に反応する余裕はない。


「二次元エコー攻撃の結果は?」

 

[633]

 

 

「あっ!」


 砲撃手がモニターを見て驚く。


「あれは?」


 今まで見えなかった限界城が現れる。二次元エコーの攻撃でトリプル・テンが剥がれたのか限界城の一部が露出している。なんとか水平に保つと四貫目はモニターを直視する。そして悟る。


「相打ちか」


 二次元エコーの発射と限界城からの攻撃が同時だったのだ。しかし、結果的には二次元エコーのエネルギーが優ったようだ。


「限界城に侵入するぞ!」


 四貫目が操縦桿を握り直す。背中の羽が広がると目に見えない速さで羽ばたいてまっしぐらに限界城に向かう。同時に先が割れた砲身からキラキラと輝きながら進むレーザー光線が断続的に発射される。


「ショックに備えろ!」


 羽をしまうとキャタピラが回転する。


「限界城は五稜郭そのものだ。天守閣に向かう。砲撃続行!」

 

[634]

 

 

***


「トリプル・テンのバリアーが破られました」


「承知している。地上戦の準備を急げ!」


 三太夫が忍者の装束をまとう。


「誘いとも知らずに四貫目がやってくる」


 さすがに三太夫の読みは鋭く深い。四貫目がビートルタンクで限界城を攻撃すること、しかもどのビートルタンクに四貫目が乗り込んだまでを的確に読んでいた。


「今度こそ仕留めてやる」


 しかし、四貫目が何百年の間も絶えず身体を鍛え続けていたことまでは知るよしもない。しかも様々な戦闘に参加して豊富な経験を積んでいる。いかに最高の術者であっても三太夫は伊賀を出てから、ほとんど限界城の中で行動していた。


 それでもどれだけの年月を経ても頭領は頭領だ。つまりいつまでたっても先輩は先輩なのだ。つまり四貫目に勝ったことがなかったのに三太夫は自分の優位性に疑いを持ったことはない。


決して揺るぐことがない恐ろしいほどの自信を持っている。


「オニヒトデ戦車の攻撃態勢完了」


――この戦車で四貫目がやられる可能性は低いが、必ずビートルタンクから引きずりだしてやる

 

[635]

 

 

 三太夫が忍剣を背負う。


「そして五次元カブトワリの恐ろしさを見せつけてやる」


***


「すごい数です」


「ひるむな。敵の戦車の砲撃がずれればずれるほど限界城が崩壊する」


 四貫目の言葉に砲撃手以下海賊が勢いづく。


「そうか。俺たちは敵の腹の中にいるようなものだ」


「存分に暴れ回ってやる」


「そのとおり」


 頷きながら四貫目がサーチ、ケンタ、カーン・ツーに無言通信を送る。


{三台しかないが、限界城を遠巻きにして二次元エコーで攻撃してくれ}
{四貫目!無事だったか}


 やっと四貫目からの無言通信を受け取ったケンタが喜ぶ。


{今の作戦を復唱しろ}
{了解と言いたいところだが、三台では二次元エコーは無理では?}
{威力は半減どころか一割程度に落ちるが、それでも今の限界城には大きな打撃を与えることができる}

 

[636]

 

 

「分かった!」


 サーチも無言通信を返すが、そのあと宇宙戦艦のホーリーに発信する。


{四貫目は無事です}


 その間カーン・ツーからの助言の無言通信が四貫目に届く。


{了解した}


 四貫目は返信を省略して操縦席から離れると本来の操縦士と交替する。


「お前の腕を見せてやれ!」


 やはり限界城の中では攻撃しづらいのか、今のところ対峙するオニヒトデ戦車からの攻撃はない。四貫目はいつでもビートルタンクから外に出れるよう後部の脱出用ハッチの下で身構える。


「全速前進!砲撃開始!」


 ビートルタンクはゆっくりとした前進から一気に最高速度に達する。これまでの白い粉を撒き散らすような光線ではなく、破線のような断続的な黄色い光線が数台のオニヒトデ戦車に向かう。ほぼ同時にオニヒトデ戦車の五本の砲身を持つ砲塔が回転しながら紫色のレーザー光線をビートルタンクに発射する。


 破線のような光線はひとつひとつが分離して次々とオニヒトデ戦車に命中する。大音響とともに粉々に破壊される。さらにビートルタンクが浮きあがると連続的に黄色い破線光を発射する。そのすべてが確実にオニヒトデ戦車に命中するが、数が多すぎる。

 

[637]

 

 

 絶え間なく爆発するオニヒトデ戦車の低震動波から限界城の位置座標を正確に把握した三基のビートルタンクから二次元エコーが発射される。二次元エコーの発射能力を持つビートルタンクはもちろん影響は受けないが、オニヒトデ戦車は星形の紙切れとなって燃え尽きる。


「今だ!」


 四貫目がハッチを開ける。


「攻撃の手を緩めるな。俺は限界城の中枢部に潜入する」


「えっ!」


 砲撃手が叫んだときには四貫目の姿はなかった。


***


「やるな」


 三太夫は透過浮遊モニターを見つめながら唸る。


「これほどの攻撃力を持っているとは」


 そのとき浮遊透過モニターの画面一杯に桜の花びらを長くしたような紫色の紙吹雪が舞う。それはオニヒトデ戦闘機が次元落ちした成れの果ての姿だった。

 

[638]

 

 

「二次元エコーを発射したのか?。三台になっても発射可能とは……」


 あらゆる通信網が寸断される。報告がまったく途絶えたとき三太夫は背後に殺気を感じとる。


「とう!」


 辛うじて四貫目の電磁忍剣を避けると三太夫も忍剣を抜く。


「待っていたぞ」


「!」


 三太夫の言葉より四貫目は自分の目を疑う。三太夫がノロのように背が低いのだ。改めて周りを見るとすべてが縮んでいる。


「!」


 四貫目に対峙した三太夫も驚く。四貫目がとても大きく見えるのだ。お互い間合いが取れないまま静止する。だが、すぐふたりとも重大なことに気付く。四貫目は忍剣を構え直すと距離を開ける。子供なら別だが、飛道具の扱いを極める小人となった三太夫にとって大きな目標は攻撃しやすい。


「四貫目!お前の負けだ」


 すーと間を詰めると三太夫の両掌がかすかに動く。


「ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ」


 かすかな音がすると複数の五角形のカブトワリが四貫目の身体を通過する。四貫目が忍剣を回転させるが、ひとつとして防ぐことはできなかった。カブトワリ自体が小さくなっていたので、長い忍剣では防ぐことができなかった。三太夫は忍剣を抜くとヒザから崩れた四貫目に斬りかかる。

 

[639]

 

 

「とう!」


 四貫目は渾身の力を振り絞って受けとめるとあえて忍剣を手放す。すぐさま電磁ナイフを取り出すと三太夫の利き腕側の左肩口に当てて全体重をかける。三太夫の肩の根元で左腕が分離される。身体が大きい長所を生かした攻撃に三太夫は跳躍してなんとか逃れる。利き腕を失った三太夫のカブトワリの術を封じたと判断した四貫目は間を置くことなく右手で電磁ナイフを持ったまま、左手で床の忍剣を拾うと首めがけて切りつける。案の定、三太夫の右掌がかすかに動く。


「ヒュッ」


 四貫目は忍剣ではなく電磁ナイフでカブトワリを退ける。そのとき背後で音がする。


「ヒュッ」


「うっ!」


 四貫目の背後の床で切り落とされた三太夫の左腕の手先からカブトワリが放たれたのだ。すでにかなりの数のカブトワリを受けた四貫目はもんどり打って倒れる。再び忍剣を投げだし懐を探って回復剤の瓶を探すが割れていた。永遠生命保持手術の効果を自力で果たすには安静が必要だが、とどめを刺そうとする三太夫に慈悲がある訳がない。ところが三太夫の首は四貫目の忍剣で切り落とされていた。三太夫の本体が自分の頭を求めて右往左往している。

 

[640]

 

 

 四貫目は懐を探っていた手の力を緩める。その手が巻物に触れる。じっとりと濡れて水分を含んだ感触に四貫目は一縷の望みを託す。そして巻物を咥える。


――回復剤が染みこんでいる……


 一方、ゆっくりだが確実に三太夫の身体は主を目指して近く。そして利き手の左腕も。


***


 首元に頭部が磁石に引きよせられるようにくっつく。遅れて左腕も肩口に接続される。やがて鋭い眼光が天井にサーチライトのように延びる。そばには四貫目が倒れている。三太夫はゆっくりと立ち上がると吠える。


「ワシの勝ちだ」


 ヒザを突いて四貫目が咥える巻物を手にしようとする。しかし、巻物を噛みしめる四貫目の頭が浮くだけで取りあげることができない。


「クククッ。最後まで楯突きよるわ」


 くぐもった笑い声をあげて忍剣を持つと大きな身体の四貫目のノド元に当てる。そして縮んだ身体の全体重を忍剣にかける。

 

[641]

 

 

「覚悟!」


 四貫目のノド元から血がにじみだしたとき巻物の軸の両側に鋭い槍の先のような突起物が出てくる。その先端から光が飛び出して三太夫の目を直撃する。咄嗟に後ろ飛びに跳躍した三太夫は踏ん張ると忍剣を振り上げる。四貫目は左手で口から離れ落ちる巻物を握ると上半身を起こして構える。三太夫が踏みこみながら叫ぶ。


「おのれ!」


 四貫目は巻物の両側に飛び出した目映い槍の片側の根元で三太夫の忍剣をしっかりと受けとめる。そして押し返すと跳躍して間を取る。


「隠し槍の術?」


 ひるんだ三太夫に両手で巻物を握り直すと四貫目が反撃を開始する。しかし、さすが三太夫だ。後退しながらも四貫目の攻撃を避けて距離を取ると三太夫の左右の掌が微妙に動く。一方、四貫目が持つ巻物が回転を始める。次の瞬間、複数のカブトワリが四貫目に向かう。


「キュン、キュン、キュン」


 カブトワリは急回転する巻物にはじかれて落ちる。


「敗れたり!カブトワリの術」


 四貫目がそのままの勢いで三太夫に切り込む。三太夫の忍剣は回転する巻物の槍を止めようとするが、如何せん、縮んだ身体では対抗できない。握りしめていた忍剣が飛ばされてしまう。

 

[642]

 

 

「とう!」


 三太夫の上半身は見る間に輪切りにされて、そしてずれ落ちる。そのとき後ろからサーチの声がする。


「四貫目!」


 飛び出していた槍が消えるように巻物に収まる。


「ただの巻物ではないのね」


「そのようです」


「限界城を占領したわ。でも、なぜこんなに小さくなったのかしら」


「恐らくトリプル・テンを……」


 そのときケンタからの無言通信がサーチに、カーン・ツーの無言通信が四貫目に届く。


「退避してください。限界城が自爆します」


「!」


 四貫目はサーチの手を取ると走り出す。

 

[643]

 

 

[644]