30 公務員とボランティア


「身体が軽い。何でも出来るような気がするわ」


 田中の狭い部屋で山本がおどけてみせる。そのとき例のテレビが明るくなると鈴木が現れる。


「日本の国土は世界一になりました。しかし、福島の原子力発電所の放射性物質の拡散、そして老朽化した各地の原子力発電所の廃炉作業中の事故で我が国は汚染国家のレッテルを貼られました。しかも巨額の財政赤字」


 深刻な内容の話なのに鈴木にはなぜか余裕が感じられる。


「随分前になりますが、総理大臣はもちろんのこと全大臣が辞任し、高級官僚も責任追及を恐れて辞職しました。その直前に危機的財政赤字に対して増税が決まりましたが、多くの資産家が海外に逃げ出しました。もちろん資産家が多い国家議員も日本国籍を捨てて外国人になりました。さて、皆さん……」


 テレビに視線を固定したまま山本が田中に感想じみた言葉を発する。


「鈴木さんって、海上自衛隊の偉いさんなのに、しゃべり方が柔らかいわね」


 田中は頷くだけで画面を直視する。ふたりの大家も黙って画面を見つめる。


「数は少ないとはいえ、国会議員と高級官僚が抜けると、意外なことに財政がにわかに改善されました」

 

[315]

 

 

「まさか」


「彼らの歳費や給与は高いと言っても人数が知れているので、その額は知れています。しかし、彼らがいなくなってから、行政が停止したことによってかなりの支出が止まったのです。つまり、無理して働くのを止めて会社を休んだら健康になった」


 山本が小膝を叩く。


「鬱病の人が退職したら、鬱病が治ったというのと同じだわ」


「そんな単純なことではありません」


 まるでテレビの中の鈴木が山本をたしなめているような感じがする。


「一番大きな原因、つまり、財政危機を救ったのは地方公務員がボランティア化したことです。このことについては後ほど説明するとして……」


 鈴木が言葉を区切る。鈴木の姿が消えて日本列島、いや日本大陸の地図が現れる。


「もちろん、地方の有力者も海外に脱出しました。そのときに土地をスーツケースに入れて外国に行くことは不可能です。そうすると不動産を売ってお金にして外国に行くしかありません。ところが日本の領土は世界一になりました。海から近いところにあった都市のほとんどが都市として機能しなくなりました。さらに土地は有り余っています。地価は急落して売るに売れなくなりました。開拓すべき広大な土地が目の前にあります。そうです。日本は資源大国になりました。原油やLPガスの埋蔵量は世界一です。金やプラチナ、そしてレアメタルもです。こ

 

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んなはずじゃなかったと、今になって責任を放棄して逃げ出した政治家や高級官僚や資産家が再び日本に戻って昔の権利を主張し始めていますが、ここで国民の皆様方に相談したいことがあります。ご存知のとおり海水の後退による世界危機に対応するために私は国連の実務総長に任命されました。しかし、日本のことが気がかりです。私はどうすればいいのでしょうか」


 鈴木の人柄がそのまま伝わってくる。日本大陸の地図が消えると鈴木が深々と頭を下げる。そして逆田が鈴木の横に現れる。


「良い悪いは別として、マニフェストに書かれていることは無視して、書かれていないことに不退転で望むと頑なに突っ走る元首相。津波で損傷した原子力発電所の不手際な対応しか出来なかった元首相。巨額の贈与税を脱税していた元首相。漫画と酒をこよなく愛して国民を愛しない元首相。すぐに仕事を投げだす元首相」


 鈴木は逆田の横顔を見つめて黙って頷く。


「それに失言暴言、勉強不足の大臣。そんな人たちが過去の実績を誇張して日本に戻ってきました。受け入れる訳にはいかないでしょう。なぜなら同じ過ちが繰り返されるからです」


 田中がテレビの逆田と横にいる山本に問いかける。


「鈴木さんがなぜテレビに出ているのか分からないけれど、この放送はこのテレビしか見えないんでしょ?」


 山本が間一髪おかずに返答する。

 

[317]

 

 

「もう、私たちの放送はこのテレビだけではなく誰でも視聴できます。会社は小さいですが、今や全世界に対して放送できる有力なメディアです。もちろん超特殊な画面はこのテレビでしか見られませんが」


 山本が胸を張るとテレビの中で逆田も誇らしげに語り始める。


「数々の苦難が私どもの放送局を成長させました。しかし、真実をそのまま報道するという姿勢に変わりはありません。真実というものは器用なやり方、逆に不器用な対処のどちらに対しても無縁です。その中立的な立場は崇高なものです。それを失えばすべてが終わります」


「現実な対処方法は?」


「わしは橋本に任せてはと思うのじゃ」


「橋本?」


「この街の市長は橋本という三〇代の若い市長じゃ」


「市長をいきなり国政に?」


 山本に追従するように田中が立派な服の大家に尋ねる。


「どんな人なのですか」


 質素な服の大家が続く。


「わしがいたこの町の市長はいい加減な市長だった。誰が市長になっても同じで市長選の投票

 

[318]

 

 

率は全国最低だった。その結果二十年もそいつは市長の椅子に居座りよった」


「橋本市長の基本的な考えは明瞭じゃ。公務員は国民や住民の公僕ではなく、単なるボランティアで、給料が高いとか安いとか、九時から五時までしか働かないとかというのはもってのほかじゃと言っとる」


 テレビに橋本市長が現れる。


「若いわね。それにハンサムだわ」


 山本の言葉に反応したのか、画面の橋本がしゃべり始める。


「本来、人のために無欲で奉仕すれば、結果としてその人に感謝の気持ちを抱くはず。一方、倒産することもなく給与が保証されているにもかかわらず、公務員は国民や住民に奉仕するのが責務なのに、奉仕どころか国民や住民に牙をむくことさえある。最近でこそ窓口の対応は丁寧になっているが、親切だという感じはない。慇懃無礼で有名な銀行の窓口対応といい勝負をするぐらい住民に不快感を与えることが日常茶飯事だ。ところで今回の震災でのボランティアの活躍を見よ。自費で被災地へ向かい無償で、そして必死になって被災者の手伝いをする。これが本来の意味での奉仕活動だ。公僕だと言われている公務員ではなくボランティアが実践している。もちろん、自衛隊員や警察官の活躍は目を見張るものがあった。それに被災地に派遣された地方公務員の活躍も素晴らしかった。しかし、彼らは休みを取って被災地に向かったのではなかった。給料を貰っているだけの仕事以上に彼らは仕事したし、さすがにプロだという

 

[319]

 

 

対処をした。それに比べれば確かにボランティアは一所懸命努力したが、非力であったことは否定できないが、被災者のそばにいて心のよりどころになったのは賛美すべきだ。しかも現場に馴染むと、専門家顔負けの作業をこなした。そう、このボランティア精神を公務員たるもの徹底的に学ばなければならない。極論すれば、公務員を全員首にして、ボランティアと入れ替えてみるという社会実験をしたいぐらいだ。過激かも知れないが、それぐらいの意識改革が今の公務員には必要だ。私は市長だ。大した仕事もせず、通り一遍の答弁を繰り返してばかりいれば、やがて選挙で首になる。ところが公務員にはそれはない。不祥事を起こさない限り、大した仕事もせずに、通り一遍の報告書の作成に専念しても首にはならない。民間なら即刻首だが、無償のボランティアでも気持ちが入ってなければ、被災者が煙たがる。そのボランティアは失意のなか被災地を離れるしかない。無償だからと言って許されないばあいがあるのだ。ましてや民間より高い給料を貰って、短い時間しか働かない公務員を住民がいつまでも許容するはずがない。ここは危機感を持って、そしてチャンスだと思って住民のために心底真面目に働いて欲しい」


 ここで逆田の声が流れる。


「これは橋本市長が就任したとき市職員幹部に対しての訓示の一部です」


 田中が感動する。


「すごい!」

 

[320]

 

 

「あほ。常識を言っただけじゃ」


 立派な服の大家に質素な服の大家が反論する。


「アホはおまえだ。常識が通用しないこの世界でよくぞ言いきったと拍手を送るべきだ」


 テレビの中から逆田がふたりの大家に微笑みかける。そしておもむろに口を開く。


「次にこれをご覧下さい」


「野口総理大臣だ」


「これは復興庁が発足したとき、職員に対して行った訓示です」


 総理大臣が背広の裏ポケットからなにやら取り出すと広げてマイクやボイスレコーダーが並んでいる演台に置く。そしてその何やら、すなわちスピーチの原稿を読み上げる。

 

「復興庁の職員になられた皆様に心よりお礼を申しあげます。地震、津波、そして原発事故の三重苦に被災者が苦しんでいます。このような状況を少しでも改善しようと各省庁はそれなりに尽力してきたことは国民並びに被災者も十分理解していますが、何分数百年に一度あるかないかの未曾有の大災害に対して各省庁の対応は空回りしております。そこで強い権限を持った復興庁の発足にたどり着きました。復旧、復興に対処すべく各省庁から生え抜きの皆様に……」


「此の期に及んで何を言いたいのか。復旧すら出来てないのに、軽々しく復興などいうもんじゃない」

 

[321]

 

 

 総理大臣の訓示のビデオが消えると逆田が立派な服の大家に目線を移す。


「具体的な訓示は復興担当大臣がするのでこのような通り一遍の訓示になったようですが、続きを見ますか」


 拒否したのは質素な服の大家だった。


「もういい」


 しかし、田中だリクエストする。


「復興担当大臣の訓示は?」


「聞かない方がいいと思いますが、ご要望なので……」


 画面に復興担当大臣が現れる。


「……今までの縦割りではなく、復興のために各省庁の協力を取りつけて横断的に被災地、被災者にに対して最大の支援をするために復興庁が創設された。皆さんは関係各省庁から選ばれたエリートだ。出身母体に対して横断的に被災者のために最大限の知恵を絞りだして、具体的な対応策を検討して、復興事業を推進させなければならない。そのためには関係各省庁と連携するとともに、被災した県の知事や市町村の首長の要望に耳を傾けると同時にその要望の分析並びに可能性を精査して検討に値すると判断されたときは、実行可能かどうかを各省庁に判断を仰いだ上でスピード感を持って復興計画を立てて頂きたい。以上です」


「なんだ?これは」

 

[322]

 

 

「だから聞かない方がいいと言ったのです」


「復興の最高責任者の訓示がこの程度なら、先が暗いわね」


「橋本市長は訓示のあと幹部職員を解放することなく、そのまま散具体的な施策を矢継ぎ早に幹部全員に指示した。自分の部署に関係する、しないということなど無視して全幹部に指示してこれからすべき施策を共有させた。こんな細かいことと思われることまでくどくどしいぐらいに徹底した。そして最後に次のように言い放った」


 復興担当大臣と違って若くてはつらつとした橋本市長の訓示画面に戻る。


「幹部に裁量権があるのではなく、裁量権は市長にある。だから私が責任を持つ。もし勝手に裁量権だといって中途半端な施策をして効果が上がらなければ、解職又は降格させるとともにその施策が遂行されるまで責任を取らせる。責任を取らない行政は行政ではないことを肝に銘じて欲しい」


「総理大臣や復興担当大臣と違うな。言っていることが明瞭簡潔じゃ」


「なぜこんなにも違うんだろう」


 山本が応じる。


「最大の原因は人事権。市長は市職員の人事権を持っている。でも、総理大臣はもちろんのこと、復興担当大臣も人事権を持っていない。しかも復興庁の職員は各省庁からの単なる出向人事で復興庁に転籍した訳ではありません。いずれ出向元に戻ります」

 

[323]

 

 

「そうか。でも単なる出向だとしても、いい加減な仕事をすれば元の省庁に帰れないんじゃ」


 田中が食いさがる。


「いいえ。忠実に彼らは元いた省庁のために働くわ。彼らは被災者やその県知事、市町村長のために働くのではなく、残念ながら顔は出身母体の省庁に向いている」


「そんな」


 田中はうつむきながら顔を横に振るが、両大家は弱々しく首を縦に振る。


「これが現実じゃ」


「そのとおり」


「だったら、なぜわざわざ復興庁を造るんだ!」


 田中がキッと顔をあげて両大家に噛みつく。


「そうだ!」


「確かに田中さんの言うとおりじゃ」


「パーフォーマンスね。一所懸命やってますよっていう言い訳」


「そんなことして何になるんだ」


「決断と実行のその日暮し。ただそれだけ」


 両大家が山本を見つめる。


「山本さん。あんたは大した人物じゃ

 

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 先に立派な服の大家が反応する。先を越された質素な大家が続ける。


「今の日本の現状を見事表現した一言だ」


 山本は両大家の言葉を無視してテレビに向かって叫ぶ。


「何とかしなければ!」


 テレビの中で逆田が頷く。


「さて本日は復興費用をどう捻出するか、議論したいと思いますが」


 逆田がそう言いかけて絶句する。そして久しぶりに画面右端のみの映像に変わる。そこには逆田ひとりが映っている。それ以外は真っ黒で何も映っていない。


「誰がこのような人選をしたんだ」


 逆田が独り言のように疑問を呈する。


「今や我が番組に出演したい人が一杯います」


 画面の外から声がする。


「だからといって……」


 逆田の姿が消えると画面全体に著名な人々がコーディネーターとして着席している様子が映しだされる。狼狽え気味の逆田が何とか声を絞りだす。


「復興費用を捻出する名案はないものでしょうか」

 

[325]

 

 

 すぐにある政治評論家が提案する。


「公務員の給料を下げればいいのです。消費税の増税で震災復興費用を賄おうという議論もありますが、まず、国会議員の歳費とその定数の削減。これは国会のリストラで国民に対してのアピールです。そして国家公務員の給料のカットをします」


「なるほど」


 これもまた著名な経済評論家が間髪を容れず付け加える。


「単純計算すれば十パーセントカットで約三兆円捻出できます」


 元知事が首を横に振って反論する。


「そのような単純な意見は慎むべきです。公務員の給料を下げればそのぶん消費が減ります。そうなれば、そのぶん経済が縮小します」


「あなたは経済法則を知らない。カットした三兆円を被災地で消費して貰うから、問題はない」


「いずれも間違っている。給料を減らせば公務員のやる気がなくなって復興の仕事をしなくなる」


「元々大した仕事をしていないじゃないか。公務員は」


「ギリシャほどではない」


「そんなことをいうとギリシャ人から抗議されるぞ」

 

[326]

 

 

「ま、待ってください!」


 たまらず逆田が割って入る。そしてコーディネーター一人ひとりに頭を下げる逆田の姿が画面に現れる。


「大変失礼しました。コーディネーターの方々の紹介を失念していました。画面向かって左から……」


 逆田が丁寧にコーディネーター一人ひとりの名前と簡単な経歴を披露する。そしておもむろにコーディネーターに向かって質問する。


「失礼を重ねますが、皆様方の年収はどれほどなんでしょうか」


 全員、節句する。


「今度は視聴者の方々にお詫びを申しあげます。今回の討論、人選に問題がありました。改めて庶民的なコーディネーターを人選して再度放送しますので、ご容赦ください」


 そして画面に背を向けると再びコーディネーターに頭を下げる。中には逆田をやじる者もいる。


「放送局の社員やキャスターも高給じゃないか」


「他の放送局の実情は知りませんが、私どもの放送局の賃金水準は劣悪です。しかし、仕事に手を抜くことはおろか誇りを持って働いております。今まさに、私どもは大きな過ちをしてしまいました。すなわちテーマに則したコーディネーターの人選をすべきなのに、非常に失礼な

 

[327]

 

 

話ですが、人選を誤りました。誠に申し訳ありませんでした」


 バタバタと大きな音がするとコーディネーターは椅子から立ち上がって逆田を睨みながら次々と退場し始める。


「法的手段に訴える」


 何人かのコーディネーターが悪態をつきながら姿を消す。そして画面が消える。質素な服の大家がすかさず感想を述べる。


「非があれば、躊躇せずその非を認め、詫びるとともにやり直す。なかなか、出来んことだ」


「逆田、大した男じゃ」


 ふたりの大家がお互いを見合わして頷く。


「前回は大変失礼しました」


 逆田が深々と頭を下げる。


「今回お招きしたコーディネーターは、平均年間所得が五百万円以下の方々です」


「ご紹介します」


 逆田が順番にコーディネーターを紹介していく。


「税務署で三年分の所得証明書と納税証明書を提出して頂きました。三年間の所得の平均が五百万円以下の評論家と言うと、余り売れっ子ではない評論家です。もちろん著名な方もいらっ

 

[328]

 

 

しゃいます」


「有名な割には儲かりませんな。この職業は」


 年配の男のコーディネーターが苦笑する。


「納税証明書まで取り寄せていただいたのは、議論していただく内容から当然なのですが、税金を滞納している方をコーディネーターとしてお招きする訳にはいかないからです。大変失礼な要求をしましたことをお許しください」


「滞納者でないことが世間に知らされることに感謝します。でも、よく儲けていても五百万円というのがばれて、いささか恥ずかしいわ」


 ラフな格好の若い女性が笑いながら照れる。


「個人情報は漏らしませんので、安心してください」


「我々は職業柄、個人情報については気にしていない。このようにマスコミに姿を露呈するのだから、保護していただく必要はない」


「個人情報保護が少し過剰すぎますね」


「分かりました。ところで今日、議論していただきたいのは個人情報保護法ではなく、増税についてです。ご存知のとおり、地震、津波、放射能汚染で復旧が待ったなしの被災地、被災者に対して予算がありません。この予算を確保する方法としてもう二年以上増税が叫ばれていますが、未だ、復興どころか復旧の法律すら成立していません」

 

[329]

 

 

 逆田が一呼吸置いたとき、年配の男のコーディネーターが口を開く。


「『待ったなし』どころか、『待った、待った』の連続で被災者は不信感を抱いています」


「不信感どころか、政府をまったく信用していません」


「増税、特に消費税の増税についてはどうですか」


 逆田が議論の方向を示す。


「増税は切り札です」


 中年の男性が口火を切る。


「切り札?」


「特に消費税増税は切り札です。それに公務員給与の削減も切り札です。国会議員の定数や歳費の削減はあまり効果がありませんが、公務員以上にボランティア精神を求めるべきです」


「それはあの橋本市長の考え方と同じですね」


「受け売りといわれても構いません。正論は正論です」


 逆田が興奮するコーディネーターから視線を女性のコーディネーターに移す。


「議員は本来無報酬であるべきですが、そうなれば金持ちしか議員になれません。その昔、貴族議員といって高額な税金を納付している者しか議員になれませんでした。しかも選挙できる人も一定の納税額のある人しか資格がなかった」

 

「そうなると庶民の声は国政に届きませんね」

 

[330]

 

 

「そういう制限がなくなって普通選挙制度になったといっても、国政がよくなった訳でもない」


「一般論としてはよくなったが……」


 逆田が両手を少し持ち上げて待ったを掛ける。


「国会議員の歳費の削減は彼ら自身のモラルとして必要だが、これによって直接歳費の節約できる金額はしれているということですね」


「そうです。定数削減は時間がかかります。即効性はありませんが、今から具体的な削減案を準備しておく必要はあります」


「それでは公務員の給与カットは?あるいは人員削減については?」


「まず給与カットすべきです」


「どのくらい?」


「少なくとも民間の給与水準に合わせるべきです」


「確かにそうですが、民間企業といっても様々な業態給与体系があります。どのようにして水準を会わせるのか。私は決して公務員を擁護しているのではありません。私も同じことを考えたのですが、財務省だけを捉えても、国税庁の税務職員の給与をどのような業態の民間企業と比較して給与を算定するのか……」


「警察官をガードマンの給与水準にするというわけにはいきませんね」

 

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「消防士もそうですね。比較する民間企業がありません」


「公務員の給与の総平均と民間の給与の総平均を比べて越えた部分をカットするしかないなあ」


「それはかなり乱暴なやり方だ」


 反論されたコーディネーター自身もこの意見に頷く。


 少し間が開く。逆田はそれほど難しい問題だということが浮き彫りになったとことが議論とした成果だ割り切って矛先を変える。


「民間と給与水準を合わせることが出来たとして、公務員の働きぶりについて評価しなければ張りませんね。昇給やボーナスの査定です。民間の場合、楷書の業績、社員の貢献度によってボーナスの査定が行われます。一番はっきりするのは営業成績です。つまり売上や利益にどれだけ貢献したのか、ということです。公務員の場合、利益や売上という概念は馴染みにくい。


この辺についてはどう考えればいいのでしょう?」


「ずばり、効率ですね」


「そうだわ!儲けは少ないけれど、私は必死になって、それこそ寝る時間も惜しんで仕事をしているわ」


「そうしないと食っていけないもんなあ」


「そんな暢気なこと言ってるから売れないのよ」

 

[332]

 

 

「まあ、まあ。それではまず効率を高めるには?」


「橋本市長の主張と重なりますが、例えば被災者のために頑張って働くと言うことです」


「そうすれば、『よくやった』と国民も公務員の給与を減らせとは言わないでしょう」


「公務員にも生活があります。緊急事態ですから多少給与は減額させるとしても、彼らも消費者です。消費して貰わなければ経済そのものが縮小します」


「要はみんな必死になって働いて必要な消費をすることです」


「今の公務員の働きぶりでは民間と比べてその働き方が質的にも量的にも劣っているということですね」


 逆田の言葉に全員が頷く。


「そのとおりです。よく働いているなあと感心する公務員はほとんどいません」


「職場環境が悪いと思います。悪しき環境が何十年、そうですね戦後の十数年間はともかくとして、もう六、七十年も同じ公務員制度が継続されました」


「維持された公務員制度の中での一番問題なことは、一言で言えば何ですか」


「キャリア制度だ!」

 

[333]