第百七章 巻物


【時】永久0297年6月

【空】宇宙戦艦ノロの惑星

【人】四貫目 お松 ホーリー サーチ ミリン 住職 リンメイ カーン・ツー

   Rv26 ノロタン

 

***

 

 大統領府に到着した直後中央コンピュータが重大な言葉を発する。

 

「巻物の分析が終了しました」

 

「えー。進捗率4%だと言ってたのに?」

 

「それがよく分からないのです」

 

 大統領府に向かおうと準備をしていたRv26は思いとどまってサーチやノロタンのあとを追って中央コンピュータ室に向かう。そしてサーチが中央コンピュータの分析装置の中から巻物を取り出すとRv26が近づく。

 

「ちょっと見せてくれ」

 

 Rv26が巻物をサーチから受け取るとヒモを解いて広げる。

 

[574]

 

 

「わあ!」

 

 巻物には細かい点がぎっしりと書きこまれている。

 

「これが文字だなんて。天眼鏡はないか?」

 

「お前、いつから老眼になったんだ」

 

 ノロタンもその巻物を覗き込む。

 

「ふたつ用意してくれ」

 

 サーチも覗き込む。

 

「みっつよ。でもなぜRv26やノロタンに天眼鏡が要るの」

 

「本当に四貫目はこの文字を読んだのか?」

 

 Rv26が四貫目を探すが、ここにはいない。

 

「医務室で検査中よ」

 

 ミリンが応えるとやはり巻物を覗き込む。

 

「細かいけれど一字一句、筆で書かれている。でも難しい漢字ばかり」

 

「どれどれ」

 

 今度は住職が覗き込む。

 

「ふむふむ」

 

 住職はRv26から巻物を取りあげるとやがて床にあぐらをかいて熱心に読む。

 

[575]

 

 

「昔のわしだったらこんな小さな文字は読めなかったが……」

 

 生命永遠保持手術で若さを維持している住職は苦労しながらも文字を拾っていく。それを見てミリンが漏らす。

 

「四貫目の視力は四・五。忍者の視力ってすごいわ」

 

「そうか。四貫目は視力まで鍛えているのか」

 

 Rv26が感心しながら中央コンピュータを見上げる。

 

「分析結果を報告しろ」

 

「それが解読不明部分が多くてよく分からないのです」

 

「解読不明?」

 

「難しい漢字が多くて脈絡が寸断されてしまうのです」

 

「要は珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)なのか」

 

「ちんぷんかんぷん?そうじゃなくて珍文漢文(ちんぶんかんぶん)です」

 

「ふーん」

 

 Rv26が生返事をするとノロタンが低い声を出す。

 

「この巻物はコピー可能か?」

 

「可能です」

 

「だったらコピーをくれ。それを持ってノロの惑星に戻って中央コンピュータにも分析させてみる」

 

[576]

 

 

 住職の横で考古学者でもあるリンメイが発言する。

 

「それもいいけれど、まず地球の中央コンピュータに分析させましょう。地球の中央コンピュータの方がこの手の文章を解読する手段を持っている可能性が高いわ」

 

サーチがリンメイを制する。

 

「そのために大統領府まで来たけれど、ここは自重しましょう。まず窓口はひとつがいいわ。地球の中央コンピュータに分析させたいけれど、情報が漏れる危険性が高い。ここはノロタンの言うとおりにしましょう」

 

 そのとき住職が叫ぶ。

 

「この巻物のすべてを読むためには何年どころか何十年もかかるかもしれない」

 

「!」

 

***

 

 検査を終えた四貫目がお松と一緒に中央コンピュータ室に現れる。

 

「心配をかけた」

 

 四貫目が頭を下げる。

 

「体調は?」

 

[577]

 

 

「お陰で元に戻りました」

 

「それはよかった」

 

 誰もが喜ぶとサーチはあぐらをかく住職が手にする巻物を指差して尋ねる。

 

「四貫目。この巻物に書かれていること、あなたには理解できるのですか」

 

 サーチの質問に全員の視線が四貫目に向かう。

 

「読めるのと理解できるかは別です」

 

「読めるのですね」

 

「むろん」

 

「教えてください!」

 

 サーチが詰めよる。

 

「まだ一部しか読んでいませんが、ノロが三太夫の子孫であることは間違いありません」

 

「えー?」

 

 住職が巻物を巻き取りながら立ち上がると四貫目に近づく。

 

「なんとか解読できるが、すらすらと読める状態ではない。四貫目はどうだ」

 

「この文字は古代の漢字を元に忍者独特の文字に加工されています。と言っても突拍子もない加工ではありませんが、仏の文字とは異なります」

 

 四貫目がそう言うと住職から巻物を受け取ってお松に渡す。おもむろにお松が巻物を開く。

 

[578]

 

 

「兄じゃの言うとおりです。これは忍者文字です。まず、始めに忍法の記述があります。つまり忍術の極意です」

 

「一番始めの記述は?」

 

「木の葉隠れの術です。これは影丸様が得意としていた術です」

 

 ここでノロタンが割り込む。

 

「わざわざノロの惑星へこの巻物のコピーを持っていって中央コンピュータに分析させる必要はないな」

 

 四貫目が大きく首を横に振る。

 

「ノロが登場する記述からは逆に我らには理解できない文章が多くなる。それに多分瞬示や真美に関する記述もある。斜め読みしたので自信はないが」

 

「斜め読みできるのか?この巻物を!」

 

 住職の目が血走る。

 

「地球やノロの惑星の中央コンピュータは果たしてこの巻物の内容を解読して分かりやすい文章にできるのかしら」

 

 期待がため息に代わる。

 

「取りあえずコピーをノロの惑星の中央コンピュータに分析させるのじゃ。わしは四貫目に読み方を教わる。」

 

[579]

 

 

「そうね。ノロタンに時空間移動装置を用意しなさい」

 

「Rv26。ここで別れるのは寂しいがまた会おう」

 

 ノロタンとRv26が握手を交わす。そしてノロタンが時空間移動装置室に向かう。

 

「俺、いや私も大統領として治安の回復に努めなければ」

 

「そのとおりだわ」

 

 そのときビートルタンクのホーリーから連絡が入る。

 

「大統領府に到着した」

 

「ご苦労様!」

 

 ミリンが大きな声をあげて喜ぶ。そしてサーチを見つめるが喜びの表情が硬い。

 

「どうしたの。お母さん」

 

 ミリンは艦長と呼ばずにあえて「お母さん」と呼んだ。

 

「私たちこれからどこへ行けばいいのかしら」

 

「あっそうか。この宇宙戦艦は借り物だもんね」

 

***

 

「地球はRv26に任せるとして俺たちはノロの惑星に戻ろう」

 

 ホーリーの提案に反対する者はいない。

 

[580]

 

 

「そうだわ。ノロの留守中にボロボロになった惑星をきれいに掃除しなくっちゃ」

 

 ミリンの明るい声が艦橋に響く。

 

「早速、大統領に相談だ」

 

「いつも性急ね」

 

 サーチが笑顔でホーリーを見つめてから大統領府のRv26を呼び出すとノロの惑星に戻ることを伝える。

 

「分かった。カーン・ツーを宇宙戦艦の艦長に任命してノロの惑星まで送ろう」

 

 ホーリーが応える。

 

「ありがたい。時空間移動装置だとビートルタンクを積めないから助かるよ」

 

「ささやかなお礼だ」

 

「礼だなんて。水くさいな」

 

「水くさいのはそちらだ。宇宙戦艦が必要なら差し上げる」

 

「一隻しかない宇宙戦艦をもらう訳にはいかない」

 

「もう地球では宇宙戦艦は不要だ」

 

「確かに。だが、万が一ということもある」

 

「そうだな」

 

 そのとき時空間移動装置室から連絡が入る。

 

[581]

 

 

「パスワードを発信する時空間移動装置が二基到着します」

 

「早いな。カーン・ツーだろう」

 

 ホーリーがサーチに微笑む。

 

「何をさせても対応が早い。Rv26に指導された地球の未来は明るい。彼ならなんとかするはずだ」

 

「私たちも頑張らなければ」

 

 サーチが引き締めた表情をホーリーに向ける。

 

「カーン・ツーが時空間移動装置から降りてきます」

 

「客人だ。迎えに行く」

 

***

 

「これはひどい」

 

 宇宙戦艦はノロの惑星の造船所がかつて存在したであろう地点に着底する。

 

「ひどければひどいほど、やりがいがある」

 

 ホーリーが艦長のカーン・ツーに強がる。

 

「援助が必要なときはいつでも言ってくれ」

 

「何を言っている。地球も大変だ」

 

[582]

 

 

「お互い様だな。だからこそ協力しなければ」

 

「ありがとう。さあ下船しましょう」

 

 艦底が開くと赤い地表が現れる。

 

「一応酸素は無事ね」

 

 サーチが胸一杯空気を吸いこむ。しかし、廃墟になったアンドロイド修理工場に気付くと吸いこんだ空気を吐くことすら忘れる。

 

「覚悟はしていたが、ひどいな」

 

 ホーリーが背中から声をかける。そしてミリン、ケンタ、住職、リンメイ、四貫目、お松……海賊たちが地面に足を着けるとそこには先に戻っていたノロタンが大きな口を真一文字に横に広げて待ち構えていた。

 

「ようこそ!ノロの惑星に」

 

「ノロタン!」

 

「みんな暗いな」

 

 ノロタンが様子を確認する。

 

「さすがに明るくはなれないな。でもな、ノロが初めてこの星に来たときはもっとひどかったが、大はしゃぎしたらしい」

 

「そうか。ところで巻物の分析は?」

 

[583]

 

 

「ノロが書いたものだ。分析は終了した」

 

「えー!ノロが?」

 

 サーチはもちろん住職やリンメイが一番強く驚く。

 

「我がノロの惑星の中央コンピュータの辞書に『不可能』という文字はない」

 

 四貫目がノロタンに近づく。

 

「それがしにその解読した文章を見せていただきたい」

 

「そうだ。四貫目に確認してもらう必要があるぞ。それにわしも見たい」

 

 住職も追従するとリンメイがノロタンに近づく。

 

「ワクワクする。早く見たいわ」

 

 最後に下船したカーン・ツーも興味津々ノロタンと四貫目を見つめる。

 

「いずれ大統領にもその内容をお知らせください」

 

「何か希望が湧いてきたな」

 

 ホーリーが顔をクシャクシャにして笑う。

 

「さあ!みんな。ノロの惑星を復活させましょう」

 

 サーチがホーリーを抱きしめるとミリンもケンタを抱きしめる。

 

***

 

[584]

 

 

 全員、ノロの家があった地中深いシェルターの一室で四貫目の発表を待つ。そこは本が一杯詰まったあの古本屋と同じ部屋だった。

 

「ここにはあの巻物と同じ内容の本がある」

 

「なんだ!苦労しなくてもキチンと文書化されているのか!」

 

「何冊あるの!」

 

 ホーリーとサーチがノロタンらしくない歯切れの悪い言葉に突っ込みを入れる。

 

「膨大すぎて確認できない。だから分析結果をペーパーにしていない。実は印刷しようにも紙がないのだ」

 

「ここにある本を調べる方が手っとり早いと言いたいのか」

 

「そうだ」

 

 サーチが目の前の本を取りあげる。

 

「それじゃ、気付かなかっただけで身近にあったんだわ」

 

 ノロタンが部屋の奥に進む。通路が狭くホーリーと四貫目ふたりだけが続く。他の者は入口にたむろして奥を伺う。

 

「すべてかどうかは別として、この一角にある本は巻物を現代語に翻訳したものだ」

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 ホーリーが大きな声を上げるとノロタンが耳に栓をする。

 

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「この部屋で大声は禁物だ。山積みした本が崩れてしまう」

 

「すまん。さっきの話だが逆では?」

 

「俺もそう思った」

 

「焦れったいな。早く説明してくれ」

 

「焦るな」

 

 ノロタンが無造作に本を十冊ほど持つとホーリーと四貫目に手渡す。

 

「上の部屋に戻ろう」

 

 三人は後ずさりして入口にいるサーチたちに合流する。すでに階段を上って移動する者もいる。全員揃ったところでホーリーと四貫目はサーチや住職やリンメイやミリンやお松に本を配る。表紙は素っ気ないもので通し番号だろうか、数字しか印刷されていない。

 

「あっ!」

 

 ページをめくったサーチが驚く。そのページを覗き込む者もいれば手渡された本を開けて同じように驚く者もいる。

 

「これは!」

 

 サーチだけではない。本を手にして読む誰もが驚く。

 

「時空間移動装置の設計図が書いてある!」

 

「訳の分からない大きな文字は、文字じゃなくて設計図だ」

 

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「多次元エコーの効果が書かれてる!」

 

「でも数式が多くてよく分からないわ」

 

「『省略』と書かれたページがある。この部分は巻物を見なければ分からないかも」

 

 誰かが目次を見る。

 

「目次だけが書かれている本があるようだ」

 

「目次だけでも一冊の本になるぐらい膨大な量の文章と図が書かれた本が数百冊もあるようだ」

 

「これを全部読むにはどれほどの時間が要るのか」

 

「理解しながら読むのはまず不可能ね」

 

 誰もが思いのままの言葉を発する。混乱は増すばかりでやがて静かになってため息ばかり聞こえる。締めくくったのは住職だった。

 

「これは宝物じゃ。この中にこれから何をすべきか、ヒントがあるはずじゃ」

 

 全員、あぐらを組んだ住職を取り囲む。

 

「何年、いや何十年どころか何百年かかろうとも手分けしてそのヒントを探すのじゃ」

 

「ノロが残した膨大な宿題か」

 

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