第九十六章 数字


【時】永久0297年5月

【空】限界城

【人】ホーリー サーチ ノロタン 最長 当主 五右衛門 ライトアーム レフトアーム

 

***

 

 ある暗い部屋で五右衛門と部下のライトアームとレフトアームが話し合う。

 

「まずはノロの惑星を完全にワレラのコロニーにする。地球を攻撃するのはそれからでも遅くはない」

 

 五右衛門にライトアームが不満げに応じる。

 

「すでにノロの惑星を制圧した」

 

「まだ征服していない。それに巨大な土偶の反撃を受けたという報告がある。あのノロが造った惑星だ。どんな仕掛けがあるか分からない」

 

「ノロはいない。いるのは宇宙海賊という奇妙な集団だけだ。しかも数はしれている」

 

 ライトアームの言葉に五右衛門は首を横に振る。

 

[386]

 

 

「時空間移動装置、量子コンピュータ、多次元エコー、ブラックシャーク、それにワレラを造ったのはノロだ。そのノロがあらゆる知識を結集して造ったのがあの星だ」

 

「しかし、ノロが造ったホワイトシャークは大したことはなかった」

 

「そういう考えが墓穴を掘ることを歴史が物語っている」

 

「それは人間の歴史だ」

 

「黙れ!」

 

 五右衛門が怒る。

 

「巨大コンピュータの末路を忘れたのか?」

 

「多次元エコーにやられた巨大コンピュータのことか」

 

「そうだ」

 

「当主の説明では限界城にいる限り多次元エコーは無力だ」

 

「油断は禁物」

 

「五右衛門!いつの間に臆病な人間に成り下がったんだ」

 

「ライトアーム!言葉を慎め!」

 

 レフトアームがいさめるがライトアームの語調は落ちない。

 

「思考が人間的になった地球のアンドロイドを見ろ。ふぬけになって人間の奴隷同然じゃないか」

 

[387]

 

 

 五右衛門が目を閉じるのを見てレフトアームがライトアームに反論する。

 

「奴隷かどうかは別として出産能力を持っている。しかし、ワレラには生殖機能どころか性別すらない」

 

「レフトアーム。お前も人間化している。ワレラに生殖機能は無用だ。子供を造るなどナンセンスだ。それは有限の命しか持たない下等動物の性で妄想に過ぎない」

 

 五右衛門が目を開く。

 

「下等動物でしか、できないこともある」

 

 五右衛門の言葉にライトアームは反応しないが、レフトアームが即答する。

 

「地球では人間が進化の頂点にいるが、データによればウイルスという原始的な生命体に攻撃されて絶滅の手前まで追いこまれたこともあった」

 

「それは生命体の運命だ。彼らは進化を手に入れたが、その土台になった自分より下位の生命体に……なんというか」

 

 言葉に詰まったライトアームに代わってレフトアームが続ける。

 

「進化という借りをつくったから、その借りを返さなければならなくなった」

 

「しかし、永遠保持手術を開発してすべての人間が永遠の生命体になった時期があった」

 

「今、そのような人間は存在しない」

 

「逆にアンドロイドが人間のように生殖を通じて子孫を残し、自らの永遠の命を放棄して有限の身になろうとしている」

 

[388]

 

 

「それは推測だ。まだアンドロイドが出産したという報告はない」

 

「まあ、待て」

 

 ふたりの議論に五右衛門が割って入る。

 

「初めに言ったがノロの惑星を完全に征服する。あの惑星の中央コンピュータにはノロの知識が詰まっている。この戦争の目的はノロの惑星の中央コンピュータを無傷で手に入れることだ」

 

 このとき、振動に近い低い声が聞こえる。

 

「五右衛門。限界城の当主としてお前に命令する」

 

 五右衛門は正確にその声の方向へ視線を移す。目の粗いザルから漏れたような星形の輝きが五右衛門たちを照らす。

 

「当主と言ってもこのような身体ではこの城から出ることはできない」

 

 高度な演算能力を持つ戦闘用アンドロイドには五次元の世界の生命体である限界城の当主をはっきりと認識できる。本来三次元の世界に身を置く戦闘用アンドロイドに五次元はおろか四次元の世界も見ることはできないはずなのに、彼らには五次元の世界の生命体を認識する能力がある。

 

「聞けば、三次元の世界と六次元の世界には親和性があるという」

 

[389]

 

 

「それは誤解。現に三次元に身を置くワレラは五次元の限界城内にいる」

 

「不思議なことだ。ノロは次元の謎を知っている。なぜなのだ。ノロの知識を手に入れたい」

 

「それはワレラも同じこと」

 

「無用な問答は不要なようだ。この宇宙を支配する理論はひとつ」

 

「それは?」

 

「分からないのか?」

 

「教えてくれ」

 

「理論的に言えばこうだ。つまり素数と虚数の絡み。この絡みが分かればこの宇宙だけではなく、すべてが明らかになる」

 

 さすがに優秀なCPUを搭載していると言っても限界城の当主の話は今のところ、五右衛門はもちろん戦闘用アンドロイドの理解を越えている。

 

素数 2 3 5 7 11 13 17 19 23 29 31 37 41 43 47 53 59 61 67 71 73 79 81 83 89 97……

 

虚数i2 i3 i5……

 

「空間と時間を完全に理解した者がこの宇宙を支配できるのだ」

 

[390]

 

 

 五右衛門が尋ねる。

 

「その競争は高次元の生命体ほど有利なのでは?」

 

「空間だけを考えればそうかもしれない。しかし高次元の世界では時間も高次元化する。その時間をコントロールするのは非常に困難なことだ。三次元の世界では時空間移動装置で時空間移動技術がノロによって開発されたが、とても時間をコントロールしているという状態ではない。しかし、時間を無視すれば、つまり時間というものを宿命的なものだと突き放せば……」

 

 当主の言葉をさえぎって五右衛門が口を挟む。

 

「時間を気にすることなく自由な発想ができたとしても、意思を持つ生命体は死という恐怖からは逃げられない。ところが人間は永遠に生きる技術を取得したことがあった」

 

 ライトハンドが割りこむ。

 

「アンドロイドのように?」

 

 レフトハンドもヒザを乗り出す。

 

「身体を機械化したのか?」

 

 五右衛門が首を横に振る。

 

「今となってはよく分からない」

 

「機械化して寿命を延ばすのなら、ワレラと同じだ」

 

「寿命が延びる。あるいは永遠に生きることになれば、死の恐怖は消滅する」

 

[391]

 

 

「確かに。ワレラは死を恐れることはないし、死そのものを意識することもない」

 

「だが人間は意思を持ったが故に死という恐怖から逃れることができなくなった」

 

「それは宗教という道具を使えばなんとかなるのでは?」

 

 ここで当主がいさめる。

 

「そんな道具では恐怖は回避できない」

 

 表現しようがないが、グレーのドロッとしたペンキ色の当主の輪郭が少し白っぽくなって、笑っているようにも見える。

 

「せっかく永遠の命を得たのに人間はそれを捨てた。永遠の命を持ってすれば三次元の単純な時間の流れに身を置く人間は素数と虚数の絡みの謎を解き明かせたのに。バカなヤツラだ」

 

「何を言いたいのだ」

 

 五右衛門が当主の真意をただす。

 

「まだ分からないのか。五次元の生命体と半永久に生きるアンドロイドが協力すれば謎を解くことができるのだ。ノロはそう考えて意思を持ったアンドロイドを開発したのかもしれない」

 

「まさか」

 

 五右衛門は半信半疑のまま目を閉じる。そして沈黙すると当主がおもむろに口を開く。

 

「素数と虚数の絡みという方程式の次元はかなり高い。そうするとその解を得るのに膨大な時間がかかる。」

 

[392]

 

 

 五右衛門が目を開ける。

 

「それは分かる。ワレラは何次元の方程式でも演算できるが、次元が高度になるほど演算速度は落ちる。しかし五次元の世界のコンピュータなら簡単な作業では?」

 

「そうではない。数字は公平に存在するのだ。先ほど説明しただろう」

 

「素数。虚数。次元が違っても数字は同じなのか」

 

「同じだ。三次元の世界の『1』も五次元の世界の『1』もまったく同じだ。三次元の『3』が五次元の世界に移動すると『5』ではなく、やはり『3』だ」

 

「だから、次元を越えて議論できるのか」

 

 五右衛門たちが感服すると当主が続ける。

 

「次元が低いほど洞察力が高まるかもしれない。なぜなら虚数の世界を想像するには次元が低いほど有利なのだ。こう言えばよく理解できるはずだ」

 

 元はと言えばコンピュータから生まれたようなアンドロイドは数字に強い。だから当主の言葉をいとも簡単に理解する。

 

「住んでいる次元の生命体はその次元を含めてみっつの次元を理解することができる。たとえば三次元の生命体は三次元と二次元と一次元の世界を観念できる。二次元の生命体は二次元、一次元、ゼロ次元。一次元の生命体は一次元、ゼロ次元、マイナス一次元。このマイナス一次元の世界というのが虚数の世界だ。以下マイナス二次元、マイナス三次元と続く。ところが二次元以下の世界には生命は存在しない。少なくとも二次元、一次元、ゼロ次元、マイナス一次元、マイナス二次元の世界には。すると虚数の世界に一番近いのは三次元の生命体ということになる」

 

[393]

 

 

 

 当主は五右衛門以下戦闘用アンドロイドの理解力に手応えを感じる。それを証明するように五右衛門が尋ねる。

 

「次元の高低にかかわらず、数字を使った思考はどの次元の生命体にも平等なら、その思考に時間は関係しないと言うことになるのか?」

 

「そのとおり。思考は時間から自由だ。自由なほど思考は高度になる」

 

「それなら、次元が高いほど時間からの自由度が低くなる。そうすると『思考はどの次元の生命体にも平等』ということはおかしい」

 

「五右衛門!さすがだ。だから『次元が低いほど洞察力が高まる』と説明したのだ。本来思考は、特に数字を使った思考は次元に関係なく公平だ。しかしながら一次元の時間軸しか持たない三次元の生命体は五右衛門の言うとおり時間からの自由度が高い。しかも虚数の世界、つまりマイナスの次元に一番近い世界に住んでいる」

 

 強く反応する五右衛門に当主が続ける。

 

「三次元の世界は生命体が存在できる最低の次元であると同時に時間軸が単純なので最も思考が自由にできる次元だ。だからこそ六次元の生命体が三次元の世界にやってきたのだ」

 

[394]

 

 

「そうだったのか」

 

 五右衛門が感心する。

 

「そしてノロは今、六次元の世界にいる」

 

 五右衛門がふーと息を吐く。

 

「今、六次元の世界にいるのなら、いずれ戻ってくるということか」

 

「そうだ。思考の自由度が高い三次元の世界で最強の思考力を持つノロは最重要人物だ。限界城のあらゆる兵器を五右衛門に授ける。まずそのノロが造ったノロの惑星の中央コンピュータを無傷で手に入れるのだ」

 

「理屈はともかく、目的は完全に同じだ」

 

 五右衛門が敬礼すると条件を提示する。

 

「改めてその命令を実行することを誓う。ただし、手に入れたデータを共有させて欲しい」

 

「それは手に入れてからの話だ」

 

「もう一度念を押すが、限界城は本当に生命体なのか?それにオニヒトデ戦艦も?」

 

「五次元の生命体が結集して限界城を造りあげた。戦艦もそうだ」

 

「しかし、兵器を装備しているようには見えないが」

 

「宇宙戦艦には粘着レーザー砲が搭載されている。この兵器は五次元の生命体そのものだ。それに限界城の城壁は他の次元からの攻撃をすべて吸収できる。これもまた五次元の生命体で構成されている」

 

[395]

 

 

「生命体なら多次元エコーの攻撃を受けても大丈夫だな」

 

 五右衛門が念を押す。

 

「そのとおり。しかも一定の条件を満たせばお前たちは様々な形をとることができる」

 

「それは承知している。ある者は三太夫に、そしてある者はフォルダーに変身して攻撃した」

 

「だからといって侮るな。結局どちらの作戦も失敗した。そのことを忘れるな」

 

「もちろんだ」

 

***

 

 数えきれないほどのオニヒトデ戦艦がノロの惑星上空を覆い尽くす。その情報はすでにノロタンが掴んでいた。しかし、悲壮感はない。

 

「たった四台のビートルタンクで大丈夫か」

 

 心配そうにホーリーが尋ねる。

 

「十分だ」

 

 ノロタンが胸を張る。

 

「念のために宇宙戦艦四隻の調達をRv26に依頼した」

 

「そう言えばいつの間にかRv26がいない」

 

[396]

 

 

「でも、たった四隻では」

 

 サーチが心細い言葉を出すとホーリーが諭す。

 

「たった一隻の宇宙戦艦で巨大コンピュータと戦った。あのときはカーンがいたしRv26もいたが……」

 

「カーンはいないしRv26は地球に戻ったわ」

 

「大丈夫だ!俺がいる」

 

 ノロタンがサーチに胸を張る。

 

「そうだわ」

 

 ミリンが明るい声で続ける。

 

「ノロタンじゃなく、ノロがいると思えばいいんだわ」

 

「任せてくれ!」

 

 勢いよくノロタンがぶち上げるが、すぐうつむく。

 

「どうした」

 

「心配なことがひとつだけある」

 

 ノロタンが顔をあげて小さな目を見開く。

 

「戦闘用アンドロイドの変身の術をいかにして防ぐかだ」

 

「そう!居酒屋でフォルダーに変装した戦闘用アンドロイドに殺されそうになったわ」

 

[397]

 

 

「人間は情に弱い。これはいいところでもあり、弱点でもある」

 

「この部屋にニセモノのノロが現れても対処できるが、戦場で傷ついたニセモノのノロに会えば手をさしのべるだろうな」

 

 そのとき部屋の一角が黄色に輝く。

 

「わしに任せてはくれまいか」

 

「マスター!いや最長!無事だったか」

 

 ホーリーが歩み寄ると最長が強烈な光を出してホーリーを突きとばす。サーチや住職たちがレーザー銃を構える。

 

「待て」

 

 ノロタンがトコトコと最長に近づく。

 

「悪い冗談はよせ」

 

 最長が笑いながらノロタンの手を握る。

 

「まるでノロだ」

 

 サーチがすぐ状況を察すると倒れたホーリーのそばに駆けこむ。

 

「大丈夫?」

 

「本当に悪い冗談だな」

 

 ホーリーは笑いながらも最長を睨む。

 

[398]

 

 

「ほら、すぐに騙されるだろ」

 

 最長がノロタンからホーリーに笑いながら近づく。

 

「騙されないようにわしが指導しよう」

 

「心強い味方が増えたのはいいが、信用していいのか」

 

「それは自由だ。だが、五次元の生命体と戦うには必ずわしが必要になるはずだ。わしはノロを尊敬している。このノロの惑星を必ず守ってみせる。そのためにあの居酒屋のマスターになってみんなを眺めていたのだ」

 

「あの居酒屋のマスターはずーっと最長だったのか」

 

「そうだ。三次元の生命体から見れば不思議なことかもしれないが、あの居酒屋を開業したのはわしだ。わしにとって三次元の世界で居酒屋のマスターや古本屋の店主や宣教師など様々な時空間で行動するのは簡単なことだ」

 

 ノロタンがニーと口を広げて最長に近づく。

 

「ありがとう」

 

[399]

 

 

[400]