13 視察


「これは!リモコンだ。いつの間に?」


「どれどれ、テレビと同じ薄汚い白色」


「でも、ゼロから9までの十個のボタンしかない」


 プツンと電源が入る。


「私たちの放送は内容が過激だと言うことで、特殊なテレビでしか見ることができません」


テレビとリモコンの画面が現れる。


「今回より便利に視聴していただけるようにリモコンを開発しました」


「たった十個のボタンしかないのに大げさなことを!」


 田中が画面に向かって叫ぶ。


「電源は今までどおり自動的に入ります。そして勝手に切れます」


「そうだったのか。でも、この番号はチャンネルの切り換え用か?」


「そうではありません」


「おっ!こっちの言葉に反応したぞ」


 大家が腰を抜かさんばかりに驚く。


「今までだって結構反応していましたよ」

 

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 大家をなだめてから、このテレビに慣れてきた田中が画面に向かって質問する。


「ボタンにはゼロから9までの番号しかないが、どういう機能があるんだ」


「まず1番ですが、これは画面の中央部の狭い範囲しか映されていない通常の映像を外側一杯まで拡大します。単なる拡大画面ではありません。自主規制のルールに基づいてトリミングした映像の外側、つまりトリミングする前の生の映像そのものを表示します。繰り返しますがこの1番のボタンを押すとカメラが捉えたそのものを見ることができます。それだけではありません。機密事項なので仕組みは公開できませんが、映像の右側をタッチするとその部分の音声が聞けます。たとえば、記者会見で撮影されていないところでひそひそ話をしていても、その内容を聞くことができます。画面を強く押すとボリュームが上がります。ただ上がるだけでなくノイズキャンセラー機能が働いてクリアーに聞くことができます。画面中央部をタッチすると本来の音声に戻ります。たとえば、こういう具合です」


 地震と原発事故で被災した人々が避難している学校の講堂の映像が現れる。復興担当大臣が愛想を振りまきながら被災者を慰労している。田中がリモコンの1番のボタンを押すと拡大するのではなく、それまで映っていなかった映像が上下左右に現れる。大臣から離れた画面右側では日焼けした小柄な年老いた男の被災者が体格のいい数人の男、いわゆるSP(セキュリティーポリス。要人を警護する警察官)に阻まれながらも大臣に近づこうとする。田中がテレビに映った老人の身体の上をタッチする。

 

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「大臣!聞いてください!」


 田中がタッチし続ける。老人が全身の力を振り絞って大臣に向かって叫ぶ声がどんどん大きくなる。


「気休めはいりません。具体的な対策を聞かせてください」


 しかし、その老人はSPに取り押さえられて画面右端の講堂の出入口に連れて行かれる。


「なぜ、こんなことをするんだ。『意見を伺いたい。困っていることがあればなんでも言ってください』と言ったじゃないか」


 老人の周りにいる地元の若い男たちがSPに向かって大声を張りあげる。


「大臣の用心棒などせずに被災者を助ける救援隊になってくれ。あんたの給料は国民が払っているんだぞ」


 黙ったままSPが老人とともに画面から消える。講堂全体が騒然となったとき、画面の中央部が消える。恐らくオフレコになったのだろう。田中がテレビの中心をタッチすると、すぐに中央部の映像が復活する。同行していた知事の絶叫に近い声がする。ここからは本来、放映されない映像だと田中も大家も確信する。


「大臣!帰ってください」


 拳を振るわせてから知事が大臣の前に立ちはだかると声のトーンを落として涙ながらに訴える。

 

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「あの老人の声を無視するのなら、お帰りください」


 大臣は周りを気にして知事に囁く。通常ならまったく聞こえないほどの小さな声だが、はっきりと田中や大家には聞こえる。


「帰ってもいいのですか」


「脅しですか」


「言葉を慎みなさい。知事」


 大臣の声は相変わらず小さいが、逆に知事の声が爆発するぐらい大きくなる。


「命令ですか?」


「命令ではない。報道機関には円満に視察しているように見せかけなければ」


 大臣の声は静かだが顔はこわばっている。知事はあきれ返ると大臣を見すえる。


「報道機関?」


 知事が周りを囲む報道機関の関係者に大きく手を振り上げてから頭を下げる。


「ありのままを報道してください。お願いします」


 そして頭を上げて大臣にも頭を下げる。


「お引き取りください。ご苦労様でした」


 さすがに大臣も感情をあらわにする。


「静かな環境で被災者の意見を聞きたかった。残念だ!引き上げる!」

 

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 くるりと背中を向ける大臣に知事が告げる。


「静かな環境を奪われたのは地震や津波や原発事故の被災者です。被災者には言いたいことが山ほどある。我慢しているのです。大臣にはお分りですか。これからのことや、かなわぬかも知れないわずかな要望を大臣に聞いて欲しいのです。一方、大臣はどんな意見でも聞くということでここに来られた。過激な意見を受けとめるぐらいの度量を持っていただきたい。そうでない限り、被災地には二度と来ないで下さい」


 知事が大臣の背中に特大の釘を刺す。しかし、大臣は振り返ることもなく講堂から姿を消す。


「本当の現場はこうなんだ。海外から日本の被災者は節度高くて立派だという賛美の声が寄せられているが、それは上辺の報道を見た誤解だ。確かに節度はあるが、我慢の声を聞いてやるという政府の態度が被災者の感情を逆撫でした」


 大家が興奮する。田中は頷くだけでリモコンをテーブルに置く。


「他のボタンの使い方を説明しないで一方的に画面が消えてしまった」


 田中と大家は後日、この大臣が罷免されたことを知る。

 

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