50 特別復興税


 立派な服の大家がアパートのドアを開けると田中と質素な服の大家にいきなりしゃべり出す。


「最近、税務署はとても親切になったな」


 質素な服の大家が同調する。


「確かに」


「でもおかしな税金が多いわ」


 にぎやかになった部屋に山本がテレビから出てくる。


「いつ見ても不思議なテレビじゃ」


「おかしな税金って?」


 田中が目の前の山本に尋ねる。


「特別復興税」


「東日本大震災の被害に遭った東北地方の復興に充てるための税金のことじゃ」


「それには大賛成だけれど、相変わらず復興とは関係ないところにも税金が使われている」


 田中が憤慨すると質素な服の大家が続く。


「復興庁という役所は復興を邪魔する役所だ」


「復興庁の役人を監視すべきその復興庁の長官自身が暴言を吐いておるぞ」

 

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「原子力発電所の事故で死んだ者はひとりもいないという発言のことですね」


「放射能の風評被害で牛乳や野菜が売れなくなって自殺した被災者がいるのに」


「直接の原因で死者がでなければ大したことはないとでも言いたいのか」


「政治家は国民の気持ちを汲んで対策を打たなければならん。しかし、どう見ても納得できないところに予算を使っているのによくもシャーシャーと言えたもんじゃ」


「長官は事実は事実だとしばらく自説を撤回しなかったのう」


 両大家の発言がかみあうと山本が苦笑する。


「外遊先で同じことを言って世界中からひんしゅくを買った首相が、その長官をたしなめるとしゅんとして誤ったわ」


「情けないのう」


「それは選挙が近いからじゃ」


 田中が反応する。


「政治家は自分の発言に責任を持つべきなのに、庶民から見ればとても理解できない発言が多い」


「そういえば最近の橋本市長も歯切れが悪い」


 市長を応援していた立派な服の大家が残念がる。


「以前の橋本市長なら、不用意な発言をしてもすぐ全面的に撤回して頭を下げたもんじゃ」

 

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「奢りが出てきた。権力というのは魔物だ」


「このままではファンが消えるわね。残念だわ」


 一同頷きながら黙ってしまう。


「何の話をしていたんだっけ」


「特別復興税の話だ」


「使い道はともかく、おかしなシステムなの」


「?」


 両大家と田中が首を傾げる。するとテレビに逆田が現れる。


「復興税を納める期間が法人税と所得税では月とスッポンほど違います」


 山本は頷くが、三人は首を傾げたままだ。


「法人税を納める会社はその期間が二年間です。ところが所得税を納める個人事業者やサラリーマンは二十五年間です」


「えー!滅茶苦茶不公平だ」


 田中が叫ぶ。


「なぜじゃ!」


「ただし、法人税の特別復興税の税率は10パーセント。所得税のそれは約二パーセントです」

 

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「おかしい!」


 田中が再び叫ぶ。


「確かに法人特別復興税の課税期間は短いが税率は五倍だ」


「でも二十五年ですよ。2パーセントに二十五年をかけるとなんと50パーセントですよ。それに比べて法人税の方は10パーセントかける二年で20パーセント。どう考えても不公平だ」


 田中が電卓をおいて「どうだ」という表情で両大家を見つめる。テレビの中では逆田が田中に頷きながら解説を始める。


「それだけではありません。山本がシステムと表現したのは深い意味があってのことです」


 そして山本に引き継ぐ。


「まず、田中さんの計算自体は間違っていないのですが、大きな誤解があります」


「えっ!」


 山本が田中の電卓に手を当てる。


「個人の場合、税率が10パーセントとすれば、10パーセントに2パーセントかけた0・2パーセントが本来の特別復興税の税率です。トータルで10・2パーセントです。個人の場合の税率は累進課税といって所得が多くなればその税率が上がっていきます。最低税率は10パーセント。

 

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そして20、30、40、45パーセントと上がります。累進課税なので税金の計算が複雑ですが、それを無視して単純に説明すればこうなります。20パーセントだと20・4パーセント。最高税率の45パーセントなら45・9パーセントになります」


 山本が電卓のボタンを押す。


「次に会社の場合はこうです。黒字であれば納めなければならない法人税を計算します。例えばそれが百円だとしましょう。この百円に法人の特別復興税率10パーセントをかけます。答えは十円ですね。都合百十円です。会社の規模などで法人税率も何種類かありますが、だいたい20パーセントぐらいです。大企業なら約30パーセントです」


「個人より低いような気がする。人間じゃなく法人として生まれるべきだったかもしれん」


 質素な服の大家に田中が苦笑する。山本は無視して説明を続ける。


「20パーセントに10パーセントをかけると2パーセント。つまり税率は22パーセントです。30パーセントでも33パーセントです。赤字法人が多く中小企業が多いので少し乱暴ですが法人税率は20パーセントだとしてもあまり問題はないでしょう」


 田中が電卓を取り返す。


「個人も会社も納めなければならない税金の税率を20パーセントとして計算した結果、それがどちらも千円だとすれば、個人の場合はその2パーセントだから20円、会社の場合はその10パーセントだから100円。個人は二五年間納めなければならないから20円かける25年で500円。

 

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会社は100円かける2年で200円」


「なんと!」


 両大家が合唱して驚く。


「法人税の特別復興税の課税期間は二年。方や個人の場合は二五年も続く!滅茶苦茶不公平だ!」


「しかも会社は赤字を九年間繰り越せます。つまり過去の赤字を今の黒字から差し引きできるのです。法人税の特別復興税は通常納めなければならない法人税の10パーセントですが、黒字でも過去の赤字と相殺してその結果、所得がゼロになれば特別復興税もゼロです。最近の円安で景気のいい会社が多くなりましたが、不景気の時の赤字と、つまり九年前の赤字とも相殺できるので、特別復興税の適用期間は二年間ですから、まったく納めなくてもいい会社が結構あるかも知れません。でもこのことについて政府は何も伝えません」


「サラリーマンは?給料が上がらなくて家計がズーと赤字なら同じでは」


 田中が突っこむ。


「給料には給与所得控除という経費が認められていますが、赤字になることはありません。生活費は給料を稼ぐための経費ではないので家計が赤字になっても繰り越すことができる損失ではないのです」


「わしのような個人事業者は?」

 

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 質素な服の大家が身を乗りだす。


「個人事業者の場合の赤字は三年しか繰り越せません」


「九年と三年では差別以外の何ものでもないな」


「言い忘れましたが、会社も個人事業者も青色申告書を提出する場合にしかこの赤字、損失の繰り越しは認められません」


「青色申告?」


「そんな色の申告書、見たことないぞ」


「そうすると、最低、特別復興税の法人の課税期間が二年なら個人の場合十年にしなければ不公平じゃ」


「賛成!東北地方の人のために10パーセント余分に二年間税金を払うのは我慢する!」


 田中が胸を張る。


「田中さんは収入があるのか」


 質素な服の大家が半目で田中を見つめる。田中がはっとしてうつむく。


「あっ!僕は失業中だった」


 しかし、すぐ頭を上げる。


「でも四分の三以上の法人が赤字なんでしょ。僕は赤字じゃない」

 

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 田中に山本が微笑むが、すぐ真剣な眼差しに戻す。


「皆さん。もっと重要なことがこの特別復興税のシステムに隠されているのに気付きませんか?」


「うーん」


 田中はもちろんのこと両大家も頭をひねる。


「二十五年。これがヒントです」


「わかった!」


 田中が手を打つ。


「政府は復興に二十五年かけるつもりなんだ。できるだけ早く必死になって復興させるべきなのに!」


「そのとおりじゃ!特別復興税の正体はダラダラ税金だ、復興だと言って集めた税金を他に使おうとしておるのじゃ」


「国民も何年か経つと何のために余分な税金を払っているのか分からなくなるぞ」


「東日本大震災のことも知らない今年生まれた子供が高校を卒業して働き出したときもらう給料袋の明細書を見て首を傾げるだろう」


「田中さんの言うとおりだわ。でも給料袋なんて、田中さんも古い人間ね」


「あっそうか。今は振込の時代だ」

 

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「変な突っ込みをしてごめんなさい。でも確かに『特別復興税』と書かれて天引きされる給与明細書を見てその税金を理解するのはまず不可能ね」


「生まれる前に決められた法律に縛られてしまうのか」


 田中がやりきれない表情をすると立派な服の大家が叫ぶ。


「これは年金問題と一緒じゃ!長い年月を掛けて国民を欺くひどい税金だ!国家が其の場凌ぎで最もらしいことをいって取りあえず国民を納得させたあと、長い時間をかけて国民を忘却の彼方に迷いこませてから『そんなことありましたっけ』と惚ける」


 質素な服の大家も負けていない。


「これは国債と一緒だ。国債を乱発しておいて『借金を何とかしなければ』とわめいて増税しようとする。増税したって借金の返済に回すことはない」


「そのとおりです。仮にこの特別復興税に原子力発電所の廃炉費用が織り込まれているとすれば、別の方法で対処すべきでしょう。果たして事故を起こした原子力発電所の廃炉は二五年でできるのでしょうか。個人には消費税は上げる。二十五間も特別復興税をかける。法人は特別復興税が二年間だけ、しかも法人税率は下げて法人を元気にすれば景気がよくなるといいますが、利益を出す勢いのある大企業だけで、中小企業、特に最高税率45パーセントの適用を受ける個人事業者には恩典はありません。ましてや日本は社会主義国家ではありません。力ある大企業が儲けた利益で社員の給料を上げるか、新たな雇用に貢献するかはその企業の自由です。

 

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もしそれを押しつけるのならその政権党は本家の共産党のお株を奪うことになります」


 逆田はこういうとテレビの画面から消える。

 

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