第百三十六章 トンネルを抜けると


【次元】六次元
【空】 ブラックシャークマークⅡ
【人】 ノロ イリ ホーリー サーチ ミリンケンタ Rv26 フォルダー
    瞬示 真美 広大 最長 総括大臣 セブンヘブン


* * *


 七次元の戦闘艦隊が光り輝く空間近くで待機している。その空間から様々な星の卵が生まれる。


「ここが超巨大ブラックホールの出口に間違いないか」


 セブンヘブンが念を押す。


「確認します… … 間違いありません」


「よし! 再度全戦闘艦に次元通信でこの宇宙空間の時空間座標を伝えろ」


 セブンヘブンはあらゆる情報を駆使してブラックシャークマークⅡ がブラックホールの強力な重力に耐性を持っていると確信した。そしてトリプル・テンをノロは自由自在に利用できると考えた。


「本当にマークⅡ は現れるのでしょうか? 」


「必ず現れる」

 

[594]

 

 

「ブラックホールをコントロールできる我々でさえ、ブラックホール内を航行することはできません。ましてやマークⅡ が無事に出てくるなんて信じられません」


「この宇宙は不思議なことだらけだ」


 セブンヘブンが引き締める。


「僚友艦が集結します」


「ブラックホール砲の準備を指示しろ」


「しかし、回り道をした僚友艦が到着したのに、なぜマークⅡ は出てこないのだ」


 誰かが独り言のような疑問を発する。マークⅡ がブラックホールというトンネルに入ったのなら、次元移動で回り道をしてここに到着した七次元の宇宙戦闘艦より遙かに速くトンネルの出口から抜け出した可能性が高い。


「もしかしてすでに外に出ているのでは? 」


 レインボー戦艦の艦橋に不安が広がる。


「集結したところを多次元エコーで攻撃してくるのでは? 」


 セブンヘブンに不信感を持つ者が増える。副艦長の視線も微妙に変化する。さすがのセブンヘブンも命令だけでは維持できないとおもむろに口を開く。


「疑問に答えよう。全艦にも私の言葉を同時発信する準備を」


「いつでも通信回路はオープンです」

 

[595]

 

 

 それまでも全艦を集合させるために通信回路は全く無防備に解放されていた。敵は一隻。そのマークⅡ も超巨大ブラックホールの中だから心配することなく通信できる環境にあった。


 セブンヘブンの言葉が全艦に発信される。


【ブラックホールというトンネルを通過するのにはその通過速度を落とさざるを得ない。通常は光速と同じ速度になるが、そうなれば時間が消滅する。消滅すれば少なくとも生命体は存在できない。ところが強固な装甲、つまりトリプル・テンに守られた船なら減速してゆっくりと移動することができる。残念ながら我々はトリプル・テンを使う方法を知らないが、ノロは自由自在にトリプル・テンを扱うことができる。ブラックホールの中でも時間を確保して移動しているはずだ。だからここで待ち伏せしているのだ。安心して私の命令に従うのだ】


 この説明が功を奏したのか士気が上がる。


「全艦の時空間座標を再確認しろ」


* * *


 ブラックシャークマークⅡ が超巨大ブラックホールから出てくる。


「レインボー戦艦発見」


「わあ! 勢揃いしている」


 次元浮遊透過スクリーンを見つめるノロを尻目にR v 2 6 が冷静に命令を下す。

 

[596]

 

 

「最大級の防御態勢に移行! 」


「危険を承知でブラックホールに突入して振り切ったと思ったのに」


 珍しくノロが弱音を吐く。


「多次元エコーを使いますか」


 R v 2 6 が確認すると中央コンピュータが否定する。


「エネルギーが足りません。それにブラックホール突入時に船首側のすべての主砲が損傷しました。使える主砲は船尾の十二門だけです。しかも次元エンジンの出力も低下しています」


「ブラックホールのトンネルを通り抜けただけでも奇跡だったんだ」


 中央コンピュータがさらに悪い報告を追加する。


「かなりのトリプル・テンが剥離しました」


「これでは戦いにならない」


 R v 2 6 もお手上げだという表情をする。ノロも明るさを失うがR v 2 6 に変わって命令を下す。


「防御態勢解除。残った主砲で戦う。反転! 」


 どうやら尻を敵に向けて船尾の主砲で戦うようだ。


「危険です」


 R v 2 6 がやんわりと批判する。

 

[597]

 

 

「ブラックホールの出口はビッグバンではありませんが、大量の星の卵を勢いよく放出しています。卵と言っても衝突すれば本船は粉々になります」


「そのとおり。かといって星の卵に隠れながら奴らに接近するにもエンジンが持たない」


 R v 2 6 が大きく頷く。


「作戦を理解しました」


 だが中央コンピュータを筆頭に海賊やイリたちに理解できるはずがない。ホーリーも説明を求めようとするが、そんな余裕はない。


 R v 2 6 が次元浮遊透過スクリーンを見つめながら呟く。


「結構距離を取っている」


「星の卵との衝突を警戒しているんだ」


* * *


「全艦ブラックホール砲連続発射! 」


 七十隻近い七次元の宇宙戦闘艦からブラックホール砲が発射される。今のブラックシャークマークⅡ の装甲ではブラックホール砲を一発でも食らうと消滅する。そんなブラックホール砲が何百発とマークⅡ に向かう。


「マークⅡ の主砲を侮るな。応戦してきたら待避しろ」

 

[598]

 

 

* * *


「本船を追い越す星の卵に隠れながら主砲を発射! 」


 ここは海賊たちの腕にかかっている。敵に尻を向けながら近くを猛スピードで通過する星の卵に身を隠しながら主砲を発射して敵を確実に仕留めなければならない。


 人間とアンドロイドの海賊の連係プレーが鍵になる。さすが歴戦の勇者揃いだ。


「命中! 」


 歓声は上がらない。敵が多すぎるからだ。そのとき中央コンピュータが驚きの声をあげる。


「なんと! エネルギーが自動充填されています! それに得体の知れない物質が周りに充満しています」


 ノロが膝を叩いて立ち上がる。


「ブラックマターだ! そうか! ブラックホールの出口付近の宇宙空間にはブラックマターが満ちあふれているんだ。運が向いてきたぞ! エネルギーやトリプル・テンがイヤと言うほどある」


 R v 2 6 が首を傾げる。


「エネルギーは自動充填されているようだが、どうやってトリプル・テンを取り込むんだ? 」


「簡単だ。オルカからトリプル・テンの補給を受けた同じ方法で取り入れるだけだ」


 ホーリーたちが興奮する。

 

[599]

 

 

「装甲は分厚くなるし、エネルギーも思いっきり使えるし、主砲も連続発射できる」


 やっと明るい雰囲気が艦橋を包とR v 2 6 がノロに近づく。


「装甲が厚くなるのはありがたい。しかし、エンジンの調子が今ひとつ。それに使える主砲もガタガタです」


「でも何とかなる。この戦闘、勝てるかも… … 」


 イリが驚く。「負ける」と思っていたノロの胸の内を見抜いていたからだ。つまりノロはブラックホールの出口に到達することさえ自信がなかったし、出口付近にエネルギーやトリプル・テンが存在していることも全く予期していなかった。


 しかも、マークⅡ は人間で言えば重傷だ。いくらうまい料理を出されたところで食い切れない。言葉を切ったノロにR v 2 6 が劣勢であることを伝える。


「修理する暇はないし、敵はこちらの傷口を突いてくるはずです」


「尻を向けての攻撃はやりにくいなあ」


 ノロは大の字になって思考したいが、それもままならない。


「うーん。何かいい方法はないものか」


 中央コンピュータが叫ぶ。


「敵の第二次攻撃が始まりました」

 

[600]

 

 

* * *


「もっと装甲を分厚くしろ」


 長考に入ったノロに代わってR v 2 6 が対処する。ブラックシャークマークⅡ は尻を振りながら器用に星の卵を盾にして主砲を撃つ。


「第五番連装の二本の主砲、発射できません」


 悲痛な中央コンピュータの声が天井からする。すかさずR v 2 6 が命令する。


「主砲にトリプル・テンを付着させるな。詰まるぞ」


 トリプル・テンがむしろ邪魔になる。主砲の中まで装甲を厚くすると砲身が使いものにならなくなる。


「分かりました。そうすると使える主砲は… … 」


「どうした? 」


 R v 2 6 が怒鳴ると中央コンピュータが続ける。


「使用可能な主砲は三本だけです」


「三本? たったの三本? 」


 船尾を向けたままで、主砲三本だけでは戦いにはならない。


「あっそうか! 」


 ノロの口が久しぶりに横に大きく開く。

 

[601]

 

 

「多次元エコーにエネルギーを注入しろ」


「えー? 」


 R v 2 6 も理解しがたく意見する。


「尻を向けているのに正面に多次元エコーを発射しても意味がない」


「多次元エコーを発射するとは言っていない」


 R v 2 6 が手を打つ。


「そうか! エンジンとして使うのか」


 すぐさま船首の多次元エコーをエンジンとして利用する作戦に中央コンピュータが申し出る。


「ワタシに任せてください」


* * *


「いい加減に諦めればいいものを」


 星の卵を盾にブラックホール砲の攻撃をかわしながら確実に宇宙戦闘艦を撃破するブラックシャークマークⅡ の攻撃にセブンヘブンが焦る。しかも星の卵に衝突する宇宙戦闘艦も少なくない。


「奇妙な態勢を取っています」

 

[602]

 

 

 それまで勝ち戦だと思っていたのでマークⅡ の体勢を正確に分析しなかったセブンヘブンがこの報告を受けて改めてレインボーモニターを見つめる。


「後ろ向きになっている」


「多分、ブラックホールを通過したとき船首の主砲が使いものにならなくなったのでしょう」


 副艦長の見解に同意するとセブンヘブンが命令を出す。


「マークⅡ の前方に回り込め! 」


 さすがセブンヘブンだ。マークⅡ の船首を攻撃するのだ。仮にマークⅡ が反転して船尾の主砲で攻撃してきても、星の卵を盾にして凌ぎながら攻撃すればたやすく撃破できると考えた。


「回り込んだら即座に全艦ブラックホール砲を発射! 」


* * *


「敵宇宙戦闘艦隊が消えました。次元移動した模様」


「チャンスだ! 」


 ノロがすぐさま多次元エコーの発射席に向かう。幸い多次元エコーにエネルギーが連続的に投入されているのですぐに発射できる。まるで七次元軍は多次元エコーの攻撃を受けるためにブラックシャークマークⅡ の前方に移動したようなものだ。


「敵宇宙戦闘艦隊がすぐ背後に、えーっと船首側に現れました! わあ、ブラックホール砲を発射してきました」

 

[603]

 

 

「多次元エコー発射! 」


 至近距離で多次元エコーとブラックホール弾がぶつかる。巨大なエネルギーが生まれる。そして何もかもが火の玉の中に引きづり込まれる。


* * *


 ブラックホールの出口付近で起こった壮烈な戦闘。生まれたばかりの星の卵がブラックホール砲の影響で死を迎える。すべての星の卵は成長することなくそのままミニブラックホールになった。それぐらい強烈なエネルギーがこの周りを包み込んだ。


 火の玉が消滅すると煙のような宇宙雲が発生する。目も眩むように明るかったのが急に暗灰色の世界に変わる。その中で輝くモノが見える。レインボー戦艦だ。


「小さいとはいえ、これほどの数のブラックホールに囲まれればブラックシャークマークⅡ も無事ではないはず」


 セブンヘブンが勝利を確信する。


「多次元エコーをブラックホール砲が打ち破ったのですか」


 自信を持ってセブンヘブンが命令する。


「全艦にマークⅡ の残骸を確認させよ」

 

[604]

 

 

「了解」


 やがて晴れ上がるだろう宇宙雲をセブンヘブンが見つめる。


「これでこの宇宙に平和が訪れることになる。戦争ばかりしていた五次元の生命体や何かとうるさかった六次元の生命体も、そしてくせ者の三次元の生命体のノロも消えた」


 セブンヘブンが高らかに笑う。そのとき不吉な報告が入る。


「返信がありません」


「何だと! 」


「本艦を除いて全滅したようです」


 冷や水を浴びせられたセブンヘブンが全方位モニターを見つめる。徐々に晴れ上がる宇宙空間には何と七次元の宇宙戦闘艦の無残な姿が次々と現れる。


「あれは? 」


 かなり遠いところに満身創痍ながらブラックシャークマークⅡ が漂っている。


* * *


「どうやら敵も一隻だけになったようだ」


「しかし、使える主砲はありません。多次元エコーもやられました。本船に残された武器はありません」

 

[605]

 

 

 ところがノロがニーッと笑うと命令を下す。


「クワガタ戦闘機出動準備を急げ」


 そしてホーリーやサーチに視線を移す。


「本船にはビートルタンクを四台搭載している。ホーリーたちはビートルタンクの操縦のプロ… … 」

 

 ホーリーが一歩前に出る。


「任せてくれ」


「人手がない。ひとりで操縦と攻撃ができるか? 」


 サーチもホーリーの横に進む。


「十分です」


 壮烈な戦闘に押し黙っていた瞬示と真美がノロに申し出る。


「僕たちもビートルタンクに同乗する」


 広大と最長も負けじと声を張り上げる。


「場合によっては時間島が必要になるかもしれない。今我々にできることはこの程度だ」


「十分だ。それではクワガタ戦闘機の操縦士を人選する… … 」


 ノロの言葉を遮って何人かの宇宙海賊が手を上げる。


「この作戦に参加しないわけにはいかない」

 

[606]

 

 

「おいおい。当然クワガタ戦闘機も四機しかない」


 まずアンドロイドの宇宙海賊がノロやホーリーたちに進み出る。


「アンドロイドに任せてくれないか」


「何を言っている」


 人間の宇宙海賊が不満そうに反対するが、すぐさまノロが決定を下す。


「連携が大事だ。アンドロイドの方が通信能力が高い。すぐ準備に掛かれ」


* * *


 クワガタ戦闘機がビートルタンクを抱えるようにしてレインボー戦艦に向かう。すぐさまレインボー戦艦の艦載機がクワガタ戦闘機に向かう。いくら操縦士が緩慢だと言っても艦載機は最高速度光速0 ・7 を誇る宇宙戦闘機だ。しかも二十機以上だ。


「正方形包囲網を取れ! 」


 とは言ってもブラックホールの影響でこの付近の空間はかなり歪だ。すぐさま正方形包囲網の体勢を取らなければクワガタ戦闘機が単独行動できなくなるし、レインボー戦艦の向こう側に回り込むのは至難の業だ。ホーリーのビートルタンクに同乗した瞬示と、サーチのビートルタンクに同乗した真美が、同時に声を上げる。


「ビートルタンクを時間島で包み込みます」

 

[607]

 

 

 クワガタ戦闘機で正方形包囲網を取るのは無理だと考えた真美は時間島を使う。もちろんブラックホールの近辺で時間島を使うのは不可能に近いし、できたとしても分離したふたりにはかなりの負担がかかる。それを承知で瞬示がホーリーのビートルタンクを時間島で包むと自由になったクワガタ戦闘機が敵艦載機に向かう。それを見た広大と最長が同じようにミリンの、ケンタのビートルタンクを時間島で包む。ビートルタンクはクワガタ戦闘機から離れて正方形包囲網を構築し始める。


 ビートルタンクから解放されたクワガタ戦闘機が虹色に輝いて見えにくい敵艦載機に果敢に挑む。本来ならば七次元の戦闘機は見えないはずだが、ブラックホールに近いから次元の影が露出してよく見えるのだ。もちろん影と言っても虹色に輝いているが。


 まるでプロペラ機とジェット機が戦闘しているような感じでクワガタ戦闘機は翻弄される。レインボー振動光線がクワガタ戦闘機に命中するが、トリプル・テンの固い装甲で凌ぎながら素早く反転すると、二本の角を接触させて遠ざかる艦載機に独特の次元レーザー光線を発射する。意外にも艦載機が爆発する。


 これはうまくいった場合で現実は厳しい。攻撃を受ける方が多いから徐々に装甲が剥がれる。黒光りしていたクワガタ戦闘機が虹色に変化する。


 一方、数で勝る艦載機はクワガタ戦闘機と戦う編隊を残してビートルタンクに向かう編隊とブラックシャークマークⅡ に向かう編隊に分かれる。

 

[608]

 

 

 ビートルタンクが二次元エコーの発射の準備にかかる。時間島が黄色を通り越してオレンジ色に輝く。瞬示と真美の身体もピンクを通り越して真っ赤になる。ビートルタンク内が赤に染まる。一方、レインボー戦艦の主砲の照準が四台のビートルタンクにロックされる。


{ 早く二次元エコーを! }


 瞬示がホーリーに、真美がサーチに、広大がミリンに、そして最長がケンタを促す。


{ 発射}{ 発射! }{ 発射}{ 発射! }


 四台のビートルタンクの角から二次元エコーが正確に同期を取って発射される。レインボー戦艦からのレインボーブラックホール光線もビートルタンクに向かう。二次元エコーの効果を確認する間もない。いとも簡単に時間島に穴が開くとレインボーブラックホール光線がビートルタンクに命中する。強力な装甲を持つビートルタンクは光線を跳ね返すがショックは艦載機の攻撃の比ではない。


{ 保たない! }


 ホーリーの叫び声がサーチ、ミリン、ケンタに届く。艦載機が追い打ちをかけるように迫ってくる。瞬示、真美、広大、最長の輝きが衰えるが、全身全霊を込めて新たな時間島を発生させてビートルタンクを包み込もうとする。


 一方、レインボー戦艦は次の攻撃態勢に入る。つぶさに状況を観察していたノロがホーリーに無言通信を送る。

 

[609]

 

 

{ キチンと正方形包囲網の攻撃態勢を取らずに二次元エコーを発射した可能性が高い。次元落ちを確認できない}
{ 分かった。もう一度発射する}


 ホーリーがサーチ、ミリン、ケンタ、そして瞬示と真美、広大と最長にも無言通信を送る。


{ きつい。身体を分離しての時間島のコントロールはもう限界だ}


 最長の弱音の無言通信を無視して瞬示からホーリーに無言通信が送られる。


{ 安心して二次元エコーの発射に集中してください}


 真美も強気な無言通信をサーチに送る。


{ 命ある限り時間島をコントロールします}


 そして次元通信で広大と最長を叱咤激励する。


【ここで踏ん張らなければ六次元の生命体の恥だわ】
【了解! やるぞ】


 しかし、再びレインボー戦艦から強力なレインボーブラックホール光線が発射される。


{ 間に合わない}


【間に合ってくれ】


 ホーリーや瞬示たちの悲鳴がブラックシャークマークⅡ に届く。そのときレインボーブラック光線の先端付近に巨大な人影のようなモノが多数現れる。次元浮遊透過スクリーンを見ていたノロが驚く。

 

[610]

 

 

「なんだ? 」


「次元通信が入りました。通信回路オープン。通常通信に変換します」


【巨大土偶を総動員した】
【誰だ! 】
【総括大臣だ】


 通信が途切れる。


* * *


 何万体もの巨大土偶の目から一斉に強力な黄色い光線がレインボーブラックホール光線に向かって発射される。想像を絶するエネルギーとエネルギーがぶつかり合う。


「なんだ? あれは」


 セブンヘブンが狼狽える。


「巨大土偶と呼ばれる六次元のアンドロイドです」


「巨大土偶? どうしてここに? 」


「攻撃目標変更します。全主砲を巨大土偶に」


 副艦長がセブンヘブンを無視して命令する。プライドを傷つけられたのかセブンヘブンが副艦長を睨む。

 

[611]

 

 

「命令変更は許さん。ビートルタンクの攻撃続行」


 そのときレインボー戦艦が大きく揺れる。


「被弾! 」


 プライドを破棄したセブンヘブンがレインボーモニターを確認する。すっかり巨大土偶に取り囲まれている。エネルギーの強力さではレインボー戦艦の主砲が遙かに上回るが、数が多すぎるし巨大土偶の連携は緻密だった。しかも巨大土偶には六次元の世界を守ろうとする使命感がある。だから総括大臣に協力したのだろう。


「とにかく巨大土偶を全滅させましょう」


 副艦長の提案にセブンヘブンが折れる。


「任せる」


「全主砲発射! 目標は巨大土偶! 」


* * *


「巨大土偶に助けられるなんて」


 リンメイがしみじみと漏らす。


「大きさでは通常の宇宙戦闘艦と遜色はないが、運動能力が違う。あらゆる方向に攻撃ができる。しかも相手は一隻だけだ」

 

[612]

 


 ノロの表情が緩む。


「まだ勝ったわけじゃないわ」


 イリがノロを戒める。


「ブラックシャークマークⅡ なら多次元エコーで巨大土偶を全滅させることができるが、七次元の宇宙戦艦では無理だろうな」


「もう! 急に楽天的になるんだから」


 しかし、イリ以外の誰もが勝利を確信する。するとノロが念を押す。


{ 今がチャンスだ! ホーリー! 二次元エコーを発射しろ}
{ 了解! 再発射する}


* * *


 数が多すぎるのもあるが副艦長の攻撃作戦に成果が生まれない。それどころかレインボー戦艦は巨大土偶の攻撃でかなりのダメージを受ける。


 そのとき体勢を整えたホーリーたちのビートルタンクが正確に二次元エコーを発射する。瞬く間にレインボー戦艦が次元落ちして六次元化する。


「まずい! 」

 

[613]

 

 

 セブンヘブンが副艦長を制して命令を出す。


「巨大土偶を無視しろ。ビートルタンクを叩け」


* * *


{ 二次元エコー連続発射する}


 ホーリーの勇ましい無言通信がサーチ、ミリンに届く。ところがケンタに届く前に逆にケンタがホーリーに無言通信を送る。


{ レインボー戦艦が正方形包囲網の外に逃れました}


 ホーリーが確認する。レインボー戦艦の動きが急に素早くなったのだ。この状況を次元浮遊透過スクリーンでつぶさに観察したノロが絶句する。


「まっ、まさか! 」


 イリがノロの青ざめた表情に驚くとノロは泡を吹いて床に大の字になる。


「こんな時に… … 」


 イリがひざまずいてノロを起こそうとしたとき住職がイリの腕を握る。


「そっとしておくのじゃ」


* * *

 

[614]

 

 

 警報が鳴り響くレインボー戦艦の艦橋でセブンヘブンが驚く。


「なんだか身体が軽くなったような気がする」


「何を言っているのですか。本艦は次元落ちしました。もはや七次元の宇宙戦艦ではありません。六次元の宇宙戦艦に成り下がりました」


 さすが七次元軍最強の宇宙戦艦だ。次元落ちを一次元だけに留めた。五次元のヒトデ型戦闘艦が二次元、つまり平面にまで次元落ちしたのとは違う。これに気付いたセブンヘブンが声を出して笑う。


「まるでメタボ体型がスリムな身体になったような感じがする。そう思わないか? 」


「そう言えば、確かに以前より機敏に航行できるようになりました」


「ビートルタンクに攻撃態勢を取らすな! 」


* * *


「ダメだ」


 ホーリーが焦る。四機のビートルタンクが正方形包囲網の態勢を取っても簡単にその外にレインボー戦艦が素早く移動する。瞬示も状況を把握する。


「急に素早くなった。あっ! 見える。レインボー戦艦の艦影がはっきり見える」


 真美、広大、最長も現状をはっきりと確認する。ホーリーからの無言通信を受ける前にサーチは真美から、ミリンは広大から、そしてケンタが最長から、レインボー戦艦が二次元エコーの攻撃で六次元化して機敏に動けるようになったという報告を受け取る。そして結論として正方形包囲網態勢を維持することが不可能であることを悟る。ホーリーがノロに無言通信を送る。

 

[615]

 

 

{ クワガタ戦闘機をビートルタンクに貼り付けてくれ}


しかし、返事はない。


{ ノロ! 聞こえるか! }


 悠々とビートルタンクの正方形包囲網態勢から離脱したレインボー戦艦の主砲がビートルタンクを捕らえる。たまらず瞬示、真美、広大、最長が同時に叫ぶ。


「退避! 」


* * *


 顔中泡だらけのノロが起き上がると叫ぶ。


「二次元エコー攻撃中止! ビートルタンクに帰還命令を! 」


 次元浮遊透過スクリーンで確認しようとするがメガネは泡に包まれていて何も見えない。イリがメガネを取り上げると素手で拭き取る。スクリーンには何万体もの巨大土偶がレインボー戦艦に向かう姿が映っている。次元は違っても同じアンドロイドだからかR v 2 6 が心配そうに見つめる。

 

[616]

 

 

「総括大臣と連絡を取れないのか」


「ずーっと呼び続けていますが… … 」


 やっとスクリーンを確認したノロが広大・最長に指示する。


「通信を続けるんだ。恐らく巨大土偶のコントロールで精一杯なのだろう」


「そのとおりだと。でも巨大土偶を退避させなければ」


 しかし、巨大土偶はレインボー戦艦に向かっていく。


「ダメだ。総括大臣! 返事をしろ! 」


 レインボーブラックホール光線が難なく巨大土偶を破壊していく。さすがに巨大土偶が撤退を始めるが依然として総括大臣から連絡はない。


 レインボー戦艦の攻撃目標は巨大土偶からブラックシャークマークⅡ に変更される。そのマークⅡ は周りのブラックマターからいくらでもエネルギーを補給できるし、トリプル・テンで装甲を厚くできるが使用可能な武器がない。


「体当たりするか」


「特攻隊のようなことはやめて! 」


 イリが否定する。


「特攻隊ではない。自爆テロだ」


「どっちも一緒だわ」

 

[617]

 

 

「じゃあ、逃げよう」


「何とかして! 」


「逃げないでやれることはただひとつしかない」


 イリの表情が少しだけ緩む。


「やっぱり何とかできるのね。どんな作戦? 」


「ひたすら堪える『我慢作戦』だ」


* * *


「主砲連続発射! 」

 

 今度こそとセブンヘブンが確信する。


「二次元エコーを封じたし、それにブラックシャークマークⅡ の船首を見ろ」


 ブラックシャークマークⅡ の船首はまるでノロの口のようにだらしなく開いてヨダレを垂らしているように見える。


「もはや多次元エコーも使いものにならない」


 主砲が連続発射されてすべてマークⅡ に命中する。虹色に輝いたかと思うと真っ黒になる。その繰り返しが続く。


「さすがこの宇宙最強の戦闘艦と評されたことはあるな」

 

[618]

 

 

 しかし、マークⅡ は虹色の輝きが消えると真っ黒になり再び虹色になるというパターンを繰り返すだけで全く変化しない。トリプル・テンがマークⅡ を完璧に守っているのだ。


「どういうことだ」


 そのとき副艦長が叫ぶ。


「エネルギーが底を突きます。主砲の発射を停止します」


「ブラックホールからエネルギーを補充しろ! 」


 セブンヘブンの命令もむなしく主砲が自動停止する。


「後方を確認してください! 」


 副艦長の言葉どおりレインボー戦艦はいつの間にか出力が落ちて巨大ブラックホールに吸い寄せられていた。


「全速前進! 」


* * *


 何とか難を逃れたがレインボー戦艦の目の前にはブラックシャークマークⅡ が近づいてくる。


「このまま体当たりする。全速前進! 全員ショックに備えろ! 」


 ノロが最後の命令を出す。たっぷりとトリプル・テンに包まれたマークⅡ が最後の戦いに挑む。

 

[619]

 

 

距離が詰まったときに中央コンピュータが警告を出す。


「レインボー戦艦の全主砲、全副砲が艦橋に照準を合わせました! 」


* * *


「本艦とブラックシャークマークⅡ の間に何かがいます」


「何も見えないぞ! 」


 セブンヘブンが六次元スコープを確認する。


「無視しろ。エネルギーをかき集めてレインボーブラック砲を発射! 」


 するとレインボー戦艦とマークⅡ の中間点でかすかに何かが虹色ににじむ。そのにじみは膨張することなく中心部から粉のような光線がレインボー戦艦に向かう。


「なんだ! 」


 セブンヘブンと副艦長が同時に叫ぶ。


「退避! 退避! 」


 艦橋に悲痛な声が流れる。


* * *


「あれは! 」

 

[620]

 

 

 ノロが次元浮遊透過スクリーンを目を皿のようにして見つめる。


「透明化しているが、あれは… … 」


 そのとき懐かしい声が艦橋の天井のスピーカーから届く。


「苦戦しているな」


「フォルダー! 」


 次元浮遊透過スクリーンにブラックシャークの勇姿が現れる。


「レインボー戦艦は動けない。じゃーな」


「フォルダー。待ってくれ」


「俺は宇宙海賊。誰の命令も受けない」


「なぜ、ここで七次元の宇宙戦艦と戦っているのが分かった? 」


「七次元軍の通信回路がオープン、つまり無防備だったからだ。もう少し早く来れたらよかったが… … 」


「フォルダー! 」


 ブラックシャークが悠々とブラックシャークマークⅡ から遠ざかる。ノロがうつむいた後、直立不動の姿勢を取る。


「元気でな。また会おう」


 返事はない。ブラックシャークが忽然と消える。

 

[621]

 

 

[622]