08 手取り


「税金や社会保険の話が出ましたので、今話題になっている子供手当の所得制限の話をしましょう」
「金持ちの親を持つ子供には手当は出さないという制限のことですね」


「所得とは何かをもう一度、先ほどの源泉徴収票を使っておさらいします」


 再び逆田の源泉徴収票がアップされる。


「山本さん、所得はこの源泉徴収票のどの数字だと思いますか」


「給与収入の額ではなく、給与所得控除後の金額というのが所得ですね」


「そうです。サラリーマンといえども経費がかかりますので、その経費として給与所得控除を差し引いた額がサラリーマンの儲け、つまり所得です」


「でも、与党や野党は親の手取り収入が八〇〇万円以上の子供には手当てを支給しないと言っていますね」


「そうなんです。小さな源泉徴収票一枚にまとめられるほどの単純なサラリーマンの場合でも源泉徴収票上のどの金額を言うのか、よく分かりません」


「えっ!この源泉徴収票からでは手取り収入は分からないのですか」


「そうです」

 

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「どういうことなんですか」


「そこで、我々サラリーマンがよく口にする『手取り』という感覚で計算してみましょう」


 源泉徴収票上の数字に赤い○印が表れる。


「収入金額から天引きされる金額を差し引いたものを『手取り』とすればこうなりますね。山本さん、計算の準備はいいですか」


「はい」


 山本が週刊誌よりも大きな電卓を手にすると逆田が続ける。


「給与四二〇万円から社会保険料六〇万円、税金五万円、それに会社経由で生命保険や個人年金に入っている場合はその保険料、それは生命保険料控除の金額ではないのですが、私の場合十万円と記載されているこの控除額を天引きされているとします」


 山本が赤い○で示された金額を電卓で計算する。


「四二〇、引く六〇、引く五、引く一〇は、三四五」


「更に一〇引きます」


「それは?」


「この源泉徴収票には記載されていませんが、住民税です」


「そうすると三三五万円ですね」


「これがサラリーマン感覚の手取額ではないかと思います」

 

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「でも、生命保険を掛ける掛けないかは個人の自由ですよね」


「そうです。そうすると初めの山本さんの計算が正しいということになります。つまり三四五万円です」


「生命保険料の一〇を取り消して住民税の一〇を差し引くと言うことですね」


「あくまでもサラリーマンの手取りという感覚で計算した答えです」


「この額が政府や野党が言っている手取り収入ではないのですか」


「それがよく分からないのです。どうも『手取り収入』という言葉がまずいと思ったのか、最近『確定収入』という言葉に変更したようです」


「いずれにしても、分からないのに分かったことにして議論しているのですか」


「だれも気が付いていないと言うより、いい加減なんでしょうね。言葉や数字の定義もせずに八〇〇万円ぐらいが落し所かとうそぶいている大物議員もいます」


「何が問題なのですか」


「もう一度、源泉徴収票を見てください」


 赤い○印が給与所得控除後の金額欄に表れる。


「サラリーマンの場合、給与所得控除、つまり経費は所得の計算をするための数字で天引きされるわけではありません。それは収入から支払っているもので人によって変わります。それにもっと重要なことは今まで説明した『手取り』という考え方はサラリーマン特有のもので、個

 

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人で事業をしている八百屋さんや本屋さんや居酒屋さんや、あるいは農家の方はそういう考え方をしません」


「いわゆる個人事業者、或いは自営業と呼ばれる方々の『手取り』というものはどのように考えるのでしょうか」


「ずばり、『儲け』です。稼いだお金、つまり売上から商品仕入れの金額と経費を差し引いた額、これが儲けです」


「社会保険料や税金は引かないのですか」


「これは儲けたお金から支払うものでサラリーマンのように天引きされませんから、手取りというような概念はありません。ただ税金のうち、たとえば店の固定資産税とか配達用の自動車の税金などは経費として引いています」


「サラリーマンとはぜんぜん考え方が違うんですね」


「そうです」


「そうしますと、子供手当の所得制限はどうなるのですか。手取り収入という感覚がない八百屋さんの場合、手取額をどのようにして計算するのでしょう」


「だから、一番始めに説明しましたように、基準がよく分からないのです。『手取り収入』というのはサラリーマンの場合はある程度分かりやすいのですが、八百屋さんの場合は何を持って『手取り収入』とするのか、政府や与党、野党から全く説明がありません。それに八百屋さ

 

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んたち、自営業者の場合、源泉徴収票というものはありません」


「子供手当に制限を設けると言っても、その制限の基準が全く示されていないのですか」


「基準の計算方法が示されないまま、抽象的な言葉で議論しているのです」


「一千万円前後の稼ぎのある人は子供手当がもらえるのかどうか、不安でしょうね」


「でも、国民の方から、『私の稼ぎはこれだけです。子供手当はもらえますか』という質問はありません。もしこの問題を私たちが提起しなければ、誰も気づかなかったかもしれません」


「東日本の大地震では、日本人は冷静に行動すると世界から絶賛されましたが、反面、政治には無関心です」


 プツンと映像が切れる。


「僕は独身だから子供手当に興味はないけど、子供を持っている親は気が気でないはずなのに、あまり騒がれていないのも不思議だな」


「三千円程度の増税で大騒ぎするのに、なぜなんだ」

 

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