02 加藤艦長


 ほとんどのグレーデッドの潜水艦が沈没した中、難を逃れた潜水艦の艦長が旗艦グレートデッドの甲板でノロと握手した総統が倒れるのを目撃する。


「総統が!」


 その近くに水上戦闘機「彗星」が現れるとノロが甲板を助走して海に飛びこむ。彗星もノロの方に向かって距離を縮める。フロートには細身の若い女が振り落とされないように両手でフロートの柱を掴んで大声を上げている。恐らくノロを呼んでいるのだろう。


「イリ。こっちだ」


 ゆっくりと彗星が海面に漂うノロに近づく。イリが手を差し延べるとノロがフロートに上げる。


「ふー」


 イリはフロートを椅子代わりにして腰かける。


「どうした?」


「ガス欠よ」


「えー」


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 イリはにっこり笑って両足で海面をパタパタと叩く。ノロはそんなイリの手を引くと彗星によじ登ろうとする。


「サメに足をかじられるぞ」


「きゃー」


 海辺を見るとサメの背びれが数本、水を切って動き回っている。ふたりが彗星の座席に座ると操縦席には長老が座っている。


「長老、操縦できるのか?」


「こう見えても昔は人民解放軍のパイロットじゃった」


「うそっ!」


 そのとき長老が叫ぶ。


「巨大なサメが!」


 大きな背びれに見えたのは潜水艦の艦橋だった。


「右舷に潜水艦が浮上!」


 彗星が左右に揺れ始める。


「グレ―デッドの潜水艦だ」


「今度こそ絶体絶命か」


「とにかく残った燃料で行けるところまで行こう」


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 長老がスロットルを引く。プロペラが元気よく回り始める。


「ブルブル、ブルーン」


「いいぞ。その調子だ」


 しかし、次の瞬間機体が震えだす。


「ブルッ、ブルッ、プッスーン」


 プロペラの回転が止まる。すぐ横にグレーデッドの潜水艦が近づいてくるが、艦橋や甲板に現れた乗組員は武器を持っていない。それどころか艦橋から呼び声がする。


「私は艦長の加藤。諸君に警告する。この海域での海水浴は危険だ。先客がお怒りのようだ」


「俺たちをどうする」


「何もしない。前艦長は不幸にもこの先客に食われたし、総統も君たちが倒した。もはや命令する者がいなくなった」


「燃料を分けてくれないか」


「航空機用の燃料だな。積んでいるか確認する」


 艦長が下に向かってしゃべる。その間サメが水棲のフロートに近づいたりぶつかったりする。


「あとでカマボコにしてやるから待ってろ!」


 ノロがうそぶいたとき、グレーデッドからホースを絡めた長い鋼鉄製の竿が伸びてくるが給油するにはフロートに降りなければならない。ノロはやむを得ず取りあえず翼の上に降りると

 

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先ほどにもまして多数のサメがフロートに体当たりしてくる。


「カマボコの件は取り消すから、ここは引き下がってくれないか」


 フロートが損傷すると彗星は浮くことができない。


「パン、パン」


 振り返ると艦橋で銃を握る加藤の姿が見える。海面が赤く染まると何匹かのサメが大きな口を開けて射殺されて腹を海面に出したサメに群がり我先に食いつくと、付近の海面が前より荒れて彗星が大きく揺れる。そんなサメに向かって再び加藤が何名かの乗組員とともに銃撃するを続ける。


 一方ノロは必死に彗星の風防に手をかけて踏ん張る。やがて波が収まり目の前に伸びてきた竿の先端の垂れ下がった一メートルほどのロープを手にすると引っぱる。


「焦るな。ゆっくりと引き寄せるんだ」


 銃声は消えて加藤の声がする。


 やっとのことでノロが竿に絡まったホースを掴む。そして給油口を開けて突っこむ。やがて給油口から燃料が溢れると片手を高々と上げる。


「加藤艦長!ありがとう!」


「礼には及ばない。それでは気をつけて、ノロ!」


「えっ!なぜ俺の名を知っている!」


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「大した男だ」


「大したことはしていない」


「また、どこかで会おう」


 ノロは頷くと風防を閉じて親指を立てる。加藤艦長が敬礼して彗星を見送る。彗星は軽快なエンジン音を残して離水すると舞い上がる。


 驚くべき航続距離を持つ彗星はこのあとまっすぐにタクラマカン湖の畔にあるイリの村に向かう。

「そうだったのか」


「グレーデッドに助けられるとは思ってもいなかった」


 ノロの言葉に榊がため息をつく。


「グレーデッドの言い分も理解できるが、もう少し穏やかなやり方で自己主張すればいいものを」


「そうね。でもみんな無事にこうして再開できたのは、ある意味グレーデッドのお陰だわ」


「しかし、ハワイでサブマリン八〇八とグレーデッドの海戦に誰も気付いていないのはどういうことなんだ?」


「どうやら、世界中の視線は国連に集中しているようじゃ」


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 長老が解説する。


「我が中国は今までの外交を一八〇度変更して、エネルギーウエーブ・宇宙ステーション建設事業に協力するらしいのじゃ」


「爺や。そのエネルギーウエーブ・宇宙ステーション建設事業っていったい何なの?」
 突然、ノロが興奮して長老にすり寄ると真下から睨む。


「そんな大事な情報をなぜ知らせなかったんだ!」


「さっきラジオで知ったのじゃ」


「ついさっき、ハワイからここに戻ってきたばかりよ。仕方ないでしょ」


 イリが長老からノロを引き離す。


「そうだった。でもエネルギーウエーブのことなら、俺は超専門家だ」
「えー」
 ノロが胸を張る。


「俺は原子力発電所には大反対だ。だからといって火力発電はもとより水力発電や風力発電、地熱発電、太陽光発電にも反対だ」


「だったら、どうやって電力を賄うの?」


「よくぞ聞いてくれた」


「そんなに興奮しないで。単純な質問よ」


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「非常に重要な質問だ」


 ノロが口を広げてニーッと笑う。


「俺の構想はこうだ」


 ノロがヨダレを拭うと一気にしゃべりだす。


「月に高性能の特殊な太陽光パネルを設置する。設置する場所はクレーターだ。クレーターを凹面鏡のように太陽光パネルで埋めつくすんだ。集めた太陽光を電磁波に変換して地球に設置したエネルギー変換設備に送る。そして電力に変えて送電する。いや、あらゆる場所にエネルギー変換設備を設置すればその周辺はその電力を利用できるし、余分な電力は蓄電しておく。その地域で月が沈んでも蓄電した電力を利用すれば一日中電量が使える。ウランも石油も石炭も天然ガスも、そしてダムの水を使わなくてもエネルギーは賄えるんだ。どうだ!」


「すごい!」


「ちょっと待ってくれ」


 榊がクレームをつける。


「その構想というのか計画というのか、具体的な企画書のようなものはできあがっているのか」


「当たり前だ!」


「どこにあるんだ?」


「俺の頭の中だ」


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「えー」


 疑いに近い視線がノロに向けられる。


「コピーはスミス博物館の大金庫の中にある」


「サブマリン八〇八、いえ八八八は今でも宇宙を航行できるの?」


 今度はイリが興奮して榊に迫る。


「サブマリン八八八としては試みたことはありません」


「待て!」


 ノロが怒りだす。


「俺の頭の中の設計図を信用しないのか!」


「ノロ。ちょっと待って信用しているわ。でもノロの頭を真っ二つに割って見ることはできない」
 急にノロが両手を頭に乗せる。


「頭を割るのだけは止めて欲しい」


「そうでしょ」


 イリは視線を榊に向ける。


「タクラマカン湖から海底航路を使ってニューヨークまで行くのは鈍行列車に乗るようなもの。特急で行きましょう」

 

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「ということはいったん上昇して大気圏外に出てからニューヨーク上空で降下しろということですか」


「わあ。イリにしてはすごいアイディアだ」


 ノロが手足をバタバタさせる。そのとき航海士の声がする。


「スクリュー音がします。湖底からです」

 艦内に警報が鳴り響く。


「潜水艦です」


 榊艦長がヘッドホーンを取りあげて耳をつける。


「グレーデッドの潜水艦だ!急速潜航!全員、戦闘配置につけ!」


「あっ!スクリュー音が消えました」


「敵潜水艦の深度は?」


「二百メートル前後です」


 サブマリン八八八の艦首が傾くと立っていた者は慌てて何かに捕まる。


「魚雷の準備は?」


「本艦には魚雷の在庫はありません」


「そうだった。本艦は丸腰だ。相手の動きは?」


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「自動懸垂体勢に入ったようです」


「攻撃するつもりはないのか。それともワナか」


「水中通信が入りました。艦長と話がしたいとのことです」


「なに!」


 榊にハンドセットが手渡される。


「サブマリン八八八の艦長、榊だ。おまえは誰だ?」


「八八八?八〇八じゃないのか」


「元八〇八。今は八八八だ」


「そうか。私はグレーデッドの潜水艦の艦長の加藤です」


 ハンドセットに届く声が司令所のスピーカーにも流れるとノロが飛びあがる。


「加藤!俺たちに燃料を分けてくれた艦長だ」


 榊が驚くとその加藤からの通信が入る。


「私は数年前まで関東電力福島原子力発電所の所長だった」


 ここでノロが榊の袖口を掴むと榊が腰をかがめる。そして榊に耳打ちすると榊が加藤に尋ねる。


「福島原発事故のあとしばらくして行方不明になったあの加藤所長か」


「そうです」


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「なぜ、グレーデッドに」


「その前にノロという人物を知らないか?」


「その質問に応える前に、なぜこのタクラマカン湖にいるのだ」


「私はハワイから一隻の潜水艦を追ってここへ来た。その潜水艦とは我がグレーデッドの旗艦に乗船していた総統の命を奪ったサブマリン八〇八だ。そして潜望鏡で探索した結果、遠くの沿岸にノロという男が乗っていた水上戦闘機を発見した」


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