第七十九章 更なる合流


【時】永久0297年4月2日

【空】ホワイトシャーク

【人】ホーリー サーチ 四貫目 お松 住職 リンメイ ミリン ケンタ

 

***

 

「キャミのポジション、信じられないわ」

 

「あれほど、アンドロイドに同情していたのに」

 

 ホーリーが同調すると住職が待ったをかける。

 

「どちらのポジションが正しいのかは難しい問題じゃ。それにキャミは今もそのポジションを保持しているのかどうかは不明じゃ」

 

「とにかく時空間移動して伊賀の里に向かいます」

 

「落ち着け」

 

 今度はホーリーがサーチより先に冷静さを取り戻した。

 

「ホワイトシャークで伊賀の里へ時空間移動するのは派手すぎる。まずは四貫目とお松を派遣すべきだ」

 

[84]

 

 

「分かったわ。今の副船長の提案どおり四貫目、お松を連れてキャミたちを救出しなさい」

 

 四貫目とお松は片ひざを着くと艦橋から時空間移動装置格納庫に向かう。

 

 住職が頼もしそうに四貫目とお松の背中を見つめてからサーチに進言する。

 

「キャミのポジションをどうこう言う前にわしらのポジションを確認しておかなければならんの。いざという時、ホワイトシャークにいる人間やアンドロイドが全員同じポジションを取るとは限らんぞ」

 

 サーチがけげんそうに住職を見つめるが発言しない。

 

「前にも言ったが、ノロの惑星の人間は別としてじゃ、混乱した地球に介入するわしらは永遠の命を持っておる。そのわしらが伝える言葉は、今の人間から見ると非常に特殊な見解だと思われるだろうし、一方半永久的な命を持つアンドロイドにとっては違和感がないかも知れん」

 

「ニュアンスとしては分かりますが、もう少し掘り下げて説明してくれませんか」

 

 ホーリーが住職に注文する。

 

「ニュアンス。そうか、大体のところは理解できるというのじゃな。ホーリー以外の者はどうじゃ」

 

「わたしにはよく分からないわ」

 

 即座にミリンがクレームを付ける。

 

「分かった。じっくりと聞いてもらいたい」

 

[85]

 

 

 住職は磨きあげた頭をポンと平手で叩くとミリンに身体を向ける。

 

「いつまでも若いままのわしら、そして生命永遠保持手術が可能な設備を持つホワイトシャークから発信するメッセージはいずれ、人間たちに複雑な感情を醸成することになるのじゃ」

 

 住職がミリンに微笑みかける。

 

「『醸成』ってどういうことなんですか。住職の言葉は時々難しい単語が挟まることがあるわ。それとも私の教養が低いのかしら」

 

 すかさずサーチがたしなめようと席を立つが、住職がミリンに頭を下げる。

 

「相済まんことじゃった。有限の命を持つ人間にとって、いずれわしらの存在に疑問を持ち始める。わしらは歳をとらんのじゃ。いつぞや、わしらは自分たちそっくりのロボットを作って……あれはいつだったかのう」

 

「あれは西暦の世界、一太郎の世界でのこと(第二編第三四章「盗聴」)でしたわ。徐々に歳をとったようにメイキャップしたロボットを使って、私たちが永遠の命を保持していることを悟られないようにしましたわ」

 

「そうじゃったのう。いずれにしてもじゃ、現状をなんとかしようと奔走……『奔走』って分かるか?ミリン」

 

「はい、分かります」

 

 

「つまり、努力しようとすればするほど時間の経過と共に永遠の命を持つわしらの存在に気付いて複雑な感情を抱くようになるのじゃ。偉大な指導者だった仏陀にしろイエスにしろ、最後

は死んだ。もちろん復活ということもあるが、わしらは死なぬ」

 

[86]

 

 

 

「よく分かりました」

 

 ミリンが軽く頭を下げる。

 

「人間のために、そしてアンドロイドのためにと数々の助言を積みあげればあげるほど、彼らはその助言の根底に興味を持ち始めるはずじゃ」

 

「住職が言いたいこと、分かったぞ」

 

 ホーリーが場違いの大きな声を張りあげたとき、サーチがたしなめる。

 

「ホーリー、黙って住職の説明を聞きましょ。これは船長命令よ」

 

「分かった。住職、続けてください」

 

「いや、皆さんの反応も重要じゃ。ホーリー、いや、誰でも、それにいつでも口を挟んでくだされ」

 

 しかし、サーチは事務的に住職を促す。

 

「続けてください」

 

「ふむ」

 

 住職がくるっと身体を回転させてサーチを見つめる。

 

 

「船長、覚えているかのう?」

 

[87]

 

 

「……?」

 

 サーチは視線を外さず住職に首を傾げる。

 

「『もう二度と生命永遠保持手術を受けません』とホーリーと一緒に誓ったことを」

 

 サーチとホーリーが同時にハッとする。月の生命永遠保持機構で生命永遠保持手術の効果を失ったことに気が付いて旗艦セント・テラの展望室で宣言した言葉を思い出す(第一編第二十四章「婚約」)。ふたりはその後結婚してミリンをもうけたのだった。

 

「覚えているわ。そのあと一太郎の世界で必要に迫られて生命永遠保持手術を受けて再び永遠の命を持った(第二編第三四章「盗聴」)」

 

 ホーリーは言い訳するのではなく現状を肯定する。

 

「どうじゃ。もう一度永遠の命を捨てることができるかのう?」

 

 住職がサーチに迫ったとき、リンメイが住職に静かに問いかける。

 

「あなたは?」

 

 住職は表情を変えることなくリンメイに顔を向けると即答する。

 

「捨てなければならぬ」

 

 リンメイが絶句する。いや、リンメイだけではない。数々の想いが艦橋を駆け巡ったあと、「じっくりと住職の話を聞きましょう」と言ったサーチ自身が辛うじて終止符を打つ。

 

 

「住職、よく分かりました」

 

[88]

 

 

 そのとき、ミリンが大きな声をあげる。

 

「やっぱり私には何が何だかよく分からないわ」

 

 ケンタが即座に同調する。

 

「もっと詳しい説明をお願いします」

 

 住職がニタッと笑うとケンタに近づいて肩を叩く。

 

「ケンタ、人間はな……」

 

 ミリンがケンタに寄りそって住職を見つめる。

 

「人間は永遠の命を持つと子供を造ることができなくなるのじゃ」

 

 ケンタとミリンが大きく頷く。

 

「じゃが、誰もが永遠の命を求める。」

 

「みんな、生命永遠保持手術を要求するのかしら?」

 

 ミリンが住職に尋ねるが、返答したのはホーリーだった。

 

「表向き、月の生命永遠保持機構の手術装置は使い物にならないことになっているし、手術をする医者も男と女の戦争で全員死亡したことになっている」

 

 リンメイが付け加える。

 

「それに、地球の生命永遠保持センターはすべて巨大土偶に破壊されてしまったわ」

 

 

「しかし、いずれ歳をとらないわしらに必ず気付くときがやってくる。そうじゃろ」

 

[89]

 

 

 サーチがため息をつく。

 

「私たちはできるだけ速やかに地球の治安を確保してノロの惑星に、いえ、できれば六次元の世界に行ってノロと合流しなければならないわ」

 

「結論が出たようじゃ」

 

 ホーリーはサーチを抱きしめたい衝動を抑えて言葉を吐き出す。

 

「住職、船長の言うとおり長居は無用だ。なんとか地球の治安を確保したら、すぐノロ探索に向かったブラックシャークに追いつかなければならない。それが可能かどうかは別にして」

 

 艦橋にいる人間もアンドロイドも大きく首を縦に振る。住職も頷きながらもその雰囲気を断つ。

 

「話を元に戻すぞ」

 

 艦橋の空気が再び張り詰める。

 

「地球の混乱のもう一方の当事者であるアンドロイドのことを考えてみる」

 

 すべての視線が住職に集中する。

 

「MY28の話によれば、つまりノロが考えたアンドロイドの生きざまを考慮すれば、彼らのすべてではないようだが、子孫の繁栄より永遠の命を欲しがる人間とはまったく逆に自ら命を放棄してまでも子供を欲しがっておるのじゃ。有限の存在に過ぎない人間から見るとまこと奇妙なことじゃ」

 

[90]

 

 

 艦橋にいる海賊のうち、生身の人間の気持ちが揺れ動いて空気をかきまぜる。しかし、同じ艦橋にいるアンドロイドの視線は動ずることなく住職に固定されている。

 

「ただし、すべての人間が永遠の命を欲しがっているのではないように、すべてのアンドロイドがそう考え、願っているのではないのじゃ。ここに複雑な戦争が起こった原因があるのじゃ」

 

 ミリンとケンタだけが全身で頷く。

 

「同じ人間なのに、同じアンドロイドなのにそれぞれの思考になぜ格差が起こるのか。分かるな?」

 

「個性があるからだわ」

 

 ミリンの声に住職が満足そうに頷く。

 

「そうじゃ、個性が絡まるからじゃ。人間はもちろん、今やアンドロイドも個性を持っておる。この重要な個性を十分考慮してわしらは今の地球の現状に対処しなければならんのじゃ」

 

 住職が身体をピッタリと寄せ合うケンタとミリンに近づく。

 

「今後、地球を導く者は本当の意味での若いリーダーが必要じゃ。分かるか?」

 

 ケンタとミリンがキョトンとして改めて若々しい住職を穴が開くほど見つめる。

 

「ケンタ、ミリン、いずれ君たちふたりが地球という船の船長になるのじゃ」

 

 

 びっくり仰天のケンタはミリンに絡まった腕を振りほどこうとするが、ミリンは逆にケンタ

 

[91]

 

 

にしがみつく。サーチもホーリーも言葉が出ないほど驚いて目元だけを住職とケンタやミリン

に移動させる。リンメイは住職の手を取ってミリンに笑顔を向ける。Rv26は敬意を払う仕

草をしてケンタとミリンを見つめる。

しばらく続いた沈黙の中で最初に声をあげたのはミリンだった。

「やっと、住職のおっしゃる意味が分かりました」

ケンタが悲鳴を上げるような眼差しで至近距離のミリンの瞳にピントをあわせる。

「当然、住職も一緒よね」

「それは無理というものじゃ」

「どうして!」

思わずミリンが叫ぶ。そしてケンタに催促するように強く言葉を続ける。

「住職も若いわ」

「これは世を忍ぶ仮の姿じゃ」

「どう見ても若いわ」

住職が苦笑いする。

「根本的なことがまだ理解できていないようじゃな」

住職は笑ったままサーチを、そしてホーリーを、そしてリンメイを順番に見つめる。

 

「わしの話はこれで終わりじゃ」

[92]

 

 

「とにかく、大統領府に向かいます」

 

[93]

 

 

[94]