第八十一章 改心


【時】永久0297年4月3日
【空】地球
【人】ホーリー サーチ キャミ ミト カーン・ツー Rv26
   ミリン ケンタ 住職 四貫目 お松


***


 一旦、四貫目の助言に従って伊賀の里に逃れたキャミとミトは三太夫や忍者の戸惑いに長居は難しいと考えた。それに人間とアンドロイドの戦闘も気がかりだった。だからふたりは金環日食を利用して四貫目が用立てた時空間移動装置で伊賀の里から大統領府に戻った。もちろん約束どおり伊賀に戻ることなど考えてもいなかった。


 ところで先に戻っているはずの四貫目と接触しようとするがまったく連絡が取れない。なぜなら四貫目は瀕死のRv26を連れて、お松、ミリン、ケンタとともにノロの惑星に向かっていたからだ。


 やむを得ず現状を把握するために無言通信でカーン・ツーを呼び出して危険承知のうえで大統領府の地下室で面会する。

 

[106]

 

 

「ご無事で」


「前置きは省きます。現状はどうですか?」


「誰が敵で、誰が味方か分かりません」


 明らかにカーン・ツーは怯えている。ミトは状況が芳しくないと判断すると永久紀元前400年の伊賀の里に逃避したことに意味がなかったと気付く。


「もっと詳しく……」


 キャミの言葉を抑えてミトがカーン・ツーの前に立つ。


「自分以外は敵かもしれないということか」


 カーン・ツーの弱々しい頷きを確認することなく、それ以上に弱々しくキャミが呟く。


「最悪の状態……」


 再びミトがキャミの言葉を遮断する。


「この世に最悪の状態など存在しません。ノロの言葉を思い出してください」


「そうだったわ」


 ミトが頷きながら言葉を続ける。


「もしカーン・ツーの言うとおりなら、敵と味方がはっきりと区別できない状況だから戦闘中ではないはずだ」


「?」

 

[107]

 

 

 キャミは首を傾げるがカーン・ツーは黙ってミトの言葉を待つ。


「疑心暗鬼に陥って時間が経過すると周りの状況を把握するために戦闘を停止したはずだ」


「まったくそのとおりです」


 ミトが落着きを取り戻したカーン・ツーに問いかける。


「戦闘時の状況と戦闘が下火になってからの状況を思い出してくれ」


 カーン・ツーはゆっくり言葉を選びながら応じる。


「アンドロイドに『子供を産ませてもいい』という勢力と、『許せない』という勢力との間の激しい戦闘は、それこそ爆弾が破裂するように数日間続きました。しかし、人間対アンドロイドの戦いではなかったので、ミトの言うとおり、誰が味方か敵か分からなくなって戦闘意欲が消えて沈静化しました。今度は味方と敵を峻別しようと、もちろん、そんなこと、できるはずがないのですが……」


 ミトはしっかりとカーン・ツーを見つめる。以前のようにわがままばかりを繰り返す堕落した態度や言動は感じられない。むしろ、威厳ある父親のカーンを彷彿させる。


「カーン・ツーはどちらの陣営ですか」


 キャミの重要な質問にカーン・ツーが即答する。


「もちろん大統領と同じポジションです」


「少なくとも、私たちは仲間ですね」

 

[108]

 

 

「話を続けてくれ」


 ミトがキャミをさえぎって促す。


「なんとか戦闘は沈静化しました。人間よりアンドロイドの方が冷静でいち早く戦闘を中断して話し合いを始めました。そして今は、まだ勝負がついていないと主張する人間と、話し合うべきだと主張するアンドロイドが対峙しています。あくまでも私の想像ですが、何が原因で戦ったのか分からなくなったようです。」


「うーん。前に進めないから足踏みしている」


 カーン・ツーの報告とミトの感想にキャミが頷くと息を吐き出す。


「原因を思い出せば、また争いが起こるかもしれない。でも取りあえずほっとしたわ」


 カーン・ツーは背筋を伸ばしてキャミに改めて敬礼する。


「大統領!私はすべてを投げうって大統領に仕えます。ただし、私はアンドロイドの出産を認めていいのかもと思うようになりました。これは大統領の信念と真っ向から対立する考えかもしれません。困難なことかもしれませんが、もう一度議論をふりだしに戻す必要があると思います」


 ミトはキャミとカーン・ツーの視線ががっぷりと絡み合うその瞬間を眩しそうに見つめる。そして、キャミがカーン・ツーに一歩押されていることに気付く。それはカーン・ツーの変身に気付いたからだ。キャミも同じことを感じながら応える。

 

[109]

 

 

「現状はともかく、取りあえずアンドロイドに出産を認めるかの議論は先送りしましょう。異論はありますか」


 ミトがキャミの対応に冷静さが戻ってきたと安心すると、カーン・ツーがキャミに進言する。


「おっしゃるとおりです。まず、治安を回復させることが最優先課題です。そうしないと議論もくそもありません」


「まったくそのとおりです。すぐ戦略を構築しましょう」


 キャミもミトも、以前カーン・ツーのわがままに翻弄されたことを忘れたかのように信頼感を寄せる。そしてカーン・ツーがキャミとミトの対応に感激して急に涙を流す。


「大統領!」


 キャミの前に進み出てはばかることなく涙声で続ける。


「あれほど迷惑をかけたのに、なぜ私を信用されるのですか」


「あのときはあのとき。私は過去のあなたになんの恨みも持っていません。大事なのはこれからのことです」


「ノロと出会って変わりました。それまでの自分の行動をノロはとがめることもなく……」


 ミトが急に笑いながらカーン・ツーの両肩を叩くと抱きしめる。


「ノロに出会って生き方に影響を受けなかった者はこの宇宙どころか、異次元の世界でも誰もいない」

 

[110]

 

 

 カーン・ツーがヒザから崩れ落ちると抱いていたミトも床に倒れこむ。それを眺めるキャミの目からも涙があふれる。


「ところで、ノロ、ノロは?」


「ノロに関する情報はありません。大統領。ここは私がなんとかします。事態が収まるまで身を隠してください」


「逃避は許されません。投げだすという行為は責任者のとる道ではありません」


「さすが大統領。でもここは私が以前よくした無責任な行動を真似してください」


 キャミもミトも驚いてカーン・ツーを直視する


「私たちは四貫目の計らいで今まで身を隠していたのです。再び身を隠すことは許されません」


「その四貫目の所在が分かりません。彼のことだ。命を落とすことはないでしょうが……」


「そうか」


「しかし、今、おふたりにできることは何もありません。現状を把握するのは誰からもいい加減な男だと思われている私が適任者です。だから私は自分の主義主張を放棄したのです」


 キャミとミトが顔を見合わせる。そのとき、突然満身創痍のアンドロイドが入ってくる。身構えるふたりにカーン・ツーが告げる。


「味方です。安心してください」

 

[111]

 

 

 そのアンドロイドがカーン・ツーに近づく。


「カーン・ツー!ここは危険です!」


 顔の人工皮膚が剥げ落ちて露出する目玉をキャミに向ける。


「大統領!今までどこに!」


 そのとき近くで爆発音がする。すぐさま声のトーンを下げて進言する。


「逃げてください」


「分かった」


 ライフルレーザーを受け取るとカーン・ツーが先頭になって部屋から出ようとする。その背中にミトが低い声を向ける。


「そっちではない。私たちの時空間移動装置は裏庭にある」


 アンドロイドがミトを強く制する。


「裏庭は敵だらけです。正面の噴水で味方が待機しています」


「時空間移動装置の移動履歴を消去しなければ」


「了解!何とかします」


 アンドロイドが裏庭に続くドアに向かうとカーン・ツーがキャミとミトを誘導する。


「こちらへ」


 裏庭で戦闘が始まったらしく激しい爆発音と叫び声が聞こえる。

 

[112]

 

 

「ここはカーン・ツーの指示に従いましょう」


 そのとき裏庭に向かいかけたアンドロイドにレーザー光線が命中して粉々になる。


「伏せろ!」


 カーン・ツーが振り返るとキャミとミトの間にライフルレーザーの銃口を向ける。一瞬ふたりはカーン・ツーに騙されたのかと床に身を伏せる。しかし、カーン・ツーの放ったレーザー光線は背後に現れた敵に命中する。


「ここは私が食い止めます。噴水へ急いでください」


 カーン・ツーは首を傾げると肩の無線機に向かって命令を発する。


「今から大統領がそちらに向かう。脱出用の時空間移動装置をスタンバイさせろ」


「カーン・ツー!ここは任せる」


 ミトがキャミの手を引く。


「カーン・ツー!」


 キャミがカーン・ツーに向かって頭を下げる。


***


 キャミとミトが時空間移動装置に滑り込む。


「取りあえず、月に移動します」

 

[113]

 

 

 ミトの判断は正解だった。地球上のどこへ移動したところ平穏な場所はない。


「水、食糧の確認を」


 ミトの指示にキャミが慌てて食糧格納棚を確認する。


「空っぽだわ」


「そうすると月からどこへ移動するか……だが、選択肢はひとつしかない」


 ミトがポケットからスティックメモリーを取り出す。


「無難に食事ができるレストランは、このメモリーに記憶させた伊賀の里しかない」


「好みの料理はないでしょうね」


 キャミが苦笑いするとミトがコントロールパネルにスティックメモリーを差しこむ。


「三太夫に得心できないが、約束したし、もう一度伊賀の里に戻るしかない」


 時空間移動装置が月上空に現れる。しかし、永遠生命保持センターは廃墟と化していた。時空間移動装置内にあるはずの食糧で数日過ごしながら地球の状況を見極めようとした目論見が外れてしまう。


「仕方がないわ」


 キャミは地球を眺めながらため息をつく。


「空腹になる前に伊賀に向かいます」


「でも、私たちが乗ってきた時空間移動装置が敵の手に渡れば、逃亡先がばれてしまうわ」

 

[114]

 

 

「カーン・ツーを信じよう」


 しかし、キャミは返事をしない。ミトは黙ってレバーを引く。事態はふたりが思うよりも、もっと広くて深い混沌の世界を求めているようだ。


***


 大統領府のすぐ上空にホワイトシャークが現れる。


「何だ!この激しい戦闘は?」


「中央コンピュータ!現状を把握しなさい」


「了解」


 飛行戦車に翻弄される一団の人間とアンドロイドがじりじりと追いつめられる。そのとき悲痛な声が艦橋に届く。


「カーン・ツーだ。救援を頼む」


「カーン・ツー!私はホワイトシャークの船長サーチ」


「今し方、キャミ大統領とミトを時空間移動装置で脱出させました。戦況は不利です」


 サーチは目を閉じると判断を保留する。すぐさまホーリーが叫ぶ。


「船長!」


 サーチが頷きながら目を開ける。

 

[115]

 

 

「地上攻撃の準備」


「何を考えているんだ。どちらの兵士も殺すことになるだけだ。それに誰と誰が戦っているのかも分からない」


「地上攻撃準備完了!」


 MY28がサーチに向かって声を上げる。しかし、サーチは応えない。


「しかもここでカーン・ツーの陣営に味方すればホワイトシャークのポジションが決まってしまう。どちらが正しいかどうかを判断することもせずにだ」


 ホーリーの意見にも反応せずにサーチは再び目を閉じる。ホーリーが焦れて矛盾した結論を押しつける。


「今はカーン・ツーを救出するしかない!」


 やっとサーチが独り言のような呟きを発する。


「カーン・ツーが味方だという根拠は?」


「キャミを助けたと言うのならそれで十分だ。カーン・ツーひとりだけを救出するんだ」


 ホーリーが艦橋の出入口に向かって走り出す。そのあとを追ってRv26も必死になって追いかける。


「船長!ここはホーリーの直感を尊重するんだ」


 Rv26の背中の言葉をノロの指示だと錯覚したサーチが命令を下す。

 

[116]

 

 

「カーン・ツー救出作戦を実行!」


 天井からの中央コンピュータの声がサーチを直撃する。


「カーン・ツーの位置座標把握。時空間移動装置へのデータ転送完了!」


 サーチが天井に向かって頷いたあとうつむく。躊躇した自分を情けなく思ったからだ。医師だったころメスを握った限り躊躇したことはなかった。しかし、躊躇してしまった。カーン・ツーが信用できるかどうかで迷ったのだ。


「船長!」


 ミリンがサーチのそばで叫ぶ。


「船長。いえ、お母さん。カーン・ツーは信用できない。でも、ここはお父さんの言うとおりだわ」


 サーチが席を立って号令する。


「慎重に地上攻撃します。球形レーザービーム砲の準備!船体をひねります。全員着席。カーン・ツーを何が何でも救出するのよ!」


 ミリンが着席すると半身になって汗をかくサーチに告げる。


「船長もシートベルトを!」


***

 

[117]

 

 

「ホーリー」


 背中の声に反応するとホーリーが立ち止まって振り返る。遙か後方を必死になって追いかけてくるRv26に声をかける。


「俺の背中に!」


 Rv26が屈んだホーリーの背中に飛び乗る。


「ホーリー、申し訳ない」


「何を言っている。俺たちは戦友じゃないか。お前は巨大コンピュータの戦いで俺の命を救ってくれた」


 ホーリーがRv26を背負うと時空間移動装置格納室に全速力で向かう。


「しかし、ずいぶん重いな」


「軽くなっているはずなんだが」


 ホーリーが大声をあげて笑うと目の前の隔壁のドアが横にスライドする。


「ナンバー01の時空間移動装置へ」


 天井からの指示にホーリーが右往左往する。Rv26がホーリーの頭の上で指示する。


「右に二十歩!」


 ホーリーが忠実に駆け出す。


「もう三歩。そのあと左に」

 

[118]

 

 

 ホーリーがフーフー息を吐きながら走る。


「十三歩!一、二、三……」


「あれか!」


 そのとき船体が大きく傾いてRv26がホーリーの背中からずり落ちる。


「いてっ」


 Rv26がわめく。


「攻撃態勢に入ったんだ」


「事前通知ぐらいしろ!」


 立ち上がるとドアが開いた時空間移動装置が横倒し状態で静止している。


「船体を傾けるときはロックしなければならないのに!何てことだ!」


 ほかの時空間移動装置も格納室内でゴロゴロ転がっている。


「気をつけろ。下敷きになったら煎餅になるぞ!」


 幸いなことに目の前の時空間移動装置は開いたドアのお陰で転がることはなかった。素速くRv26が乗り込んだ後、ホーリーがゼイゼイ息を切らせながら追従する。


「ご苦労。操縦はワタシがしよう」


 思わずホーリーが顔をほころばす。横倒しの移動装置内の操縦席近くで両足をバタバタさせるRv26をなんとか座らせる。しかし、Rv26は礼を言うどころか怒鳴る。

 

[119]

 

 

「早くドアを閉めろ」


「そんな」


 ドアが床に邪魔されて閉まらない。


「早くしろ!」


 苦労しながらホーリーがなんとかドアを閉める。


「よし。後は任せた」


 Rv26がコントロールパネルで計器をチェックする。


「無言通信でカーン・ツーに位置確認と空間移動する旨を伝えてくれ」


「分かった」


 ピッタリと呼吸の合ったふたりの、いや人間とアンドロイドの不思議なほどのアウンの会話が続く。人間同士でも夫婦間でもこれほどの連携ができるのかと言うほどの精緻な行動だ。恐らくサーチが焼き餅を持つほどのふたりの連携が続く。


***


 カーン・ツーが艦橋に現れる。その姿を見たサーチが叫ぶ。


「ここは医務室じゃない。誰が艦橋に連れてきたの!」


「すでに回復剤を服用させた。ここに来たのはカーン・ツーの強い希望だ」

 

[120]

 

 

 ホーリーが笑顔でサーチに応える。


「直接、船長にお伝えしたいことがあります」


 元医者のサーチがカーン・ツーに近づくと素速く脈を取る。意外と血色はいい。


「詳しい説明は省略しますが……」


 サーチが制してカーン・ツーを副船長席に誘導する。着席したカーン・ツーの前にサーチとホーリーが並んで立つ。


「報告を聞きましょう」


 カーン・ツーが目線だけで一礼すると口を開く。


「恐れ入ります。キャミ大統領が移動用に使用していた時空間移動装置が敵の手に渡りましたが、なんとか奪回しました。すぐ時空間移動履歴をこのメモリーにコピーして爆破しました……ううっ……ゴホッゴホッ」


 カーン・ツーが喀血する。サーチはひるむことなく血を浴びながら脈を取る。


「担架を!」


「用意してあります」


 Rv26がカーン・ツーに近づく。以前なら、いとも簡単に抱きかかえて担架に載せることができたが、ノロと同じ寸法になった今のRv26にはいかんともしがたい。ホーリーとケンタがカーン・ツーを抱きかかえて担架に載せる。そしてサーチが軽くカーン・ツーの頬を叩く。

 

[121]

 

 

「気を確かに」


 そしてミリンに命令する。


「医務室へ!」


「了解!」


 海賊が担架を引き上げてミリンのあとを付いていく。


「船長、甘かった」


 ホーリーがサーチに頭を下げる。


「いいえ。重傷だと見抜けなかった私の責任だわ。医者じゃないのに医者のように振る舞ってしまった。情けない……」


「そんなことどうでもいい。船長!いいかな」


「え?」


「カーン・ツーはキャミの時空間移動装置を爆破したと言っていたが、爆破する前に移動履歴をコピーされた可能性は否定できない」


「それを報告するために無理した。カーン・ツーは信用できるというのね」


「そうだ。頼りがいのある味方がひとり増えた」


***

 

[122]

 

 

「伊賀の里?」


 ベッドの横でサーチがカーン・ツーからホーリーに視線を移す。ホーリーは首をすくめて両手を広げる。四貫目やお松も同席するなか住職が解説する。


「それは伊賀忍者の生まれ故郷じゃ。昔、伊賀者以外にも甲賀者や根来衆という忍者軍団がいた」


 四貫目とお松は頷かないが否定もしない。ホーリーが納得の意見を述べる。


「時空が異なるから無言通信は難しい」


「とにかく、その伊賀の里へ時空間移動しましょう」


 ホーリーがすかさずサーチを制する。


「直接、三太夫の屋敷に時空間移動するのは危険だ」


「御陵にしましょう。そのころの御陵に時空間移動する準備を!」


「そのころの御陵の時空間座標を確認しました」


 中央コンピュータが即答する。


「MY28にその座標データを転送しなさい!」


 サーチはカーン・ツーに安静を命ずると艦橋に向かう。その間、通路を歩きながら矢継ぎ早に命令を下す。サーチは今や違和感なくホワイトシャークの船長にふさわしい的確な判断力を手にした。艦橋に戻ったサーチがメイン浮遊透過スクリーンを確認する。

 

[123]

 

 

「移動完了」


 右下の暦が「永久紀元前400年……」と変わる。そして中央に御陵が映しだされる。


「後円に木が生えていて、前方部分に木が生えていないということは……」


「俺たちが泥だらけになったときの御陵だ(第二編第三十六章「関ヶ原」)


「御陵から無数の管のようなものが出ていたわ」


「透明の管のことでしょうか」


 お松がサーチに尋ねる。


「そうよ!」


「秀吉の軍隊が御陵に近づいたとき、キラキラと輝きながら無数の透明な管が周りの足軽たちをがんじがらめにして堀の水の中へ引きずりこんで溺死させました」


「秀吉は御陵を暴こうとしたのか」


 頷きながらお松が続ける。


「手薄になった秀吉に甲賀者が襲いかかりました。我らがなんとか阻止して秀吉を御陵から逃れさせました」


「それで」


 サーチが事務的に言葉を挟む。四貫目がお松に代わって応える。


「大和にも数々の御陵があり、我らは御陵というものを熟知しておりますが、秀吉が暴こうとした御陵は我らが知っていた御陵と違いまったく異質なものでした」

 

[124]

 


 サーチはお松から四貫目に視線を移す。


「この事件以降、秀吉は気が狂ったような振る舞いが多くなり、我ら伊賀者も、そして逃れた甲賀者も分別を失って自分自身を制することができなくなりました」


 サーチとホーリーの驚きを無視して四貫目の低い声が続く。


「明智光秀殿は秀吉が頼りにしていた甲賀者に代えて我ら伊賀者を雇うことにして、御陵に手を出さないように命令しました」


「それは瞬示と真美が光秀に御陵を守るように言ったからだ」


 ホーリーが手を打って言葉を挟む。


「確かに。あのふたり、瞬示、真美の言葉に光秀殿が大坂城で開眼されたのはそれがし、身を以て見届けました」


 四貫目の言葉が少し詰まったとき、お松が補うようにしゃべり出す。


「戦国時代というのは得体の知れない妖怪が暗躍した時代でした。恐らくどの時代より、多くの人々が痛みや怨念を持つ間もなく即死するのではなく、たとえばレーザー銃で瞬間的に殺されるのではなく、じわじわと殺された時代でした」


「残酷な時代だったと言いたいの?」


 サーチの言葉にホーリーが割り込む。

 

[125]

 

 

「戦争で死ぬのに残酷も安息もない」


「いえ、人間が様々な戦争で殺し合いをしてきたこと、十分承知しています。しかし、この時代、一太刀で死ぬようなことは稀でした。そして鉄砲が登場しましたが、それとてレーザー銃のように敵を瞬時に倒すことはありません。戦では相手の攻撃力、というより気力を削ぐことができれば、何時間後に死ぬはずの者にわざわざとどめを刺すことはなかったし、自分が無傷で元気な間はひたすら五体満足な敵に向かって戦いを挑むだけでした」


 お松は誰も言葉を出さずに聞き入っていることに気付いて黙る。余りにも残酷な光景を想像したサーチが船長の立場を放棄してホーリーを見つめる。ホーリーはその視線に含まれる気持ちをしっかりと受けとめてから、考えを丸める時間を確保するように顔だけを四貫目とお松に向ける。四貫目は弱々しいホーリーの視線を黙って受けとめる。


「昔、男と女が戦争をしていたころとは正反対だ」


 やっと絞りだしたホーリーの言葉にサーチが反応する。


「私には正反対だとは思えないわ」


「中途半端な攻撃で負傷しても生命永遠保持手術の効果で死ぬことはない。それどころか復活する。もちろん致命的な傷を負った以上、激痛が全身を走りまわるが……」


 同調に転じたサーチの表情を確認してからホーリーが言葉を続ける。


「……その間、痛み以上にとどめを刺されまいかという恐怖感で錯乱状態になった脳にかなりの負担をかける」

 

[126]

 

 

 サーチが大きく縦に首を振るが、当初の疑問を忘れてしまったことを思い出すと今度は苦笑しながら横に大きく振る。


「百戦錬磨の兵士の脳は生命永遠保持手術の効果が百パーセント機能するようにその恐怖感を抑えようとするわ。そう!あなたのように」


 苦笑は消えて再びサーチの表情が厳しくなる。


「思い出したくないけれど、私たちは徹底的に相手を殺したわ。そうしなければ生命永遠保持手術を受けた者は必ず復活する。今、考えればむごいことだったわ」


 ホーリーが引き継ぐ。


「永遠生命保持手術を受けた者同士の戦争は徹底した殺し合いで残酷の極みだった」


 四貫目が首を大きく横に振る。


「我らが申しあげたいのは残酷さではありません」


 ハッとしてホーリーとサーチは同時に四貫目の鋭い視線を受ける。


「戦国時代の戦闘では、すでに致命傷を負った敵に構うほどの余裕はない。戦局は刻々と変化する。我らは傭兵です。雇い主が絶えず入れ替わる。その変化の中で我ら一族の存亡をどのようにして賭けるかです」


 サーチがふーと息を吐き出す。

 

[127]

 

 

「百地三太夫とはどういう人物なのですか」


「伊賀者の存亡を一手に掌握している頭領です」


 サーチは話が核心に近づいてきたことを確信する。


「いずれにしてもキャミとミトは百地三太夫に身を寄せたのね」


「そうです。瀕死のRv26をノロの惑星へ送り届ける前に、キャミとミトを一旦永久紀元前400年の伊賀の里にお連れしました」


「四貫目にとって、そこしか信頼できる場所がなかったということか」


「三太夫を信頼できるかどうかは別として、運命という絆で結ばれていた」


「船長!」


 ミリンが叫ぶ。


「どうしたの?」


「この伊賀の里の世界でもキャミから無言通信の返事はないわ」


 サーチとホーリーの表情が強ばる。


「カーン・ツーの報告でも時空間移動装置でキャミはなんとか大統領府を脱出したとしか聞いていなかった。カーン・ツー救出時に大統領府付近の時空間移動装置の痕跡を調べるべきだった。船長として、うかつだったわ」


「副船長としてもだ。この伊賀の里にも、元の地球にも無言通信に反応がないということは……残念ながら……」

 

[128]

 


 ミリンがツカツカとホーリーのそばに歩むと下から睨む。


「行き違いっていうこともあるし、無言通信は精神的に安定しなければ通じないこともあるわ」


 このミリンの言葉に驚いたのはホーリーだけではなく、もちろんサーチだけでもない。住職もリンメイも、そしてケンタも驚く。


 ミリンに四貫目が近づくと尋ねる。


「無言通信といえども絶対ではないとおっしゃるのか」


「そうよ」


 四貫目が深々とミリンに頭を下げる。


「貴重なご意見、ありがとうございまする」

 

[129]

 

 

[130]