51 委員会(有識者)


「こちらの部屋では税制改正の委員会が開かれています」


 テレビカメラがドアから会合が行われる部屋の様子を映す。すでに着席している委員をランダムに映していく。


「この方は経団連の会長。この方は財務省の主計局長。そして国税庁長官。税理士会会長。総務省の地方税担当の局長。官房長官。知事会会長。東京大学名誉教授……」


 田中や両大家にはなじみのない顔ぶれが多い。


「税目に分かれて小委員会が設けられています。本委員会の開催後、小委員会が開かれます」


 画面が変わる。


「こちらは消費税の委員会。たとえばこの方は国税庁の消費税課長。百貨店協会の副会長。税関局長。京都大学の教授。大手財務ソフト開発会社の社長。税理士会の消費税に詳しい税理士……そして消費者庁の長官」


 質素な服の大家がうなる。


「最後の消費者庁の長官以外、肝心の納税者の代表はいないぞ」


「よく気が付かれましたね」


 いつの間にかテレビの中に戻った山本が微笑む。

 

 [140]

 

 

 

「消費税の納税者は最終消費者です……」


 山本が説明を続けようとするが、山本に褒められた質素な服の大家に対抗するように立派な服の大家がさえぎる。


「その最終消費者は納税者じゃが、消費税の申告義務はないのじゃ」


 田中が驚く。


「えー。何かおかしいな」


「物を買ったときにいちいち消費税の申告をしなければならないとすれば大変なことになるのじゃ」


「確かに。でもなぜ?」


「うーん」


 理屈は理解しているが、立派な服の大家にはうまく説明できない。


「簡単にいえば、メーカーや販売者、いわゆる業者が、最終消費者が支払うべき消費税を計算して申告して納税するのです」


「うさんくさい制度だな」


 田中が気色ばむが、かみ含めるように山本が続ける。


「たとえばコンビニで100円のラーメンを買ったとしましょう。消費税は5パーセントの5円ですね。次の日にはパソコンを10万円で買ったとしましょう。消費税は5000円ですね。

 

[141]

 

 

 

次の日は電車に乗って370円払いました。消費税は?」


 急に質問された田中は電卓を探す。


「18円と50銭じゃ」


 暗算ができる立派な服の大家が応えると電卓を探すのを止めて田中が尋ねる。


「この50銭は切り捨てするんですか」


「いいえ。ちょっとむずかしい話になりますが、切り上げも切り捨てもしません。話を続けてもいいかしら?」


 質素な服の大家が割りこむ。


「実際、払うときには切り捨てられているぞ」


「確かにそうですが、最終消費者に代わって消費税を納める業者はすべての取引から生じる消費税の端数は切り捨ても切り上げも四捨五入もせずに集計します」


「うーん、よく分からない」


「話を進めましょう。次の日、1円セールがあって、ある商品を1円で買いました。消費税は?」


「5銭」


「次の日には3029円のDVDRを購入しました」


 いつの間にか電卓を手にした田中が答える。

 

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「151円45銭」


「つぎの日には……」


「もう勘弁してください」


 田中がべそをかくとたまりかねて山本が大きな声で笑う。


「こんな計算を一年間続けて消費税を納めることなんか不可能ですね」


「子供も年寄りも、つまり全国民がこんな計算をして税務署に申告すれば、大混乱になるぞ」


「端数まで集計しなければならないとしたら大変でしょ」


「なるほど。そうか」


「税務署も消費者全員が正確に申告しているかどうか、そして申告どおり消費税を納めているかチェックすることはできないなあ」


「そうだ。消費税は物を買うときに知らないうちに取られる税金だと言うことじゃ」


「消費者に代わって事業者が消費者から預かった消費税を申告して納税するのです」


「うまい仕組みですね」


「感心してもらっては困るわ。消費者はちゃんと消費税を上乗せして支払っているのに最悪の場合事業者が申告せずに猫ばばすればどうでしょうか」


「そんなこと絶対に許せない!」


 一旦感心した田中がわめく。そんな田中を無視して両大家が山本を見つめる。

 

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「色々な税金の委員会がありますが、特に消費税の増税を検討する委員会には本来の納税者である消費者が参加していません」


「消費者庁の偉いさんが参加していると山本さんが言ってたが、消費者の代表者ではないぞ」


「そうなんです。肝心の納税者はいつもつんぼさじきです」


「日本の法人税率は世界的に見て高いから下げろと法人税の委員会では経団連などが強いクレームを政府に突きつけています。本当に法人税率が高いのかについては問題がありますが、法人税率を低くしても消費税率が高ければ物は売れません」


「それじゃ、消費税率の低い日本では法人税率を低くしなくても、逆に消費税率を下げれば物が売れて、少々高い法人税を払ってもいいんじゃないですか」


 田中の疑問に山本が首を横に振る。


「それがそうも行かないのです」


 すると立派な服の大家が割りこむ。


「なぜじゃ」


「それは世界がグローバル化しているから消費税の高い国に物を売るには国内の法人税が高ければコスト競争に勝てないからです」


「TPPとか自由貿易協定だとか、世界中の庶民が分からないうちに奇妙なルールを作ること

 

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にエネルギーを掛けずに、それより法人税率の引き下げ競争を止めて全世界の法人税率を統一すべきじゃ?」


 山本が答えようとすると質素な服の大家が疑問を投げる。


「日本の消費税率は世界的に見て低い。低いほどモノが売れるというのなら、なぜ世界中で消費税の引き下げ競争が起こらないのだ!」


「それは消費税率を上げるときにだけ起こる現象だからです」


「うーん」


 質素な服の大家が一瞬考え込むが、すぐ納得する。


「いくら食いだめしても次の日には腹が減る。はじめは安い物を食べようとするが、すぐに仕方なく美味しい物に手を出してしまう。いつの間にか新しい税率になれてしまうものだ。そのうちいつ消費税率が上がったのかも忘れてしまう。結構な税金だな」


「話を戻してもいいでしょうか」


 落ちつきを取り戻した質素な服の大家の顔を伺うと大家が頭をさする。


「ところで何の話をしていたんだっけ」


「全世界の法人税率を統一できないのかという話です」


 田中が首を傾げる。


「そんなこと、できるんだろうか」

 

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「それぞれの国の中でできてるから、不可能ではないぞ」


「東京の法人税率と北海道の法人税率は同じはず」


「全国どこで物を買っても消費税率は同じじゃ」


「全世界に通用するルールを作るのにどんな障害があるんだろうか」


 ここでテレビの電源が入って逆田が割りこむ。


「まず『税金とは何か』という本質を明らかにする必要があります」


「なんだかむずかしい話になってきたな」


 田中が尻込みすると山本が微笑む。


「軽く考えましょう」


「なぜ税金というシステムができたんだろうか?」


 早速、立派な服の大家が発言する。


「戦争するためには金がいる。それを集めるために税金というものを考え出したのじゃ」


 質素な服の大家が追従する。


「今みたいに病人の、老人の、失業者の、親を失った子供の、というような困った人たちへの生活費の補償のためにということで税金のシステムができたとは考えられんな」


「今でも国防という大義のもとで税金を取っておる」


「天災にも備えなければならないわ。道路や橋やトンネルを修繕したり、それに原子力発電所

 

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の廃炉にも税金が必要だわ」


「教育にも税金は必要じゃ」


「仮に全世界がひとつになって地球連邦政府ができても、連邦諸国、つまり今の国々の事情に応じて全世界から集めた税金を公平に全人類に配るのは大変な作業になる」


「公平に税金を集めたとしてもそれを公平に使うのはもっとむずかしい」


「今でさえ、むずかしいのにまず無理じゃ」


「やっぱり無理か」


 田中が気落ちすると山本が檄を飛ばす。


「手をこまねいていては前に進まないわ」


「この地球を強い意志で引っぱる指導者がいるな」


「強い意志を持つ指導者は往々にして独裁者になる可能性が高いぞ」


「自国の利益だけを、というより自分の地位を守ることを優先させるための指導者は独裁者だが、地球人を指導する者は独裁者じゃない」


「火星人や木星人が反対することはまずないわ」


「まず間違いない」


 田中が山本に同意しながら続ける。


「間違いないのは地球の環境がこれ以上悪化すると人類は自滅する可能性が高いということだ」

 

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「攻撃しなくても自滅してくれれば火星人は喜ぶのかしら」


「つまらない例え話は止めてくれ」


 立派な服の大家が山本にクレームをつける。


「そうかしら」


 山本がくるっと上半身を回すと立派な服の大家を見つめる。


「私は月人や火星人のような視線で地球を見つめる必要があると思います」


「視点を変えて利害関係を超越しなければ」


 田中が山本をかばう。


「これまではエネルギー資源を巡って戦争ばかりしてきたわ。国連を通じて調整を試みましたが、結果はそれ以上ということはなく、それ以下が多かったわ」


「今まではそうだった。でも国連は変わりつつある。事務総長を支える鈴木とチェンという実務総長がいるぞ」


 質素な服の大家のポジティブな追い風に田中が乗る。


「国連ではあらゆる国が平等に一票を持っている。どんな議案に対しても参加できるし、平等に一票を投じることができる」


「それに引き替え、政府が主催する委員会は参加者の選定基準はないし、最大の利害関係人を

 

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単に『有識者ではない』という無茶苦茶なルールで閉め出して奇妙な採決をするぞ」


 質素な服の大家の意見に山本が興奮する。


「そうです!有識者だけが参加できる委員会なんて出来レースみたいなものだわ」


「ほー、議論が元に戻った!」


 立派な服の大家が議事進行役に回る。


「委員会に参加する人の選定方法は裁判員制度のように無作為抽出するべきではないかと思う」


「有識者、つまり専門家でないと議論が出来ないということはない。庶民は立派に裁判員を務めておるぞ」


 先ほどまでの興奮を一気に昇華した山本が熱弁を振るう。


「今までのやり方がまったく悪いとは言いません。うまくいった場合もあります。かといって有識者といわれる人々の提案どおりにうまくいかなかったことも多々ありました。でも彼らは責任を持たないばかりか沈黙するだけ。マスコミの追求もその場限りですから、世間が忘れた頃に再び有識者として委員会に招かれる。政府も間違った提案をした有識者の選定基準を持っていないから手なずけた有識者を再び採用する。採用ルールを作る気がないのなら、無作為で無識者、失礼!ごく普通の庶民が委員会に参加して素朴な意見を基礎に政策提言することが重要だと思うわ」

 

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「結局、今回の消費税率引き上げを検討する税制委員会に最終納税者の庶民はひとりも入らなかったなあ」


 田中が残念がると興奮を押さえるためにトイレに行った山本に代わってテレビの中の逆田が発言する。


「特に今回は新しい税率での店頭表示価格をどうすれば『見やすくできる』のか。つまり消費者視点で考える問題なのに、どういう表示にすれば『国民に消費税を理解させることができる』のかという高所からの発想だから庶民の意見を聞くことはない。政府は『我々も個人的には消費者ですから国民の視点はよく理解しています』と言うが、彼らは給料を国からもらっている限り自分たちが利害関係人であることを忘れている。平たく言えば目が曇っているのを自覚していない」


 ここで逆田が田中達の理解度を確かめるために言葉をいったん句切ったあと一息入れて続ける。


「原子力発電所の問題で専門家というものがいかにいい加減かよくわかったはずなのに、被害者の声を聞こうとしないばかりか、税金も同じだ。当然選挙権のない会社や団体の代表者、それに大学の教授だけを委員会のメンバーにするのはおかしい」


 田中が質問する。

 

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「さきほども議論したようにそんなに重要な委員会なら公募にすべきでは?」


「それに『何月頃までに提言をまとめろ』なんて、半年以上も先の日付を指定する。それこそ専門家が集まれば徹夜してでも一週間やそこらで重大な提言をまとめなければならないのに、しかも専門家を自負する集団なのにさっさと行動しない。国民を馬鹿にするのもいい加減にしろと言いたい」


 興奮した逆田の言葉を受けて立派な服の大家が割りこむ。


「しかも有識者は忙しくて委員会に出席する日程調整がむずかしいとぬかす」


「じっくりと腰を据えて議論して提言をまとめなければならないのに。忙しいという有識者は最初からメンバーから外すべきじゃ。それほど重要な委員会なら忙しいという言い訳をすべきではない」


「一歩譲って長い期間をかけるのなら、一ヶ月ごとに第一次提言、第二次提言というように、その都度議論しまとめたことを公表して国民の反応を確かめるべきだわ」


「ひょっとして庶民の声なんか聞きたくないのでは」


 田中が議論を横道に誘う。

 

「僕なんか、誰からも『景気をどう思う』なんて聞かれたこと、ない」


「わしもだ」


 質素な服の大家も同意する。

 

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「わしはよく聞かれる」


 立派な服の大家が胸を張る。


「金持ちでないと、聞いてくれないのか」


「国会でよく『国民の生活ぶりは……』なんて議員が発言するけれど、ほとんどが後援会の人たちから聞いた話ばかりだわ」


「マスコミがときどき『街角で聞きました』なんてやってるけれど、余りピンとこないな」


「委員会は次のステップに進むためのセレモニーじゃ」


「結局、提言の責任を有識者が負うこともないし、ましてや政府は委員会の提言を逃げ口上にするだけか」

 

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