第七十八章 合流


【時】永久0297年4月2日
【空】ホワイトシャーク
【人】ホーリー サーチ Rv26 MA60 MY28
   四貫目 お松 住職 リンメイ ミリン ケンタ


***


「そうだったのか」


 ひれ伏していた四貫目とお松がサーチとホーリーに少しだけ額を上げる。


「申し訳ありません」


 再びふたりが深々と頭を下げる。


「キャミに対する忠義心、よく分かりました。それに軽々しく誰にでも言うことでないことも」


 そのとき警報が鳴るが、すぐ切れる。


「中央コンピュータ!どうした」


 ホーリーが怒鳴る。

 

[60]

 

 

「時空間移動装置格納室へ行けば分かります。その適任者はMY28です」


「侵入者か?」


「侵入者ではありません。ホワイトシャークの時空間座標を正確に知っている者の仕業です。つまり、仲間です」


「あまり驚かさないで」


「正体がしれない者の侵入は絶対に阻止しますから、安心してください」


 サーチが船長席に座ったままMY28に指示する。


「時空間移動装置格納室に行って確認しなさい」


 MY28が頷くと艦橋を出る。


***


 時空間移動装置からMA60が降り立つとMY28が周囲の目をはばかることなくしっかり抱きしめて接吻する。そのとき「トン」という音がする。Rv26が飛び降りたが気付く者はいない。Rv26が「ゴホン」と咳払いするとMY28が驚いてMA60を乱暴に突き放す。


「ノロ!」


 突きとばされたMA60がMY28に近づいて左右に首を大きく振る。


「Rv26です」

 

[61]

 

 

「えー!」


 MA60の耳がほんの一瞬赤く輝くと同時にMY28の耳が反応する。


「そうだったのか」


 MY28は納得するとRv26に右手を下ろして握手を求める。Rv26は背伸びしてMY28の手を握る。


「艦橋に案内します。サーチ船長がお待ちかねです」


「サーチ?船長はホーリーではないのか」


「ホーリーは副船長です」


「そうか。ホーリーに一番ふさわしいポジションだ」


 今度はMY28の耳が赤く輝く。Rv26の耳が反応すると歩き始めるMY28の背中に声をかける。


「今のワタシの任務がよく理解できた。MY28、頼みがある」


 MY28が振り向くとかなり距離を置いてRv26が短い脚を忙しく回転させている。


「もう少しゆっくりと歩いてくれないか」


 ゆっくりとした歩調に変えたMY28がまっすぐ前を向いて呟く。


「ワタシが説明する前に全員Rv26を見て大混乱するだろう。どうすればいいのか」


 そのとき、通路の天井から中央コンピュータの声がする。

 

[62]

 

 

「見物ですね」


 Rv26はもちろんのことMY28とMA60が天井を見上げる。


「誰がこんな悪い冗談を仕組んだ?」


「多分、フォルダーでしょう」


 中央コンピュータの返答にMA60が場違いの声をあげて否定する。


「決して冗談でやったのではないわ」


***


 艦橋のドアが開く。


「英雄のご登場だ」


 すでにRv26の到着情報が艦橋に知らされている中、ホーリーがドアに近づきながら叫ぶ。サーチも船長席を蹴ってあとを追う。MY28とMA60が入ってくるがMY28以上に大柄なはずのRv26の姿がない。


「Rv26は?」


 MY28もMA60も無言のままホーリーとサーチに近づく。やっとホーリーがその後ろにいる小柄な人物に気付いて声をかその人物ではなく、天井から中央コンピュータの声がする。

 

[63]

 

 

「船長、並びに副船長、驚かないでください。そこにいるのは『チューちゃん』ではありません。Rv26です」


「えー!」


 艦橋に驚きの声が反響する。その大音声に驚いたのかRv26がつまずいて転んでしまう。ミリンがサーチ、ホーリー、MY28、MA60の間をすり抜けてRv26に駆けよる。


「ノロ!」


 なんとか立ち上がろうとするRv26に手を貸す。


「ありがとう」


「大丈夫?」


 そばまで来たケンタと一緒にミリンがRv26をゆっくりと起こす。


「ありがとう、ミリン、ケンタ」


 Rv26が頭を下げると再びミリンが叫ぶ。


「ノロ!」


「いいえ。ワタシはRv26です」


 混乱の大きなざわめきが艦橋を覆う。それが怒濤のざわめきに変化してからやっと落ち着いたあと、束の間の静寂が生まれる。その瞬間を有効利用したのはRv26だった。

 

[64]

 

 

「ノロを追って六次元の世界にフォルダーとイリがブラックシャークで旅立ちました。その旅にワタシは間に合わなかったどころか脱皮して小さくなったようです」


 ノロそのものの姿をしたRv26がノロそのものの声を出すと周りをゆっくりと見渡す。


 驚きとため息が混じり合ってはいるが、視線は一本にまとまっている。


「このノロがRv26だとすると……」


 ホーリーが言葉の間に視線の間を置く。くるっと顔を天井に向けると言葉を丸める。


「おい、双子の兄?いや弟?がやって来たぞ。あいさつは?」


「表現に唐突さがありますが、理解はできます。しかし、ワタシとは根本的に違います」


 Rv26も天井を見上げて表情を緩ませる。


「そのとおり。ワタシは端末ではない。自律している。要するにワタシは中央コンピュータと一体化していない」


 ホーリーの顔から見る見るうちに血の気が退いて病人のように青白くなる。そんなホーリーや周りを無視して中央コンピュータがRv26に同意の念を持って応じる。


「同期を取ろう。そのように設計されているはずだ」


「それができればホーリーが言ったようにワレラは兄弟に近づく」


 Rv26が天井を見つめたままニヤッと笑う。その表情はノロ本人そのもので思わずミリンが叫ぶ。

 

[65]

 

 

「やっぱり、ノロだわ」


 そんなミリンを住職が制する。


「人間は見た目で騙されることがある。視覚だけに頼ることは危険じゃ」


 Rv26が住職に頷くと天井に向かって強い言葉を発する。


「兄弟の契りを結びたい」


 Rv26が片ひざを着いて天井を見上げる。そのRv26の行為が全員に違和感を与える。


「確かにこの雰囲気はノロとは違う」


 ホーリーの見解に賛同する声が広がるとミリンの透きとおった声がその場に居合わす者すべての耳を貫く。


「ノロ!メガネはどうしたの」


 まだRv26をノロだと思っているミリンに中央コンピュータが同調する。


「そう言えばメガネをかけていない。ノロはもちろん、ワタシの端末もブラックシャークの中央コンピュータの端末もメガネを掛けているのに。どうなっているんだ」


「メガネ?メガネがなくてもよく見えるぞ。逆にノロはともかく、端末がなぜメガネを掛けているんだ」


「確かにコンピュータの端末が人間の姿をしているからといってメガネまで掛ける必要はないわ」

 

[66]

 

 

 サーチの言葉が全員に納得感を与えたあと、初めは控えめな笑い声を出していたミリンが急に腹の底から大笑いする。


「なぜ!」


 ミリンがRv26を抱きしめるとRv26の頭が真っ赤になる。艦橋に充満していた緊張感が一気に解凍する。


***


「訳が分からないわ。誰でもいいから説明してください。冗談にしては度がひどすぎるわ」


「そんなに奇妙なことじゃありません」


 中央コンピュータの言い訳気味の言葉にRv26が反論する。


「メガネは必要ない」


「なぜ、そんな身体になったんだ」


「それが分かるのならワタシ自身、混乱しない」


「誰が改造したんだ」


「MA60だ」


「ちょっと待ってください」


 MY28が立ち上がってホーリーに詰めよる。

 

[67]

 

 

「MA60に直接聞くべきでしょうが、ワタシはホワイトシャークに乗船する直前にMA60がフォルダーから受けた命令を覚えています」


 サーチがMY28を促す。


「フォルダーはあるチップセットをRv26に埋め込むよう執拗なまでにMA60に命令しました」


「あるチップセット?」


「PC9821です」


「どんなチップセットなの」


 応じたのは中央コンピュータだった。


「前にも説明したとおり、そのチップセットはワタシの端末にも埋め込まれています」


 今度はミリンが口を開く。


「そのチップセットを埋め込むとノロと同じ身体になるの?」


 苦笑すら漏れない雰囲気が短く流れるとミリンに中央コンピュータが同調する。


「おっしゃるとおりです」


 意外な答えに視線が天井に集中する。


「ワタシの端末もブラックシャークの端末もバージョンはほぼ同じものですが、Rv26に埋め込まれたチップセットが同じバージョンなのかは不明です。最低メガネに関する取扱についてはバージョンが異なるはずです」

 

[68]

 

 

 多分に冗談を含んだ中央コンピュータの説明に誰も笑うことはなかった。ただひたすらに次の説明をじっと息をこらして待つ全員に向かって中央コンピュータが場違いの軽い咳払いをする。


「ゴホン」


 たまりかねたホーリーが、サーチの無言の制止を無視して低い声を出す。


「チップセットを生のアンドロイドに埋め込むのと端末に埋め込む違いは……」


 サーチがホーリーに注意する。


「質問は控えるように。中央コンピュータ、説明を継続しなさい」


 しかし、サーチの声はきつい。


「分かりました。でもホーリーの質問は当を得ています。端末は所詮端末です。端末は中央コンピュータの管轄を超えて行動することはできません。しかし、Rv26は自由に行動することができます」


「当たり前だ」


 すぐさまRv26が応ずる。ホーリーは天井とRv26とサーチを順番に見つめると手を挙げる。サーチはやむを得ないという表情をしてからホーリーに頷いてみせる。


「PC9821のチップは端末に埋め込むのと、アンドロイドに埋め込んだ場合とでは、効果は当然異なるということなんだろう?」

 

[69]

 


「おっしゃるとおりです」


「もう一度問う。その違いとは?」


 ホーリーがたたみかける。


「人間にチップセットを埋め込むことはできません」


「待ってくれ。チューちゃんは一太郎という人間を知っているか」


「一太郎のデータは持ちあわせています。無言通信システムを開発した天才です」


「彼は人間の脳にチップセットを埋め込んで無言通信を可能にした」


「いいえ。そうではありません」


「!」


 ホーリーは自分の意見が否定されたことに絶句する。


「一太郎はチップセットではなくチップを人間の脳に埋め込んだのです」


 中央コンピュータがまるでホーリーと会話を楽しむような声をあげる。


「確かにそうだ。一太郎が人間の脳に埋め込んだのはチップセット、つまりマザーボードと呼ばれるほどのものではなかった」


「そうです。人間は元々脳というマザーボードを持っています」


 ホーリーは感心と不快感を同時に持つが、他の誰もが素直に天井に視線を集中したとき、艦橋の緊張した雰囲気を破るように人影が現れる。しかし、誰も気が付かない。

 

[70]

 

 

「ゴホン」


 天井からではなくドア付近から咳払いが聞こえる。そこにはやはりノロそのものの姿をした中央コンピュータの端末が立っている。そしてゆっくりとRv26に近づく。まるでノロがふたりいるように見える。ただし、メガネのあるなしで区別はつく。


「Rv26」


 端末が呼びかける。そして自己紹介を先取りするかのように続ける。


「チューちゃんと呼んでくれ」


「懐かしい名前だ」


 Rv26が応答すると周りから親しみのこもった笑い声がおこる。


「同期を取ってもいいか」


 中央コンピュータの端末とRv26が、というよりは、双子のノロが向かい合っているといった方がピッタリする。Rv26は黙って肩から数本のケーブルを伸ばす。チューちゃんも同じ数だけのケーブルを肩から伸ばすとお互い肩にあるソケットに接続される。


 コンピュータとアンドロイドの厳密な儀式が始まる。つまり耳を輝かせるような単純なデータ転送ではない。ほんの一瞬ふたりの両耳が激しく赤く点滅したあと顔が真っ赤になる。周りにいる者までも赤く見える。

 

[71]

 

 

 チューちゃんもRv26も微動だりせずに立ちつくす。Rv26の顔から赤味が消えても両耳が激しく点滅している。一方、天井のクリスタルスピーカーが赤から橙色、そして黄色、緑、青、紫と変化すると一気に虹色に輝き出す。そのとき端末のチューちゃんの全身から湯気のような白い煙がわきだつ。ケーブルからはバチバチという音をたてて針のような青い光を発する。


 チューちゃんが片ひざを着くと同時にRv26が一歩身体を引く。ふたりを繋いでいたケーブルがブツッという音をたてて切れる。チューちゃんはそのまま前のめりになってうつむけに倒れこむとRv26がもんどり打ってドンという音をたてて仰向けに倒れる。ふたりの熱気にそばにいる者がたまらず離れる。


 ホーリーが正三角形の赤いマークが描かれている壁に向かって走り出すと埋め込まれた消火カートリッジを引き出す。そしてまずチューちゃんに消化剤を吹きつける。ホーリーの行動に素速く反応したケンタが別の壁から消火カートリッジを手にするとRv26に吹きつける。天井のクリスタルスピーカーだけが虹色に輝いたままで、端末とRv26に吹きつけられた白い泡も虹色に輝く。


 ジュージューという音が艦橋を包む一方湯気が立ち込めて視界が制限される。その中で泡だらけのRv26がゆっくりと立ち上がると、同じく泡に包まれてうつむけになって倒れているチューちゃんに近づく。


「冷却ボンベはないのか」

 

[72]

 

 

 Rv26がチューちゃんからホーリーを、そしてサーチを見つめる。動いたのはMY28だった。着ている衣服の胸辺りを両手で引きちぎると大きな胸を開いてそのままチューちゃんのそばに近寄る。その胸の中から白い冷気が端末に向かって吹きつけられる。


「十分だ」


 Rv26がMY28を制すると泡を取り除いてチューちゃんを抱き起こす。


「チューちゃん、大丈夫か」


「ウウ……」


 チューちゃんの目が開くとRv26が微笑む。


「ノロ!」


 チューちゃんが叫ぶ。


「ワタシはRv26だ」


「そ……そうだった」


 チューちゃんが自力で立ち上がる。


「Rv26……。アナタはノロそのものじゃないか」


 同時に天井から声がする。


「今の言葉は端末ではなく、ワタシの言葉です」

 

[73]

 

 

***


「決してフォルダーが冗談で言ったのではありません」


「なぜ、そう言えるの」


 真顔のサーチの質問にMA60が一瞬たじろくが、背筋を伸ばして応答する。


「フォルダーはノロ探索のために改造したRv26とともに六次元の世界にブラックシャークで次元移動しようとしていました。むしろRv26をノロそっくりのアンドロイドに改造して六次元の生命体に挑もうとしたのではないでしょうか」


「そんな稚拙なやり方で六次元の生命体を騙すことはできないわ」


 MA60はサーチに返す言葉を失う。先ほどまで大混乱のホワイトシャークの艦橋に沈黙が漂う。やっとホーリーが声をあげる。


「ブラックシャークの消息は?」


 MA60がうなだれるように応える。


「分かりません」


 再び、重い沈黙が艦橋を支配する。しばらくするとホーリーが大きな声をあげて笑い出す。「ノロとフォルダーなら、なんとかするさ。いずれ俺たちの前に現れて六次元の世界での手柄話をするはずだ」


 ホーリーの言葉で艦橋の緊張感がほぐれる。そのとき中央コンピュータの声が艦橋に響く。

 

[74]

 

 

「そのあと、『俺たちが留守している間にお前らは何をしていたんだ』と笑い飛ばすでしょう」


 重苦しい艦橋に大きな笑い声が広がる。


「そうね。私たちも手柄話ができるように頑張らなければ。それに心強い助っ人さんも仲間に加わったし……」


「フォルダーはRv26を信頼しきっていたのか」


「それはそうでしょう。Rv26はホーリー副船長の戦友よ」


「親友のホーリーの話をフォルダーは真剣に受けとめていたのじゃ」


 住職と一緒になってホーリーはノロそっくりに改造されたRv26をしげしげと見つめ直す。


「ノロには失礼ですが、ワタシはこの身体に強い違和感を覚えます」


「どういう風に?」


 サーチが興味深くRv26の返事を待つ。


「まず、一所懸命歩いているのに、思ったほど進んでいない」


 ミリンがRv26の短くなった脚を見てクスクス笑う。


「失礼よ、ミリン」


「ごめんなさい」


 しかし、ミリンはなおも笑いながらRv26に頭を下げる。Rv26は不機嫌な表情をすることなく、ミリンに向かって言葉を続ける。

 

[75]

 


「それに動作が緩慢なのです。蚊に刺されることはありませんが、腕に止まった蚊が油断しても死ぬことはないでしょう」


「のろまなノロだからな」


 ホーリーの言葉にミリンが不快感を示す。


「お父さん、失礼だわ」


「俺の意見ではない。イリがいつも言っていたセリフだ」


「それにしても、ブラックシャークの中央コンピュータの端末といい、ホワイトシャークの中央コンピュータの端末といい、そしてRv26も含めて、みんなノロそのものだわ」


「そんなことはありません。端末がそういう形をしているだけです」


 ホワイトシャークの中央コンピュータが異議を申し立てる。


「ノロの悪ふざけなのかしら」


 リンメイが口を挟むとすかさずホーリーが応ずる。


「アイツは自分が男前だと思っていたからなあ」


 ミリンがたまらず腹を抱えて大笑いする。さすがにケンタがミリンの口をふさぎながらRv26を気遣う。Rv26とケンタの視線が合う。


「誤解しないで欲しい。ワタシは今の身体に違和感があるだけです」

 

[76]

 

 

 ミリンの笑い声が消えると、誰もが頷いてRv26を見つめる。


「フォルダーはノロ探索にワタシを必要としてこのような身体に改造するようMA60に命令したのなら、ワタシに六次元の世界に来いと言ってるのでは?」


 サーチが深く息を吸いこむと断定する。


「当初はそうだったのでしょう。フォルダーは確信を持ってMA60にRv26を改造させたはずだわ。でも間に合わなかった」


「どこにフォルダーの意図があったかだ」


 ホーリーが太い腕を組んで目を閉じる。全員考え込むが唸るような低い声をあげるだけで言葉にならない。


「ノロの身代わりにRv26を利用しようとした……。いやそれならブラックシャークの中央コンピュータの端末を使えば済む」


「どういうこと?」


 サーチがホーリーを睨み付ける。


「ふと浮かんだ想像だ。最長がノロを六次元の世界に招待したことを覚えているか?」


 ホーリーがサーチに身体を向けると、MA60が応える。


「覚えています。それにフォルダーは最後の最後までRv26の改造手術の完了を待ち望んでいたことも確かでした」

 

[77]

 

 

「分からん。ノロの身代わりにRv26を改造したとは思えない。いったいフォルダーは何を考えていたんだろう」


「結局Rv26を同行させて六次元の世界で何をしようと考えていたのか分からないのね」


 サーチが念を押す。


「想像を超えている」


 ホーリーが頷くと軽率な自分の発想を悔いる。


「いいかな」


 住職が遠慮気味に発言を求める。サーチが首を縦に振る。


「六次元の世界に連れて行く、行かないかは別問題で、とにかくRv26を大改造しなければならなかったのじゃ」


 住職がサーチに会釈したあとRv26とMA60を交互に見つめる。


「聞くところによれば、Rv26はずいぶんと旧式のアンドロイドじゃ。Rv26には失礼じゃが、廃棄処分でもよかったのかも知れん。しかし、フォルダーは大改造を命じた。その意図はアンドロイドとしてのRv26の豊富な経験だ」


「聞くところによれば……」


 ホーリーが住職の真似をしながら言葉を繋ぐ。


「元の体型を思い出してくれ」

 

[78]

 

 

 誰もが大柄で屈強なRv26の昔の姿を思い出す。


「Rv26は元々戦闘用アンドロイドとして製造された可能性が非常に高い」


「そうかしら」


 サーチが目を丸くする。しかし、頷く者もいる。


「それはそれとして問題はRv26に埋め込まれたチップセットがどういうものかだということじゃ」


「その正式名称はPC9821といい、非常に特殊なものであることだけは理解できます」


 MA60の発言にサーチが身を乗り出す。


「その特殊性とは?」


「イリがフォルダーに『誰の許可を得てRv26にPC9821のチップをRv26に埋め込むの!』と詰問したことを覚えています」


「『誰の許可?』といっても、その『誰』は明らかにノロだ」


 ホーリーがMA60にあきれた表情を向ける。


「もちろん、そうです。とにかく、イリとフォルダーはPC9821の詳細を知っていたことだけは確かです。ワタシも限られた時間でこのチップのことを調査しようとノロの惑星の中央コンピュータにアクセスしましたが、拒否されました」


 そのとき、咳払いをする声が天井から響く。おもむろにホワイトシャークの中央コンピュータがしゃべり出す。

 

[79]

 

 

「極秘情報ですが、この際公開しましょう」


「えー」


「本当に?」


 全員、天井のクリスタルスピーカーに注目する。


「意外なことですが、PC9821のチップセットには色々なバリエーションがあります。その数は五十種類もあります。PC9821は元々はPC9801いうチップセットの改良型です。EシリーズやFシリーズやVシリーズ、Xシリーズ、Uシリーズ……それにCPUも286シリーズ、386シリーズ、486シリーズ、586シリーズ……と改良されて複雑な体系、いえ、体系を形成すると言うよりはノロの気まぐれで様々な形式のマザーボードが製造されました。恐らくイリもフォルダーもすべてのバリエーションを理解していなかったと思われます。ちなみにブラックシャークの中央コンピュータの端末は旧式のPC9801F2というチップセットを内蔵しています。ワタシの端末には比較的最新型のPC9821Apというチップが埋め込まれています」

 全員、ポカーンと口を開けたまま天井を見つめる。しばらくしてから、辛うじてホーリーが泡を吹きながら声をあげる。


「中央コンピュータの端末はアンドロイドなのか」

 

[80]

 

 

「そうです。ただし、汎用性はありません」


「どういう意味?」


 サーチが口元をハンカチで拭いながら尋ねる。


「特殊任務があるためです」


「特殊任務?」


「言っていいのかなあ。相談しようにもノロはいないし……」


「何をためらっているの!早く答えなさい」


 サーチが汗でボトボトになったハンカチを握りしめると雫が床に落ちる。


「やはり、お伝えするのは、はばかります」


 サーチが天井のクリスタルスピーカーを睨み付ける。ホーリーも首をさすりながら天井に向かって声を出す。


「分かった。特殊任務の中に守秘義務という任務もあるらしいな。それじゃ、そのチップを埋め込むとどうなるんだ?」


「お答えします」


 ホーリーの質問に一部の者が首をゆっくりと回転させる。天井を見上げ続けていたので疲れてきたのだ。中には床を見つめて目を閉じて神経を耳に集中している者もいる。


「もうお気付きになっている方もおられるようですが……」

 

[81]

 

 

 中央コンピュータが軽く咳払いをする。


「まず、外形がノロそっくりになります」


 頷きとどよめきが交差する。


「そして……生殖……あっ!これはダメだ!」


「どうした!」


 ホーリーが叫ぶ。


「守秘義務倫理法に抵触します」


「守秘義務倫理法?」


 合唱のような声が天井に向かう。


「これも言えません」


 きっぱりとした中央コンピュータの声が返ってくる。ずーっと黙っていたRv26が納得したようにふんふんと頷きながら発言する。


「フォルダーはどうせ大改造するなら、一番最新型のチップセットがいいと考えたのでしょう。


それがノロに似ていようといまいとどちらでもよかったのでは」


 住職が大きくて手を打つ。


「わしが言いたかったことじゃ」

 

[82]