01 サブマリン888


* サブマリン八八八*

(トリプル・テンⅡ)

「あり得ない!」


 ノロが叫ぶ。


「現実は現実よ」


 イリがノロの手を引く。


「俺は絶対に信じない」


 ゴムボートにノロを押しこむとイリは短いロープを力強く引く。


「乱暴だな」


 不規則なシリンダー音が始まるとイリはボートを右足で押しだす。


「はしたないですぞ」


 たしなめる長老を無視してイリはボートに飛び乗る。


「爺や、舵を」


 そう大きくないゴムボートの先端に陣取るとイリは首からぶら下げていた特殊な双眼鏡で湖
の遙か彼方を見つめる。
「ほら!」


[3]

 

 

「海で真っ二つになって沈んだサブマリン八〇八がこの湖にいるなんて絶対にあり得ない」

 イリがノロの耳を引っぱると双眼鏡を手渡す。


「痛い!」


「つべこべ言わずに見なさい」


「はい。分かりました」


 急におとなしくなったノロが双眼鏡を覗く。


わあ!ほんとだ!長老!右十度。全速前進!急げ!」


「痛い!」


 今度はイリが叫ぶ。イリの首に掛けていた双眼鏡をノロが乱暴に引き寄せたからだ。


「あっ!あれはサブマリン八〇八じゃない!」
「えーっ!」


 イリが双眼鏡を取り返そうとする。双眼鏡のヒモがノロとイリの首に絡まってふたりはそのまま気絶する。

 「ここは?」


「サブマリン」


「八八八***」


「その声は!」


[4]

 

 

「艦長の榊です。メガネをどうぞ」


「生きてたのか」


 ノロはメガネを掛けると榊の顔を見ずに足元を見る。


「動くのか」


「?」


「サブマリン八〇八のようにちゃんとこの船は動くのか」


 榊が大きな声を上げて笑う。


「当たり前だ。だからここに来れた」


「ああ、どうしよう。質問の順番が分からない」


 性急なノロは始めに何を聞いたらいいのか分からないまま、ただ口から泡を吹く。


「ここで大の字になって床にへばり付くのだけはやめて」


 イリがノロを支える。


「俺、質問するのを諦めた。榊、説明してくれ」


「賢明な選択だわ。艦長、お願いできるかしら」


「もちろん!」

 グレーデッドの旗艦に衝突したサブマリン八〇八は真っ二つになって海底に沈んだが、脱出


[5]

 

 

できずに艦内に残った乗務員の証言で驚くべきことが判明した。

「この音は?」


「水圧で潜水艦が潰れる音ではない」


 あちらこちらから「キュッ、キュッ」という音が聞こえてくる。


「深度は?」


「壊れていなければ百メートルだ」


「浸水がない」


「それに補助電源が正常に作動している」


 お互いの顔が何とか判明できるのは各操作モニターが正常に作動しているからだ。


「そういえばそうだ」


「あんなに激しい戦いだったのに。どういうことだ」


「真っ二つになれば深度百メートルの海の中でこんな会話などできるはずがない」


 そのとき大音響とともに隔壁が崩れる。全員、目を閉じる。崩れた隔壁から海水が怒濤のごとく流れ込むはずだと覚悟を決める。しかし、聞こえてきたのは人間の声だった。


「機関長!」


 現れたのはずぶ濡れの艦首魚雷長だった。


[6]

 

 

「魚雷長!」


 ふたりががっちりと握手する。ひとつの潜水艦の艦首の魚雷長と艦尾の機関長がここで手を握るということは、ふたつに割れたはずのサブマリン八〇八がくっついているという証拠だ。

 

艦内に静かな歓声が上げる。


「艦長は?」


 魚雷長に機関長が首を振る。


「機関長!指揮を」


「分かった。とにかく浮上だ。排水開始!」


 操舵士が復唱する。


「メインタンク排水準備」


 しばらくすると排水音が聞こえてくる。


「正常だ!」


「真っ二つになったのに……いったい、この船は?」


 壊滅的なダメージを受けたはずなのに各計器が、しかも装置まで正常に動いている。


「蘇った?……」


 乗組員が固唾を飲んで周りを見つめる。


「いったいこの潜水艦は?」


[7]

 

 

「機関長!いえ艦長代行!コンプレッサーが回り始めました!」


「何だと!」


「バラストタンク、排水します」


「夢みたいなことを言うな」


足元が少し重く感じられる。


「浮上しているぞ」


「確かに浮上している!深度計を見てください」


赤く輝く深度計の数字が徐々に減る。そのとき艦内が明るくなる。補助灯は消え、照明が太陽のように輝く。誰もが目を閉じると大歓声が起こる。恐る恐る薄目を開けて視力が回復するのを待つ。確かに艦内は明るいが全体的になんだか暗い。いや、壁や天井や、そして床が黒いのだ。


「トリプル・テン?」


やがてグレーに変わり本来の艦内に戻る。


「間違いない。トリプル・テンが貼り付いている」


誰かが壁を、ある者はしゃがみ込んで床を触る。


「艦長代行!間もなく海面です」


「何かに掴まれ!全員ショックに備えろ!」


[8]

 

 

 しかし、思ったほどの衝撃はなく、しばらくすると艦内がゆっくりと左右に揺れだす。


「浮上しました!」


 操舵士の前のモニターに海が映っている。


「確認する」


 艦長代行がハシゴを上る。艦橋のハッチが開くと艦長代行の姿が現れる。


「信じられん。浮上している」


 続いて艦橋に現れた乗務員がすぐさま双眼鏡で周りを観察する。


「ここはどこなんでしょうか」


 そのとき艦内からの報告が艦橋のスピーカーを通じて届く。


「GPSが正常に作動しているとしたら、現在位置はタクラマカン砂漠、いえ、タクラマカン湖です」


「いったい、何が起こったのか」


 艦長代行が艦首と艦尾を見つめる。


「完全に元のサブマリン八〇八に戻っている」


 そのとき艦首側のハッチが開く。中から出てきた乗務員が気も狂わんばかりの声を上げる。


「八〇八じゃない。八八八だ!」


なんと艦橋の識別番号が「八〇八」ではなく「八八八」に変わっている。艦長代行は艦橋か


[9]

 

 

ら降りると途中の横道から艦橋の外へ出る。そして目の前の艦橋にペイントされた番号を見つめる。


「誰かがゼロの真ん中に横棒を書いたのでは」


「誰がそんなことをするのですか」


「こんな悪い冗談をする者がいるとすれば……」


「グレーデッドですか」


 艦長代行が首を横に振る。


「ノロしかいない」


 そのとき、艦長代行の後ろから聞き覚えのある声がする。


「艦長!」


 そこには榊艦長が立っている。


「無事だったんですか」
 榊は何も言わずに頷く。

「そうだったのか」


 ノロが腕組みを解く。


「最後の番号の件以外はトリプル・テンの不思議な性質で説明できるが、八八八になったのは


[10]

 

 

不思議だ」


「不思議だらけね。でもいいじゃないの」


 イリがあっけらかんとして甲板を歩きまわる。


「分からないことは分からないでいいじゃないの」


 イリはすぐに現実を受け入れる。


「まあ、いいか」


 ノロもすぐさま同調する。


「だいたい、グレーデッドと戦ったハワイから俺とイリがこのタクラマカン湖のイリ村に来たこと自体、不思議だし、一緒にぷかぷかとハワイの海に浮かんでいた榊艦長がサブマリン八〇八、いや八八八にいるのも不思議だ」


「それでノロは床に大の字になって考えるの?」


「今はしない。しても仕方がない」


「ふーん。今までの不思議な事件の中で一番不思議な出来事だわ」


「不思議は不思議でいいのだ。それより今後のことだ」


「どうするの?」


「チェン大佐と連絡は着くのか?」


 榊が尋ねる。


[11]

 

 

「何を考えているのだ」


「魚雷は?」


「ない。あの戦闘で使い切った」


「五インチ砲の弾は?」


「同じだ」


「武器を調達するんだ。旧式のこの潜水艦の魚雷や弾は中国でしか調達できない」


「旧式の魚雷など役に立たんぞ」


「そんなことはない」


「分かった。言うとおりにしよう。ところで、ノロこそ、ここへどうやって来たんだ?」


[12]