第百十五章  結婚ゲーム


【次元】六次元の世界

【空】首星 ブラックシャーク

【人】ノロ イリ 瞬示 真美 フォルダー ファイル 広大・最長

 

* * *

 

【すごい適応力だ】

【知恵だけで私たちの世界を建て直したわ】

 

 ここは六次元の生命体を統括する首星の最高医療センターの一室。体力が消耗したノロを看病するイリの後方で身体を分離した瞬示と真美が感動する。それはイリを安心させるためだ。

 

「困ったことがあったら何なりとおっしゃってください」

 

 そんなふたりにイリが頭を下げる。

 

「ノロと一体化していると疲れるわ。分離している方が楽だわ」

 

「まだ六次元の身体に慣れていないのかも」

 

「でも六次元化して長くなるわ」

 

 瞬示も心配する。

 

「別の原因があるのかも」

 

「原因は分かっているわ。ノロの思考や発想が極端すぎるの」

 

[24]

 

 

 真美が大きく首を縦に振るとイリが決心したように話題を変える。

 

「そろそろノロの惑星に戻りたいんだけど、ブラックシャークは? 」

 

 いつかは話さなければとイリは思っていたものの、真美もいつかは尋ねなければと思っていたが、どちらも今まで言い出せずにいた。

 

「フォルダーに連絡を取ってください」

 

 応じたのは瞬示だった。

 

「広大・最長がフォルダーに接触しています」

 

「どういうこと? 」

 

「ここに連れてくるかも知れません」

 

「よかったわ」

 

 イリが昏睡しているノロを見つめる。

 

「今、ノロを動かすのは少しきついわ。いつフォルダーに会えるの? 」

 

「広大・最長に任せるほかは… … 」

 

「とにかくノロの体力を戻さなければ。これ以上働くと過労死するわ」

 

* * *

 

 ブラックシャークの艦橋でフォルダーが大あくびする。

 

[25]

 

 

「何もせずにノロの帰りを待つだけなんて暇すぎる。死にそうだ」

 

 フォルダーの感覚ではどれぐらい六次元の世界に留まっているのか分からない。エネルギーと食糧は広大や最長が手当てするから心配はない。我慢に我慢を重ねていたが限界が来たようだ。

 

「今度、広大か最長が現れたら締め上げてノロの居場所を聞き出す。拒否したら六次元の生命体と戦争だ! 」

 

 宇宙海賊たちも拳を上げて同調するが女性操縦手のファイルだけが反対する。

 

「待つしかないと宣言したのは船長でしょ」

 

 よく通る声に海賊たちがファイルに注目する。

 

「永遠に待つとは言っていない」

 

「船長が平常心を失うと困るのは私たちです」

 

 ファイルに意見されたフォルダーが一旦矛先を納めると中央コンピュータが発言する。

 

「元々、我々はノロのように招待されてこの世界に来たのではありません」

 

 フォルダーは艦橋天井のクリスタルスピーカーを見上げるといきなり怒鳴る。

 

「招待? ノロは誘拐されたんだ! 誘拐犯を逮捕してノロを救うためにこの世界に来た! 」

 

「大きな声を上げなくても、よく聞こえます」

 

「黙りなさい! 」

 

[26]

 

 

 ファイルが天井に向かって鋭い声を上げると男性攻撃手のボールが続く。

 

「折角、落ち着かせたのに、余計なこと言うな! 」

 

 すかさずボールと仲がいい女性通信手のペンが追従する。

 

「そうだわ! 」

 

 雰囲気が淀んでいると感じたファイルが大きく腕を広げてフォルダー、ボール、ペンを順番に見つめたあと天井を睨む。

 

「職務に専念しなさい。余計な発言はしないように」

 

「専念しろと言われても、やることがありません」

 

「そのとおりだ。それに限界を通り越している」

 

 ファイルがフォルダーを制する。

 

「『限界』なんて軽々しく口にしないでください」

 

 しかし、フォルダーはもちろんのこと海賊たち全員、前向きになれない。気が緩んだのか、持ち場を離れて私語が始まる。人間の海賊だけではない。アンドロイドの海賊もだ。そしてファイルも黙ってしまう。

 

 フォルダーはそんな状況を見つめながら、最高責任者が陥る罠にはまる。つまり内部の統制がうまくいかない場合、外に打って出るという手段を取る。

 

「広大や最長が現れたら拘束しろ」

 

[27]

 

 

 気を取り直してファイルが声を上げる。

 

「六次元の生命体を拘束するのは不可能だわ。少しは冷静になったら」

 

「うるさい! 」

 

 フォルダーが大声を上げたとき広大が艦橋に現れる。

 

「わしを拘束するつもりなのか? 」

 

「じょ、冗談、冗談」

 

「相当ストレスが貯まっているな」

 

「当たり前だろ! もう何百年も狭いブラックシャークの中でじっとしてるんだ」

 

「だから何百回も進言したじゃないか。心配ないから三次元の世界に戻ってくださいと」

 

「心配ない? 無責任なことばかり言うな! 」

 

 船長席からフォルダーが広大に近づくと腕を取る。

 

「あれ? 掴めるじゃないか」

 

「当たり前だ。わしは三次元化している」

 

「じゃあ、拘束する」

 

「拘束してどうする? 」

 

「人質だ。ノロと交換だ」

 

 艦橋に緊張感が走るが広大は動じない。

 

[28]

 

 

「フォルダーにしては幼稚だな」

 

 広大はフォルダーの前から消えると船長席に座る。

 

「確かに最長がノロをこの世界に連れてきた手法は強引だった。もう何度も謝った」

 

 広大を見失って狼狽えるフォルダーがその声を探す。

 

「いい加減にノロを返してくれ」

 

「今しばらくノロをお借りしたい」

 

「今しばらくと言うのはどれくらいなのだ! 」

 

 フォルダーが目を閉じると奥歯をかみしめる。そしてゆっくりと顔を上げて広大を睨む。

 

「せめてノロのところへ連れて行け」

 

「それは無理というもの。ノロがいる所へは三次元の生命体が行くことはできない」

 

「矛盾している。どこか知らないが、なぜノロがそこにいるんだ? それにイリも一緒じゃないか」

 

「矛盾はない。なぜならあのふたりはすでに六次元化した」

 

 初めて聞く話に誰もがあ然として広大を見つめる。やっとのことでフォルダーが声を上げる。

 

「国籍、いや次元籍を変えたのか? 」

 

「次元籍? 」

 

「三次元の住民票を六次元の世界に移動させたのか」

 

[29]

 

 

「うーん… … まあ、そういうことになるな」

 

 フォルダーがうなだれるとファイルが広大を直視する。

 

「三次元の住民には戻れないの? 」

 

「そんなことはない。六次元の住民票を取得しても、三次元の住民に戻ることは可能だ」

 

「逆は? 」

 

「可能だが条件がある」

 

 広大はフォルダーを無視してファイルとの会話に絞る。

 

「条件? 」

 

「ノロとイリのように六次元化する必要がある」

 

「どういうこと? 」

 

「それは、うーん。そうだ! ゲームでもしてみないか」

 

 フォルダーが憤まん許せない血相でかみつく。

 

「バカにするな! 」

 

「結構面白いゲームだ」

 

 ファイルが興味を示す。

 

「どんなゲーム? 名前は? 」

 

「結婚ゲーム」

 

[30]

 

 

「結婚ゲーム? 」

 

「冗談もほどほどにしろ! 」

 

 再び興奮モードのスイッチを入れたフォルダーに身体を寄せてファイルが囁く。

 

「広大の言うとおり面白いかも」

 

 ファイルに便乗するように広大が尋ねる。

 

「この船には人間は何人いる? 」

 

「五六人です」

 

「よかった。偶数で」

 

「? 」

 

「奇数なら結婚できない者が発生するからだ。ところで男と女の人数は? 」

 

「男が三十人、女が二十六人です」

 

「少し問題があるな… … まあ、いいか」

 

 広大の迷いを無視してファイルが尋ねる。

 

「ルールは? 」

 

「その前に『なぜゲームをするのか』を説明しよう。いいかな」

 

 広大がフォルダーの反応を確認する。

 

「ここは六次元の世界。この世界で自由に行動しようとすれば六次元化しなければならない」

 

[31]

 

 

 フォルダー以下、海賊も黙って次の説明を待つ。

 

「さて三次元の世界では結婚しても三次元の生命体が並行的に存在するだけだ。つまり共同生活に入るということ。わしも三次元の世界に身を置くときは最長と分離する」

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 フォルダーが口を挟む。

 

「ノロから、こんなことを聞いた。六次元部分の身体の一部、つまり三次元部分を露出させて残りを六次元の世界に残していると」

 

「表現が違うだけだ」

 

「広大と最長はこの六次元の世界では一つの身体、つまり生命体として存在しているのか」

 

「もちろん。分かりやすいように言うと『広大・最長』という名前を持つ生命体だ」

 

「おかしいじゃないか」

 

 フォルダーが突っ込む。

 

「ブラックシャークは六次元の世界で漂流している。なのに広大だけがここにいる。最長と一緒でないのはどういうことだ」

 

「さすが、フォルダー」

 

 広大がニタッと笑いながら言い直す。

 

「さすがなのはフォルダーだけじゃない。このブラックシャークを造ったノロもだ」

 

[32]

 

 

「どういう意味だ」

 

「六次元の世界にいてもブラックシャークは強力なシールド能力を保持している。船内は完全に三次元の世界を維持している」

 

「いい加減なことを言うな! 確かにそのとおりだろうが、所詮ここは六次元の世界だ。本当の姿を見せろ」

 

「ノロといいフォルダーといい、洞察力が深い。ところが我々は次元が高いが洞察力は低い。これが問題なのだ」

 

「褒められたって騙されないぞ」

 

「フォルダー」

 

 ファイルが興奮するフォルダーを船長席に押し戻すと広大が席を空ける。

 

「失礼した」

 

 広大の身体が小刻みに震えると輪郭がぼやける。それを目の前で見るフォルダーの異常な反応にファイルが振り返る。輪郭が元に戻ると広大と最長が並んで立っている。誰も声を出さずにこの事態に驚愕するが、フォルダーだけは先ほどまでの興奮がウソのように落ち着いていた。

 

「よく分かった。ゲームの話に移ろうか」

 

 広大と最長がフォルダーをじっと見つめる。

 

[33]

 

 

* * *

 

 広大と最長が別々に見えていたが、時には重なって、あるいは全くひとつに見えることもある。フォルダーが大笑いする。

 

「要するに六次元の世界で三次元の生命体が結婚すれば六次元の生命体になるのか」

 

「ほぼ、そのとおり」

 

 広大と最長が声をそろえて応える。

 

「言うとおりにする」

 

「待って」

 

 意外なことにこれまでゲームに積極的だったファイルが広大と最長に異議を唱える。

 

「『ほぼ』ってどういう意味? 」

 

 視線をフォルダーに向ける。

 

「軽はずみに応じてもいいの? 」

 

「大した問題じゃないだろう」

 

「だろう? 」

 

「すでにノロとイリが六次元化している」

 

「そ、そうね」

 

 ファイルが納得すると広大が、いや最長かもしれないが、条件を出す。

 

[34]

 

 

「ノロの作戦が成功するまで、ここで待機して欲しいのが我々の希望… … 」

 

「先にノロの最新情報を教えろ。状況によっては… … 」

 

「ノロ・イリは元気です」

 

「ノロ・イリ? 」

 

 フォルダーの疑問に応えたのは意外なことにファイルだった。

 

「三次元の世界では『広大』『最長』と呼んでいたけれどこの世界では『広大・最長』。だからノロとイリはこの世界では『ノロ・イリ』という名前になるんだわ」

 

「そのとおり」

 

「それより状況は? 」

 

「ノロ・イリのお陰で作戦は間もなく終了する。問題は事後処理だ」

 

「問題は、いつも抽象的な報告しかないことだ」

 

 フォルダーが食い下がる。

 

「だから結婚を勧めているのだ」

 

「六次元化しなければ、いくら詳しく報告しても理解できないとでも? 」

 

「そうなんだ。実は我々も全く気が付かなかった。次元が異なっても強烈な理解力を持つノロに惑わされてしまった。三次元の最高生命体である人間は理解力がずば抜けている。しかし、次元の壁を超えてその理解力を発揮するには六次元化しかなかった。だからイリをノロの元に

 

[35]

 

 

移動させて六次元化してもらった。イリと六次元化するとそれまでと全く異なって作業能力が高まった」

 

「イリまで誘拐したと言うことか! 」

 

 急変したフォルダーの表情に驚くが何とか広大が取り繕う。

 

「そういうつもりはなかった。話を戻していいかな」

 

 フォルダーの返事を待たずに広大と最長と最長は一体化してから続ける。

 

「まず海賊たち全員、もちろん人間の海賊だが、六次元化することを強く勧める」

 

 フォルダーを押さえてファイルが尋ねる。

 

「どうやって結婚相手を決めるの? 」

 

「逆に尋ねたい。なぜみんな独身なんだ? 」

 

「永遠の命を持っているから」

 

「永遠の命か… … 時間をコントロールすればそんなものは必要ないのに」

 

 フォルダーが大きな声を上げる。

 

「広大・最長! 」

 

 広大・最長は身構えるが、フォルダーがニヤッとする。

 

「どちらが男で女なんだ? 」

 

 広大・最長もニヤッとする。

 

[36]

 

 

「人間の感覚で言えばふたりとも男だ」

 

 このとき人魚を連想させる姿をした六次元の生命体が現れる。

 

「ロー・レライ。準備は? 」

 

「整いました」

 

「この世界にも男と女がいるとは! 」

 

 フォルダーが絶句するがファイルは落ち着いている。

 

「生命体なら次元に関係なく男と女がいるのは当たり前だわ」

 

 生命の本質を一瞬とは言え失念したフォルダーが目を閉じる。しかし、広大・最長やロー・レライが冷ややかに告げる。

 

「では結婚ゲームの会場へ案内します」

 

 海賊たち、もちろん人間の海賊だが、全員身構える。

 

「ノロとイリのように六次元化の手術を受けてください。そうすればすべてが解決します」

 

「すべてが! 」

 

 フォルダーが叫ぶとロー・レライが応える。

 

「皆さんの場合は私たちと違って六次元化したとしても離婚、つまり三次元の身体に戻ることは可能です」

 

 ファイルが冷静に頷くと確認を求める。

 

[37]

 

 

「広大と最長は三次元の世界に身を置くときの方便の名前。広大・最長はこの世界ではひとつの生命体。そして妻はロー・レライなのですね」

 

「そうです。私、つまり『ロー・レライ』と『広大・最長』とは夫婦です」

 

「離婚は可能なのですか」

 

 広大・最長がロー・レライを気にしながら言い放つ。

 

「可能だ。最もそんな気持ちは全くないが」

 

 ファイルが広大・最長とロー・レライに笑顔で尋ねる。

 

「私がフォルダーと六次元化しても元の三次元の世界に戻れば赤の他人になるの? 」

 

「あなた方が六次元化してこの世界で同体化しても三次元の世界に戻れば赤の他人。もちろんあなた方の親族法の規定は知りませんが」

 

「安心して六次元の世界で結婚してもいいのね」

 

「それでは… … 」

 

「ちょっと待て」

 

 フォルダーがファイルを見つめるとファイルが微笑む。

 

「仮の話よ」

 

「本気じゃないのか」

 

「本気にしてもいいの? 」

 

[38]

 

 

 柄になくフォルダーがはにかむとすぐに表情を変更して広大・最長に異議を唱える。

 

「六次元化しても、ノロの仕事が済むまではブラックシャークで待機するのなら、今までと同じじゃないか」

 

「退屈に感じるのは六次元の世界の複雑な時間の流れを掴めないから。六次元化すれば目まぐるしい時間の交錯がはっきりと見える。そうすれば、なすべきことが山とあることに気付くし六次元の生命体と意思疎通ができる」

 

「意思疎通ができたとして何になる? 」

 

 海賊たちも頷く。

 

「少なくとも六次元の生命体と三次元の生命体は友好関係を深めることになる」

 

「おかしい! 今回は巨大土偶という六次元のアンドロイドの増殖をいかにして押さえ込むかということでノロが協力しているに過ぎない。元々異次元の生命体が他の次元の生命体と争うことはないはずだ」

 

 ここでファイルが追加する。

 

「そうだわ。それぞれの次元の生命体は次元が異なるからお互い干渉できないはずだわ」

 

「そうかな? そうだったのかな」

 

 広大・最長がじっくりと反論の体制に入る。

 

「我らが三次元の生命体に迷惑をかけたことについては、大変申し訳なく思っている。つまり本来あり得ないことが起こってしまった」

 

[39]

 

 

 ここでフォルダーがハッとする。ファイルの追加発言が全く誤りであったことに気が付いたからだ。広大・最長の詳しい説明を聞くまでもなく、確かに次元が違うからと言ってそれぞれがこの宇宙で完全に独立しているのではなく、相互に依存しながら宇宙を構成していることを改めて認識する。

 

「今という表現がいいかは別にして、今、三次元の世界の地球が五次元の生命体の攻撃を受けている」

 

「えー! 本当なの? フォルダー」

 

 フォルダーが黙って頷く。

 

「地球は無事なの? 」

 

「ホーリーやサーチが頑張っているが… … 」

 

「すぐ三次元の世界に戻りましょう! 」

 

「焦るな! 」

 

 フォルダーが精一杯の虚勢を張る。

 

「ノロをここに残すわけにはいかない」

 

「ノロは招待されたのよ。この世界の仕事が終われば広大・最長はノロを三次元の世界に戻す義務があるわ! 」

 

[40]

 

 

 ファイルは視線をフォルダーから広大・最長に移す。

 

「そうでしょ! 」

 

「この宇宙は多数の次元の世界から成り立っている。それぞれの次元には個性がある。好戦的な次元の生命体が存在することは非常に残念なことだ」

 

 ファイルの興奮が続くが、一旦膨らんだ虚勢を消去したフォルダーがおもむろに発言する。

 

「地球でも人種や宗教の違いで戦争を繰り返した。ちっぽけな地球の覇権を狙った独裁者もいた。温暖化して食糧もままならなくなっても争いが絶えることはなかった」

 

「仲良く暮らさなければ地球はもたないのに、人間は勝手なことばかりしていたわ」

 

 広大・最長がおもむろに口を開く。

 

「多少乱暴な戦争をしても地球はビクともしないだろうが、戦争を重ねることによって兵器が進化する。そして原子爆弾の使用に至ったときその凄惨さに驚いたものの、核兵器は減るどころか増え続けて拡散した」

 

 誰もが黙って頷く。

 

「これを宇宙に当てはめると次元間の争いは本来起こらないはずなのに、数学の進歩が次元の壁を取り払ってしまった。異なる次元世界を征服してもメリットがないにもかかわらずだ」

 

「地球では他国を征服すればそれだけ自国に様々な利益がもたらされる」

 

 フォルダーが軽く反論する。

 

[41]

 

 

「完全に支配したところで地球は有限の惑星だ。いずれ行き詰まるし、環境変化で人類は滅亡する。同じ事がこの宇宙にも当てはまる。次元戦争を通じて武器の性能が上がる。やがてこの宇宙を滅ぼすほどの兵器が現れる」

 

 フォルダーの脳裏に多次元エコーが浮かぶ。言葉を一旦切った広大・最長がいきなり結論する。

 

「この宇宙は無限の次元世界を内包している。この宇宙の始まり、終末は? この謎を解くにはすべての次元の生命体が協力しなければならない。そうすればすべての次元の生命体はこの宇宙が崩壊しても、新たな宇宙に移動できる。たとえば人類が滅びた後、動物や植物は寿命を永らえるだろうが、知恵を出し合っても滅亡する地球を脱出することはできない。それができるのは人類だけなのに、自滅する道を選ぶ傾向が非常に強い」

 

「ノロもよく言っていた。いや話の腰を折って悪かった」

 

 広大・最長の話が続く。

 

「一般論ではないが生命体は戦争を好む。そして自分たちに似せたアンドロイドを製造して代理戦争させることもある。しかし、そのアンドロイドが進化して生命体を攻撃したり、あるいは自ら増殖して生命体を脅かす」

 

 フォルダーは黙って広大・最長の話を自分なりに理解しようと目を閉じて聞き入る。

 

「ここで大きな問題が浮き上がる。先ほど『この宇宙を理解できればすべての次元の生命体は

 

[42]

 

 

この宇宙が崩壊しても、新たな宇宙に移動できる』と言ったが、その前にすべての次元の生命体が消滅するかもしれない。戦争を繰り返して想像を絶する兵器を使用して滅亡する可能性が高い」

 

「核兵器を持った地球と同じね」

 

 ファイルの後をフォルダーが継ぐ。

 

「このブラックシャークに搭載された多次元エコーもそうだ」

 

* * *

 

 フォルダーが立ち上がる。

 

「一度だけだがホーリーと通信ができた時があった。地球では人間とアンドロイドが入り交じって戦争をしていたが、そこに五次元の生命体が介入したようだ」

 

 残念そうに広大・最長が頷く。

 

「承知している。だがホーリーやR v 2 6 がなんとか凌いだ」

 

 フォルダーの顔が見る間に赤くなると怒鳴る。

 

「なぜ教えてくれなかったんだ! 」

 

「六次元の世界でじっと我慢しているあなたにノロの惑星や地球のことを報告すれば、それこそ身が裂かれるような苦痛を与えることになると… … 」

 

[43]

 

 

「俺の身にもなってみろ! なんとかノロを発見したものの、待機だ。しかも無期限待機だ! 」

 

「フォルダー、落ち着いて! 」

 

「ホワイトシャークには多次元エコーは搭載されていない。五次元の生命体に対抗できる最終兵器を持っていないんだぞ! 」

 

「彼らにはビートルタンクがある」

 

 驚いて言葉を失うフォルダーに広大・最長が諭すように語る。

 

「フォルダー。なぜブラックシャークにビートルタンクを積まずにノロの惑星に残した? 」

 

「それは… … 」

 

 一旦言葉を切るがすぐトーンを上げる。

 

「ビートルタンクのことまで知っているのか…… 」

 

 広大・最長は力のない質問に答えることなく問う。

 

「それにR v 2 6 をなぜノロの惑星に残した? 」

 

「重傷のR v 2 6 を同行させるのは無理だった」

 

「そうじゃないだろう」

 

「広大、いや最長。お前たちはいったい… … 」

 

「まず、ビートルタンクについて応えよう」

 

 フォルダーの顔色が少し冷める。

 

[44]

 

 

「ビートルタンクは多次元エコーに比べて非常に単純な兵器だ」

 

 フォルダーが小さく頷く。

 

「それに四台一組でないと意味がない」

 

 広大・最長が頷き返す。

 

「ビートルタンクは二次元エコーという次元落ちさせる武器を保有している。この武器は多次元エコーと違って宇宙に与える危険性はない。宇宙空間での戦闘には向かないが、地上戦はもちろん惑星上空での戦闘では多次元エコーより使いやすい」

 

 完全に冷静さを取り戻したフォルダーが明確に応える。

 

「そのとおり。六次元の世界に持ってきても意味がないと考えた。むしろ巨大土偶と一戦を交えることがあれば多次元エコーが必要だ」

 

「やはり」

 

 広大・最長がフォルダーに軽く頭を下げると話題を変える。

 

「さて次はR v 2 6 のことだが。大改造した経緯について教えて欲しい」

 

 フォルダーは広大・最長の情報の質と量に感心する。

 

「そこまで知っているのか。実は特殊チップセットを搭載したマザーボードをR v 2 6 に埋め込んだ。それは主がいないノロの惑星を守るためだった」

 

「それだけじゃないだろう」

 

[45]

 

 

 フォルダーは反論することなく言葉を続ける。

 

「言い換えれば三次元の世界を守るためだった。三次元の世界を守る人間と言えばノロしかいない。しかし、そのノロは最長に誘拐された」

 

「申し訳ない」

 

 ここで初めてフォルダーの表情が緩む。

 

「まあ、そちらから言えば招待だし、ノロはそれを受けて六次元の世界に旅立ったと言うことになるんだろうな」

 

 ついにフォルダーが笑い出す。

 

「ノロがいなくなったら、誰が三次元の世界を守ることができるのか? こう考えると永遠の命を持っているといってもホーリーやサーチたち人間では無理だ。もちろん俺にそんな力量はない」

 

「そうではない。ノロのことが心配で六次元の世界に向かった」

 

 広大・最長に見透かされたフォルダーが苦笑いする。

 

「そのとおりだ。だからR v 2 6 をノロ化することにした。マザーボードの差し替えだけで本当にノロ化するのか、確認したかったが… … 」

 

「初めからR v 2 6 と一緒にノロ探索に向かうつもりなど全くなかった」

 

「P C 9 8 2 1 のマザーボードをR v 2 6 に埋め込むことについては批判もあったが、最大の問題はノロ化にはかなりの時間がかかることが分かったから」

 

[46]

 

 

「そうだったのか。一介のアンドロイド、しかも旧式のアンドロイドがノロと同等の能力を持つとすれば、すごいことだ」

 

「もちろん驚くべきことだが、ノロはもっとすごいことをやってのけた」

 

「アンドロイドに生殖機能を持たせたことだな」

 

「そうだ」

 

 ここで広大・最長が少し間を置いて続ける。

 

「巨大土偶のように爆発的に個体数が増加することになる」

 

 フォルダーがニタリとする。

 

「爆発的には増えない。最長がアンドロイドに出産を勧めていたことはR v 2 6 から聞いたことがある( 第三編第七十章「誘惑の布教」)。今さらこのことを責めるというゲスな事はしないが、ノロはアンドロイドの寿命を有限化した。ところが巨大土偶という六次元のアンドロイドの増殖機能は想像を絶した」

 

「その増殖をいかにして防ぐか。そのためにノロを招待した」

 

「ノロといえども次元が違うから手こずっているのは分かるが、六次元の世界を救出する間に三次元の世界が消滅しては本末転倒だ。そう思わないか? 」

 

「しばらく猶予が欲しい」

 

[47]

 

 

「猶予、猶予か! もう聞き飽きた」

 

「そこで提案したのだ。結婚ゲームを」

 

* * *

 

 艦橋から人間が消える。ブラックシャークの乗務員は中央コンピュータの端末のチューちゃんとアンドロイドの海賊だけになる。取り敢えずチューちゃんが船長代理となった。

 

 ここは六次元の世界の病院なのでうまく説明できないが、結婚ゲームというのは三次元の生命体が六次元化する手術のことを意味する。フォルダーたちは永遠の命を保持しているから、結婚を考えたこともないし、したところで生殖機能はないから無意味だった。

 

 しかし、ノロとイリのように六次元化すれば、この世界を理解しやすくなるのは明らかで、それに六次元化することで、この世界と三次元の世界をブラックシャークに頼らずに移動可能になるのではとフォルダーは期待した。

 

 後で分かることだが、広大・最長あるいは瞬示・真美のように、いとも簡単にと言うわけにはいかない。つまり三次元の生命体が六次元化したとしても、所詮は三次元の生命体が合体して擬似的に六次元の生命体になっただけで、純粋な六次元の生命体が三次元に分離して次元移動するようなことはできない。

 

 ノロはこのことを理解していたようだが、取り敢えずフォルダーは六次元化を受け入れることにした。

 

[48]

 

 

男同士や女同士でもペアを組むことができるが、広大・最長はノロとイリの前例を重視してできるだけ男女をペアとした。

 

 フォルダーはファイルとペアを組んで六次元化した。そして広大・最長からフォルダー・ファイルと呼ばれることになった。

 

[49]

 

 

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