第百二十七章 副首星陥落


【次元】 六次元三次元
【空】  副首星危機管理センターオルカ
【人】  ノロ イリ ホーリー サーチ ミリン 住職 フォルダー ファイル
     広大・最長 瞬示 真美 危機管理センター長 提督 総括大臣 副首星担当大臣


* * *


「これだけのブラックホールに囲まれたのではどうしようもない。副首星を放棄する。危機管理センター長にも伝えろ」


「待ってください。脱出方法は? 」


 副首星担当大臣が不愉快そうに応える。


「時間島しかないだろう」


「こんなにブラックホールが集まっていては時間島は機能しません」


「ならば次元移動船か。首星から調達せよ」


「すでに手配しましたが、数が足りません」


 副首星担当大臣は表情を変えることなく命令する。


「最後の攻撃を仕掛ける。敵最前線軍に集中攻撃! 」

 

[340]

 

 

* * *


「副首星担当大臣に従うが収集したデータをどうやって首星に届けるかが問題だな」


「コピーを複数造って時間島で… … ダメだ。時間島は使えない」


「次元移動船しかない」


「その次元移動船がありません」


 危機管理センターでも様々な意見が出されるがデータを送る方法の結論は出なかった。センター長はうなるだけで反応しない。


「副首星からの退避命令も漏れていると考えるべきだろう」


「何しろ七次元の生命体の通信傍受能力はどうしようもないほど高度だ」


 センター長があることに気付く。


― ― 我々が集めたデータは果たして価値があるものなのか?


「データ目録を見せてくれ」


 意外な言葉にスタッフ全員が驚く。


「敵の主力は五次元軍だ。彼らには私たちのデータは貴重かもしれないが、果たして七次元軍から見ればどうなんだろう」

 

「それは… … 」


「収集したデータを見直す」

 

[341]

 

 

 時間がないのにセンター長に絶大な信頼を置くスタッフは、反対するどころか見直し作業に入る。


* * *


「よくよく考えれば大したデータはないな」


 危機管理センター長が気を落とす。


「でも必死に集めたデータです」


「大事なのはデータ収集能力だ。ここにいる全員が獲得した経験が大事だ」


「しかし… … 」


 センター長が遮る。


「ここは生きながらえる方法を考えよう」


「それは? 」


「まずデータを次元通信で首星に送ろう」


「そんなことをすれば情報がじゃじゃ漏れじゃないですか」


「漏れたっていい。首星に届けばそれはそれで成功だ」


「傍受されて消去されたら成功とは言えません」


 日頃から自由に意見が言える環境をセンター長が育んでいたから、結構反対論が出る。

 

[342]

 

 

「それでもいいじゃないか」


「データより命を永らえるということですか」


「そうだ」


「データを次元通信すれば、ひょっとしたら敵は重要視しないかも知れませんね」


「彼らはこう思うかもしれない」


 センター長のセリフをあるスタッフが奪う。


「なんだ。こんなことしか調べていなかったのか、と」


「いや。こう思うんじゃないかな。大事なデータを次元通信で流すはずがない。偽のデータに違いない。無視しろ、と」


 センター長が苦笑いすると全員の緊張感がほぐれる。


* * *


「なんだと! 副首星担当大臣が残るだと」


「そうではありません。危機管理センター長やスタッフ全員の脱出を確認した上で副首星を後にするということです」


「同じことだ」


 首星総括大臣が言葉を置く。

 

[343]

 

 

「完璧にはほど遠いかも知れませんが、受入準備が完了しました」


 総括大臣は返事をせずに次元防衛隊本部の状況を確認する。そのとき緊急報告が入る。


「危機管理センターから次元通信で膨大なデータが送られてきました! 」


「なんだと! 」


「表題は『㊙ブラックホールに関する重要データ』」


 総括大臣が思わず声を荒らげる。


「血迷うたか? そんな重要なデータを次元通信で送ってくるとは」


「データ分析開始」


 一気に緊張感が走るが。しばらくすると次元防衛隊首席コンピュータの報告が始まる。


「これは前線管理センターが収集したブラックホールを使って攻撃してきた五次元と七次元の連合軍の行動データです」


「あり得ない」


 提督が総括大臣を制する。


「黙って報告を聞きましょう」


「盗聴された形跡があります。しかし、改ざんされた痕跡はありません。内容を詳細に分析してメインメモリーに収納します。そのあとインデックス処理してすぐ活用できるよう加工作業に入ります。以上です」

 

[344]

 

 

 首席コンピュータの報告が終わると提督が低い笑い声を上げる。そしてその笑い声が大きくなる。視線が提督に集中しても笑ったままだ。


「あいつ… … いやセンター長は大したヤツだ。私より何倍も器量が大きい! 」


 総括大臣も同調する。


「連合軍はこんな重要なデータをストレートに次元通信で報告するとは思っていなかったはずだ。我々だってそうだろう。センター長はそこを突いた。何という大胆なやり方だ」


 ここで緩んでいた提督の表情が引き締まる。


「彼がここに戻ってきたら私は提督を辞任する。彼を提督に任命してください」


 総括大臣が驚いたとき首席コンピュータが割り込む。


「先ほどの報告書の最後に『センター長は前線に残る』というメッセージが埋め込まれていました」


 今度は提督が言葉を失うが混乱した思考を立て直す。


「彼を失えば我々は全滅するかもしれない」


 すべてを理解した総括大臣が興奮を抑えて訓示する。


「全力をあげてセンター長を救出する。そして彼を次元防衛隊長に任命する」


「待ってください」


 誰かが大声を上げる。

 

[345]

 

 

「副首星担当大臣やその部下の救出はどうするのですか! 」


 総括大臣も提督も答えを持ち合わせていない。長い沈黙の後、提督が独り言を発する。


「ノロ… … ノロに相談するしか」


 そして大声を出す。


「広大・最長は? 瞬示・真美は? どこにいるんだ! 」


* * *


【思案中? 】


 提督が広大・最長の報告にあ然とする。


【思案中… … ノロの現状を示す言葉としては最も適切な言葉です】
【何とか協力を得られないのか! 】
【すでに何度もお願いしました】
【どうしてだ? 】
【正規移動装置の量産に目途が立っていないとのことです】
【正規移動装置? 】
【開発当初、正多面立方体移動装置と呼ばれていました】
【思い出した。ノロが発明した新しい時空間移動装置の事だな】

 

[346]

 

 

【五次元軍の対応には目処が立つが、七次元軍に対抗できるだけの準備、つまり正規移動装置の製造をどうするかという問題に直面しています。首星で製造していましたが今は中止しています】
【再開させよう】
【まず無理でしょう】


 ここで正規移動装置についてフォルダーが説明しきれなかったことを補足する。


 正規移動装置を回転させると球体の時空間移動装置とは全く異なる複雑な時空間移動が可能になる。単に回転させるのではない。素数回転させるのだ。例えれば、こういうことだ。


 正多面立方体の中心軸を基軸として二回転させて今度は逆方向に三回転させる。次はさっきとは異なる中心軸に変更して五回転させる。すぐさま逆方向に七回転させる。つまり素数回転を複雑に絡ませるのだ。しかも高速に。


 ノロの理論によれば素数回転をもっと増やせばどのような次元の世界にでも通用する時空間移動が可能となる。素数は無限に存在する。だから正規移動装置の時空間移動は無限に可能で、七次元の生命といえども正規移動装置に追従することは不可能だ。


* * *


 ノロの家で議論が続く。

 

[347]

 

 

「七次元の生命体がブラックホールを操っていると言っても見せかけだ」


「また難しい話をするの」


 すぐさまイリが白旗を揚げる。広大が咳払いをすると最長がノロに尋ねる。


「ブラックホールとはいったい何なのでしょうか? 」


「六次元の生命体が三次元の生命体に尋ねる質問とは思えないな」


「もちろんそれなりに理解しています。でも自信を持ってとは」


「正直だな。オレも同じだ。でも敢えて独自の見解を披露しよう。ブラックホール。それは無限に近い多次元の世界でありながら全く時間が存在しないように見える。いや、本当はありとあらゆる時間軸を持つ世界なのだが、飽和してまるで時間がないように、あるいは止まったように見える」


 ここで意外なことにイリが発言する。


「台風や竜巻の中心のような感じかしら」


「いいヒントだ」


 ノロがイリに笑顔を向ける。


「竜巻はありとあらゆるものを取り込んで上昇させてはき出すわ。ブラックホールも? 」


「ブラックホールは呑み込んだら吐き出さない。ブラックホールの超重力圏に迷い込むと巨大な引力から逃れることはできない。そして一瞬のうちに圧縮されて点になってしまう」

 

[348]

 

 

「点になる? 」


 ホーリーが何かに気付いたようだ。


「物体がいきなり点に… … つまりゼロ次元化するのか? 」


「これもいい発想だ」


 褒められたホーリーが続ける。


「七次元軍の戦闘艦でもブラックホールに入ればいきなりゼロ次元化するのか? 」


「そうだ」


「二次元エコーとはどこが違うのだ」


「二次元エコーは一次元ずつ次元落ちさせる装置だ。いきなり一次元どころか、二次元化もできない。最終的には二次元、つまりあらゆる次元物質を平面化してしまうが、一次元化はもちろんゼロ次元化つまり点にはできない」


 ホーリーが残念がる。


「ブラックホールが格が上なのか… … ? 」


 すかさずノロが否定する。


「格の上下の問題ではない」


 ここでフォルダーが提案的に尋ねる。


「ブラックホールに二次元エコーをぶつければどうなる? 」

 

[349]

 

 

「その前にブラックホールはどうやってできるのか、知っているのか? 」


「えーと、大きな太陽が燃え尽きてドンドン収縮して高密度になってその強力な引力で周りのモノをドンドン取り込んで、ますます収縮して光ですら脱出できないほどの大食漢になった星のことだ」


「かなり乱暴な解説だが、フォルダーの『ドンドン説明』は分かりやすい。ブラックホールには時間という概念があるが時間そのものはない」


 イリが生唾を呑み込む。ホーリーですら同じだ。我慢してノロの講義を聴くか、退席して診療所のベッドで横になるか、決断を迫られる。


「ゼロ次元はもちろん一次元や二次元の世界に時間は存在しないと言ったこと覚えているか? 」


 誰もが頷くがこの後続くであろうノロの言葉に身構える。


「二次元や一次元の世界には生命体が存在しないと言うことも覚えているか? 」


 この後ノロは鉄砲玉のようにしゃべりまくるはずだ。だが… …


「もしこの両次元に生命体がいるとすれば、そして何かを仕組むとすれば、その仕組みがブラックホールだとは思わないか? 」


 ついにイリが声を上げる。


「点や線や紙切れからどうやってブラックホールを造るの? 」


「点や線はこの宇宙の基本形だ。基本形にはそれなりの重大な存在意義があるはずだ」

 

[350]

 

 

「そう言えば私たちの身体は単純な細胞から成り立っているわ。その細胞ひとつひとつは意思を持っていないけれど私たちの身体を支えているわね」


「言い例え話だ。その細胞を大事にしなければならないのに、酒ばっかり飲んだり、チョコレートばかり食ったりしている」


「やがてがん細胞になって全身を攻撃するのね」


「全身? そうかな? がん細胞の最終攻撃目標は脳だと思う」


* * *


 室内の照明が落ちるとノロが懐中電灯でイリの顔を照らす。


「基本構成物を無視してはならない点ではゼロ次元や一次元のモノと細胞は共通している」


 イリが眩しそうに目を閉じる。


「点や線も癌になるの? 」


「その前に光は何次元の世界に属すると思う? 」


 一瞬間を置くがすぐ反応する。


「『光源』とか『光線』って言うぐらいだからゼロ次元か一次元の世界に属するんじゃ? 」


「光速と言うように光には時間という概念が存在するからゼロ次元の世界に属するとは言えない。でも光はこの宇宙の基本的な存在だ! そうするとゼロ次元の世界に属する特殊な存在だと言える」

 

[351]

 

 

「光は見えるけど、よくよく考えたら点や線それに平面って実際誰も見たことはないわ」


 不思議なことに三次元の生命体は点や線や平面を観念することはできるが、三次元の世界にそれらは存在しない。三次元の世界の構成要素でありながら、重要なパーツを見るどころか触れることもできない。しかし、光は違う。ゼロ次元の一員だが、余りにも特殊、平たく言えば余りにも眩しいので、光が持つ本質を十分理解できなかった。光、それはこの宇宙の根源だと言っても間違いではない存在だ。


 ノロは一言発言しただけで全員をこの宇宙の根本である光の存在を理解させた。誰もがノロを見つめて自分たちの存在意義を模索しようとする。だがノロはそういう雰囲気をはぐらかすように懐中電灯を消す。


「光があるから見えていると思っていただけでオレ達にはゼロ次元、一次元、二次元の世界の姿は見えない。そして四次元以上の世界も見えない」


 室内が徐々に明るくなると、いつの間に用意したのかノロが大きな紙と筆を取り出す。


「住職、この紙の上に光源という点を表現してくれないか? 」


「なんと! この筆で光源を描けだと? 」


 しばらく悩んだあと住職は画用紙を墨汁で塗りつぶす。言葉を挟む者はいない。やがて住職は墨汁がしたたり落ちる紙をノロに手渡す。

 

[352]

 

 

「真っ黒い真ん中に白い点が見えるはずじゃ」


 ノロはもちろん誰もが白い点を探す。


「それが光源じゃ」


「これは点じゃない。円だ」


「虫眼鏡で見ればそうかもしれない」


「虫眼鏡で見れば歪な白い平面だ。しかも凸凹している」


「確かにわしらは厳密な意味において、点も線も描けないし平面も表現できない。じゃが観念はできる」
 ノロがニーッと口を広げると住職に迫る。


「観念( 降参) したら? 」


* * *


「それでもオレ達の世界は基本的にゼロ次元、一次元、二次元の点や線や平面を構成要素としている… … 」


 ノロの語尾が弱くなる。


「どうしたの? 」


「オレ達の世界は本当にゼロ次元と一次元と二次元の世界をベースにしているんだろうか? 」

 

[353]

 

 

「もう! さんざん、こうだ、ああだと言っておいて今さら根底をひっくり返すようなことは言わないで! 」


 イリが怒り出す。


「高次元の世界を見ることは不可能だし、想像すらできない。だからといって… … 」


「低次元の世界を見ることもできない。でも想像できる。その違いは何を意味するのかしらって言いたいの? 」


「そのとおりだ! 」


「今さら何を感心しているの? 」


「本当に理解しているのか怪しい」


「もう! 何を言いたいの! 」


「想像と理解は全く違うんだ」


 イリはプイと横を向いて黙ってしまう。


「仮に厚みの全くない長方形の平面が腹のあたりを通過したらどうなると思う? 」


 誰もが薄くて鋭い刃物で腹を切られる場面を想像する。血が噴き出して身体が上下に分断される… … 青ざめた表情にノロが声を上げて笑う。


「勝手に想像しているようだな。何も起こるはずないぞ」


「何が面白いの! 」

 

[354]

 

 

「面白くも何もない。オレがその二次元の薄いカミソリだとすると五次元の生命体をスライスすることができるだろうか。オレを恐れる理由などないのになぜ六次元の世界を攻撃するのだろうか。しかも七次元の生命体と手を組んで、しかもブラックホールまで使って」


 ここでホーリーが思い出したように言葉を開く。


「そういえばノロから『各次元の世界は一緒に存在することはできない』と教えられたぞ」


「全くそのとおり。それは根本原理だ」


「俺が発言を続けるとあらぬ方向に脱線してしまいそうだ。ノロ、解説を」


「さっきから言っていることだ」


「復習だ。もう一度頼む」


 ホーリーが頭を下げる。


「ちょっと待って」


 イリが横やりを繰り出す。


「各次元の世界は一緒に存在することができない? でもこの宇宙はあらゆる次元の世界から成り立っているんでしょ? 矛盾しているわ! 」


「そこ。そこだわ」


 サーチがイリに強く賛成する。


「難しい問題ではない。でも重要なことだ」

 

[355]

 

 

 全員ノロの次の言葉を待つ。


「この宇宙にはありとあらゆる次元の世界が存在する」


 数メートル四方の浮遊透過スクリーンが天井に現れる。① 、② 、③ , ④ 、⑤ 、⑥ 、⑦ … … と次元の世界が表示される。⑮ 、⑯ … … ⑳ … … とドンドン増えていく。


「この宇宙に無限の次元世界が存在していることを示している」


 イリが発言しようとするが、ファイルがイリの口にふたをする。浮遊透過スクリーンの③ だけが大きくなる。その中にノロがポインターで① を移動させる。しかし、すぐに破裂して消滅する。次に同じように② を大きな③ の中に移動させる。またしても消滅する。次に⑤ や⑥ を移動させるが同じように消滅する。


「まず三次元の世界には一次元であろうが二次元であろうが、存在することはできない」


 何となく理解の糸口を見つけたホーリーやフォルダーが首を縦に振るが発言はしない。ノロの言葉が続く。


「存在できないから二次元のカミソリでオレ達は血を流さずに済む」


 サーチも納得感を共有する。


「さらに高次元の世界、つまり五次元の、六次元の生命体も三次元の世界で活動することはできない」


 ここで声を上げたのはイリではなく納得領域にいたサーチだった。

 

[356]

 

 

「私たちは五次元の生命体と戦ったし、六次元の生命体の瞬示と真美とも接触したわ! 」


 イリがサーチに大きく頷くとノロがいなす。


「その戦いや接触はまやかしだ」


「でも事実だわ。ノロだって瞬示と真美と会話したでしょ」


「ふたりに見えただろ。彼らは瞬示と真美ではなく、瞬示・真美だ。みんなが見た瞬示・真美は六次元の身体の一部を三次元の世界に露出しただけで、本体そのものが三次元の世界に存在しているのではない。いや三次元の世界に身を置くことは不可能なのだ」


「でも… … 」


 イリが首を横に振るがフォルダーは縦に振る。


「確かにノロの言うとおりだ。でもひとつだけ分からないことがある」


 ノロがフォルダーに軽く会釈する。


「オレ達六次元化しただろう? でも何かしっくりしない」


 フォルダーはノロから視線をファイルに移す。しかし、応じたのはサーチだった。


「乱暴な考え方かもしれないけれど、永遠の命を持っていたから六次元化が可能だったと思うの。それも真の意味で六次元の生命体になったのではなくて、擬似的に六次元の生命体になっただけ… … 」


「感覚的には全くそのとおりだ! 」

 

[357]

 

 

 ホーリーが力強く賛同するとミリンが的外れの発言をする。


「そう言えばお父さんとお母さんはよく喧嘩していたのに六次元化してからは見違えるほど仲がよくなったわ」


「そう言えばそうね」


「そうかなあ」


 ふたりを羨ましそうに見つめるとイリがフーッと息を吐き出す。


「私とノロにはそういう傾向はないわ」


 サーチが微笑みながらイリに近づく。


「そんなことないわ」


 サーチの言葉に頷く者が多い。


「オレはそう思わない」


 ノロがイリとの距離を取る。イリの口元が開いたときこれまで黙っていた瞬示が叫ぶ。


「副首星が陥落した! 」


* * *


 オルカの艦橋に到着するとフォルダーが第一声を上げる。


「懲りない奴らだ」

 

[358]

 

 

 ノロはすべてをフォルダーに任せる。


「次元移動体勢に! 広大! 副首星の正確な次元座標を中央コンピュータにインプットしろ」


「助けてくれるのか? 」


「それより早く次元座標を! 」


「入力終了」


 広大の言葉が終わった時、オルカが小刻みに振動するが、やがて収まる。


「次元移動終了。六次元の世界に到着しました」


 浮遊透過スクリーンにアメーバーのようなモノが現れる。それがすぐに真っ赤な球体に変わる。


「浮遊透過スクリーン補正完了! 」


 中央コンピュータが六次元空間を三次元化して見やすくする。


「あれは? 」


「副首星です。念のために最大の攻撃防御態勢に移行します」


 素早い中央コンピュータの反応にフォルダーが頷く。そのとき艦橋から広大、最長の姿が消える。もちろん、それよりも早く瞬示と真美の姿も消えていた。


「何が起こったんだ! 」


 沈着冷静なフォルダーが狼狽える。さすがのノロも浮遊透過スクリーンを目を皿のようにして眺めるだけだ。たまらずフォルダーが天井に向かって叫ぶ。

 

[359]

 

 

「中央コンピュータ! 説明しろ! 」


「分析中です」


 仕方なくフォルダーが天井からノロに視線を戻す。今にも口から泡を吹いて大の字に倒れ込むような雰囲気を察してフォルダーはノロの背後に回る。フォルダーの予想どおりノロの口からカニのような泡がブクブクと吹き出される。


「いつ倒れてもいいぞ」


 フォルダーがノロの背中に身を寄せる。しかし、ノロは倒れない。


「これは手強いぞ! ブラックホールを完全にコントロールしている! 」


 フォルダーが驚いてノロの正面に回る。依然として泡を吹いているが目は爛々と赤く輝いている。こんなノロを見たのは初めてだった。これまでノロはどんな事態でも狼狽えたことはないし、冗談めいたセリフを吐きながらいとも簡単に対処した。長い付き合いの中で初めて見たノロの表情だ。イリもホーリーもじっとノロを見つめる。


「撤退! 」


「広大・最長と瞬示・真美をどうする? 」


「なんとかするはずだ。中央コンピュータ! ノロの惑星へ! 」

 

[360]