第百三十一章 ライトアーム


【次元】 三次元
【空】  ノロの惑星
【人】  ノロ イリ ホーリー サーチ ミリン ケンタ 住職 リンメイ
     四貫目 Rv26

     瞬示 真美 広大 最長 三太夫 ライトアーム 大総統 参謀長 セブンヘブン


* * *


 ヒトデ型戦闘艦が次々とノロの惑星の上空に現れる。


「致命傷を与えないと復活するから始末が悪い」


 遅々として修理がはかどらないブラックシャークマークⅡ の艦橋でノロがうなる。ビートルタンクは頑張っているが取り逃がしたヒトデ型戦闘艦が造船所を攻撃する。クワガタ戦闘機もほとんどが失われた。一部では地上戦も起こっている。しかし、地上戦を戦うことが可能な戦車、つまりビートルタンクは四台しかなく今は巨大土偶とともにノロの惑星の遙か彼方で押し寄せるヒトデ型戦闘艦と戦っている。


 床に放置されたままの巻物が怪しく輝く。


「四貫目。聞こえるか」


 壮烈な戦況に心を奪われていた四貫目が巻物を拾いながらその声の出所を探ろうとしたとき瞬示からノロに無言通信が入る。

 

[456]

 

 

{ ケンタのビートルタンクに付き添っていた巨大土偶が破壊された}
{ 何! }


 ノロが大声を上げる。ビートルタンクでないことがせめてもの救いだが、四台が連携できないとなると、もはやビートルタンクは意味をなさない。


「戻れ! 」


 ノロの指示に瞬示が素直に応じる。


「真美がコントロールする巨大土偶でビートルタンクをノロの惑星に移動させます。広大、最長と僕は残りの巨大土偶でノロの惑星に向かうヒトデ型戦闘艦を阻止します」


「コントロールできるのか」


「他に選択肢はありません」


* * *


「今だ! 」


 大総統が大号令をかける。もちろん参謀長もこのチャンスを見逃さない。


「でかいだけだ。しかも二体だ」


「待ってください」

 

[457]

 

 

 部下の意外な制止に参謀長が激怒する。


「黙って命令を実行しろ! 」


「いいえ。我がヒトデ型戦闘艦は戦闘員で構成されています」


「そんなことは分かっている! 」


「そうではなく戦闘艦の構成員は全員負傷者です」


 ヒトデ型戦闘艦は五次元の生命体そのもので構成されている。粘着光線は生命体の体液そのものなのだ。もちろん三方向の時間軸をコントロールしながら発射するので強力だが、負傷した戦闘員の体液は枯れつつある。


 ヒトデ型戦闘艦はその構成員の数に比例して俊敏な動きができる小型戦闘艦から巨大化して強力な粘着光線を発射できる大型戦闘艦まで様々な種類がある。指揮を執るのは高級士官や幹部候補生で一般戦闘員のポジションは過酷だ。次元落ちして二次元化すれば復活できないが、難を逃れた戦闘員は再び態勢を整えてヒトデ型戦闘艦を構成する。だからやられてもやられてもヒトデ型戦闘艦は補充されているように見えるが、実はそうではない。激しい戦闘では休息すら取る暇もないほど構成戦闘員は病弊している。しかし、戦わなければならない。それほど大総統の権威は強大だ。


 先ほどの部下も言葉を収めると仕方なく持ち場に戻る。


「巨大土偶の光線は強力すぎます」

 

[458]

 

 

 次々と巨大土偶の目から放たれる光線に苦戦する。そのとき参謀長に聞き慣れた通信が届く。


「私に任せてくれ」


「おう! 三太夫か」


「出遅れたのは兵役を免除された科学者や技術者、それに一般市民でヒトデ型戦闘艦隊を編成するのに時間がかかったからだ」


「いつの間に? 彼らは戦力にはならない」


「ここにいるのは五次元の世界を守ろうとする血気盛んな者ばかり」


 そのとき大きな振動がする。一体の巨大土偶が粉々になって消滅する。


「見てのとおり。後はお任せあれ。残った巨大土偶の背後から仕留めてノロの惑星を占領する」


* * *


【真美! 】


 巨大土偶をコントロールしていた真美からの信号が途絶える。瞬示がすぐさま真美がいたと思われる時空間座標に瞬間移動する。先に来ていた広大が絶望的な次元信号を瞬示に送る。


【そんな! でも僕は生きている】

【それはこの空間… … 三次元の空間にいるからだ】


 広大の腕の中では最長が気絶している。

 

[459]

 

 

【今はノロの惑星を守るだけ】


 悲しみを抑えて瞬示が応じる。


【真美がいないし最長も負傷した。僕や広大だけでは時間島をうまく操れないぞ】


【それに最後に残った巨大土偶もかなりダメージを受けている】


 絶望感がふたりを包んだとき、四貫目が操縦する正規移動装置が現れる。


{ こちらに移動しろ}
{ 我々は自力で時空間移動できる。ここは危険だ。戻れ、四貫目}
{ ノロも一緒です}
{ ! }


 瞬示と広大が正規移動装置内に現れるとノロが青白い顔で出迎える。


「まだ希望はある… … 」


 ノロが巻物を広げる。


「我がノロ一族、つまり百地一族の生命力は何ら衰えていない」


 そのときヒトデ型戦闘艦が残った巨大土偶の背後に回る。首だけを回そうとする巨大土偶に思わず瞬示が叫ぶ。


【全身で回転しろ! 】


 しかし、巨大土偶は首の向きを元に戻す。正面にも多数のヒトデ型戦闘艦が現れたからだ。

 

[460]

 

 

まず真後ろのヒトデ型戦闘艦から粘着光線が発射される。


【次元移動しろ】


 広大が叫ぶが巨大土偶は正面のヒトデ型戦闘艦に黄色い光線を発射する。一方背後から粘着光線が巨大土偶に… …


「やられる」


  瞬示が目を背ける。しかし、その粘着光線は巨大土偶の側を通り抜けて巨大土偶が発射した黄色い光線を追って前方に向かう。数十隻のヒトデ型戦闘艦があえなく破壊されると残りのヒトデ型戦闘艦も粘着光線に取り囲まれてまるで肥満体のようなヒトデになる。そして破裂する。


「いったい、何が… … 」


そのとき四貫目に無言通信が入る。


{ 四貫目。聞こえるか}


 四貫目が操縦桿を握りしめたまま驚く。


{ 三太夫だ}
{ 無言通信が使えるのか! }
{ 今はこの通信手段だけが頼りだ。次元通信を使えば五次元軍に筒抜けだ}


* * *

 

[461]

 

 

 参謀長が激怒する。


「三太夫め、裏切りおったな」


 三太夫率いるヒトデ型戦闘艦の攻撃に前線は大混乱となる。その構成員は非戦闘員ではあるが大総統の圧政に耐えかねた科学者や技術者たちだ。一方参謀長が攻撃命令を出したヒトデ型戦闘艦の構成員は、もちろん正規の戦闘員だが、ほとんどが重傷者だ。その戦意は著しく低い。


ついに参謀長は撤退しようとするヒトデ型戦闘艦に攻撃命令を出す。


「敵前逃亡は死刑だ! 」


「やめてください! 」


 ある下士官が参謀長に体当たりする。


「黙れ! 戦線離脱は絶対に許さん。お前も死刑だ! 取り押さえろ! 」


 ところが誰もこの下士官を拘束しようとしないばかりか参謀長を取り囲む。


「撤退して体制を整えてから反撃しましょう」


「ならん! 」


 そのとき旗艦が大きく振動すると三太夫の次元通信が届く。


【相変わらず甘いな】


【その声は… … 】


 参謀長が震え出す。

 

[462]

 

 

【裏切り者】
【ふふふ。お前は裏切られ者だ。今やお前に従う者などいない】


 三太夫の次元通信は五次元の戦闘員全員に届く。下士官が悲痛な声を上げる。


「撤退しましょう。これ以上の犠牲者がでれば全滅します」


「ならぬ。このまま帰還すれば大総統に殺されてしまう」


「親が息子を殺すことはないでしょう。ここは… … 」


【何をこそこそ話し合っているんだ。潔くここで死ね】
【待て。何が望みだ】
【望みなどない。わしは伊賀の里からお前たちに拉致された。人間とアンドロイドが戦う三次元世界の現状を知ったとき、そんな世界は存在価値がないと思い限界城で地球を消滅させようとした。だが当時、限界城当主のお前ははっきり言って能なしだった】


 先ほどの下士官が参謀長に代わって応じる。


【私のことを覚えているか? 】
【その声は… … ライトアームか。忘れるものか】
【何をするつもりですか】
【大総統の圧政に嫌気を持った五次元の生命体、特に科学者や技術者をノロの惑星へ連れて行ってブラックシャークマークⅡ の大修繕をする】

 

[463]

 

 

【それなら仲間に入れてください】
【負傷者の治療のためならノロに許可を申請する】
【ありがたい。科学者の中に医者はいるのですか? 】
【もちろん】


 一部始終盗聴していた参謀長が抵抗する。


「許さん。三太夫のヒトデ型戦闘艦を破壊しろ」


 参謀長を無視して逆にライトアームが命令する。


「武器を取り上げて監禁しろ」


 参謀長が負けずに言い返す。


「クーデターを起こすつもりか。逮捕しろ」


 聞く者はいない。武器を取り上げられて参謀長は艦橋から連れ出される。


【三太夫殿。投降します】
【武装解除しろ】


 ライトアームが苦笑しながら応じる。


【この旗艦も含め型戦闘艦の構成員は負傷者ばかりで戦意などありません。それより負傷者を助けてください。お願いします】


 すべてのグレーバイオレットのヒトデ型戦闘艦が白一色に変わる。

 

[464]

 

 

【白旗か】


* * *


 ノロは三太夫率いるヒトデ型戦闘艦隊に上陸許可を出す。しかし、参謀長を騙すためだったとはいえ三太夫に攻撃された瞬示と広大はノロを護衛するために砂漠に向かう。


 その砂漠にはヒトデ型戦闘艦隊が到着していた。防疫上砂漠を選んだのだ。防護服に身を包んだノロがその砂漠で三太夫を迎える。その三太夫の側には真美が立っている。


「途中で拾った」


 瞬示が真美を抱き締める。


「真美! 何度も呼んだのに。大丈夫か? 」


「さっきのさっきまで気絶していたの」


「良かった。良かった」


 ノロと広大が大喜びして瞬示と真美とともに三太夫に礼を言うが、三太夫は応ずることなく後続のヒトデ型戦闘艦隊旗艦の到着を待つ。そして下船してきたライトアームを確認する。


「まずはノロによく見えるよう外装を三次元化しろ」


 外装というのはヒトデ型戦闘艦の外装はもちろんだが五次元の生命体の外面でもある。ライトアームの姿が三次元化されると同行の部下やヒトデ型戦闘艦自体も三次元化される。

 

[465]

 

 

 ノロが出くわした光景は三太夫とライトアームが抱擁する姿だった。


「よくぞ。寝返ってくれた」


 珍しく三太夫が微笑む。


「何をおっしゃる。私はあなたの右腕です」


「お前の協力がなければここに来ることはできなかった」


 ライトアームの方から抱擁を解くと尋ねる。


「あの方がノロか」


 三太夫が頷くとライトアームがノロに頭を下げる。


「礼を言う順番を間違えました。申し訳ありません」


 防護服に包まれているがノロがニーッと口を広げているのが分かる。


「四貫目にも挨拶しろ」


 三太夫がノロの横にいる四貫目に気付く。


「心配をかけたようだな」


 四貫目が片膝を着いて三太夫を見上げる。その四貫目にライトアームが近づく。


「あなたの忍術はすごかった」


* * *

 

[466]

 

 

ノロはライトアームの想いを尊重して五次元の生命体の治療を優先させた。もちろん三太夫が連れてきた医者の仕事だが、それ以外の科学者や技術者はノロに命令されることなくブラックシャークマークⅡ のドックに向かいすぐさま作業を開始する。


「すごい戦闘艦だ」


 五次元の科学者や技術者が驚く。


「六次元の生命体に建造してもらったのじゃ」


 巨大土偶とともに戻ってきたサーチは負傷したミリンの治療のために診療所へ向かった。そしてホーリーもケンタも同行したので住職とリンメイが五次元の科学者たちの応対に当たる。


住職の説明に五次元の科学者たちの幹部がため息を漏らす。


「ひょっとして私たちは意味のない戦いをしていたのでは? 」


「六次元の科学力はやはりすごい。高い次元の生命体に戦いを挑むのは無理だ」


「だから七次元の生命体と手を組んだのだろう」


「組んだのはともかく、いずれ七次元の生命体に滅ぼされるかもしれない」


 住職が咳払いをして会話に参加する。


「このブラックシャークマークⅡ を設計したのはノロじゃ」


「ノロ? 聞いたことがある。六次元の生命体か」


「いや。三次元の生命体じゃ」

 

[467]

 

 

「まさか! 」


「次元が高い低いなど、この宇宙では意味がないのじゃ」


「三次元の生命体が次元をコントロールする武器を開発するのは不可能だ」


 別の科学者が否定する。


「聞くところによると限界城を設計したのも元は三次元の生命体の三太夫だ」


「しかし、その限界城が三次元の生命体との戦いに負けたという」


「私は限界城で今の参謀長に仕えたことがある。あの戦いは元を正せば三次元の生命体同士の戦いだったことになる」


 住職が苦笑いする。


「詳しいことは分からんが、ノロは三太夫の末裔なのじゃ」


「そうだったのか! よーし、マークⅡ の修復に全力を尽くすぞ! 」


「それはありがたい。ノロも喜ぶだろう」


 住職は造船所の横に立つ傷だらけの巨大土偶を指さす。


「あれは六次元のアンドロイドじゃ。あのアンドロイドに六次元の生命体は滅ぼされそうになったが、ノロが阻止したのじゃ。六次元の生命体はノロに大きな恩義を持っておる」


 リンメイも説明に加わる。


「六次元の生命体は楽をしようとアンドロイドを製造しました。本来アンドロイドに生殖機能がないはずなのに、どうしたことか強力な増殖機能を持ちました。わたしは身をもってその恐怖を体験しました」

 

[468]

 

 

 五次元の科学者たちが住職とリンメイを驚きの眼差しで見つめる。


「そうじゃったのう」


 興奮気味のリンメイを住職が押さえるとノロが現れる。


「ノロじゃ」


 五次元の科学者たちの視線がノロに集中する。ノロはそれまでの会話を理解したかのように発言する。


「六次元の生命体の力を借りてすでに四次元の生命体を復活させた。でもその六次元の世界が危ない。平和的に解決するのは難しい状況だ」


「現実的にはそうだろうが… … 」


 ある五次元の科学者が詰問する。


「だからといって何故このような戦闘艦を開発したんだ」


「答えは明白」


 きっぱりとノロが応える。


「問題はブラックホールだ」


「? 」

 

[469]

 

 

「八次元以上の生命体は静観しているが、どうやら彼らの世界は時間軸が多過ぎて行動できないのかも」


「なぜ」


「管理する時間軸が多すぎて機敏な対処ができないのだ」


「理解できない」


「なぜ? 」


 逆にノロが質問するが答えはない。


「想像だが、八次元以上の生命体は、いわゆる神ではないかと」


「神? 」


「科学を崇拝する生命体には理解できないかもしれないが、神というものは秩序を願うが具体的に行動することができない特殊な存在だ」


「何と… … 」


 意外なことに住職がうなる。仏門に身を置く住職にとって痛烈な批判だったからだ。


「神のお告げを聞くより自分たちで解決しなければならないのだ」


 ここで住職はもちろん五次元の科学者たちも大混乱に陥る。質問も反論もない。


「ブラックホールから六次元の生命体を救うとか、七次元の生命体に対抗するとか言うより、ブラックホール自体がいったい何なのかを解明するためにブラックシャークマークⅡ が必要なのだ」

 

[470]

 

 

* * *


「なんだと! 寝返っただと! しかも下等な三次元の生命体にだと! 」


 大総統は怒り心頭で側近に当たり散らす。


「それに参謀長が拘束されました」


「あんな能なしはくれてやれ」


「参謀長はあなたの息子です」


「戦いに敗れた者は誰であろうと生きて戻ることは許さん」


「我が五次元生命体の頭脳集団も六次元の、あるいは三次元の世界に亡命しました」


「残された家族や親族はすべて死刑にせよ」


「それは… … 」


「命令を聞かぬ者も死刑だ」


 死刑を連発する大総統にうんざりする者が多い。不穏な空気を感じたのか大総統は作戦を模索する。若干の沈黙のあと命令を発する。


「すぐさまヒトデ型戦闘艦を組織しろ! 」


「無理です。もう戦闘員はいません」

 

[471]

 

 

「残った市民全員が戦闘員だ。直ちに招集せよ」


「訓練が必要です。烏合の衆では戦いになりません」


 そのとき七次元の最高司令官セブンヘブンから次元通信が入る。


【無様な敗北だな】
【まだ勝負は付いていない】
【ブラックシャークマークⅡ が完成すればやっかいだ】
【三次元の戦闘艦などたかが知れている】
【マークⅡ の完成を阻止しなければと主張したのは大総統だ】
【ブラックホールで六次元の首星を叩けなかったからこういう結果になった】
【責任転嫁するな。原因は明らかだ。大総統の統治能力が問題だ】
【そんなことはない】
【だったら市民や戦闘員がふたつも次元が低い三次元の生命体に寝返ったのだ? 】
【それは】
【内部が不安定では戦いにならない】


 セブンヘブンは大総統の統治能力に不安を覚える。


* * *

 

[472]

 

 

「ブラックシャークマークⅡ の修理はまだか」


 三太夫が現場を訪れるが、油にまみれて修理を指導するノロに声をかけられない。代わってライトアームが応じる。


「最終工程で頓挫しています」


「最終工程? 」


「次元移動エンジンの組み立てがうまくいかないようです」


 素人でも一番肝心な工程であることは分かる。答えが返っても理解できないことを承知で三太夫が質問する。


「原因は? 」


「トリプル・テンをエンジンに組み込む作業が難航しています」


「はて。どこかで聞いた名前だ」


 三太夫の後ろに控えていた四貫目がおもむろに懐から巻物を取り出す。そして巻物を解くと最初の文字の上を指さす。


「染みか? 」


 三太夫の視力を持ってしても小さな点にしか見えない。


「これがトリプル・テンという摩訶不思議な物質。三太夫殿のお持ちの巻物を出されよ」


 三太夫がおもむろに取り出すと四貫目は自分の巻物を巻き取りながら差し出す。

 

[473]

 

 

「重さを比べてください」


「何と! 」


 三太夫は四貫目の巻物が比べようもなく重いことに驚く。


「あの染みがトリプル・テンという物質」


「小さなトリプル・テンが付着しているだけでこれほど重みが違うのか! 」


「そうです。よろしいでしょうか」


 四貫目が三太夫から自分の巻物を取り上げると口にくわえる。そして両手を合わせてからすべての指に力を込めて卍の紋を造る。すると四貫目の姿が徐々に消えて見えなくなって声だけが聞こえてくる。


「隠れ身の術。トリプル・テンのなせる技でございまする」


「トリプル・テン! 」


「通常は黒い物質として見えまする。重くて堅い。だが金箔のように伸ばすことができ透明になりまする。そこのところを利用して最強の隠れの身の術を編み出しました」


「目に見えぬものをエンジンに組み込むのは並大抵ではないと言うことか」


「そういうことでござりまする」


 四貫目の姿が徐々に現れる。

 

[474]

 

 

* * *


 もちろんブラックシャークにもトリプル・テンは使われているが、その量が違う。エンジン周りに使用するのは今回が初めてだが、外壁にもふんだんに使用した。そして隔壁を初め完全にトリプル・テンでシールドした。


「完璧だ」


「もう動くのね。でも試運転は禁止よ」


 イリのキツい発言にノロが笑う。


「そんな暇はない。ぶっつけ本番だ。行くぞ! 」


 中央コンピュータの声が返ってくる。


「次元エンジン作動開始」


 なんとも言えない振動が艦橋に伝わる。造船所のドックからブラックシャークマークⅡ がゆっくりと上昇する。五次元の技術者たちが心なしか手を振っているように見える。もちろんそれは五次元流なのだが。


 しかし、途中で高度が上がらなくなる。


「ヒューン、ヒューン… … プッスン」


「なんだ? 」


「次元エンジンの出力が落ちました… … ああ、停止した」

 

[475]

 

 

 中央コンピュータの悲痛な声が響くとホーリーが叫ぶ。


「墜落するかも! 」


「心配するな! 」


 ノロが一喝するとふたりのやり取りを冷静に聞いていた三太夫が四貫目に尋ねる。


「あの重いトリプル・テンを随所に使っているのだろ? 」


「大丈夫でございまする。確かにトリプル・テンは非常に重い物質ですが、使い方、つまり薄く延ばして使用すれば重力に反して作用しまする」


「浮遊の術が使えることになるのか」


 三太夫が得心する。


「原因を特定しろ! 」


 ノロが天井に向かって指示する。


「やっています」


「この場を凌げばお前を正規の中央コンピュータに採用する」


「頑張ります」


 このときノロの惑星の中央コンピュータから緊急連絡が入る。


「総数五十五隻のヒトデ型戦闘艦が接近中! 」

 

[476]

 

 

* * *


 ヒトデ型戦闘艦がノロの惑星の大気圏内で停止するブラックシャークマークⅡ に突進する。


「数は知れている。迎撃する」


「ダメです。エンジンが回復しないと主砲はおろか多次元エコーも使えません」


「そ、そうだった」


 しかし、ノロはすぐさま次の手を打つ。


「透明化しろ」


「了解! 」


 しばらくするとマークⅡ はその姿を隠す。しかし、三太夫がノロに進言する。


「時間稼ぎしかできぬぞ」


「ヒトデ型戦闘艦の攻撃が始まりました! 」


 悲痛な中央コンピュータの声を無視してノロが三太夫に反論する。


「ヒトデ型戦闘艦の攻撃を受けてもマークⅡ はビクともしない。それにこちらの姿は見えない」


「違う! 」


 三太夫がノロの頭ごなしに訴える。


「粘着光線でこの船を可視化する戦術がある」


 すぐさまノロが理解する。べったりとした粘着光線が透明化したマークⅡ に付着して醜い姿があらわになると相手の集中攻撃に耐えうるかどうか。

 

[477]

 

 

「それに参謀長を捕虜にした。大総統も必死のはずだ」


 マークⅡ が大きく揺れる。粘着光線が次々と命中しているのだ。


* * *


 ノロの惑星で五次元の生命体が協議を重ねる。


「我々の不手際でブラックシャークマークⅡ が危機に陥っている。なんとかしなければ」


「どこで間違ったんだ? 」


「キチンと修理したはずなのに」


「そんなことは後で考えろ」


「しかし、我々は戦闘にかけては素人だ」


「三太夫と連絡は取れないのか」


 五次元の生命体、つまり科学者や技術者が討論するがまとまらない。取り敢えず身を寄せ合ってヒトデ型戦闘艦を構成するのが精一杯だった。


 初めは不穏な動きがあると連絡したノロの惑星の中央コンピュータが脚色を交えずにノロに報告する。艦橋でつぶさにこの報告を聞いた三太夫が嘆願する。


「ノロの惑星に戻る」

 

[478]

 

 

 ノロが三太夫の言葉を咀嚼しながら四貫目を見つめる。


「報告にあったように彼らは自責の念にかられている」


「わしが指揮を執る。それに大総統の戦術は手に取るように分かる」


「三太夫に時空間移動装置を用意しろ」


「無用」


 ノロの目の前から三太夫の姿が消える。


* * *


「あれで隠れているつもりなのか」


 大総統が高笑いする。目の前の次元モニターに粘着光線が付着したブラックシャークマークⅡ がはっきりと見える。


「ダイヤモンド流動弾発射準備完了! 」


「これは七次元軍が開発した宇宙最強の武器だ。普通のダイヤモンドではない。ブラックホールで生成された超硬化ダイヤモンドだ。ビートルタンクの装甲さえもいとも簡単に貫くことができる」


 歴戦の老兵が相好を崩す。


「すごい。これで二次元エコーに悩まされなくて済む」

 

[479]

 

 

「そのとおりだ。ビートルタンクやマークⅡ の装甲など、たかが知れている」


― ― ふふふ。裏切り者の三太夫もろともマークⅡ を葬ってやる


「発射! 」


 先がとがった七色のダイヤモンド流動弾が次々とマークⅡ に向かう。


* * *


「なんだ。あれは? 」


 七色の不気味な塊の集団を見つめながら広大が青ざめる。


「もしかしてダイヤモンド流動弾? 」


「ダイヤモンド流動弾? 」


「七次元軍が開発した最新兵器です」


「そんなもので攻撃してもトリプル・テンに覆われたブラックシャークマークⅡ には効き目はない」


「情報が正しければ七次元軍はブラックホールを使って通常のダイヤモンドを遙かに超える超硬化ダイヤモンドの開発に成功したようです。トリプル・テンで防げるかどうか… … 」


 ノロが青ざめる。


「エンジンの復旧は? 」

 

[480]

 

 

 中央コンピュータの報告は別だった。


「ノロの惑星から多数のヒトデ型戦闘艦がダイヤモンド流動弾に向かっています! 」


 三太夫率いるヒトデ型戦闘艦は素人集団とは言え統率力が取れている。


「ダイヤモンド流動弾に向けて粘着光線を発射! 」


 粘着光線は五次元の生命体の意思が込められた不思議な光線だ。その光線がマークⅡ のそばを通り抜けてダイヤモンド流動弾に向かう。そしてぶつかると散乱するが一部がダイヤモンド流動弾に付着する。ダイヤモンド流動弾とマークⅡ の距離がドンドン詰まってくる。


「間に合わぬか? 」


 三太夫が必死で命令を連発すると五次元の科学者が高揚した声を上げる。


「こんな経験は初めてだ。ブラックシャークマークⅡ を守るんだ」


 すると他の科学者からも次々と歓声が上がる。三太夫は手応えを感じながら激命する。


「感情に流されるな! 命令されたことをひとつひとつ確実に実行せよ! 」


「了解! 」


 連続発射された粘着光線の付着量が増加するにつれ七色のダイヤモンド流動弾はグレーバイオレットに変色する。つまり粘着光線に包み込まれてしまう。後から発射された粘着光線の大部分がダイヤモンド流動弾を覆い尽くしたのだ。


「突っ込め! 」

 

[481]

 

 

 三太夫率いるヒトデ型戦闘艦がマークⅡ のそばを通過してダイヤモンド流動弾を受け止めると包み込もうとする。しかし、輝きが消え失せグレーバイオレットになってもダイヤモンド流動弾は難なくヒトデ型戦闘艦を突き抜けてブラックシャークマークⅡ に向かう。


 だが突き抜けたとはいえその突進する速度は落ちる。逸れたものもあるが大半がマークⅡ に命中する。


* * *


 ブラックシャークマークⅡ が激しく揺れる。


「火災発生! 」


 悲痛な中央コンピュータの声が響き渡る。


「やられたわけじゃない! 」


 ノロが大声を上げる。


「自動消火装置作動」


「被害を報告しろ! 」


「意外と軽微です」


 そのとき三太夫から四貫目に無言通信が入る。


{ 修理部隊を次元移動させる。受入体勢を}

 

[482]

 

 

 四貫目がすぐさまノロに伝える。


「中央コンピュータ! 五次元の生命体の受入を! 」


「了解」


 ノロが三太夫に無言通信を試みる。


{ 三太夫のお陰で何とか凌いでいる。だがエンジンは停止したままだ}
{ 分かっている。修理にミスがあったようだ。五次元の科学者や技術者にもう一度修理させるしかない}
{ ミスの原因は? }
{ 不明だ。だが彼らにもプライドがある。なんとかするはずだ}
{ 分かった}


 三太夫が一方的にノロとの無言通信を断つ。そして四貫目に無言通信を送る。盗聴されない一対一の通信しかできない。


{ 頭領}
{ 敵が次のダイヤモンド流動弾を発射する前に攻撃する}
{ 聞けば頭領率いるヒトデ型戦闘艦を構成するのは戦闘員ではなく科学者。にわかにヒトデ型戦闘艦を形成しても負傷者とはいえ職業戦闘員が構成するヒトデ型戦闘艦との戦いになりまする。勝ち目はないのでは}

 

[483]

 

 

{ 戦意が違う。それに彼らはマークⅡ を完璧に修理できなかったことのエラーを取り返したい
気持ちで一杯だ}
{ 果たして高揚した気持ちでこの戦いに勝てるか疑問でございまする}
{ なんとかする。白兵戦に持ち込んでも勝利する}
{ それならば、それがしも力になりまする}
{ お前はマークⅡ に残れ。ノロのこと、くれぐれも頼む}


 無言通信が切れるとノロはまるで盗み聞きしたように四貫目の手を握る。


「ここは三太夫に任せよう」


 四貫目が無言で応える。


「それにマークⅡ はドッグに戻ろうにも戻れない。空中に浮かんだままで修復しなければならない。しかもここは三次元の世界。時間を稼げない世界なのだ。今、時間を稼げるのは三太夫しかいない」


「分かり申した」


 奥歯をかみしめるように四貫目が声を出す。ここでこれまで始終の出来事をやっとデータ化したR v 2 6 がノロの肩を叩く。


「何とかなるさ」


 ノロが驚いてR v 2 6 を見上げる。

 

[484]

 

 

「それはオレのセリフだ」


 しかし、ニーッと口を広げたのはR v 2 6 だ。それまで黙っていたイリが大きな声を上げる。


「何をメソメソしているの。五次元の科学者や技術者がエンジンルームでノロを待っているわ。この船はあなたの船よ」


 R v 2 6 がノロを抱き上げる。


「エンジンルームへ! 」


 R v 2 6 が全速力で走り出す。

 

[485]

 

 

[486]