第五章 事前説明と事後報告

(散々待たせて解散は待ったなし)


「首相は分かり易くていねいに説明すると言っているけど、頭が悪いせいか、首相や政府の言っていることよく分からないなあ」


 田中さんが疑問を呈する。


「まだマシじゃ。昔はもっとひどかった。例えばこんなことがあった」


 するとテレビの電源が入って微笑む山本さんが現れる。


「例えばこんなことかしら」


 沖縄に核ミサイルが配備される映像が現れて、そのときのアメリカ軍の文書そのものがテレビの下から出てくる。


「すごい!このテレビはファックスのように文書まで出すことができるのか」


「このテレビがアップグレードされました。もちろんアップグレード料金は無料ですから安心してください」


 すかさず大家さんが注文する。


「できれば翻訳した文書であればありがたいのじゃが」

 

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「失礼しました」


「なんだ。これは!」


 ふたりは文書を読むのに集中して映像を見ていない。それほどこの文書の内容が強烈だった。


「日本では文書を作成しないばかりか、作成してもすぐに自動消却されるのにアメリカでは何十年も保存しているとは!」


「驚かれるのは無理もありませんが、日本には昔から古文書と言って記録文書がかなり残っています。アメリカ人はそのことに気付いて日本の真似をしただけです。もちろん最近の日本政府の文書の扱い方の真似はしていませんが」


「いいところを真似するのが日本の得意技だったのに」


 さてその文書には沖縄に核ミサイル配備する際の日本政府とのやり取りが書かれていた。要約すると次のとおりだ。


***


 アメリカ側が核ミサイル配備の事前説明をしようとしたが、日本政府の外相がそれを拒否した。そんなことをすれば反対運動が起こってどうしようもなくなるからだ。あとで分かっても「済んだことは仕方ないか」と諦めるのが日本人なので事前説明はやめてくれと要求した。確かに後で分かっても日本人のみならず、人間誰でも諦めムードになるのは目に見えてはいるが、政府への信頼はがた落ちになる。しかし、この外相、そして日本政府は事前説明を拒否した。

 

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***


「こんなことを繰り返すから政府の信用は地に落ちたのじゃ」


「最近は政府より詐欺師の方が信用されてますね」


「いくら何でも、それはないじゃろ」


「でも振り込め詐欺がどんどん増えていますよ」


「成程」


 山本さんが同調するとていねいで分かり易い解説が始まる。


「ウソを言ったり隠したりすると信用を失うのは当然ですが、やがて国民は政府の思ったように行動しなくなります。予想外の国民の反応に政府は自分たちの思い描いた方向に誘導するために様々な政策を打ち立てます。そうしないと国民から見て政府が仕事をしていないように見えるからです。ところが政府は弱い国民のためではなく強い国民、と言うよりは財界のような経済力や影響力のある団体と手を結びます。そして先ほどのような事件のような不祥事があっても口出しできないようにします。このようなことが続くとやがて政府主導の岩盤が至る所にできるのです」


「岩盤、岩盤と言うけれど、巨大な岩盤を造ってきたのは政府なのか!」


 田中さんが興奮する。


「自分が作った岩盤を本気になって穴を開けると思いますか?」

 

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 大家さんが冷静に応じる。


「かつて大泉純太郎が『我が党をぶっ潰しでも日本を再生する」と言って国民の拍手喝采を得て首相になった。岩盤とは言わなかったが、今の首相の安倍川餅造が言っていることは大泉首相の真似をして政権浮揚をしているだけだというのじゃな」


「そうです。安倍川首相は当時大泉首相の官房長官でした。大泉のやり方をつぶさに見ていたはずです。『我が党をぶっ潰す』というセリフがどれだけ国民の支持を集めたのか。彼はよく理解したはずです。『岩盤に穴を開けて経済を活性化させる』。表現は違いますが、打ち上げた花火は同じです」


 テレビに超大型の花火の映像が現れる。美しいがどれも同じに見える。スピーカーから聞こえる大音響も同じだ。一年に一回だけ打ち上げられるから見とれるし感動する。小さな花火もそれなりに美しいが、それは脇役で大きな花火のもり立て役に過ぎない。


「教育のために安く土地を売るようにしたり、新設の学部をある大学に認めようとしたりするけれど、小さな打ち上げ花火ですね」


 田中さんがため息をつくと大家さんが引き継ぐ。


「今の政府に大きな花火を打ち上げる力はない。だから小さい花火を花火師に頼み込んで打ち上げる。しかもその花火師は友人ばかりじゃ」


「成程と言いたいけれど、大きな花火というのはどんな花火なんですか」

 

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「バカもん!大きな花火は一杯あるぞ」


「えー?」


 大家さんに代わってテレビの中の山本さんが解説する。


「そのとおり、外交を除いてもいくらでもあります。年金問題。原子力発電所問題。被災地問題。健康保険問題。医療問題。財政赤字問題。教育問題。所有者が不明な土地問題など……巨大な岩盤はいくつもあります。与党の幹事長が『小さなことより大きなことを』と言っていますが、大きなことにはまったくと言っていいほど手をつけていません。例えば働き方を変えると言っていますが、根本的に過労死問題を解決しようとはしていません。まず大臣や政府高官が過労で死んだなんて聞いたことがありません。ゴルフや料亭やパーティーで適当に疲れを癒やしているように見えます」


「遊んでいるのではなくゴルフも宴会も仕事だと弁解するかも知れんが、もしそれが仕事なら、もっと他にすることがあるんじゃなかろうか」


 大家さんがダメ押しする。


「過労で特にひどいのは勤務医師です。月の残業時間が三百時間という実態があります。一日当たり十時間も残業するのですよ。一日八時間、週休二日が基本ですが、平日は十八時間、休日は十時間働くのです。勤務医師同士が結婚しても夫婦が顔を合わすことはありません。ふたりが一緒にいたのは結婚式の時だけで次の日からは一緒に家にいたことがないという信じられない生活が始まるのです」

 

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「そんなに忙しいと言うことは医者の数が足りないからか」


 この田中さんの発言に大家さんが怒り狂う。


「休日の夜に急に体調がおかしくなって救急車を呼んでも治療してくれる病院はないのじゃ。どこへ行っても拒否されてたらい回しじゃ!」


「そのとおりです。以前から言われていますが、改善にはほど遠いのが現状です。国民から見ればこれこそが硬い巨大な岩盤です。もちろん獣医学部を増やすことも重要ですが、それは小さな岩盤に微々たる穴を開けようとする程度です。分厚くて固い岩盤を開けるためにと首相は言ってますがシラケます。ましてや相手は一緒にゴルフコースを回るお友達。日本の輝かしい未来のために大きな花火を打ち上げるのなら、首相がやっていることは線香花火のようなちっぽけなものです」


「ちっぽけでも線香花火は美しい。じゃが首相の線香花火はも感激を与えるどころか国民をバカにしている!」


「要は政策に心がこもっていないと言うことか」


 田中さんが諦めモードに入ると大家さんがますます興奮する。


「仏造って魂入れずと言うが、仏も造らずに言い訳ばかりしておる!」


 ここで山本さんが緊急ニュースを伝える。

 

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「首相は秋の臨時国会冒頭で衆議院を解散するようです……」


「何だと!」


 山本さんのニュースを無視して大家さんが続ける。


「なんたる卑怯なやり方じゃ。小さな岩盤の穴開け作業の説明を回避するために国会冒頭で大岩盤に立ち向かうというような絶対できないことを大義名分にするのじゃろう。多少議席が減ったところで過半数は維持できると踏んでのことじゃ。そうなれば小さな岩盤穴開け作業の件について国民は問題にしなかったと勝手な解釈をしてシャーシャーとつまらない小さな岩盤穴開け作戦を実行しようとするのじゃ」


 田中さんは大家さんの言いたいことを認めるが、疑問が残る。


「今の首相以外に大きな岩盤をぶっ壊す党や国会議員はいるのでしょうか?」


「うっ!いないなあ」


「それに北朝鮮の暴走から日本を守れるまともな政治家はいますか」


「小さな岩盤潰しも友だち頼みじゃ。巨大岩盤ですら破壊する北朝鮮のミサイル攻撃を防ぐのはまず困難じゃろう」


「今回の解散にきちっとした事前説明はないだろうなあ」


 ここでふたりがまったくニュースを聞いてくれないことに気付いた山本さんが口を挟む。


「選挙結果がすべてです。棄権が多くても過半数を維持できれば立派な事後報告ができます」

 

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「そして国民は仕方がないかと諦める」


「今の政権党にしてみれば『してやったり』じゃ」


「本当に国民のために頑張る政治家なんているんでしょうか?」


「長年官僚に牛耳られた政治こそが巨大岩盤じゃ」


 田中さんが弱々しく「成程」と呟くと大家さんが倒れる。


***


「済まん。年甲斐もなく興奮しすぎたのう」


「誰だって腹が立ちますよ」


「本当に大丈夫ですか」


 山本さんがテレビの中から冷えたタオルを大家さんの額に当てる。興奮させた原因が自分にあると思ったのか、大家さんと田中さんに頭を下げる。


「少し休んでいいですか」


「山本さんも働き過ぎです。過労死されたら困ります。少し休憩した方が……」


「ありがとう。そうするわ」


 山本さんの姿がフッと消える。しかし、画面はそのままでニュースが流れる。


「福祉施設で知的障害者に暴行がありました。被害者は入所者の若い男性で身体に無数の打撲傷があり、施設からの通報で病院に搬送されましたが、死亡が確認されたとのことです。警察が原因を調査中……」

 

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 これを見て田中さんがため息をつく。


「何とかしなければならない岩盤がここにもある」


「……この福祉施設の理事長は施設内で暴行があればゆゆしきことなので捜査に全面的に協力するとともに、職員ひとりひとりに聞き取りするという談話を……」


「可哀想にのう」


「そうですね。知的障害者はひとりで生活できない。社会全体がカバーしなければならないのに隔離されているような感じがする」


「隔離されているから、施設内で何が起こっているのかわからんのじゃ。ゴホ、ゴホッ」


 咳き込みながらも起き上がろうとする大家さんを田中さんが支える。


「大丈夫じゃ。喉が渇いた」


 大家さんを椅子に座らせると田中さんは冷蔵庫から冷えたペットボトルを取り題してコップに水を捧ぐ。


「ゆっくりと少しずつ飲んでください」


 一滴も残さずに飲み終えるとコップをじっと見つめる大家さんがふと漏らす。


「今思ったのじゃが、本当の知的障害者は政府内にいるのではと思うんじゃが」


 田中さんが驚くが言葉にしない。沈黙が続くとテレビのなかではいつの間にか山本さんが知的障害者の雇用について解説している。

 

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「……企業規模にもよりますが知的障害者を全従業員の何パーセント以上雇用しないとその企業名を公表すると半ば政府は脅迫気味に強要しています」


 ここでやっと田中さんが反応するがやはり言葉にしない。やがて田中さんが大声で笑い出す。大家さんが不思議そうに田中さんを見つめるとテレビの中の山本さんも解説を中止する。


「なぜ知的障害者の雇用を企業に強要するのか?今よく分かりました」


 大家さんも山本さんも首を傾げる。


「確かに大家さんの言うとおり、政府が手厚く知的障害者を雇っています」


「わしは政府内に知的障害者がいるのではと言っただけ……」


 そう言いながら大家さんも笑う。怪訝な表情をする山本さんに田中さんが言い放つ。


「だって事前説明と事後報告をキチンとしないで政治をするなんてまさしく首相も大臣も高官も国民から見ればみんな知的障害者にしか見えない。これじゃしがらみのない国民は投票所に足を運ばないじゃないですか」


 山本さんがそんな田中さんに釘を刺す。


「棄権は権利放棄です。でも確かに投票したい立候補者はほとんどいないことも事実です」


「そうだ!最大の岩盤は選挙制度!」


「選挙改革すると言うが散々待たせたあげく、改革せずに解散を待ったなしにするとは」

 

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 三人が同時に声を上げる。
「成程!」

 

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