第十四章 放射性物質


* サブマリン八〇八*

「チェンからの連絡はないのか?全くこの船は不便だ」


 あまり文句を言うことがない鈴木が嘆く。


「ノロ、私をロープで縛って吊り下げて。チェンに携帯で連絡を取ってみるわ」


 イリの言葉にノロが驚いて目を見張る。


「なるほど!そんな手があったんだ。なぜ思いつかなかったんだろう」


 ノロを制して鈴木が軍用携帯を取り出す。


「ぶら下がるのは私がする。イリはチェンの携帯の番号を知らないだろうし」


「よかった。よかった。イリ様にそんなはしたない格好をさせるわけにはいきません」


 長老が胸をなで下ろすとノロが鈴木を制する。


「別にぶら下がらなくてもシュノーケルか潜望鏡によじ登ればいいんだ」


 すぐ準備が始まる。鈴木がセイルに出てシュノーケルによじ登ると、窮屈そうに携帯を操作する。


「チェン!聞こえるか?」


 しばらくすると声が返ってくる。


[203]

 

 

「鈴木か。大変なことが起こりそうだ!グレーデッドの手に落ちた一部のアメリカ陸軍の大戦車部隊を、よりによって鈴木と共同提案して造った九州沖の橋頭堡に上陸させようとしている」


「アメリカが中国を侵略するように見えるな」


「幸いなことに中国はアメリカそのものが中国を攻めようとしているのではなく、グレーデッドに洗脳されたアメリカ軍が暴動しているものと理解している」


「中国も大人になったということか」


「いや、そんな楽観的な話ではない。やはりグレーデッドに洗脳された中国人民軍がその上陸を支援しようとしている」


「えっ!もし、そうなら、大変なことになる。チェン、サブマリン八〇八に来てくれ」


「分かった。なんとかする」

* * *

 セイルから司令所に戻ってきた鈴木の報告を受けるとノロが艦長に提案する。


「チェンはもちろんのこと、俺たち、国連や各国政府に常時連絡が取れるようにしなければ」


「寒さに強い水兵をシュノーケルに縛り付けるしかない」


「その水兵とはどうやって連絡を取るのだ?」


「糸電話だ」


[204]

 

 

「こんなときに、よくそんな冗談が言えるな」


「冗談ではない。甲板の彗星を使う。彗星を縛り付けているロープの芯は銅線だ」


「何を考えている」


「彗星の無線機で外部と通信する。コイルのように巻き付けた銅線で彗星の無線機に俺たちの情報を発信してやれば、彗星の無線機が電波を発信してくれる。つまり水兵の役割を彗星が、糸電話の役割をロープが担当する」


「すごいわ。ノロ」


「イリのアイデアを拝借した。しかも本艦は透明で見えない。しかし、彗星は見える」


「ということは、まるで彗星が飛行しているように見えるんだわ」


「そのとおり。彗星はマッハ2や3でブンブン飛ぶんだ」


「想像するだけでもワクワクするわ」


「その彗星に敵機がミサイルを発射すれば……」


「本艦の操舵士なら簡単に避けることができる」


 操舵士が頷くと大きな声で応える。


「任せてください。それにそんな戦闘機には体当たりして地獄に落とします」


「おもしろくなってきたわ」


「イリ様。はしたないですぞ」


[205]

 

 

「長老は何でもかんでも『はしたない』しか言えないの」


「それでは彗星を使って全世界にグレーデッドの陰謀を伝えよう」


「分かった。これまでのことや今後のこと、全世界に向けて発信する」

 

* グレーデッド*

「あんな蚊とんぼ一機を撃墜できんのか」


「ジェット戦闘機より速いのです」


「核ミサイルを使え」


「日本の航空自衛隊の護衛もあって水上機に近寄れません」


「だから、核ミサイルを使うんだ。命中しなくても目標物に近づいたら自爆させろ」


「実行します。核ミサイルを搭載した戦闘機に攻撃命令を下します」

 

* サブマリン八〇八*

「思ったとおりだ。核ミサイル攻撃を仕掛けてくるぞ!自衛隊にこれから始まる戦闘状況を録画して各国に流すように伝えてくれ」


「ここで核ミサイルが爆発すれば日本や韓国が放射線に汚染されるぞ」


「爆発はさせない。核ミサイルを捕獲する」


「どうやって」


「トリプル・テンを使う。魚雷長!」


[206]

 

 

「こちら魚雷発射管室」


「よく聞け。爆薬を抜いてトリプル・テンを魚雷に詰めろ」


「はい」


「信管に受信機を取り付けろ」


「彗星からリモートコントロールで魚雷を爆発させるのですか」


「そうだ」

 

* グレーデッド*

「水上機が猛スピードで向かってきます」


「しくじるな。ワンチャンスだ」


 グレーデッドの戦闘機が機首を彗星に向ける。


「任せてください」


「待て。提督から通信が入った」


「提督だ」


「ニコノです」


「そのまま戦闘機を体当たりさせろ!」


「!」

 

* サブマリン八〇八*

 

[207]

 

 

「!」


「上昇!」


 全員、床に押しつけられるようなショックを受ける。


「急速上昇を続けろ」


「ふー。危機一髪だった」


「体当たりするつもりだったんだ」

 

* グレーデッド*

「司令官!急上昇して本機を避けました。追跡できません!水上機がロケットのように宇宙に飛び出しました」


「核ミサイルで片付けろ」


「無理です。ミサイルはロケットではありません。大気圏外には届きません」


「くそー」

 

「何かが本機に向かってきます。魚雷?まさか」


 核ミサイルを搭載した戦闘機の目の前でサブマリン八〇八が発射した魚雷が爆発する。真っ黒な粉のようなものが戦闘機を包み込む。


「自爆しろ!自爆だ」


「なぜ!なぜ自爆しなければならないのですか」


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「命令だ。自爆しろ」


「真っ暗になりました。何も見えません。わあ!押し潰されます。く、苦しい……」

 

* サブマリン八〇八*

「トリプル・テンが完全に戦闘機を包み込みました」


「なんとか、踏ん張れた」


「あの戦闘機の交信先を特定しろ」


「本艦と全世界との通信はグレーデッドも傍受しているはずだ。即刻グレーデッドの命令の発信元を攻撃する」


「待ってください。今、緊急ニュースが入りました。中国の総書記長が人民解放軍に拘束されたようです」


「なんだと!グレーデッドも必死だ。チェンはこちらに向かっているのか!」


「分かりません。中国に向かったのかも」


「中国の核兵器が彼らの手に渡らないうちになんとかしなければ」


「魚雷長!すべての魚雷にトリプル・テンを充填しろ」


「彗星を切り離さないと危険だ。彗星を目標に再度核ミサイルで攻撃してくるはずだ」


「切り離せば通信できなくなる」


「空中戦はプロに任せるとして、日本と中国が協力して造った港湾設備を破壊しよう。グレー


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デッドの上陸を阻止するんだ」


「分かった。しかし、その方法は?」


「港湾設備は浮体工法で建造されている。だから押し潰し作戦は通用しない」


「確かに。浮いているモノを押し潰すことは不可能だ」


 ノロは目を閉じて考えこむ。

 

* グレーデッド*

「水上機を抱えた潜水艦がここから北東約五〇〇キロを移動中」


 やっとグレーデッドの提督が彗星とサブマリン八〇八が一体化していることに気が付く。


「今度こそ、撃破しろ。あの水上機を載せた空飛ぶ潜水艦を破壊するのだ」


「なぜ水上機を積んだまま移動してるんだ。ステルス機能を持っているのに。頭隠して尻隠さずだ」


「核ミサイルを搭載した戦闘機、五機用意しろ」


「例の潜水艦とユーロ空軍や日本の航空自衛隊と交信しています」


「盗聴しろ」


「我々の攻撃を予測しています」


「それで」


「我々が占領した港を奪回する。アメリカ空軍や航空自衛隊の応援は不要だと自重を促してい


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ます」


「大した自信だな。攻撃開始!」


「しかし、折角手に入れた港湾設備も破壊されてしまいます」


「構わん。攻撃開始」


「分かりました」


「空飛ぶ潜水艦を葬れ」

 

* サブマリン八〇八*

「これじゃ、まるでご自由にミサイルを発射してくださいとお願いしているようなもんだ」


「このまま、速度を上げて港に向かえ」


「敵も速度を上げます」


「ショックに備えろ」


「ミサイルが向かってきます」


「何発?」


「一発です」


「更に加速!」


「二発目が発射されました」


「更に加速」


[211]

 

 

「三発目が」


「焦っているな」


「後方でキノコ雲発生!」


「日本政府に緊急通信!」


「通信準備完了」


「巨大地震の発生に警戒。震源地は旧南海沖。今は陸地になっているから津波の心配はない」


「別のキノコ雲が発生!」


「慌てるな!想定内だ」


「グレーデッドの通信を傍受!」


「港湾設備が核爆発と地震で壊滅的な被害を受けた模様!」


「核ミサイル攻撃中止の命令を出しています」


「みっつめのキノコ雲が!」


「グレーデッドの潜水空母や地上軍、それに人民解放軍に多大な被害発生」


 ノロが鈴木にマイクを渡す。


「自衛隊に進軍を指示するんだ。放射能汚染の心配はないと。ただし地震に対する備えを重ねて伝えろ」


「なんだ!あれは」


[212]

 

 

 核ミサイルが命中したところから霧のように水が噴き出してまるでキノコ雲と合体して巨大な積乱雲のような噴水が形成される。


「放射性物質が拡散するぞ!」


「ひとつ目のキノコ雲の上空へ急げ。前部、後部すべての魚雷発射管開け!」
「上空に達しました」


「前部発射管、一番、二番、三番発射!次のキノコ雲へ移動しろ」


「到達次第、四番、五番、六番発射」


 キノコ雲の天辺で魚雷が次々と爆発すると黒い雲が発生する。


「トリプル・テンのモード④が放射線を吸収する」


「残りひとつだ。後部発射管準備はいいか」


「三番目のキノコ雲の上空に到着!」


「全魚雷発射」


「放射線は?」


「急速に低下」


「すごい!」


「プレートとプレートがぶつかっているところに核ミサイルをぶち込ませて地震を起こして、敵の手に渡った港湾設備を壊滅させた。すごい作戦だ!」


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「チェン。今起こったことを国連に伝えてくれ。イリ!タクラマカン湖に行くぞ。水、食料、薬、その他諸々の補給が必要だ。協力してくれ」


「わかったわ」


 鈴木がノロに近づく。


「私は航空自衛隊からジェット機を拝借して国連に戻りたい」


「どこに降ろせばいい?」


「沖縄の嘉手納基地に」


「スミスさんはどうします?」


「私は皆さんと一緒に行動します。彗星でアメリカまで戻るのは不可能です」

 

* グレーデッド*

「提督。手ぶらでよく戻ってきたな」


「総統、お許しを。でも土産はあります」


 総統が何も持っていない提督を睨み付ける。


「提督を拘束しろ」


「まっ、待ってください。これを!」


 慌てて提督はポケットから小さなビンを取り出す。


「なんだ、それは」


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「トリプル・テンです」


「本当か。トリプル・テンは存在するのか」


「サブマリン八〇八。あの潜水艦がすべてを物語っています」


「提督。失態をカバーする手柄だ。報告の時間を与える」


「ありがたき御言葉。総統はスミスという人間をご存知ですか」


「古くて珍しい兵器を集めるのが趣味の金持ちだろう」


「よくご存知で。彼はメキシコ湾でのトリプル・テンの回収作戦のスポンサーです」


 そのあと、提督が詳しく報告を始めると総統は言葉を挟むことなくじっと聞き入る。

 

* 国連*

 鈴木がグレーデッドに殺害されて激減した各国連大使にサブマリン八〇八のメキシコ湾でのトリプル・テン回収に始まるこれまでの経緯を詳しく報告した直後、事務総長宛に脅迫メールが送られてきた。


「何だと!主要都市に核ミサイルを撃ちこむんだと」


「アメリカ、ロシア、中国はまだ自国軍の統制が完全ではない」


「イギリス、フランス、ドイツを中心としたユーロ軍、それに日本の自衛隊は結束していて士気が高い」
「しかし、完璧に核ミサイルを迎撃できるかは疑問だ」


[215]

 

 

「グレーデッドの秘密基地を探しださなければ」


「時間がない」


「彼らの要求はサブマリン八〇八の投降だ。サブマリン八〇八を説得しよう」


「サブマリン八〇八がグレーデッドの手に渡れば、それこそ全世界は彼らの奴隷になる」


「元はと言えば、サブマリン八〇八が全世界を混乱に陥れた。彼らにはその責任がある」


「そうだろうか。トリプル・テンをもっと回収してトリプル・テンのモード④、つまり強力なゼオライト機能を使えば原子力に頼らない世界を構築できるかもしれない。今あるすべての核兵器や核設備を廃絶できる」


「今回のグレーデッドの行動を詳しく分析した結論を披露したい」


 鈴木が国連議会に提案する。


「海面が一気に低下してグレーデッドが誇る潜水艦隊が機能しなくなった。潜水艦にとって隠れる場所が大幅に減少したからだ。同じように各国の海軍も機能しなくなった。陸地が増えたのでにわかに陸軍が台頭した。もちろん空軍もそれまで以上に活動の場を広げた。しかしながら、海面の異常低下で各国は手を結んで一丸となってこの環境激変に対処しなければ生き残ることが困難になった。国家同士の争いが無意味となったことで軍隊はその存在意義を失った。そこを突いてグレーデッドが復活した。過激な思想を持つ各国の軍人を洗脳してグレーデッドの手先とした。さすがに国境を越えて結束したユーロ国家のヨーロッパ諸国の軍人はほとんど


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洗脳されなかった。しかし、多民族国家のアメリカやロシヤの軍人の中にはグレーデッドの思想に同調する者が多く、元々不満分子が多かった中国の人民解放軍はいとも簡単にグレーデッドに洗脳されてしまった。もちろん健全な軍人の方が遙かに多かったが、過激な軍人たちの行動は素速かった。一時的だったがグレーデッドの息がかかった軍人にアメリカ、ロシヤ軍の一部が支配された。この危機をサブマリン八〇八がなんとか防いだのだ。しかし、今後内陸部から溢れ出した水によって海面上昇が始まるとグレーデッドは従来の潜水艦による攻撃を再開するはずだ。彼らの秘密基地は一カ所ではない。海底で攻撃の機会を狙っている数十隻、いや数
百隻の潜水艦のひとつひとつが秘密基地だ。彼らの核ミサイルが狙っているのは主要都市だけではない。原子力発電所もその目標になっているはずだ」


 ここで鋭い反論が鈴木に向かう。


「放射性物質で汚染された地球に何の魅力があるのだ。彼らも人間だ」


 鈴木はその質問に驚くことなく、しかし、一旦深く息を吸う。


「今までグレーデッドの兵士を捕虜にしたことはありましたか」


 会場が沈黙すると今質問した国連大使と鈴木を交互に見つめる。


「ありません」
「でも、人間だろ?それとも人間じゃないとでも言いたいのか」
「そうです。彼らと接触した人間はすべて被爆しました。これは先ほど分かったことです。銃


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で殺された大使もいますが、被爆で死んだ大使の方が多いのです。現に事務総長も生命に危険を及ぼす一歩手前の被爆を受けました」


 会場が沈黙する。そのときドアが開いて防護服に身を包んだ国連の職員が入ってくる。


「放射性物質の中和剤を散布します」


 黒い霧が議場を包む。


「なんだ!これは」


「トリプル・テンの粉末です」


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