48 六カ国協議


「あの原子力発電を推進しているフランスが協議に応じるなんて!」


 田中が叫ぶとテレビ画面にフランス大統領のダレモオランゾが現れる。


「ドイツが太陽光発電などの自然エネルギーを国内に普及させるまで不足分を補うため、我が国の原子力発電所で発電した電力を供給してきました。今度は我が国が自然エネルギーの普及完了したドイツから電力支援を受けます」


 山本がマイクを向ける。


「そのあと原発をどうするのですか」


「先輩ドイツの廃炉技術を教授していただきます」


 いつの間にかドイツのメリケン首相がダレモオランゾ大統領の横に立っている。


「我がドイツは日本の福島の原子力発電所の事故を教訓にそれまでの廃炉計画を加速させました。事故を起こしていない原子力発電所の廃炉作業は意外と簡単でした。一方、最高水準のエネルギー交換率を誇る日本の太陽光パネルを大量導入して自然エネルギー発電に変換しました。その間、電力の不足分をフランスの原子力発電所に頼りました」


 メリケン首相にダレモオランゾ大統領が笑顔で応える。


「今度はドイツに助けてもらう番です。しかし……」

 

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 ダレモオランゾ大統領が含みを持たせるとメリケン首相が微笑む。


「……太陽光パネルは使いません」


 ここでテレビを見ていた田中や大家が叫ぶ。


「えー!」


「国連の決議を実行に移します」


「フランスには大型打ち上げロケット、アリエンがあります。もちろんこのロケットはフランス、ドイツ、イギリスが中心となって開発したユーロのロケットですが、このアリエンで国連で決議されたエネルギーウエーブ作戦の一翼担うことにしました」


「この場にいませんがイギリスのヤメロン首相も国連決議に従ってエネルギーウエーブ作戦の協議に参加することに賛成です」


 山本が踏み込む。


「巨大な宇宙ステーションを建設してから太陽エネルギーを電磁波に変換して地球に送るんですね。本当に実現可能なんでしょうか」


「すでに基礎研究は完了しています」


 メリケン首相が胸を張る。すかさずダレモオランゾ大統領が追従する。


「この件については、ミス山本、あなたの方が詳しい」


 そしてメリケン首相が山本を厳しく見つめる。

 

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「あなたはいったい何者?」


「アメリカはスペースシャトルを復活させるそうだ」


 以前より大型化されたスペースシャトルの勇姿が画面に現れる。


「単なる復活じゃないわ。第二世代のスペースシャトルを建造すると明言しているわ」


 山本の声が映像のバックで流れる。


「ロシアも大型ロケット、ソーユーゾで参加を表明したぞ」


「まあ、アメリカとロシアの参加は当然としていち早く中国も参加を表明したのには驚いたな」


 田中と大家がテレビを見ながら話し合う。


「アメリカ、ロシア、中国、フランス、ドイツ、イギリスの六カ国がエネルギーウエーブ協議会を発足させて利害関係を乗り越えて協力しようとしているのに日本は何をしておるんじゃ」


「スピード感を持って政策を推し進めていくと言っているが、まるで三輪車で子供が走っているようなものですね」


「スピード感を持っているだけでは駄目だ。自ら走らなければ」


「なぜ走らないんだろ」

 

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 画面が変わると笑顔の山本がふたりに声をかける。


「廃炉にするどころか、電力料金が上がると企業が困るとか、国民が文句を言うとか、理屈をこねていますが、政治家はこれまでにいただいた献金が莫大なので電力会社に強いことが言えないのです。それに官僚の天下り先でもあります。この両者はこともあろうか事故を起こしたのに日本の原発技術は世界一だと宣伝までしています」


 ここで画面から山本が消えて阿倍野首相の中東原油産油国歴訪の場面に変わる。


「我が国は東北大震災にともない福島原発が水素爆発を起こして甚大なる被害を受けました。しかし、原発事故で死亡した者は一人もいません。ましてや被曝もありません」


 そのとき女性記者の叫び声が聞こえる。山本だ。


「福島原子力発電所の所長や所員が被曝で亡くなりました。このことを首相は無視されるのですか。それに原発事故の風評被害で自殺したり……」


 首相が割りこむ。


「無視などしておりません。大変なご苦労をかけたと認識しています。しかし、彼らは電力会社の社員です。いわゆる殉職でこれは関東電力の守備範囲です」


「まるで野球で打球を処理するのは選手で、エラーをしても監督の責任ではないというような弁解ですね」


「たとえ話は止めてください」

 

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 すかさず山本が突っこむ。


「たとえ話かどうかはこの国の人が決めることです。それとも私のインタビューが日本株式会社の営業妨害だとでも」


「だから、たとえ話は……」


 そのときアラブ産油国の報道関係者が口々に山本を支持しながら質問する。


「私たち報道関係者は国民にわかりやすく伝えなければならない使命を持っています。これは先進国の首脳から絶えず指導されています。もちろん日本政府からも」


 阿倍野首相が青ざめて言葉を失う。


「我々中東諸国は有り余る資金を保有しています。しかし、アメリカやロシヤ、それに最近は中国、昔はイギリスやフランスやドイツ、どこもこの中東諸国に介入してきました。日本はそのようなことはしていません。そこで我々は日本に『なるほど』と、思わず飛びつきたい提案を期待しているのです。その点について首相はどうお考えですか」


 首相が即答しないので記者たちは山本を見つめる。


「なぜ私に視線を向けるんですか」


 アラブの記者には砕けた者もいる。


「美人だから」


 阿倍野首相を除いて会場に笑い声が起こる。

 

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「ありがとうございます」


 そして山本は茶目っ気たっぷりに言葉を続ける。


「私、この仕事、やめます。女優になります。応援してください」


 一気に記者会見場が爆笑に包まれる。


「記者は真実を伝えるのが仕事です。予断を介入させてはなりません。つまり真実をねじ曲げて世論を誘導することは許されません。でも女優になればこう言えるかも知れないわ」


 この会見場にいるのはアラブの報道関係者だけではない。六カ国協議に参加する国々はもちろんのこと、他の国々の政府関係者もいる。日本の首相の考えを注目しているのだ。つまり高度な技術力を持つ日本の出方を探っているのだ。未だ日本は協議に参加する意思表示すら表明していない。それどころか中国を含む現在の六カ国協議に参加することに躊躇している。そのときある記者から衝撃的な言葉が発せられる。


「韓国が参加表明をしました」


 歓声が上がるとすべての視線が阿倍野首相に向けられる。


「いったん持ち帰って国民の総意を見極めて前向きに検討したいと思います」


 どこかの国の記者が驚いて挙手もせずに質問する。


「国民の意思を確認せずにこの時期になぜここへ来られたのですか」


「私が申しあげているのは六カ国協議に参加するのかという点について国民的議論がされてい

 

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ないということです」


 誰もがあ然として首相を見つめる。違う記者が大声を出す。


「我が社の日本支局の情報ではマスコミ各社が参加云々について連日メディアを通じて報道しているということですが、首相は新聞やテレビを見ないのですか」


「もちろん存じております。しかし……」


 山本が首相の言葉を遮る。


「それなら改めてお尋ねしますが、原子力発電所の設備、技術を中東諸国やインド、旧東欧諸国に輸出セールスをするために各国を歴訪するというのは国民的議論を経て、あるいは国民の総意を汲んでのことなのですか!」


 首相が思わず天を仰ぐ。


「すごい女優が誕生したぞ!」


 アラブの記者のひとりが叫ぶと居合わせた記者全員が山本に割れんばかりの拍手を送る。


「結局日本が参加表明して六カ国協議会が発足したな」


 田中が呟くとテレビの電源が切れる。


「人口の多い新興国が参加表明したが、ロケットの打ち上げ技術がない国は除外されたのう」


 質素な服の大家が息を吐きながら言葉を結ぶ。

 

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「でもロケット打ち上げ技術を持つ北朝鮮も参加表明したが拒否された」


「他にも技術を持った国があったが、断られたぞ」


「参加国が多くなると規格のすりあわせが大変なんだろうな」


「インドと中国については準参加国に格下げされた。インドの首相は素直に受け入れ、オブザーバー参加を歓迎したが、中国の首相は激怒した」


「それは表面上のことじゃないかなあ」

 

「?」


「アメリカ、ユーロ、それにロシアのロケットの規格はそれまでの宇宙ステーション事業ですりあわせができていたから、一緒に作業するのに問題はなかったんでしょう。でも中国の規格はまったく違っていたんでは?僕はそう思うんですが」


「なるほど。それで文句を言いながらもオブザーバーの地位で妥協したのか」


「それにしてもメリケン首相とダレモオランゾ首相のコンビの息はぴったり合っていた」


 田中の言葉に大家も頷く。


「あのふたり、どのようにして阿倍野首相の首を縦に振らせたんだろ」


「山本さんが助言したんじゃ」


 結局、アメリカ、ロシア、フランス、ドイツ、イギリス、日本の六カ国協議体が結成されて中国と韓国とインドがオブザーバー参加になった。地球のはるか上空に巨大な宇宙ステーションを建設して、

 

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太陽光を取り込んで造りだしたエネルギーを電磁波に変換して地球に届けるという壮大な計画が実現に向けて一歩踏みだした。


 それまではエネルギーと言えば争奪対象で戦争の原因だった。しかも脱原子力に大きく舵を切ることにもなる。各国の首脳が本当の意味で自国民だけではなく、人類すべての生存に向けて明るい未来に向かって歩き始めた。

 

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