第百二十四章 無言通信の活用


【次元】六次元七次元

【空】危機管理センター七次元の軍事基地

【人】総括大臣 副首星担当大臣 提督危機管理センター長 広大・最長

   セブンヘブン 参謀長( 元限界城の当主)

 

* * *

 

 逃げるように総括大臣は首星に戻り、副首星担当大臣は副首星での本来の任務に戻った。しかし、提督は危機管理センターに残った。

 

「七次元の生命体と断定できないが、上級次元からの攻撃を防ぐための対策を立てられない」

 

「聞けば、三次元の生命体は五次元の生命体を撃退したと」

 

「それがどうしたのだ」

 

 提督が危機管理センター長の肩を叩く。

 

「いいヒントがある。三次元の生命体が上級の、しかも、ひとつ上ではなく、ふたつ上の五次元の生命体を撃退したという話を知っているか? 」

 

「そう言えば… … 聞いたことが… … 参考になりますね」

 

 センター長はそう言うと腹を抱えて笑う。提督はもちろん危機管理センター内のスタッフがあ然とする。提督が説明を求めるまでもなくセンター長が続ける。

 

[258]

 

 

「提督を連れてきてくれたのが、総括大臣の唯一の手柄だ。今の話、詳しく調べることはできますか。つまり三次元の生命体が取った対応策を」


「分かった。ノロはいないが、なんとか調べてみる」


 提督はセンター長に約束をすると続ける。


「センター長の指摘どおり時間が急速に消滅している。至急三次元の世界と強いパイプを持つ広大・最長に連絡を取る」


 提督が部下に次元通信をスタンバイさせる。すぐに広大・最長との次元通信が始まる。


【先ほど副首星を出発しました。間もなく到着します】
【ブラック放射線に注意しろ】
【承知しています】


 通信を終えると提督がこれからのことをセンター長に説明する。しばらくすると宇宙服を着用していない広大・最長が現れる。


「いつもながら素早いな。しかし、裸同然で現れるとは」


 提督の心配をよそに広大・最長が応じる。


「大変なことになりましたな」


「非常事態を把握しているのか? 」


「もちろん」

 

[259]

 

 

「極秘情報にしても意味がないな」


「すべてを知っているわけではありません。まず現状を教えてください」


 提督が危機管理センター長に広大・最長を紹介する。センター長は総括大臣との対応とはうって変わってていねいに説明する。説明が終わったとき広大・最長がセンター長にひと目置く。


「本来見えるはずのないブラックホールが虹色に見える現象から七次元の生命体の攻撃と結論づけたセンター長の才覚には驚いた」


 センター長と広大・最長の会話から提督はこのふたりの信頼関係が深まればこの非常事態を凌げるのではと期待するほど濃密な議論が進む。しかし、今後の方針を模索し出すと期待感が萎んでいく。それほどブラックホールから身を守るのは困難なのだ。


「まず、彼らはブラックホールをコントロールできると考えた方がいい」


 広大・最長が改めて切り出す。


「異論はない。その前提で防御方法を構築しなければならない」


「問題はどのようにしてコントロールしているかだ」


「恐らくダークマターの本質を知っているに違いない」


 切り出した広大・最長の方が驚く。


「ダークマター… … この宇宙の大半を占めているのに正体が分からない謎の物質… … 」


 広大・最長の言葉を遮るような悲痛な報告が入る。

 

[260]

 

 

「センター長! 副首星があの虹色のブラックホールに引き寄せられています。このままでは吸い込まれてしまいます! 」


「狼狽えるな! まだまだ遠い。副首星担当大臣がなんとかするはずだ」


「でも副首星はここよりもブラックホールから離れているのに、なぜ引き寄せられているのですか」


「ブラックホールは七次元の世界の強力な兵器だ」


 センター長が断定するとモニターに副首星が表示される。


「副首星が黄色に変化した」


「と言うことは時間島に包まれた… … 」


「星ごと時空間移動する体勢に入ったのだ」


「センター長! 」


 別のスタッフが浮遊透過モニターをセンター長の前に移動させる。そこには虹色に輝くブラックホールが映っている。その中心から目も眩む太い光が発射される。


「ズームアウトしろ! 」


「膨張が早くて追従できません! 」


 センター長はすぐさま視線を副首星が映っている別のモニターに移す。


「急げ! 早く時空間移動しろ! 」

 

[261]

 

 

 届くはずもないのにセンター長が大声を上げる。その瞬間副首星の北半球の極付近が黄色から虹色に急変する。


「間に合わない! 」


 虹色の輝きが徐々に副首星を包み込もうとその範囲を広げ出したとき副首星の赤道付近から真っ赤な光が現れる。と同時に副首星担当大臣から次元通信が入る。


【マントルに次元ボムを打ち込んで強力な火山活動を誘発させた】
【そんなことをしたら… … 】


 センター長の言葉を遮って副首星担当大臣が続ける。


【噴火エネルギーを一本にまとめてブラックホールの引力の縛りから逃げる】


 浮遊透過モニターに映るブラックホールの様子を確認しながらセンター長が割り込む。


【惑星のエネルギーなどしれている】
【これしか手段がない】
【じゃあ、ブラックホールに向かうんだ】
【何! 今、なんと言った? 】

【ブラックホールからの攻撃は一瞬で今は停止している。しかし、引力から逃れることは難しい。だから逆に突っ込んで加速度を極限まで高めて、ブラックホールの手前でスイングバイするのだ】

 

[262]

 

 

【そうか。マグマの放出エネルギーを無制限にする】


 ここで次元通信が途絶える。冷静にこの会話を聞いていた広大・最長がセンター長に尋ねる。


「この作戦は合理的かつ無謀だが、副首星の市民はどうなる? 」


「すでに首星に待避した」


「でも副首星担当大臣以下防衛隊は? 」


「なんとかするだろう。現に通信できたじゃないか」


「浅はかなことを質問してしまった」


 広大・最長はますますセンター長の力量に信頼感を持つとともに全力でサポートすることを誓う。提督がセンター長と広大・最長に近づくと別れを告げる。


「後は頼む。副首星が心配だ。取り敢えず副首星担当大臣に助言してから首星に戻る」


* * *


「副首星がブラックホールの引力圏から離脱に成功! 」


「喜ぶのは早い! 」


 危機管理センター長が戒める。スタッフの表情がすぐ引き締まるが首を傾げる者もいる。


「いつまでも火山の噴火に頼るわけにはいかない」


 スタッフの全員が危機感を共有する。

 

[263]

 

 

「まず時間島での次元移動がうまくいかなかった」


 スタッフのひとりが肩を落とす。


「時間島は万能ではない… … 」


「ブラックホールからの攻撃の前兆を捉えるのは非常に困難だ」


 スタッフの意見を一通り聞いた後、センター長が続ける。


「それに早く別の太陽系を見つけて次元移動しなければ、いくら火山が頑張ってくれても副首星は氷の星になる。それに副首星は火山の大爆発で生命が生存できる星ではない。何とか逃げられたが、大喜びするような状況にはない」


「これからが大変なのですね」


「ブラックホールを使っての攻撃ではなく七次元の攻撃艦隊が副首星を追尾すれば万事休すだ」


「たとえ新しい太陽系を発見してそこで惑星として永らえたとしても? 」


「そうだ。火山から身を守るのが精一杯で、どこかの太陽系にたどり着いたとしても強化シェルターの中で細々と命を永らえるほかない。このままでは副首星担当大臣も防衛軍も全滅する」


 その副首星から次元通信が入る。その内容はまるでセンター長の危惧を聞いていたかのような内容だった。


【何とか別の太陽系へ次元移動して新しい惑星としての第一歩を踏みだすところだ】


 すぐさまセンター長が応じる。

 

[264]

 

 

【一安心した。しかし、副首星を放棄して首星に向かう方が無難だろう】
【そうかもしれない。しかし、センター長たちを見捨てるわけにはいかない。補給物資が底をつくまで援助する】

【ありがたい。補給物資がなくなった時点で一緒に首星に戻ろう。ところで提督は? 】
【先ほど首星に戻った】


* * *


「しかし、不思議だな」


 危機管理センター長にスタッフが尋ねる。


「何がですか? 」


「考えても見ろ。近くにいる我々に何の攻撃もしないで副首星を攻撃した」


「取るに足りない存在なんでしょう」


「そうかもしれない。取りあえずいつでも脱出できるよう準備をしておこう」


「観測は? 」


「死ねば観測できなくなる」


「もちろん、そうですが」


「ブラックホールをコントロールして攻撃を仕掛けてきた相手が七次元の生命体だと分かっただけでも大きな成果だ」

 

[265]

 

 

「相手が分かっただけでは対抗策を構築できません」


 センター長はそのスタッフに頷く。


「あのブラックホールをもっと観察する必要があるがそれは死を意味する」


 他のスタッフが発言する。


「副首星担当大臣が最後まで援助すると言っていた意味がよく分かりました」


 さらに別のスタッフが続ける。


「最後の最後まで踏ん張って補給物資がなくなった時点で退去する。こういうことですね」


 先ほどのスタッフが否定する。


「そうじゃない」


 会話が途切れるとセンター長が決心する。


「私たちは補給があろうとなかろうとここに留まる。そのためにここにいる」


 否定したスタッフがセンター長を気遣う。


「出過ぎたことかも知れませんが、私が説明してもいいでしょうか? 」


 センター長の返事を待たずに続ける。


「我々の任務が遂行できるかどうかは別として、我々以外にこの特殊なブラックホールを観察できる組織はありません。ということは仮に七次元の生命体の実態が分からないまま我々が消滅しても、いい報告ではないが、いかに七次元の生命体の本質が理解を超えているかという報告にはなります。踏みとどまって彼らの弱点を見いだせれば、それは本望です」

 

[266]

 

 

「と言うことは副首星担当大臣に『補給物資が底をつけば一緒に首星に戻ろう』と言ったのは方便ですか? 」


 ここで広大・最長に気遣いながらセンター長が結論する。


「私に付いてこなくてもいい。先は見えている。時間島で副首星に移動することを許可する」


 少し弱気な発言をしたスタッフが真っ先に応える。


「そんな者、いるわけないじゃないですか! 」


「そうだ! 」


 センター長が全スタッフの意思を確認した上で力強く応じる。


「私は長として幸せ者だ。だがな。自分の命は自分で決めてくれ。私にはみんなの命を預かるほどの力はない」


「自分で決めますよ! 」


「そうだ。ここに最後まで残る」


 広大・最長が感極まってセンター長に握手を求める。


* * *

 

[267]

 

 

「なかなかやるな」


「六次元の生命体をなめてはいけない」


 ここは例のブラックホール近くにある七次元軍の基地だ。会話しているのは全権司令官セブンヘブンと三次元の世界の征服を企てた五次元の、あの限界城の当主だ。今は五次元軍の参謀長の地位にある。


「三次元の世界の征服に失敗した参謀長に説教されるとはな」


「説教ではない。助言だ」


 参謀長が重ねて戒めの言葉を吐く。


「いいか。六次元の生命体と三次元の生命体は相通じるものがある」


 戒めを快く思わないセブンヘブン司令官がいなす。


「六次元の半分の、しかも最も原始的な生命体に敗北したのに偉そうなことを言うな! 」


 参謀長はひるまない。


「問題はその三次元の世界は素数次元だと言うことだ」


「我らの世界も素数次元だ」


「黙って話を聞け! 六次元の生命体は自ら製造した巨大土偶というアンドロイドに征服されそうになった。知っているか? 」


 返事はない。

 

[268]

 

 

「その危機を三次元の生命体が救った」


「何を言いたい? 」


「このふたつの次元世界には交流がある」


「次元を超えて交流していると言うのか。あり得ん」


「全権司令官の言葉とは思えない。現に我々はここで話し合っている」


 参謀長は次元が高くなればなるほど、増加する時間軸の影響を受けて判断が曖昧になってしまうことを身をもって体験した。そしてこのことを根気よく説明する。


「次元が高いからと言って低次元の世界より優位であるとは断言できない」


 ここでセブンヘブンがあることに気付く。


「だから十一次元の世界に生命体がいないのか」


 セブンヘブンの言うとおり十一次元の世界には嵐のように吹き荒れる多数の時間軸が生命の誕生を阻止していた。取り敢えずセブンヘブンは参謀長の意見を素直に聞くことにする。


* * *


 危機管理センターはある惑星の衛星に存在する。衛星と言っても地平線はない。つまりこの衛星のどこにいても球体であることがはっきり分かる小さな星だ。


「副首星に派手な攻撃をしたのに静かだな」

 

[269]

 

 

「この星に気付いていないのかもしれません」


「油断は禁物だ。ブラックホールに変化は? 」


「全くありません」


「些細な変化も見逃すな」


「了解」


 広大・最長がセンター長に頷きながらブラックホールが映る次元モニターを眺める。


「静かだ。静かすぎる」


 急に警報が鳴る。


「未確認移動物体確認! 」


 次元モニターにその物体が映し出される。


「最大級の防御態勢を取れ。データの収集を怠るな! 」


「あれは! 」


 センター長はもちろん誰もが驚く。


「これは七次元の物体ではありません」


 誰の目にも明らかにその物体の形状がはっきりと確認できる。つまり六次元の生命体であれば七次元の世界の物体を見ることはできないが、六次元以下の物体なら当然視認できる。


「どういうことだ。まさか副首星からの物資運搬船か」

 

[270]

 

 

「事前の連絡はありません。それにあれは… … 」


「ためらわずに伝えろ! 」


 センター長が担当スタッフを叱責する。


「どう見ても五次元の物体です。しかも戦闘艦です」


「なに! 」


 モニターにヒトデ型戦闘艦が猛スピードで衛星に近づく光景が映っている。


「迎撃しろ! 」


「了解」


 しかし、防御担当スタッフの対処が緩慢だ。


「たかが五次元の生命体なんて… … 」


 どうやらそのスタッフは自分たちより格下の戦闘艦に油断しているようだ。それに気付いた広大・最長が警告する。


「やり過ごせ! 敵の作戦にはまるぞ」


 すぐさまセンター長が命令する。


「危機管理センターを次元移動させろ! 」


「どうしてですか! 相手は五次元の生命体の攻撃隊です」

 

「命令だ! 」

 

[271]

 

 

「我々はどこへ行けば… … 」


「どこでもいい。すぐさま次元移動! 」


 危機管理センターが時間島に包まれると忽然と衛星上から消える。


* * *


「次元移動完了! わあ! 」


 危機管理センターがランダムに次元移動した時空間に、先ほどの五次元の戦闘艦と同じ艦隊かどうかは不明だが、危機管理センターを包む時間島を包囲している。


「これは五次元の戦闘艦隊ではない」


 センター長に代わって広大・最長が説明する。


「実態は七次元の戦闘隊だ」


 すぐさまスタッフが反論する。


「そんなバカな。七次元の戦闘艦なら我々には見えないはずだ」


「ならば、なぜ時間島に追従して… … いや先回りしているような感じで追従しているのだ? 」


「それは… … 」


「とにかく次元移動を繰り返せ」


「了解」

 

[272]

 

 

 しかし、何度次元移動を繰り返しても星のように輝くヒトデ型の戦闘艦が先々に現れる。


「いつまで鬼ごっこを続けるんですか」


 返事がない。スタッフはセンター長がいないことに気付く。


「センター長? 」


 広大・最長が戒める。


「次元移動を続けろ! これはセンター長の命令だ」


「りょう、了解! 」


* * *


 危機管理センター長は六次元の世界に招かれたノロが開催した勉強会のメンバーだった。彼は自分たちよりみっつも格下の生命体であるノロの講義を一番熱心に聞いていた。


「そうか! 」


 センター長は施設内の量子コンピュータルームで今までの次元移動のデータを分析してあることに気付く。


「この鬼ごっこで勝てる見込みが立った」


 しかし、センター長は動かない。量子コンピュータに何度も検算させる。


「光コンピュータがあればもっと正確に分析して検算できるのだが」

 

[273]

 

 

 センター長はあくまでも慎重に事を進める。やがてフーッと息を吐き出す。


「そろそろスタッフもこのゲームに飽きてくるころだ」


 センター長が復帰するとスタッフより先に広大・最長が安堵する。


「席を外してすまなかった」


 スタッフの表情は緩むが緊張感は逆に高まる。


「これからの次元移動は量子コンピュータに任せる。休憩を取りたい者は順番に休息しろ」


「センター長! 休息を取りたい者などいるわけありません」


「英気を養うのも戦闘の基本だ。食事をしろ。腹が減っては戦はできん」


 センター長の古めかしい助言にスタッフの結束力が高まる。


「分かりました」


 この間にも危機管理センターを包む時間島は今まで以上の間隔で次元移動を繰り返す。


「センター長。どうするんだ? 」


 じれったそうに広大・最長が尋ねる。


「私がいない間、適切な指示をしていただいたこと感謝します。お陰でこのゲームに勝つ作戦を構築できました。広大・最長も食事をして備えてください」


「奴らの罠にはハマらなかったが手強いことに変わりはない」


「十分承知している」

 

[274]

 

 

* * *


「何かおかしい」


 簡素な食事を終えたセンター長が広大・最長に切り出す。


「随分ノンビリしているが、すぐ作戦を開始しなくて大丈夫か」


 広大・最長が心配する。


「時間はたっぷりとある。というより時間軸の数が少ない我々の方が時間制御のエネルギーが少なくて済む」


「そのとおり。ところで先ほどの言葉の意味が分からない」


「なぜ、首星を狙わずに副首星を襲ったんだろうか。そしてかなり時間をおいて小さな衛星に構えるこの危機管理センターを攻撃してきた」


「承知している」


「時間に余裕があるといって悠長な会話は慎まなければならない。私の考えをお伝えしよう」


 広大・最長が身構える。


「答えは君だ。あるいは私かもしれない」


「どういうことだ


「よく知らないが、多次元エコー、それに二次元エコーという武器が関係している」

 

[275]

 

 

 センター長が一気にしゃべり出す。


* * *


 危機管理センター長の話をまとめてみる。


 危機管理センターがブラックホールを発見したとき、至近距離( とは言ってもその距離は想像を絶するほど遠いのだが) にいたのは副首星だった。その副首星にはやはりノロの信奉者の副首星担当大臣がいた。彼はすぐさまノロのことをよく知っている広大・最長をまず招聘した。


 それは六次元の生命体で強力な直感力を持っているのは三次元の世界を体験した広大・最長と瞬示・真美しかいないからだ。


 副首星担当大臣もセンター長も次元の低い三次元の生命体が持つ特殊な能力に興味を持っていた。それは前進するだけの時間軸しか持たない次元にいるのにその時間を制御して反対方向、つまり過去にも移動できる方法を編み出したからだ。つまり時空間移動装置だ。


 高次元の生命体はある意味、溢れるほどの時間の中に身を置いている。うまくコントロールすれば簡単に時間を操ることができる。しかし、それは次元が高くなるほど、つまり時間軸が多くなるほど難度が高くなるし、やがて制御することを放棄して複数の時間軸に身を任せることになる。なぜなら下手に時間軸をコントロールすると自身の身体が分裂、つまり次元落ちして死に至るからだ。このことを身をもって体験したのは五次元の生命体だった。

 

[276]

 

 

 限界城を持ってしても五次元の生命体は三次元の世界を征服できなかった。ここで重要なのは限界城自体、元々三次元の生命体で五次元化した三太夫が考案したものだ。


 そこで限界城の元当主の参謀長が考えたのは七次元の生命体にけしかけて六次元の世界の征服を狙うことだった。一方、次元は低いがその三次元の世界は生命体が存在する基本次元とも言える。彼らの世界には時間軸はひとつしかない。その単純さが生命を繋ぐという基本をしっかり守っている唯一の次元世界なのだ。三次元の生命体は永遠の命を手に入れたり、二次元エコーや恐怖の多次元エコーという武器を持っている。それを駆使するのはノロたち一部の人間だが、特に多次元エコーの破壊力はすべての次元世界を、つまり宇宙を消滅させるほどの威力を持つ恐ろしい武器だ。


 参謀長はあらゆる情報を丹念に集めて分析してある結論に到達した。まず六次元の世界を攻撃すればノロが動き始めるはずだ。そして六次元の生命体を人質にとって多次元エコーなどの武器を手にするチャンスを窺うのだ。


 事象の地平線すら、いとも簡単にコントロールできる七次元の生命体の攻撃力は凄まじい。因果を抹消するブラックホールですらコントロールできる七次元の生命体に参謀長は掛けることにした。しかし複雑な時間軸の中で生きる七次元の生命体にはそれなりの緩慢さがある。


 縦横無尽の攻撃力は強力だが限られた時間軸での戦いではむしろ不利になる。それは大国が小国に攻め入っても小国がゲリラ戦に持ち込み、やがて大国の軍隊を押し返すのに似ている。

 

[277]

 

 

* * *


「センター長。次は? 」


 広大・最長が危機管理センター長に迫る。


「時間島で逃げ回る」


「それじゃ今までと変わらないじゃないか」


「違う。今度は目的を持って逃げ回る。五次元と七次元の生命体が本当に手を組んだのか確認する」


 センター長が副首星担当大臣から送信されてきた次元映像を披露しながら解説する。


「このヒトデ型戦闘艦は五次元軍だ。次元が下だと侮ることはできないが、対応は可能だ。しかし… … 」


 よく見るとヒトデ型戦闘艦が虹色に輝いている。


「ヒトデ型戦闘艦が輝いているのではない。輝いているのはヒトデ型戦闘艦の後方に七次元の戦闘艦が追従しているからだ」


「なぜ背後に隠れるように追従するんだ? 七次元の戦闘艦は我々にとって驚異じゃないか」


「そうでもない」


 広大・最長が首を傾げる。と言っても読者には広大・最長がどのような表情をしているのか想像はできないだろうが、三次元の感覚で理解していただくことにして、とにかく広大・最長はセンター長の説明に合点がいかない。

 

[278]

 

 

「次元が高くなると時間軸が増える。時間軸が増加すると… … 」


 広大・最長がセンター長の言葉を遮る。


「反応が鈍くなる。つまりのろまになる。あっ! そうか! 」


 少しだけ表情を緩めた広大・最長にセンター長が頷く。


「理解いただけたようだが、念のために説明する。いくら俊敏とはいえ五次元の戦闘艦だけなら何とか凌ぐことができる。ところが我々の想像を超える七次元の戦闘艦と組めば戦闘能力が飛躍的にアップする。強力な五次元の戦闘艦の機動力を七次元の戦闘艦が補完するのだ」


「5 プラス7 は1 2 。平均すれば6 。つまり六次元だ。時間軸は五次元の世界では三つ、七次元では五つある。我々六次元の世界では四つ。彼らはまるで我々をサンドイッチにしようと考えているのかも」


「そうだ。問題はブラックホール。七次元の生命体はのろまだが、ブラックホールを利用できる」


「五つの時間軸に住む七次元の生命体が苦労して時間を制御する方法を開発したと言われればそうかもしれない」


「恐らくそうだ。我々にはブラックホールを制御できない。具体的な作戦を教えてくれ」

 

[279]

 

 

「次元連合軍がブラックホールを利用して攻めてくるなら、そのブラックホールを利用する」


 このとき最大の警報が鳴り響く。


「ヒトデ型戦闘艦出現! 」


「来たか」


 センター長が腹をくくる。


「遅かれ早かれ攻撃されることは分かっていた。総員戦闘態勢に入れ! 」


「戦闘態勢? 」


「ここは危機管理センター。兵器などない。でも強力な武器がある」


「? 」


「知恵だ! それに鋭気」


 センター長が激励するがスタッフの反応はイマイチだった。


「心配するな。先ほども言ったが、まず逃げる! 」


「了解! 」


「時間島、作動! 」


* * *


「首星から緊急次元通信が入りました! 」

 

[280]

 

 

【突然ブラックホールが現れて首星の属する太陽に向かっている。このままでは太陽がブラックホールに呑み込まれてしまう】


 危機管理センター長が気色ばむ。


「副首星から首星に次元通信が… … 傍受します」


【時間島で太陽系から脱出するんだ。ただコツがいる。よく聞くんだ… … 】


 この後詳細な指示がされる。その内容を聞きながらセンター長の表情が緩む。


― ― 副首星担当大臣はブラックホールから効率よく逃げるコツを掴んだようだ。そのコツさえ会得すれば首星はなんとかするはずだ


 ただひとつ不安があった。


― ― この次元通信を五次元の生命体は傍受できないが、七次元の生命体には筒抜けだろう。なんとかしなければ… …


 戦争は規模の大小、次元の高低にかかわらず情報を制する者が勝者になる。センター長が考えを巡らす。しかし妙案はない。取り敢えずさらなる対処方法を首星と副首星に伝えなければならない。センター長が人選にかかる。


「命知らずのスタッフはいないか」


「どういうことですか」


「我々の次元通信は七次元の生命体に筒抜けだ」

 

[281]

 

 

「そうでしょう。次元通信を使えば使うほど情報がじゃじゃ漏れになる」


「情報が漏れたら敗北は明らかです」


「分かっている。だから原始的な通信手段を取る」


「原始的な? 」


「私の考えが正しければ何とかできる」


「! 」


「そのやり方を次元通信を使わずに首星と副首星に直接伝える。そして作戦を実行する。そのためにはまずこの作戦を理解できるスタッフが必要なのだ」


 誰もが黙ってセンター長の説明を聞く。


* * *


「理解できない」


 ほとんどのスタッフはお手上げ状態だ。しかし、数人のスタッフが手を上げる。


「こういうことですか」


 センター長がその数人のスタッフの理解度を精査する。厳しい質問を次々に浴びせると応答できる者がいなくなる。

 

「ダメか… … 」

 

[282]

 

 

 センター長が腹をくくる。


「まず私が行く。ただし… … 」


 驚いたあるスタッフが叫ぶ。


「この危機管理センターはどうなるんですか。ここと首星や副首星が連携する作戦であることは分かります」


 センター長が遮る。


「ここにいるスタッフは作戦が実行されれば、その過程の中で私の考えを理解できるだろう。しかし、首星や副首星は… … 」


 それまでのやり取りを伺っていた広大・最長が沈黙を破る。


「センター長の作戦、理解した。私が伝達役を引き受けよう」


 誰もが絶句する。少し間を置いてからセンター長が広大・最長に尋ねる。


「実はふたり必要なんだ」


「だから立候補した」


「? 」


「私は三次元の世界で生活しているうちに身体がふたつに分かれることに違和感を感じなくなった」


「その話は聞いたことがある」

 

[283]

 

 

「センター長。安心して欲しい。身体がふたつに割れても理解力が半分になることはない。しかも半分の三次元の身体で移動する方が時間の制御が単純。つまり軽業師のように移動できる」


 センター長に選択肢はない。


「お願いできるか? 」


「任せてください。必ずやり遂げます」


* * *


【信頼だけが武器だ。五次元と七次元の生命体がいかに結束しても、次元が異なる生命体に信頼関係を構築できるわけがない】


 広大が次元通信で首星総括大臣に進言する。


【分かった。最後は絆か】
【そうです】
【しかし、六次元の生命体が半分になるとまるで紙切れのように見えるな】


 総括大臣が次元モニターに映るふたりの姿を見て頼りなさそうな声を上げる。


【見えるだけマシです。さて時間島をフル活用します】


 首星総括大臣に一抹の不安が走る。


【通信内容が漏れることはないのか? 】

 

[284]

 

 

【大丈夫です。私と最長の通信は一体化されていて外部には漏れません】


【一体化? 】


【私、つまり広大・最長は一つの生命体です】

【当然じゃないか】
【こういうことです。自分に自分が問いかけて答えるだけです。誰にも分かりません】
【自問自答か… … 】
【三次元の世界の禅と同じです】
【禅? 聞いたことがある。禅問答のことだな? 】


 広大が愉快そうに笑う。いつの間にか総括大臣の判断力がまともになったからだ。


【時間島で副首星に寄って最長を降ろしてから私はそちらに向かいます】


* * *


 副首星では最長が笑うのに同調して副首星担当大臣がつられて笑う。


「そういうことか」


 しかし、その笑みはすぐに消える。


「これから真剣勝負が始まります」


「承知した。頼むぞ」

 

[285]

 

 

「首星が向かうはずの宇宙空間に移動します。副首星も時間島で包み込んでください」


「すぐ実行に移す」


 最長が特殊次元通信で広大を呼び出す。綿密な打ち合わせを終えたとき広大がふと漏らす。


{ この通信は次元通信と言うよりは無言通信のような気がする}

{ あの三次元の世界の一太郎が発明した… … }


 広大は最長の意見に若干の疑問を持つが、すぐ納得する。


{ ノロといい、一太郎といい、三次元の生命体はすごい。瞬示・真美もこの作戦に編入させよう}
{ 瞬示・真美に副首星を任すことができれば私は危機管理センターに留まることができる}
{ 絶えずセンター長と情報交換できれば心強い}


* * *


 いよいよ作戦が実行段階に入る。


 広大の指示を受けた瞬示と真美が分離する。そして首星の最高作戦会議室で広大との無言通信で協議した手はずを提督に伝えたあと瞬示が真美に確認する。


{ 次元通信回路は切ったか? 再確認してくれ}
{ 防衛艦隊と防衛戦闘機間の次元通信回路以外はすべて遮断したわ}

 

[286]

 

 

{ ダメだ! 全部切るんだ! }
{ お互いが通信できなければ動けないわ}
{ 目視航法に切り替えて、お互いの識別信号も含め、すべて使用を禁止するんだ。五次元軍には我々の通信傍受は不可能だが七次元軍には筒抜けだ。その情報を元に攻撃する五次元軍の攻撃は侮れない}


 瞬示か真美か分からないが首星総括大臣に説明しているのだろう。すぐに返事が帰ってこな
い。しばらくすると瞬示からの無言通信が広大に届く。


{ 何とか説得しました。このルールが守られなければ我々は敗北する}
{ でも無言通信は一対一の通信しかできない。非常に不便だ}
{ だから漏れないのだ}


 瞬示の自信に満ちた言葉に広大が納得する。


* * *


{ 首星、副首星、危機管理センター。作戦どおり時間島で時空間移動開始! }


 広大の指示が最長に、最長から瞬示に無言通信で伝えられる。多数の短い応答が繰り返された後作戦が実行される。それぞれの星を包み込んだ時間島が忽然と姿を消す。


 そのころ参謀長にセブンヘブンから苦言の次元通信が入る。

 

[287]

 

 

【見苦しいぞ。この程度の時空間移動で驚くとは】
【時間軸の制御能力が違いすぎます】
【心配するな。情報は逐一送信する】
【その送信が問題です】
【何が不満なのだ】
【確かに六次元の生命体の時空間移動を正確に捉えているのは分かっています。その移動情報の分析と伝達に時間がかかり過ぎです。それに我らの通信が漏れているかもしれない】


 参謀長は七次元の生命体の激怒を覚悟して敢えて意見する。しかし、時間を置いて届いた返答は穏やかだった。


【ひょっとしたら、これが我らの欠点なのか】


 この返事に参謀長が驚く。素数次元である五次元と七次元の生命体がコラボしているのに、素数次元ではない六次元の生命体に対してセブンヘブンが意外に弱気だと気付いたからだ。


― ― 我らも三次元の世界の攻撃に失敗した。いったい次元の高低とは何なのか 時間島に包み込まれて姿を消した副首星に接近していたブラックホールが収縮し始める。そして蒸発すると、その付近の宇宙空間が安定して再び星々の美しい輝きが蘇る。


 時間島で駆け回る首星や副首星や危機管理センターを追いかけるようにブラックホールが移動を開始する。

 

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