45 脱出


 立派な服の大家が田中のアパートからマンションに戻ってきたとたん、中国からリングラングが戻ってきた。

 

「ごまかし続けるとツケが回ると言うが、まさしく中国は大混乱じゃ」

 

「田中さんのテレビと同じテレビが中国に溢れていて汚職の現場が次々と生放送されていたわ」

 

「オレンジ社の製品を中国で生産したいがために、スティーブ・ゲイツの提案を無条件で呑んだのがそもそもの原因じゃ」

 

「スティーブ・ゲイツは始めこのテレビを日本で製造するつもりだったわ。しかし、人件費が高いので技術移転してタイで製造しようとしたけれど水害で頓挫しました。日本を凌駕した技術力を持つ韓国での製造も考えましたが、韓国のメーカー自体がオレンジ社のjフォン・オレー、jタッパ・オレーのライバルでした。結局、中国に技術移転するが製品の内容に口を挟まないという条件で生産委託することになったのです」

 

「おい!リングラング。おまえ、いつからニュースキャスターになったんだ」

 

「ああ、思い出したわ。パパ~」

 

「何か、取って付けたようなセリフじゃ。以前のようなはじけるような色気がない」

 

[69]

 

 

「そうかしら。だったらハジケましょうか」

 

「今ははじけないでくれ。続きの報告を聞きたい」

 

「でも、ここのテレビは田中さんがいないと電源が入らないんでしょ」

 

「そうじゃ。でもここでは一回だけ電源が入っただけじゃ。どうもボロアパートでないとダメなようじゃ」


「じゃあ、アパートに行きましょう」

 

「あのテレビ、中国では有り余るほどあるんじゃろ」

 

「はい」

 

「一台でいいから持って帰ることはできなかったのか」

 

「それは絶対無理です」

 

「なぜじゃ」

 

「中国の恥を映すテレビだから輸出禁止。それに製造も中止」

 

「そんなことしてもいずれバレる」

 

「先のことなど考える中国人はいません。あのテレビを見た人も現状を責めたてるだけで長い目で自分の国家を考えようとはしません」

 

「それは日本でも同じじゃ」

 

「人間の性です」

 

[70]

 

 

「リングラング!」


 立派な服の大家が叫ぶとリングラングも叫ぶ。


「そうよ!パパ~」


「お前は本当にリングラングか?」


 リングラングが赤いワンピースを脱ぎかける。


「やめろ。お前はリングラングじゃない」


「パパ!」


「随分スマートになってる」


 田中が驚いてリングラングを見つめる。


「『わずか一週間で十キロも減量』ってなダイエット広告に出演できるぞ」


「茶化さないで」


 いつものリングラングではないのを承知の上で立派な服の大家が再度迫る。


「いったい何が起こったのじゃ」


「もう日本でも中国で起こった数々の大事件が報道されているでしょ」


「まったく情報がない。中国のインターネットサイトにもアクセスできない」


「でもこのテレビなら中国の現状が分かるんでしょ?」

 

[71]

 

 

 田中、山本、質素な服の大家が首を振る。


「わしはマンションに帰っていたから何も知らん」


「よくも出国できたもんだ。しかもそんな派手な赤いワンピース姿で」


「中国では赤が一番安全色です」


「あっ、そうか」


「それに賄賂社会です。お金さえあればなんとでもなります」


「それで何とか出国できたのか」


「このテレビで中国で起きた数々の大事件がどのように報道されたんですか」


「それはおまえの方がよく知っているじゃろ」


「もちろん、このテレビと同じ性能を持つオレンジ社のテレビで見るに堪えない映像を見ましたが、それは一部です」


「政府が緊急にこのテレビを回収したもんな。それにオレンジ社の工場を占拠した」


「オレンジ社の工場長はチェンの計らいでアメリカに亡命したわ」


「総書記の力でもいかんともしがたい。ここは逃げるしかない」


 チェンが高速鉄道衝突事件から行動を共にしてきたオレンジ社の工場長に告げる。


「私を恨む検察官シューが反撃に出た」

 

[72]

 

 

「逆恨みか。私も自分の命は可愛い。どうすればいいのですか」


「国連に行く。私は中国では海軍大佐に過ぎないが国連の実務総長だ」


「存じております」


「中国はこのままでは崩壊するかもしれない」


「総書記は大丈夫でしょうか」


チェンが目を閉じる。自分を抜擢してくれた総書記を守らなければならないことは痛感するが、海軍大佐にしか過ぎないチェンにとって動員できる兵士の数は知れている。


「すまない」


チェンが自分を信じて付いてきた部下のことを思い出して声を詰まらせる。


「ここは……ここは恥を忍んで逃げるしかない」


工場長はチェンの気持ちを察するとチェンの手を握って一言だけ発する。


「急ぎましょう」


チェンは目をかっと見開くと工場長の手を握り直して部下に指示する。


「一番ぼろい車を用意しろ」


「えー?」


「その車で私と工場長は潜水艦基地に向かう。おまえたちは政府の高級車でシューを攪乱してくれ」

 

[73]

 

 

「待ってください。海面下降で潜水艦基地は小高い山の中腹にあります」


「承知している。漁船を借りて沖に停泊している潜水艦に向かう」


「潜水艦で国連まで向かうのですか」


「おまえたちを信用しているが、これ以上のことは聞かないでくれ」


「分かりました」


 日頃から面倒見のいいチェンに部下たちが敬礼すると部屋を出る。その後を追ってチェンと工場長も部屋を出る。


 今にもエンストしそうな中国製の中古車でひなびた港のずーっと彼方にある海辺に到着するとチェンと工場長は小さな小屋に飛びこむ。年老いた漁師がチェンにうやうやしく頭を下げると外へ出て粗末な小舟に案内する。


「エンジン付きのゴムボートを待機させていると聞いたが」


「盗まれました。わしが手漕ぎで沖の潜水艦まで案内します。ただし、乗員はあなたひとりということに……」


「いや、ふたりだ」


 チェンが先に小屋を出る。


「幸い、海は穏やかだ。頼む」

 

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「分かりました。やむを得ません」


 チェンと工場長は何の疑いも持たずに小舟に乗る。漁師が櫂を握るとギイギイという音ととかいもに小舟が沖合の潜水艦に向かう。その間、チェンは特殊携帯通信機で次々と連絡を取るが使用言語はすべて英語だった。


 やっと潜水艦にたどり着くと小舟にロープが投げられる。そのロープをたぐり寄せてチェン、工場長、漁師の順番で甲板に移る。


「ご苦労だった」


 まずチェンは漁師をねぎらう。しかし、漁師はチェンの視線を外すように顔を背ける。チェンの視線はすでに甲板にいる潜水艦の乗務員に移っていた。


「ご苦労」


「ハッ」


 乗務員の敬礼を受けてハッチにチェンが足を踏み入れる。続いて工場長と漁師が入る。


「チェン大佐」


 聞き覚えのある声が潜水艦の司令所に響く。


「シュー!」


「チェン、おまえも甘いな」


 武器を持っていないかの確認が始まるとチェンが周りを見渡す。

 

[75]

 

 

「本来、私の部下であるはずの海軍兵士が私を裏切ったのか」


「察しだけは早いな」


 いきなりシューがチェンの顔面を力一杯殴る。そしてもんどり打って倒れたチェンの脇腹を踏みつける。


「国連ではなく死刑台に連れて行ってやる。この売国奴が!出航!北京に向かえ!」


 漁師が満面の笑みをたたえてシューに申し出る。


「私は戻ります。お約束のご褒美を」


「褒美は北京に着いてからだ」


「約束が……」


「心配するな。約束は守る。おまえに法廷で発言して貰わなければならない。その発言にも褒美が与えられる」


「そんな」


「ここで死にたいか」


「わ、分かりました」


 シューは足元でもがくチェンにツバを掛ける。


「十二分に借りを返してもらう。覚悟しろ」


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「間もなく魚釣り島(尖閣諸島)**付近に到達します尖閣列島に到達します」


「何!北京に向かえと言ったはずだぞ」


 シューの後ろにチェンが立っている。


「ここまでだ。おまえの出番は」


「どういうことだ」


「拘束しろ」


 先ほどまでシューの命令にしたがっていた乗務員がシューに手錠を掛ける。


「潜望鏡深度まで浮上」


 艦内の前方が少し上向きになる。手錠を掛けられたシューがチェンを睨む。


「出世しか考えないおまえを慕う者はいない。それに海軍の兵士がおまえに従うなんておかしいと気付かないとは」


 シューは黙ったままうなだれる。それはチェンに暴力を加えた報復を恐れているからだった。

 

「俺をどうするんだ。俺には……」


 チェンがシューの言葉を退ける。


「アメリカに連れて行って中国の現状を披露してもらう。それがこの作戦の目的の一つだ」


 シューだけでなく誰もが驚く。


「俺は何もしゃべらない」

 

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「しゃべらなくてもあのテレビの映像がおまえに迫る」


「?」


「おまえの行動のすべてが映像化されている」


「まさか」


「あのテレビの恐ろしさを一番始めに目の当たりにしたのはシュー、おまえだろ」


 シューが黙る。


「今から言い訳を考えておくことだな」


 チェンはそんな小心者のシューにこれ以上相手にする必要がないと思って艦長に命令する。


「目障りだ。監禁しろ」


「分かりました」


 艦長が部下にシューを監禁するよう命令するとチェンに向き合う。


「チェン大佐。あなたの作戦がよく分かりません」


「そうだな。私には説明する義務があるな」


「いえ、そんな大げさなことではありません」


「いや。皆さんにはかなり心配を掛けた。今からお詫びをかねて今までのこと、これからのこと説明する」


 狭い潜水艦の司令所でチェンが艦長に向き合う。

 

[78]

 

 

「まず、シュー。アイツが中国国内にいると様々な問題を引き起こす。だから私自身を囮にしてこの潜水艦に誘い出した。このままでアメリカまで連れて行く」


「さっきシューに言っていたのは冗談ではなく本当なんですか?本当に我々はアメリカに向かうのですか?」


「そうだ。正確に言うとアメリカではなく国連に向かう。もっとも私は途中下車して先に国連に向かうが……」


 艦長が驚く。


「ちょっと待ってください。今、国内は大混乱に陥っています……」


 今度はチェンが遮る。


「海面降下で海軍は役に立たない。その昔、北朝鮮の体勢が崩壊して難民が中国に押しよせるのではと危惧した時代があった」


 艦長以下、司令所にいる誰もが黙って耳を傾ける。


「今や政権の中枢にいる者や富豪層はこれまでの不正があのテレビで暴かれて北朝鮮やベトナムに亡命するかもしれない。そして地続きになった台湾やフィリピンやインドネシアにも」


「しかし、台湾やフィリピン、インドネシアは我が海軍が……どう言えばいいのか……」


「分かっている。領有権を争って我が海軍は強引に彼らの主張を退けた」


「はっきりとおっしゃいますな」

 

[79]

 

 

 艦長が恐縮する。


「日本ともそうだ。尖閣諸島も本土から泳いで行けなくもない。ただし、尖閣諸島はリゾート地ではない。住民は山羊だ」


 思わず艦長が苦笑する。


「我が総書記は有能な方だ。何とか事態を収拾するはずだ。そのためにもシューを隔離する必要があったのだ」


「大佐は下級官吏のシューを買いかぶっているのでは?」


「彼のバックにはマフィアが付いている。だから彼は無茶苦茶なことする」


「それは知りませんでした」


「検事総長は更迭したがすぐに彼は息を吹き返した。そして私を標的にした」


 操舵士が戸惑いながら報告する。


「潜望鏡深度まで浮上しました」


「潜望鏡深度に達しました」


「洋上の監視艦五五〇号の艦長を呼びだせ」


「監視艦五五〇の艦長が応答しました」


「私は中国海軍のチェン大佐だ。今や大きな島に変身した魚釣り島の近辺は我々が監視する。すぐこの海域から離れて本土に帰れ」

 

[80]

 

 

「私どもは海軍の指揮下におりません」


「こう言えば納得するだろう。遭難した漁師を救助した。その漁師を本国に送り届けろ。これは海洋監視船の本来の任務だ」


「了解しました」


 チェンが艦長に向かってニヤッと笑う。


「監視艦の艦長は意外と素直なヤツだな」


「艦長。浮上だ」


「了解」


 漁師を乗せたゴムボートが監視船に向かう。艦橋からゴムボートを見送りながらチェンは特殊無線機で鈴木に連絡を取る。


「準備ができた。大型水上飛行艇がそちらの向かっている。正確な位置を打電してくれ」


「分かった。通信士に打電させる。使用周波数を教えてくれ」


 チェンは航続距離の長い飛行艇でニューヨークに自分を送り届ける作戦だと確信する。しかし、速度が遅い飛行艇では一日近くかかるだろうと、その間に何をすべきか考える。しかもニューヨークも今や海辺の都市ではない。大型の飛行艇なら滑走路を離着陸する車輪を装備していない可能性が高い。

 

[81]

 

 

「心配するな。数時間でニューヨークに送り届ける。それよりも中国の内政が心配だ」


「心配するな。数日あれば落ち着きを取り戻すはずだ」


「それならいいが」


 そのとき、超低空で中国空軍機が近づいてくる。チェンと一緒に艦橋にいた艦長の目の前のスピーカーから悲鳴のような声がする。


「艦長!シューを解放しなければ攻撃すると空軍機からの連絡が入りました」


「急速潜航!空軍機は何機だ?」


「二機です」


「対空ミサイル発射準備」


「空軍機に攻撃するのですか」


 艦長とチェンはその声を無視して艦橋のハッチから司令所に降りる。ハッチが自動的に閉まると艦橋に波が迫る。


「空軍機からミサイルが!」


 司令所に降りるハシゴで艦長がその悲鳴を聞く。


「あっ、近くに潜水艦が!そ、その潜水艦から発射音!魚雷ではありません」


「なに!我が海軍の潜水艦か!国籍を確認しろ」


「これは……」

 

[82]

 

 

「なんだ!」


「国籍不明」


「味方ではないことだけは確かだ。対空ミサイル及び魚雷発射を急げ」


 艦長はなすすべもなく狼狽える。チェンも覚悟を決める。


「潜望鏡深度まで潜航。急速潜航継続中」


「何かに掴まれ!」


 かなり近いところで爆発音が聞こえる。潜水艦が激しく揺れるが水漏れはない。

 

「レーダーブイの準備完了」


「発射!」


「潜水艦はグレーデッドです。距離三三〇〇」


「近いぞ。魚雷発射はまだか」


「空からは友軍であるはずの戦闘機、海中ではグレーデッド潜水艦」


 チェンが独り言のように小声を出したあと大声で叫ぶ。


「ここに日本の飛行艇が来るぞ」


 艦長はチェンの言葉に反応することなく命令を発する。


「グレーデッドの潜水艦の位置の補足を急げ」


「艦長!先に空軍機を始末するんだ。グレーデッドを無視しろ」

 

[83]

 

 

 チェンが叫ぶ。確かにグレーデッドの潜水艦は至近距離にいながらチェンの潜水艦を攻撃していない。
「レーダーブイ、探索開始。機影二」


「グレーデッドから海中通信が」


「通信回路を開け」


「中国海軍の原子力潜水艦に告ぐ。さきほど中国空軍機から発射されたミサイルは核ミサイルだった。もちろん我々が迎撃した」


「何を言いたい」


 応答したのはチェンだった。


「もう一機いる。核ミサイルは搭載していない」


 チェンが絶句する。グレーデッドの驚くべき科学技術水準の高さに驚いたのだ。


「艦長!魚雷発射は自重してくれ」


「それは拒否する」


「確認してくれ。海上の飛行物体を」


「一機は戦闘機。もう一機はかなり大きなものです。機影からして大型の飛行艇です」


「その飛行艇と連絡は取れるか」


「待ってください。急速潜航継続中です」

 

[84]

 

 

「急速潜航停止。急速浮上しろ」


 チェンが納得するが足場が急に変化したので転んでしまう。


「大丈夫ですか」


 潜望鏡を掴んでいた艦長がチェンに手を差しのべる。


「まるでジェットコースターみたいだ」


 それほど潜水艦の急潜航、急浮上が床の角度を急変させる。


「しかし、なぜグレーデッドが本艦を助けたのか」


「そのうち分かると思うが、グレーデッドの構成員は被曝者らしい」


「間もなく潜望鏡深度。このまま浮上しますか」


「浮上停止。潜望鏡上げー」


 艦長が潜望鏡を押し上げ海面を見つめる。


「あっ、飛行艇が見える」


「戦闘機は?」


 艦長が潜望鏡をぐるぐる回す。


「レーダーでも確認不能」


「グレーデッドの潜水艦に撃墜されたのか、それとも燃料が少なくなって帰国したのかも知れない」

 

[85]

 

 

「浮上」


 浮上した潜水艦のすぐそばに飛行艇が着水している。その背中には高速戦闘機が搭載されている。ちょうどジャンボ旅客機の背中にスペースシャトルを載せているような感じだ。


「グレーデッドの潜水艦は?」


「離れていきます」


「変な借りを作ったな」


 チェンが艦長を見つめる。


「それにしても我が潜水艦に核ミサイルを使用するとは」


「グレーデッドの言うとおりだとすればだ。しかし、われらに攻撃することなく去ったとすれば信憑性は高い」


「空軍はなぜ本艦を核ミサイルで攻撃使用としたんだ」


「空軍ではない」


「?」


「今の政府の転覆を狙う者の仕業だ」


 艦長が再び疑問符だけをチェンに向ける。


「シューを影で操っている集団だ」

 

[86]

 

 

「人民解放軍の中に不穏な集団がいるのか」


「買収したんだろ」


「まるで背後から撃たれるようなものだ」


「残念ながら、あのテレビがその不穏な分子をあぶり出したようだ」


「今回の攻撃の目的は?」


「目的はふたつ考えられる。ひとつはシューを葬ることだ」


「本艦がシューを連れてアメリカに行くのを防ぐためか」


「そうだ。口封じだ」


「ふたつ目は?」


「私だ」


「国連実務総長の暗殺?」


「そうだ。この海面降下で混乱した世界で国益を無視して地球のために尽力を注ぐ私は反逆者に見えるのかもしれない」


「たったふたりの命を奪うために核ミサイルを使うなんて!」


「国内だけではなく我が国の内情が次々と暴露されている」


「旧尖閣列島を含む海域には日本の自衛隊だけではなく、アメリカ軍の潜水艦を含む艦船が展開している」

 

[87]

 

 

「海洋監視船を中心に中国海軍も展開している」


「関係ない」


「現政権を倒して自らの正当性を守るためには人民解放軍の一部を買収して強硬手段に訴えるなど朝飯前だ」


「チェン」


 艦長がゴムボートに乗り込むチェンに哀願する。


「私は誰の命令に服従すればいいのですか」


「総書記だ」


「直接命令されることはない」


 ゴムボートが離れる。


「中国人としてではなく地球人としての良心に従ってくれ。当面の任務はシューを連れて国連に向かうことだ」


「分かりました。命に代えても」


 飛行艇が舞い上がる。機体を風上に向けると四機あるエンジンを全開する。爆音が最高潮に達すると背中の戦闘機のツインジェットエンジンが火を吹く。その炎が永い尾を引くと飛行艇から離れる。すぐに音速に達したのか、ドーンという音が海面を叩く。

 

[88]

 

 

「チェン。私はあなたにこの命を預ける」


 艦長が小さくなって見えなくなるまでチェンが搭乗しているはずの戦闘機に敬礼を続ける。


そして艦橋から司令所に降りるとよくとおった声で命令する。


「潜航!全速前進!」

 

[89]

 

 

[90]