21 永久元年


 各地方の生命保持機構も整備されて医師の教育が行き届いたころ、生命永遠保持手術がいよいよ普及の時期を迎える。


 地球連邦政府の議事堂では徳川が満面の笑みを浮かべて演説をする。


「……地球は生まれ変わって永久に存在することになりました。さて最後にもう一つ提案したいことがあります。暦を『永久』に統一して来年を『永久元年』としてはいかがでしょうか?以上で私のあいさつを終わります。ありがとうございました」


 大きな拍手を受けた徳川は議場に深々と頭を下げたあと議長にも頭を下げる。そして大統領とキャミの間に座る。すると今度は大統領が立ち上がって議長を見つめる。


「議長。ただ今の生命永遠保持機構の理事長提案を指示します。議事進行を!」


「分かりました。緊急動議として来年より年号を『永久』に改める件について議論したいと思います」

 

[259]

 

 

 各連邦政府の首脳が一斉に拍手を送る。反対する者はひとりもいなかった。


「意見を承る必要はないようですね。では採決に移ります。手元の投票スイッチを押してください」


 議長席後ろの大型モニターに「一〇〇%」という数字が現れる。今度は歓声が上がる。徳川とキャミが立ち上がると深く礼をしたあと徳川が両手を大きく挙げて振る。和やかな雰囲気の中、席に戻る。


「それでは次の議題……というよりは本来の議題に移ります」


 先ほどまでの余韻が消えて静粛な空気が流れる。


「随分前に国連から引き継いだ地球連邦政府の建物はかなり老朽化しています。非公式ではありますが、以前アフリカに遷都する案がありました。この件について大統領に説明を求めます」


 大統領が立ち上がると演台に向かう。一礼してから切り出す。


「このまま使い続けろとおっしゃる方は皆無と存じておりますので、この老朽化した建物の現状についての説明は省略します。ところでひと月前にトリプル・テンの塊と化したスミス博物館がメキシコ湾湖の中心部に落下して底にある穴を塞ぎました。海面上昇が始まりましたが、それ以上に深刻なのは内陸部の湖面降下です」


 どの連邦政府の首脳も頷く。まさしくこの事態をどうするのかということで集まったのだ。

 

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「なんとか湖面下降をくい止める必要があります。幸いメキシコ湾に近いニューヨークにはこの原因となったスミス博物館やその周辺のビルが消滅して広大な更地が生まれました」


 大統領の演説が続くが、アフリカの連邦諸国の首脳に緊張感が走る。


「約束が違う!」


 アフリカの連邦諸国の首脳たちがブーイングを発する。


「非公式ではなかった。そのときの大統領だったチェンが約束してくれた。もちろん他の連邦国家も賛成した」


 直ちに中国の首脳が同調する。


「我が国出身のチェンが約束した。アフリカへの遷都を支持する」


 続いてロシアの首脳が手を上げる。


「もしアフリカ遷都を反故にするのなら、白紙に戻して議論すべきだ。我がロシアはモスクワに新しい地球連邦政府を誘致したい」


 ユーロ諸国も黙ってはいない。しかし、ここで議長が木槌で机を叩く。


「まだ、大統領の趣旨説明の途中です。静粛に!」


 しばらく無視されていた大統領が不愉快そうな声を出す。


「私の説明はここで打ち切ります。オブザーバーの徳川理事長に有識者としての意見を伺いた

 

[261]

 

 

いと思います。どうでしょうか?議長」


「許可します」


 大統領に代わって徳川が演台に立つ。


「端的に申し上げます」


 一礼してから鋭い視線を中国、ロシア、そしてアフリカ諸国の首脳に向ける。


「すでに承知されているかと思いますが、生命永遠保持手術にはトリプル・テンが不可欠ですが必要量は確保しています。それはさておき、私にはなぜスミス博物館がトリプル・テンの塊になってメキシコ湾湖の穴を塞いだのかということについては何も分かりません。しかし、元大砂漠だった内陸部の巨大な湖の水面が急速に下がっています。原因はメキシコ湾湖からの海水の供給が止まったからです」


 そんなことは承知済みだという表情をする首脳たちが次の言葉を待つ。


「いまや穀倉地帯となり海の幸にも恵まれた内陸部の湖が消滅すると地球の食糧事情が一変します。今まで以上に生命永遠保持手術を加速させて湖畔の住民に施します。しかし、永遠の命を手に入れても飢餓には勝てません。なんとしてもメキシコ湾湖に栓をしたトリプル・テンを除去しなければなりません。そのためには引き続きニューヨークに最新の設備を持つ地球連邦政府を建設する必要があると思うのです。それにスミス博物館の跡地を詳しく調査する必要があります。私の考えは以上です」

 

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「貴重なご意見、ありがとうございました。さて……」


 議長が議場を見渡すが静まりかえっている。徳川に逆らえるはずないのに拙速にも発言した首脳の顔面は蒼白となる。特にまだ生命永遠保持手術を受けていない首脳は青ざめる。


「……それでは皆さんの意見を聞きましょう」


 しかし、発言する者はいない。もちろんアフリカの首脳たちも黙って議長を見つめる。


「大統領の提案、つまりスミス博物館跡地に新しい地球連邦政府を建設することの賛否の採決を取りたいと思います」


 議長が一呼吸置いてから採決を宣言する。


「それでは『スミス博物館及び瓦礫と化した周辺のビル跡地に地球連邦政府の新庁舎を建設する』という大統領提案の採決をします」


 議長はもう一度議場を見渡す。


「投票スイッチを押してください」


 棄権票がわずかにあったが、賛成多数で可決された。議場にはなんとも言えないけだるい空気が流れる。


 一方、控え目な笑みを浮かべる徳川にキャミが連れ添って退席する。


 徳川とキャミが月面の生命永遠保持機構本部に戻るため地球連邦政府敷地内で待機していた

 

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空間移動装置に向かうと操縦士が慌てて近づいてくる。


「第五生命永遠保持機構の様子がおかしいという報告がありました」


「なに!なぜ早く知らせなかった」


 叱責しようとする徳川と操縦士との間にキャミが割って入る。


「操縦士は議事堂に入ることはできないわ」


 しぶしぶ徳川が納得すると操縦士が言葉を続ける。


「第五生命永遠保持機構の専務理事が至急理事長にお会いたいと。どうされますか?」


「こちらから出向きましょう」


 有無を言わせずにキャミが徳川の腕を取る。三人が空間移動装置に乗り込むとドアが閉まる。回転が始まるとフッと消える。


「到着しました」


 三人がシートベルトを外すとドアが跳ね上がる。空間移動装置は真夜中の第五生命永遠保持機構の屋上に到着していた。小高い丘にある高層の第五生命永遠保持機構からは御陵全体を見下ろすことができる。その御陵がうっすらと黄色に輝いている。


「専務理事に屋上へ来るよう伝えなさい」


 キャミが操縦士に指示する。操縦士が携帯通信機で連絡を取ると徳川やキャミにも聞こえる大きな声が聞こえてくる。

 

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「すぐ中に入ってください!」


 屋上の一角にあるドアが開くと中から大きな声がする。


「急いで!早く!」


 三人はそのドアに向かって走る。中に入るとあるスタッフがドアを閉めてロックする。


「いったいどういうことだ!」


 徳川が叫ぶ。


「この階段は狭くて急です。気をつけてください」


 スタッフの案内で暗い階段を降りてエレベーターホールに到着する。待ち受けていた専務理事が一礼すると開き放しのエレベーターに徳川とキャミを押し込む。


「あの光を浴びると体調が悪くなります」


 ドアが閉まるとエレベーターが下降する。


「放射線か!」


「いえ!でも正体は不明です」


 ドアが開くと眩しい。目が慣れていないのだ。専務理事室に入ると白衣を着たひとりの女性が近づいてくる。すかさず専務理事が紹介する。


「医師のリンメイです」


 一礼しながら近づくリンメイを睨み付けると徳川が大声を出す。

 

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「先に説明をしろ」


 キャミがこわばるリンメイに近づいてから振り向いて徳川の横の専務理事に尋ねる。


「一刻を争うのですか」


「あの黄色い光線を浴びないようにする以外に緊急性はありません」


「この部屋にいれば安全なの?」


「特殊シールドシャッターで外光を遮断している部屋は安全です」


「理事長は地球連邦政府での演説で疲れています。わかりやすい説明をお願いします」


 ここで性急だった徳川が落ち着きを取り戻す。しかし、キャミは徳川に発言させないように先回りする。


「リンメイ。久しぶりね?ところで聞きそびれていたけれどリンメイは中国人?」


 応えたのは専務理事だった。


「日本人とのハーフです。彼女の生命永遠保持手術の腕は全生命永遠保持機構内で一、二位を争うほどです。それにも増して彼女は考古学に精通しています」


 ここで専務理事がリンメイを促す。


「御陵からの光については調査していますが手がかりはありません。ただ御陵の中に何か得体の知れない強大なモノが存在しているようです。御陵について報告できることはここまでです。それより大問題があります。あの黄色い光を浴びた人間は生命永遠保持手術の効果が薄れます」

 

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「薄れる?」


「初めは手術に失敗したのかと思いました。術後の検査に引っかかるのです」


「光と関係あるとなぜ言えるのだ!」


 キャミが徳川の腕を取るとソファーに座らせる。誰もが立ったまま会話をしていた。


「恐らく重大なことにリンメイは気付いたのでしょう。じっくりと説明を聞きましょう」


「お気遣いありがとうございます」


 リンメイが軽く会釈して腰掛けると本論に入る。


「私自身、もちろん生命永遠保持手術を受けています。自らの身体を検査しました。結論を申し上げます。手術室には当然窓はありません。御陵からの光は届かないはずです。ところが手術をしている私自身その光を浴びていることが分かりました。そこで特殊シールドシャッターをこの建物の窓という窓に設置していただきました」


 専務理事が大きく頷く。徳川が言葉を挟もうとしたときキャミが徳川の横腹を小突く。


「そうすると手術は順調に実施できて再手術した私も生命永遠保持手術の効果を失うことなく手術に邁進できるようになりました。ところが手術を受けた者が退院してこの第五生命永遠保持機構から立ち去ろうとしたとき手術を受ける前の身体に戻ってしまうのです。私自身もそうです。つまりその方々を見送るときに御陵からの光を浴びると永遠の命を持っているはずなのに有限の身になってしまいます」

 

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 そのとき強烈な地震が起こる。大きな横揺れがすると誰もが床に投げ出される。あらゆる物が定位置を失って落下する。専務理事がなんとか立ち上がって窓際に這うように向かう。


 天井のスピーカーから警報とともに最大級の警告が発せられる。


「地震発生!地震発生!」


「専務!シャッターを開けてはなりません」


 リンメイが仰向けになりながらも制する。そして叫ぶ。


「御陵の、御陵の主が起き上がった?!」


 急に雨粒が窓ガラスを叩く音がする。生やさしい音ではない。窓が割れても不思議ではないほどの大きな音がする。たまらず徳川が叫ぶ。


「シャッターを上げろ!」


「危険です」


 リンメイが必死に制するが、徳川が専務理事に迫る。


「上げろ!」


 専務理事が窓際のスイッチを押す。シャッターは窓の内側に設置されている。上部の格納部にシャッターが収納される。

 

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しかし、すでに夜が明けているはずなのに外は真っ暗だ。雨が窓ガラスにぶつかる音が何倍にもなる。ガラスには自分たちの姿が映っているだけ。


「照明を落として」


 キャミがリンメイに指示する。室内が暗くなるが目の前に見えるはずの御陵は見えない。分厚くて低い雲に覆われているようだ。それに激しい雨だ。いくら近いといっても見える訳がない。それでもかろうじて御陵の上あたりに巨大な何かが見えるような気がする。


 急に黄色とピンクの光線が交錯する。暗闇から発せられた強烈な光に全員視力を失う。リンメイが専務理事を押しのけてスイッチを押す。シャッターが降りる音がする。


 やっと視力が戻ってきたころ、専務理事が部屋の明かりを点けようとする。


「少し眩しくなります」


 全員再び目を閉じる。そして薄目で周りを伺う。


「いったい何が起こったんだ」


 徳川が弱々しく尋ねる。そのとき始業を知らせるチャイムが鳴ると専務理事の机の上のインターフォンから音声がする。


「専務。朝礼の時間です」


「朝礼?!」


 壁時計を見ると朝の八時を指している。今度はリンメイを押しのけて専務理事がシャッター

 

[269]

 

 

のスイッチを押す。シャッターが上がると目の前には朝日を浴びた御陵が見える。いつもの光景だ。


「私たち夢を見ていたの?」


 キャミが眩しそうに御陵を見つめるとリンメイが首を横に振る。


「この現象、今回で二度目です」


「前にもあったの?」


 今度は首を縦に振る。


「だから報告しました」


「詳しく説明しろ」


 徳川が怒鳴る。


「報告しようとしたら、そのものずばりの現象が起こりました」


「説明になっていない!」


「説明はできません。今起こったことを報告するだけでした。なぜこんなことが起こるのか、まったく分かりません。分かっていることはあの黄色い光が現れると生命永遠保持手術が失敗する……」


「その原因は?」


 徳川がいらだつと専務理事が弱々しい声で応じる。

 

[270]

 

 

「それで理事長にお越しいただいたのです」


「何をぐずぐずしている。早く調査しろ!」


「どのように……」


 専務理事が恐縮しながら尋ねようとするが、先に徳川の平手が飛ぶ。


「それを考えるのがおまえの仕事だ!」


 御陵周辺の住宅街にいつもと変わらない朝が訪れる。エアカーに乗って会社に向かう者、ランドセルを背負って小学校に向かう子供たち……。あんなに雨が降ったのに水たまりはなく道路は乾いている。そして高架上をリニア通勤列車が疾走している。


「いったい昨日の……いえ、あれは昨日じゃなくていつの出来事?」


 キャミがリンメイに尋ねる。


「まったく同じことが二度起こったことは確かです。でも痕跡は何も残っていません。でも生命永遠保持手術に影響を与えたことだけは……敢えて言えばそれが痕跡かもしれません」


「リンメイ」


 キャミがリンメイの肩を軽く叩く。


「犯人というのか、原因は御陵でしょ?」


 頷くだけのリンメイにキャミが念を押す。

 

[271]

 

 

「とにかく調べなければ」


「御陵は立入禁止です」


 リンメイの言葉に何かを思い出したように徳川が発言する。


「遺跡に板状のトリプル・テンが存在している可能性が高いという情報を受けたとき、他の連邦国家もそうだったが、日本は御陵、いわゆる古墳の発掘をかたくなに拒否した。ストーンヘンジなどこの御陵と比べればちっぽけな遺跡だ。それでも何十枚という板状のトリプル・テンがあった。そのトリプル・テンが嵐を呼んで大変な目に遭った。この巨大な御陵なら……」


 ここで考古学者としてのリンメイが発言する。


「確かにこの御陵には何万基、いえ何十万基の埴輪が存在しています。でもトリプル・テンが存在するという確証はありません」


「それじゃ、埴輪が地震を起こし大雨を降らせて黄色い光線を発したとでも」


 ここでリンメイは意を決して徳川に進言する。


「私は……私はこの御陵の下に巨大な埴輪というのか土偶が眠っているのではと思います」


「土偶?」


 しかし、リンメイの表情が急に豹変する。まるで夢を見るような、つまり全身から力が抜けていつ倒れてもおかしくないような夢遊病者のような表情をする。


「私には……強大な……遮光器……土偶……」

 

[272]

 

 

 リンメイがへなへなと倒れかける。慌ててキャミが支える。


「遮光器土偶?」


 徳川が首を傾げるとリンメイは気を失う。一方、誰もが同じように「遮光器土偶?」と呟く。



 徳川が日本政府に有無を言わせずに御陵の発掘許可を得る。一方、すべての御陵を上空から調査する許可も得る。さすがにストーンヘンジで受けた恐怖感から徳川は自ら調査に参加することはなかった。


 月面の生命永遠保持機構本部に戻った徳川は理事長室のソファーでキャミと満足げにコーヒーを飲む。


「もし御陵にトリプル・テンが大量にあるとすれば、メキシコ湾湖底のトリプル・テンを手に入れるより簡単だ」


「もう生命永遠保持手術に必要なトリプル・テンの八十パーセントは確保しているわ。これ以上トリプル・テンを手に入れて何をするの」


「もはやあの地球はわしのモノだ」


窓から見える青い地球をあごで指す。


「永遠の命を得た今、トリプル・テンを利用してわしはこの宇宙の神になるのだ」


「でも大量のトリプル・テンを手に入れても、トリプル・テンは謎の物質だわ。生命永遠保持

 

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手術以外の利用方法はまったく不明。それにノロも永遠の命を持っているわ」


「なんとかしてノロを服従させなければ」


 徳川が立ち上がるとキャミに近づく。


「キャミ!おまえは本当にわしに仕える気はあるのか」


「生命永遠保持手術を受けると女はセックスに不感症になります。でもあなたに抱かれると私はとても幸せになります」


 キャミは緩んだ徳川の手をていねいに握ってからゆっくりと振りほどく。そして胸のボタンを順番に外す。そして腰に手を当てるとスカートがスルリと落ちる。

 

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ノロは豊臣自動車工業の工場長に雇われて、もはやアンドロボットではなく自らアンドロイド化したノロはノロの本人の影武者のように行動する。


この見た目には人間に見えるノロはやがてある完成コロニーでアンドロイドの製造を手がける。


アンドロイドがアンドロイドを造る。それはノロ本人が目指していたことだ。


失敗して強制労働させられるが、過去のノロの経歴はすでに忘却の彼方にあったので知識豊富で警戒心を与えないノロはすぐに幹部に抜擢される。


スミスはあらゆる武器を駆使して応戦する。もはやこれまでというときにチェン鈴木とともに宇宙を目指すも三人が乗った時空間移動装置が攻撃を受ける。残念なことにチェンが死亡する。


到着したところは完成コロニーで鈴木はフォルダーという名前に変わっていた

 

[275]