第百三十章  三太夫の真意


第百二十八から前章( 第百二十九章) までのあらすじ


 ノロが様々な作戦を練るが肝心のニューブラックシャークは未完成だった。そこでR v 2 6を呼びよせるためにホーリーたちがノロの惑星から地球に向かうと四貫目もR v 2 6 と同行することになる。四貫目が伊賀の里を離れようとしたとき三太夫が現れて巻物を手渡すとノロが百地家の末裔であることを告げる。


 この宇宙の鍵をトリプル・テンが握っているという「火の鳥宇宙論」をノロが展開したあと、未完成のニューブラックシャークの船長の座を巡ってノロとフォルダーが対立する。


 首星に危機が迫ると正規移動装置で首星に向かう。


【次元】六次元 五次元
【空】首星( ブラックシャークマークⅡ )
【人】ノロ・イリホーリー・サーチミリン・ケンタ四貫目・お松
   フォルダー・ファイル瞬示・真美 広大 最長R v 2 6 三太夫
   軍師( 元危機管理センター長) 大総統 参謀長


* * *

 

[412]

 

 

 首星に移動した正規移動装置から吐き出されるようにノロ・イリたちが出てくると瞬示・真美が現れる。


「こちらへ」


「ニューブラックシャークは? 」


「完成していません」


「なんだと! それにここは造船所じゃないぞ」


「そうです。どうやら次元移動がずれたようです」


 騒音がひどい。しかも時々大きな爆発音もする。


「五次元軍の総攻撃を受けています。目標はニューブラックシャークです。この通路で造船所へ! 」


 通路と言っても斑模様のチューブの中を拳銃の弾を遅くしたような感じで突き進む。急に目の前にグレーバイオレットのヒトデのようなものが現れる。


「五次元の戦闘員です! 」


 通路が急に広がると今度は真っ赤なものが現れる。


「援軍です」


 六次元軍の攻撃を受けた五次元の戦闘員から紫色の液体のようなものが噴出する。


「敵は戦闘に慣れています。次元が下でも苦戦しています」

 

[413]

 

 

「造船所までは遠いのか! 」


「造船所は首星首都の地下深い特殊工場内にあります」


「教えてくれた座標が間違っていたのか! 」


「ブラックホールが次元通信をねじ曲げたのでデータが微妙に変化したのかも知れません」


「先を急ごう」


 振り返ると紫色の輝きが見える。六次元の戦闘員が全滅したのだ。


「まずい! 」


 瞬示・真美の身体が赤く輝くと、よく見ないと分からないぐらいの淡い時間島が現れる。


「これで造船所へ」


 時間島がノロ・イリたちを包み込む。その瞬間五次元の戦闘員からどろっとした粘着光線が発射される。間一髪で時間島が消える。瞬示・真美は真っ赤に輝いたまま後を追う。


* * *


「こちらへ」


 先に到着していた瞬示・真美が案内する。


「待て! 」


 目の前には確かにブラックシャークらしきものが横たわっているが、その色はグレーバイオレットだ。

 

[414]

 

 

ノロ・イリの指摘に瞬示・真美が狼狽える。


「なぜここに! 」


 周りにはくすんだピンク色の六次元戦闘員の死体が転がっている。瞬示・真美は言葉を発することができない。至る所にグレーバイオレット色の五次元の戦闘員がいる。ノロ・イリたちは武器を携行していない。ニューブラックシャークの船内に武器があるはずだが、今はなすすべがない。


「ここまでだ」


 耳をつんざく大きな声がする。五次元の戦闘員がギブアップを求めたとき重装備の首星総括大臣直属軍が現れる。ノロ・イリたちに武器を手渡しながら五次元軍を攻撃する。


「船内に! 」


 すぐ目の前で声がする。軍師として直属軍を指揮するのはあの危機管理センター長だ。ニューブラックシャークの船底の扉が開くとフォルダー・ファイルが制する。


「ノロ・イリは船内に! ここで食い止める。侵入されたらどうしようもない」


 ホーリー・サーチも同調するが軍師が割り込む。


「我々が食い止める。万が一突破されても狭い船内の方が戦いやすい」


 ノロ・イリがフォルダー・ファイルを制する。


「時間がない。ここは軍師に任せるんだ。入るぞ」

 

[415]

 

 

 この言葉に軍師が反応する。


「時間がない? そうか! 敵は五次元軍だ。時間を作ればいいのだ」


 軍師が緊急通信を送る。


【私は総括大臣直属軍の軍師だ】


【こちら時間制御センター】


【よく聞け。造船所付近の第四時間軸を停止させろ】


【了解】


 急に五次元の戦闘員の動きがギクシャクするとノロ・イリが驚く。


「こんな手があるとは」


「ノロ・イリの言葉がヒントになりました。五次元の世界より我々の方が時間軸がひとつ多い。それを利用しました」


 しかし、甘くはなかった。稼いだ時間は七次元軍の時間軸破壊攻撃によって破られる。


 直属軍共々ニューブラックシャーク内に逃れたものの、船底のドアが閉まる間隙をぬって五次元軍が船内に侵入する。


 ニューブラックシャークを発進させればいいのだが、未完成なので船体を浮かすことさえできない。


「船底が爆破されました」

 

[416]

 

 

 艦橋に向かいながらノロ・イリが叫ぶ。


「次元バリアーは? 」


 通路の天井から返事がする。


「装備されていますが、使えません」


「なぜ! 」


「プログラムが… … 」


「手動なら? 」


「可能です」


 ここでノロ・イリが驚く。


「お前は誰だ! 」

 

「ブラックシャークの中央コンピュータです」


「なぜ、ここに… … 」


 ノロ・イリの疑問を遮って中央コンピュータが冷静に応じる。


「なんとかします」


 後方では直属軍と五次元軍との激しい戦闘が繰り広げられている。


 ノロ・イリは艦橋に向かおうとするが、六次元化したといっても肝心のノロの脚が遅すぎる。こればかりはどうしようもない。そのノロ・イリをフォルダー・ファイルがすくい上げると全速力で艦橋に向かう。やがて爆発音が遠ざかる。

 

[417]

 


 艦橋のドアがスライドすると天井から中央コンピュータの声がする。


「バリアーが作動しました」


「よくやった。でもどうやって… … 」


「ワタシが作動させたのではありません」


 確かめる余裕もなく艦橋に入ると誰もいない。しかし、よく見ると船長席に大柄な人間が座っている。ノロも近眼だがイリも近眼だ。六次元化したときにメガネを外したのでよく見えない。


「六次元化するとそんな姿になるのですか。でもワタシには分かります。ノロとイリですね」


 その声には聞き覚えがある。


「R v 2 6 ! 」


 船長席を立つとノロ・イリに近づく


「何故ここにいる! 」


「三次元のままの方が正確に次元移動できるようです」


「まさか」


「ブラックホールの影響を排除してこの艦橋の次元座標を正確に計算したのです」


 ここでノロ・イリが重要なことを思い出す。

 

[418]

 

 

「どんな複雑な計算だって次元差はない。むしろ時間軸が単純な分だけオレ達の計算スピードの方が速くてしかも正確なのか」


 数学というものあらゆる次元に公平な道具だ。もちろん計算に使う道具の差は否定できないが。次元が低ければ複雑な時間軸に惑わされることがない分、速く正確に計算できる。


「まず侵入した五次元軍を排除しなければなりません」


「しかし、武器の使い方が分からない」


 ノロ・イリの後からホーリー・サーチの声が聞こえる。


「R v 2 6 ! どうしてここに? 」


 よく見るとホーリー・サーチがふわふわした丸いものをもてあそんでいる。


「その武器の使い方は簡単です。四本の腕を入れてどの指でもいいから相手に向けるのです」


「えー? 四本の腕? 」


「ワタシには皆さんが四本の腕を持っているように見えるのですが」


 すぐさまホーリー・サーチがやはりふわふわとした丸いものを持て余しているフォルダー・ファイルと一緒に艦橋を出る。残ったノロ・イリがR v 2 6 に尋ねる。


「なぜ六次元の武器の使い方を知ってるんだ? 」


「この世界の武器は意外と単純です」


 やっと興奮から覚めたノロ・イリが改めて艦橋を見渡す。

 

[419]

 

 

「ここがニューブラックシャークの艦橋か」


「いえ、ここはブラックシャークマークⅡ の艦橋です」


* * *


「意外だ」

 

 軍師がうなる。ホーリー・サーチたちの武器の操り方がうまいからだ。その中でも四貫目・お松の攻撃が際立っていた。


「腕の数が多いほどこの武器は効果を発する。しかも五本の指が四倍の二十本あるからあらゆる標的に向かって次元エネルギーをまるで散弾銃のように発射することができるのだ」


 軍師にノロ・イリが解説する。


「特に六次元化したあなたの黒っぽい仲間はすごすぎます」


「四貫目・お松のことだな。彼は分身の術という忍法を心得ている」


「分身の術? 」


「ひとりで何人もの… … 場合によっては四人、八人分の役割をする」


「相手を照準する指が八〇本、一六〇本にもなるのか! 」


 しかし、敵が多すぎる。バリアーで食い止めたと言ってもかなりの五次元軍がエンジンルームやコンピュータルームに侵入する。

 

[420]

 

 

* * *


「わあ! ワタシの部屋に五次元の戦闘員が! 」

 

 悲壮な中央コンピュータの声が通路天井から漏れると四貫目・お松が戦列を離れて中央コンピュータルームに向かう。ブラックシャークとは異なるが見当は付いている。しかし、すでに五次元軍が占拠したコンピュータルームに飛び込んだから集中攻撃を受ける。さすがの四貫目・お松の身体が引き裂かれる。やむを得ず分離するが三次元の身では六次元の武器が使えない。四貫目は電磁忍剣を抜いて五次元の戦闘員を切り捨てるが、切っても切っても彼らは復元する。


「もはやこれまでか」


 四貫目が覚悟すると包囲していた五次元の戦闘員が瞬間的に蒸発する。


「四貫目! 巻物だ! 」


「その声は! 」


 蒸気の中から巻物をくわえた三太夫が現れる。その両端から一メートルほどの青い光の刃が飛び出す。双頭剣となった巻物の束を回転させながら背後に現れた新手に向かって突進する。


「お前に教えてもらった秘術だ」


 三太夫は五次元の戦闘員から発射されるグレーバイオレットの粘着光線をけちらせながら突進する。なおも巻物を回転させて青い双頭剣で次々と切り捨てる。

 

[421]

 

 

 四貫目の巻物の両端から緑に輝く刃が飛び出す。再び四貫目とお松が参戦する。引き裂かれた五次元の戦闘員の身体からグレーバイオレットの液体が噴出する。


「やめてください! 」


 叫んだのは五次元の戦闘員ではなく中央コンピュータだった。


「そんな攻撃をしたらこの部屋が汚れてしまう」


 三太夫と四貫目は巻物の中央を握りしめて回転を止めると残った五次元の戦闘員が一斉に真っ黒な剣で反撃に出る。よく見ると刃の中心線には丸い穴が規則正しく開いている。その穴から無数の黒く沈んだ光が四貫目に向かう。次の瞬間四貫目が天井に向かって跳躍するが、天井に付着した粘着物質に接触して身動きが取れなくなる。五次元の戦闘員が黒い剣を捨てると粘着光線銃を四貫目に向ける。


「四貫目! 」


 三太夫が跳躍して四貫目の背後に回る。一方、お松が黒い剣を拾うと振り回す。剣の穴から黒く沈んだ光が放たれると五次元の戦闘員に次々と命中する。その隙を縫って四貫目は巻物の片側の槍を引っ込めてもう一方にエネルギーを集中させて長い槍とする。しかし、時すでに遅しだった。何十本の粘着光線にあえなくとどめを刺される寸前だった。覚悟を決める暇もない瞬間その粘着光線は四貫目をかばう三太夫の背中に命中する。


「うっ! 」

 

[422]

 

 

 三太夫の悲痛な声がする。お松が真っ黒な剣を四貫目に投げつける。その剣の穴に槍の先端を突っ込むと回転力を付けて空中に放り投げる。敵も味方もない。剣の穴から無数の黒く沈んだ光が散らばる。


 中央コンピュータルームには倒れた五次元の戦闘員やお松。そして天井に貼り付いたままの四貫目と三太夫。すべてが全く動かなくなった。強化ガラスで守られている中央コンピュータだけが無事だった。しかし、その強化ガラスもあちらこちらに穴が開いている。その一番大きな割れ目から小さな人型が現れる。中央コンピュータの端末だ。


「中央コンピュータがシャットダウンします」


 すでに室内の温度がかなり上昇している。そのときホーリー・サーチたちが飛び込んでくる。


「サウナじゃないか! 」


「四貫目! 」


 ミリン・ケンタが天井の四貫目に気付く。


「回復剤はないのか! 」


 尋ねる相手を特定せずにホーリー・サーチが叫ぶと中央コンピュータの端末が応答する。


「建造中のブラックシャークマークⅡ には赤チンすらありません」


 すでにミリン・ケンタが倒れたお松の脈を取っている。


「息はある。医務室に! 」

 

[423]

 

 

「マークⅡ には医務室どころかトイレすらありません」


 今度はフォルダー・ファイルが叫ぶ。


「マークⅡ を首星から離脱させろ」


「エンジンにエネルギーが注入されていません」


「暑い! 何とかならんのか」


 端末が分厚いガラス片を手にすると首を横に振る。


「あれを見てください」


 やっと冷静になったフォルダー・ファイルが端末を見つめるとすべてを理解する。中央コンピュータから発生する熱が割れた強化ガラスから漏れているのだ。


「ノロを呼べ」


* * *


「中央コンピュータが危ない」


 ノロ・イリがR v 2 6 や軍師らとともにコンピュータルームに入る。


「フォルダー・ファイル! 艦橋で指揮を執れ」


「船長の資格がないと言ってたじゃないか」


「非常事態だ! 」

 

[424]

 

 

 そのとき瞬示と真美が現れる。瞬示・真美ではない。


「三次元の身体に戻ってください。ここは三次元の海賊船ブラックシャークマークⅡ です」


「そんなはずはない。六次元化した海賊船だ! 」


「今は三次元のフォーメンションを取っています」


 ノロ・イリが納得する。


「そうか。マークⅡ はあらゆる次元体勢を取れることを忘れていた。イリ! 別れの時が来た」


 ノロ・イリが分離する。


「フォルダー・ファイルも分離しろ。船長就任は取り消す」


 分離したフォルダーがノロに詰め寄る。


「何をしろと言うのだ」


「伝令だ」


「伝令? 」


「中央コンピュータルームに侵入された以上、この船を的確に操れる者はオレしかいない」


「だから俺は何をすればいいんだ! 」


「六次元化した仲間に元に戻れと。六次元の生命体には三次元化しろとふれて回るんだ」


* * *

 

[425]

 

 

 

「最悪の事態などこの宇宙に存在しないと思っていたが… … 」


 ノロの弱々しい声が中央コンピュータルームに響く。そのときミリンの目が輝く。


「動いているわ」


 ケンタの脇腹を突く。


「ほんとだ」


 三太夫の右手がピクッと動いたとき数人の五次元戦闘員が侵入してくる。すぐさまホーリーたちが床に伏せる。あ然として立ちすくむノロをR v 2 6 が床に押しつけると素早く敵に突進する。その瞬間三太夫の右手からカブトワリが発射される。正確にひとつひとつのカブトワリが命中する。何とか凌いだ三太夫が起き上がって跳躍すると天井の四貫目を抱きかかえてトンと床に足を付ける。そして四貫目が握りしめる巻物をもぎ取ると四貫目の口に押し当てる。


「カイフク… … とか言っていたモノ」


 巻物から液体が染み出る。ノロが仰天する。


「巻物に回復剤が仕込まれているなんてあり得ない! 」

 

 四貫目の目がうっすらと開くと立ち上がる。もうろうとしているが本能的に自分がくわえた巻物をお松の口にあてがう。


「お松。噛め」


「巻物に回復剤を仕込んでいたのか」

 

[426]

 

 

「見てのとおりだ。知らないはずはないだろう」


 お松の顔色に赤みが戻るとノロが首を横に振る。


「知らなかった」


 三太夫がノロの前に立つ。


「お前は我が百地家の末裔だ」


 ノロは声を出さずに軽く頷く。


「しかし、お前の体型は忍者一族からほど遠い。何故だ」


「そういうお前こそ人間からほど遠いじゃないか。まるでゴリラだ。特に頭部が」


 険悪な会話が続くのではとイリたちが心配する。特に四貫目はいつでも割って入る体勢を取ろうとするが、体力が戻っていない。


「我ら百地一族は別名猿一族ともいう」


「あの天才忍者猿飛佐助を輩出したエリート集団だと言いたいのだな」


「猿飛佐助のことを知っているのなら、お前はやはり我らの末裔に間違いない」


「そんなバカげた話は後だ。この船は未完成だし、いつ五次元軍が攻撃してくるかもしれない。


首星から脱出する。いずれブラックホールが首星を呑み込むだろう」


 R v 2 6 がノロを促す。


「脱出方法は? 」

 

[427]

 

 

「ない」


 素っ気ない返事が返ってくる。R v 2 6 もお手上げだという表情を返す。


「ブラックシャークマークⅡ は最新鋭の宇宙戦闘艦だが、すでにポンコツ同然。ご先祖様がお見えになってもどうしようもない」


 突然三太夫がカラカラと笑う。


「修理しよう。わしではない。五次元の生命体にさせる」


「そんなバカな」


「今は言えない。なんとかする。任せてはくれまいか」


 ノロがニーッと口を広げると三太夫を見上げる。


「三太夫は五次元の生命体に拉致されたか、身体を売ったかは知らないが、もはや三次元の生命体ではない。姿形は五次元のアンドロイドだが、実質五次元の生命体だ」


「さすが百地家の末裔。もちろんわしは五次元のアンドロイドの身体を借りているが生命体だ」


「五次元の生命体であって三次元の生命体ではない。信じろと言われても… … それにオレの先祖かどうかは疑問だ。今始めて会ったんだからなあ」


「いずれにしてもマークⅡ は体をなしていない。しかも七次元軍がコントロールするブラックボールがこの首星に迫っている」


「時間島を使う。それしかないだろう」

 

[428]

 

 

「ブラックホールの影響を受けずに時間島で移動できるのか? それにマークⅡ を包み込んで首星から脱出しても、どこで修理をするんだ? 」


 ノロは四貫目が持つ巻物を見つめると三太夫が応じる。


「限界城だ」


「何だと! 」


* * *


 ここは五次元軍大本営だ。興奮した大総統がわめく。


「何をぐずぐずしている! 首星など一気に呑み込んでしまえ」


 やれやれという表情をしながら参謀長がいなす。


「宇宙最強の戦闘艦ブラックシャークマークⅡ を確保しなくていいのですか」


「まだ確保できていないのか」


「それにノロの確保もまだです。それだけ抵抗が強力だと言うことです」


「低次元の生命体など生命体ではない。皆殺しにしてノロだけを連れてこい! 」


「何度も報告していますが六次元軍が必死でノロを守っています」


「だから七次元軍と組んだのだ。あいつらにとって六次元軍など虫けら同然のはずだ」


 繰り返される問答に参謀長が嫌気をさす。

 

[429]

 

 

「次元が高いと言っても数多い時間をコントロールしなければなりません。もちろん七次元軍の時間制御技術は我々の比ではありませんが」


― ― もう何百回と説明しているのに。ひょっとして… …


「七次元軍はのろい。急かすのだ。お前が言えないのならわしが言ってやる」


「それは禁句です。元も子もなくなるばかりか同盟関係が破棄されて我々も攻撃を受けるかも知れません」


 参謀長以外に口を挟む者はいない。大総統に意見を言えば死刑しかない。だが参謀長だけは例外だ。彼は大総統の息子だから。


― ― 父上はボケられたのかもしれない


 参謀長が試しに三次元の生命体に敗北した先頭のことを尋ねてみる。


「あれはお前のミスだ」


 参謀長は忍者という特殊な三次元の生命体を手なずけて、それは三太夫だが、その知恵を活用して限界城を構築して三次元の生命体を攻撃した。そして敗北した。


― ― あいつはあのとき死んだ。いや、ひょっとして… …


 この参謀長の疑問は正しかった。五次元の生命体に捕らえられた三太夫は五次元化されたが、次々と身体を乗り換えて生き続けた。つまり忍者故に金メダルに輝くすべてのオリンピック選手の運動能力を遙かに超える俊敏さと、三軸ある時間に身を置いても自分を見失うことがない冷静さを兼ね備えていた。

 

[430]

 

 

だが四貫目に敗れた。


 この事実が何を意味するのか、今まで参謀長は深く考えたことがなかった。


― ― 四貫目は三太夫の部下だった。忍術で優位な三太夫が四貫目になぜ破れたのか。やはり五次元化すれば三次元の生命体ほど俊敏には動けないのか?


 次元の高い方が必ず勝つとは限らないことを確信する。七次元軍の力を借りなくても六次元軍を滅ぼすことは可能なのではないか。むしろやっかいなのは三次元の生命体ではと考えた。


― ― 七次元軍の力を借りるまでもなく自ら六次元軍と戦えばいいのでは


 大総統の息子故に参謀長に抜擢されているものの戦闘を体験しただけのことはある。参謀長は成長した。再び限界城を構築して六次元の生命体を全滅させる作戦を立てる。


― ― ノロの確保はその後だ。四貫目が守ろうとしたホーリーたち三次元の生命体はノロを信奉している。そのノロを確保するには四貫目以下勇猛な戦士と戦わなければならない。三次元の生命体が頼るブラックシャークマークⅡ が消え失せれば抵抗力ががた落ちになるはず。


 こう考えたとき、参謀長に次元通信が入る。


【当主】
【その声は! 】
【三太夫だ】
【やはり生きていたのか】

 

[431]

 

 

【当主こそ】
【私のプライベート時間軸で通信できる者は限られている】


 五次元の生命体は三つ目の時間軸を通信手段として使うことがある。


【わしに用事があるようだな】
【もう当主ではない。今は大本営の参謀長だ】
【戦いに負けたのに出世したのか。まあそんなことはどうでもいい。今どこにいる? 】
【地獄のようなところだ】
【言いたくないのだな】
【話を戻そう。どうやら私が無意識のうちにお前を呼び出したようだ】
【あの戦いで、当主、いや参謀長の心が読めるようになったのかも知れん】
【それなら話が早い。もう一度私の部下として、いやともに戦う気はないか】
【悪くない話だ】
【ともにリベンジしないか】


 一瞬、間が開く。そして低い笑い声が参謀長に届く。


【四貫目のことか】
【そうだ】
【四貫目は生きているのか】

 

[432]

 

 

 参謀長は同じ返事を繰り返すと三太夫が応じる。


【子飼いにやられた怨念を晴らす場を与えるというのだな】


 三太夫は先ほどより高い声で笑う。


【四貫目ごときに今も手を焼いているのか。場合によっては期待に添えるかも知れん】


 今度は参謀長が笑う。


* * *


 ノロと四貫目と三太夫だけで話し合いが行われる。三太夫と死闘を繰り返した四貫目は内心三太夫を疑っているが、気付かれないように取り繕う。


「貴重な情報だ。悟られないように対処しなければ」


 ノロが笑顔で応える。三太夫は滅多に見せない笑みを浮かべるとノロに頭を下げる。


「顔を上げるんだ。祖先が子孫に頭を下げることはない」


 このノロの言葉に三太夫の目元が緩む。この表情を四貫目は見逃さない。


「四貫目。許せ」


 三太夫はすでに四貫目の猜疑心を見抜いている。四貫目も気持ちが揺れ動いていることを自覚する。やはり相手は頭領なのだ。


「わしを信じろと言っても拒否する方が正しい。今から心底を披露するが、お前の心を奪うことはできぬ」

 

[433]

 

 

 四貫目が無言でひれ伏したので三太夫は説得を諦める。一方、ノロは作戦の詳細を三太夫に求める。三太夫の説明が終わるとノロがうれしそうに飛び上がる。


「ブラックシャークマークⅡ を時間島に包み込んで参謀長が構築した限界城に次元移動する。そして六次元と五次元の生命体がマークⅡ を修復、いや完成させる。素晴らしいアイディアだ」


 はしゃぐノロを見つめながらいつも寡黙な三太夫が能弁に語る姿を見て四貫目は違和感を払拭できないまま会話を聞き終える。


* * *


「反対とは申し上げぬ。しかし… … 」


「裏切られたら、それはそれでいい。今は土壇場だ」


「それがしの心は読まれている。今一度お松に確かめさせまする」


「お松に? 」


「実はお松は三太夫の妻の妹。それがしは三太夫の部下と言うより下忍という奴隷のような存在。しかも忍術を駆使した戦いでそれがしが勝利した。快く思っていないはず」


 ノロは真剣な四貫目とは対照的に持ち前のポジティブな感想を言葉にする。


「すでに三太夫は四貫目にひと目置いている」

 

[434]

 

 

「それは誤解でございまする」


「それにオレの祖先だ。子孫のオレを懲らしめて何になる? 」


「分かりませぬ」


「分かった。お松を三太夫の元に。そして報告を待とう」


* * *


「やはり来たか」


 三太夫がお松の手を取る。


「四貫目の気持ちはよく分かる」


 お松は三太夫の手を振りほどくと間を置く。


「お前が四貫目と夫婦の契りを交わしたことは知っておる」


 お松がかすかに恥じらう。


「返事をしなくともいい。お前に伝えたいことがある」


 お松は黙っている。


「伝えたいこと。それは夢だ」


 驚いたお松の小さな唇が初めて開く。


「夢? 」

 

[435]

 

 

「それはお前らの時間で言えば何百年以上も見続けていたものだ」


 お松は不思議そうに三太夫を見つめる。


「この何百年間、例の巻物を繰り返し読んだ。大昔伊賀の里で読んだときは戦国時代の戦いや忍術以外は全く理解できなかった」


 三太夫が懐から巻物を取り出す。


「五次元の生命体に誘拐されアンドロイドとなったとき徐々に理解が進んだ。この巻物には戦国大名で築城に長けた加藤清城の設計図もあったが、そこには五次元の城に昇華させるヒントが隠されていた」


 急にお松が目元に力を入れるが再び沈黙の体勢を取る。三太夫はその変化を見逃さない。しかし、出た言葉は優しかった。


「お前も四貫目共々苦労したようだな」


 警戒を少し緩めるがお松の視線は緩まない。


「立派な『くノ一』に成長したものだ」


 三太夫は心底義理の妹に感心する。だがお松は視線で先を促す。


「そうだったな」


 三太夫が苦笑いする。


「とにもかくにも五次元の生命体は限界城を完成させた。わしは当主の部下として三次元の生命体を滅亡させる作戦に組み込まれた。それはもっと様々なことを知りたいという欲望があっただけではなく、五次元化されて自分の身体が奴らの管理下に置かれているという強制力からその道を選ばざるを得ないという現実的な対処だった」

 

[436]

 

 

 お松の目元が悲しそうに緩むが三太夫は気付かないふりをして続ける。


「そして四貫目に敗れた。誰の目にも死んだと思われたが、負けただけだ。何しろ限界城は五次元生命体の集合体だから、いくらでも潜り込める身体が転がっていた。その身体を利用してわしは自由の身になった」


 お松の目元がうなる。


― ― さすが頭領


 三太夫はゆっくり頷いてから笑う。


「先ほど言ったとおり、その後じっくりと巻物を分析した。何百年もかけてだ」


 三太夫が巻物を強く握り締める。


「この巻物は何本もある。その数は不明だ。分かるか? 」


 お松が首を傾げる。


「本来一本しかなかったはず。だがこの宇宙を漂流したのだろう。あらゆる次元を旅した巻物は、複雑な次元時間を観念的に漂流したとしか思えないが、かなりの数の巻物が存在することになった。そんなことも知らず四貫目に渡った巻物だけしかないと思い込み取り返そうとしたこともあったが、ノロも所持していることが分かった時点で考え方を変えた」

 

[437]

 

 

 三太夫が持つ巻物が妖しい光を放つ。


「偽物だと思っていた自分の巻物が本物のひとつだと気付いたとき、わしは半狂乱に陥った」


 ついにお松が口を開く。


「四貫目が持つ巻物もそのひとつですか」


「だからこそ、四貫目もお前も生きているのだ」


* * *


「わしが伊賀忍者の頭領かどうかは関係のないこと。知的な生命体であれば誰でも思いをはせる問題だ」


 お松は自分の口を解放する。


「宇宙のことですね」


「そうだ。この宇宙の摂理を知りたいと思うのは当然のこと」


「四貫目は口には出しませんが、そばにいて感じることを言葉にすれば頭領のおっしゃることと同じだと」


「それなら話は早い。わしは三次元の生命体を裏切った。だが今は違う。三次元などという問題ではない。この宇宙の問題だ。この宇宙を構成するあらゆる次元に平和が必要なのだ」

 

[438]

 

 

 三太夫が巻物を紐解く。


「この巻物にはノロの記述が多い。わしはそう思っている」


 初めてお松が微笑む。


「当の本人が何を考えて行動しているのかを知りたい」


「彼に死んでもらっては困ると言うことですね」


「だから四貫目は必死に戦う。見上げたものだ」


「頭領の真意、よく分かりました」


* * *


 かなり先の子孫が黒い球体( 時空間移動装置) を発明することになっていた。しかし、巻物に記載されたその設計図を三太夫が理解できるわけがない。


 当初ノロは設計図を次元メモリーに保管していた。これもノロが発明したものだった。時空間移動装置で移動する際に時間軸の振動に堪えるメモリーがなければ時空間座標を正確に記録できない。記録できなければ元の時空間に戻れないから宇宙を漂流することになる。


 ところがコピーは簡単だ。コピーガードは可能だが、そのガードを打ち破ることも簡単だ。そして遊び心を持つノロは何を思ったのかメモリーの形状を巻物にした。書き換え自由と言うより新しい情報が追記できる。そして最も重要なことは時空を超えてコピーされたと言うことだ。

 

[439]

 

 

だから未来過去を問わず複数の色々な巻物が存在する。しかし、その内容を理解できる者は少ない。


 やっかいなのは巻物に他次元の生命体も無意識のうちに書き込みしたことだ。彼らも巻物のことを理解していない。書き込み自由なこの巻物がこの宇宙の規律に影響を与えることなど誰ひとり気付かなかった。


 巻物に記述されたあらゆる生命体の意思がいつの間にかエネルギー化した。生命体の意思というものは何かの弾みで巨大なエネルギーを生むものだ。ノロが遊び半分で造った巻物メモリーは当の本人ですら遙かに想像の及ばない存在となった。


* * *


 お松の報告を受けてノロと四貫目は三太夫を信用することにした。


「ブラックシャークマークⅡ を時間島で包み込もう」


「任せてください」


 広大、最長、瞬示、真美が胸を張る。マークⅡ から五次元軍を排除した今がチャンスだ。首星の造船所でマークⅡ の製造に携わった六次元の生命体が次々と乗り込む。


「限界城の時空か座標を教えてくれ」


 三太夫がおもむろに発言する。

 

[440]

 

 

「残念ながら五次元軍はまだ限界城を築城していない」


「取り敢えずノロの惑星に移動しよう」


「ノロの惑星はマークされているぞ」


「分かっている。一時しのぎだが選択肢はない」


「そうか」


 三太夫は発言を止める。


「準備が整ったらすぐ移動する。長居は無用だ」


 ノロがニーッと口を広げると広大が準備にかかる。


* * *


 時間島に包まれたブラックシャークマークⅡ がノロの惑星の上空に現れる。ノロが艦橋の天井に向かって叫ぶ。


「オレはノロ。中央コンピュータ! 聞こえるか」


「よく聞こえます。ご無事で何よりです」


「惑星の状態は? 」


「マグロが我が物顔で大海原を泳いでいます」


「進化のスピードが速すぎる」

 

[441]

 

 

 一事が万事だと悟ったノロが続ける。


「造船所のドッグは? 」


「暇なのでマグロ漁船を建造しています」


「第一ドックもか? 」


「あんな大きなドックで漁船を造るのは無理です」


「そこにブラックシャークマークⅡ を移動させる」


「ブラックシャークマークⅡ ! 」


「応急処置を行う。すぐ準備に掛かれ」


* * *


 ブラックシャークマークⅡ がドック入りしたとたん警報が鳴り響く。


「何だ! 」


 ノロの惑星の中央コンピュータの緊張した声が艦橋に広がる。


「未確認の次元移動体が多数接近中。クワガタ戦闘機発進! 」


 ノロが周りを見渡したとき四貫目が叫ぶ。


「三太夫がいない! 」


 そして懐から巻物を取り出す。

 

[442]

 

 

「広大殿なら三太夫がどこにいるか探し出せるはず。それがしをそこへ! 」


「正体判明。ヒトデ型戦闘艦です」


 ここでノロが激しく首を横に振る。


「アイツ、裏切ったな! ご先祖様だと思っていたが縁を切る! 」


 ノロにしては珍しく激しい口調だ。広大と四貫目の姿が消えると最長が次元通信を送る。


【三太夫。説明しろ! 】


 三太夫からの返事はない。事の重大さに気付いたホーリーがノロに詰め寄る。


「この星にもビートルタンクはあるのか? 」


「あるはず」


 ノロが天井を見上げたときノロの惑星の中央コンピュータから答えが返ってくる。


「ビートルタンクをそちらに向かわせました。ワタシはクワガタ戦闘機隊の指揮に専念します。あとはよろしく」


 すぐマークⅡ の中央コンピュータが引き継ぐ。


「ビートルタンクを発見。到着まで数分かかります」


「場所は? 」


「後方甲板五番連装主砲の前です」


 ホーリーが駆け出すとサーチ、ミリン、ケンタが続く。ここでノロはフォルダーがいないことに気付く。

 

[443]

 

 

「フォルダーは? 」


 イリが悲しそうに告げる。


「あなたがひどいことを言ったから付いてこなかったわ」


 真美がやるせない表情をして瞬示に寄りかかるとひとつになって瞬間的に消える。しかし、ノロは何事もなかったように天井に向かって叫ぶ。


「マークⅡ の応急修理を急ごう」


「それは無理です。時間がありません」


「時間なら心配ない。時間を造ればいいんだ」


 と言いながらノロは重大なことに気付く。五次元軍に対抗して時間を稼げるのは六次元の生命体しかできない。最長はいるが広大はいない。今しがた瞬示と真美も消えた。


「オレが時間を稼ぐ」


 ノロがニーッと口を広げてイリに近づく。いつもなら大歓迎するイリだが、ノロの異常な表情に尻込みする。ノロが飛びつくとイリはひらりとかわす。


「イリ、愛している」


 それでもノロはイリを追いかける。そこに最長が割って入る。


「三次元の生命体が六次元化したところで時間軸を操ることはできない」

 

[444]

 

 

 ノロが急ブレーキをかける。


「強姦だわ! ノロなんて大嫌い! 」


 イリに張り倒されて床で泡を吹きながらノロが最長を見つめる。


「広大を呼び戻せないのか」


* * *


 広大は広大で忙しい。何とか三太夫を捕捉すると四貫目が対峙する。


「待て、四貫目」


 四貫目が顔の前で巻物を握るとその両端から緑色の刃が飛び出す。巻物を束とする双頭剣を構えながら距離を詰める。


「裏切ったわけではない」


「問答無用」


 しかし、三太夫は忍剣を抜くこともなく得意のカブトワリも握っていない。つまり隙だらけなのだ。


「ここは見逃してくれまいか」


 三太夫が頭を下げる。今四貫目が動けば三太夫は双頭剣の餌食になるのは明らかだ。三太夫は座り込み懐から巻物をゆっくりと取り出す。そして上半身裸になって全身の筋肉から力を抜いて巻物をほどくと上半身に巻き付けておもむろに背中を向ける。

 

[445]

 

 

「我が百地家の家系図だ」


 中央に墨で描かれた家系図が見える。細かい文字だが四貫目にははっきりと見える。ほとんどの名前には赤い× 印が付いている。いや× 印がないのは三太夫とお松とその連れ合いの四貫目。そして末裔のノロと… … 。


「同じことがお前の巻物にも書かれているはず」


 四貫目が困惑の声を出す。


「それがしとお松が夫婦になっている」


 四貫目はお松を妻だと思ったことはなかった。


「それはお前たちが六次元化したことを意味している。ノロという文字の横を見ろ」


「イリ… … あのふたりも六次元化した」


「そのとおり。不思議な巻物だ」


 これまで黙って両者の挙動を見つめていた広大が四貫目の制止を無視して三太夫の背中に近づく。


「『三太夫』の文字だけが薄い」


 他の名前は黒いが三太夫の文字だけがグレーなのだ。


「今しばらく様子を見てくれ。わしはノロのためにもう少しだけ時間が必要なのだ」

 

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「訳を教えてください」


 広大の言葉に四貫目が双頭剣を巻物に収納すると三太夫がもう一度頭を下げる。


「この身を持って必ずノロを守る」


 四貫目は大きく息を吸い込むと膝を突いて広大がいる三太夫の背後に座る。もしここで四貫目が全く抵抗しない三太夫をあやめれば家系図に記載されている三太夫の文字の上に赤い× 印が付くことになる。一方、広大は両者が発する静かで冷ややかな火花に困惑する。


「心得た」


 四貫目は巻物を懐に仕舞うと広大の手を取る。


「戻る」


 驚く広大の視線が四貫目に移る。


「分かった」


 広大と四貫目の姿が消える。ゆっくりと三太夫が立ち上がる。


「最後の戦いだ」

 

* * *


「すごい数だ」


「次元落ち作戦を実行するには敵が多すぎる」

 

[447]

 

 

 ケンタの弱気な言葉にホーリーが激励する。


「正方形包囲網を広げる」


「危険だわ」


 ミリンが反論する。ミリンの言うとおりだ。四台のビートルタンクの距離が長くなるとほぼ単独行動に近くなる。しかもクワガタ戦闘機がヒトデ型戦闘艦と入り交じって戦闘を繰り返している。ノロの惑星の大気圏内にいればビートルタンクは単独で行動することができる。つまり飛行戦車として存分に戦うことができるが、包囲網を広げると大気圏外に離脱することになる。そうなればクワガタ戦闘機の力を借りなければ動けない。もちろん二次元エコーの発射もままならない。それでなくても絶対数で不利なクワガタ戦闘機をビートルタンクの護衛に回すのは不可能だ。


{ ホーリー、サーチ、ミリン、ケンタ! 大気圏内で勝負するんだ}


 ビートルタンクに分乗する四人に瞬示から無言通信が入る。続いて真美からの無言通信が届く。


{ ここは堪えて一隻でも多くのヒトデ型戦闘艦を二次元化してください}


 これが瞬示と真美からの最後の通信だった。ホーリーはやむを得ず命令を下す。


「包囲網を縮小する。クワガタ戦闘機が抗戦していない空間に包囲網を作る」


 これは困難な作業だった。ヒトデ型戦闘艦の密度が高く、しかもクワガタ戦闘機がいないところに正方形包囲網を形成し、その内側に二次元エコーを発射してヒトデ型戦闘艦を二次元化しようという作戦だから。

 

[448]

 

 

「ヒトデ型戦闘艦数隻が接近! 」


「応戦しろ」


 ビートルタンクは四台の呼吸を合わさないと二次元エコーを発射できない。単独では通常のレーザー光線しか発射できない。もちろんその破壊力は強力だが、格闘戦になれば相手が多すぎて連続攻撃を受けると強靱な装甲をもってしても破壊されるだろう。


{ 無言通信で意思を結束するのよ}


 サーチが提案する。


{ 了解}


 四人は一対一の通信しかできない無言通信で細かくお互いの空間座標データを交換する。


{ 今だ! }


 遙か上空から見ると四台のビートルタンクが正方形のそれぞれの角に位置しているはずだ。そして黒光りする砲身から二次元エコーが立体的に発射される。その包囲網の中にいるヒトデ型戦闘艦は瞬間的に四次元化、三次元化、そして最後は二次元化されて紫の花びらのようになる。


{ 次だ}

 

[449]

 

 

 想像を絶する四人の連帯感が次々とヒトデ型戦闘艦を二次元化するが、何しろ多すぎる。やがて四人に焦燥感が生まれる。


 クワガタ戦闘機もその数を減らす。ビートルタンクにしろクワガタ戦闘機にしろその表面はつややかで少々ヒトデ型戦闘艦の粘着光線を受けても本体に接着することはない。むしろ大気圏内で戦う場合、羽ばたいてあらゆる方向に素早く進路を変えることができる。


 特にクワガタ戦闘機の空中での格闘能力は宇宙一だ。すれ違いざまに羽ばたいて反転すると二本の角をこすり合わせて発射される振動破壊光線がヒトデ型戦闘艦に強烈なダメージを与える。しかし、羽ばたいた瞬間に粘着光線を大量に浴びると羽に絡んで墜落する。何とか着地しても這うようにしか移動できなくなる。そうなると戦いようがない。


* * *


 四貫目がノロに三太夫を見逃したことを伝える。


「いや。三太夫には深い考えがあるはず」


 広大が四貫目をかばう。そしてノロに進言する。


「首星は諦める。オルカを呼び戻してくれ」


「ダメだ。ここまでブラックシャークマークⅡ を建造してくれた首星を見殺しにするわけにはいかない」

 

[450]

 

 

「しかし、オルカ一隻では首星を守るのは不可能だ」


 ノロが唇をかむ。


「ビートルタンクが集中攻撃を受けています」


 応急処置的な修理が進まないマークⅡ の艦橋の浮遊透過スクリーンに粘着光線でダンゴムシのようになったビートルタンクが映し出される。


「帰還せよ」


 ノロのむなしい声が艦橋にとどろく。しかし、ホーリーたちからの返信はない。ノロは悲壮感が漂う。それ以上に四貫目がうなだれるが、その懐が怪しく輝く。巻物を取り出してヒモを解く。そして百地家の家系図を探す。その家系図の末端のノロという文字は薄れることがなく真っ黒な力強い筆で書かれている。ずっと上の方に目を移すと三太夫の名前も黒いままだ。


― ― 何を意味するのか


 四貫目はそのまま巻物をノロに差し出したとき広大が叫ぶ。


「巨大土偶! 」


 浮遊透過スクリーンに数人の巨大土偶が突然現れる。それを見ていたノロは受け取り損なって巻物を落とす。


「瞬示・真美が手配したようだ」


 広大が巨大土偶の数を確認する。

 

[451]

 

 

「一、二、三、四。ビートルタンクを護衛できる! 」


 広大・最長に瞬示・真美から次元通信が入る。


【これでビートルタンクは存分に戦える】


 広大が注文を付ける。


【くれぐれも二次元エコーを巨大土偶に照射しないように】
【もちろん! でもビートルタンクとの連携がうまくいくかどうか】


 緩んでいた広大の表情が真顔に戻る。


【分離して私と最長、瞬示、真美がビートルタンクに分乗して巨大土偶をコントロールすればいい】


* * *


 ビートルタンクは巨大土偶の掌で体勢を立て直す。広大たちの腕がいいのか、ビートルタンクはいとも簡単に正方形包囲網を構築すると二次元エコーを発射する。ヒトデ型戦闘艦は瞬く間に次元落ちして紫色の花びらとなる。


{ 包囲網を拡張する}


 ホーリーの威勢のよい命令が連発される。


{ 巨大土偶に助けられるなんて}

 

[452]

 

 

{ 無駄口は叩かないで。叩く相手はヒトデ型戦闘艦よ}


 ミリンがサーチをいさめる。


{ 間違っても巨大土偶に二次元エコーを浴びせるな}


 ホーリーのビートルタンクで巨大土偶をコントロールする広大が胸を張る。


{ 巨大土偶はビートルタンクの後にいるから大丈夫だ。ただし指先には細心の注意を払わなければ}


 そのとき包囲網をくぐり抜けたヒトデ型戦闘艦がホーリーのビートルタンクに照準を合わせる。もちろん粘着光線を受けても破壊されることはないが連係プレーに支障が出る。絶対に避けなければならない状況に追い込まれる。しかし、対処方法がない。


{ 任せてくれ}


 ホーリーの心配をよそに広大が巨大土偶に次元波を送る。すると巨大土偶の目が開いてヒトデ型戦闘艦に強力な黄色い光線を浴びせる。瞬間的にヒトデ型戦闘艦が消滅する。


 驚くホーリーが広大に尋ねる。


{ なぜ六次元の生命体は巨大土偶で戦わないのだ? }
{ 我々のアンドロイドは子孫を残す。そのために戦うがそれ以外の場合は意外と大人しいのだ。コントロールできる間にヒトデ型戦闘艦を全滅させなければ}
{ 分かった。次のフォーメンションを取る。サーチ、ミリン、ケンタ。準備はいいか! }

 

[453]

 

 

{ 了解! }

 

[454]