05 サンタクロース


 月で連邦諸国の首脳が一堂に会して盛大なウサギの結婚式が始まるとノロではなく加藤から音声の祝電が届く。


「おめでとう。皆さんをまとめ上げたウサギの新郎新婦にあっと驚くプレゼントを用意しています。とにかくおめでとう!」


 この短い祝電にムードが一変して結婚式どころじゃなくなる。


「プレゼント?」


「プレゼント!」


「トリプル・テンだ!」


 騒然とする式場でブータンの国王が声を上げる。


「誤解しないでください。プレゼントはウサギの新郎新婦に与えられるものです」


 しかし、かえってこの言葉が混乱に輪をかける。花で飾られたバスケットの中で二匹のウサギが怯え始める。


「静粛に!」


 そのバスケットの前で思わず大声を出した国王が自分の声に驚く。

 

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「よくよく考えれば、なぜこんな結婚式を開催しなければならないのだ」


 今の今までこの結婚式のために全世界が協力してきたことを否定する発言がさらに追い打ちを掛ける。国王が黒い布をバスケットに掛けると壇上から降りて一番近い出席者に声をかける。


「我々はこの結婚式を目指して手を取り合ったのです。お忘れですか」


「仲良くすれば褒美が得られるのだと思って我慢してきたのだ」


 国王が失望して黙ってしまうと、にわかに心ない他の首脳が発言を連発する。


「それでは下心があって協力してきたとでも」


「ここにいる全員がそう思っているはずだ」


「そんなことはない。我が国は純粋にこの事業に参加した」


「ウソをつけ!」


「なに!もう一度言って見ろ」


 柔和なブータン国王はただオロオロするだけで取っ組み合いを始めた首脳をぼう然と見つめる。見かねたチェンが仲裁に入ろうとするがどうしようもない。そのとき再び加藤の声が黒い布を被されたバスケットから聞こえてくる。


「折角ここまで来たのに喜ばしい結婚式をぶちこわすのですか。愚かなことだ。プレゼントは撤回する」


「待ってください」

 

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 国王がバスケットに向かって哀願する。


「あなたの責任ではない。まもなく通信が途絶える。残念だ」


「加藤!」


 チェンもバスケットに近づいて叫ぶ。


「これだけは教えてくれ。なぜウサギの結婚式が必要なんだ?」


「もう分かっているだろ?」


「なんとなく……」


 しかし返事はない。そのときバスケットの黒い布がずり落ちる。


「あっ!」


 中には二匹のウサギが抱き合ったまま死んでいた。

 グレーデッド、つまりノロや加藤との通信が途絶える。アンテナ役のウサギが死んだのだ。


「解剖して同じアンテナを造ろう」


「無駄だ」


 チェンが一蹴する。


「仮に同じものを造っても生きたウサギの耳に埋めこむ技術がないし、無理矢理埋めこんでもアンテナの役目を果たさないだろう」

 

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「試さずに断定するのか」


 ある国の首相がチェンに食いさがる。


「和を保つために仕組まれたウサギの結婚式だ。まだ分からないのか」


「……」


 チェンに変わってそれまで死んだウサギにひざまずいて手を合わせていたブータン国王がその首相に語りかける。


「思い出してください」


 目を閉じたまま言葉を続ける。


「ノロは絶えず和を大切にしてこの地球をまとめ上げようとしました。分かりますか」


 鈴木が応じる。


「一番典型的な例はマイクロウエーブを全世界に供給するために宇宙ステーションの建設を提案したことだった」


 国王が目を開けて立ち上がる。


「あのときも全世界が結束しましたね。始めはギクシャクしていたが、マイクロウエーブが全世界に行き届いたとき感動が地球を覆った」
 居合わせた連邦各国首脳のほとんどが大きく頷く。それでも先ほど発言した首脳のひとりが悪態を吐く。

 

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「そのあとはどうだった!」


 しかし、国王は動ずることなく温和な口調で続ける。


「協力してお互い手を携えたのに、ただでいくらでも電気が使えるようになると各国は勝手な事をし始めましたね」


 チェンが大きく頷きながら国王を中央に招く。


「皆さん。今回のプロジェクトリーダーのブータン国王の話をじっくりと聞きましょう」


 まばらではないが起こった拍手は地味だった。


「わかりました。まずリーダーとして今回のプロジェクトが失敗したことを深くお詫び申し上げます」


 両手を合わせると深々と頭を下げる。次の言葉を模索するかのようにそのままの姿勢を保つ。


チェンはその姿を見つめて感動する。


――あなたのせいじゃない。それにしても謙虚な方だ


 やっと顔を上げた国王は目を閉じたままゆっくりと言葉を繰り出す。


「今回はノロが前面に出ることなく加藤という男、地震と津波でメルトダウンした関東電力の福島原子力発電所の所長だった人ですが、彼がノロに代わって我々にメッセージを伝えました。私はメルトダウンした原発にどう対処したのかという彼の報告書を何度も読み返しました。皆様もご存じのとおり、彼は危機管理がずさんな関東電力の社長や重役、それに政府の対応に業

 

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を煮やしながらも、感情を抑えて冷静に現場の指揮を執りました。それは過酷な作業でした。でも彼は諦めなかった。どんな困難なことにも最善を尽くす人間だとわかって私は感激しました」


 同意を求められたわけではないのにほとんどの出席者は頷き、中にはうっすらと涙を浮かべる者もいる。それほど所長だった加藤の行動は感動的なものだった。


「ところでノロは天真爛漫な人物だと聞く」


 国王はチェンと鈴木に視線を移す。


「これはあなた方ふたりから伺ったノロの印象です。ところが皆様の印象はまっぷたつに分かれています。ひとつは彼を天才だという見方。もう一つはキチガイではという見方。私は彼を自分に正直な天真爛漫な人間ではないかと思っています。ところで彼と行動を共にするイリとは古くから親交がありました。イリ一族の支配地域とブータンは近いので少女時代のイリ王女と幾度も会ったことがあります。利発的ですがユーモアに富んでいてそれこそ天真爛漫な少女でした。海面下降事件以来、会う機会がなく残念ですが、イリには親近感を覚えます」


 ここで微妙な風を感じたのか、話の内容を変える。


「さてこのプロジェクトの目的を思い出してください。ウサギを結婚させてより高度なアンテナ、つまりノロとの通信システムを構築することでしたね。はじめはバカげたプロジクトだと批判もありましたが、実行に移されました。しかし、元々ジョークを含んだノロからの提案だ

 

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ったので、何らかの成果というか……、はっきり申し上げれば、みんな仲良くなれば、トリプル・テンをプレゼントしてくれるのではという邪心が生まれたのも事実で否定はできませんね」


 口調は柔らかいが、厳しい指摘に誰も反論できない。


「我々の信頼は地に落ちたようです。これからは信頼を取り戻すために地球人は結束して仲良く暮らす必要があります。それにノロは何もプレゼントしてくれなかった訳ではありません」


 ほとんどの首脳が首をかしげる。


「月です」


 国王にすぐさま反応が押し寄せる。


「そうです!もぬけの殻になったといってもこんなすばらしい倉庫を我々が月に建設できるわけがありません。サンタクロースが何人いるのかは知りませんが……」


「あっ!」


 チェンが腕時計を見て叫ぶ。


「今日はクリスマスだ!」


「そうです。すべてのサンタクロースがビッグでサプライズなプレゼントをしてくれたのです。ここに地球連邦政府の議事堂を建築しましょう。月を中心に結束しましょう!」


 割れんばかりの拍手が会場を埋める。国王はその拍手を受けながら横にいるチェンの手を握

 

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りしめる。


「私の役目は終わりました。祖国に戻ってもいいでしょうか」


「?」


 この謙虚な言葉にチェンは返す言葉を失う。

「このノロからのプレゼントもサプライズですが、ブータン国王の今までの行動も劣らずサプライズなプレゼントだったのでは?」


 下手な発言をすれば品位を落とすと思ったのか、誰もが拍手するだけだ。仕方なくチェンが言葉をつなぐ。


「なぜブータンが世界一幸福な国なのか、よくわかりました」


 チェンの深々とした礼を受けた国王が壇上から降りると各国首脳が次々と握手を求める。壇上に残ったチェンがその光景をじっと見つめる。やっと国王が自分の席にたどり着いたのを確認するとチェンがおもむろに発言する。


「皆さん。この感動を持続するために引き続きブータン国王を地球連邦政府の最高顧問に推薦したいと思いますが、いかがですか?」


 再び割れんばかりの拍手が起こる。しかし、国王は首を大きく横に振る。拍手が収れんするまで国王はずっと首を横に振り続ける。やっと国王の発言を聞こうと拍手が止まる。

 

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「私は小さな国の国王です。お願いですから任務を解いて国に戻らせてください」


 今度はがっかりしたため息が会場を覆う。チェンは残念そうな表情をするが、すぐに笑顔に戻す。


「わかりました。国王には休息が必要なようです。でもいつでも相談に乗ってください。お願いします」


 国王は何も言わずに軽く首を縦に振る。


「さて皆さん。地球に戻って今後のことをそれぞれの国民に報告してください。そして再びこの月で会議を開きましょう。そのときにすばらしいアイディアを披露してください。以上です」


 再び拍手が起こると鳴り止むことはなかった。

 

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