第百二十五章 居酒屋での戦略会議


第百二十三章から前章( 第百二十四章) までのあらすじ

 


 五次元と七次元の連合軍がブラックホールで六次元の副首星に攻撃を仕掛けた。前線では危機管理センター長が広大・最長の協力のもと時間島で副首星を移動させるが反撃できないまま首星も攻撃対象となる。


 情報が漏れないように無言通信で通信しながら、首星、副首星とも時間島で逃げ回るのが精一杯で、その後をブラックホールが追いかける展開になる。

 

【次元】三次元
【空】 ノロの第二惑星( 次章以下単に「ノロの惑星」という)
【人】 ノロ イリ ホーリー サーチ ミリン ケンタ 住職 リンメイ
    フォルダー ファイル 最長


* * *


 ここは第二のノロの惑星。取り敢えず旧ノロの惑星から居酒屋とノロの家を曳家した。そして造船所の建設に取りかかると同時に惑星の改造を始めた。


「人手がないから旧ノロの惑星に追いつくのはまだまだ先ね」

 

[290]

 

 

 

 イリがため息をつく。


「久しぶりに居酒屋に行ってみるか」


「仕事サボるの? 」


「サボるのではない。英気を養うのだ」


 ノロがヨダレを垂らす。


「臨時開店するように連絡するわ」


「誰に? まさか最長じゃ? 」


「フォルダーよ」


「でもあの居酒屋は最長がいなければ雰囲気が… … 」


「フォルダーに失礼だわ」


「フォルダーは俺を客として扱わない」


「仕方ないじゃないの」


「まあ、いいか」


 イリが無言通信でフォルダーに連絡する。


「返事は? 」


「『オレも飲む』だわ」


「じゃあ誰があの店を切盛りするんだ? 」

 

[291]

 

 

 

「恐らくファイルだわ。私も手伝う」


「よし行こう」


* * *


「いらっしゃい。久しぶりですね」


「あれ? 」


 ひげ面のマスターの丁重な言葉にノロが驚く。


「フォルダー。お前、最長そっくりじゃないか」


「私はマスターの最長」


「変装がうまいな」


 ファイルがノロとイリの前にお手ふきを置くと、反論しようとするマスターを無視してノロが注文する。


「マグロはあるのか? 」


「いきなりマグロ? 」


 イリが呆れる。


「冗談冗談。取り敢えず樽酒だ」


「樽酒なんかあるわけないわ」

 

[292]

 

 

 

 マスターがかがむと何かを持ち上げる。


「ありますよ。ほら」


「地球から盗んできたのね」


 ファイルが升を用意しながら説明する。


「正規品よ。ホーリーが地球から輸入したの」


「R v 2 6 が融通してくれたの? 」


「そうです。今度はマグロを持ち帰るはずだわ」


「密輸に近いわね。でも余興としては面白いわ」


 本当か冗談か分からない会話がしばらく続いた後ノロが升に鼻を近づけながら尋ねる。


「杉で造ったモノか」


 答えたのはファイルだった。


「もちろん杉で造った升です」


「そうじゃないと意味ないもんな」


「どういうこと? 」


 イリが怪訝そうにノロを見つめる。


「花粉症の研究上必要なんだ」


 イリはそれ以上追求しない。なぜならノロと一心同体になったものの、未だ本当かウソかよく分からないからだ。そのときフォルダーが入ってくる。

 

[293]

 

 

 

「遅れて済まん」


 ノロとイリが驚く。脚が短いノロは椅子から転げ落ちる。


「どういうことだ! 」


 慌ててイリがノロを起こす。


「いったい、どうなっているの? 」


「それは俺のセリフだ」


 椅子に戻るとイリがマスターを指さす。


「本物のマスター? 」


「始めから最長と名乗っているじゃないですか」


「フォルダーは知っていたのか」


 ノロがフォルダーを睨む。


「ああ。重要な話がしたいと誘われた」


「どうやら、知らないのは私たちだけみたいね」


* * *


 六次元の世界が五次元と七次元の連合軍に攻撃されているという最長の報告を終えると素っ気なくノロが応える。

 

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「みんな、三度の飯より戦争が好きなんだなあ。まあ、取り敢えず頑張れ」


 一方、最長もノロに助けを求めに来たわけではなかった。


「意図したわけではないが、この新しいノロの惑星が所属する太陽系に七次元の攻撃隊が制御する複数のブラックホールが集結します」


「えー! この付近がブラックホールだらけになるの? 」


 イリが仰天する。もちろんフォルダーやファイルも驚くがノロは動じない。


「ふーん。お祭りでもするのか」


「のんきなこと言ってる場合じゃないわ」


 ノロはイリの言葉を無視してマスター、いや最長に尋ねる。


「要はブラックホールを利用した七次元の生命体の攻撃をこの付近で防御しようと言うことだな」


 最長が感心する。


「ブラックホールを一カ所に集めて消滅させる。こういう作戦だろ… … でも」


「ちょっと待て」


 フォルダーが割り込む。


「まず、なぜ最長がここにいるんだ」

 

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「先ほども言ったようにこの空間で次元間戦争が起こる可能性が高い」


「この付近が戦場になるから時間島でどこかに待避してくれと言うことだな」


「そうです」


「いやだ」


 意外な返事に最長だけでなく、イリやファイルも驚く。そして何とか平静を装うフォルダーがノロに迫る。


「複数のブラックホールが集結すれば、この惑星が所属する太陽系どころか、その太陽系が属する銀河も消滅するぞ」


「だからだ! よく考えろ! 」


 ノロが上目遣いでフォルダーを、そして最長を睨む。


「この宇宙には三次元の生命体はもちろんのこと、あらゆる次元の生命体がいる」


「私たちだけでも生き延びるように最長が気を遣っているのよ」


 イリが最長の肩を持つ。


「そういう類いの問題ではない」


 ノロがカウンターの中に向かう。


「最長! 」


 ノロがカウンター内の最長を下から睨むが、外にいるフォルダーたちに姿は見えない。

 

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「宇宙は広い。なぜこの銀河を戦場に選んだ」


「確かに銀河と銀河の間には広大な空間がいくらでもあります。しかし、時間島で移動しながら何とかそういう何もない空間に誘き出そうとしても、なかなかうまくいかない」


 ここで最長に対するノロの鋭い視線が緩む。


「何かあるな」


「五次元と七次元の連合軍は我々の移動作戦に追従しているように見えますが、どうやら場所を選んでいるのです。つまり連合軍の方が何枚も上手なのです」


「オレの惑星が属するこの銀河が戦場になるという意味がなんとなく分かってきた」


 ノロは頷くがイリにはよく分からない。


「連合軍はなぜこの銀河を選ぶの? 」


「あくまでも推測ですが、この銀河内にノロの惑星が存在するからです」


「推測じゃない。俺は六次元の世界では人気者なんだ。特に六次元の生命体の女性に」


 いつの間にかカウンター内に侵入したイリの鉄拳が飛ぶ。


「五次元や七次元の生命体だけじゃなくて三次元の生命体も暴力が好きだなんて… … 」


 一通りの理屈を並べてからノロは最長の足元に崩れる。


* * *

 

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「ますます逃げるわけにはいかないな」


 ノロがカウンターにあごを載せて呟く。落ち着いたのを見計らって最長が持論を展開すると、フォルダーが腕を組んで最長に釘を刺す。


「そうか。もう一度ノロも含め広大や瞬示・真美と検討する必要があるのでは。戦力を絶えず見直さなければ戦略とは言えない」


「そうそう。五次元の生命体と直接対決したホーリーたちの意見も聞かなければ」


 イリがノロに代わって指の骨をポキポキ鳴らしながら続ける。


「それに第三者委員会や有識者委員会を立ち上げて緊張感とスピード感を持って機動的に対処する必要があるわ」


 ノロがしれっとイリを見つめる。


「それって大昔の地球のある国で流行ったやり方じゃないか」


「昔話をしている場合じゃないわ」


「でも全く具体的じゃないご託を並べているだけじゃないか」


「私は前向きに善処しようと考えているだけよ! 」


「まあまあ」


 フォルダーが仲裁するというよりはノロをたしなめる。


「ノロはどう考えているんだ? 相手はブラックホールだぞ」

 

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「じぇん、じぇん、問題なし」


 いつの間にかノロは升酒を飲み干していた。


「酒を飲んでる場合じゃないと思うが」


「この星は生命に満ちあふれた素晴らしい星になるんだ」


「でもブラックホールがこの星の周辺に集まればすべてが消滅するわ」


「宇宙は生命を育むために誕生したのだ」


 ノロがお代わりを要求する。さすがに最長が躊躇する。


「飲んでいる場合ではありません。ノロの作戦を聞かせてください」


「急かすな」


 ここでイリは疑いの眼差しを向ける。


「本当にまともな作戦を持っているの? 」


「当たり前だ… … と言いたいところだが… … 」


「今から考えるんでしょ? 」


「バレたか。飲むぞ! 」


 ノロのメガネが飛ぶ。


「折角いいアイディが浮かびかけたのに! 」


 メガネが外れたノロの小さな目が鋭く輝く。イリは慌てて床に落ちたメガネを拾うとフッと息をかけてからノロの両耳に掛ける。

 

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「思い出して。お願いだから」


「マスター。酒だ。もう一度、振り出しに戻って考える」


「わ、分かりました」


 マスターが升に酒をなみなみと注ぐ。そのとき重低音が居酒屋を襲う。すかさずフォルダーが叫ぶ。


「ホーリーが戻って来た」


* * *


 地球から密輸するためパンダで出張していたホーリー、サーチ、ケンタ、ミリン、住職、リンメイたちがノロの第二惑星に戻ってきた。早速マグロを届けようと居酒屋に向かうとフォルダーの出迎えを受ける。


「これを見ろ」


 フォルダーがトロ箱に気付く。


「ノロが喜ぶぞ」


 ホーリーとサーチが居酒屋に吸い込まれる。


「マスターまでいるわ! 」

 

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 後ろからフォルダーの声がする。


「ファイル。椅子が足りないぞ。ところでノロは? 」


 ファイルではなく最長が奥のカウンター席を指さす。


「ご覧のとおりだ」


「主催者が酔いつぶれているとは何ということじゃ」


 住職が笑いながらノロに近づくと肩を揺さぶる。


 ノロが上体を起こすとメガネの内側に指を入れて目をこする。


「わあ! ここはどこだ? 地球か? なぜホーリーがいるんだ? 」


「ここは居酒屋よ。あなたがホーリーを呼べと言うから呼んだのよ」


「覚えてないなあ」


 何という無責任さ。誰もが改めてノロの性格に驚く。


「長い付き合いだが、この類いの無責任さに慣れることは永久に不可能だ」


 フォルダーが笑みを浮かべることなく首を横に振るとノロが叫ぶ。


「マスター、酒だ! 乾杯だ! 」


「もう! あなたって人は! 」


 イリがか細い腕を挙げる。しかし、その直前にフォルダーがイリの腕を握る。


「いい加減にしろ」

 

[301]

 

 

 

「祝宴を開くためにここに集まったんじゃないわ。この星が大変なのよ」


「ノロ! 」


 その声はミリンだった。ミリンはごった返す狭い居酒屋の奥に向かう。


「ミリンか? 元気か… … ううう」


 強烈なミリンの抱擁にノロは苦しむ。しかし、ミリンがすぐノロから離れる。


「酒臭いわ」


「加齢臭よりましだろ? 」


「ねえ。何が起こったの? 大変なことなの? 」


「大したことじゃない。取り敢えず飲むことにしよう。マスター何をしている! ホーリーが戻ってきたんだぞ! 乾杯だ! 」


 やれやれという表情をしながらマスターが準備に掛かる。


* * *


「カンパーイ! 」


「乾杯! 」


 誰もが思い思いの酒を一気に、あるいはチビッと飲む。そして拍手が居酒屋を包むとドサッという音がする。ノロが倒れたのだ。口から泡を吐いて倒れている。躊躇するイリを尻目にミリンが介護に当たる。イリは少し嫉妬するが、それを打ち消すように呟く。

 

[302]

 

 

 

「肝心なときに… … 」


 そんなイリの気持ちを察したのかファイルが慰める。


「余裕があるのよ」


「いつもの事だけど余裕じゃないのよ」


「でも何とか凌いできたんじゃ? 」


「今度は果たして」


 イリはひざまずくとミリンに囁く。


「ありがとう」


 細身のイリのどこに力があるのか、ノロを楽々と抱き上げる。


「これ以上のお酒は毒だわ。ノロの家に隔離します。その間に最長から今回の大事件の説明を聞いて」


 ファイルが時空間移動装置を手配するとフォルダーがドアに向かうイリに近づく。


「重いだろう」


 フォルダーがたくましい両腕を差し出す。


「意外と軽いのよ」


「それは安心してイリに身を預けているからだ」

 

[303]

 

 

 

 イリがフォルダーの言葉に驚く。そしてノロの閉じた目を見つめる。


「この小さな身体のどこにあの爆発するような行動力があるの? 一心同体っていったい何なの? 」


 表に出るとファイルが手配したガラスのような時空間移動装置が待機している。


「ファイルも大げさね」


 イリが同行するフォルダーに微笑む。


「何が大げさなんだ? 」


「エアカーで十分じゃないの」


「酔い覚ましの途中で敵の攻撃を受けたらどうする? 」


 イリの背筋がピンと伸びる。その動作でノロがイリの両腕から落ちるが、フォルダーが拾うようにキャッチする。


「臨戦態勢ね。しかも新型の時空間移動装置まで動員して… … 」


「球体じゃない。サイコロみたいだ」


 今までの時空間移動装置のようにドアが跳ね上がることはない。ノロを抱いたフォルダーがそのまま移動装置内に入る。後から入ったイリが入口横の張り紙を見つけて読み上げる。


「新しい時空間移動装置の使いこなし方」


「なに! 」

 

[304]

 

 

 

 フォルダーがノロを床に置いてからその張り紙をていねいにはぎ取る。


「これは! 」


 熱心に読むフォルダーの気迫に押されてイリやファイルが黙って肩越しにその紙を見つめる。しばらくしてフォルダーが声を出す。


「こいつ、想像していたよりすごいモノを造った」


「どういうこと? 」


「何回か乗ったが、操縦したことはなかった… … 」


 フォルダーが張り紙をていねいに折ってポケットに仕舞う。


「とにかくノロの家へ」

 

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[306]