* 国連*
「ミシガン湖付近で消えた?ニューヨークから五大湖までの距離は?」
「約千キロです」
「よし!戦闘機に原子爆弾を装着してすぐにミシガン湖に落とせ」
「旧式の水上機一機に核兵器を使うのですか」
「重要人物が乗っているからだ。捕虜にしたかったが、殺す」
「分かりました。しかし、なぜミシガン湖に向かったのでしょうか」
部下の言葉にニコノ司令官も思いをめぐらせるが、すぐに諦める。
「死ぬ人間に尋ねても無駄だ」
「命令を発信しました」
「ペンタ前司令官の足取りは?」
「不明です」
「一兵卒として任務に就いていないのか」
「そのようです」
「誰だってやる気がなくなる。それならいいが、逆恨みするかもしれない。首にするぐらいな
[193]
ら、即刻銃殺刑にすればよかったのに」
「司令官!」
「なんだ」
「ニューヨーク空港の我が軍の戦闘機が次々と爆発しています」
「何!原子爆弾を積んだ戦闘機は?」
「間一髪、ミシガン湖に向かって離陸しました」
「非常事態宣言!原因の解明と対策を立てろ。まさかペンタの仕業では……」
* サブマリン八〇八*
「よくも咄嗟にこんな作戦を考え出したもんだ」
「いえ、トリプル・テンに出会ってから、色々なことを考えてきました。その中のひとつです」
「チェンは国連内部や周辺を熟知しているとは言えない。それなのに活躍している。なぜだ」
「グレーデッドの前司令官ペンタの協力がありました」
「寝返らせたのか」
「いえ、彼の不満を吸い上げただけです」
「なぜ、そんなことができたんだ」
チェンと鈴木は透明人間になったサブマリン八〇八の水兵を連れて国連本部を奪回する部隊
[194]
長をくじ引きで決めた。そして当たりくじを引いたチェンがニューヨークに向かった。鈴木はスミスとともにサブマリン八〇八に残って状況によっては第二部隊を率いて国連に向かう準備をする。
「イヤというほどの情報が本艦に届くんだ。取るに足らない情報ばかりだが、どんな情報も細大漏らさず吟味している。その中にグレーデッドの提督が司令官を解任した情報があった」
「そうだったのか」
「グレーデッドは鉄のような組織だが、その団結力は粛正で保持されている。鉄は固いが丹念に磨きあげなければいずれ錆びてしまう。いわば身から出た錆だ」
「グレーデッドは国連に携帯核兵器を八器持ち込んだ。そのうち二器を奪いとった。そしてひとつは無力化した。あと五器だが、四器まではチェンの活躍でなんとかなるかもしれないが、問題は最後のひとつだ」
「最後の一器は自爆に使う可能性が高い」
「多分、そうだろう。詰めは慎重に行わなければならない」
* 国連*
国連近くのビルのある部屋の中で声だけが交錯する。透明人間になったチェンとペンタだ。
「国連内に提督はいない。我々の行動を察知し逃亡した」
「油断するな。提督の嗅覚は鋭い。姿なき兵士に攻撃されていることに気付いたのだろう。問
[195]
題は提督が肌身持っている携帯核兵器だ」
「核兵器を抱いて寝るのか。最低風呂に入るときはパンツの上に置くだろう」
「提督は風呂嫌いだ。シャワーしか浴びない」
「提督から核兵器を奪い取る方法は?」
「俺を信用するのか。お人好しだな」
「ペンタさん、私が裏切られてもたかがしれている。この混乱した状況をなんとかしようという人間はワンサといる」
「一兵卒で頑張れば陽の目を見ることもあったかもしれない。しかし、組織を裏切った以上は徹底的に逆らう。死を恐れることはない」
「最低、死を恐れない人間が三人いることになるな。提督とペンタと私」
「提督は死を恐れて核兵器のスイッチを入れるのではない。やけくそになったときにボタンを押す」
「やけくその人間と心中するのは馬鹿げているな」
「俺はやけくそになって提督と心中してもいいが、チェンの言うとおり傍迷惑な話だ」
「何か、アイデアはあるのか」
「あるにはあるが、残り二器までの回収、無力化まではいいが、オンリーワンにしてはならない」
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「神経戦だな」
無線機から緊迫した声がふたりに届く。
「ハドソン川を下る黒い物体を発見」
「戦車だ。私達がマンハッタンからスミス博物館へ脱出するときに使った戦車だ」
「提督かニコノ司令官が手に入れた可能性が高い。その戦車は潜れるのか」
「もちろん。それに空も飛べる飛行戦車だ。しかも取扱説明書を車内に置いたまま下車してしまった」
「まずいな。先ほども言ったが、提督の嗅覚は鋭い」
* グレーデッド*
「ステルス軍隊。アメリカ軍がそんな部隊を持っているという情報はなかったぞ」
「極秘中の極秘だったのでしょう」
「グレーデッドの諜報員は各国軍隊に網の目のように張り巡らされているはずだ。おかしい」
「例のメキシコ湾海底の事件と何らかの関連があるのでは?」
「多分……トリプル・テンと呼ばれる物質が関係しているのかもしれない。残念ながらトリプル・テンに関する詳細な情報はない」
「しかし、すごい戦車ですな」
「スミス博物館にあったモノだ。骨董品ばかり展示しているものと思っていたが、夢のような
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最新鋭の兵器も開発していたようだ。油断できん」
「説明書があったからなんとか操縦はできますが、複雑な動きや武器の使い方がよく分かりません」
「携帯核兵器を砲弾に装填しろ。この戦車は放射線に対して完璧な防護機能を持っている。グレーデッドの恐ろしさを見せつけてやる」
「通信方法が分かりました」
「暗号で第三航空隊を呼びだせ」
「隊長と繋がりました」
「隊長。核ミサイルは何発残っている?」
「一〇発です」
「そうか。ロンドンとパリに向かえ。死の都市にしてやる」
「空中給油機を確保していません。増槽を装着してもロンドンやパリまで行くのがやっとで戻って来れません」
「構わん。ロンドンとパリを血祭りにしてやる。ついでにベルリン、ローマ、ウイーン、マドリード、リスボン、アムステルダムもだ」
「分かりました」
「第五航空隊!しばらくしたら命令する。ニューヨークにも原爆を落とす。準備にかかれ」
[198]
* サブマリン八〇八*
「ロンドンとパリか。ニューヨークから十分離れたところを狙っている」
サブマリン八〇八の情報収集能力は絶大だ。というよりはトリプル・テンの性質上、どんな電波も収集してしまう。
「提督の戦車を追跡したいが、グレーデッドの第三航空隊を追跡するぞ」
「潜水艦が戦闘機とどうやって戦う?」
「ユーロ軍にこの危機を知らせたいが、こちらから連絡できない」
「潜水艦がジェット戦闘機を追い越せるのか」
「理屈はよく分からんが、たっぷりとトリプル・テンを装着した本艦は、今や音速以上で飛行することができる」
「そんなスピードに艦体は耐えられるのか」
「これまた、トリプル・テンに包まれているから問題なし」
「無敵の空飛ぶ潜水艦か」
「空中戦をする武器がない。でもとっておきの武器がある。魚雷室!いつでも発射できるか」
「命令を待つのみです」
「敵航空隊を補足。機数五」
「まさか、魚雷で戦闘機を撃墜しようと言うのか」
[199]
「追い越せるか」
「加速します。何かに捕まってください」
「追い越したら敵の鼻先に出ろ。魚雷室!全発射管開け」
「対峙しました!」
「チャンスは一回限りだ。全門発射」
「発射しました。間もなく、魚雷が自爆します」
モニターに六本の魚雷が戦闘機の手前で爆発する光景が映し出される。パッと白い煙が広がってその中に戦闘機が突っこむ。不思議なことにすべての戦闘機が失速して墜落する。
「このまま爆発せずに海に落ちてくれ」
ノロが祈るようにモニターを見つめる。祈りが通じたのか、全機、海に突っこむ。
「ふー」
「あの魚雷にどんな細工をしたんだ。魚雷で戦闘機を撃墜したなんて前代未聞だ」
「チューインガムを詰め込んで自爆させたんだ」
「例の?」
「そうだ。チューインガムでジェットエンジンの吸気口を塞いだ」
* グレーデッド*
「第三航空隊は一瞬にして全機撃墜されました」
[200]
「全機!抵抗しなかったのか」
「そのようです」
さすがに強硬な提督も戦慄を覚える。
「相手はいったい誰だ。飛行戦車か?スミスか?」
「戦車でもスミスでもないと思います」
「元砂漠付近で奇妙なことが起こっているというウワサがあるが、そのウワサが本当だとしたら、究極のステルス機能を持った飛行物体が存在していることになる。究極のステルス……。全く見えない機能!透明飛行物体か!」
「どこの国もそんな兵器を持っているという情報はありません」
「トリプル・テンが絡んでいる。スミスだ!スミスが何かを知っている。スミス博物館に戻れ」
「スミスの居場所は博物館ではなくマンハッタンのスミスビルですが、そこにスミスはいませんでした」
「スミスに身内は?」
「彼は独身で身寄りはないそうです」
「総統に連絡を取れ」
「総統に繋がりました」
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「提督。何をしている」
「重要な報告があります」
「言い訳か」
「言い訳ではありません。挽回に力を貸していただきたいのです」
「申してみよ」
「国連はチェンと鈴木という男に運命を託しました。このふたりの祖国民を人質にして全世界を従わせたいのです」
「それは中国と日本だ。中国の人民解放軍の中枢は押さえた。しかし、我々は福島の原子力発電所の事故で数百人の日本人を同志に引きこんだが、結局日本に影響力を確保することはできなかった」
「総統のおっしゃるとおり、日本はどうでもいいでしょう。アメリカを放棄して中国で作戦を展開します。中国はヨーロッパからもアメリカからも遠い。中国人全員を人質にして立ちふさがる謎の透明軍隊を撃破します」
「ラストチャンスを与えよう。最大限の援助をする」
「ありがたき御言葉!早速実行します」
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