05 秘密基地(パートⅠ)


「こんな工場があるなんて」


 意外なことにグレーデッドが保有していた大規模な工場は中国国内にあった。


「ある程度の工場がなければあんな潜水艦は製造できない。それだけでも大変なのに被曝者の治療設備を所有している国は先進国でも限られている」


「中国が援助していたの?」


 イリがノロの顔を覗き込む。


「分からない」


 ノロが加藤に視線を移す。


「グレーデッドの総統の国籍は?」


「それは知らない。しかし、ある会議に出席したとき、こんなことを言っていた」

「諸君!我がグレーデッドは超弩級の潜水戦艦を製造した。それに潜水空母の建造に取りかかった。次にその潜水空母に搭載する高性能戦闘機の開発にかかる。その戦闘機の開発コードネームは『ゼロ』だ」

 

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 「ゼロ?」

 

「隼ではない」


「ここは中国ですよ」


「確かに。しかし、中国政府も日本政府も我々に口出しはしない」


「両国のどのレベルの人が我々の工場を黙認しているのだ」


「政府のレベルではない」


「敢えて言えば裏のレベルか」


「『裏』という言葉は適切ではない」


「『表』の人物などあり得ない」


「もちろん、『表』でもない」


「?」


「大昔から中国は人種のルツボと言われるほど全世界のあらゆる人種が集まる魔力を持った国だった」


 総統の演説を紹介しながら加藤はグレーデッドの歴史を総括的にしゃべりだす。その話に誰もがじっと耳を傾ける。その話とはおおよそ次のようなものだった。

 近代に入って列強各国が清国を植民地化しようと中国大陸に侵攻した。それは自国の利益の

 

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ためならどんなことでもする乱暴な侵略だった。


 清国にとって屈辱的なことだったが、そのような列強の国々の中にはそれを嘆く者も少なからずいた。いわゆる平和主義者だが、理想論を掲げる平和主義者はすぐ挫折した。


 しかし、現実的な解決を目指す平和主義者はへこたれることはなかった。彼らの日頃の行動は良心に呵責を覚えながらも、表向きは自国の利益を増進するために働いたが、夜になると現状を打破するために国を問わず平和主義者の仲間を増やすことに奔走した。


 これは反逆行為だから、逮捕されてリンチを受け殺された者も多数いたが、やがて組織としての体裁ができると徐々にその勢力を拡大した。


 メンバーの中心は清国に滞在していた各国大使だったが、技術者も多かった。ごく少数だが清国の国民も身の危険を顧みずに協力する者もいた。志が純粋なので結束力は高くやがて驚くような秘密工場をウランが豊富に存在する、ある海辺の地下に建設した。


 清国が滅亡し、大戦が勃発してもその組織の勢力は遅々としてではあったが、確実に拡大した。完全に「表」に出ることなく、しかも「裏」の組織として地下深く潜ることもなく、その組織のメンバーは人間としての誇りを持って存在し続けた。


 百年以上もの年月を経てついに彼らは高性能な攻撃力と防御力を持つ潜水艦の開発に成功した。しかもそれは原子力潜水艦だった。ただし潜水艦に搭載するために徹底的に小型化した原子炉については彼らの意に沿わない結果になった。つまり放射能を捲き散らす潜水艦だった。

 

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  改良に改良を重ねたが粗悪なエンジンの性能は上がらなかった。そんな状況の中で逆に彼らは放射能に関する高度な知識を獲得した。被爆を防ぐ方法と被爆した者に対する治療方法を確立したのだ。


 問題の原子力エンジンも改良されたが、潜行するときには海中に放射能を逃がすという方法で解決した。もちろん理想とはかけ離れたものだった。これがある意味で彼らの弱点となった。


 歴代の総統は根本的な解決策を見いだせないまま、つまり彼らグレーデッドは平和主義者という看板を出せないまま、逆に全世界に力を誇示することになった。自分たちの力で世界中を混乱に陥れるという反面教師的な行動に出たのだ。これが彼らのいう現実的な平和主義者の立場だが、組織内に不満が噴出したのは想像するまでもない。


 しかし、組織を作ったときとは世界の情勢は激変していた。


 まず、原子力発電所の事故で被爆した電力会社の社員やその周辺の住民を潜水艦に収容して被爆治療を行う一方、イースター島海戦で勝利した後、国連を占拠して軍事力を持つ国々を圧倒した。


 そんな彼らの前に立ちはだかったのがサブマリン八〇八だった。メキシコ湾の底に穴が開いて海面降下が起こると、当然のことながらグレーデッドの活動が低下した。地球の環境が一変したのだ。あまりにも軍事力を誇示したため、ついにノロ率いるサブマリン八〇八に屈服することになった。

 

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「ここがグレーデッドの工場か。大したものだ」


「好きなように使ってください」


「ありがとう。使わせてもらう」


 ノロの目が輝く。


「しかし、俺はこの組織のトップになるのはいやだ」


 加藤が驚く。権力に目もくれないノロに加藤は信頼感を寄せる。


「この地球は不安定だ。まず、エネルギー問題の解決が最重要課題だ。そのために俺は知恵を絞る」


 ノロは加藤の手を握ると工場見学を要求する。


「分かりました。何でも言ってください。すべてノロの希望どおりにします」


「まず、巨大宇宙ステーションの建設を始めよう」


 ノロの目が輝く。


「そうすることによってグレーデッドを『表』の組織に変身させる」


「もし、その目的が達成できれば?」


「宇宙ステーションを建設するということは、当然宇宙船も建造しなければならない。その一隻を退職金代わりにいただいて俺は宇宙に飛びだす」

 

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 「えー!」


「こんなちっぽけな地球という丸い球体の中で一生を終えるなんて俺の性分に合わない」


「なんと!」


 長老が大声を上げるとイリがノロに抱きつく。


「わたし、一緒に行く!」

 

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