「まったく連絡が取れない」
湖面には国籍不明の潜水艦が続々と集まるがハヤブサの攻撃で次々と撃沈される。もちろん正体不明の戦闘機もノロのいる湖畔上空に集結しようとするが、やはりハヤブサに撃墜される。
「エネルギーが保たない」
加藤からの悲痛な連絡が入る。
「エネルギーウエーブを盗め!」
加藤が全機に命令する。
「二番機以下、順番に宇宙ステーションから送られてくるエネルギーウエーブを横取りしろ!」
「了解!」
二番機が離脱して一番近い宇宙ステーション目指して急上昇する。
「二番機が戻ってきたら次は三番機だ」
「隊長!四十インチレーザー砲で潜水艦を攻撃するだけのエネルギーがありません」
「二十ミリレーザー機関砲も使うな。相手はカトンボのようなものだ。エネルギー消費の少ない十二・七ミリレーザー機銃で十分だ」
[247]
翼に装備された二十ミリレーザー機関砲からの攻撃が中止されて機首の四十インチレーザー砲の上部に装備された連装十二・七ミリレーザー機銃が火を吹く。二十ミリレーザー機関砲のような破壊力はないが、敵戦闘機の機体を確実に貫通する。貫通した穴から炎が出ると制御しきれずに墜落していく。
しかし、攻撃を免れた潜水艦からイリ村湖畔に向かってミサイルが発射される。加藤は猛スピードでミサイルに追いつくと十二・七ミリレーザー機銃で穴を開けるが、ミサイルの数が多すぎる。
「ノロ!防げない!」
数十発のミサイルがノロに向かう。武器を奪った村民たちがミサイルに向かって撃つが叶わない。しかし、湖畔に到達する前にすべてのミサイルが爆発して消滅する。何も見えないが、ミサイルは壁に衝突したように爆発したのだ。
「間に合ったか!」
ノロが叫ぶ。空中に漂う粉々になったミサイルの残がいでうっすらと船のような形が浮かび上がる。
「サブマリン八八八だ!」
その付近から強力な光線が沖合の潜水艦に発射される。いとも簡単にすべての潜水艦が撃沈される。はっきりと見えなかったサブマリン八八八の艦体が徐々に可視化する。そして艦橋の
[248]
スピーカーから榊の声がする。
「ノロ!大丈夫か?」
ノロが大きく手を振ってからその手でメガホンを作って怒鳴る。
「なぜ、もっと早く来れなかった!」
*
「分からない」
サブマリン八八八の司令所で榊がポツンと漏らす。
「潜水艦が意思を持っているなんて考えられないわ」
榊の報告にイリが困惑する。先ほどからノロは床に大の字になったままで独り言のようにぶつぶつ意味不明な言葉を発し続ける。
「確かに宇宙を目指していた」
航海士が榊をかばうように発言する。
「これが方位座標です。そのときは分からなかったのですが、カシオペア座を目指していました」
「なに!カシオペア座!」
大の字の姿勢のままノロが叫ぶ。
「私には何が何だかまったく理解できないわ。だいたいサブマリン八八八がカシオペア座を目
[249]
指していたなんてなぜ航海士に分かるの?」
「船を操るものは星座の位置に敏感です。特に夜間は」
今度は榊が航海士をかばう。
「あっそうか。星座で自分の位置を確認するのね」
「そのとおり」
ノロが起きあがる。
「ノロ。何か分かった?」
しかし、ノロはイリを無視して榊に尋ねる。
「ハワイ海戦でサブマリン八八八は、いや、あのころはサブマリン八〇八だった。そんなことはどうでもいい。いや、八〇八が八八八に変わったことは非常に重要なことだ」
榊が大きく頷く。
「あの海戦でサブマリン八〇八は真っ二つになった」
すぐさまノロが引き継ぐ。
「ところが蘇った。誰が書き換えたのか艦橋の艦隊番号が『八〇八』から『八八八』になっていた。でも書き換えた者はいなかった」
「あのとき、なぜ艦隊番号が変わったのか、キチンと調べるべきだった」
「待って!潜水艦自身が艦隊番号を書き換えたとでも言いたいの?冗談は止めて!」
[250]
「犯人は人間ではない。自ら書き換えたのだ」
ノロの断定に榊が頷く。
「バカげているわ。そんなこと信じられない」
「この宇宙はダークマターやダークエネルギーに支配されている。つまりダーク一族に支配されている」
「一族という限りダークは生命体なの?」
「宇宙の根源だ」
イリは全員、黙って聞いていることに気付く。日頃の態度と違ってノロは毅然としている。
「既成概念を捨てれば難しい話ではない。この宇宙は人間を中心に回っているのではない」
イリは地動説と天動説の話を思い出す。地球が中心だとする天動説が誤りだと分かるまで長い時間を要した。
「ところで『人間原理』という理論を知っているか」
誰もが首を傾げる。
「説明しよう。誰が宇宙を造ったのかは別にして、人間がいない宇宙があるとすれば、その宇宙を誰が認識すのだろうか。つまり意思を持った人間がいない宇宙は認識されないから無意味だとする原理だ。でも今の地球は破滅に向かっているように思える。人間原理を掲げるのなら、戦争などせず一致団結して宇宙に飛びだすぐらいの気概が必要だ」
[251]
ほとんどの者は頷くか、大きく縦に首を振る。
「さて本論に戻そう。サブマリン八八八はトリプル・テンに包まれているし、積載している。トリプル・テンはダークマターかもしれない。少なくともダーク一族だろう。普通は見えないはずなのに、ときおりその姿を現す」
さりげなく榊が口を挟む。
「このサブマリン八八八が見えたり消えたりすることだな」
「そして人間のような意思ではないが、宇宙意思と言っていいだろう……特殊な意思を持っているような気がする」
ノロは語尾をあやふやにするが確信している。
「トリプル・テンがダークマターやダークエネルギーの一形態だとすれば、宇宙全体の九六パーセントを占めるダーク一族と連携しているかもしれない。少なくとも影響を受けないで単独で存在することはできないだろう」
沈黙が続くが急にノロがいつもの調子に戻る。
「まあ、よく分からんが、すごい物質だ。上手に付き合えばトリプル・テンと友達になれるかも」
「えー」
全員のため息や驚きが充満したとき、スピーカーからチェンからの通信が流れる。
[252]
「地球連邦政府が崩壊した」
「?!」
*
悲痛なチェンの報告が終わるとノロが改めて尋ねる。
「変な意味で旧列強大国が結束したのか」
「地球連邦政府を見限るという意味では結束しています。私の力不足です。祖国の中国も私を見放しました」
「やれやれ、仕方ないな。それで伝えたい重大な事は?」
ノロはあくまでも冷静だ。
「宇宙ステーションの建設ノウハウを公開して旧列強国に製造を任せたときから、いずれ彼らの野心が月に向かうことは覚悟していた……」
「どうした。チェン!今、感傷的になっても何の解決にもならない」
「申し訳ない。彼らは月に向かおうとしています」
チェンにだけは月の秘密基地のことを伝えていたノロが残念そうに尋ねる。
「月の秘密基地に気付いたのか」
「それはあり得ないと思っていましたが、日本の月探査機『かぐや姫』がかぎつけたようです」
ノロがハッとする。
[253]
「随分前に俺は『かぐや姫』のプロジェクトに関わったことがあった。何と言うことだ」
「日本は公明正大で『かぐや姫』の探索データを公表しました」
「もういい。事態は緊急を要する」
「どうするの」
イリが心配そうにノロを見つめる。
「総統が何を言ってるんだ」
「ここは闇将軍の出番だわ」
ノロがマイクを握るとすぐ号令する。
「月基地!聞こえるか」
「こちら月基地」
「月基地を放棄する」
「えー!」
「トリプル・テンそのものはもちろん、シェルターにコーティングしたトリプル・テンも含めてすべてのトリプル・テンを回収して宇宙戦艦に積み込め!」
「コーティングを剥がすのには時間がかかります。それにいったい何が……」
ここで榊が割りこむ。
「旧列強国か、あるいはどんな組織か分からんが、彼らのロケットなど月にたどり着くのがや
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っとだろう。ハヤブサを使えば地球を出る前にすべて破壊可能だ」
「破壊しても何もならない。こんな地球は……」
加藤からの緊急通信がノロの言葉を中断させる。
「サブマリン八八八が!」
*
ノロや榊やイリが甲板に現れる。上空にはハヤブサが旋回している。
「あっ!」
全員が艦橋の艦体番号を見て驚く。船体番号が888から101010に変わっている。
「どういうこと!」
「なぜ808から888に変えたのか、分かったぞ」
「?」
「一〇一〇一〇にするためだ」
「あっそうか。8の真ん中の横棒を外に出せば1と0に分かれるわ」
イリがノロに同意を求める。
「そのとおり。トリプル・エイトがトリプル・テンに変わったんだ」
「そうか。この船はトリプル・テンに覆われているから、ノロの言うとおりトリプル・テンに意思があれば……」
[255]
「勝手な推測だが、これはダーク一族からの信号を受けたトリプル・テンがサブマリン八八八に宇宙の旅に駆り立てるメッセージなんだ」
ノロの言葉にサブマリン一〇一〇一〇はまるで意思を持った生き物のように船体を浮かび上がらせる。
慌てて司令所に戻ったノロが加藤に告げる。
「月に戻れ」
「了解」
「地球の野心家が今すぐ月を目指してもたどり着くまで数ヶ月はかかる。宇宙旅行の準備をするには十分すぎる時間がある」
*
「短期間の間によくもまあ、これだけの設備を造ったものだわ」
「グレーデッドのスタッフのお陰だ」
「それにしてもトリプル・テンが意思を持っているとは」
「人間がいるから宇宙が存在するのではない。宇宙の大部分を占めるダーク一族のことを知りもせず勝手な人間原理を振りかざしている。宇宙は巨大な意思を持った存在なんだ」
「ノロの発想はいつも壮大だわ」
「俺は真理を知りたいだけだ」
[256]
「でもちっぽけで幼稚な人間が本当に真理を知ることができるのかしら」
「不安がないと言えばウソになる。でもどんな世界が待っているのかという誘惑には抵抗しようがない」
ここで加藤が口を挟む。
「まず月の秘密基地はどうする?」
「必要な機材を積み込んだら放棄する」
「人間へのプレゼントか」
「絶滅しなければな」
「ロボットは?」
「それもだ。宇宙戦艦一隻に積める量はしれている。繰り返すが持っていくのは必要な物だけだ」
「それなら積み込む物はすべて食糧になるわ」
「時空間移動できるといっても宇宙の旅は長い。途中で水や食糧を調達できるかはまったく分からない」
「途中でのたれ死にするわ。わたし、考え直そうかしら」
「じゃあ、地球に残れば」
「意地悪ね」
[257]
「向かう星の目星はだいたい分かっているって話したこと覚えている?」
「時空間移動装置の試運転で行った星のことね」
「実は試運転じゃなかった。ずばり生命が生存可能な星を見つけに行ったのだ!」
「ウソでしょ!」
「俺はウソをつけない人間だ」
「ウソ!」
今度は榊が口を挟む。
「疑う訳ではないが、その星にたどり着いたとしてもすぐ食糧を確保できないじゃないか」
ノロがニーッと口を横に広げる。
「大丈夫だ。サブマリン一〇一〇一〇で地球に戻って食糧や生物を盗んでその星に運ぶんだ」
「待て!サブマリン一〇一〇一〇は時空間移動できるのか」
「もう八八八ではない。一〇一〇一〇だ。時空間移動は自由だ」
「本当に?!もう付いていけないわ」
「付いてこなくてもいいぞ」
「でも食糧はともかく盗んだ生物をどうするの?」
「育てて進化させる。地球と同じ星に改造するのだ。そうすれば食糧問題は解決する」
「まるでノアの方舟だわ」
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「違う!ノロの方舟だ」
*
「それだけじゃない」
ノロが胸を張る。
「でも今はまず第二の地球に改造可能かどうか、あの星を行く。トリプル・テンの指示どおり時空間移動するんだ」
「分かった!」
榊がノロに握手を求める。
「俺たちは宇宙海賊なるのだ。そのためには港が必要だ。行くぞ!」
ノロたちはサブマリン一〇一〇一〇一と宇宙戦艦に分乗してある星を目指す。
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